”夢”
彼との出会い、過ごした日々、そして……
私の“夢”は続く。
楽しくて、でも悲しくてつらい、そんな“夢”。
この“夢”をもう何度繰り返したのか。いつまで繰り返していくのか。
いつになったら終焉が来るのか……
私はそれを望みながらも、やはりそんなものが永遠に来なければいい、そう思っていた。
カザーブ滞在記
はぁ、暇だなぁ〜。
こんな山の上にある村じゃ、娯楽の一つもありゃしねぇ。
有名な武道家の墓があるとか聞いたけど、はっきり言ってまったく興味なし。
教会のステンドグラスはしょぼくて見られたものじゃなかったし、保管している本もおもしろみがないものばっかりだし、ついでに言うと目の保養になる綺麗なシスターもいない。
店屋もたいしたものを売ってないしなぁ。
村人全員が眠りこけているっていう、おもしろ村ノアニールに向けて出発するのは明日って決めちゃったし、何したらいいんだよ。
そうだ、宿屋の売店で売っているゲーム用のカード買ってエミリアと遊ぶか。
そう思い立って宿の方を目指す。
シャンパーニの塔を出たら山ばかりだったので、ここカザーブ村に着くまでに一週間近くも掛かってしまった。途中で小さな村があったりはしたけど、それこそ泊まるためだけの極小さな村だった。村というより休憩所って感じのここ以上に何もない、そんな村々。
山は山で自然があふれているわけでもなく、結構殺風景。
だから、ここ最近一切息抜きができなくてストレス溜りまくりだ。
魔物もそんなに手ごたえないしなぁ。
あ、それはそうとカザーブって何か言いにくいよな。どうせならカにも濁点をつけてガザーブの方がまだ言いやすいような気がする。ま、どうでもいいけど。
カードとお菓子を買って女性陣の部屋に向う。
ノックしようとすると、中から話し声が聞こえてきた。アマンダとエミリアみたいだな。
「確かにあれはあたしだけど――だから?」
「そのこと自体に勿論文句はないわ」
「ならいいじゃない」
「でも、あなたの正体、旅の目的なんかをちゃんと聞いておきたいの。……もし、ジェイの不利益になるような要素が少しでもあるなら、わたしはあなたを――」
う〜ん、何か俺が聞いているとまずい内容っぽいな……
取り敢えず自分の存在を知らせるためにノックをしよう。
コン、コン!
「は、はい」
エミリアが少しどもって答えた。
エミリアが動揺するのは珍しい。やっぱあまり聞かれたくない会話みたいだな。
「俺だよ」
「ジェイ! 入って」
許可が下りたのでドアを開けて中に入る。
アマンダはベッドに腰掛けたままだ。エミリアは入り口につまり俺の方に寄ってきた。
その顔に気まずそうな色は読み取れない。
ただ、さっきの様子を考えるとこれは演技なんだろうな。ノックした時の反応にはいかにも、間が悪い訪問者だなという気配があった。
こいつは、カードゲームのおさそいって雰囲気でもないか。
「いや、またすぐ出るんだ。何しているかなぁって思って寄っただけでさ」
「そう。おもしろいところあった?」
思わず正直に答えそうになるが、正直に言ってしまうと、だったらなんでまた出るんだってことになるし適当に嘘を吐く。
「ああ、まあ今までの村に比べれば結構楽しめるよ。よかったら後で一緒に見て回るか」
まあ完全に嘘という訳でもないな。
「うん! ちょっとアマンダと話したいことがあるからすぐって訳にはいかないけど、後で絶対一緒に見物しようね!」
いつも通りの反応に見えるけど、やっぱり少し違うな。
いつもだったら、何があってもついてくるし。ま、色々事情もあるんだろう。気にしないことにするか。
エミリアと挨拶を交わしてから、再び宿の外へと向う。
さて、また暇になっちまったなぁ。
何となく道具屋方面に向って歩いていると、その道具屋があるところから百メートルくらい離れた物陰に潜む怪しい人物を見つける。とはいっても知った顔なんだけど。
途中で買ったジュースを飲みながらその人物に声を掛ける。ちなみにこのジュース、何のジュースなのかは不明。材料がわからないというのは少し不安だけど、味は結構いい。この村での、今のところの娯楽ナンバーワンかも。
「おい、バーニィ。んなとこで何やってんだ? まあ、盗賊にお似合いの格好ではあるけどな」
「うわっと、ジェイか。びびらせんなよ。それと、一言余計だっつうの」
しっかり驚いた後に、きちんと突っ込みも入れるのだからマメな奴だよな。
「こそこそして、これから盗みにでも入るのか?」
冗談半分で言ってみる。
「いや、もう盗んだ後だ」
ぶふぅぅぅ!
「うわ、汚ねぇ!」
バーニィの言葉に驚いて、ジュースが気管に入ってむせてしまい思い切り吹き出す。
「お、お前、ゴホッゴホッ。こんな真っ昼間から?」
「まあな、一瞬の隙をついた熟練の早業ってやつだ」
自慢げに話すバーニィ。
まあ、すごいって言えばすごいんだけど……自慢はできんと思うぞ。要約すると単なるこそ泥だし。いや、空き巣かな?
とそこで、
「あぁ! ここにしまっといた毒針がねぇぞ! 母ちゃん、知らねえか?」
「いいや、他のとこにあるんじゃないのかい?」
「絶対ここにあるはずなんだ! くっそ〜、盗まれちまった〜!」
道具屋の方からそんな会話が聞こえてきた。盗まれたという物騒な店主の言葉が周りの客にもざわめきを伝播していき、道具屋近辺はえらい騒ぎになっている。
「で、お前が盗んだのは今聞こえてきた“毒針”ってやつか?」
「そういう物騒な話をふる時は、もっと声のトーンを押さえろ」
バーニィは小声で俺に注意してから嬉しそうな顔をして言葉を続ける。
「へへ、あそこの道具屋のオヤジが他の客相手にこいつの自慢しているのが聞こえてね」
と言って彼は、道具袋から拳二つ分くらいの長さをした太目の針を取り出した。
はっきり言ってわざわざ盗むほどのものには見えない。
「ただの針じゃねぇか」
「ま、そう見えるよな。でもな、これには特別な毒が塗ってあって、刺す場所によっては豪傑熊をも一撃でぶっ倒しちまうんだと」
声は抑えているが、それでも興奮しているのがわかる。
まあ、ただの針ではないみたいだけど、そんなに便利そうでもないよな。近づかないと駄目な分結構危険だし。それに、うっかり自分に刺して運悪く死亡なんてなったら最悪じゃん。そう考えていたら、バーニィが更に続けた。
「ってまあ、それはいいんだ。こいつの本当の価値はそこじゃない」
へえ、更なるすごい秘密があるのか。そいつは気になるな。
思わずバーニィを注視する。
「こいつはな……超レアなんだよ!」
「は?」
「サマンオサの北側、まだ多くの謎につつまれている未開の地でしか作られていない激レアアイテムなんだよ。定期船も出てないし、商人はあまり利用価値がないから行っても仕入れてこないし、こんな山中の村にあるのは奇跡だぜ」
興奮して喋り続けるバーニィ。
だけどなぁ、結局役に立たないんじゃ仕方がないと思うぞ。
「うん、わかった。返して来い」
「何を言い出すんだ、お前は〜!」
顔がまじで怒っているバーニィ。こんな針のためにここまで……あぁ、もしかしてこいつ。
「レア物マニアってやつか? お前」
「まあ、否定はしねぇ。ただ、収集はしてないから荷物は増やさないぜ。こいつもロマリア辺りでオークションにかければそれなりの値段になるだろうから、そう考えれば結構役に立つよな」
まあ、迷惑じゃない程度のマニアなら気にしないことにするか。
気になったのは他のこと。
「それ、そんなに高価なもんなのか?」
とてもじゃないけど立派な作りとは言えないし、値段にしたら五十にも満たないと思う。
「ま、これそのものは十ゴールドかそこらだろうが、レア度が高けりゃ金出す貴族なんて五万といるんだよ。いやぁ、楽しみだぜ」
本当に嬉しそうな顔をするバーニィ。金マニア疑惑も浮上してきたな、こりゃ。
まあ、たいていの人間は金マニアだけどさ。
実際パーティの金銭事情も逼迫してきているし、これが高値でさばけるなら俺も嬉しい。
なんだかんだで旅立ってから、え〜と十――あ。
「明々後日、エミリアの誕生日だ」
思わず声に出したら、バーニィが驚いた顔をこっちに向ける。
「えらい突然だな。今の会話からなんでそう飛ぶんだ?」
「いや、金が無くなってきたから、旅立ってから何日経ったかなぁって数えていたんだけど、船で九日、変態の塔で一日、ここまで来るのに七日、んで今日で合計十八日だろ? エミリアの誕生日って俺のちょうど二十日後だからさ」
旅立ちの日が俺の誕生日だったんだから、旅立ってから二十一日目はエミリアの誕生日なのだ。
「ふぅん。じゃ、プレゼント買うんならここで買ってった方がいいぞ。これからノアニールを見物に行くんだろ。あそこまでは今まで通ってきたようなしょぼい村しかないからな」
そう言うバーニィの言葉を聞きながら、ここも十分しょぼいと思うけどなぁという感想を持つ。にしても、こいつここら辺に詳しいな。
「なあ、お前この辺の出身か? 変態と話しているときにも、十四年前に出始めた呪いの噂ってやつを知っている口ぶりだったし」
「ん? ああ、俺はノアニールの東にあるすっげえ小さい集落の出なんだよ。例の噂を聞いた時はまだ六歳だったけど、呪いとかエルフとかおもしろそうな内容だったからよく憶えていたんだな。ここら辺の村事情を知っているのは、家を飛び出した後一通りロマリア地方を旅して回ったから」
ふ〜ん、ならノアニールには楽に行けるな。しかし、旅して回った、ねぇ。
「盗んで回ったの間違いだろ?」
「ま、否定はしねぇよ」
軽く笑って答えるバーニィ。
半分はからかうつもりでいったけど、当たってやんの。
まあ、いいけど。人生色々だ。
さて、気を取り直して――
「じゃ、道具屋行くか」
「お、俺はいかねぇぞ!」
さすがに盗んだばかりの現場に行く気はないみたいだ。意外と小心者だな。
だけど――
「それは困るな。お前の金でキメラの翼買ってもらわねぇと」
「はぁ? 何でだよ!」
「何でってお前、ノアニールに行くのに必要だろ? この辺盗んで回ったってことは、当然ノアニールにだって行ったんだろ? でも、寝ている奴のもの盗むのはちょっとどうかと思うけどな」
ちょっと考えればわかりそうなことを聞いてくるバーニィにきっちり答えてやる。ついでに気になったことを意見する。
「そんぐらいわかるっつうの! 俺が言っているのは、なんで俺が金出すんだってことだよ。パーティ全体の金使えばいいだろ。あと、ノアニールでは盗んでねぇ」
あぁ、そういうことか。
ま、ノアニールで盗んでないってのはどうでもいいけど。嘘臭いし。
「パーティの金も残り少ねぇんだよ。節約できるところでしとかないと」
「俺の金も少ないんだけどな」
不機嫌な顔で言葉を返すバーニィ。
「何言ってんだ。闘技大会の優勝賞金あるだろ?」
「お前がパーティの金に回せって言ってほとんど奪ったよな?」
「そうだっけ」
いらついた様子でこちらに詰め寄るバーニィ。
つまんないこと覚えている奴だな。まあ、確かにそういう事実もあったけどさ。
「それはともかく、ないそでは振るえないんだよ。お前だってノアニールまで歩きたくないだろ? それに“毒針”をさばけば結構な金になるって言ってたじゃん」
「……わかったよ」
へぇ、割と簡単に折れるな。
これがアマンダだったら絶対引かないよなあ。扱いやすくて助かるなぁ、ウサネコ。
ささっと、道具屋の方へ向っていくバーニィ。犯罪者だけあってさすがに伏し目がちだ。
それを眺めながらもう一つ言っておかなきゃいけないことがあるのに気づく。
「おい」
「あ?」
「帰りの分のも買っとけよ」
バーニィが睨みつけてくるが気にしない。
さて、俺もエミリアへのプレゼント買わないと。
ノアニール
ノアニールはある意味でカザーブの何倍も面白い場所だった。ある意味というのは勿論、誰もが眠っている珍しい光景が見られるということ。ただ、娯楽性は皆無だから少し期待はずれだけど。
「すっげぇな〜、まじで全員眠ってる」
「おもしろいわね」
俺とアマンダがそれぞれ感想を言う。
「お前ら、まじで観光気分なのな」
バーニィが非難の声を上げた。
何を今さら、最初からそう言っていたじゃねぇか。
「何を言っているの、ウサネコ。ジェイが最初からそう言っていたでしょ。記憶力無いのね」
うん、いいぞ、エミリア。
それを聞いたバーニィは露骨に顔を顰めて、エミリアに向って文句を言い始める。
「そうは言うが、わざわざこんなところまで“勇者”が来るんだから、この状況をどうにかしようとしているのかもしれないと思うのは当然だろ?」
「だったらあんたが何とかしなさいよ、鬱陶しいわね」
「な、何だと、チビ!」
恐いもの知らずだなぁ、バーニィ。
あぁ〜あ、また呪文でやられてら。今回は氷塊を上からドンッか……昔俺もやられたなぁ。今となってはいい思い出だけど。
エミリアは昔から魔法の力が強かったからアリアハンの子供の間じゃ腫れ物扱いだった。まあ、エミリアが何かあるとすぐに魔法使うのも悪かったんだけど、俺はなんかそういう、力に屈するみたいなのが気に食わなかったから、よくバーニィみたいに突っかかって魔法を食らっていた。ほんと懐かしいな。
後から聞いたら、エミリアはそういう風にでも関わってくる俺がかなり気に入っていたそうだ。まぁ、他に関わってくる人いなかったもんなぁ。
そういう意味じゃバーニィのことも結構気に入っているんじゃないかなとも思うけど、食らっている本人はそれどころじゃないよな。経験者としてよくわかるぞ、うん。
ま、フォローには入らないけど。
「お、お前たち! こんなところで何しているんだ!」
ん? 爺さんだ。起きている人いるじゃん。
「うるせぇ、ぶっ殺すぞ!」
「ひいっ」
頭に血が上っているバーニィが爺さんにどなる。
たくっ、何やってんだよ。爺さん怯えさせてどうすんだ。
「バーニィ、ただの爺さんだよ。八つ当たりすんな」
「ん? ああ、すまねぇ爺さん。イライラしていたもんでな」
俺が声をかけると素直に爺さんに謝るバーニィ。
でも、爺さんはまだ怯えた目をしている。まあ、仕方ないわな。
「にしても、起きている人いるじゃん。嘘吐くなよ、ウサネコ」
「んなこと俺に言われても困るっつうの」
すっかりウサネコっていう呼び方に慣れちゃっているなぁ、こいつ。一切反論しないし。
とそこで、爺さんが怯えながらも声をかけてくる。
「わ、わたしは皆が眠らされた時ちょうど村を出ていて、それで無事だったのです。……あれ以来、わたしは皆が目覚めるのをここで独り待っています。いつかその時が来ると信じて」
――待っているだけかよ。自分から何かする気はないってわけ? 甘えてんなぁ、この爺さん。それに何か暗いしさ。
ま、こんな爺さんに言っても仕様がないから言わないけど。
代わりに質問をする。
「なあ、村人全員ベッドに寝ていたけど、あれ最初からか?」
さっき見て回ったら、少なくとも俺が見たところはベッドに寝ている人達ばかりだった。
全員が寝ている時間に呪いがかかったのかもしれないけど、こんな田舎でも夜更かしする人間の一人や二人いてもおかしくないと思う。それなら、机につっぷしていたり床に倒れていたりしそうなもんだけどな。
「あれはわたしがやりました。中には外に立ったまま眠っている者などもいましたから、そのままにしとくわけにもいかないと思いまして。雨が降ったらずぶ濡れになってしまうでしょう?」
立ったまま寝ている人はちょっと見てみたかったな。ちっ、ジジイ余計なことを。
にしても――
「ふうん、“待っているだけ”ってわけでもないんだな」
思わず呟く。まあ、それでも事件に関しては完全に受身だけど。
「はい?」
爺さんが不思議そうに聞き返した。当然それには取り合わず、次の質問。
「ここの西にエルフがいるってのは本当なのか?」
本当ならちょっと会ってみたい。
なぜか顔を輝かせる爺さん。続く言葉は、
「も、もしや、この村を救って下さるので?」
「んなわけないじゃん」
即行で否定してやる。
そんな面倒くさいことするわけがない。やだねぇ、他力本願で。
爺さんは呆気にとられた顔をしている。
俺だって気の毒だとは思うけど、だからってどうにかしてやろうなんて爪の先ほども思わないね。
「ん? 西のエルフが会話に出てきて、この村を救う云々っていう話になるってことは、噂のエルフの呪いってのは本当のことなのか?」
即否定した後で、きちんと答えてくれるのかとも思ったが訊いてみた。
戸惑った顔をしながらも爺さんは口を開く。
「真実なのかはわかりません。しかしこの所業、とても人の仕業とは思えません。エルフが西の森にいるというのは遥か昔より語り継がれてきたことなので、やはり噂通りかの者たちの仕業なのかと」
「その口ぶり、爺さんが噂の出所じゃないのか?」
バーニィが訊く。確かに、噂を聞いてその結論を持ったっていう風に聞こえるな。
さっき怒鳴られたのがまだ後を引いているのか、爺さんは怯えたように縮こまって答える。
「は、はい……しばらくして、ここに来た者が言っていたのを聞いてエルフの呪いだと知りました。第一、この村の若者が云々というくだりがありましたが、村人は全員眠っているのが確認できていますから、少なくともあの部分は嘘になりますし、わたしが出所ならそんな話にはなりません」
つーか、結局全部根も葉もない噂なんじゃねーのか。
ま、いーけど。そっちには関わる気ねぇし。
「なぁ、森に行けばエルフに会えるかな?」
「さ、さあ。いるという噂はありますが、実際に会ったものがいるとは聞いたことがありませんし。ただ、皆が無事なときには時々目撃談のようなものはありました」
他にも何か言いたそうな顔をしているがそれ以上は続けない爺さん。
しかし、曖昧な情報ばっかだな。結局いるのかいないのか、微妙だなぁ。
「あの、西の森に行かれるのですか?」
爺さんが意を決したように口を開いた。
「あぁ、そのつもり。会えるならエルフに会ってみたいし」
そう答えながら、なんか嫌な予感がするなぁと思う。ついででいいから村のことどうにかしてくれとか言い出しそう。
「もし、もしエルフに会えたら……この村の呪いを解いてくれるよう、ついでに頼んでもらえないでしょうか? 本当にそれだけでいいですから」
やっぱり……ま、いいけどさ。
「いいよ、それだけなら。それ以外は絶対何もしないけどな」
噂の下らない三文恋愛小説風な展開も気に食わなかったけど、何よりもこんな事件を解決するなんて目茶苦茶面倒くさいことを引き受けるのは真っ平ごめんだ。塔の変態にはルビーを見つけたらエルフの女王に返してやるって言ったけど、それは“見つけたら”ってことで、絶対解決してやるなんて約束はしなかったしな。
「それでいいです。ありがとうございます」
そう言って、深く、深く礼をする爺さん。
ほとんど何もしないって言っているようなもんなのに、ここまで腰を低くすることもないだろうに。変な爺さん。
そこで沈黙していたバーニィが俺に声を掛けてくる。その口から漏れるのは文句。
「おい、何勝手にエルフの里に行くことにしてんだ。俺は了解した覚えはないぞ」
「いいじゃん、人生に一度くらいエルフに会ってみたいしさ。お前だってそう思わねぇ?」
「だ、だけどよ、そもそもいるかどうかもわかんないだろ」
少し興味を誘われたのか、最初の声よりも幾分弱い。
それでも細かいところを突っ込んでくる。うるさいやつだよ、ほんと。
「会えそうになきゃ、キメラの翼でロマリア城下に飛べばいいだろ。あんま細かいこと気にすんなって。長生きできないぞ」
「いや、でもな――」
まだ、食い下がるバーニィ。
あぁ、もう。しつこい。
「よし! 多数決にしよう。エミリアは?」
「私はジェイの行くところならどこへでも」
言って腕を組んでくる。
昔の反抗っぷりを思うと天と地くらい違うよな。本質的には変わってないんだけどさ。
「じゃ、アマンダ」
「おもしろそうだし、オッケー」
親指を立てながら元気よく答える。
うん、いいお返事。
というわけで――
「三対一でエルフの里を探そうツアー行きが決定しました!」
パチパチパチ。
拍手をしたのは俺たち三人。
バーニィは頭を抱えてしゃがみ込んでいるし、爺さんは不安げにこっちを見ている。
ま、爺さんの気持ちはわかる。客観的に見て、俺らを信頼しきって見つめることはできないだろう。ま、信頼させる気もないしな。
「よっしゃ、じゃあ行くぞ〜!」
『お〜』
エミリア、アマンダは素直に応える。そういや、昨日もめていたのはなんだったのかな?
「船のときといい、今回といいこいつらの脳天気さには付き合いきれねぇよ。はぁ」
バーニィは相変わらずぐちっている。よく飽きないもんだな。いっそ感心するよ。
まあ、それはともかく、楽しみだなぁエルフ。
エルフの事情
森に入ると、当然だが左も右も木、木。どこもかしこも木だらけだ。不思議なことに季節的には葉をつけていないはずの木も元気に生い茂っている。
こいつは変な森だな。案外こういう変なところが元でエルフがいるなんていう話になったのか、それともエルフが住んでいるからこういう変なことになっているのか。卵が先か鶏が先かって奴だな。
「綺麗ねぇ、ジェイ」
俺の横を歩いていたエミリアが言った。確かに色彩に富んだ葉が多くて、カザーブ村とかよりもよっぽど観光に適した感じだ。
「本当だなぁ。エルフに会えなくても、これ見ただけでももういいって感じだよな」
「うん」
「お前ら、さっきの爺さんに頼まれた手前、せめて三十分くらいは捜索しようぜ。まだ、森入って十分ってとこだぞ」
こういう真面目なことを言うのは当然バーニィだ。三十分も充分短いとは思うけどな。
それに呆れた声を返すのはアマンダ。
「ウサネコちゃん、あんだけぐずっていたクセに急にやる気出てきたわね」
「やる気なんざねぇよ。そうじゃなくて、俺はこう常識的な意見をだなぁ」
「はい、はい。そんな話はいいから、奥行ってみようぜ」
長くなりそうだから、エミリアを連れ立って奥へ向う。
後ろでバーニィが文句言っているみたいだけど、気にしない。
ざわっ!
そこで急に森が変化した。表現としておかしいとは思うが、そうとしか形容できない現象が起こったのだ。
今まで見えていた森が消えうせ、目の前には自然と一体になったような集落が現れていた。そこで暮している者たちは、人に似ているが耳が尖っているのが目立つ、つまりエルフ――だと思う。
わぁ、すげえや。初エルフ。
「な、なぁ、どういうことだ?」
かすれた声を出すのはバーニィ。
「そう言われても誰も応えられないと思うわよ」
しっかりとした口調で答えるアマンダ。
俺も同感。今のを説明できる奴なんていないだろう。
「キャー、人間だわぁ!」
突然の悲鳴。その声のする方向を見ると、一人のエルフが恐怖の色に染まった瞳を携えて立ちすくんでいた。
何もしてないってのに、んな悲鳴上げなくてもいいだろうに。エルフが人間嫌いってのは本当なんだな。しかし、この後の展開はあまり面白くなさそうだぞ。
その予想通り、集落の奥のほうから武装したエルフがやってくる。
「げ、どうするよ、おい?」
「呪文で一掃しちゃいましょう」
「喧嘩売ってどうすんだ、アホ!」
こんな時でも始まるバーニィとエミリアの口喧嘩。
結構いいコンビだな、なんてのん気なことを考えていたら一気に囲まれた。
周りにいるエルフの武器が全てこちらに突きつけられている。
う〜ん、ほんと、どうしようかな。
「お前たち! どうやってここに来た?」
エルフの一人が声を張り上げる。
にしても、どうやってってあんた……
「どうやってもなにも、普通に歩いていたら着いたよな?」
なんか自信がないので他の連中と顔を見合わせる。
「ああ」
「そうね」
やっぱり、肯定の答えが返ってきた。そうだよな〜。
「嘘を吐くな! 女王様のお力により、十四年前からここには我らが同胞しか入れないようになっているのだ!」
んなこと言われてもさ〜。
緊張状態を崩さないエルフたちにすっかり困ってしまう俺たち。どうしたもんかなぁ、と戸惑っていると集落の奥からまた一人新しくやってくる。
他の奴らと違って上等そうな衣服を纏っている、緑の長い髪を腰の辺りまで伸ばしている女のエルフ。人間で言うなら二十代後半ってとこだと思うけど、エルフの歳がどうなっているかわかんないしなぁ。ま、何にしても服の感じとか、何より頭の上にある冠から考えてこいつが女王だろうな。
その女王(仮)が声を上げた。
「よさぬか。そこな白髪の娘は、我らの血を引継ぎしもの。ハーフとは雖も、同胞同士で争うなどと馬鹿な真似をするでない」
口調が偉そうだから、やっぱりこいつが女王かな。
それにしても、こいつの今の言葉は――
「私が――エルフの血を継ぐ?」
エミリアが緊張した声を出す。さすがに平静ではいられないみたいだ。
「間違いない。お主から同胞の気配を感じる。その白髪からお主の親も予想できるしな。母親はこの地にいるぞ」
女王らしきエルフは淡々と語る。こっちとしてはかなりの衝撃だってのに、なんか気に食わねぇやつだな……
「ジェイ……」
不安そうに俺を見上げるエミリア。
最近じゃ、こんな風に不安そうにしているエミリアは見たことがなかった。よっぽどショックだったんだな。
たく、俺が動揺していちゃあいけないよな。きちんと安心させてやんねぇと――
首を振って気を取り直す。エルフとか人間とか関係ないんだ、うん。
「エミリアはエミリアだ。大事なのはそれだけじゃないか?」
もっと言いたいことが色々あったような気がするけど、これ以上何を言っていいんだかわからない。ああ、何か中途半端な感じ。
でも、エミリアは瞳に幾分強さを取り戻して、
「うん」
しっかりと返事をする。
「いや、お前そんな単純な……」
わざわざ突っ込むバーニィ。
俺もちょっとそう思うけど、せっかく元気になったんだからいいじゃんかよ。
エミリアはそんなバーニィに真っ直ぐと視線を送り、
「ジェイが私自身を認めてくれるなら、私はそのジェイを信じていくだけ。迷うことなんて何もないわ」
なんの疑いも持たない目で答える。
ハハハ、信頼されているのは嬉しいけど、責任重大だなぁ。
「ふん、愛というやつか。下らん」
ずっと淡々としていた女王が、瞳に憎しみの色を込めて呟く。
ただ、その憎しみはこちらに向けられたものではなく、ずっと昔の何かに向けられているような、そんな気がした。
「可哀想なおばさんね。自分の理解できないものはまったく信じられないなんて」
エミリアがいつもの調子で言う。元気が出て何よりだ。
「何とでも言うがいい。私はその“愛”とそしてお主ら人間のおかげで一人娘を失ったのだ。本当なら今すぐにでもお主たちを八つ裂きにしてやりたい」
言ってこっちを睨む女王。その目に浮かぶのは危険な光。
うわ、さすがにおっかねぇ〜。
でも、言いたい事は言っとかないとな。よし。
「行方不明になったエルフの少女はあんたの娘か。でも、勝手に人間のせいにすんじゃねぇよ。ま、真相を知っているわけじゃねぇからただの予想になっちまうけど、どうせそちらさんもそうだから思ったことを言わせて貰うと……あんたの娘はさ、あんたのその高圧的な態度に嫌気が差したんじゃねぇのか? んで、果てには家出だ。さっきからのあんたを見ていると充分あり得そうだよな」
さっきからこいつむかつくからなぁ。きっと娘にもこんな感じだろうよ。
俺の言葉を受けて、大激怒するかと思った女王は逆に落ち着きを取り戻したみたいに見えた。なんでだ? 自分でもそういう予想していたか?
「そうね、とてもいい母親って感じのタイプではないわよね」
「うん、うん、いっそ虐待とかしてそうよね」
「お前ら、いくらなんでも正直な感想言いすぎだぞ」
うわ、このパーティ、いい度胸しているな。人のこと言えないけどさ。
「き、貴様ら! さっきから聞いていれば、女王様を侮辱しおって――」
「よい! 下がっておれ!」
その他のエルフの一人が怒りの声を上げたが、それを遮って女王が声を張り上げた。
その他のエルフたちは全員言われたとおり一歩下がって姿勢を正している。
絶対服従――だな。
「お主たちの意見はどうでもいい。とにかくここからは直ぐに出て行ってもらうぞ」
言って手を振り上げる女王。
うわ、何か入ってきた時と同じように一瞬で外に出されそうな感じ。
「ちょ、ちょっと待て! いくつか訊きたいことがある!」
急いで叫ぶと女王は振り上げた手を下ろす。
「いいだろう、ただし三つまでだ」
意外と友好的な返事を返す女王。つか、なんで三つ?
しかし、問答無用でたたき出されるのが嫌で取り敢えず叫んだだけだったから、質問なんて実はないんだよなぁ。
「なあ、お前ら何か訊きたいことあるか?」
他の三人に小声で訊く。
「お前が訊きたいことがあるって言ったんだろ?」
同じく小声で訊いてくるバーニィ。
「いや、このまま追い出されるのがしゃくだったから言ってみただけで、実は何も考えてなかった」
「お前なぁ」
正直に言うと、バーニィは疲れた声を発してうな垂れる。
「なんだ、訊くことがないのなら……」
言って女王がまた手を振り上げるから、バーニィが慌てて女王に質問をぶつける。
「ノ、ノアニールの呪いについて教えてくれ!」
その言葉を聞いてさっき爺さんに頼まれたことを思い出す。呪いを解くように頼んで欲しいって言っていたな。すっかり忘れていたよ。この会話が終わったら取り敢えず言ってやるか、無駄だと思うけど。
にしても中々質問上手だな、バーニィ。
“ノアニールの呪いはお前らの仕業か?”って訊けば“はい”か“いいえ”だけで答えられる恐れもあるけど、この訊き方ならそうはならないだろう。でも、あんまり気になる内容じゃないのが惜しいところだな。
「あの村は、アンを連れ去った男が住んでいたところだからな。一生を夢の中で生きてもらう。当然の報いだ」
やっぱりエルフの呪いってのが原因だったわけだ。
しっかし――
「ただの八つ当たりじゃねぇか。呪うんならその男を呪えばいいんじゃね?」
こういう理不尽なことは、何か気に食わない。
さっきみたいに怒り出すかと思ったが、女王は落ち着いた様子で言葉を返す。
「八つ当たりなのは百も承知だ。だが、そうでもしないと、アンを失った悲しみは越えられん。そういうものだ。そして、残念ながら男を呪うことはできないのだ。居場所がわからんものを呪うことはできない」
言葉の前半は少し悲しげに、後半は淡々と話した。
意外と感情豊かだな、こいつ。あとは喜怒哀楽の喜と楽が出ればコンプリートなんだけど、今の会話でこの感情は出ないよなぁ。
「だけど、無事だったノアニールに住んでいる爺さんは、その男っていうのはノアニールの人間じゃないって言っていたぜ」
バーニィが言った。
そう言えばそういう話をしていたな。
しかし、それを受けても女王の様子は一切変わらず淡々としている。
「ほう、無事だったものがいたか。運のいい。しかし、そのような讒言信じる価値もない。人間は平気で嘘を吐くからな、苦し紛れの言い訳であろう」
うわ、むかつく。
他力本願爺さんやら、決めつけエルフばばあやら、むかつく奴だらけで嫌になってくる。
まあ、あの爺さんが嘘を吐いていないとは言わないけど、でも俺たちに嘘を言う理由はないよなぁ。ということはどういうことだ? あ〜もう、なんか頭こんがらがってきた。
「他に訊くことは?」
言ったのは女王。
あぁ、ちょうど途切れたし爺さんとの約束果たすか。一応約束は約束だから、ちゃんと頼んでみないとな。
「なぁ、ノアニールの呪いを解いて欲しいんだけど」
「断る」
「うん、ならいいよ」
よし、これで爺さんとの約束は終了だ。面倒事がひとつ減ったぜ。
ん? 女王のばばあが変な顔しているぞ。ある意味レアだな。バーニィが喜ぶか?
「お主……頼んでおいて、随分とあっさり引き下がるな」
呆れたような声を出す女王。
あぁ、それでか。
「別に、俺も頼んでみてくれって言われただけだからな。そんなに食い下がる気はない」
「――変わった奴だ」
そう言った女王の顔には微妙に笑みがあった。
おぉ、こいつは“楽”だな、きっと。後は“喜”を引き出せばコンプリート。
変な遊びを脳内で作り上げていると女王が言葉を続けた。
「もし、“夢見るルビー”をここに持ってくれば呪いを解いてやらんこともない。お前のおかしさに免じてな」
そんなことを言っているけど、別に興味ないなぁ。食い下がる気はないって言っているのに、そんなところでサービスされても嬉しくない。自分がおかしいつもりもないし。
そんなことを考えていると、バーニィが声を上げる。
「てことは夢見るルビーが盗まれたってのも本当なんだな?」
「そういうことだ。どうせ、あの男が娘同様に奪っていったのであろう」
ふ〜ん、塔の変態はそっちはロマリア前王の仕業って言っていたけど、どっちが真実か。それともどっちも的外れな話だったりしてな。
女王はそこで、少し緩めていた表情に力を込めて改めて質問を促す。
「残りは一つ、何が訊きたい?」
あと一つか……う〜ん。何かあるかなぁ。
「ママさんのことでも訊けば? エミリア」
そう言ったのはアマンダ。
そういや、その件もあったな。
う〜ん、でもエミリアは別に聞く気はないんじゃないかな? そんな気がする。
「別に必要ないわ。他のにしましょう」
やっぱり。いつもの淡々とした調子で答える。
前から母さんが生きている実感はないって言っていたしなぁ。
「でもよ、せっかくだから。訊いといたらどうだ? 訊かなくてもいいだろうけど、訊いても損はないだろ? つーわけで、女王さん話してく――」
「必要ないって言っているでしょ!」
女王に訊こうとしたバーニィの言葉を、エミリアの大きな声が遮った。
顔には怒りの感情が窺える。
いつもなら言い返したりするバーニィも驚いたようにエミリアを見ている。アマンダは無表情、というかいつも通りなのか? ある意味つわものだな。
しかし、こいつは――
「いいのよ、そんなこと訊かなくても。それよりもっと旅の役に立ちそうなことを――」
無表情に無理やり戻って言葉を紡ぐエミリア。たくっ、世話が焼ける。
「エミリアの母さんのこと教えてくれ」
「ジェイ?」
今度は俺がエミリアの言葉を遮って女王に声を掛ける。
訊いといた方がいい。
「気になっているんだろ?」
エミリアに向って言う。
「そ、そんなことないわ。私は別に――」
「嘘だね。気にしてないんだったら、“いつも通りのお前”は女王が話しているのを適当に聞き流してから、じゃ、さよならって言ってここを去るはずだ。それができないってことは、お前は母さんのことが好きか嫌いかは別問題として、すごく気にしているんだ。第一、さっきみたいにお前が感情を露わにするのは、相手のことが気になっている時だけじゃないか。俺の時もそうだっただろ?」
それで散々な目にあったのは結構前のことだけど、思い出そうとすれば鮮明によみがえるくらい印象深い。
「それは……」
エミリアが声も視線も落とす。反論はないみたいだな。
「じゃ、話してくれ」
女王に声を掛ける。
「いいのか?」
「聞くだけならいいよな?」
エミリアに訊くと、首を縦に振る。
それを見た女王が話し始める。
「二十三年くらい前、ここに来た人間の男と恋に落ち、男の生家があるアリアハンという土地に移ったものがいた。それがその娘の母で間違いないだろう」
うん、まあ場所的にはあっているな。
特に反応を示さないエミリアの代わりに女王に向って頷く。
それを受けて話を続ける女王。
「十四年前、アンが失踪した時に人間を信用できないと判断した私が、彼女を連れ戻した。迎えに行った者の話では特に抵抗したりはしなかったらしいが、しばらくは泣いていたな。以来、ここで十四年間過ごしている。会いたいなら会うことは許可するが?」
結構人情派だな、この女王さん。でも、エミリアは、
「会わないわ、絶対」
声は普通のトーンに戻っているが、目つきは鋭い。“絶対”というのも少し誇張されている。
翻訳すると、“会いたい”だな。
でも、あんまり突っ込まないとするかな。たぶん、この“会いたい”は無意識のレベルだ。自覚してないだろうから説得するのは無理だろう。
「他に訊くことはないか?」
女王が言った。
他に、か――
「エミリアどうだ?」
「私は最初から訊くことはないって――」
「本当か?」
今のは嘘だろうから、きっちり訊き返す。気になっていることがあるって顔に書いてあるし。
すると、エミリアは観念したように女王の方に向きなおる。
「えと、その、母さんは手紙を出すことくらいできたんじゃないの?」
「私が許可を出さなかった。人間との一切の関わりを禁じたのだ。すまないな」
「そう」
すまないと言いながらも全然すまなそうじゃなく言う女王がちょっとむかついたけど、エミリアが少しだけ嬉しそうな顔になっているからよかったかと思う。
これでひとまずは大丈夫だろう。エミリア自身の中では折り合いがついたみたいだ。
あとは、その内に自然と会いたいと思うかもしれないし、その時はいつでも戻ってくればいい。もうルーラで来られるからな。
「よし、じゃ、そろそろ帰るか」
「そうね」
「はあ?」
ごく普通の会話をしているだけなのに、なぜかバーニィが変な声を出す。
どうしたんだ? 一体。
「どういう流れでそういう風に結論付けがされるんだよ。今までの話の終わりが“そろそろ帰るか”?」
そう変でもないと思うけど。
「え、だってエミリア、もう訊くことないだろ?」
「うん」
「だよな、じゃあ、もう帰ろうとするのは当然だと思うけど?」
そう言ったがバーニィはまだ納得できないといった感じ。でも、反論はしないようだ。
「あぁ! こいつらの脳内構造がわからん!」
そう叫んで、頭を抱えている。
よくわかんないけど、悩むことが多くて大変だな、こいつ。
「では、ここから出すぞ、いいな?」
そう言う女王も、少し妙な顔をしている。
ま、そこは気にしないで返事を――
「くっ」
足から崩れ落ちる俺。全身に力が入らない。エミリアが何か言っているのが聞こえるがそれさえもものすごく遠くで言っているように感じる。
どうしちまったんだ? なんか、すっげぇ眠い。
その眠気に勝てず俺はそのまま意識を失った。
ルビーの力
こちらを見つめる厳つい顔をした兵士らしき男たち。
微笑む緑の髪の少女。
深く暗い洞窟。
紅い、血のように紅い宝石。
そして、悲しそうな目をした先ほどの緑髪の少女。
様々な場面が不連続で現れては消え、現れては消えを繰り返す。目で見るというより、脳に直接焼き付けられるような感じ。
これは、何だ?
ずっとその現象は続く。
くそっ、頭痛くなってきた。いつまで続くんだ!
と、そこで急に連続性のあるシーンに変わる。
俺の目には色彩に富んだ葉が飛び込んできた。これは――ノアニールの西の森で見た光景と同じだな、同じ場所なのか?
周りを見回そうと思ったが、なぜか視線を巡らすことができない。
「ラムス!」
声が聞こえた。そうして、初めて視線を他の場所に向けることができた。
緑の髪を肩の辺りまで伸ばしている十五、六の少女が見える。
あれ? この娘、さっきの断片的な映像の中で見た……
さっきはとても悲しそうな顔だったが、今目の前にいる彼女はとても嬉しそうだ。
注視して、そこで初めて気づく。この娘、エルフだ。
「アン!」
俺が声を発した。
いや、正確には俺は声を出してない。俺の口だと思っていた場所からまったく知らない声が漏れ出たのだ。
なんだぁ?
それに、アンって確かいなくなったエルフの女王の娘の名前だよな。
この娘もエルフだし……
「ごめんね、こっそり抜け出すのに少し時間掛かっちゃった」
「いいよ。そんなに待ってない」
言って“俺”がアンの手を取る。アンはこっちを見て優しく微笑んでいる。
こいつは、俺はアンと会っていたっていう男と同化しているってことか?
アンの言っていたのを信じれば、名前はラムス。
「今日はプレゼントがあるんだ」
ラムスが言った。
「本当? 嬉しい! 何、何?」
大きく瞳を見開いてこちらを、いやラムスを見つめ訊くアン。
「帽子。金ないから僕の持っているやつだけど、女の子でも気に入りそうなの選んだから。ごめんな、もうちょっとちゃんとしたの贈ろうと思ったんだけどさ」
「ううん、嬉しい。じゃあ、私も何か身につけているもの――これ! 髪止めあげる!」
金かかってなくてもいいなんて、いい娘だなぁと感心したけど、男に髪止めをやるあたり変わり者みたいだな、このアンって娘。
「僕、髪止め使うほど髪長くないよ」
「伸ばせばいいよ。きっと似合うよ」
「そうかな?」
ラムスはその気になったというより、戸惑いを深めたみたいに言葉を返す。
まあ、髪止めが似合うと言われてもなぁ。
そんなラムスにはかまわないで、アンが言葉を続ける。
「それに、こうしてそれぞれの持ち物を交換するのって、なんか特別な感じがする。今までそれぞれ違う場所や時間で育ってきた私たちが、その時を共有していくようなそんな感じ」
まっすぐこっちを見て、そんなことを言う。
うひゃあ〜、他人事とはいえなんか照れるな〜。
お、急にラムスが動き出した。これはもしかして――
うおぉっと! 抱きつきましたよ、ラムスくん!
「これから、過去も未来も全部、共有して生きていこう。ずっと」
「ラムス……」
アンもラムスの背中に手を回して、しっかりと抱き合う二人。
これ、夢だよな。そろそろ目覚めてくれないかなぁ。さすがに恥ずかしすぎだ。
そんなことを考えていると、なんかうまく目が覚めそうな感じを受ける。
あ〜、うん、覚醒しそうな雰囲気が漂ってきたぞ。
「ジェイ! よかった、大丈夫?」
目を覚ますと、エミリアの顔が目の前にあった。なんか、さっきの夢のせいか、すっげえ照れくさい気分になる。
「ああ、大丈夫だ」
返事をしながらも、思わずエミリアから目を逸らして辺りを見回す。
どうやら、まだエルフの里にいるみたいだな。
「別に今日は疲れるようなことしてないだろう? ノアニールにはキメラの翼で来たんだし。どうしたんだ、急に寝るなんて」
バーニィが訊いてくる。
そんなこと俺が訊きたいっつうの。
「知るかよ。急に不自然なくらいの眠気が襲ってきて――」
言いながら、右手を持ち上げて目をこすろうとする。しかしそこには――
「あれ? これ……」
俺の右手には夢の中でアンから受け取った髪止めがあった。
さっきはちゃんと見てなかったけど、竜の細工が施されていて結構高そうだ。
「お、お主! それはアンの髪止め!」
女王が急に声を張り上げる。今までの様子とはまったく違う、すごく驚いた顔をしている。これ、まじでアンって娘のなんだ。
でも、夢の中で受け取ったんだよな。どういうことだ?
「それをどこで?」
「いや、どこでって――夢の中?」
必死な顔で詰め寄る女王に自信なく答える俺。
そうとしか考えられないよなぁ。
「夢の中だと? ――まさか」
信じられないというよりは、納得がいったというような風に声を上げる女王。
ふざけた答えを言うなって怒られるかとも思ったんだけど。
「お主、夢見るルビーに取り込まれかけているようだな」
「は? どういうことだ?」
突然意味不明なことを気の毒そうに言う女王。
当然さっぱりわからない俺は、疑問の声を上げるしかない。
「夢見るルビーは、“夢”の世界を自由に操るための魔力を込められた宝石。宝石自体が意思を持ち、その意思によって“夢”の世界に生き物を誘う。お主は、そんな夢見るルビーに選ばれてしまったのだ」
「選ばれし者ってか、かっこいいな」
選ばれたからといって特に不利益があるようにも思えないので、おどけてみせる。
「のん気だな。しかし、このまま行けばお主は“夢”に完全に取り込まれ出てこられなくなるのだぞ。“夢”は命で形成されている。そして新たに命を取り込むのだ」
呆れた顔で言うエルフの女王。段々感情豊かになってきたな。
ん? 出られなくなる? ていうか“命を取り込む”って――
「ふざけんじゃないわよ! クソババァ! 何とかしなさいよ!」
エミリアが怒鳴り散らす。びっくりした〜。
それにしても、すっかりいつも通りだな、エミリア。よかった、よかった。
「エミリア、少し落ち着け。それとジェイ、もう少し慌てろ」
バーニィが言った。うん、もっともな意見だ。
「いやぁ、エミリアが先に騒ぎ出したから、タイミングがな」
そう言って、大きく笑ってみせる。
いや実際、そんなに危機感みたいなものは湧いてこない。たぶんさっきの夢が全然嫌な印象じゃなかったからだと思う。あれ、でも待てよ……
「なあ、俺が見た“夢”は夢の世界のことっていうより、アンとラムスの昔の思い出って感じだったぞ」
そう女王に向って言うとバーニィが、ラムスって誰だ? と訊いてくるが、無視。
女王は普通に言葉を返すから、ラムス、相手の男の名前は聞いていたみたいだな。
「ルビーに意思はあっても意識はない。ルビーの記憶とは、これすなわち取り込んだ魂が持っていた記憶のこと。かの男もルビーに取り込まれたのだろう」
そう言いながら少し顔を顰める女王。
同じことを考えているな、これは。つまり、アンもまた取り込まれているだろうということ。もう死んでいるだろうということ。ふう、ますます暗い話になってきたよ。
「そんなことはどうでもいいわ! 早くジェイを何とかして!」
再び声を張り上げるエミリア。
うっかり忘れかけていたけど、他人事じゃないんだよな。俺もルビーの記憶の仲間入りしかねないんだから。
女王が再び口を開く。
「ルビーの魔力を制御することはできる。ただ、手元にないとどうにもできぬのだ。最前にも言った通り、ルビーはあの男に奪われたままであるゆえ――」
「ウサネコ! ロマリア城下に行くわよ! 前王の奴を締め上げて吐かせるっ!」
女王の言葉を遮り、エミリアが三度叫ぶ。
王族を締め上げると後々面倒だろうけど、面白そうといえば面白そうだな。
「ロマリア王を締め上げる? なぜそのようなことを……」
女王が不思議そうに声を上げた。
そっか、こいつはラムスの仕業だと思っているんだったな。
「ロマリアの前の王がルビーを奪ったっていう情報もあるんだよ」
取り敢えず教えてやる。まあ、これも正しいかどうか。
そう言えば、夢の最初の方で見えた記憶の断片みたいなのの中で、兵士っぽいのが出てきたっけな。あれがロマリア王の命令で来た奴らかな?
それと、紅い宝石は夢見るルビーだろうな。後憶えているのは洞窟だけど、あれは――?
「なあ、この辺に洞窟ってあるか?」
キメラの翼を出すのに手間どっているバーニィを、エミリアが怒鳴りつけているのを眺めつつ、女王に訊いてみる。
「洞窟? そんなものはいくらでもある。自然洞も人口洞もな」
「岩場にあってかなり深そうな洞窟だ。人工的というよりは自然にできた感じだったな。とは言っても通りやすそうではあったけど」
こちらも見ずに適当に答える女王に、更に詳しい説明を加えてやる。
すると、女王はようやくこちらを見た。
「――“夢”の中で見たのか?」
「ああ、そうだ」
「……そこはおそらく、アンが好んで遊んでいた洞窟だ。この里の南、一日ほどかければ着く場所にある」
顔を歪めて言う女王。娘のこととなると平静ではいられないらしい。
まあ、普通の感情だわな。
しかし、夢の中で見た洞窟が、アンがよく行っていた洞窟かもしれないとなると――
「エミリア、ロマリアに行かなくてもいいかもしれないぞ」
「え?」
いつまでもキメラの翼を取り出せないバーニィに切れて、ヒャドをぶつけていたエミリアは驚いたように振り向いた。
「“夢”の中で、夢見るルビーらしき宝石と、アンが普段行っていた洞窟っていうのを見た。たぶん、ルビーは今もそこにあるよ」
まあ、ルビーと洞窟は連続で見たわけじゃないから、絶対に関連性があるかはわからないんだけど、なぜか俺の中には確信があった。ルビーはそこにあるんだと。
「その洞窟は私達も十四年前当時探した。アンはいなかった。勿論、ルビーなどなかった」
女王が言った。
「あんたは、アンが生きていることを前提に探したんじゃないか? それじゃ、探さない場所も出てくるだろう?」
ちょっと嫌な言い方だとは思ったけど、こいつに気を使っても仕方がない。
女王の返事を待たずに、エミリアたちの方に向きなおる。
「さっそく出発しようぜ。どんくらいで完全に取り込まれるか知らないけど、急ぐに越したことはないし」
バーニィ辺りはなんで俺がとか言うかと思ったけど、何も言わず頷く。アマンダも面倒くさがらずについてくる気みたいだ。う〜ん、みんな俺に懐いてきたな。
「個人差はあるが二、三日が目安だ。確かに急いだ方がいいだろうな」
女王が親切にも教えてくれる。
しかし、エミリアはその女王を睨みつける。
「あんた、その洞窟に行ったことがあるんでしょ? ルーラで連れて行きなさいよ!」
それこそ胸倉を掴みそうな勢いで迫るエミリア。
ま、確かにそうしてくれると助かるけど――たぶん、連れてってはくれないだろうな。
「勘違いするな。私はその男がどうなろうと知ったことではないのだ。夢見るルビーさえ戻ればいい。その洞窟に本当にあるかわからないというのに、お前たちに力を貸す気など毛頭ない」
感情のこもらない声で言う女王。
ま、そうだろうな。俺が逆の立場でもそう考えるよ。
それで納得しないのはエミリア。呪文を発動する挙動を見せる。
「メラゾーマ!」
発動した炎は海上でのものよりかなり小さくなってはいるけど、その分熱量が増しているようだ。
それにしてもメラゾーマとは物騒だな。エルフの女王ともあろう人――人じゃないけど……――が、これくらいで死んだりはしないだろうけど。
炎は女王へと迫っていき――消えた。
「ちっ、マジックキャンセルね」
エミリアが呟く。
あまり聞いたことがない魔法だなと思うけど、なんとなくどういう効果かわかる名前だ。
「マホカンタを使わなかったことを感謝してもらいたいがな」
女王が余裕の表情でそう言った。確かに反射の魔法マホカンタ使われていたらこっちに戻ってきていたもんなぁ。
他のエルフたちは、元々友好的ではなかった視線を更に険しくして俺たちを見ている。
こいつは愈々、早めに出発した方がいい空気だな。
「エミリア、歩いていっても間に合うだけの時間はあるんだ。そいつの世話になる必要はないだろ?」
「でも! でも、そこになかったら?」
エミリアに声を掛けると、彼女は興奮してこちらに迫って叫んだ。目には涙が浮かんでいる。
当事者の俺自身はなんだか妙に落ち着いていて、エミリアの方がすごく焦っているのが変な感じだと思う。ま、エミリアの気持ちは嬉しいけど。
「大丈夫。絶対その洞窟にあるよ。なぜかわかるんだ」
確信を込めて言う。ほんと、なぜかわからないけどそのことだけは無条件に信じられた。
ラムスとかアンの記憶が俺の中に入り込んできているのかもな。
エミリアはしばらく俺の目を見つめ続ける。俺も逸らさずに見る。そして――
「わかった。信じる」
そう言って、俺の手を取るエミリア。その手が震えているけど、さっきよりは落ち着いているように見える。
よし! 後のバーニィ、アマンダは異存ないようだから、ぱぱっと出発するか。
「よっしゃ! じゃあ、今度こそしゅっぱ――」
つ、と続けようとした俺の声を遮って、里の奥へ戻ろうとしながら女王が声をかけた。
「森の迷いの魔術だけは解いといてやろう。せめて、な」
それだけ言うと、全く振り返らずに去っていった。
ま、それだけでもしてくれるっては出血大サービスな感じだぁな。
俺たちは警戒心を解かないその他のエルフたちの視線を受けながらこの地を後にした。
真なる事実
――ふぅ、今度はどんな場面だ?
すでに夢を見るのも四回目になっていた。
二回目はたぶんアンとラムスの出会いの場面。三回目はアンが夢見るルビーを持ち出す場面。そして、今回は――まだ何とも言えないな。場所的には今までが自然の中だったのに対し、どこかの城みたいな建物の中にいる。
今回はアンでもラムスでもないやつの記憶なのかな。まあ、考えてみれば二人の記憶しか見なかった今までの方が不自然だよな。取り込まれている記憶は他にもたくさんあるだろうし……
二回目、三回目の時は、初回同様急激な眠気に襲われて夢が始まった。一度などは魔物との戦闘中に来たから、夢を見ている間も気が気じゃなかった。その点今回は、きちんと夜寝て夢を見ているので気が楽だな。
お、視線が動いた。何か始まるのかな。
視線の先では厳しそうな爺さんがゆっくりと歩いている。格好が立派だし、態度が偉そうだからどっかの王様だったりしてな。都合よくロマリア王とか。
その王様もどきが玉座みたいな立派な椅子に腰掛けた。う〜ん、謁見の間かな。
「お前が今回の作戦に選ばれた兵か?」
背筋をすっと伸ばし、こちらに鋭い視線を投げかけて声を掛けてくる爺さん。
アリアハンの馬鹿王みたいにダラダラしていないから印象は悪くないけど、結構高圧的で好感は持てないな。
「はい、陛下。ラムスと申します」
“俺”の口から漏れたのは結局ラムスの言葉だった。
またかよ。ん? でも、ラムスが兵士ってのはどういうことだ? ここがもしロマリア城だとしたら、ラムスこそ夢見るルビーを手に入れるためにエルフの里に近づいたロマリアの人間ってことになるよな。じゃあ、アンはラムスに騙されて夢見るルビーを持ち出した?
とそこで急に場面が変わった。
相変わらず建物の中。さっきいた場所より汚いけど、様式から見て同じ建物内だと思う。
目の前には城の兵士らしき格好の若い男が一人。その男が口を開く。
「お前も災難だな。陛下の我侭でエルフの宝石を盗ってくる役なんて与えられて」
「だけどさ、無事盗んでこられたら一気に将軍に登用してもらえるんだぞ」
やはり“俺”の口からは、もはや聞き慣れたラムスの声が漏れる。
ラムスがロマリアの刺客で、犯人決定か。噂以上に嫌な話になってきたな、こりゃ。
そこで目の前の男が肩をすくめ、呆れた声を出す。
「そうは言っても、失敗すればよくてクビ、悪くすればエルフたちにぶっ殺されるぜ。リスクでかすぎ」
少しからかいを含んだ口調だ。ま、こんな笑えない話、真面目くさって話していたらどんどん暗くなっちまうよな。
「大丈夫だって。なんとかなる、なる。エルフだってそんなに残虐じゃないだろうし、クビになった時は他の仕事探せばいいしさ」
「お前、楽天的だなぁ〜」
同感。俺はラムスの顔が見えないから何とも言えないけど、人の好い顔した奴なんだろうなぁ〜。そんな印象を受ける。アンと会っている時の印象と全然変わらない。
こいつが本当に、エルフの女の子を騙してルビーを持ち出させた奴なのかな。
う〜ん、さっきはそうかと思ったけど、またわかんなくなってきた。
俺は獣道と思われるところを進んでいた。自分で足を動かしていないのに景色が流れていくから、まだ夢の中にいるのかと思ったが――違った。
「うわっ! 何気色悪いことしてんだ、バーニィ!」
俺はバーニィに背負われて進んでいた。男とくっついていても面白くないので、直ぐに飛び下りる。
すでに日が高く昇っていることからなぜ背負われていたか予想できるし、そのことは感謝していいかとも思うが、男に背負われたことを感謝するのはなんか嫌だ。
「気色悪いってお前、ご挨拶だな。全然目ェ覚まさねぇから朝から背負いっぱなしだってのによ」
やっぱそういうことか。でも、やっぱ感謝する気はおきない。
まぁでも、形式的に一応感謝の言葉だけでも言っとくか。
「“ありがとうございます”」
「棒読みじゃねぇか……」
苦笑交じりで言葉を返すバーニィ。彼自身も別に感謝の言葉なんて求めていないようだ。
それなら、この話題はこれで――
「――エミリア。大丈夫か」
突然エミリアが抱きついてきた。それはいいんだけど――
その腕には力が全然こもっていない。抱きついているというより、寄りかかっているというような感じだ。顔色が真っ白で、表情もないから蝋人形のような印象を受ける。
そんなわけで、さっきの言葉が出てきたのだ。
「あんたが何しても目を覚まさないから、すっかり気落ちしちゃってね。ずっとそんな感じよ」
アマンダが補足をいれてくれた。その表情はいつも通りでやる気なし。
どんな時でも全然変わらないなぁ、こいつ。
それはともかく、エミリアだな。ずっとこんな調子って俺よりやばいんじゃないか?
彼女の頭をなでながら、声を掛ける。
「もう、大丈夫だよ。心配かけたな」
すると、抱きついていた腕に力がこもった。
それでも顔色は相変わらず悪いし、表情もほとんど戻らない。まだ、洞窟にもついてないし安心しろってのは無理な話だよな。
しかし、俺自身は夢を見るだけだからそんな深刻に考えてなかったけど、このままじゃエミリアが早々にまいっちまうな。急いだ方がいいか。
その後、一時間ほどで目的の洞窟に着いた。実際に見て、確かに夢で見た洞窟であることを確認する。
ちなみに、ここに来るまでの途中、何回か魔物と戦闘になったけど、基本的に弱いから問題はなかった。
エミリアが相変わらず、戦闘に参加できないほど気落ちしているのが心配だったけど。
「さて、後は奥まで行ってみますか」
気を取り直すように努めて明るく振舞うが、エミリアは落ち込んだままだ。
ふ〜、さっさとルビーを見つけるしかないな。
エミリアの手を引いて洞窟の中へと入っていく。“夢”でも中には入っていないから探索には少し時間が掛かるかもしれない。さっさとエミリアを安心させてやりたいんだけどなぁ。
あれ? 洞窟の外に戻っているぞ。
今俺の目の前には、つい三十分ほど前に見た洞窟の入り口があった。なんでだ?
そこで、気づく。周りに生えている木々が少し低い。
これは、“夢”の中だ。
くそっ、いつの間に寝ちまったんだ。これじゃ、エミリアが益々やばい状態になっちまうじゃねぇか。早く目を覚まさないと――
「ラムス! 持って来たよ!」
アンが森の木々の間を抜けて近寄って来た。また、ラムスの記憶らしい。アンが夢見るルビーを持ち出した時の記憶以外は全部ラムスの記憶だ。
そこで俺は腰を据えてこの記憶を見ることにする。今までも、自力で起きようと頑張ってみたことがあったのだが、起きられたことはなかった。となれば、“夢”を注意して見てルビーに関する情報を少しでも多く手に入れておいた方がいいと思ったのだ。勿論、焦りは消せなかったけど。
アンがラムスの――俺の――前までやって来た。そして、こちらに差し出した手の中には紅い宝石。これが夢見るルビーだろう。しかし、軽く疑問を抱く。
というのも、以前に断片としてみた映像の中のルビーは、もっと毒々しい色をしていたような印象だったからだ。ただ、形そのものは何の変わりもないから、これは確かにあの時見たものと同じものだし、気の持ちようで違って見えるのかもしれない。
「ほら、これが見たがっていた夢見るルビー。厳重に保管されているものだから、持ち出すの大変だったわ」
そう言ってこちらに笑いかけるアン。
どうやら、ラムスがアンに持ち出させたのは確かみたいだな。ということは、この後ラムスがロマリア城に持ち帰るのか? そうすると、やっぱりルビーは洞窟にないってことになるけど……
いや、それでもやっぱり俺の中から洞窟にあるっていう確信が消えない。
きっと、この後何かあったんだ。
ラムスの手がアンの手の中にあるルビーを掴むのが見えた。
「へぇ〜、これが」
言ってルビーを眺め回す。
しかし、その声には暗い印象が付きまとい、手も震えているようだ。
なんだ? 良心の呵責か?
「ありがとう。でも、直ぐに元あった場所に戻した方がいいよ。お母さんに怒られる」
そう言って直ぐにルビーをアンに差し出す。
どういうことだ? ルビーを奪うために持ってこさせたんじゃ?
「え? まだ大丈夫よ。あんなに見たがっていたじゃない。もっとゆっくり見たら?」
アンが面食らったように言葉を返す。
しかし、ラムスは同じ言葉を繰り返した。
「いや、もういいんだ。早く返した方が――」
「ならば、私に見せてくれますかな? エルフのお嬢さん」
ラムスの言葉を遮って誰かが言った。今まで聞いたことのない声だ。
ラムスの視線が巡る。そうして視界に入ってきた者は……
「将軍!」
ラムスが叫んだ。その視線の先には、やや歳を食った男を先頭に兵士が十何人。
ラムスが将軍と呼ぶからには、ロマリア国で将軍職に就いている者なのだろう。その後ろについている奴らはその部下か。
しかし、突然出てきたなぁ。
「僕をつけていたんですか?」
ラムスの声には緊張が見える。
状況としては王の命を齟齬にしてルビーを諦めようとしていたところに、上官がやってきてさぁ大変ってところか?
「陛下の命でね。君が失敗しても、その混乱に乗じてルビーを盗ってくるようにと仰せつかっている。しかしまさか、無事ルビーを奪えそうなのにそれを棒に振るうような真似をするとはね……反逆罪ということで君の首を刎ね、ルビーは私が持ち帰ることとしよう」
残虐な内容を楽しそうに言う将軍のオッサン。手柄を横取りすることができてご満悦なんだろうな。ていうか、ラムスが無事にルビーを手に入れていたとしても殺して奪っていたかもな、このオッサン。
「ラムス……どういうこと?」
アンが声を発した。何も知らないアンからすれば、さっぱり状況がわからないだろう。ただ、将軍の言っている内容から只事じゃないことはわかるみたいだな、その顔には緊張が見え隠れしている。
「簡単な事ですよ、お嬢さん。このラムス君は私と同じくロマリア国王陛下に仕える者であり、あなたに近づいたのはその夢見るルビーを奪うため――」
「違う! 確かに最初会った時、そういう風に利用しようと思った。でも今は! 僕は本当に君を愛しているんだよ!」
アンに向って慇懃に喋る将軍の声をラムスが遮った。その言葉の前半は将軍の方を見て、後半はアンに詰め寄りながら叫ぶ。
アンは微妙な表情を浮かべている。ラムスが一時的とはいえ自分を利用していたのを知ったショックと、事実自分を愛していることを知った嬉しさとが混じり合ったような表情。
ま、複雑だよな。
そこで、将軍が嘲りの言葉を言ってから、空気も読まずに部下に命令を下す。
「ふん、愛ゆえに、か。下らんな。他種族間でそのようなものが成立するものか。――お前たち、こいつらをさっさと殺せ。そしてルビーを奪うのだ!」
「アン! これを持って逃げるんだ! 僕が食い止める!」
ラムスはルビーをアンに押し付けて、懐から短剣を取り出し兵士たちに相対する。
しかし、無理がある。いくらなんでもこの人数を相手にできるもんじゃない。相手がたいしたことない奴らならどうにかなるかもしれないけど、仮にも城に仕えている兵士たちなのだ。まずいんじゃねぇか、これ?
そう思った時、急に視界が白くぼやけた。周りが一切見えなくなる。
「な、なんだ、これは? いったいどうなっている?」
将軍の声が聞こえた。他の兵士たちも口々に何か言っている。
ラムスも戸惑っているみたいだ。盛んに視線を巡らしている。
「ラムス、こっち」
耳元でアンが囁いた。そして、ラムスの手を引いてどこかへと誘っていく。
ラムスは導かれるままについていく。
しばらくすると視界が普通に戻り、彼らが洞窟の中を進んでいるのがわかった。
無言で歩いていく二人。
へたに喋って、将軍や兵士たちに聞き取られることを恐れているのだろう。
ひたすらに歩いていたら、目の前に地底湖が広がる。
アンが振り返って口を開き――
目の前にアマンダがいた。
「あら、目覚めたみたいね」
そうか、目が覚めたんだ。エミリアは?
「ほら! ジェイが起きたぞ! 落ち着けって、エミリア!」
バーニィの叫び声が聞こえた。そちらに目を向けると――
「ちょ、何やってんだ、エミリア!」
そちらに駆け寄る。
エミリアがナイフを自身に向けて構えていた。バーニィはその手を取り、ナイフを奪おうとしている。
俺が近寄るとエミリアがこっちをゆっくり見た。
「……ジェイ」
弱々しく呟いて、ナイフを落としこちらに寄ってくる。その体をしっかり抱きとめる俺。
「何をやっているんだよ!」
「ジェイが起きないから……私から会いに行こうと思って……」
低い声でこんなことを言う。
俺は死んだわけじゃないんだから、死んでも会えるわけない。そのくらいのこと、普段のエミリアなら、いや誰だってわかることだ。
それなのに……くそっ、このままじゃエミリアの方がやばいじゃないか。
「エミリア、しっかりしてくれ。俺は眠っているだけなんだ。目覚めなくなるまでにはまだ猶予がある。さっき見た夢でルビーがこの奥にあることもわかった。絶対にもう大丈夫だよ!」
言っても、彼女の目に強さは戻らない。
あぁ、もう! たくっ!
パァンッ!
エミリアの頬を少し強めに打つ。
エミリアは少し驚いたような顔でこちらを見た。さっきまでの無気力な目ではなくなっている。よし、もう一押し。
「しっかりしてくれ! ルビーが奥にあることが確実になったんだ! 一刻も早く見つけないと!」
必要以上に大きな声で話す。エミリアの耳にしっかり届けるためだ。
実際はアンとラムスが奥に入った光景を見ただけだったけど、こう言ったほうがエミリアにやる気を戻せると思った。
「じゃあ、直ぐにジェイを救えるの? もう、大丈夫なの?」
エミリアの声は相変わらず弱いが、目に強さが戻ってきていた。
「ああ」
しっかりと見つめ返して、はっきりと返事をする。
「じゃ、行きましょう!」
エミリアが完全に復活してそう叫び、奥へ向っていく。
切り替え早いなぁ。いいことだ。
「あいつ、良くも悪くも単純だな」
奥へずんずん進んでいくエミリアを見ながら、疲れたように呟いたのはバーニィ。
ま、確かに。
先を進んでいくエミリアに追いつき、俺が先導をする。夢の中でアンたちが向かっていった道筋を辿った。しばらくして、地底湖が見えてくる。
そこで急に感じた。もうすぐ夢が始まることを。
なんかサイクルが早くなってきたな。とにかく、エミリアに言って聞かせないと。俺が寝ても落ち着いて行動するように。
「エミリア、俺はもうすぐするとまた寝ちゃうと思う。でも――」
「大丈夫、今度は取り乱したりしないわ。絶対」
俺の言葉を遮ってエミリアがしっかりとした口調で言った。それでも声が震えていたけど、そこは気にしないことにした。目の強さを見れば大丈夫であろうことは予想できる。
「そっか……俺が戻ってくるまで、ルビー探し頑張ってくれ。俺もなるべく情報仕入れてく――」
そこまで言ったとき、俺の意識は遠のいていった。
終わる世界
「じゃあ、さっきのはアンの魔法だったのか」
ラムスが言った。
場所は地底湖のところだったから、さっきの続きを見ているのだろう。
とすると、今ラムスが言っていた“さっきの”というのは、突然出てきた白い霧みたいなやつのことかな。
「うん、火と水の精霊の力を借りて一時的に霧を発生させるの。私が仕える唯一の魔法よ」
危険な状況にも関わらず、少し得意げに話すアン。
ていうか使える魔法がそれだけってのは自慢にならないと思うぞ。
「助かったよ。ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
素直に例を言うラムスと照れながら返事をするアン。
のん気だなぁ、こいつら。
兵士たちが森の捜索に行ってくれれば問題ないだろうけど、洞窟を調べ出したら見つかるのは時間の問題だろうに。というか、十四年後もアンが戻ってないことを考えると兵士がとった行動は後者なんだろうな。で、アンとラムスは……
「アン、ここから外に出る抜け穴みたいなのはないかな?」
「ううん、入り口からしか出入りできないわ。まあ、掘れば外に出る穴を空けられるだろうけど」
「無理じゃないか? さすがに」
「だよね」
言って苦笑するアンとラムス。
これから起こることを考えるとこいつらののん気さがもどかしくて仕方ない。
そこで、ふとアンの顔が真剣になった。やっとことの重大さを理解したのか?
口を開くアン。
「ねぇ、ラムス。さっきのことを考えると、もうロマリアの兵士は続けられないよね?」
「ん? ああ、そうだね」
「なら私たちの里で一緒に暮さない? お母様もちゃんと頼めば許してくれると思うし」
「え? それはつまり――」
アンの言葉を受け、ラムスが妙にそわそわしている。見えないから確実ではないけど、たぶん顔は赤く染まっていると思う。視界の中のあるアンの顔も紅潮している。
いや、お前ら……いちゃつくのはいいんだけど、今の状況どうにかしてからにしろよ。昔の、もう済んでしまったことなんだけど、妙にやきもきしてしまう。こいつらの記憶に長く付き合い過ぎたからかな、こいつらに助かって欲しいと思ってしまう。
しかし、彼らの最期は突然やって来た。
アンの顔が赤く染まった。頬の紅潮などとはまったく異質の赤。
最初、アンの出血かと思った。しかし、直ぐに違うことを知った。
ラムスが自身の胸に視線を向けると、そこには矢の先端が生えていた。そこからは鮮血が勢いよく噴き出ている。
「ぐふっ」
たぶんラムスの口から血が吐き出された。矢は肺を貫通しているらしい。
「ラ、ラムス――いやぁぁぁあ!」
アンの悲鳴が洞窟内に響き渡る。
ラムスは地面に倒れこむが、何とか視線を巡らして敵を探している。二人がここに入ってきたのと同じ通路に弓矢を構えた兵士たちがいた。将軍のオッサンも。
「お嬢さん、ルビーを渡しなさい。そうすれば命は助けよう」
将軍が言った。いや絶対嘘だろ。
しかし、アンは真に受けたようだ。
「ルビーは渡すから、ラムスを助けて! お願いします!」
泣きそうになりながら、すがるような目を将軍に向ける。
「いいでしょう。回復魔法を使える者もいますからね。お安い御用です」
にやにやしながら、そんなことを言う将軍。むかつく奴だ。
ルビーを渡そうとするアンをラムスがなんとか止めた。
「だ、駄目だ……ルビーさえ手に入れれば、あいつは僕たちを口封じのために殺す。……渡しちゃ、駄目だ」
「そんなっ!」
段々、ラムスの視界がかすんできた。長くないな……ラムス。
「ふっ、まあ、確かにその通りだよ。かといって素直に渡さないのなら、やはり殺して奪うまでだが――ははははは」
悪鬼のような顔で、楽しそうに笑う将軍。
ラムスの目はもうほとんど機能しなくなっている。血を流しすぎたのだろう。
そのほとんど見えない目でアンの方を見た。まず見えたのは、紅い、血のように紅い宝石。夢見るルビー。そして、更に上方に視線を巡らして捉えたのは、ものすごく悲しそうな目をしたアン。俺がかつて見た光景。
そこで視界は途切れた。
次の瞬間俺は、兵士たちとアンを見渡せる場所にいた。
無意識の裡に理解する。これは俺自身の視界だ。
弓矢を構えた一人の兵士がアンに狙いを定めているのが見えた。
俺は駆け出していた。腰に差した剣を抜く。
矢が放たれ、そして――
バシッ!
大きな音がした後床に転がったのは、折れた矢だった。
俺の剣が飛んできた矢を切ったのだ。ふう、間に合ってよかった。
将軍と兵士たちは驚いた顔をこちらにむけている。横目で見てみると、ラムスの遺体を抱いたアンも呆気にとられた顔をしていた。
ま、突然人間が現れた形になるし、当然の反応か。
「き、貴様、何者だ! 何処から出てきた!」
将軍が怒鳴った。もうちょっと、気の利いた訊き方はないもんかねぇ。
「こんな月並みなことを言うのは嫌だけど、通りすがりの正義の味方ってことにしといてくれ。ちなみに、何処から来たかってのは秘密だ」
まあ、秘密も何も俺もよくわかんないんだけどな。未来からってのも違うよな。
変なことを考えていると、将軍が再び叫ぶ。
「ふん、正義だかなんだか知らんが、そんな剣一本でこちらの弓矢を全て防げると思っているのか! 打ち方、用意!」
掛け声と同時に、弓を構える兵士八人。
確かにこの数を剣でどうにかするのは無理があるだろう。
しかし――
「メラメラメラメラメラメラメラメラっ!」
メラ八連発を一息に唱える。頭の大きさくらいの火球が、猛スピードで弓を構えた兵士たちに迫る。
その全てが命中した。勿論、弓に。
火が燃え移り、兵士たちはそれを落とす。
よしっ、これで、飛び道具で一方的にやられることはなくなった。呪文教えといてくれた爺ちゃんに感謝。
「くっ、だがこの人数差だ。辿る道はそう変わりはしない!」
嫌なことを叫ぶ将軍。
でも、その通りなんだよなぁ。ざっとみて十五人くらいいるし、どうしたもんかねぇ。目が覚める気配もないし。ていうか、なんで“夢”の中でこんな大立ち回りできるんだよ。
そんなことを考えながらも、視線は兵士たちから外さず剣を構える。
その時、アンが何か呟いているのが聞こえた。
「お願い、夢見るルビー。私とラムスの記憶をあげるから、あいつらを……」
言葉の後半は聞き取れなかった。しかし、直ぐにそれが何を意味していたか知る。
まず、剣を構えこちらに駆けて来た兵士が、ルビーに吸い込まれた。
「なっ」
将軍の驚愕の声が聞こえた。
それを契機に兵士が一人また一人とルビーに吸い込まれていく。
それを見て恐怖の叫びを上げ逃げ出す彼ら。しかし、その行動は無意味だった。
どんなに離れても結局はルビーに取り込まれていく兵士たち。
残りは――
「な、なんだというのだ、それは! それは、ただの宝石ではないのか! なぜこのようなことがっ!」
先ほどの少し戸惑ったような叫びではなく、完全に恐怖を読み取ることのできる叫びを発する将軍。その表情は、怪談に怯える小児のようだ。
そんな将軍を見つめるアンは、先ほどラムスに向けていた悲しみの色を帯びた目を携えている。それが意味するところが何なのか、俺にはわからない。
ルビーを将軍の方へ突き出すアン。
「ひぃぃぃいい!」
情けない声を上げて入ってきた通路へと向う将軍。しかし、その体は他の兵士と同様ルビーへと吸い込まれていった。その光景を目で追って、完全に吸い込まれた後ルビーを見ていると、その紅さがいっそう鮮やかになったような気がした。
まるで、吸い込んだ者の血を取り込んだかのように――
地底に相応しい静けさが戻る。
その静けさを破ったのはアン。
「助けて頂いて、ありがとうございます。でも、ごめんなさい。私は記憶を、いえ命をルビーに渡してしまった。せっかく助けて頂いたのに、直ぐ――」
「おい!」
アンが苦しそうに顔を顰めた。俺はアンに駆け寄るとその背に手を添える。
その時、俺は初めてラムスの顔を見た。アンの手の中で眠っている男は、どこにでもいそうな平凡な男。とても、エルフの姫君と恋に落ちるようなイメージではない。
そして、俺は今さらながらこれが“現実”のことだったのだと実感する。語り継がれる悲恋“物語”でも、“御伽話”でもなく、一組の男女が描いた人生という軌跡。
「あなたは――」
俺の思考を止めたのは、アンの言葉。
「ルビーの力によって私たちの“記憶”を見ている方ですね」
「よく、わかるな」
そう答えると、アンはおかしそうな声を出した。
「あんな急に現れるんですもの、普通の人でないことくらい、わかります」
こんな状況にも関わらず、アンの顔には笑顔が浮かんでいた。
俺も笑おうとしたけど、うまく表情を作れない。
「なんで、笑っていられる? 死ぬんだろう?」
思わず訊いた。
アンは首を振ってから、答えた。
「死ぬのとは、少し違います。私たちは記憶をルビーの中に閉じ込め、永遠にその記憶を、“夢”を繰り返す。永遠にラムスと“生きていける”。悲しむことなんて何もない」
アンは、あなたがここにいるということは私はもう“記憶”なのでしょうけど、と言ってもう一度笑った。
「だけど、こんな最期を迎える記憶を永遠に繰り返すなんて――」
それこそ地獄に落ちるよりつらいのではないかと思う。
しかし、アンはまた首を振って俺の言葉を遮り言葉を紡ぐ。
「確かにつらいです。でも、ラムスと会えた喜びがある。そんなに長い時間じゃなかったけど、一緒に過ごした時間がある。どんな悲しみも霞んでしまうような、幸せな日々がある。だから、私はこうして笑えるんです」
その顔に浮かぶのはやはり笑顔。顔色は悪かったけれど、そんなことは全然気にならなかった。
「そう、か」
間の抜けた答えだと思う。だけど、他にどう答えればよかったのか。
「頼みたいことがあります。私が死んだら、私とラムスの体を一緒に湖に沈めて欲しいんです」
「湖に?」
「私、水の精霊と仲がいいんです……私たちをずっと一緒にいさせて……くれる」
言葉が途切れ途切れになってきた。あまり話してもいられないみたいだ。
「わかったよ」
了解の返事を返す。更にアンが言葉を続ける。
「あと……お母様に……これを」
そう言って、夢見るルビーをこちらに渡す。
「伝えて欲しいこと……いっぱいある……けど、もう時間が……ないみたいだから」
「きっと渡すよ」
しっかりと彼女の目を見て、強い口調ではっきりと言う。
きちんと聞こえたのだろう、彼女はかすかな笑みを浮かべ――死んだ。
その腕の中にはしっかりとラムスが抱かれている。
立場が逆じゃないか、などというふざけた考えが、こんな時でも浮かぶ自分に少し驚く。
しかし、そんな風にふざけてしまえるくらいにアンの死は、なんというか“自然”だった。ここで死ぬことこそが自然なことなのだと思えた。彼女がそれを望んでいたからそう思えるのか、そのことと関係なくそんな風に思うのかはわからなかったけど。
約束通り彼らを湖に沈めようとして、ラムスの胸の矢に目がいった。
このままじゃ、気の毒かな。
そう思ってその矢を引き抜く。その胸からは血が噴き出したりはしなかった。
あぁ、死んでいるのだ。
傷もどうにかできないかと思い、
「ホイミ」
彼の胸に癒しの光を当てる。
傷が塞がっていく。死体にも、魔法は効くんだな……
二人の死体を湖の淵まで運ぼうとして、手の中のルビーを邪魔に思いポケットに入れようとする。そのポケットの中には、アンの髪飾りがあった。
これも、一緒に沈めてやらないとな。
ラムスの懐に入れる。
きっと、アンもあの帽子を持っているのだろう。これで、よりいっそう“自然”だ。
愈々、彼らを“ずっと一緒”にしてやるための儀式だ。
静かに、水面を波立たせないくらい静かに入れる。二人の体はゆっくりと沈んでいった。
湖は深く、暗く、蒼い。
水の精霊が悲しんでいるみたいだ。
そう思った時、湖の水が少し、ほんの少しだけ増えた。
母親たち
どおぉぉぉん!
目が覚めて最初に聞いた音は爆音だった。
な、なんだ?
「お帰り」
言ったのはアマンダ。
さっきも俺の見張りしていたよな、こいつ。きっと、見ているだけでいいから楽なんだな。
「ただいま。なあ、今の爆発何だ?」
訊くと、アマンダは黙って地底湖の奥の方を指差す。
そちらに、目を向けると――
「イオラァ!」
エミリアが爆発の呪文で壁やら床やらをぶっ壊していた。
たぶん、ルビーを探しているんだろう……
落ち込んでないのはいいけど、暴走しすぎ。
「ジェイ! 目ェ覚めたんなら、あいつ、どうにかしてくれ!」
エミリアを何とか止めようとしていたバーニィが、こちらに気づいて叫ぶ。
その顔は泣きそう。
まあ、このままじゃ洞窟が崩れかねないしなぁ。
やっぱエミリア、動揺しているな。普段の彼女ならそんくらい気づくだろうし。
「ジェイ!」
俺に気づいて、こちらに寄って来るエミリア。
「待っていてね。今すぐ、ルビー見つけるから」
そう言ってから回れ右して、また魔法の光を手に携える。
さすがに俺も慌てる。まじで洞窟倒壊しかねない。
「エミリア! もうルビーは見つけたんだよ!」
「え?」
エミリアが手から光を消して、こちらを見る。
俺はポケットからルビーを取り出して、エミリアの方に差し出す。
「いつの間に?」
言ったのはバーニィだ。
「あぁ、夢の中でアン、いなくなったエルフの娘な。彼女から受け取――」
「リレミト!」
“った”と続けようとした俺の声は、走り寄って俺の手を取ったエミリアの呪文の声によって遮られた。
リレミト――屋内から屋外へと一瞬で出られる魔法。その効果は術者と接触しているものにのみ齎される。
というわけで、洞窟の外に出た“俺たち”の中に、バーニィとアマンダはいなかった。
「お、おい、エミリ――」
「ルーラ!」
また俺の言葉は遮られた。
エミリアもバーニィたちがいないことくらいわかっているだろうし――あいつら、置いてきぼりか……
エルフの里に着く。好奇の目をこちらに向けるエルフたち。二度目の訪問だけあってあまり警戒していないみたいだ。だけど、そんな彼らの目に再び警戒、というか敵対の色が現れた。なぜかというと……
「出て来い! 女王のババァ!」
例によってエミリアが暴言を吐いたから。
すっかり口が悪くなっちゃって――アランさんがいたら怒るだろうなぁ。
「ルビーを持ってきたか」
割と直ぐに女王がやって来た。まるで、来ることがわかっていたかのように。
「ほら、これだ」
言ってルビーを投げてやる。
ルビーは宙で不自然に止まり、やはり不自然に女王の手の中に吸い込まれていった。
「ふむ、確かに夢見るルビーだな。ご苦労」
「別にあんたのために取りに行ったわけじゃない」
口調が偉そうだからつい言い返したくなるな、こいつ。
「早くジェイを助けて!」
手に炎を携えて女王に向って叫ぶエミリア。攻撃的だなぁ。
「ふむ、言い難いのだが」
そんな風に切り出す女王。
「おい、おい。ここまできてやっぱ駄目とかいうんじゃないだろうな」
さすがに焦りを覚え、声を上げる。
「いや、実は……お主はどうも、夢見るルビーに取り込まれようとしていたわけではないらしく――」
「はぁ?」
思わず声が漏れる。エミリアの視線も鋭さを増した。
じゃあ、俺らは何のために洞窟まで行って苦労してきたんだよ。
「ジェイ、こいつ焼き殺しちゃってもいいよね?」
「おお、やったれ!」
さすがに止める理由はない。
「マジックキャンセルで防げばよいだけゆえ炎を放つのは構わんが、取り敢えず話を聞け。お主を取り込んでおったのは、アンと……ラムスの意思だ。お主を何のために呼び込んだかは、お主が一番知っているであろうから話さぬが――全てが終わった以上、もはや“夢”を見ることもないであろう」
相変わらず淡々と話す女王。
「ちょい待て。じゃ、ほっといてもしばらく経てば解決したのか? あんな洞窟くんだりまで行かなくてもよかったわけか?」
「そういうことだ。だから、言い難いといったであろう?」
こんなまぬけな事実を言う時でも淡々とした口調で真面目な表情の女王。
驚愕の事実ってのは、まさにこのことだな。
気が抜けてその場で座り込む。
エミリアも安心したような、呆けたような、微妙な顔で腰を下ろした。
まあ、よかったんだけど、何か釈然としないものはあるなぁ。
あ、そうだ。
「なぁ、アンがどうなったかとか、話そうか」
女王に向って言う。ラムスとアンの記憶に長々と付き合ったせいか、この女王に対しても少し同情的な感情が芽生えていた。
「いや、受け取った時ルビーの記憶を見たゆえ、お主が知っていることは知っている。それには及ばん」
こちらを見る目にはなぜか冷たさを感じる。
なんで、親切心だしてそんな目で見られにゃあならんのじゃ。
と考えたが、すぐにそれが誤解だとわかった。
「だが、感謝する」
それは疑いようもなく感謝の言葉。しかし、これを言うときでさえ、女王の目はなぜか冷たかった。
照れ隠しですか……
素直じゃないオバハンだよな。
ま、それはともかく、もうここにはこれ以上用無いな。旅を続けるとするか。
そう思ってエミリアに声を掛けようと目を向けると――
「すぅ〜」
寝ていた。
そういや、俺は寝てばっかりだったけど、こいつあの時の様子を考えるとろくに寝てなかったのかも。
「一晩だけ泊まっていくがよい」
その声の主は女王。その言葉にさすがに驚く。
「人間嫌いなんだろ?」
「ああ。しかし、相手が誰であれ受けた恩は返さねばならんし、勘違いをしていたわびもせねばならん」
そんな殊勝なことを言う。
恩ってのはたぶんアンのことだろう。律儀だよな。まあ、らしいと言えばらしい。
それに実際、この状態のエミリアを連れて出発するのは無理だし、よく考えればバーニィとアマンダを待たないといけない。ここに来ていることは彼らも予想できるだろうから、今頃向っていることだろう。あそこからなら着くのは明日になるはずだし、やっぱり今夜はここに泊めてもらうのが最良と思われる。
「ま、そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
部屋は直ぐに準備された。二人だけなので部屋は一つ。木の葉で満たされているベッドらしきものが四つある。ほとんど訪問者など来ないだろうに随分と手際がいいし、こんな客間があるのも不思議だな、と思うがどうでもいいことなので直ぐに頭から追い出す。
俺はエミリアをその内の一つのベッドに寝かせ、再び女王に会いに行った。
「なんだ? 私も忙しい。そんなに相手はしていられん」
「直ぐ済むよ。エミリアの母さんと会いたいんだ」
そう言ったら、女王はずっと違う方向を見ていた目をこっちに向けた。
「あの娘は、会う気はないのだろう?」
非難の意思すら感じられる口調で言う。
「それはそうなんだけど、実は明日はエミリアの誕生日でね」
そう言うと、女王の非難の色はますます強くなる。
「それで、勝手に、か。あまり感心しな――」
「違うって。会わせる気じゃないんだ」
女王は怪訝な顔をした。
ふう、説明面倒くさいな。
コン、コン。
女王に教えられた家のドアをノックする。
「はい」
中からは女性の声が聞こえた。そして、足音が段々と近づいてきて、戸が開く。
「あなたは――夢見るルビーを持ち帰ったって噂になっていた人ね」
出てくるなりそんなことを言った。
アランさんやエミリアと同じ白い髪が、動きにあわせてふわふわと上下している。柔らかそうな髪質だ。そして、目はパッチリと大きい。やっぱ目だけはアロガンさん似なんだなぁ、アランさんもエミリアも。
彼女はさすがに人間の国で暮していたことがあるだけあって、警戒はしない。
にしても――
「よく、わかりましたね」
「だって、ここにいる人間は限られるもの」
当然、というように答える女性。
そりゃ、そうか。
納得してから、再び口を開く。本題に入ろう。
「エミリアを知っていますよね」
そう言うと、女性は黙って頷いた。結構落ち着いている。
騒ぎとかも結構起こしたし、もう来ていることを知っていたのかも。
「明日は――」
「あの子の……誕生日よね」
俺の言葉を遮って続きを言う女性。
「でも、私は会う気はありません。今更、母親面なんて」
「それはいいんです。会って欲しいと言いに来たわけじゃない。エミリアも会いたくないみたいだし」
そこまで言って、ちょっと無神経なこと言っちゃったかと思ったけど、女性は特に気にした風ではなかったからよしとしよう。
「でも、プレゼントくらいはどうかと思って。これ、俺が用意したプレゼント。まあ、安い髪止めなんですけど、これに何か魔法を込めてくれませんか? それで、二人からってことにしましょう。勿論、エミリアが反発するだろうからしばらくは秘密にしますけど、頃合いをみて俺が後で言います」
一気に捲くし立てた。長台詞に少し疲れる。
女性は少し戸惑った反応。
「今までほったらかしだったのに、今更そんなことをしていいのかしら?」
本当は“母親”をやりたいのだろう、それに対する許可を欲しがるような口ぶりだ。
「いいじゃないですか。何も悪いことをしようってわけじゃないんですから。それに、聞けばあなたが家を出たのもあなたの意思ではないし、あなたも被害者みたいなものだから、そんなに罪悪感を持つこともないのでは?」
取り敢えず慰めみたいな言葉を紡ぐ。まあ、俺に言われても仕方ないだろうけど。
「ありがとう。立派に育ったわね、ジェイくん」
顔から戸惑いを消し、優しさを帯びた声を出すエミリアの母さん。
急に名前を呼ばれて少し驚くが、当たり前といえば当たり前だ。
俺は二歳だったから覚えていないけど、当然向こうは覚えているだろう。
「すみません。俺は覚えていないですけど……」
取り敢えず謝っとく。
「何言っているの、当たり前でしょ。こんなに小さかったんだから」
彼女の手は俺の膝の辺りまで下げられている。
うわぁ、二歳ってそんなに小さいんだな。
そんなことを考えてから本題を思い出し、口を開く。
「それでプレゼント……」
「あぁ、そうね。お言葉に甘えることにするわ――ありがとう」
嬉しそうに言う。
それを見ただけで、よかったと思う。
エミリアも素直にこんな顔でこの人と話せるといいんだけど――
時間掛かるよなぁ、きっと。
その後は、どんな魔法にしようかとか、俺の赤ん坊のときのこととか、エミリアとアランさんのこれまでのこととか、そういう話題になった。魔法の種類を決めるよりも他の話の方が時間が掛かったのは言うまでもない。特にエミリアの話は長くなった――勿論、アランさんの話も長かったけど、生まれて直ぐに別れたエミリアの方がやっぱ気になるみたいだ。
でも、俺にとって印象深かったのは、エイミーさん――あ、これはエミリアの母さんの名前でさっき聞いた――が俺のオムツを替えたことがあるとか、そういう話。大きくなってからそういう話されると、すっげぇ恥ずかしい。
そんな話をしていたら真夜中になった。一応俺も疲れていたみたいでさすがに眠くなって、エイミーさんに挨拶して家を出た。
エイミーさんは外まで出てきて見送ってくれ、別れ際に、
「エミリアのことよろしくおねがいします」
と言った。表情の優しさがすごく印象に残る。
何か俺も母さんに会いたくなった。ホームシックってやつかな。
永遠に在るもの
その夜、夢を見た。
ラムスとアンが出てきたので、まだ夢見るルビーに取り込まれそうになっているのかと思い肝を冷やしたが、直ぐに違うことを知った。
夢にはラムスとアンの他に女王が出てきた。
彼らが一緒に食事を取っていた。
ルビーの見せる“夢”が記憶である以上、確実になかったと言えるこの光景はまったく別種の物なのだろう。
夢の中ではアンがラムスに楽しげに話しかけ、ラムスは女王を気にしながらもやはり楽しそうに応えていた。そして、女王は相変わらずの仏頂面でその様子を眺めているのだが、目だけには喜びのような感情を窺えた。
きっとこれは願望夢だ。
彼らにもっと幸せになって欲しかった。こんな風な普通の幸せを噛み締めて欲しかった。
そういう願望が顕れた夢。
だから、これは“夢”ではない。
それでも、俺は――
これこそが彼らの“夢”の終着点なのだ、そう思った。
バーニィとアマンダは次の日の昼に着いた。
着くなりバーニィはエミリアに文句を言いまくったが、エミリアは完全に無視していた。まあ、事情が事情だったからかバーニィも深くは突っ込まなくて、いつもみたいに魔法をくらうことはなかった。実はあの洞窟に行かなくてもよかったことを知らせたらどういう反応をするか興味もあったけど、また喧嘩再開されても困るから言わない。
アマンダは特に文句は言わなかったし、特に疲れているという風でもなかった。なんか只者じゃないって感じだよな、こいつ。
ああ、それとエミリアへのプレゼントは朝にもうあげた。とても喜んでくれたから上げた甲斐があるってもんだよ。エイミーさんのことを言えないのが残念だけど、そこは仕方がない。
ま、それはともかく、二人が着いた後は直ぐに発つことにした。ここにいても仕方ないし、どうせキメラの翼でロマリア城下まで行けるから、二人が休むのはそれからでもいい。
エルフたちは一応見送ってくれるみたいだ。
ルビーを見つけた人達だし、それくらいはしてもいいかな、という気分なのかもしれない。
ただ、それでもあまり友好的な顔ではない。種族間の溝はかなり深いみたいだな。
物陰に隠れて、エイミーさんの顔も見えた。
エミリアを愛しそうに見つめている。
いつか話もできるようになればいいなぁと考えていると、女王がやって来た。
一応でも見送りに来たのだろうに、やっぱ無愛想。ま、いつものことだけど。
その女王が口を開く。
「ノアニールの呪いはもう解いておいた。約束だからな」
その言葉を聞いて、
『あぁ、忘れてた』
呟いた言葉は、四人全員が揃った。
そういう約束もあったんだっけ。
女王が呆れた目でこっちを見る。
そんな目されてもなぁ。実際どうでもいいと思っていたし。
あ、でも――
「やっぱ、まずノアニールに寄ろうぜ」
そう提案する俺。
「何でだ?」
バーニィが訊いてきた。まったく、こいつは大事なことをわかってない。
「呪いを解いてやったんだから、お礼を貰いに行くのよ。でしょ? ジェイ」
エミリアが言った。うん、よくわかっていらっしゃる。
「そういうことだ」
「確かに、当然の権利ね」
応える俺と、同調するアマンダ。
「なるほど、そりゃいいな」
そして、今回ばかりはバーニィも同意した。
満場一致は珍しいなあと考えていたら、別のところからツッコミがきた。
「お主達……元々そういう気ではなかったのであろう? よく礼を取ろうなどと考えるな」
珍しい動物を見るかのように俺たちを見る女王。失礼な奴だな。
しかし、見ると他のエルフも同じような顔。エイミーさんはハンカチで目を押さえていたりする。勿論、嬉し泣きではないだろう。
う〜ん、そんなに変な考え方かなぁ。
そんなことを思ったが、結局エミリアのルーラでノアニールを目指した。
空を舞っている中、ふと下を見るとエルフの里とあの洞窟が小さく見えた。
あの二つの場所で、ラムスとアンの魂と肉体は、永遠に共に在るのだ。
永遠の愛――
そんな単語が頭に浮かび、恥ずかしくなって頬を軽く叩いた。
こっ恥ずかしいこと考えてないで、ノアニールのお礼に頭を集中させよう。どんくらい貰えるか楽しみだな。