13.船舶強奪大作戦

「よし、じゃあこの国でもう一回船貰おうぜ」
 そう言ったのはジェイだった。キメラの翼でロマリア城下に到着してすぐのことである。
 この前の一件でまったく懲りていないっていうのは、勇敢なんだか、愚直なんだか……
 しかし、いくら自国の王による勅命状を持っているとはいえ、一旅人に国家所有の船をくれるとは考え難いわね。
「いくら魔王討伐の旅をしているからって、他国の人間にそう簡単に船をやる王様はいねえよ」
 ウサネコちゃんがきっちり突っ込みを入れる。
 あたしは特に何も言わない。こういう時に下手に発言すると――
「アリアハンでも言ったけど、ジェイが船と言ったら船なの。あんたに意見を言う資格はないわよ、ウサネコ」
 当然の如く返ってくるエミリアの憎まれ口。
 エミリアの怒りの矛先にはウサネコちゃん、というのが正しい形というものでしょ。あたしまで被害を受けるのは馬鹿馬鹿しいってもんよ。
 まあ、カザーブにいる時にちょっとつっかかられたけど……ま、あれは一応解決したしね。そう、あの時――

 ジェイの気配がドアから離れていく。
 再びエミリアの尋問が始まるわけね、ふぅ。
「私はあなたから魔力を感じることができない。でも、あの時――船の上であの化け物の触手の一本を吹き飛ばしたのは、確かにあなただった。あれは、メラゾーマかしら?」
「そうね。世間で使われている区分に当て嵌めるなら、メラゾーマじゃない?」
 あの状況じゃ止むを得なかったとはいえ、エミリアの近くで魔力を解放したのは拙かったみたいだ。ウサネコちゃん辺りはあれもエミリアの呪文だと思ってくれただろうけど、エミリア自身がそんな勘違いをするはずもないし、そもそもエミリアほどの魔法使いならすぐに検知されることは明らかだった。
「あたしはみんなの命を救ったってことになるわよね。な〜んで、こんな風に糾弾されなきゃならないわけ?」
「さっきも言ったけど、そのこと自体に対しては勿論文句はないし、寧ろ感謝しているわ」
「なら――」
 この話はこれでお終い、と続けようとしたあたしの言葉を遮られた。
「どうして、今まで黙っていたのかしら? 魔力の強さを隠せるほどの使い手となれば、それこそ賢者クラスだわ。そんな人間が場末の酒場でウエイトレスをやっているのもおかしいし、特に理由もなく魔王討伐の旅に同行するのも腑に落ちない。何か企んでいるんじゃないの? あなたがジェイに迷惑をかけるような企みをもっているのなら、わたしは……」
 周囲の魔力がエミリアの魔力の上昇に伴って集まり始める。完全に臨戦態勢に入っている。14歳の小娘に負けたりはしないけど、ここで魔法合戦を繰り広げなきゃいけないような理由はあたしにはない。
「黙っていたのは魔法使わされるのが嫌だったからよ。疲れるでしょ。旅についてきた理由は本当にないわ。誘われたからっていうのが理由といえば理由ね。ていうか、そもそもあたしが自分からついてきたわけじゃないじゃない。ジェイがウサネコちゃんを誘うために、ついでであたしを指名したんだからさ。べ〜つに企みなんてこれっぽっちもないってば。考え過ぎよ」
 適当に笑って答える。全て本心を語っているけど、エミリアは納得しないだろうことは想像に難くない。
「それで、納得すると思う?」
 想像通りの反応。相変わらずの臨戦態勢で、表情はとりわけ険しい。
 はぁ、どうすれば納得するかしら?
「じゃあ、こうしましょう。今から魔力を一切抑えない状態を見せてあげる。あなたなら、それであたしの力がどれくらいかわかるでしょう?」 「それで?」
「だから、手の内を見せるってことよ。あたしが何かを企てているなら、あなたに自分の手の内を見せるはずがないでしょう?」
 自分からこういうことを言い出すのは一層怪しい気がするなぁ、と今更ながらに思う。
「なんだか逆に怪しいわ」
 やっぱり……? とはいえ、他にどうしたらいいかも思いつかないし気にせず……
「まあ、そう言わずに。じゃ、行くわよ」
 内と外に作っていた境界のイメージを消す。辺りの魔力や精霊の存在を強く感じる。開けっ広げにすると周りに彼らが寄って来るから鬱陶しいことこの上ない。
「なっ!」
 エミリアが驚愕の声を上げた。
「どう? オッケー?」
「あ、あなた。本当に人間なの? その全ての精霊を捻じ伏せられそうな魔力、エルフや魔族――」
「失礼ねぇ。捻じ伏せるなんてことしないわよ。それこそ魔に属する者じゃない」
 “あたし達”は精霊と共存している。決して彼らの意思を無視して使役したりはしない。
 そんなことをするのは道を外れた魔に属する者ぐらいだ。
「ていうか、あんただって魔力だけでいったら人間の許容量を超えているっしょ」
「そうかもしれないけど……でも、あなたの魔力は私と比べても異常……」
「自分より魔力が高いからって人間じゃないっていうのは暴論ってもんでしょ? あたしもあなたも人間よ」
 ま、こうは言っていてもこの娘の魔力が高い理由は凡そ見当がついているけどね。いなくなっている母方辺りがエルフの血筋ってところでしょ。
 わざわざあたしが言うことじゃないから言わないけどね。それで、じゃああたしはどうなんだって話になっても困るし。
「そ、そうね。それに、あなたのその魔力なら何かを企てる以前の問題として、私達を一瞬でどうにかできてしまえるし、取り敢えずは信じて――いいのかしら?」
「勿論よ」
 やっと嫌な会話から逃れられるわ。めでたし、めでたし。
 と思ったんだけど――
「わかった。それはいいわ。でも、今後はちゃんと戦闘に参加してよ」
「嫌」
「『嫌』じゃない! 1人何にもしない人間がいるだけで肉体的にも精神的に疲れるんだから、ちゃんと戦ってくれないと迷惑よ!」
 うーん、それはそうなんだろうけど……疲れるし眺めているだけがいいわぁ。
 実際にそのようなことを口にしてみた。
「却下。あんまりふざけた事言っていると、ジェイにある事ない事言ってパーティからはずれてもらうわよ」
「え〜、それはちょっとねぇ」
 結構おもしろいし、助成金も貰えるからお金にも困らないし、悪い旅じゃない。みんなのことも気に入っているしね。
 でも、やっぱり戦うのは面倒くさい。
「ピンチの時にはちゃんと戦うからいいでしょ?」
「駄目! まったくもう……そうだわ!」
 目線を下に向けていたエミリアは、突然こちらを見て大きな声を出した。この目はずっと前、16、いやあの後直ぐだったから17年前、その時にも見た。嫌な予感……
「私に魔法教えてくれたら戦わなくてもいいわよ。あなたの分も私が戦えば、肉体的にという面ではジェイの助けになれるもの。さぼっている人間がいるっていう精神的ダメージはどうにもできないけど、そこには目を瞑ってあげるから教えなさい」
 人に師事するというのに完全に命令口調っていうのは如何なものかしらねぇ。
 つい、呆れてしまう。
 まあでも、エミリアに教えるのは楽そうよね。あの娘と違って基礎は固まっているだろうし、教えればスポンジのように吸収しそうだし、戦闘に参加するよりは格段に楽だと思う。
「そうね。それならいいわよ」
「決まりね。じゃあこの件はここまでにして、私はジェイの後を追って村の見学をしてくるわ」
 言ってすごい速度で部屋を出て行く。
 窓から外を見るともう宿のドアから出て、駆け出していた。
 あの真面目な娘とは違って、エミリアは他にも興味がある――というかジェイを中心に世界が回っているから教える時間も短そうね。
 こりゃ、楽だわ。

 実際かなり楽だった。  あの後はエルフの里の一件があったから教える暇もなかったが、その件が片付いてからここロマリア城下に来る前、ノアニールで一泊した時の授業では教えればすぐさま吸収という予想通りの、逆に教えがいがないぐらいの出来だった。
 エミリアには魔力の強い奴にありがちな魔力の練りこみ具合が甘いっていう慢心的な傾向があったから、そのことを指摘したんだけど……まあ直ぐに直ったわね。威力も大分上がったし。
 親が純血エルフみたいだから魔力が高いのは当然だけど、魔法的センスは才能ね。魔法封じにすら気をつければ誰にも負けないくらいまで成長するでしょうねぇ、この娘は。
「心配するなってバーニィ。こっちにはこの国に対して切り札があるだろ?」
 そこであたしの思考を遮ったのは、ジェイのウサネコちゃんに向けた言葉だった。
 切り札っていうと塔で変態の代名詞カンダタに貰った金の冠かしら? 恩を売って……いや、違うか。あれはエミリアにあげていたしジェイならこのまま貰うだろう。すると……ノアニールの1件?
「金の冠か?」
 やはりウサネコちゃんも、まずはあたしと同じように考えたみたいだ。
「いや、あれはもうエミリアの物だよ」
 予想通りね。
 ジェイはその後エミリアの方を向いて、
「この国にいる間はちゃんとしまっとけよ、エミリア。盗んだ犯人にされたりはしないだろうけど、取り返してくれたんですね、とかって言って取られる可能性はあるからな」
 これを受けてエミリアは深く頷く。
 ていうか、犯人と変わらない気もするけどねぇ。
「なら、ノアニールの件か」
 とウサネコちゃん。
 珍しく細かいツッコミが入らなかった。ま、自身が盗賊だから盗む云々の話には厳しく突っ込まないようにしているのかもね。
「そういうこと。現王に対してなら恩を着せられるし、前王に対してならエルフの呪いをちらつかせて脅すとか、事件の真相をばらすとか何とか言って脅すとか色々やりようもあるし。まあ後者は他人に納得させるのが難しいから、出来れば前者の方法で船ゲットと行きたいところだけどな」
「さすがジェイ! 冴えてる!」
「というか小賢しいな」
 余計なことを言ったバーニィがエミリアに殴られた。馬鹿ねぇ。

「すまぬが……今儂の自由になる船はないのじゃよ」
 ノアニールのことを話してから、礼は船で下さいと厚顔無恥にも言い放ったジェイに対して王が言った台詞がこれだった。
 海岸線にある国に王の自由になる船が全くないっていうのは考え難いんだけど……
「無理を言っているのは承知しておりますが旅に必要なのです。何とかご配慮頂けないでしょうか?」
 ジェイも嘘だと考えたのか更なる要求をした。
 それに本気で困ったように返す王。
「いや、協力してやりたいのは山々なのだが……本当に国所有の船は今ないんじゃよ。我が国から魔王の捜索に出した者達に与えたからのぉ。最近は海の魔物が増えたので新しい船も造っておらんし、今港に停泊しているのは全て個人の所有か、定期船の類じゃ。それらを儂の意思でどうにかすることもできんし、お主らで持ち主と交渉して貰うしかない」
「……本当にないのですか?」
 ジェイが再び問う。
 ただし今度の問いは、疑っているというよりは放心して思わず返した言葉という感じだった。
「すまんのぉ……」
 王の様子も嘘を吐いているようではないし、最近の魔物事情を考えれば船を造っていないというのも頷ける。
 自国の“勇者”に船を与えたというのももっともな話ではある。アリアハンの王は自分からは船をくれなかったけど、海であったあれのことを考えると当然だしね。
 しかしこうなってくると、船を貰う手だてが一切なくなったことになる。貰う船がそもそもないのなら、前王を脅すという方法も当然駄目になってしまったわけだし。
 となると、ジェイの望みを満たすためにはポルトガ辺りにでも行かないとならないわけだ。ポルトガは比較的ここから近いとはいっても、歩く距離は変態の塔からカザーブくらいにはなる。足場はあの時よりはいいが遠いことは変わらない。面倒くさっ!
 でもジェイが諦めないなら、文句を言ってもエミリアに問答無用で却下されるだろうし、う〜んシージャックっていうのも楽しそうかも……
 本気でそんなことを考えていた時に王が慰めるように別の話題を振った。
「まあ、船のことはどうにもしてやれんが……ノアニールの件もあるし、今夜は城でパーティの一つも開くことにしよう。ほれ、この后は大層パーティ好きでな。仕切らせたらば中々に楽しめる企画をどんどん用意してくれるぞ」
「はぁ」
 ジェイは一応返事をするが、溜息とも取れるようなそんな返事だった。
 そんなジェイの様子に慌てたように口を開く王。どうもこの王は、なるべく人を喜ばせてあげたいという気質の持ち主のようである。好ましい性質ではあるけど、人の上にたつ者としてはどうなのか……
「ほれ、この前ケイティ殿が来た時などは随分と変わったパーティをしたのであろう?」
 そう后の方に問いかける。
 后は王よりも少しばかり若そうだ。二十は離れていないと思うが、十ぐらいは離れている可能性はあるだろう。黒く長い髪を頭の後ろで綺麗に纏め上げ、首には青い宝石が嵌められたネックレスをして、着込んだドレスは朱色、材質はたぶんシルクだ。かなり上等な格好ではあるけど、王族の格好としては少しこざっぱりし過ぎている気もする。
 まあ、こうしてあたし達の前で気安く話をするくらいだからさっぱり気質なのかも。
 にしてもケイティたちはもうここに来ていたんだ。しかし、ケイティの名前が出てジェイの機嫌に影響しないといいんだけど……
「ケイティ?」
 案の定少し嫌そうに声を上げるジェイ。
 しかし、王と后はパーティの話に食いついてきたと勘違いしたのか、意気揚々と話し出す。
「そうですわ。あの時は男女逆転仮装パーティというのをやりましたのよ。ケイティ様の男装は大層評判がよかったですわね。あと……ふふっ、アラン様の女装は、あれはあれで評判でしたわ」
『女装?』
 后の言葉に反応したのはジェイとエミリア。
 ケイティの名前を聞いただけで公共の場で露骨に態度を一変させるほどジェイは直情型ではないけれど、それでも少し不機嫌オーラを出すくらいは予想された。だけど、アランの女装なんていう面白そうな話題にそんな気もそがれたようだ。ていうか声こそ出さなかったけど、あたしもかなり心惹かれた――というか想像しただけで今すぐ爆笑したくなる衝動に駆られる。
 ウサネコちゃんはアランとそれ程面識がないはずだけど、それでも想像してしまったのだろう。肩が少し震えている。
「えぇ、真っ白なドレスと金髪のカツラをつけて頂いて、さすがに体格が良過ぎて女装だと直ぐにわかりましたが、それ意外は美人で通る様でしたわよ。ねぇ、キャロル?」
 体格で女装と丸わかりというのは致命的だと思うんだけど……それでも美人と評すというのは一体どんな格好だったんだろう。はっきり言って、あたしの想像では爆笑することが義務と思えるような様子しか浮かばない。
 取り敢えず后に語りかけられた王女、キャロルの話も聞いてみようかしら。
 キャロルは母である后とは違い長い黒髪を真っ直ぐと下ろしている。着ているドレスは純白で宝石類は一切身につけていないみたい。后以上にさっぱりしている。表情も穏やかそうな雰囲気だし、自己主張に乏しい性格なのだろうか?
「は、はい……よくお似合いだったと思います……」
 何だか気弱そうなキャロル。后の意見に同意しかねるからそういう態度になっているのか、元々そういう性質なのか。
 そのキャロルが王に語りかけた。
「あの……お父様」
「ん? どうした?」
「船の件なのでけれど……お祖父様の船は……」
「父上の? おぉ、そうか忘れておったな。しかし……」
 突然女装話から船の話に戻った。
 それにしても、話を聞く分には船がどうにかなりそうな印象を受けるけど、王の顔はなおも曇っている。何か問題でもあるのかしら?
 ジェイはエミリアとアランの女装についてひそひそ話をして笑っていたようだけど、王達の会話を聞いて期待するように少し大きめの声で王に話しかけた。
「船があるのですか?」
「うむ、今思い出したがあることはある。ただな……」
「何か問題でも?」
「問題といえば問題じゃ。その船は父の、つまり前王の船なのじゃが……父は厳格な方でな。たぶん、というか確実に他国の者に船を与えたりはせんじゃろう。それに、少し前から部屋に引きこもってしまっておって、儂ら家族でもあまり会ってはくれん。あれはいつ頃からじゃったか?」
 王はそう后と王女に訊いた。
 それには后が答えた。
「そうですわね……あの盗賊騒ぎがある少し前からですし、二月ほど前からではありませんか?」
「もうそんなになるか……理由くらい話してくれもいいものを」
 最後の方は愚痴になっている。
 しかし、あたしたちにとっては都合がいいのではないか。こちらには前王を脅すカードがある。加えて自然に人払いが為されているこの状況。話をする場を取り付けるのに少し難儀しそうではあるけど、そこは何とかできないこともないだろう。
「何とかお会いできないでしょうか? 私どもで直接お願いしてみます。それで駄目ならば潔く諦めましょう」
 やはりジェイが意気揚々と口を開いた。殊勝なことを言ってはいるが、その目は絶対ぶん取ってやるぜ、という気概が見える。
「そうじゃな……素姓もしっかりしておるわけだし、父の部屋まで直接案内させようか。中に入れてくれるかは期待できんじゃろうが、外から話をするくらいはできよう」
「ご厚意痛み入ります」
「このくらいは当然じゃ。ただ、父が船をくれるとは思わん方がよいぞ。本当に厳しい方じゃからな。さて、ではキャロル、案内して差し上げなさい」
 厳しいという点を更に念押ししてから、王女の方を向いて案内を頼む王。
 歳が比較的近いからという人選なのかもしれないが、少し気弱そうなキャロルは戸惑い気味。人見知りしそうではあるわね。
「は、はい。お父様」
 それでも、従順に返事をして立ち上がるキャロル。
 まあ、断るというわけにも行かないか。
「みなさん……こちらです」
 王と后に一礼をしてから通路の方に歩き出す。
「では、これにて失礼致します」
 ジェイは王と王妃の方を向いて慇懃に言葉を発す。
 エミリアとウサネコちゃんもしっかりと礼をした。あたしは軽くペコッと頭を下げただけだったけど、別にいいわよね。
「あ、船の件が上手くおいきになってもそうでなくても、パーティの方はご用意させていただきますから、皆さん出席して下さいね」
 背を向けて謁見の間を出ようとしていたあたしたちにそう声をかけたのは后。たぶん、あたしたちのためというより自分がしたいからだろう。あたしの見立てじゃあの人はパーティ大好きね。
「勿論、出席させていただきます」
 そう返してから通路に向きを変えたジェイはもう一度后の方を向いて、女装はできればご遠慮させて下さい、と言って歩を進めた。
 あたしは、それはそれで面白そうだと思うんだけど……
 そう思いながらあたしも通路を歩き出す。

「ジェイさんはケイティさんと双子だとお聞きしましたけど……そんなに似ていらっしゃらないのですね」
 そう声をかけてきたのはキャロルだった。
 前王の部屋までどれくらいなのかはわからないけど、通路を歩く間ずっと沈黙を続けている今の状況に耐えられなくなったのかもしれない。
 しかし、よりにもよってその話題を選ぶとは……ジェイの機嫌が損なわれただろうことは想像に難くない。王女に噛み付いたりはしないだろうけど……
「双子でも性別が違えば似ないものだと聞きますからね。小さい頃は似ている、似ているとよく騒がれましたが、大きくなってからは背も体格も違ってきましたから双子と言っても信じない人がいるくらいです」
「そういうものなのですか……すみません、わたくしそういう常識のようなものには疎いものですから……」
「いえ、双子といえば似ていると考えている人は世間でも多いですから、似ているというのが常識といえるでしょう。お気になさらずに」
 相手が相手なら不機嫌オーラを抑えることくらいはできるみたいね。ケイティなんかは直ぐに噛み付きそうだけど……改めて似ていない双子だわ。
 ただ、ジェイはそんな調子でいっそ機嫌良さそうにキャロルと話しているんだけど、エミリアが不機嫌オーラ全開でキャロルを睨んでいた。
 そういえばエミリアって、ジェイと仲良くしている娘には無条件で突っかかるって聞いたことがあるわね。あのティンシアとかってお姫さんにも昔思い切り噛み付いたって話だし、ちょっと嫌な予感がするわねぇ。キャロルはティンシアと違って普通の思考回路をしていそうだから、怯えて逃げ出しかねないし……
 とそこでキャロルがジェイに何か耳打ちをした。
 明らかな敵意の視線をキャロルに向けるエミリア。あちゃ〜、爆発するのも時間の問題ね、こいつは。ウサネコちゃんがエミリアに話しかけて気を逸らそうとしたみたいだけど、鳩尾に重い一発を喰らっている。触らぬ神に祟りなしと……
「へぇ、そうなのですか。おい、エミリア」
 何かに納得したジェイがエミリアに声を掛けた。
 ジェイに噛み付くことはないだろうから、キャロルに災難が降りかかることは想像に難くない。逃げ出すのと、泣き出すのとどっちが先かしら?
「……何?」
 一応声を返しているけど、キャロルの方に向いた視線は親でも殺しそうな鋭さ。
 キャロルはその視線だけで訳も分からず怯えている。この場合気弱かどうかは余り関係ないわね。だれでも怖がるわ、こりゃ。
 しかし、そんなエミリアの態度も次にジェイが言った言葉で一変することになる。
「王女様がアランさんのこと好きになっちゃったんだってさ」
「あの……そんな大きな声で……」
 弱々しく尤もな抗議をするキャロル。礼儀はそれなりに大丈夫みたいだけど、デリカシーに欠けるわね、ジェイ。
 ただ、そういう事情ならキャロルも命拾いということになる。
「王女様、この娘はアランさんの妹でエミリアです。髪の色や目付きが似ているでしょう?」
 ジェイの世間話にキャロルは、そういえばそうですねと同意している。
 エミリアはというと面白いくらいに機嫌が直っていくのが分かった。元々の目付きが鋭いから変化がないようにも見えるのが平素だが、今回は明らかに機嫌良い表情になっている。現金なものねぇ。
「初めまして、王女様。エミリアと申します。不肖な兄が王女様に見初められるとは光栄に存じます。よろしければ貰ってやってください」
 さっきまでの不機嫌さなど何処吹く風で、アランが聞いたら文句言いまくりそうなことを話すエミリア。
 キャロルはそのエミリアの急激な変化に戸惑った様子。
 とはいえ、悪かった機嫌が良くなったのだからさして問題もないと判断したのか、直ぐに言葉の内容に気がいったようだ。頬を染めて照れている。
「そんな……数回言葉を交わしただけですのに、早急過ぎますわ」
 社交辞令というものを知らないようだ。しばらく何やら呟きながら照れている。
 まあ、王女の典型って感じかしら?
 可愛いといえば可愛いわね。
「そういえば、ケイティとアランさんは二人旅でしたか?」
 ずっと照れているキャロルを見て、切りがないと考えたのかジェイが軽く質問をした。
 確かに、あたしたちは彼女たちが他の仲間を入れたかどうかを知らない。ぱぱっとパーティ決めて酒場出たからなぁ。
 でも、ケイティは二人旅なんていう無謀なことをしそうではあるけど、アランが許さないだろうから他にも仲間の一人くらいはいるだろうな。あぁ、でもある意味ではケイティよりも二人旅を希望しそうではあるかな……
「え? あ、いえ……他に、メルが一緒みたいです。私は会いませんでしたけれど、お父様が会ったと言っていました」
「メル、ですか?」
 ジェイは初めて聞く名前に不思議そうに返した。
 あれ、でもあたしは聞いたことあるかも――
 確か酒場の客、あれは城の……学者だったかしら? その口からそんな感じの名前が発せられたのを微かに覚えている。
 どんな話をしていたかしら? う〜ん、闘技大会がどうとか……
「メル=ファーフォンのことですか?」
 ウサネコちゃんがキャロルに訊いた。
 そういえばこの男、闘技大会優勝者だったわね。あたしの記憶が確かで、メルが闘技大会関係者だったら知っていてもおかしくないわけだ。
「ええ、確かそういう名前を使って……い、いえ、そうですわ! そう!」
 何だか変に言いよどんだキャロル。
 何か訳ありの人間なのかしらね。
「知っているのか? バーニィ」
 キャロルの様子は特に気にせずにバーニィに訊くジェイ。
「ああ、闘技大会の決勝で戦った相手だ。勝ちはしたけど、ありゃあ相当な手熟れだぞ」
 やっぱり闘技大会関係の人間だったわね。ていうか要するに準優勝した奴みたい。
「ふ〜ん、準優勝者か。アランさんが付いていたんだから、そういう人選になるのも当然かな」
「まあ、メルったら相変わらずそんなことをしているんですのね」
 ジェイとキャロルが各々反応する。
 ジェイの言うことはいいとして、キャロルの物言いはそのメルという奴と知り合いであるような印象を受ける。王女と知り合いというのは一般的とは言えないわよね。
「王女様はそのメルという者とお知り合いなんですか?」
 ジェイが訊いた。
「ええ、彼女はサマンオサ国のお……いえ、その、実は遠いし……でもなくて、え〜と、そう、前にこの国でやった格闘大会で優勝して、その時に年が近いこともあって仲良くなったんですわ」
 明らかに挙動不審なキャロル。
 ウサネコちゃんなんかは変な顔でキャロルを見ている。しかし、相手が相手だけに深く突っ込んだりはしないみたい。ジェイは特に興味がないのか気にしていないようだし、エミリアもそんな感じ――というかジェイ関連のこと以外には気を回すつもりが全くないというだけか。
 そんなだから誰もキャロルに更なる追及をする者はいなかった。
 あたしはというと、キャロルの発言の端々にある単語で大体の事情は知れてしまったから特に突っ込むこともない。サマンオサとロマリアにはある繋がりがあるし、サマンオサのあの件を考えればメルというのがどんな人物かは予想がつく。
「あ、この先の階段を上れば、お祖父様のお部屋です」
 上手く誤魔化せたと思っているようで、安心したように満面の笑みを浮かべて口を開くキャロル。
 さて、やっと到着か。然程歩いた訳でもないけど疲れたわ〜。
 寛ぐという訳にもいかないだろうけどこれで休める、と思ったんだけど……
「階段、長っ!」
 思わず声を上げるあたし。
 階段は階段でも螺旋階段が通路の先にあるんだけど……その階段が続くであろう塔の高さはかなりのものだった。たぶん天辺に部屋があるんだろうけど……前王っていうなら結構な歳でしょうに、なんで不便そうな高い所に住んでいるわけ……
「す、すみません。お祖父様も以前は私たちの近くのお部屋にいらしたのですけれど、少し前にひどく怯えた様子でもっと隔離された部屋に移りたいと言い出されて……そういえば、お部屋から出てこられなくなったのはそれからですわ」
 キャロルは自分が悪い訳でもないのに、謝ってから軽い説明を入れる。
 しかし、引きこもりが始まったのは変態が盗みに入る少し前という話だったし、その頃に怯えた様子で隔離された部屋に移っているということはたぶん……
 ある考えに脳を働かせている間に階段の前に至る。
 そこには兵士が二人待機していた。
 隔離された塔で、入り口である階段に兵を配置していれば安全だろうと考えてのことだろうか? 空からの侵入はどうするのかしらねぇ?
「この方達がお祖父様に用があるそうです。通してさしあげて」
「はっ!」
 キャロルが声を掛けると兵士1・2は、背筋をピッと伸ばして返事をしてから不自然な程に丁寧な動作で道をあけた。
 ていうか、こんな階段上りたくないんだけど……
「道案内ありがとうございました、王女様。ここまでで結構です」
 ジェイがキャロルの方を向いて言った。
 あたしもここまでがいい……
「え、ですが私が一声かけた方がお祖父様もお話を聞いてくださると思いますよ。私も上まで……」
「いえ、この階段を上るのは大変ですし、お気遣いは無用です」
 ま、これから前王を脅さなきゃならないんだから、キャロルを連れては行けないか。
「そうですか……あの、健闘をお祈りしておりますわ」
 少し逡巡してからそう声を掛けてくるキャロル。
 なんか変な言い回し。戦いに赴くわけでもないんだから……
「ありがとうございます」
 ジェイはそんな細かいことは気にした風でもなく、礼を言ってから階段を上りだした。その直ぐ後にエミリアが続き、ウサネコちゃんは律儀にキャロルに礼をしてから上り始める。あたしはというと……
「あの、アマンダさんは行かれないのですか?」
「え〜と、面倒だし、ここで待ってようかなぁ、なんて――」
「アマンダ! 早く来い!」
 ウサネコちゃんの声。
 はぁ〜、行かないと駄目な訳? やっぱり。
「じゃ、行ってくるわ」
 適当にキャロルに言葉をかけてから、一段目に足をかける。顔を上げると長々と続く階段が嫌でも目に入ってくる。後ろで聞こえるキャロルの、いってらっしゃいという間の抜けた台詞が少し可笑しかったけれど、そんなことで気が紛れるほど単純ではない。
 足を動かさなくても移動できる魔法の開発でもしようかしら?

 螺旋階段は軽く200段ぐらいあった。ようやく部屋の扉が見えてきた頃にはイライラが募って、ウサネコちゃんの足をわざと踏んだりして鬱憤晴らしをしていたけど、まあそんなのは些細なことだ。
 ジェイとウサネコちゃんは、流石に体力はあるみたいで息切れしたりはしていない。エミリアは結構疲れているみたいだけど、ジェイが手を貸しているから嬉しそうだ。
 あたしもこのぐらいじゃ疲れたりしないけど、だからといって問題ないわけではない。長々とした階段を上ることによって生まれたイライラが問題なのだ。ウサネコちゃんをからかったくらいでは晴れはしない。前王を苛めるくらいのことはしたいわね。
 コンッコンッ!
 ジェイが早速ノックした。
「誰じゃ?」
 部屋の中から聞こえて来たのは年老いた声。軽く怯えの色が見える。
「アリアハン国の代表として魔王討伐の旅をしております、ジェイと申します。お願いがあって参上した次第です」
「な、なんじゃ、旅の者か……。ふんっ! 帰れ、帰れ! お主達の願いなんぞ、儂は聞かん!」
 安堵の声を出した後、前王は問答無用であたし達を拒絶する。
 現王は厳格とかいっていたけど、これじゃただの頑固オヤジじゃないの。
「ノアニール。エルフの呪い。夢見るルビー」
「そ、それが何だというのじゃ。ノアニールの件なら何も知らん!」
 単語を幾つか言ったジェイに対し前王が戸惑った声を出す。
「そうでしょうね。あなたは何も知らないはずだ。新兵だったラムスも、将軍も、その部下も帰って来なかったのでしょう?」
「なっ!?」
「部屋に入れて下さいませんか? この状態で話すのは不都合でしょう」
 ジェイがそう言った後、沈黙がしばらく続いた。
 ガチャッ!
「入ってくれ……」
 部屋のドアが開き、頭がきれいに禿げ上がった老人が顔を出した。現王に似ていないこともないけれど、人の良さそうな表情の現王に対してこの老人は意地が悪そうだ。何だか憔悴しているからその分緩和されているんだろうけどね。
 導かれるままに部屋に入ると意外にこざっぱりとしている。ベッドや箪笥、本棚のような基本的な家具は一通り置いてあるけれど、余計な装飾はされていない。后や王女の格好といい、ロマリア王族はさっぱり風味が好みなのかしら?
「小僧、どこまで知っておる?」
「夢見るルビーに関することならば、大概は……」
 ドアを閉めると早速話を始める前王とジェイ。
「……お主の歳ならば当時は相当幼かったはずじゃ。なぜ当時の事情や、あまつさえ個人名までも――」
「その理由を話すと少々長くなってしまいますが……よろしいですか?」
「かまわん、話せ」
 ジェイがあの時の話をし始めた。
 あたしは元々大体の話は聞いていたんだけど、改めて詳しいことを話しているのを聞くと新しい事情が色々耳に入ってくる。結構込み入った話だったのね。
 ま、何にしてももう終わってしまった話だけど。
「……荒唐無稽な話じゃな」
 全てを聞き終えた前王はまずそう言った。
「確かに信じ難いでしょうが、これは事実です」
「いや、信じておる。幽霊がいるくらいじゃ。そういうこともあるのじゃろう」
「幽霊?」
 突然変わった話題と、そこに含まれる単語にジェイが戸惑った声を出した。
 幽霊か……
 どうやら予想通りね。彼は二月前にあの男を見たんだわ……
「お主もアリアハンの者ならば知っておろう。勇者オルテガ、彼の幽霊が儂を――」
「脅したのね。夢見るルビーのある場所を聞き出そうとして」
「そうじゃ」
「っておい、何で知っているんだ? アマンダ」
 前王に合いの手を入れたあたしにジェイが突っ込んだ。
「変態の話を忘れたの?」
「あいつの話……ああ、そうか! 奴は父さんからの手紙を貰ってこの国に……」
 合点がいったと大きな声で話すジェイだったが、言葉の後半は声のトーンを段々と落としていった。盗みに入った賊と知り合いであることを悟られるとまずいと思ったのかもしれない。金の冠のこともあるしねぇ。
「変態? 何の話じゃ?」
「ああ、いえ。こちらの話です」
 適当に言葉を濁すジェイ。誤魔化す気満々ね。
「それで、オルテガの幽霊というのは?」
「既に死んだはずの奴が儂の寝室に入ってきて、夢見るルビーは何処かと剣を突きつけて脅しおった。儂は恐ろしゅうて、もう」
 案外小心者みたい。腹に一物あるようなごうつくじじいの方がこういう傾向があるっていうのは少しベタな感じねぇ。
 っていうか、そんな物質的な被害があったのに幽霊と考えるかしら、普通。
「オルテガは生きていた、ということなのでは?」
 ジェイが当然の意見を言う。
「彼の者は火山の火口に落ちたと聞く。それで生きておる人間なぞおらんじゃろう」
「では、その者は確かにオルテガだったのですか? 彼の名を語るただの賊だったのでは?」
「別に奴は自分から名乗ったわけではない。儂は一度オルテガと謁見したことがあったから、顔を覚えておったのじゃ。あれは確かにオルテガじゃった」
 そう言ってからぶるっと震える前王。すごい怯えっぷりね、こいつ。
「儂は夢見るルビーの所在など知らんかったが……そのような答えを返せば殺されると考え、倉庫にあると――」
「嘘を吐いたわけですか」
「ああ。すると彼は何事もなかったかのように去っていった。朝になっても誰かが侵入した形跡は見つからず、勿論騒ぎが起きることもなかった」
 ああ、それで幽霊って考えたわけね。
 そこで前王の言葉が切れ、ウサネコちゃんが小さく、なるほどな、と言っているのが聞こえた。この納得は多分、オルテガの情報と事実の齟齬に関することに対してだろう。
 あの変態はオルテガの情報にかなり自信をもっていたから、特に彼と仲良くなったウサネコちゃんはこの齟齬がだいぶ気になっていたようだった。
 オルテガは当事者である前王の口から情報を得たことで、特に確認(この場合確認の仕様がないとも考えられるが……)をせずに変態に伝えてしまったのだろう。情報を出したオルテガもその情報を完全に真実だと考えていたのだから、仕方のない誤報だったわね。
 再び前王が口を開いた。
「以来、嘘を言った報復にオルテガの幽霊が来るのではないかと眠れぬ日々が……」
 護身のために嘘を言ったはいいけど、その嘘のせいでその後も悩み続けるなんて……不毛ねぇ。
「そのことなら大丈夫でしょう。もうノアニールの一件は解決したのです。夢見るルビーが何処にあるかなんていうのはもうどうでもいいことですよ、幽霊にとっても」
「そうじゃろうか?」
「そうです」
 ジジイの与太話に付き合うなんて、ジェイも物好き……いや、優しくしてなるだけ平和的に船を巻き上げようとしているだけか。でも、事実を知っているというだけで脅しになっちゃうけどね。
「そ、そうじゃな! うむ、そなたの言う通りじゃろう。これで儂も枕を高くして眠れるというものじゃ! ノアニールの一件、よくやってくれたな。アリアハンの勇者よ」
「もったいないお言葉にございます」
「うむ。願いがあるとか申しておうたな。何じゃ?」
 おお! 奇跡的に友好的な態度!
 脅しめいたことしなくても船ゲットとなるかも。
「はい。実は貴方がお持ちの船を頂きたいのです」
「ふ、船じゃと? お主、それは幾らなんでも高価過ぎる願いじゃ。確かに儂の所有となっておるが、儂の一存でどうにか出来るという規模のものでもないし、そもそも他国の者に与えることなどできはせん!」
 あ〜らら、もっともな意見だけど、嫌な結論が出ちゃったわねぇ。
 さて、ジェイはどう出るかしら。
「そうですか……。では、不本意ながらノアニールのことを世間に公表いたしましょう」
「ほお……そいつはおもしろい。脅すつもりか」
 ジェイの態度はこんな時でも妙に礼儀正しい。そんな態度がより一層無礼さを際立たせているともいえるけど……
 一方、脅されている前王もまだまだ余裕がある様子でどこかおかしそうにしている。年の功というやつかしらね。
「しかし、若造。王族たる儂と、一旅人に過ぎぬお主の言葉。皆どちらを信じるものか、わからぬわけでもあるまい。クックック」
 意地悪そうに顔を歪めて笑う前王。めっちゃ、悪人がとる態度よね。
 脅しているこっちも言える立場じゃないけど……
「ああ、なるほど。それもそうですね。ハハ、さすが頭の回転がお速い」
 ジェイもまだ余裕がある。
 まあ、脅す方法なんて山ほどあるわよね。例えば――
「では、エルフの女王に貴方自身を呪って貰いましょうか」
「なっ!」
「ノアニールのように目覚めなくなる程度では中途半端ですし、もっと強力なものがよろしいですかねぇ。やんごとなき身分の御方に対して民衆と同じ呪いでは失礼でしょうし」
 軽く笑みを浮かべつつ、顎に手を当てて考え込むジェイ。
 ま、そうね。こういう脅し方がいいでしょうね。
 エルフの女王はあたし達が頼んだとしても了承するかどうか怪しいけど、この老人にはそんなことはわからないだろうし、何よりさっきのように権力を笠に着て逃れられるようなものでもない。
「わ、儂を呪ったところでお主達が船を手にできるとは限らんのじゃぞ! いや、儂が死んだならば船は共に処分するように指示しておこう。貴様達が船を手に入れることはできん!」
 さっきまでの余裕は完全に消え失せた前王。取り乱しちゃって、まあみっともない。
「ハハハ、貴方が死ぬことなどありはしませんよ。交渉は弱った者とする方が楽でしょう?」
「――!」
 世間話でもするように笑顔で話すジェイと、表情を失い絶句する前王。
 決着は近いようね。さっさと下に降りたいわぁ。

「いやぁ、まさか父上がお主達に船をやるとは思わんかったわい」
「はっはっは、ノアニールの件を気にかけておられたようで、快く了承して頂けましたよ」
 夜のパーティでのカミーラ王とジェイの会話である。
 確かに前王の奴はノアニールのことを気にしていただろうし、嘘は言っていないともいえるだろう。
 並べられている海鮮料理をぱくつきながら、あたしはそんなことを考えた。
 パーティはあたし達が無事に船をゲットできたことを祝うということで、全員が海に関係した格好をする海の幸パーティという微妙に合っていない名前のものになった。
 海の幸っていったら食べ物のことじゃないのよ。
 まあ、食べ物も海の物ばかりだから正しいと言えば正しいのかしら。
 因みにあたしは女海賊の格好をしている……らしい。それっぽい格好だと感じなくもないんだけど、全く見当違いの格好といえばそんな気もする。そんな微妙な格好だ。
 中にはウミウシやヒトデの着ぐるみを着ている人なんかもいるから、あたしの格好は上等な部類に入るんだろうけどね。
 ウサネコちゃんなんて名前が似ているからってことで、ウミネコの着ぐるみだし……ていうかウミネコは微妙に海関係じゃないわよね。ジェイは海軍の提督の格好ということで、かなり良質な服を着ている。エミリアはその夫人という設定を与えられてご満悦に綺麗な服を着込んでいた。……提督夫人って船に乗るのかしら?
 こんな風に細かいツッコミ所が多過ぎるパーティなんだけど、まあ食べ物が美味しいから気にしないのが一番?
「アマンダさん、楽しんで頂けていますか?」
 キャロルが声をかけてきた。
 彼女は鯵に手足が生えたような格好をしている。一見するとバツゲームとしか思えないのだけれど、自分からこの格好を望んだらしいから相当な変わり者のようだ。同じ王女のティンシアと比べて随分まともな印象だったんだけど、やっぱり何処かずれているみたい。身分の高い人間っていうのはこういうものなのかしら……
「そうね。料理は美味しいし、他人の格好を眺めるのもおもしろいから結構楽しいわよ」
「そうですか。よかった」
 魅力的な笑顔を浮かべるキャロル。格好が格好だけに吹き出しそうになるけど……
 ていうか眺めていておもしろい格好の人間代表がこの娘なのよね。
「それにしてもよくこれだけの衣装や着ぐるみが集まったわね」
「お母様は色々な衣装を集めるのが趣味なのです。皆様が着ておられるものは大半がその一部ですわ。娘の私でも少々呆れてしまいますけれど……」
 言って苦笑を浮かべるキャロル。
 確かにここにいる人間が着ているものだけでも相当な数になるから、これが一部だとしたらコレクション全てを集めたらどんな量になるのかわかったものではない。ま、呆れたくもなるか。
 ただ、自分も着て楽しんでいるんだから呆れられた立場でもないだろう。
「まあ、人間趣味の一つもないと生きているのが馬鹿らしくなるもんよ。誰に迷惑かけるわけでもなし、暖かい目で見てやりなさいな」
「そういうものですか?」
「そういうもんよ」
 断言するとキャロルは感慨深げに頷いた。真面目な娘だ。
「おい、アマンダ! こっち来て酌しろ、酌、と王女様。失礼しました、はは。にしてもこの格好どうにかしてもらえませんか。せめて人間の格好がいいんですけどねぇ」
 べろんべろんに酔ったウサネコちゃんが絡んできた。酌をしろとは酔っ払いはむかつくわね。キャロルは少し怯えぎみだ。
「あの……」
「ほら、ほら、ウサネコちゃん。酔っ払いは向こうにお帰り下さ〜い。迷惑、迷惑」
「ちぇ〜、連れねぇなぁ」
 ウサネコちゃんは大人しく戻って、辺りの人間と飲み比べを始めた。
「悪かったわね。うちのウサネコが迷惑かけて」
「いえ、少し驚いただけですわ。あの……彼はバーニィさんという御名前ではありませんでしたか?」
「へ?」
「あ、いえ。アマンダさんがさっきからウサネコと呼んでいらしたのが気になって」
「ああ、あだ名よ。彼、バーニィ=キャットウォークって名前で、バーニィがウサギ、キャットが猫だからあわせてウサネコね」
 改めて説明すると、直球な命名よね。
「まあ、あだ名ですか。素敵ですわね。私つけられたことがありません」
 両手を胸の前で合わせて楽しそうに言うキャロル。
 まあ、王女様にあだ名をつける人間もまずいないでしょうねぇ。にしても素敵とは言い難いんじゃないかしら、ウサネコって。
 ま、それはともかくあだ名か。じゃあ――
「そうねぇ、ニンジンちゃんなんてどう?」
「え?」
「あだ名。ちょっと無理矢理な感じが否めないけど、キャロルのキャロがキャロットの一部ってことでニンジンちゃん」
 自分で言っておきながら本当に無理矢理だと思う。
 でもキャロルは嬉しそうだし、いいのかしら。
「素敵です! では、これから私のことはニンジンとお呼び下さい」
「あ〜、はいはい。オッケーよ、ニンジンちゃん」
「きゃ〜」
 あたしが呼んであげると、ニンジンちゃんことキャロルは歓喜の悲鳴を小さく上げた。
 ほんと変わっているわ、この娘。ティンシア以上かも。
「あら、楽しそうね。キャロル」
 后が声をかけてきた。この人もまた河豚に手足をつけたような格好をしている。ロマリア王族って変。
「お母様。今、アマンダさんが私にあだ名をつけて下さったのです。ニンジンというんですの、素敵でしょう?」
「あらまあ、本当に素敵ねぇ」
 この母にしてこの娘ありってところなのかしら……。
「あぁ、アマンダさん。今夜泊まっていただくお部屋は皆さん個別に用意できましたから、お休みになりたくなりましたら誰でも女中の者にお申し付け下さい。案内するように申し付けておきましたから」
「あら、一人一人に用意してくれたの? 悪いわね」
「ノアニールの件もありますから、これくらいは当然ですわ。明日からは船旅を始めるのでしょう。今日のところはゆっくりとお休みください。では、私は失礼いたします。キャロル、いえニンジン。余りアマンダさんを拘束しては駄目よ」
 そう言って礼をして去っていく后。
 ニンジンって呼び捨てにすると何か変な感じ……ニンジンちゃん自身は相変わらず嬉しそうだけど。
「あの、では私も失礼しますね。あだ名、ありがとうございました。アマンダさん」
「いいのよ、別に。ま、旅をしていればその内またこの国に来ることもあるだろうし、そん時は遠慮なくニンジンちゃんって呼ばせて貰うわね」
「はい! 是非お願いします」
 そう言って元気よく手を振りながら去っていくニンジンちゃん。何か、最初の印象とかなり違うわね。おしとやかっていうか、おどおどした感じだったのに……すっかり変わり者キャラになっちゃっているし。
 ま、いいんだけどさ。明るいほうが好ましいわけだし。
 さて、明日からはこんな贅沢な料理も食べられないだろうし、寝床もここほど上等ではないだろうから、しっかり満喫させてもらおうかしら。取り敢えず――
「ウサネコちゃん! 飲み比べ、付き合いなさい! あたしが勝ったら、先一週間あんた奴隷ね!」
「おっしゃあ! 受けてたったろうじゃねぇかぁ! ひっく」
 すっかり酔っ払っているウサネコちゃんは簡単に了承する。
 よっし、これで奴隷ゲット! 酔っ払いは扱やすくていいわぁ。