10.民と国

 ここはロマリア城下にある宿屋。
 旅の扉を出た後にわたしがキメラの翼を使って、一瞬でここに到着したのが今日の朝方。洞窟を抜ける間に夜が明けていたのだ。
 眠い目を擦りながら宿に部屋をとり、さっきまで眠っていた。
 外を見ると夕暮れが見えているから、だいたい十時間くらい眠っていたと思う。
 結構疲れてたんだなぁ。
「あ、メル。起きた? おはよう」
 部屋の扉を開けてケイティが顔を見せた。寝巻きから着替えているので、これから出掛けるのかもしれない。
「おはよ〜。どっか行くの?」
「ちょっと、アランさんと一緒にお城にね。アリアハンの馬鹿王に貰った勅命状を使って、王様に助成金のお願いに。メルも来る?」
 そう言えばここの宿代を払った時に、わたしの闘技大会の賞金も底を尽いたんだった。これから旅を続けるためにはこの金銭事情はどうにかしておきたいだろう。
 ケイティのお父さんがオルテガおじ様だって知った時の“ロマリア王”の反応が面白そうだとは思うけど。
 でもなぁ、お城はまずいなぁ。
「ううん、ちょっと街をぶらつきたいから遠慮しとく。二人で行ってきて」
 お城に行かないための言い訳ではあるが、まんざら嘘でもない。前来たときに知り合った人を訪ねたいし、お店をのぞいてみたいとも思う。
「そう? じゃあ二人で行ってくるね。夜ご飯は少し遅くなると思うけど、そんなに遅くならないように帰ってくるからメルも早めに宿に帰ってきてよ」
「ほいほ〜い、豪華なご飯が食べられることを期待してるね〜。いってらっしゃ〜い」
 言いながら手を振るう。
「うん! アランさんが食事に制限を入れる気がなくなるくらい、お金貰ってきちゃうからね!」
 期待してて、と言いながら階段を元気に駆け下りていくケイティ。
 ケイティの気を逸らすために食べ物の話を持ち出したんだけど、なんかわたしも楽しみになってきちゃったな……

 ロマリア城の謁見の間はアリアハンのそれとよく似ていた。勿論、無駄に宝石が散りばめられていたりはしないが、それでもやはりそれなりの豪華さは備えている。
 ケイティとアランが玉座の前で跪いていた。
 そんな彼らに声を掛けるのは、ロマリア国王カミーラ=デル=ロマリア。
「つまり、お主達はアリアハン国王の命で旅を続けておりその旅の資金を助成してもらいたい、とこういう訳か?」
「はいこの通り、王より頂いた勅命状もここに」
 勅命状を差し出し応えるアラン。
「ふむ、確かに本物のようじゃな。アリアハンからオルテガ殿の子供が旅立ったと聞いたが、お主達のどちらかが?」
 言われて少し遠慮がちに前に出るケイティ。あまりオルテガの子供であることは出さないで欲しいのかもしれない。
「はい、私です。ケイティといいます、王様」
「ほぉ、ケイティか。いい名じゃ。時にケイティ、ものは相談なんじゃがのぉ……」
「はぁ」
 ケイティは何だか嫌な予感がして気の抜けた返事をする。
 ――結果的に、その予感は的中した。

「少し遅くなっちゃったなぁ」
 そう呟きながら宿への道のりを急ぐ。
 知り合いを訪ねたらついつい話し込んじゃって結局お店見物はできなかったし、もしかしたら食事にも間に合わないかもしれないという時間帯になってしまった。
 二人とも、待っててくれるといいんだけど……
 漸く宿に着いてカウンターにいるおじさんに詰め寄る。
「おじさん! わたしの仲間、もう帰ってる?」
「あぁ、メル様――んぐっ」
 慌てておじさんの口を塞いだ。
 こういう呼び方はやめてって言ってあるのに、もう。
「いくらお客だからって様づけっていうのは大げさすぎるんじゃない? やだなぁ、もう」
 この店が客を様付けするようなところでないのは知っているけど、まわりにいる人への言い訳みたいに大きな声で言う。
 他の客たちはしばらく好奇の目をこちらに向けていたけど、すぐに思い思いの方向へ散っていった。
 それを見とどけてからほっと一息ついて、おじさんだけに聞こえるように囁く。
「そういう呼び方はやめてって言ってるでしょ。特に今回はあまりばれたくないんだから」
「申し訳ありません。今後は気をつけます」
 おじさんも声を顰めて謝った。
 ほんと、気をつけてよね。ばれてもそう困らないけど、ケイティたちと旅しづらくなる可能性もあるし。
 そこで、気を取り直すようにおじさんが陽気な声を出した。
「え〜と、連れの人らが戻っているかだったね」
 うんうん、敬語も使ってないし、その調子、その調子。
「ケイティさんもアランさんもまだ戻って来てないね。部屋の鍵がまだここにあるもの」
 そう言いながらおじさんは鍵を二つ持ち上げて見せた。一つはアランさんが泊まっている部屋番号が書かれている。もう一つにはわたしとケイティが泊まっている部屋番号。
 少し遅いなぁと思いながら、わたしが泊まっている部屋の方の鍵を受け取る。
 あれから三時間くらいは経ったはずだから、いくらなんでも用事は済んでいると思うんだけど……
「ところでメル――ちゃん」
 名前とちゃんの間に妙な間があって違和感ありまくりだけど気にしないことにする。
「ん、何?」
「どうも、また王様の悪い癖が出たみたいだよ。城の方では新王誕生祝賀パーティが開かれているってさ。今回は女王らしいぞ」
 ここの王様は城の仕事に嫌気が差すと、他の人間を王に仕立て上げて遊び歩くという悪癖がある。とはいえ、全然素姓の知れないものを登用するなんて馬鹿なことはしないみたいだけど、それにしても無茶ではあると思う。
 前にここでオルテガおじ様について訊いたとき、おじ様にも八年前くらいに一度“王”をやらせたことがあったと聞いた。
 それはちょっと見てみたいかもと思ったけどね……
 あれ? なんか今、嫌な予感が……あぁ!
「ちょっと待って! 今回は女の人なの?」
「あぁ、そう聞いたね」
「名前は?」
「いや、知らないなぁ。知っての通り、いつものことなんであまり気に留めてなかった。そうだな、王様に直接訊いてみたらどうだい? どうせいつものところだろうし」
 それもそうだと思い、入ってきたばかりの入り口に向う。そこで手の中にあった鍵に気づいて、
「おじさん! いってきます!」
 と言いながらおじさんに投げて渡す。
 おじさんが、乱暴に扱わないでくださいと言っているのを聞きながら外に飛び出した。おじさんの口調が敬語になっていたけど、宿の主人と客の普通の会話に聞こえるだろうと思ったから気にしない。
 外に出てみると確かに城の方が少しにぎやかなことに気づく。
 ふう、心配してることが現実じゃないといいんだけど。

 今わたしの目の前にはとんでもなく賑やかなフロアが広がっている。
 数え切れない人、人、人。そんな彼らによって生まれる喧騒。思わず耳を塞ぎたくなるようなうるささだ。
 ここはロマリア王国が誇るカジノ。魔物同士が戦う賭け試合や、一枚五ゴールドのチップを賭けるカードゲーム、世界各地のお酒が集まる酒場などなど、多くの娯楽が詰め込まれている。人々が寝静まってもここだけは夜通しにぎやかさが絶えないというから驚きだ。
「おやぁ、お嬢ちゃん。こんなところでなぁにしてんでぇ。おじさんに酌の一つもしてくんねぇかぁ?」
 言いながら酒場で酔っ払ってたおじさんが、わたしの手を馴れ馴れしく掴んでくる。
 むかっ。
「ぐっ」
 あまりに鬱陶しいのでついみぞおちに軽く一発お見舞いしてしまってから、しまったと顔を顰める。
 これは確実に騒ぎに巻き込まれちゃう。
「おい、どうしたぁ?」
「なんだ、なんだ?」
「おい、嬢ちゃん! 何してくれんだ、あぁ?」
 のしたおじさんの知り合いらしき人たちが険悪なムードでこちらに歩いてくる。
 まずいなぁ――よしっ、ここは逃げの一手だ。
 わたしは足にだけ気を集中させて思い切り床を蹴る。空を飛ぶように宙高く跳びあがり目指す辺りにみごと着地。さっきいたところはもう見えなくなっているから、さすがにここまでは追ってこないだろう。
 そこら辺にいる人たちがわたしを見てざわついているけど、そこまで気にしていられない。そんなことまで気にしていたらここを出るしかなくなってしまう。
 その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 あ、ラッキー! 見っけた。
 その声の主に近づいていく。
「こりゃ、しっかりせんか! そこじゃ、右ががら空きじゃぞ! え〜い、豪傑熊の一匹や二匹ちょちょいと倒さんかい!」
 目的の人物は闘技場のとこで熱狂していた。ちなみに今は、豪傑熊VSスライムの試合中。彼の口ぶちから判断するとスライムに賭けているみたい。
 相変わらず無茶な賭け方だなぁ。
「王様、そろそろ公務にお戻り頂かないと……」
 そんな彼の耳元で囁く。自分の慇懃な口調がなんだかくすぐったい。
「何を言っとる! あと三日は遊ばんと仕事なんぞ手につかんわい! ……ん? おぉ、メルではないか! なんじゃ、“王様”なんて呼ぶから侍女かと思ったぞ」
「久しぶりだね、カミ爺。にしても、相変わらず無茶な賭け方してんね〜」
 挨拶ついでにさっき思ったことを言う。
 まぁ、これもお決まりの挨拶みたいなもんだけどね。ちなみにカミ爺って呼び方は、名前がカミーラで爺ちゃんだから。
「目的は金を儲けることではないからのぉ。楽しむにはこういう賭け方をした方がいいのじゃ。何かの間違いで勝ったときはそりゃあうれしいもんだぞ」
 そういえば前に一度大穴を当てたことがあると言っているのを聞いたことがある。
 きっとその時のうれしさが忘れらんないんだなぁ。こいつは一種の中毒みたいなもんだね。
 そこまで考えてからここに来た目的を思い出す。
「そうだ。あのさ、今回“王様”を押し付けた相手の名前は?」
 ストレートに訊く。遠まわしに言う意味もないしね。
 カミ爺は苦笑混じりに答える。
「押し付けるとは人聞きが悪いのぉ。ちゃんと了解は取ったぞ」
「もう! そんなことはいいの! 名前は?」
 今度は意味ありげにこっちを見るカミ爺。なんとなく察しはつくなぁ。
「その人物はお前にとっては結構重要な人物じゃぞ、メル。聞いて驚け! なんと、あのオルテガ殿のご息女……」
「ケイティね」
 やっぱりか〜。そんなことを思いながらカミ爺の言葉を遮る。
 カミ爺は面食らった顔をしている。
「なんじゃ、知っておるのか? この前アリアハンに行くと言っていたが、会ってきたのか?」
「ん〜、ていうかね。一緒に旅してんのよ、今。そういうわけだから、早めに解放してあげて欲しいんだけど」
 一緒に城にいたのではいつ正体がばれるとも限らないし、かといってわたしだけ宿の方にいたのではご飯もまともに食べられない。食い逃げなんてしたくないし……
「そういうことなら、お前も城で数日過ごせばよいではないか。食事も豪華なものを用意させるぞ」
 こっちの気も知らないで勝手なことを言ってくれるなぁ、まったく。
「悪いけど遠慮しとく。城にいたんじゃ、誰かがうっかりわたしの正体、ケイティたちにばらしちゃうかもしれないし」
「なんじゃ、教えとらんのか? 隠すことでもないと思うが」
「まあ、わたしも大丈夫だとは思うけど、万が一気まずくなったらやだもん」
 ケイティ辺りは100%気にしないとは思うけど、アランさんはどうかなぁ。元お城の兵士だっていうし……
 少し考え込んだわたしの様子を眺めてから、カミ爺が口を開いた。
「ふむ、まあそういうことなら今夜だけ遊んで城に戻るとするかのぉ」
「ちょっと! すぐ帰ってくんないの?」
 一応非難の声を上げてみたけど、無駄だろうな。この人の遊びに対する執着は並じゃないし。一日で帰ってくれるだけでも最大限の気遣いといえるね、うん。
「一日くらい遊ばせとくれ。先行き短い老いぼれの数少ない楽しみなんじゃ」
 しおらしいことを言っているけど、こんな場所に来る爺ちゃんがそう簡単に逝くとは思えないなぁ。
 まぁ、すぐに帰るように言っても絶対聞かないだろうし、ここは引くしかないかな。
「わかったわよ。明日確かに帰ってくれるんなら、何も言わない」
「さすがメル。うちのかみさんや娘とは違うのぉ。まあ、キャロルは強くは言わんからまだいいが、それでもあいつらはうるさくてかなわん。それでいて“王”を変える時のパーティはしっかり楽しむんじゃから、いったい誰に似たのやら」
 どう考えてもカミ爺だと思うけどな……
 当然の感想を持つわたし。
 ちなみにキャロルっていうのはこの国の王女、つまりはカミ爺の娘さん。少し引っ込み思案なところはあるけど、親しい人に対しては言うことは言うから、カミ爺のギャンブル癖にも弱々しく意見しているのだろう。後はカミ爺と一緒で根は明るくて笑顔が素敵なのが特徴かな。
 そういえばカミ爺のお父さんは厳格な人だって聞くけど、そうするとカミ爺一家は誰に似たんだろうなぁ。不思議だわ。
 カミ爺の方を見てみると、この後の対戦カードを眺めている。しばらくはカミ爺好みの大穴試合はないみたいで、なんじゃつまらんのぉと言っているのが聞こえる。
 そうだ、せっかくだからちょっと真面目な話も振ってみようかな。
「ねぇ、カミ爺」
「うん? 何じゃ」
「カミ爺はさ、ロマリアは今のままでいいと思う?」
 突然の質問にカミ爺は変な顔をしている。
「? どういう意味じゃ?」
「そのまんまの意味。ほら、ノアニールのこととか、それに城下以外の町との貧富差のこととか」
「なんじゃ、急に随分と真面目な質問じゃな」
 まぁ自分でもそう思う。でも、一回聞いてみたかったんだよね。カミ爺がその辺のことどういう風に考えているのか。
「駄目? 答えてくんない?」
「いや、構わんぞ。どうせしばらく面白そうな試合もないしの。そうじゃな、貧富差の件は特に問題はないと思っとるが」
 ちょっと問題発言じゃないかなあと思う。
「なんで?」
「国民の間に文句がないからじゃ」
 それだけ? ていうか、カミ爺のところまで届かないだけじゃないかなぁ。
「誰だって、王様にそんな文句は言わないと思うけど?」
「まぁ、そう考えるじゃろうな。しかしな、今言っているのは儂の耳に届かないという意味ではない。各地に変装した兵士を派遣してここみたいな酒を出す場所で情報収集をさせたんじゃ。そこまでやっても自分たちの生活に不満を持っているものはおらんかった。いや、少し違うな。不満を持っている者はいるが、その質がこことの比較というよりは、家族へ対しての愚痴とか、天気が悪いのがむかつくとかそういう程度のものなのじゃ」
 へぇ、なんか意外。こんな細かいこともやらせているんだ。カジノに入り浸るただの不良国王かと思ってた。
 でもちょっと納得できないことがあるので、更に突っ込む。
「本当の意味で不満がある人は酒を飲むほど余裕がないってことも考えられるよ。城下の裏道に寝泊りしている人もいるでしょ」
 まあこれは城下内のことで、他の町との比較ではないけど。
「確かに、カジノで財産を失ってそういう生活をしているものがいることは、問題だとは思っとる。彼らはどうにかしないといけないとは思うが、今言ったのは地方の町村に関してのことじゃ。城下との貧富の差はあるが、彼ら自身は自分たちの生活に誇りを持ってそれぞれ生きておる。少し生活が安定しない者も近所で助けてやっていたりしておるし。それぞれ自分たちの生活に誇りを持てているのなら、儂が、いや国が無理やり建物を造ったり、財政援助をしたりする必要はないじゃろう。国があって人があるのではなく、まず人がいて国ができあがるのじゃからな」
 ………………
 なんか感動しちゃった。ここまでちゃんと考えているとは思わなかった。
 世間じゃ、カミ爺は人が好いだけの王様って言われているけど、寧ろ正反対な感じ。いや、人が好いのはあってるけどね。
「すご〜い、何か違う人みたいだよ! カミ爺!」
 素直に褒めたつもりだけど、カミ爺は微妙な顔。
「褒められているんじゃろうが、何だか貶されているようにも感じるのう」
「それは深読みしすぎだよ。じゃあさ、ノアニールのことは?」
 あんだけ立派なことを言った後だし、かなり期待しちゃう。
 案外、解決の糸口を掴んでたりして。
「ありゃあ、どうにもならん」
 すぐ返ってきたその答えに、思わず転びそうになる。
 リアクションとして、実際に転びそうになったのは初めてだ。
「どうにもならんって、ちょっとカミ爺〜」
 わたしが抗議の目を向けると、カミ爺は照れたように笑って口を開く。
「仕方がないじゃろう。どうすれば直るか以前に、何故そうなったかもわからんのじゃぞ。対処の仕様がないわい」
 それを聞いて少し違和感を覚える。
 確かノアニールのあれはエルフの呪いだって聞いたことがあるけど……
「どうしてああなったかはわかってるんじゃないの?」
「エルフの呪いとかいう噂のことか? あれだって確かではない。それに、事実だったとしてもどうにもできん。エルフに会えればどうにかできるかもしれんが、調査隊を組んでノアニールの西の森を探させてもまったく見つけられんし、エルフが実際にいるのか疑問視する者も多いくらいじゃ」
 そう言って、カミ爺は大きく息を吐き出す。
 ふ〜ん、結構大変な問題なんだ。能天気に見えるカミ爺も苦労しているんだなぁ。
 とそこで、新しく五試合分の対戦カードが貼り出された。カミ爺は背を向けているから気づいてない。
 その内のひとつが、“カエル三匹大決戦”と名づけられていて、フロッガー、ポイズンドート、大王ガマの三匹の対戦みたい。格下のフロッガーが思い切り不利だろうし、これはカミ爺が気に入りそうだな。
 さっきの話を聞いたわたしは、この“王様”にしっかり休みを楽しませてあげたいという気になっていた。真面目な話はこれくらいにして遊びに集中させてあげよう。
「ほら、カミ爺。あの第四試合、カミ爺が好きそうなやつだよ」
「ん――おぉ、こりゃあ面白そうな試合じゃ。兄さん、フロッガーに千ゴールド賭けるぞ」
 相変わらずの大穴狙い。ま、いいけどね。
「王さ――いや、お客さん。賭け金は百までですよ」
「おお、そうじゃったな。すまん、すまん」
 自分――つまり王様――が決めた上限だろうに……興奮しすぎだよ。
 なんか血圧が心配だなぁ。
 そんなことを考えたけど、他人のこと心配している場合じゃないことに気づく。
 自分の心配しないとね。今日の夕飯食べるお金もないんだったよ。
 カミ爺が遊ぶためにケイティとアランさんが拘束されているんだから、カミ爺に食費出してもらおうっと。
「ねえ、カミ爺。今日の夕飯代おごって」
「おぉ、いいぞ。そうじゃな、今賭けるつもりじゃった残りをやろう」
 言って、闘技場のお兄さんに渡した以外の百ゴールド紙幣をこちらに渡す。つまり九百ゴールドだ。
「こんなに、いいの?」
「構わん、構わん。仲間は城で豪華な食事をとっておるじゃろうし、お前も高級料理店にでも行ってたらふく食って来い。なんならいい店を紹介するぞ」
「ううん、いいよ。店はわたしがいつも行ってるとこにする」
 正直言ってそういう高級料理より定食屋のご飯の方が好みなんだよね。
 九百ゴールドもあれば十日は豪勢にいけるなぁ。
「じゃ、そろそろわたしは行くね。お金ありがと。何かあったら遠慮なく呼んでよ。この前の盗賊は逃がしちゃったからあまり偉そうなこといえないけど、どんなことでもタダで引き受けてあげる」
 この前、カンダタとかいう盗賊がこの国の宝物庫に盗みに入ったときに、偶々来ていたわたしが追っ払ったことがあった。そいつが左手に持っていた宝石とかは奪い返したんだけど、右手に持っていた王冠は持ったままで逃げていってしまったんだ。
「なに、気にすることはないぞ。それに、この前の盗賊だってお前がいたおかげで被害が王冠だけだったのじゃ。十分な仕事振りじゃったよ。しかし、危険な仕事なんぞしなくても身分を明かせばどこでも金銭的援助くらいしてくれるじゃろうに」
「そういうのは嫌なの。もうわかってないなぁ」
 身分を隠しての旅というのにロマンがあるっていうのに、もう。
 オルテガおじ様も最初はただの旅人だって言ってうちの国に来たしね。
「あ、ほら。もうすぐ第四試合だよ」
「ん、おう、本当じゃ。さて、楽しみじゃのう」
 本当に嬉しそうに笑っている。まあ、わたしもカミ爺のこのロマンを理解できないしお互い様か。
 そろそろ、ここを出ようっと。店が閉まっちゃうし。
「じゃあね、カミ爺。また〜。たっぷり楽しんで帰んなよ」
「ああ、メルも気をつけて旅するのじゃぞ。偶には国に帰ってやれ。お父上が心配しておると思うぞ」
「はいはい」
 これはいつもの決まり文句なので適当に流して出口に向う。
 あぁ〜あ、お腹空いたぁ。

「あの〜、アランさん」
「……何だ?」
「メルには知らせなくていいんでしょうか?」
 仏頂面で視線を逸らしていたアランは、その言葉を受けて漸くケイティの方を向く。
「さっき兵士の人に知らせに行ってもらったから、そのうち来るんじゃないか?」
「そうですか――ところで、アランさん」
 再び呼びかけるケイティ。また窓の方に視線を戻していたアランが振り返った。
 アランはなるべく目線を逸らすようにしているみたいだ。
「何だ?」
 それでもケイティの問いかけには答える。
「何で私たち、こんな格好なんでしょうね……」
「言うな……」
 言ってうな垂れるアラン。
 ケイティの格好は白いタキシード。髪は油で後方に撫で付けている。いわゆる男装だ。
 対してアランはというと――よくこんなサイズがあったなという疑問がすぐに浮かぶような純白のドレスを着込み、頭にはふわふわ金髪の長髪カツラ。いわゆる女装。
 つまり、パーティとは言っても“男女逆転仮装パーティ”だったわけだ。発案者はこの国の后、カミール国王の奥さんだ。
 相手が相手だけに誰も文句が言えない。
『はぁぁ〜』
 ケイティとアランはため息をつくことしかできなかった。