8.世界への扉
ナジミの塔を出発してから五日目の昼。アランはレーベの町の広場で、近所に住んでいる主婦たちを相手に立ち話をしていた。
話している内容は、亭主の稼ぎが悪い、物価が高くて嫌になる、近所の犬がうるさい、子供の成績が悪い、などなど。ほとんど愚痴ばかりだった。彼はうんざりしながら適当に相槌を打ちつつ、ここに着いてからの日々を思い出していた。
レーベに着いたのは四日前の夕方。
地下通路は確かに魔物が多かったが、一直線で目的地へ向かえるために随分と早く着くことができたのだ。メルが加わったことで魔物を簡単に倒せるようになったのも大きかっただろう。
それでもかなりの強行軍だったので、その日は宿屋でゆっくりと休んで、次の日の朝早くにレーベ港に向った。アリアハン港が閉鎖されていることは知っていたからこちらに来たのだが……閉まっていた。
しばらく呆然としてから、近くを歩いていた漁師のおじさんを捕まえ訊いてみると、やはり閉鎖されているという。ここひと月ほど船の行方不明事件が続いているために町長が決めたらしい。
行方不明事件というのは初耳だったから更にそのおじさんに訊くと、到着するはずの定期船、出発した漁船が二度と帰って来なくなるということが多発したという。無事に済む船の方が少なかったというから尋常ではないことが窺える。
そんなだから、今ではすぐ近くの海でしか漁もしていないという。他国との交わりも全くないらしい。
そんな事件のことを知っていればレーベの港が閉鎖されていることも予測できたのだが……情報収集が甘かったようだ。こうなると後は陸路か、他国から来たルーラを使える者を探すか。
しかし、アリアハンは海に囲まれた島国。陸路で外海へ出ることはできない……と思う。そんなわけだから、ルーラを使える人間――他国から来たという条件付の――を探すのが当面の目的になった。
とりあえず旅人がいるなら宿屋だろうと、朝に出発したばかりの宿へ向い店主に声をかける。しかし、ルーラを使える者どころか他国の者が一人もいないということだった。というか客自体が少ないようでしばらく愚痴を聞かされた。
店主の愚痴から解放された後とりあえず外へ出て、さあどうしようと他の二人と相談をしたのだができることなど情報収集くらいなので、それぞれ散って店屋の店員、教会の神父、そこらを歩いているおばさんなどに話を聞く。
しかし、他の国へ行く方法の情報などそう簡単に得られるはずもなく、収穫らしい収穫はなかった。夕方、宿屋の前で落ち合った二人の顔には、やはり同様に、特に収穫がなかったことが見て取れた。
再び宿に部屋を取ると、店主の顔には実に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
これは相当儲かっていないのだろう、そんなことを思った覚えがある。
その後も、朝起きて情報収集に歩き回ることを繰り返したのだが、それらしい情報もなく更に二日が過ぎ、そして今俺は主婦相手に根気強く話を聞いている。
滞在三日目ともなると、顔見知りも何人かできてくる。今話を聞いている相手はやはりそういう者たちだった。
完全な余所者にはしないような話が出てくるかとも思って大人しく聞いているが、その全ては主婦らしいという形容が似合う愚痴ばかり。
何か適当に用事でも創って抜け出すかな、そんなことを考えていたその時――
「そうそう、アラン君は他の国へ行く方法を探していたんだったわよね?」
一人がそんなことを言う。突然のことで驚くが、その質問の仕方から期待できそうな空気を感じ返事をする。
「はい! 何か知っていますか?」
「う〜ん……知っているというか、この前訊かれた後、家で旦那とそのことを話題にしたのよ。そしたら、旦那のお父さん、あ、もう死んでいるんだけど、その人が東の方の山にロマリアへと続く道があるって言っていたらしいのよ」
その言葉に戸惑いの混じった返事を返す。
「東の山、ですか? しかし、ロマリアといえば遥か北西に位置する国ですよ。どうやって……いやまあ、それを言ったらこの国から陸路で他の国に行くこと自体どうやってなんですが」
「わたしも旦那が言っていたのを聞いただけだからねぇ。そうだ。どうせなら旦那から直接聞くかい? 今なら家にいるよ」
せっかくなのでその提案に甘えることにする。なんだか眉唾臭いが、それらしい情報はこれが初めてだったから、話を聞くくらいはやっておこうと思った。
そこで主婦たちの井戸端会議は終了し、その一人に連れられて彼女の家へと向う。その家は町の北西に位置していて、街の中でもかなり頑丈そうな佇まいをしていた。その面だけで言えば町長の家をも凌ぐだろう。これは見た感じ簡単な魔法くらいではびくともしなさそうだ。
一般の民家がこんな建て方をされているというのも妙な話である。用心に用心を重ねた結果なのかもしれないが、それにしてもなぁと思う。
「さぁ、入って。そこらの椅子に座っていてちょうだい。今、旦那呼んでくるから」
そう言って奥へ向っていく女性。取り敢えず言われた通り中へ入ってドアを閉め、近くにある椅子に腰掛けて彼女が戻ってくるのを待つ。
数分で戻ってきた彼女の後ろには、口髭を生やした四十代か、ひょっとしたら五十代かといった感じの男性が続いていた。
立ち上がり礼をして、挨拶と自己紹介をする。男もそれを受けて同じように挨拶と自己紹介をした。そして、愈々本題に入る。
「あなたのお父上が、この国からでるための道が東方にあると言っていたそうですが……それは具体的にどういったものなのですか?」
「うん、親父の話だと東の山の麓に封印された洞窟があって、その奥からはロマリアへ行くことができるらしいんだよ」
少し詳しくなっているが、これはさっき聞いたのとあまり変わらない話。質問が必要だ。
「その……奥から行けるというのは、まさかとは思いますが、ロマリアまで海の底を洞窟が通っているということですか?」
そんな馬鹿なことはないだろうと思うが、一応訊いてみる。
男はさすがに苦笑を浮かべ否定する。
「いやいや、いくらなんでもそんなことは不可能だろうよ。親父が言っていたのをそのまま言うとな、その洞窟の奥には『旅の扉』というものがあって、それに入ると一瞬でロマリアの近くに行ける、ということらしい」
更に少しだけ詳しくなったが、それでもよく分からない。『旅の扉』? 名前の通りとすれば扉なのだろうが……ロマリアへ一瞬で着くというのはどういうことか?
「その『旅の扉』というのは?」
訊いてみる。
「いや、悪いがそれは俺も親父に聞いたんだがよくわからなかった。子供の頃に聞いたことだからなぁ。まぁ、大人になってからも聞いたが酒飲みながらだった上に、完全に聞き流していたし」
そう言って懐かしそうな顔をしている。このまま話が終わりそうな雰囲気が漂う。
しかし、こっちとしてはもう少し詳しく知りたい。
「あなたのお父上はそのことをどうして知っていたんですか?」
「あぁ、確か本に載っていたんだ。見せてもらったけどかなり古そうだったな。乱暴に扱えばすぐにバラバラになりそうな」
「その本は?」
慌てて訊く。それがあれば細かいことがわかるだろう。
しかしその質問に彼はすまなそうに答えた。
「いやそれが、親父が死んだ時に墓の中に入れちまったんだ。今頃は土の中で朽ち果てているだろうな」
男は、大事にしていたから冥土への供にね、と続けるがそれには取り合わずに思わず頭を抱えた。
しばらくうな垂れるが、さっき疑問に感じたことがもう一つあったことを思い出し、口を開く。
「さっき、洞窟が封印されているといっていましたが、それはどういう?」
「あ、あぁそれは」
男はすまなそうな顔でこちらを見つめていたのだが、俺が急に顔を上げて質問したので少し驚いたようでどもった。
「入り口から入ってしばらく進むと、崖崩れでもあったのか通れなくなっているんだ。これが不思議でどうやっても取り除けない。それで親父はそれを取り除くために爆発物の研究をしていたんだ」
「爆発物?」
随分と物騒な単語が出てきた。
「あぁ、両手で包めるくらいの球状のもんでね、原理を聞いたことはないんだが実際に使うところを見たらすごい爆発が起こっていたよ。それが魔法みたいだったから、『魔法の玉』とでも呼んだらどうだって言ったらえらい怒ってたな。なんかカガクがどうとか、何とか……」
これまたよくわからない。しかし一つわかった。
この家が妙に頑丈そうな造りなのは爆発物の研究をしていたからなのだろう。爆発の程度によっては家がどうという前に死ぬだろうが、ちょっとした爆発ならその度に家が壊れてしまうのは困る。
まあ、そんなことがわかっても仕様がないんだけど。
それはともかく、今の話を聞く限りその道具は完成していたようである。ならば……
「その道具は完成していたのですよね? なら、封印はもう解かれているのですか?」
「いやぁ、試したけど結局駄目だったんだ。親父はその後も研究を続けたんだけど、結局次のが完成することなく死んじまってね。俺は親父がやっていたことに関しては門外漢だから引き継ぐのは無理だし、封印を解こうと思ったら他の方法を探すしかないだろうなぁ」
返ってきたのは、何度目になるかわからないすまなそうな答え。
結局、ただの伝説なのか事実なのかもわからない。
ただ、伝説だとしたら行き着く場所が一般的な国だと言われているのが妙な気がする。どうせなら神話に出てくるようなすごい場所とか、永遠の幸福が約束されるような楽園に辿り着くくらいの大げささがあってもいいのではないか。
これは意外と有力情報かもしれない。少なくとも、今までの何の情報も得られていなかった状況よりはかなりましになったように感じる。
そこでふと目を窓に向ける。話を聞いているうちにかなりの時間が経っていたようで、外にはここに入った時のような明るさはなくなっていた。
そろそろ宿へ戻って今の話を二人に話そうと思い、礼を述べて立ち上がる。
入り口に向かおうとすると、話の間中暇そうにしていた女性が、食事でも一緒にどうか? と言ってくれたが連れがいるからと断った。
いや、実際問題として旅の連れ、ケイティ、メルの両名を飯時に野放しにするのはかなり危険なのだ。何に対して危険かというと……俺たちの財布の中身に対してだ。
レーベに着いた日の夕飯、メルが仲間になってからする初めてのまともな食事ということもあって、歓迎の意味も込めてかなり豪勢な注文をした。ケイティが五人前くらいを食べるのは珍しくもないので念のため八人前ほど。しかし――
足りなくなったのだ。
結論を先に言うと、メルはケイティと同じくらいの大食漢だった。
その日は元々豪勢にいくつもりだったから、追加注文をして財布の重さの変化も我慢したのだが……
次の日の夕飯、今のように仲良くなった若者に食事に誘われて酒場で少しの酒と軽食を口にして帰ると、メルとケイティが宿の一階にある食堂でひたすらに定食を平らげていた。恐る恐るその値段を店員に聞いて、比喩でもなんでもなく目の前が真っ暗になったのは今も記憶に新しい。
なんとかそこはメルの闘技大会の賞金で払えたのだが、パーティ全体の所持金は一気に心許ないものとなった。
それ以来朝も昼も夜も二人とともに食事をするようにし、注文するものに細心の注意を払うことにしたのだ。
二人も金がないことは理解しているだろうが、実際にメニューを前にすればどんな行動に出るかわからない。やはりここで女性の好意に甘えることはできないのだ。
「あらぁ、残念ねぇ。息子のこととか聞いてみたかったんだけど」
女性がそんなことを言った。
「息子さん、ですか?」
「えぇ、アリアハンのお城で兵士をしているのよ。パックっていうんだけど知ってる?」
知り合いだった。仲がいいというほどではないが、戦士団と兵団の合同訓練の時にはよく手合わせをしたし、何度か話をしたこともある。確か謁見時の王の護衛係の任に就いているはずだ。
「えぇ、そんなに話をしたことはありませんが、かなり重要な仕事をしていますよ。俗っぽい話ですが、給金の面では近衛兵の次にいい待遇の任です」
それを受けて女性は悪戯っぽい笑みを、その旦那は少し引きつった笑みを浮かべる。
「そうなのよ、パックの仕送りの方がこの人の稼ぎより多いくらいでねぇ。面目丸つぶれってやつね」
そう言ってわざとらしいくらいの大爆笑をする女性。
旦那は引きつった笑みすら引っ込めて怒鳴った。
「うるせぇぇっ! たくっ、仕事に大事なのは金じゃねぇんだよ」
言いながらも目の焦点が合っていないあたり、自分でもかなり気にしているようだった。
しかし、そこで目に優しい笑みを戻してこちらに訊く。
「それで、その、なんだ。あいつは……元気にしているのかい?」
「ええ」
微笑みながら答える。見ると女性の目も同じように優しさを秘めている。
あぁ親なんだな、という当たり前のことを思った。
父さんもごくたまにだが、こういう目をしていた。
母さんは……どうだっただろうか。六歳くらいまでしか一緒にいられなかった。
気がついたら家を出ていたからなぁ。
父さんとの仲は子供ながら良かったように感じたが、急に、本当に急に出て行ってしまった。エミリアが生まれてひと月と経っていなかったと思う。
母さんは、この夫婦のような目をしていたのだろうか。そして、今あったらこんな目をしてくれるだろうか。
「すみません。これ以上連れを待たせるわけに行かないので、これで失礼します」
そう言うと、今度こそ入り口へと向う。少し急で失礼かとも思ったが、今顔を見られるのは遠慮させてもらいたい。まだまだ俺も子供なままだ。
気づかれないように目元を拭き、入り口で振り返って軽い挨拶と礼を述べ宿へと足を向ける。二人が食事を始めていないといい、そんなことを思った。
「旅の扉ならわたし、知ってます」
そう言ったのはメルだった。
十数分前、宿へ到着して中へ入ると、食堂の椅子に座っている二人が見えたので慌てて近寄った。ちょうどその時、十人前の定食を注文しているところだったから問答無用でそれをキャンセルし、普通に三人前だけ頼んだ。文句を言いまくる二人を適当にいなしながら食事を終えたのがついさっきのこと。
その後、俺の部屋に集まってさっき聞いたことを話していると、旅の扉についての件でメルがそんな言葉を発したのだ。
「本当か!」
思わず声が大きくなった。
旅の扉が実在するというなら、この話も随分真実味を帯びてくる。
「はい、わたしの故郷って山に囲まれてて、他の国への交通にはその旅の扉を使うしかないんです。だからうちの国では小さい子供でも知ってますよ」
確かに移動のためのものらしい。そこでケイティが口を開く。
「その、旅の扉ってやつは、どういうものなの? 名前だけだと普通の扉しか頭に浮かばないんだけど……」
俺自身思っていたことをそのまま口にしてくれた。
「扉って名前はついてるけど、見た目は泉って感じかな。そこに飛び込むと一瞬で何キロも離れた場所へ着けちゃうんだ。そう、わかりやすく言うと不思議ワープね」
……わかりやすいか?
そんなことを思う。見るとケイティも、同じ様な事を考えているみたいだった。
まあ、気にしていても仕方がないから、気を取り直して口を開く。
「え〜と、それじゃあ、その扉を使えばこの国からロマリアまで一気に行けるんだな」
「出口がロマリアにあるんなら、当然そうなります」
返事を聞いて、見えなかったこの旅の先がやっと見えてきたような気がした。これで後は――
「そういやもう一個やっかいな問題があったんだ……」
思わず気落ちした声で呟く。
それを聞いたケイティが声を発した。
「問題って何ですか?」
「その旅の扉がある洞窟っていうのが、封印されていて入れなくなっているんだ」
封印ですか? そう怪訝そうに呟いて、更に詳しい説明を求めるケイティ。そこで、夫婦の家で聞いたことをそのまま伝える。
「その封印をどうにかするのに、魔法って試したんでしょうか?」
説明を聞き終わったケイティがそんなことを訊く。そういうことは聞かなかったな、と思いつつ、ケイティにもその通りに答える。
その返事を受けて、なら取り敢えず行ってみませんか? とケイティが言った。そして更に後を続ける。
「爆発の魔法を試してみて、それで駄目ならメルの気を試して、それで駄目なら、まぁその時考えましょう」
正直少し無計画のような気もした。
しかし、爆発の魔法イオは使い手が結構いるから試したことがある可能性は高いが、メルの気功はそうそう使い手がいるような技術ではないため、まず試されたことはないだろう。試してみる価値はありそうだ。
「確かに、ここでちまちま情報収集しているより先に進める可能性は高いな」
そう言ってからメルの方を見る。他に意見か何かがないかを問う意味だった。
メルはその視線に気づき声を出す。
「わたしは異存ありませんよ! いい加減この宿のご飯にも飽きましたし!」
かなり大きな声で宿の人にはあまり聞かれたくないようなことを言う。
慌ててドアを開けて周りを見る。
主人も従業員もいないことを確認しほっと一息入れ、部屋の中へと戻る。
疲れた声で、なら明日の朝にここを発とう、と言ってその場を締めくくった。
こちらに向って挨拶を言って、二人が一緒の部屋へと向かって行く。
その後姿を見ながら、道具屋が閉まる前に必要なものを買いに行かないといけないと思いつく。
所持金が少なくなっているから買うものをしっかり考えないと駄目だな……。
その次の日からの旅はまずまず順調といえた。
運良く天候には恵まれ、魔物の数は相変わらず多いが、メルの戦闘力によってその悉くが地に伏していた。
勿論、俺もケイティも交戦している。
しかし、俺たちも魔物との戦闘に慣れて効率よく戦いを進めることができるようになってきたとはいえ、メルの気功を使った戦いぶりには遠く及ばない。
そんな調子で三日ほど東へ進路を取り、山の麓までは比較的容易に辿り着けた。そこまではよかったのだが……
「もぉ〜〜〜! 洞窟ってどこにあるのよぉ〜〜〜!」
そんなメルの叫びが辺りに響き渡った。
そう叫びたくなる気持ちもわかる。
だいたいの位置は聞いてきたのだが、いかんせんその範囲が広い。山間にある湖の近くにあるとの話だったから、その湖がある付近を探索し出して数時間、いや朝からだからもう十時間を越えたかもしれないが、それらしいものはいまだ見つけられない。
「誰か、案内でも連れてくればよかったですね〜」
ケイティが疲れた様子でそんなことを言う。確かにそうすればよかったかなぁ、と思ったがすぐに謝礼をだすほどの金がなかったことを思い出し、違う意味で疲れを増やしてため息をつく。
「愚痴を言っていても始まらないさ。そろそろ暗くなってきたから、今日もここで野宿にしよう」
言って、湖のほとりに目を向ける。
とその時、目を向けた先、草が生い茂っている辺りに深い闇の色を見出す。
夕暮れが生み出す影とも違うように見えるが……
確認するために近寄る。するとそこには――かなり大きな穴が開いていた。
もしかして、これが?
そう考えて二人を呼んだ。
それを見た二人は嬉しそうなようで不機嫌そうな不思議な顔になって、くるっと西の方を向いた。すぅ〜っと息を大きく吸い込み、
『竪穴の洞窟ならそう言え〜〜〜!!』
と絶叫。おそらくレーベの町に向って言ったつもりなのだろう。
確かに俺たちはさっきまでひたすら山の斜面を、つまり横穴の洞窟を探していた。こう言いたくなる気持ちもわかるが……
この場合、訊かなかった俺が悪いような気がするなぁ……
そう考えたが、勿論口には出さなかった。
時間も遅かったので明日の朝から探索を始めようかとも思ったが、とりあえず封印されている様子を見てみることにした。
その場所にはすぐに辿り着く。見た感じはただのがけ崩れのあとという感じだった。スコップなんかで掘ればすぐに通れるようになりそうだが……
そこで急にケイティが、あれっ? と声を上げる。
「どうかしたのか? ケイティ」
訊くとケイティは、少しおかしな力が働いているみたい、と言って『封印の壁』の辺りまで近寄っていく。
その様子を見ながら、ケイティは結構魔法の力とかに敏感なのだということを思い出す。よくエミリアとそういう話をしていた。
ケイティはしばらく壁を調べて、そのままそこで腕を組んで考え込む。
「何かわかったか?」
「とりあえず、物理攻撃を遮断する魔法、スカラがかかっています。これはこれで、かなり長期間の効果を施すというどうやっているのかさっぱりわからない改良がされている術ではあるんですが、あともう一つなにかの術が施されている感じがします……う〜ん、何だろう?」
そう言って再び思考の迷路の中へ入ってしまう。こうなると長いから声をかけて思考を中断させることにする。
「とりあえず、レーベでお前が言っていた通りイオでも試してみないか? それでどうにかなればそれでいいし、駄目ならメルの気。まぁ、それで駄目だったらって問題はあるけど……」
最後のようにはなるべくなって欲しくないという意味も込めて、言葉尻を濁す。ここまで来てやっぱり通れないというのは勘弁して欲しかった。
「そうですね……わかりました。少し下がっていて下さい」
そう言って壁から少し離れ、両手を壁に向けて突き出す。しばらく精神を集中させるように目を閉じてから、
「イオ!」
幾つかの光弾が生まれ、まっすぐに壁へと向って突き進んでいく。
それらが壁に突っ込む瞬間、衝撃に備えて身を堅くした――のだが。
何も起きなかった。
衝撃も破裂音も、ほこりすらもたたない。
ケイティに目を向けると、信じられないという風に立ち尽くしている。
「……どうなったの?」
メルが思っていた疑問を代わりに言ってくれる。
「マジックキャンセルだわ……」
「マジックキャンセル?」
聞いたことがなかった。言葉の感じからだいたいの内容は窺えるが……
ケイティが説明を始める。
「マホカンタっていうのがあるのは知っていますよね。そちらはかなり有名で、これはあまり知られていないという違いはありますが、それはともかくそれと似たような魔法です。ただこちらは跳ね返すのではなく、全ての魔法を完全に無効化してしまうんです。魔法としての難易度はマホカンタよりも低いんですけど……」
ならばどうしてそんなに驚いているのか? 知名度がなくとも簡単に使えるのならそう驚くようなことでもないように思えるが……
その疑問はすぐにケイティの独り言ともとれる呟きで解決した。
「なぜ、スカラが無効化されていないのかしら?」
思わず、あ、とつぶやく。確かに考えてみればその通りなのだ。全てを無効化するのなら同時にスカラを施せるはずがない。
ケイティと同じように思わず思考の迷路に入りそうになったその時、メルが元気な声を張り上げた。
「何だかよくわかんないけど、魔法でどうにもならないっていうならわたしの出番ね!」
言って壁に向って突っ込んでいく。その手には不思議な色をした光が宿る。
人体強化の光、気功。
そこでケイティがメルに焦った声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待って、メル!」
何故か制止の声。
しかし、その言葉でメルが止まることはなかった。
目で追うのも苦労するような速さで壁付近に到達し、足を思い切り踏み出すと同時に拳を壁に打ち出す。そして壁は――
壊れなかった。それどころか拳を打ちつけた割には物音一つしない。その代わりに……
「いった〜〜〜い!!」
洞窟内に響くメルの叫び。
「もう、だから待ってって言ったのに……」
「壊れなかったな……」
呆れた呟きを漏らすケイティ、絶望の呟きを漏らす俺。
これで、封印を解く術が無くなってしまった。
「あのねメル。あなたの使う気功は基本的には魔力を使う魔法に似た技術なの。だからマジックキャンセルで、壁に攻撃する瞬間に無効化されるわ。加えてスカラが施されているから普通のパンチじゃそういう風に自分が痛がる羽目になる」
ケイティは淡々と語るが、床に突っ伏しているメルは痛がることに忙しくて聞いていないようだ。かくいう俺もこれからどうしようかという考えに捕らわれていて、ケイティの言っていることはあまり頭には入ってこない。耳を通り抜けるばかりだ。
はぁ、取り敢えずレーベに戻るのがいいかな? でも、戻ってもなぁ……
そんなことを考えていたその時、ケイティが痛がっているメルにホイミを掛けるために腰をかがめた。
すると彼女の腰のポケットから何かが零れ落ちる。
特に何も考えずにそちらに歩み寄りそれを拾い上げると、ナジミの塔で老人から貰っていた鍵もどきだった。
こんなものもあったっけなぁ。
何気なく一歩踏み出した先には岩のカケラあり、それによって俺はけつまずいてしまった。何とか転ばなかったが、きちんと握っていなかった鍵もどきは宙を舞い封印の壁にぶつかる。その瞬間――
ピカァァァ!
洞窟内には目がくらむほどの光が満ちた。それが収まった時、そこにあったのはなんら変わらぬ光景。
……何だったんだろう、今のは?
見ると、ケイティとメルも不思議そうな顔をしている。
「あぁっ!」
と突然ケイティが声を張り上げる。何があったのか?
「アランさん、何をしたんですか?」
訊こうと思ったことを先に訊かれる。いや、“何があった”と“何をした”の違いはあるけど、それはともかく突然何をしたと訊かれても……
「いや、別に何も。というか、何にそんなに驚いているんだ? ケイティ」
「マジックキャンセルもスカラも消えているんですよ! さっきの光、アランさんが何かしたんじゃないんですか?」
言っていることが脳に浸透するまでに数秒かかった。しばしの時間の後、理解する。
「それじゃあ、もうその壁をどうにかできるってことか!」
「そうなります!」
しばし、ケイティと喜び合う。メルは最初、よくわからないという顔をしていたが、何かめでたいことがあったことだけを察知したのだろう。一緒になって騒ぎ出した。
そんな中、壁の付近に落ちていた鍵もどきが視界に入ってくる。状況からいってこれが原因だったようだが……
まだ浮かれて騒いでいる二人から離れて、それを拾う。
違和感があった。何かが違う、そんな気がした。
そこにケイティが近寄ってきて同じように鍵もどきを見る。
「あれ、それ。そんな風に鍵らしいでこぼこありましたっけ?」
そう言われて初めて気づいた。
以前はただの鉄の棒が張り付いているような感じで、まさに鍵もどきだったのだが、いまやそれはもどきとつけられないような立派な鍵の様相を見せていた。
それを見て、きっとさっきの光はこれのせいなのだ、という確信を持ち、他の二人にもさっき起こったことを伝える。
ケイティは、へぇこれがと感慨深げに、メルはやはりよくわからないという顔で鍵を見つめた。
しばらくそうして眺めた後、再び壁の破壊を試みる。ケイティがイオを唱えると、今度こそその壁は小気味のいい爆音とともに崩れ落ちた。その先には奥へ続く通路。
壁にかかっていた魔法の謎、元鍵もどきの謎。
謎が増えて少しすっきりしないところはあったが、やっとアリアハンを出るめどが立ったわけだ。
これで、実はこの奥に旅の扉なんてない、なんて事態が待っていないといいのだが……
壁の破壊が済んだ後、一度地上へ出た。
洞窟を探すのと壁の前でのすったもんだですっかり疲れてしまったから、今日のところは湖のほとりで野宿し、朝から洞窟の中を調べることにしたのだ。
とりあえず湖の近くで火をおこして、保存食の干し肉をあぶって軽く腹を満たす。ケイティ、メルは当然足りないようで文句を連発していたが、いつものことなので適当に流す。
その後は火の番と見張りをする順番を決めて早々に眠ることにした。洞窟の長さがどのくらいかは知らないが、朝早くに発って日が落ちる前にロマリアに着きたい。
俺は最初の見張りをすることになったので、周りに対して少しの警戒をしながら今日あったことに対して考え込む。
といっても、ほとんど意味がわからないことばかりだったから特に思うところもなく、ぼけ〜っとしているのと何ら変わらなかったが……
しばらくそうしながら火のはぜる音に耳を傾けていると、茂みから物音が聞こえてきた。竪穴洞窟がある方向だ。
魔物か?
脇に置いていた長剣を握り、警戒しながらそちらへ向ってゆっくりと進み覗き込む。
そこには――蟹がいた。
ただの蟹なら問題ない。むしろ捕まえて食べたいくらいだ。
しかし、その蟹の全長はやや大柄な俺よりも大きかった。高さは俺の胸の辺りまでだが横幅がかなりあり、そのはさみは小さな子供くらいなら包み込みそうなほどだ。
…………
思わず立ち尽くす。
あれは魔物なのか? いや、実はこの湖の主だったりして――
そんなことを考えた。しかし、その考え――当然、後者――は間違っているみたいだ。
俺の存在に気づいた蟹は、はさみを振り上げて襲ってくる。
やっぱり魔物みたいだな。
そいつははさみを思い切り振り切ってきたので、後ろに跳んでそれをかわす。地面が大きく窪んだ。
これは食らったら痛いだけじゃすまないな。
そんなことを考えながら、振り切ったはさみの付け根に向って剣を振るう。予想よりも堅い殻に驚くが、はさみを切り飛ばすことに成功する。
そこでその蟹が急に震えだす。それを見てショック死でもしたかと思ったが、すぐ後に何もなかったかのように襲ってきた。
何だったんだと思いつつ、さっきと同じパターンで蟹に剣を振るう。
「うわっ!」
蟹に当たった剣が激しく弾かれ思わず声を上げる。蟹の殻が先ほどとは比べ物にならないほどの堅さになっていたのだ。
それで態勢が崩れてしまい、その隙を突いて蟹が迫ってきた。
急いで剣を構えなおすが、蟹の攻撃を受けるのもきつい。何故か固くなった殻のおかげで一撃一撃がとても重い。
このままじゃ蟹にやられた戦士という不名誉な最期を迎えてしまう。そう思って焦りを覚えた、その時。
「メラ!」
横手から飛んできた火の玉が蟹を飲み込んだ。
火に包まれながらなおも動き、その激しい動きで火を消す蟹。
しかし、火が消えた次の瞬間。
バキィッ!
メルが放った蹴りがその蟹の殻を撒き散らした。
ひびだらけの無惨な姿となった蟹はもう動かない。
「ケイティ! メル!」
一連の騒ぎで目を覚ましたばかりなのだろう、二人とも寝ぼけ眼だ。
「アランさん、大丈夫ですか?」
ケイティが駆け寄ってきて腕を取ったから少し照れた。たぶん顔が赤くなっている。夜は暗くて助かるなぁ。
「大丈夫だよ。殻の固さで少し腕が痺れたくらいだ」
「そうですか」
ホッとしたように腕を放す。
少し残念だなと思いながら、蟹の死骸を見て、
「それにしても、こんな奴は初めて見たな。蟹は好きだけどこいつは勘弁して欲しい」
そう愚痴るとメルが声を発す。
「これ、軍隊ガニですよ。ロマリア地方でよく出るんです」
そう言いながら、そのはさみを両手で閉じたり開いたりして遊んでいる。
……ロマリア地方で出る?
そのセリフを聞いて、嫌な考えが浮かび竪穴のある方向へ急ぐ。
「ど、どこ行くんですか? アランさん!」
ケイティが訊く。
「ロマリアから魔物が侵入してきているのかもしれない! もしそうだったら、アリアハンに強力な魔物が蔓延る事になるぞ!」
アリアハンは他の国との接点が海路のみであることから、強力な魔物が侵入してくることなどまずない。たまに空を飛ぶ魔物が現れることもあるがそれは例外だ。
しかし、旅の扉という他の国との接点が生まれたら……
あの封印はそのためにあったのかもしれない。迂闊だった。
焚き火を消してから、真剣な顔になったケイティと、相変わらずはさみを弄んでいるメルを引き連れて竪穴に入り込む。
しばらく進むと……
見たことのない魔物のオンパレードだった。
メルに訊くと全てロマリア地方の魔物だという。向こう側の旅の扉は特に封印されてはいないということか。
その魔物たちに気づかれないように入り口の方へ戻る。
「封印は旅の扉のためというよりは魔物たちを出さないためだったんですね」
さっき俺が思っていたことを、ケイティが改めて口にした。
「そうだな、しかしどうする?」
「また、封印するとか?」
メルが言った。しかし……
「できるもんなのか? どうだ、ケイティ?」
「私じゃ無理ですね」
言ってすまなそうにする。しかし、その後を続けた。
「これはただの想像ですけど、これで何とかできるかも……」
さっきの不思議な鍵を取り出す。
「しっかり魔力探索するとわかるんですけど、この鍵の中にさっきの封印に使われていた魔法が閉じ込められているみたいなんです」
そう言うが……
「よくわかんない」
メルが言った。同感。
「つまり、この鍵を使ってどうにかすれば、さっきの封印と同じ状態を作れるかもしれないってこと。不思議カギね」
最後のメル用の変な解説はともかく、まあわかりやすくなった。
「でも、どうにかってどうするんだ?」
「それは……さあ?」
言って微妙な笑みを浮かべるケイティ。
「さあって、お前」
そう返して、さてどうしたもんかなぁと困った顔で魔物たちがいた方を見る。今のところこっちに来る気配はない。
ケイティが慌てて言い訳のようなことを言っているのが聞こえる。
「き、きっと鍵なんですから、こうやってさして回すといいんじゃないですか?」
見ると普通の壁に向ってそんな感じのジェスチャーをしている。
そんな安易な……
「あっ、できた」
「ええっ!!」
びっくりしてケイティの方に近づいて手元を見てみると、鍵が壁に吸い込まれている。
ケイティがそれを引き抜くとそこには鍵が入るような穴はない。
「どうやってさしたんだ?」
「私にもさっぱり」
ここに来てから疑問がどんどん増えていく。
まあそれはともかく、今気にするべきはもっと他のこと――
「だが、ささったからって封印ができたかどうかは……」
「いえ、ちゃんとできていますよ」
言って手をその壁にかざして呪を唱える。
「メラ!」
火球が壁に向かい――消えた。先の光弾と同じように。
「それと、この通り」
ケイティは短剣を抜いて壁に突きたてようとするが、勢いよく弾かれる。
ね? と言ってこっちを見る。
確かに元の封印されていた壁と同じ状態だ。
なぜそうなるのか、とかそういうことはさっぱりわからないが、これなら問題は解決しそうだ。洞窟内に入って内側から封印をし直せばいい。
「なら、やることは決まったな」
「でも、明日にしませんか〜?」
メルが遠慮がちに言う。
「明日までにまたここにいる魔物が外に出てくるかもしれないだろう? すぐに封印して……まあ、休みなしで洞窟を抜けるしかないだろうな」
さっきの軍隊ガニとかいう魔物の強さを思い出してうんざりするが、そこは顔に出さないようにする。そんな顔をすればメルがそこに突っ込んで、明日にしようとしつこく言ってくることだろう。
メルは頬を膨らませてぶーたれているがそれ以上文句は言わない。
「なら、さっき崩した壁の欠片を積み上げて道を塞ぎましょう」
「そんな崩れやすそうなので大丈夫なのか?」
ケイティの提案に疑問をぶつける。
「マジックキャンセルとスカラさえかかっていれば実際の強度は関係ないです。まあ自然に崩れるほど弱いとまずいですけど」
そう言いながら小さな欠片を一つ持ち上げ、こういうのは駄目ですよと続ける。
それなりの強度は必要という訳か。しかし、割とすぐにできそうだ。
「なら、ぱぱっとやろうか」
二人の方を向いて言う。
「そうですね」
素直に返すケイティ。
「頑張ってね、二人とも」
他人事なメル。
「メルもやるの!」
ケイティの叫びがこだました。
封印を施した後は、とんでもない強行軍となった。
やはりきついのが魔物。特に手強いのがあの蟹、軍隊ガニだ。ケイティが言っていたがどうやら封印に使われていたスカラの呪文を使うらしい。あれほど大がかりな仕掛けではないようだがしばらくは効果が続くという。
どおりであんなに固いはずだ。
他の魔物は確かに手強いのだが、剣が効く分にはそれほど苦労しない。ゆえに蟹はケイティの魔法、もしくはメルの気功で対処してもらい俺は他の魔物を相手にしていた。
これで魔物は何とかなるのだが、洞窟の床が崩れやすくなっているのがまたつらい。
すでに落ちかけること三回、ケイティは八回で、メルに至っては十回だ。
まあケイティもメルも注意力のなさからそんな風に落ちかけまくるが、身が軽いからすぐに態勢を立て直している。
対して俺は、引っかかる回数こそ少ないが二人の手を借りないといけないくらい深くはまることもしばしば。
更に加えて、今までの疲労の蓄積具合が厳しい。すでにナチュラルハイになる段階すら越えて辛さしか感じない。
はっきりいって、いい加減出口に到着してもらいたい。
そんなことを思った時、先を進んでいたメルが声を上げた。
「ありましたよ! 旅の扉です!」
ケイティと顔を見合わせて、嬉しさで笑顔になり急いでメルの方へ走る。
メルが指を差す先には、光る蒼が見えた。
「海の色に似ている」
ケイティがそんなことを言った。
「すごく綺麗で、でも……」
そこで言葉を止める。その先は何となくわかる。
なんだか寂しさも覚える、そんなところだろう。冬の海のような寂しさ。
きっと、だから『旅の』扉なのだ。旅への希望と寂しさ。
そこでケイティは気を取り直したように言った。
「これに入るとロマリアに行けるんですよね」
「そのはずだな」
そう言いながら、背負っていた荷物を下ろす。ひと段落したので少し楽にしようと思ったのだ。
と、その荷物からキメラの翼が零れ落ちた。
「あっ!」
その時突然声を張り上げたのはメル。
キメラの翼を荷物の中に戻しながら、
「どうした?」
メルに問う。
「あ、あははは。いや、ちょっと、聞かない方がいいですよ、これは。確実に落ち込みますから」
「どうしたの? メル。気になるな〜」
ケイティが言った。確かに気になる。
「そんな風に言われたら余計聞きたくなるぞ。いいから言ってみな」
メルはしぶしぶという感じで口を開いた。何がそんなに言いづらいのだろう。
「ええと、今アランさんの荷物の中にキメラの翼があるのを見て気づいたんですけど」
確かにタイミング的にはそうなのだろうと思う。
しかしだからなんなのか。
「わたしロマリアに、というか他の色々な国に行ったことがあるから、それを使えばアリアハンから出ることはできたんですよね〜、アハハハハハ」
…………………………
無理やりな感じで笑うメル。
ケイティはさすがに笑わなかった。勿論俺も。
これまでの道筋を思い出すと笑えない、笑えるはずなどない。
――確かにこれは落ち込むな。
そんなことを思いながら疲れた足どりで新しい地への扉を潜った。