5.いざ憧れの海へ

「つーかさ、このメンバーでいいのか? 本当に」
 言って、バーニィはその目をあたしとエミリアに向ける。
 お色気姉ちゃんを望んだのは彼だったが、まさか酒場のウエイトレス――早い話、あたしだ――と旅をすることになるとは思わなかったのだろう。それに客観的にみた場合、エミリアはただのちびっ子だ。格好だけは魔法使い然としているが普通は見掛け倒しと判断するだろう。
 ジェイがそんなバーニィに不思議そうな顔を向ける。
「何か問題あるか? お前の綺麗な姉ちゃんと旅したいっていう願いはアマンダで満たされるだろう?」
「いや、それはそうなんだがな。戦力的にどうかなぁっていうか。アマンダは戦力にはならないだろうし、そっちの嬢ちゃんも……」
 言って指をエミリアの方へ向けるバーニィ。
 その時、エミリアが表情も変えずに、
「ヒャダルコ」
 短い単語を呟く。
 バーニィの周り数センチを空けて氷が覆う。こちらにも刺すような寒さが襲ってくるから彼はそうとう寒いだろう。そして、
「メラミ」
 エミリアが再び呟くと炎が踊り、バーニィの周りにあった氷を飲み込む。しかし、それでは収まらずに彼の髪の先がちりっと焦げた。
 一瞬の沈黙。
「まだ何かある?」
 エミリアが鋭い視線をバーニィに向けて、冷たい声を出す。
「いや、何も問題はないな」
 首を左右に振ってなるべく冷静を装って答えてはいるが、声と瞳には明らかな動揺が含まれている。
「とんでもねぇ嬢ちゃんだ」
 彼の口からは誰に言うでもない呟きが漏れた。
 う〜ん、面白い旅になりそうだわ。

「ところで、あのアランともう一人いた嬢ちゃんは一緒にいかないのか?」
 もう一つ疑問を口にするバーニィ。
 嬢ちゃんっていうのはケイティのことだろうな。
 勇者オルテガの子供が男女の双子だというのはここアリアハンではさほど苦労せずとも聞こえてくる。あたしもここに来てすぐに耳にしたくらいだから、彼も知っているだろう。嬢ちゃんとか呼んでいるが察しはついているはずだ。
 バーニィの言葉を聞いてジェイが少し不機嫌そうな顔になる。
 まあ、彼らの仲の悪さを考えれば当然の反応ね。
「嬢ちゃんって、ケイティのことか?」
 バーニィが頷く。やっぱりケイティのことは知っていたみたいね。
「誰があんな奴と一緒に行くか。アランさんには一緒に来て欲しかったけど、どこがいいのかケイティにホの字だから、まず説得は無理だな」
 言って、さっさと歩き出すジェイ。エミリアはその後に続く。
 残される形となったバーニィは、こっちに目を向けて訊く。
「アリアハンの双子の勇者は仲が悪いのか?」
「えぇ、理由は知らないけどね。私がここに来た時は――どっちかつうと仲良かった気がするけど…… しばらくしたらもうあんな感じで、いわゆる犬猿の仲ってやつだわね」
 そう応えてから、少し離れすぎてしまったジェイたちの後に続いて歩き出す。
 ついでとでも言うようにバーニィが色々と訊いてくる。
「あのエミリアって嬢ちゃんは何なんだ。かなりの魔法の腕みたいだけど。あんな微妙な調整をしつつ中級魔法を使うなんてそうそうできることじゃないぞ」
 氷も炎もバーニィの直前まで迫ってきたが、彼に被害が及ぶことはなかった。氷を出現させる位置が少しずれるだけで、炎の熱が少し高いだけで彼は笑えないような傷を負うことになっただろう。
「何って訊かれても。随分と才能があるってのはわかるけど、それ以上はわかんないわよ。親も大魔法使いってわけでもなく、ただの宿屋の親父だし。まあ、母親は知らないけど」
 彼女たちの母親が死んだのか実家に帰ったのか、あたしは知らない。
 あたしがここに来たのはつい五年ほど前だが、その時にはもういなかった。まあ、そんな立ち入ったことを聞くつもりもないしね。
「そうか。じゃあ他の質問。お前は何で勇者一行に付いてくることにしたんだ? ただのウエイトレスが危険な旅に付いてくるなんておかしすぎるぞ」
 続けて質問をしてくるバーニィにさすがに鬱陶しさを感じる。
「別に、誘われたから何となく付いてきただけ。そんなに理由とか求められても困るわよ。別にいいんじゃないの? たかが魔王を倒す旅に理由なんかなくても」
 その答えに呆気に取られているバーニィ。
 何か変なことでも言ったかしら? かなり一般的な答えだったつもりだけど。
 それにしても魔王――ね……
 そこで、みたび口を開くバーニィ。
「なぁ」
「まだ、何かあるの? いい加減にしてくれない?」
 もう答えるのも面倒臭い。
 しかし、彼はかまわず続けた。
「あいつら、どこに行こうとしているんだ?」
 言ってジェイとエミリアを指差す。いつの間にかかなりの距離が開いていた。
「さぁ? 直接訊けば」
 納得したのだろうバーニィは、足を速めて二人の後を追った。

 ジェイとエミリアは特に意味のない世間話を展開させていた。エミリアの顔が歳相応な少女の顔になっていたので、少し戸惑う。さっきの冷徹が服を着ているような様子とのあまりの違いに驚いたのだ。
 まあ、さっきは俺が癇に触るようなことを言ったからああいう態度だったのかもしれない。普段は普通の少女なのだろう。
 こんなことを考えている場合じゃねぇな。
 脱線した思考を引き戻す。
 俺らはまだ城下を出てもいない。旅の支度をするにしては道具屋も武器屋も素通りしているのはおかしい。町の中心から外れていっているのは確かだが、それでもこれから旅に出る者が取る行動ではない。声を掛けずにはいられない。
「おい、どこに行くつもりなんだ? 旅に出るんじゃないのかよ?」
 ジェイが振り返って答えるために口を開く。
 ちなみにエミリアは話を中断されて不機嫌そうだ。まさかこれくらいでさっきみたいなことをするとは思えないが……
「港だよ。アリアハン港。旅といえば船旅だよな、やっぱり」
 ジェイが楽しそうに港がある方を見ている。しかし少し寂しそうなのは気のせいか?
 それはともかくとして、ジェイの言葉を受けて一つ重大な事実を伝える必要がある。
「他国への定期船は無期休航だぞ」
 その言葉を聞き、ジェイは最初よくわからないというような顔をしていたが、すぐに目を見開いて叫ぶ。
「えーーーーーーっ! 何でだよ! 誰が決めたんだよ!」
「誰が決めたかは知らねぇよ。ただ理由は確か、最近定期船やら商船やらが突然行方が知れなくなることがこの近海で多くなったから、だったか。魔物が原因かもしれねぇな」
 ジェイがうな垂れている。
 そんなに海路がいいのか? 陸路より危険なくらいなのにな。
「別に陸路でもいいだろ。アリアハンは島国だけど、他の国へ行く方法もあるって聞くぜ。それか、手っ取り早く他の国から来ている魔法使いにルーラで送ってもらうって手も」
 陸路でのルートは昔盗賊仲間に聞いたことがある。他の大陸では割と一般的な旅の扉がこの国にもあるという話だった。
 まあここに来てから好奇心で調べてみたら噂すら聞かなかったからデマということも考えられるが。
「駄目よ」
 急に言葉を発したのはエミリア。
「ジェイが船旅がいいって言っているんだから、船旅よ」
 きっぱりと言い放つ。
 たくっ、わかんない嬢ちゃんだな。
「だから、船は出てないんだよ。どうにもなら……」
 ない、と続けようとしたがその言葉をエミリアが遮る。
「黙りなさい。ウサネコ」
 ……は?
 今のは何だろう? ウサネコって言ったよな。
「ウサネコ?」
「あんたの名前、バーニィでキャットなんでしょう? だからウサネコ」
 言って笑みを浮かべる。しかしそれは、ジェイに向けて浮かべる笑みとは完全に異なるもの。
 彼女の態度と言動に、怒りのあまり声も出なくなった。
 そんな俺には構わずエミリアが続ける。
「あんたの意見なんて聞いてないのよ。船旅というのはもう決定事項なの。定期船が出ていないのなら他の手を考えなさい」
 完全に上から物を言っている。さっきの判断は間違っていた。こいつはまさしく冷徹が服を着ているような女だ。はらわたが煮えくり返りそうになりながらそんなことを思った。
 そこで声が掛かる。
「エミリアは、ジェイ以外にはいつもこんな感じよ。気にしないのが一番ね」
 いつの間に来ていたのか、アマンダの声。
 気にするなっていうのは少し、いやかなり無理があるだろう。そんなことを考えながら女に釣られてこの旅に付いていくことを決めた俺自身を呪った。

 結局、王に船の手配をしてもらおうと城に向うことにした。
 漁師辺りに頼み込むという意見も出たけど、噂のことを考えると長い距離を乗せてくれる奴も、船を貸してくれる奴もいないだろうという結論に達して、あたしたちは城を目指すことにした。まあ、あたしは特に意見もなくついていくだけだったけど。
 ジェイはなんだかうんざりした顔をしている。王に会うのが嫌なのだろう。
 そんなジェイの様子を察知したエミリアがなんとか城に行かずに済まそうとしてシージャックをしようと言い出し、ジェイもそれに同調して再び港に足を向けだした。
 あたしも面白そうだなと思って同意する。
「いいわね。どうせならでっかいのを狙いましょう」
 なぜかウサネコちゃん――気に入ったので採用しちゃおう――が必死で止めた。
 盗賊というわりには真面目な男だ。その内胃にくるな、このタイプは……
 さて、ウサネコちゃんがかなり根気よく説得したおかげか、今度はエミリアも折れた。
 しかし、何だか面倒くさくなってきたな。そんなことを思って実際に、めんどいから旅出るのを止めるっていうのはどう? などと言ったらまたまたウサネコちゃんが突っ込む。
 完全にツッコミ係と化しているな、こいつ。思わず正直な感想を声に出す。
『口うるさい舅みたい』
 ジェイ、エミリアと声が揃った。
「お前らのせいだろうが!」
 と更に突っ込むウサネコちゃん。顔を軽く歪め胃の辺りを押さえている。
 さっそく胃にきたみたいね。彼の胃に穴が開くのと“魔王”をどうにかするのとどっちが先だろうか。そんな馬鹿な考えが浮かんだ。
 彼の胃の側面を侵食しながら歩いていると、ようやく城に続く橋に辿り着く。
 その橋を渡り、入り口の兵士に王に謁見したい旨を伝えるウサネコちゃん。するとその兵士はジェイの方を見てから、中へ入ってお待ち下さい、と言って奥へと向かって駆けていった。
 さすがに自国の勇者の顔は知っているようで、急な話だったにもかかわらず不振がられたりはしなかった。こういう点では“勇者”っていうのも助かるわね。

「あれ、ジェイ?」
 横から声が掛かった。
 朝もここら辺で同じ声に呼び止められたっけ。そんなことを考えながら声の主に向きなおり言葉を返す。
「よう、ティンシア。朝に別れたばっかりなのに早速再会っていうのはどうも変な感じだな」
 朝とは違うドレスを着込んだティンシアはなぜかそこで吹き出した。
「どうした?」
 本当によくわからないタイミングだったので、訊いてみる。
「ううん、なんでもな〜い」
 ティンシアが笑顔で適当にはぐらかす。
 なんだ?

 うわぁ〜危ない、危ない。さっき城にやって来たケイティも同じことを言っていたから思わず笑っちゃったけど、そんなことジェイに言ったら絶対機嫌悪くなるもんね。
 ケイティが来たことも黙ってよっと。
 そこでジェイの後ろに見たことのない顔が見えたから、話題を変えるためにも訊いてみた。
「そちらの方々はどなた? エミリアは知っているけど……」
「あぁ、こっちの無駄に背が高いのがバーニィで、城にそぐわないお色気を振りまいているのはアマンダだ。一緒に旅をする仲間だよ。バーニィはお前の誕生会の時にやった闘技大会で優勝しているからたぶん見たことあるはずだぞ」
 そうだったかなぁ……頬に手を当てて考えてみる。
 あぁそういえば! 慌ててバーニィさんの方を向いて声を掛ける。
「申し訳ありませんバーニィさん。私、ジェイやケイティと一緒に料理に目を奪われていましたからすぐに思い出せませんでしたわ。許してくださいね」
「いえ、もったいないお言葉。思い出していただけただけで光栄に存じます」
 言って、バーニィさんが改めて自己紹介してくれた。
 う〜ん、顔も悪くないし、私の“姫”っていう立場にへつらっているって感じでもないっていうかどっちかと言ったら慇懃無礼な感じから、結構好印象なはずなんだけど……あんまり好きになれないかも。幸薄そうだからかな?
 そこまで考えてから、そんな理由で好きになれないなんてちょっとひどいかも、と思って内心苦笑する。
 その後、しばらく社交辞令のような会話をバーニィさんと続けて、次にアマンダさんに顔を向ける。
「初めましてアマンダさん。私、ティンシアといいます」
 笑顔で手を差し出す。昔から礼儀作法を厳しく習ったから作り笑いは得意だけど、これは100%天然。ジェイの友達相手なら自然と笑顔になる。
「アマンダよ。しかしあんた姫なんだから、料理に目を奪われていたとか初対面の人の前で口に出さない方がいいんじゃない? 王族っていうのは厳かなイメージ、っていうのも大事よ」
 差し出した私の手を握り返し礼儀もなにもない口調で礼儀について話す様子に少し面食らう。偏見だとは思うけど、こんな露出の高い女性が礼儀とか気にするんだなぁ。
「教育係にも似たようなことをよく言われます。でも、意外です。あなたはそういうことはあまり気にしなさそうに見えるから、ってすいません、つい」
 すぐに口を押さえたけど、当然もう遅い。
 あちゃ〜、ジェイのお友達だと思って少し油断しちゃった。さすがに初対面で失礼だよね。気を悪くしなかったかしら?
 でも、アマンダさんの顔色を窺うと全然気にした風ではないように見える。
「別に。この格好見ればそう思うのは当然でしょ。まぁ、私が教育係みたいなことを言ったのは、前にそんな感じの仕事をしたことがあるからってことにしといて」
 言いながら私の頭をなでてくれた。
 少し驚いたけど、嬉しい。すっかりアマンダさんのことを気に入っちゃった。
 私は姫扱いされるのがすごく嫌いだから、アマンダさんみたいな反応をする人はすぐに好きになる。エミリアも最初会ったときに敵意剥き出しで突っかかってきた――どうも私がジェイに気があると思ったみたい――から、それ以来お気に入りリストの上位に位置し続けている。
 ケイティが昔、普通なら怒りそうなことを言われても嬉しがるこの性質を評して、マゾみたいと言っていた――マゾというのが何なのかよく分からないけど――から妙な印象を人に与えているんだろうなぁとは思うけど、私に普段そんな口を利く人ってそんなにいないから新鮮なんだよね。
 そういえば昔ジェイに、そんな調子で人攫いに攫われないようにしてくれよって言われたことがあったっけ。そこまで馬鹿じゃないよって反論した覚えがあるけど、よくよく考えると人攫いの人ってかなり無礼千万な態度してそうだからうっかりついていっちゃうかも……気をつけよう。
 そこまで考えてから、ジェイはどうして戻ってきたのかなぁという今さらの疑問が浮かんだ。気になったら即訊こう。アマンダさんとの話をきりよく打ち切ってジェイの方に顔を向ける。

「それで、ジェイは何しに来たの?」
 アマンダとの会話を終えたティンシアが訊いてくる。
 しかし俺はその質問には応えずに、ティンシアの言葉の中で少し妙に感じた点に疑問を投げかける。
「ジェイはって、何だか他にも誰かが来たみたいな言い回しだな」
「そ、そうかな? 気のせいだよ。別に誰も来なかったよ。うん」
 と言うが、ティンシアは明らかに動揺をしている。
 それを見てはなんとなく察しがついた。
 きっとケイティだろうな。俺がケイティと同じ行動をとるのを嫌うことを知っているから知らん顔しているのだろう。
 あまり機嫌のいい状況とは言えないが、ティンシアが気を使って黙っているのだから気がつかないふりをして先の質問に答える。
「お前の父さんに、船の手配をお願いに来たんだよ」
「父様に? でもジェイ、父様のこと嫌いでしょう?」
 特に気にした風もなく言う。付き合いも結構長いから今さらな話題なのだ。
「それに海にはとんでもない魔物がいるって聞いたわ。そのせいで来月に行くことになっていたランシール国への旅行も取りやめになったんだから」
 そこでティンシアは頬を膨らまして不機嫌そうな顔になった。旅行が駄目になった怒りを思い出したのだろう。その様子を眺めつつ声を掛ける。
「大丈夫だよ。魔物の一匹や二匹や百匹、軽くぶち倒してやるからさ。そしたら旅行も行けるようになるかもしれないぞ」
 そう言ってティンシアに向って笑いかける。しかし、ティンシアは浮かない顔。
「駄目よ。危ないわ。もっと慎重にいかないと」
 へぇ、と少し感心した。まだまだ子供だと思っていたけど成長したんだなぁと感慨深げに頷いた、のだが……
「でも、旅行に行けるようになるならちょっと頑張って欲しいかも……」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて舌をぺろっと出すティンシア。
 やっぱまだまだ子供だな、うん。
 その後はティンシアとの遣り取りにエミリアが割り込んできて、エミリアがティンシアに鋭い目つきと言葉をぶつけてそれをティンシアが嬉しそうに受ける、っていう妙な光景がしばらく続いた。まあ、いつも通りなんだけど。
 その時、さっきの兵士がやって来た。
「謁見の許可が下りました。すぐに上に……姫様っ! 申し訳ありません! お話の邪魔をして……」
 兵士が言葉の途中でティンシアに気づき緊張で体を固める。
 この気さくなお姫様に何をそんなに緊張してんだか……城の兵士ってのは変な生き物だよな。
 その様子を見てティンシアが寂しそうな顔になったけど、すぐに言葉を返す。
「いえ、構わないわ。もう話は済んだから。それではみなさん、旅の無事を祈っております。精霊の加護がありますように」
 こういう“姫らしい”態度は何だか似合わないな、そんなことを思う。
 ティンシアがそのまま去っていこうとするので慌てた。しばらく会えないのにこんな中途半端な別れ方をすれば、この少女はしばらく落ち込んで過ごすことになるだろう。
 取り敢えず何か声を掛けないと。
「土産、期待してろよ」
 少し、いやかなりおかしなことを口走ったという自覚はある。でも、振り返って笑ったティンシアの顔から寂しさが消えていたからよしとしよう。
 一方兵士はその遣り取りの間も、というかティンシアが見えなくなるまで敬礼を続けていた。ご苦労なことだな。
 俺たちはティンシアが見えなくなったらその兵士に連れられて階段を上った。

 謁見の間で跪く。本日二度目。
 一日に二度もこのオヤジの顔を見るなんてぞっとしないな。そんなことを考えながら声を発する。
「定期船が出ない理由は知っていますが、旅を順調に進めるために船を出す許可を頂きたいのです」
「ふむ、船か……。近海で行方知れずになる船が多くなっているのは知っているのだな?」
「はい」
「それでも船を欲するか。しかし……どうしたものか、なぁロボス」
 王は大臣に目を向ける。
 おそらく詳しい状況は把握していないのだろう。ふん、この愚王にありそうなことだ。
「定期船を出すのは無理だ。乗組員が集まらない。海に携わるものの間では近海の行方不明事件は有名だからな。船を得ようと思うなら……」
 そこまで言って大臣は目を閉じて考え込む。しばらくして目を開くと王に向って口を開いた。
「国で所有している少人数でも動かせる船を出すしかありませんな。いかが致しますか、陛下?」
 少し考えてから王が応える。その目はこちらを向いていた。
「いいだろう。持っていけ」
 自分で考えたわけでもないくせに、妙に偉そうな態度が鼻につく。他の三人も同じ感想を持ったのか、横目で見てみた彼らの顔は少し険しい。見ようによっては謁見の場に相応しい緊張感のある顔にも見えるから王の奴は気にしないだろうけど……
「ではわたしは部屋に戻らせてもらう。ロボス、後は任せたぞ」
 俺の予想通りに別に気にした風もなく、後の細かい処理を大臣に任せて王は席を立った。
 早々に顔を見なくてよくなるのは嬉しいが、こういう態度がまた気に食わないな。そんな勝手なことを思っていると、大臣が一人の兵士を呼んで何か指示を出している。
 その兵士が慌てて下へと下がっていった。
「今、船を保管している倉庫の鍵を取ってこさせる。港の一番端の方にある六とかかれた倉庫に保管してあるやつを使ってくれ。操船法は倉庫の中に説明書きがあるからそれを見るといい。……航海術は持っているのか?」
 今さらながら大臣が訊く。
「本の上での理論なら理解しています。実際に試みたことはありませんが、旅をしながら実践していきますよ」
 ずっと前に城の図書室から幾つか航海に関する本を持ち出して、今日まで暇を見つけて勉強してきたんだ。無断で持ち出したけどばれてないからよし!
「そうか、ならもう言うことはないな。さっきの兵士が来たら鍵を受け取って出発するといい。私は仕事に戻る」
 淡々と言って去る。
 この城内でまともな別れの言葉を述べたのは若干十二歳の姫だけだな、そんなこと考える。まあ、将来的には有望な国ともいえなくもないか。
 兵士が階段を上って来た。その手の中には鍵が一つ輝いている。
 船がぼろかったりしないといいな、そんなことを考えながらこれからの船旅に思いを馳せる。うん、すげぇ楽しみだ。