9.盗賊的な方々

 今私達は空を舞っている。
 船を捨ててルーラで飛び出したのはほんの少し前のこと。
 ジェイは少し顔色が悪い。無理もないと思う。あんなものを見たのだから。
 私も吐き気にも似た感じを覚えていた。あれは何なのだろう?
「なぁ、今どこに向っているんだ?」
 バーニィことウサネコが口を開いた。
 彼も顔を青くしているから、気を紛らわすための発言だろう。
「特に場所は決まってないわ」
「へ?」
 私の答えにウサネコは間の抜けた声を出す。もう少し説明が必要なようだ。
 ……面倒くさい。
「ルーラは繊細な呪文なの。あんな状況じゃゆっくり場所を意識することなんてできなかったもの、どこに着くかなんてわからないわ」
「それじゃあ見当とかは……?」
 更に訊いてくるウサネコ。
 本当に鬱陶しい男だ。
「風の精霊の気紛れでこの世界のどこかに着くわよ」
 ルーラは風の精霊の力を借りて移動する術。人によっては自分の記憶を風の精霊と共有して行きたい場所へと連れて行ってもらうのだ、と解釈しているようだが私は違うと思う。
 きっとまず精霊の記憶ありきなのだ。そして彼らの気紛れが私たち人間の願いを聞き入れて行きたい場所へと連れて行ってもらえる。
 だからこそ、術を使うときは精神の集中が不可欠なのだ。精霊との記憶の共有などという、人間が精霊と同等であるかのような偉そうな理由ではなく、精霊への願いのために。
 だからその願いをしなかった、精霊への礼儀を完全に欠いた先の術が私達をどんな場所へ連れて行くのか、それは私にはわからない。精霊が悪戯好きでないことを祈るばかりだ。
「どこかって山の奥とか、海の底だったらどうすんだ!」
 ウサネコが声を張り上げる。こんな状況でなければこの前のように呪文をお見舞いすることもできるのに、そんなことを思った。
「バーニィ、そんなにがなるなよ。エミリアのルーラがなかったら、今頃はそれこそ海の底にいたんだからな」
 言ったのはジェイ。
 ジェイが私をかばってくれた。それだけでこれ以上ないくらい嬉しくなり、ウサネコへの怒りなど一気に打ち消されてしまった。私は本当にこの人が大好きだ。
「それはそうだけどなぁ」
 ウサネコはまだ何か言いたそうにしているが、結局それ以上は何も言わない。
 これで青い空が静けさを取り戻した。
 状況はともかくジェイと一緒に空を飛んでいるというのは、とても素敵なことだと感じる。ジェイもそう思っていてくれるといいな。

 すごい勢いで少し高めの建物が迫ってくる。いや正確には私たちがそこに迫っていく。
 ドカッ!
 少し大きめの着地音が辺りに響いた。建物の屋上に降り立ったようだ。
「ジェイ! 大丈夫?」
 すぐにジェイの様子を確かめる。見たところ怪我をしているということはないようだが。
「ああ、大丈夫。少し腰を打ったくらいだ」
「見せて!」
 痛めていたら大変だ。急いで腰の具合を確かめ、大事がないようで安心する。
「ごめんなさい、ジェイ。私がきちんと術を使わなかったから」
「そんなこと気にするなよ。さっきバーニィにも言っただろ? エミリアがいたからみんな無事だったんだ。感謝しないといけないくらいだって」
「ジェイ……」
 感激してジェイの手を取る。彼の大きな手は私の心を満たす。
「それでここはどこなんだろうな?」
 言って辺りを見回すジェイ。
 それにならって私も顔を動かして、
「どこかの塔の屋上ってところだと思うわ」
 と話す。さっきここに飛んでくる時に見た光景から考えても、その結論が妥当だと思う。
 その時、下から声がかかった。
「二人とも、そろそろ降りてくれるかな?」
『あ』
 私たちはウサネコを下に敷いた状態だった。

「いや〜、悪かったな」
「ソーリー」
 前者はジェイの謝罪。後者は私。
 ウサネコの上から降り、不本意ながら彼のかすり傷にホイミをかけた後のことだ。
「二人とも、謝る必要なんてないわよ。ウサネコちゃんがまぬけなのが悪いんだから」
 と言ったのはアマンダ。実にその通りだと思う。
 ちなみに、彼女は一人だけまともに足から着地し平然としていた。船上での戦闘の時のあのことといい、この身のこなしといい、ただのウエイトレスとは思えない。
「うるせーぞ、アマンダ! つーか、エミリア!」
 ウサネコが声を掛けてくる。何なのだろう?
「何?」
「お前、謝る気ないだろう?」
 こいつにしては珍しく聡い。まあだからと言って正直に認めたりはしないが……
「被害妄想よ」
 そう言うと、ウサネコは顔を歪めてこちらを見ていたが、しばらくして諦めたように床を蹴った。乱暴な男だ。
 その時、屋上の端のところにある階段から数人の男たちが上がってきた。
 オッサンやら、若いのやら色々いる。しかし共通しているのは、自分たちかたぎじゃありません、と全力で主張しているようなその服装。まあ、山賊か何かだろう。
「てめぇら、そこで何やってやがる! ここは俺らのアジトだぞ!」
 その中の一人が声を張り上げる。うるさいことこの上ない。適当にベギラマで黙らせようとした時、ウサネコが彼らのほうを向いた。
「うるせえ!!」
 問答無用でその一言。
 顔がかなりの怒り顔になっている。何にそんなに腹を立てているのか?
 ただ、その怒り顔が功を奏したのか、山賊(仮)のほとんどは怖じけたように後ろに下がった。そこに一気に突っ込んでいくウサネコ。一瞬で三人を地に伏させて、他の奴らに攻撃を始める。さすがにこういう戦闘の腕は中々のものだ。相手を殴りながらオラオラオラと楽しそうな声を上げている辺り、戦闘狂といってもいい。
「おい、バーニィ。取り敢えず、殺さないようにしろよ」
 ジェイが注意をしている。何て優しいんだろう。
「あいつらを問い詰めれば、きっとここがどこかわかるわね」
 アマンダが声を掛けてきた。確かに彼らの小さそうな脳みそでもそのくらいの記憶を持つことはできるだろう。そんなことを考えながら返事をする。
「そうね。さすがに自分のいるところくらいわかるでしょう。馬鹿でも」
 そんなやりとりをしているうちに乱闘が終わっていた。
 山賊の多くは気を失い倒れ伏していたが、三人だけは壁の隅の方でウサネコに恐怖の視線を向けていた。こうして何人かきちんと残している辺りは誉めてもいいかと思う。
「それで? お前たちは誰で、ここは何処なのかな?」
「あんた、自分たちのいる場所もわかってないんで……」
 質問に質問で返した男の顔にウサネコの足がめり込んだ。
 残りは二人。
「質問には答えようぜ……」
 言って残りの二人に笑みを向けるウサネコ。目は笑っていなかったが。
 一人が恐怖からか、饒舌に答える。
「ここはシャンパーニの塔でさぁ。俺たちゃ、ここを根城にしている盗賊団で……」
 二人目の顔に再び足がめり込んだ。
「盗賊とかいうんじゃねぇ。俺がてめぇらみたいなあほと同類だと思われるだろ」
 結構理不尽な理由だ。しかし元々ウサネコはその系統に分類されていると思う。
 そこでジェイが私に訊いてくる。
「シャンパーニの塔っていうと、ロマリア地方にあるんだよな?」
「うん、そうよ。ロマリア王都の北西の山奥にあるの。昔、ロマリアがポルトガ国と戦争をしていた時期に、見張りのために作られたらしいわ」
「おぉ、すごいなエミリア。よく知ってるな。偉い、偉い」
 言って、頭を撫でてくれるジェイ。思わず笑みがこぼれる。嬉しい。
 旅のために地理も歴史も頑張って勉強した。そのおかげだ。昔の自分を誉めたくなった。
「これでアリアハンからは出られたことになるな。結構まともなところに着いたし、きっとエミリアは風の精霊に好かれているんだな」
 再び嬉しいことを言ってくれるジェイ。今日は最高の日だ。
「あんたたちの遣り取りは、相変わらず見ていて恥ずかしいわね」
 アマンダが言った。
 何が恥ずかしいんだろう?
 その時――
「お前ぇらぁぁぁ! 上見に行くだけでどんだけ掛かってんだぁぁっ!」
 ものすごくでかい声。
 残りの盗賊一人を更に問い詰めていたウサネコも、呆れたような顔でこっちを見ていたアマンダも、そしてジェイと私も声の聞こえた方――下へ続く階段に顔を向ける。
 そこには……

「お、親分〜」
 涙声で言う盗賊一。
 どうやら彼らのボスのようだ。しかし、そんなことはどうでもよかった。
 そこにいたのは――
 私は大きく息を吸い込んで叫ぶ。
『変態!!』
 合わせたわけではなかったが、ジェイと私、そしてウサネコの声が同時に上がった。残りのアマンダも、その目は汚いものでも見るようなそれになっている。
 それも当然だ。階段の所に立っていたのは、頭に覆面をかぶり下はビキニパンツしか着ていない大柄な男。寧ろ、変態と呼んでは変態に失礼なくらいだ。
「て、てめぇら、親分を変態だと!」
 すっかり怯えていた盗賊一が、聞き捨てならないという風に声を上げる。
 それを手で制して変態が口を開く。
「よさねぇか。そんな風に反論するのは自ら変態だと認めるようなもの」
「いや、あんたのその格好は問答無用で変態でしょ」
 アマンダが突っ込む。私達一行は全員頷く。
「なかなか手厳しいな姉ちゃん。しかし、この服は今この辺りで流行っているのさ」
 そんなことを言うが絶対嘘だ。こんな服(?)は世界の終わりが来ても流行らない。
 しかし、そこで覆面の下から唯一覗かせている目を急に鋭くして変態が口を開く。
 目だけは変態とは違う危険さを感じさせる。
「ま、冗談はここまでだ。見ると俺様の子分が随分世話になったみてぇじゃねぇか? きっちり礼をさせてもらわねぇとなぁ」
 周りに転がる盗賊連中に目を向けた後、凄む変態。
「世話をしたのはそこの男だから、お礼はそちらへどうぞ」
 そう言って私はウサネコを指差す。
「エミリア、てめぇ!」
 焦ったように声を荒げるウサネコ。
 しかし、取り合わない。あんな変態の相手はごめんだ。
 やはりジェイもアマンダも、変態とウサネコから目を逸らしている。
「ふん、そうもめるな。灰色頭をのしたら、他の奴もちゃんと相手してやるさ。まぁ、そっちとしちゃあまとめてかかって来る方が利口だと思うがな」
 そんなことを変態が言う。変態な上自意識過剰とは最悪だ。
「くそっ! お前ら覚えてろよ」
 そう言いながら両手にダガーを構え変態に向うのは、私たちのパーティの盗賊ウサネコ。なんだかんだ言いながら戦いの準備をするのだから真面目な男だ。馬鹿ともいう。
「俺はバーニィ、盗賊だ」
「何だ、同業か」
「同業って言うな!」
 すかさず返すウサネコ。まあ、さすがに気持ちはわかる。
「たくっ、連れねぇな。俺はこれでも義賊なんだぜ。同業であることを誇りに思ってもらいたいくらいここらじゃあ有名だ」
「うそ臭い。ものすごくうそ臭い」
 ジェイが私の隣で言った。私もそう思う。見るとアマンダも頷いている。
 しかしウサネコは、そうか、と呟いて後を続ける。
「お前、カンダタか。悪趣味な服装が特徴だとは聞いていたがここまでとはな……」
 知っているようだ。なぜか笑みがこぼれていたりもする。
「ほぉ、知っていたか。感心するところがずれているのが少し気になるが……なら、俺様の強さは知っているだろう? 今からでも全員でかかってきてもいいんだぜ」
「冗談! 一度戦ってみてぇと思ってたんだ! お前ら邪魔するなよ!」
 頼まれても手など出したくない。ジェイもアマンダも同じ思いだろう。こんな変態でも強ければ戦いたいと思うなんて、このウサネコ……本当に戦闘狂って感じね。
「行くぜっ!」
 そう言って飛び出したのは大振りの斧を右手に持つ変態。その重そうな獲物の割には素早い動き。どうやら口だけではないようだ。
 その斧を決して大振りすることなく連続でウサネコに対して振るう。
 要所要所で的確に斧を止めて、たまに左手に持ち替えたりして休みなく振るい続ける。ここまで自在に操るには相当な力と体力を必要とするだろう。加えて体に合わない敏捷性。ただの変態ではないらしい。
 しかし、その顔には焦りが見え隠れ。そして体には細かい傷が多数刻まれている。
 ほとんど隙の見えない変態の動きにも、やはり少しは付け入るところがある。
 その少ない隙をウサネコは見逃さず、その度に変態の肌に傷をつけていた。その一つ一つは浅いものだったが変態の体力を少しずつ奪っていく。そして何より、精神的に追い詰めていく。
 そこでウサネコは不自然に態勢を崩した。見え透いた誘い。
 しかし、焦りを携えた変態は気づかず、ここぞとばかりに大振りに斧を振るう。
 その威力は推して知るべしだが、その分生まれる隙も大きい。勝負はそこで決まった。
「親分!」
 盗賊一が声をかけた。そういえばこんな奴もいたわね。
「くそぉっ!」
 斧を取り落とした変態がくやしそうに声を上げる。その首元にはウサネコのダガーが突きつけられている。
「このカンダタ様がざまぁありゃしねぇ!」
「そう落ち込むな。随分と強かったぜ、その腕の怪我にしてはな」
 腕の怪我?
「気づいたか」
「そりゃあな。斧使いとして完成された動きをするくせに妙なところで隙が生まれるんだから気づくさ。どっかでヘマでもしたか?」
 言ってダガーを変態の首元から離す。そうして何故か変態とがっちり握手している。戦いで生まれる友情という奴かしら……それにしてもあんな変態と。

 変態とウサネコの友情劇が終幕した後、私達は変態とその子分達と一緒に塔の内部に入り込んだ。
 そしてしばらく進んだ後、やや大きめの広間で向き合って座り話をすることになった。目の前にいるだけでメラミをぶつけたくなるが、なんとか我慢する。さすがに敵対しているわけでもない相手を焼くのは趣味ではない。
 話題はまず変態の腕の怪我に向いた。
 変態の腕の怪我というのは肘のあたりまで上がっている手袋で隠れるところにあった。ちなみに左手。見た目は少し肌が変色しているくらいで特に変わったところもなかったが、痛むというからおそらく内部の筋なんかが傷ついているのだろう。
 ロマリア王都の宝物庫から王冠を盗んだ時に小さな女武道家の一撃を受けたのが今でも後を引いているという。それがひと月ほど前のことだというから、今も痛むなら当時は相当ひどい傷だったことだろう。盗賊団には回復魔法を使えるものがいないようでずっと放置していたそうだ。
 ウサネコが魔法で何とかできないか? と言ってくるが気が進まない。こんな変態を相手に魔法を使うのは嫌だった。
 それでもジェイが診てやったらどうだ、と言ったので診ることにする。
「そうね、これなら治ると思うわ」
 さっきの予想通り筋が何本か傷ついている感じだが、これくらいならベホイミでなんとかなるだろう。
「ホントか?」
 変態が訊いてくる。
「嘘言っても仕様がないでしょう?」
「はっ、そりゃそうだな」
 言って豪快に笑う。耳元で大きな声を出さないでもらいたいものだ。
 早々に治癒呪文をかけて変態から離れる。ジェイの隣に戻ると頭を撫でてもらい気を紛らわす。変態の近くにいすぎて殺意すら芽生えていた。
「しかし、侵入者のあんたらにすっかり世話になっちまったなぁ。これじゃあ問答無用で追い出すってわけにゃあいかねぇわな。まぁ腕が治ってもあんたらをどうこうするのは骨が折れそうだが」
 再び大きな声で笑い出した。うるさい……
 変態の後ろにはさっき屋上にあがってきた人数の十倍近い男たちが集まっていた。馬鹿そうな顔をしている。全員子分らしい。なぜ、この変態にここまで人望があるのだろう?
「なぁ、ところでよ、お前ら義賊なんだろ? なんでまたロマリアの宝物庫に盗みに入ったんだ? 詳しくは知らないけど、今のロマリアの王様はそう悪くないんだろう?」
 そう言ったのはジェイ。
 現ロマリア王は、国を治める能力は上等とは言えないがその人柄は国民に好かれていると聞く。その王から財産を奪って義賊も何もないだろう。さすがジェイ、冴えている。
 しかし、すぐに変態が言葉を返した。
「いや、俺達が盗みに入ったのは王の財産を奪うのが目的ではなかったんだ。まあ結果的にはそうなったんだが、盗もうとしたのは『夢見るルビー』というエルフ族に伝わっていた宝石だ。どうもこれは前の王が命じてエルフたちから盗ませたらしくてな。今回の盗みはそれをエルフ族に戻すのが目的だったのさ」
 筋は通っているようだが……信用できるかどうか怪しいものだ。
「なぜ、そんなことをするの? エルフ族に恩義でもある訳?」
 現在ではエルフは人間嫌いが高じて目撃談すら聞かなくなるほど姿を現さない。そんないるんだかいないんだかわからない他種族にまで礼を尽くすとは、義賊というより暇人だ。
「それはな嬢ちゃん、ノアニールの町の連中が、秘宝を奪われて怒ったエルフに呪いをかけられているからだよ」
「呪い?」
 あまり気持ちのいい単語ではない。ついでに言うと変態に見つめられているのも気持ちが悪い。
「何年も目を覚まさないんだ」
「それなら聞いたことがあるな。確か最初に噂を聞いたのは十四年くらい前か?」
 言ったのはウサネコ。
 それにしても、十四年も眠るというのはすごい話だ。私が生きてきた時間と同じくらいなのだから。
 だが、そんなことが本当に起こっているのか、そんな考えが浮かぶ。
「バーニィ以外は信じられないって顔だな。だがな、この辺りじゃ当たり前の事実なんだぜ。今じゃ子供への戒めとしてその呪いが持ち出されるくらいだ。実際ノアニールに行けば、その様子も目にできるしな」
 ここまで言うということは本当なのだろうが……
「なぜ、エルフはロマリアの前王じゃなくてノアニールの人を眠らせているんだ?」
 そう言ったのは再びジェイ。
「勘違い、だな」
『勘違い?』
 変態の言葉に思わず声を上げると、ジェイ、ウサネコと声が重なった。
「ちょうど、ルビーが盗まれた頃に一人のエルフの娘が消えた。その娘はノアニールに住んでいた男とちょくちょく会っていたそうなんだが、そいつも同時期に村からいなくなっていたから、エルフの女王は男がその娘もルビーも奪ったのだと決め付けたんだ。実際、その男と娘がどういう関係で何故消えたのかはわかっちゃいないが、ルビーがどうなったかはある筋から得た情報でさっきも言った通りだから、その件に関してはエルフの勘違いってことになるんだよ」
 状況からみて、人間とエルフの駆け落ち事件とルビーの盗難事件が重なったためにおきた誤解といったところか。三流小説でも扱いそうにない話だ。
「それで、ルビーは盗めたわけ?」
 今度問うたのはアマンダ。さっきから盗賊連中にウインクしてからかったりしていたので聞いていないかと思っていたが、実は聞いていたようだ。
「それが無くてな」
 言って照れ笑いを浮かべる変態。その様子がまた気持ち悪い。
「手ぶらで帰るのもなんだから、黄金色の王冠を盗ってきた」
「結局ただの泥棒じゃん!」
 ジェイが突っ込む。
「そう言うなよ。せっかく這入ったのに何も盗らずにでるってのはやっぱ盗賊としては……なあ?」
 そう言ってバーニィに目を向ける。それを受けて、それは言えてるな、と頷くバーニィ。盗賊同士仲のいいことだ。
「ただな、そのルビー、ロマリア国が所持しているのは間違いないんだ。いや、前王が個人的に、とも考えられる」
「何故そう言い切れるの? その情報が間違っているかもしれないでしょう?」
 そう言うと、今まで余裕に溢れていた変態が少し不機嫌そうになる。
「それはねぇ。これは俺の古い友人が自信を持ってくれた情報だ。奴は無責任な噂だけでものを言うような奴じゃない」
「古い友人?」
 そこで変態が含み笑いをして私達を見回す。
「お前らも名前を聞いたことがあるはずだぜ。かの有名な勇者、オルテガ――」
「父さん?」
 変態の言葉を遮りジェイが驚きの声を上げる。オルテガ、ジェイとケイティのお父さん。
 ジェイの言葉を受けて、同じように驚きの声を上げる変態。
「父さん、って……お前、あいつの息子なのか?」
「父さんは六年前に死んだはずだ。お前に情報を与えることなんてできない。それとも、お前は死者の声を聴く霊能変態なのか?」
 変態の質問には答えずにジェイが言った。少しふざけたようなことを言うが、その声は硬い。
「死んだ、か……世間ではそう言われているな。だが、ロマリアに盗みに入る前に奴からの手紙を受け取った。塔の前の木に短剣で刺されていた」
 そう言って手紙をパンツから取り出す。それを見て背筋がぞわぞわっとするが、そういう空気でもないかと思い突っ込まなかった。
 しかし、手紙があるとは言っても……
「それが本物とは限らない」
 そのジェイの言葉に思わず頷く私。手紙だけなら他の第三者の存在も考えられる。
「いや、この字はあいつだ。昔、けっこう長い間一緒に旅をしたからな。覚えている」
 そう言って懐かしそうな目になる。
 しかし、ジェイは戸惑った顔。生きているというのに何の連絡もない父親に複雑な思いを抱いているのだろう。
 私は、ジェイは父親に対して何も感じていないと思う。
 自分が生まれたのとほぼ同時に旅に出た親。それに対して親子の情のようなものは持っていないだろう。
 私のお母さんも似たようなものであり、これは私が思っていること。お母さんを責めるつもりはない。しかし会いたいとも思わない。お母さんは私にとって存在しないのだ。
 だから、ジェイもきっと同じように思っているだろう。ジェイが戸惑った顔をするのはきっと彼のお母さんのためなのだ。
「そんな顔しなさんな。きっと家族には知らせられないような事情があるんだろ。世間に生きていることが知れると困る、そんなところか。その点、俺みたいな裏稼業の人間なら世間に漏れることもまあないからな」
 ジェイの様子を見て変態が言う。的外れな慰めだと思う。
「そんなことはどうでもいいよ。……なぁ、変態」
「何だ?」
 すっかり変態という呼称に慣れてしまったのか、変態は自然なリアクション。子分たちは後ろで顔を顰めたりしているが。
「もし父さんに会うことができたら、母さんには知らせるように言ってくれるか?」
「そうだな、会えたらな」
 その答を聞くと、ジェイはいつもと変わらない顔つきになる。これ以上気にしても仕方ない、と考えたのだろう。
 切り替えが速いところも素敵だ。

 その後は何故か宴会になった。結構豪華な料理と浴びるほどもあるお酒。それを飲み食いしながら、古き友人オルテガの息子に乾杯! とか、怪我を治してくれた天才嬢ちゃんに乾杯! とか色々とネタを作り出しては乾杯しまくっている。
 それを横目に、ジェイと一緒に料理をつまみながらミルクを飲む。
 ウサネコは盗賊連中にすっかり溶け込んでお酒を飲みまくっているし、アマンダは盗賊何人かを顎で使ってくつろいでいる。
 私もジェイと一緒にご飯を食べるのは嬉しいことなので、ついついリラックスしていた。
 そうして油断していたところに変態が声をかけてきたから、相変わらずの強烈な外見に吐き気を覚える。
「よぉ、俺様の料理はどうだい?」
「あんたが作ったのか、この料理!」
 ジェイが大きな声を上げた。私はその変態の言葉を聞いて一気に食欲をなくす。
「そうさ。子分どもに任せることが多いんだが、今日は懐かしい友の息子と怪我を治してくれた嬢ちゃんのためにこの腕を振るったってわけだ」
 言って太い腕を豪快に叩く。大きな音が響いた。
「俺たちのためってんなら、あんたが作ってくれない方が嬉しかったんだが……」
 ジェイが当然の感想を述べる。
「ガハハハ、嫌われたもんだな!」
 変態は特に気にした風もなく大きく笑う。こういう性格は嫌いではないけど外見をどうにかできないのか、この変態は。
「変態はその変態的な格好をどうにかする気はないわけ?」
 訊いてみる。
「そりゃあできねぇ。こいつは俺様のポリシーだ」
 そんなポリシーは、丸めて捨てて更にメラで燃やしてしまう方が世のためだろう。
 そう思うがどうせ聞かないだろうから何も言わない。
 そこで変態の目に真剣さが宿る。
「なぁ、ジェイよ。お前がもし夢見るルビーを見つけたら俺様の代わりにエルフに返してくれるか?」
 それを受けてジェイが少し不思議そうな顔をする。
「そりゃあ、万が一に見つけたら返してやらねぇこともないけど……何でそんなに気にしてんだよ、そのノアニールのこと」
「ノアニールだから、ってわけじゃねぇ。困っている人を助けたいと思うのは当然だろう?」
「そういうもんか?」
 ジェイが更に不思議そうな顔になった。それを見て変態は少し呆れ顔になる。
「お前、オルテガと全然似てないのな。あいつは自分のことより常に人のことを考えているような奴だった。まあ、俺様のおせっかいも奴の影響だろう」
 なんだか盗賊らしくない変態だ。
「父さんに似ている必要なんてない。俺は俺なんだから」
 そう言ったジェイに変態は楽しそうな視線を送る。
「そりゃそうだ。勿論、無理に似る必要なんぞない。ただ、思ったことを口にしただけだ。気にしたのなら謝るぜ」
 そう言って頭を下げた。
「別に、気にはしてねぇよ」
 ジェイはそこでコップに手を伸ばして口に運ぶ。ミルクが口に流れ込む。しかし、
「ぐっ!」
「ジェイ?」
 ジェイが突然呻いた。
「へ、変態。お前何入れた?」
 変態に目を向けジェイが訊く。
 まさか毒?
 そう思って変態を睨む。頭の中には全てを飲み込む炎を思い描き呪文の発動の準備を……
「酒だ!」
 …………
 満面の笑顔で叫ぶ変態。私は今、間の抜けた顔をしていることだろう。
「ミルクなんぞちまちま飲んでんじゃねぇ! こういう席じゃあ、酒だ! とにかく酒だ!」
 言って酒の瓶をジェイの口に無理につける。ジェイは抵抗するが酒が口に流れ込んでいく。私は変態を殴ったり蹴ったりしてどうにかジェイを解放しようとするが、変態は微動だにしない。
 呪文でのしてやろうと思ったその時、私の口にも酒瓶を押し当てる変態。
 ――そこから先の記憶はない。

 私達は、次の日の朝早くに出発することにした。
 近い村に行くにもかなりの距離があるからというのが理由だったが、変態の塔にいたくないからというのが私にとっては一番の理由。
 ウサネコは仲の良くなった盗賊達と別れを言い合い、アマンダは昨日の残りの料理をぱくついている。ジェイと私は、
「あ、頭痛ぇ……」
 激痛の走る頭を抱え脇に座り込んでいた。
 さっきジェイにベホマをかけてみたけど、全然よくならなかった。
 二日酔いには効かないらしい。
「なんだ、なんだ。だらしねぇなぁ」
 変態が声を掛けてくる。朝っぱらからのこいつの姿はきついものがある。
「俺たちは未成年な上に酒なんて初めて飲んだんだぞ。なのに、バカスカ飲ませやがって」
 ジェイが頭を抱えながら変態に向って口を開く。
 私は酒瓶を口につけられた瞬間から記憶がなくなっていたが、ジェイは一応記憶もあるらしい。さすが私のジェイだ。
「あれくらいで音を上げてちゃあ立派な大人になれないぜ。ま、それはともかく、ほれ!」
 言って何かを放ってよこす変態。その何かがジェイの手に入り込む。
「これは?」
「ロマリアから盗ってきた王冠だ。王に返して恩を売るもよし、その嬢ちゃんにプレゼントするもよし、好きにしろ」
 確かにジェイの手の内にあるのは、ピカピカ金色に輝く冠。
「いいのか?」
 ジェイが訊くと変態はあっさり返す。
「ああ、持ってけ、持ってけ。腕の怪我の礼だ。悪どい金持ちは結構多いから、二、三度仕事すりゃあそのくらいの埋め合わせはすぐできる」
「そうか。なら貰っとくかな」
 ありがとな、と言って変態の肩をコンと叩くジェイ。
 その後私の方を向いて、
「ほら、エミリア」
 そう言うと私の頭の上にそれを被せてくれた。
「私に?」
「ああ、よく似合ってるぞ」
 私は嬉しくて目頭が熱くなった。あんなに痛かった頭も気にならない。
 感極まってジェイに思い切り抱きつく。
「嬉しい! 大事にするね」
「お色気姉ちゃんに聞いていた通り、お前らの遣り取りは恥ずいな……」
 昨日アマンダが言っていたことを変態も言う。
 昨日も思ったけど、何が恥ずかしいんだろう?

 そのしばらく後、私達は出発した。
 見送る盗賊たちと、その先頭にいる変態を見て思う。
 願わくは二度とここには来なくてすみますように……