14.渇きの地にて

 ゴゴゴゴゴ……
 重々しい響きと共に我は覚醒した。
 閉じられた空間に光が差し込む。
 幾百という年月、浴びること適わなかった輝き。
 その輝きを遮って我を覗く者がいた。
「おりょ? 変なのが入ってるよ。何だろ?」
 早々に失礼な人の子が現れおったか。
 まったく、これだから人という種族は……
『変なのとは失礼な小娘だな』

王であるということ

 砂漠の国イシスは魔法の研究が盛んな魔法大国だ。
 その気候ゆえなのか、涼むため、暖をとるための応用魔法が特に研究されてきたようで、主要な施設には、その魔法を誰もが使えるようにした魔法具と呼ばれるものが置かれている。
 この魔法具は、ボタンを押すだけで冷風、温風が流れ出るという夢のようなものだ。
 魔法を物体に定着させることができることは、アランさんが持つ道具袋に入っている例の『鍵』の能力からもわかっていたことだけれど、実際に大国が研究して実現させているのを見ると驚かざるを得ない。
 その素敵魔法具は私達が泊まることにした宿にも置いてあって、私は初めの頃メルと一緒にいじって遊んでいたのだけど、宿のおじさんに怒られてアランさんにも怒られてさんざんな目にあった。
 アリシアさんにも軽く注意されたし…… 小言を言うメンバーが増えちゃった。
 ま、それはともかく、そんな理由からイシス滞在は考えていたよりも快適なものになっている。噂の激辛料理も美味しいしね。
 予想外に辛くて最初はびっくりしたけど、慣れてくると病みつきになる感じ。
 今日でイシスに来て2日目になるけど、全然飽きない。
 全店制覇を目指しているけど、まだ食べてないお店が3軒くらいあるからピラミッド行きは明日になりそうだ。
 ちなみに今も食事中。時間的には昼ご飯だろう。
 目の前に広がっているたっぷりの料理を、メルと共に順調に減らしていく。
 そこでアランさんとアリシアさんの方を見て、
「あれ、もう食べないんですか?」
 彼らはすでに食事の手を止めて私達をただ眺めている。食事を始めてまだ10分も経っていないはずだけど……
「いや、朝も結構食べたからかな。もう腹いっぱいなんだ」
「私は元々小食なものですから……」
 共に微妙な笑みで答えるアランさんとアリシアさん。
「そうなんですか…… あぁ! メル、それは私の!」
 アランさん達と話をしている間にメルが私のスペースにある料理を奪っていった。
「っんぐ、食べないから、もぐもぐ、いらないのかと思って」
「そんなわけないでしょ! 代わりにメルの分なんかよこしてよ!」
「え〜、やだ〜」
 メルとそんな感じで言い合いをしていたら、ほぼ向い側に腰掛けているアランさん、アリシアさんはテーブルの下にある何かを見詰めて一緒にため息をついている。
 アッサラームでは何だか仲悪そうだなって思ったけど、意外と気が合っているし仲いいのかな? うん、うん、いいことだわ。

 次の日の昼、最後のお店のメニューを制覇して愈々本格的にアリシアさんの用事を済ませようと動き出す。ラーミアが復活して味方になってくれれば魔王も倒しやすくなるから、私達自身のためでもあるけど。
 まずはイシスの女王様にピラミッドに入るための許可を貰おうと城へ向う。
「すみません。私はアリアハン王の命の下、魔王討伐の旅を続けているケイティと申します。女王様への謁見をお願いしたいのですけど……」
 取り敢えず城門のところにいた兵士に取次を頼む。
「あぁ、それならご自由にお入り下さい。女王様はいつでも誰でも謁見してくださいますから」
「え? 手続きとかはいらないんですか?」
「ええ。あ、でも準備等の理由で少しはお待ちいただくことになると思いますけれど……」
「それはかまいませんけど……」
 随分気さくというか、セキュリティに問題がありそうというか、とにかく一風変わっていると思う。まあ、面倒くさくないのはいいけど……
 城に入ると、入り口のすぐ傍に猫がたくさんいた。白いのやら、黒いのやら、ブチや縞模様のもいる。
 かわいいけど……なんでこんなところにいるのかな?
 その内の一匹がこっちに近寄って来た。
 人並みに猫は好きなのでしゃがんで手を伸ばす。
「お〜、よし、よし。おいで、おいで〜」
 満面の笑みで待ち構えていたら、その猫は私の横を通り抜けて他の3人に向う。
 ……うわ、むかつく。
「アハハハハ、ケイティ残念だったね〜。よし、ここはわたしの出番!」
 こちらを見て一通り笑ったメルは猫に歩み寄り抱き上げようとする。
 くそぉ、覚えてろよ。
「ほ〜ら、いい子だね〜」
 そう言ってメルが伸ばした手を――猫はやはりするりと避けた。
 ぷっ。
「アハハハハハ! メルも避けられてんじゃないのよ!」
 ここぞとばかりに大爆笑してやる。さっきのお返しだい。
「ぶ〜、ケイティだって人のこと笑えないでしょ!」
「気合い入れて手を伸ばしただけに、メルの方が赤っ恥度は高いわよ」
「そんなことないもん!」
 軽く睨み合っていると…… さっきの猫はアリシアさんの足に擦り寄っていった。
「えぇ! 何でアリシアさんだけ!」
「ずるいっ!」
「いえ、私に言われても」
 メルと一緒に不満の声を上げると、アリシアさんは困ったように笑って答える。
 そうして猫を抱き上げるアリシアさん。
 やっぱり猫も美人がいいのかしら? 私もそう悪くないと思うんだけどな……
 軽く落ち込んで猫と美女を見詰めていると、アリシアさんの表情がふっと悲しそうになった気がした。
「どうかしたのか?」
「いえ、別に…… そろそろ行きましょう。ほら、猫さん。私達は急ぎますから降りてくださいね」
 微妙な変化をしっかり察知したアランさんの問いに、アリシアさんは適当に答えて猫を早々に降ろす。
 実は猫アレルギーだったのかな?

「貴女はアリシア……という名でしたか。何度来てもピラミッドへ入る許可は出せませんよ」
 開口一番そう言ったのはイシス国女王ソティス。
 凛とした面立ちと黒く艶のある長い髪。まつ毛なども本当に私と同じ人間なのかと思うほど長く、その美しさは思わずため息が漏れ出るほど。
 アリシアさんを見て綺麗な人だな、と感心したのはつい先日のことだけど、上には上がいるものだ。
 ていうか、何か私がいたたまれない…… 最近綺麗な人多過ぎ。
「女王様、こちらはケイティさん。アリアハン国の代表として旅をなさっている私の仲間です」
「アリアハン? あのオルテガ殿の出身国の者ですか?」
 アリシアさんが私を手で示したら、ソティス女王はこちらに目を向けて父さんの名前を口にする。
 外の国だとアリアハンといえば父さんなんだなぁ。
「はい、女王様。これが勅命状です」
 そう言って、私は予め用意しておいた書状を女王お付きの侍女に渡す。
 女王はそれを受け取り、一通り目を通し終えるとこちらを見て微笑む。
 うわっ、人によってはこの笑顔だけで死ぬね。
「あなたの素姓は確かなようですね。後ろの2人も同郷の者達ですか?」
「こちらはアランさんといって同じくアリアハン国の戦士です」
 アランさんを示して簡単に紹介する。
 そのアランさんは私の紹介の後、礼をして挨拶した。
 この美女の前でも態度が一切変わらないなんて……中々やるなぁ、アランさん。
「それで、こちらはメル。アリアハンの者ではありませんが信頼できる仲間です」
 続いてメルを紹介する。
「メル? メル=ファーフォンですか?」
「はい! 始めまして、女王様!」
 女王がメルの名前を知っていたことにも驚いたが、メルが突然大きな声を出したから更に驚く。なんなんだろ、急に。
「なるほど……何かあるのですね。まあ、それはともかく、あなた達の素姓は確かなようですね……」
 メルの様子に目をパチクリさせてから、何かに納得した女王。意味がわかんないな。
 ま、私達の素姓が確かなことは認めてくれたみたいだからいいけど。
「それで…… そちらのアリシアさんは信頼に足る方だと、貴女は考えますか?」
 女王は相変わらずアリシアさんのことを信用してないみたい。
 そんなに悪い人には見えないと思うけど、ソティス女王って警戒心が強いみたい。誰彼かまわず謁見できるなんていうセキュリティに問題ありな状況からは想像できない。
「ええ、勿論です」
 自信を持って即答すると、女王は驚きの色を顔に張り付けて言葉を発した。
「アリシアさんが以前に来たのは3日ほど前でした。ということは貴女が彼女と知り合ったのはその後でしょう? なぜそうすぐに信用できるのです? 彼女がピラミッドで何か問題のある行動を取れば責任は全て貴女のものとなるのですよ?」
 正直そこまで考えてなかったってのもあるけど…… それは格好悪いから言わない。
 それに信じてるのはホントだし。
「会ってからどんなに短くても信じられる人はいます。私は、アリシアさんは信じていい人だと思います」
 直感だし何となくだけど、というのは言わないでおく。
「……そうですか。ならば私も貴女を信じましょう。ピラミッドへ入ることを許可します」
 女王はしばらく考え込んだ後笑顔で承諾してくれた。
「ありがとうございます!」
「感謝します、女王様」
 私とアリシアさんがそれぞれお礼の言葉を言った。
「それから言うまでもないことですが…… 歴代の王の装飾品等に手出しすることは絶対になりませんよ」
「勿論です。王達を侮辱するような行為をするつもりはありません。ただ、ピラミッドにあるという魔力の高い道具について教えていただきたいのですが……」
 女王が注意をすると、アリシアさんは同意してから本来の目的について聞き出そうとする。
「封印具が目的だったのですか?」
 意外そうな声を出す女王。
 さっきまでの警戒状態よりはいい兆候だけど、反応の違いがよく分からない。結局は墓の中のものが目的なのは変わらないんじゃ……
「封印具……ですか?」
「ええ。遥か昔、その魔力の高さゆえに魔物達を引き寄せてしまう道具があったのです。それが貴女の言っているものでしょう。先人が魔力を封じてピラミッドのどこかに安置したと伝えられていますが、現在ではどこにあるかわかっていません」
 へぇ、傍迷惑な道具があるもんなんだなぁ。
 って、その道具を私達は取りに行こうとしているわけだけど……
「魔力を封じる、ですか…… そんなことが可能なのですか?」
 アリシアさんが聞いた。
 確かにそれは疑問だなぁ。マホトーンっていうのはあるけど、あれは人相手に使うし。
「古代の魔法です。私も……いえ、この国の誰も詳しいことはわかりません。ピラミッドの中ほどにその封印の源たる石碑があると伝えられていますが、現在では墓としてピラミッドを使うこともありませんから内部の事情は文献でしか把握できていないため、私にも何とも言えませんが……」
「そうなると、実際に行って調べるしかないですね」
 私がそうアリシアさんに言うと、
「申し訳ありません。大した情報も出せず……」
 女王が頭を下げる。
「いやいやいや、いいんですよ。色々新事実がわかってよかったですし。ねぇ、アリシアさん」
 女王のへりくだった態度に思わず早口で言い訳みたいに言って、アリシアさんに同意を求める。
「ケイティさんのおっしゃる通りです。貴重なお話ありがとうございました、女王様」
 その言葉に合わせて深く礼をするのはアリシアさんとアランさん。
 私とメルも少し遅れて、慌てて頭を下げる。
「……しっかり話してみれば、確かに礼節を持った信頼できる女性のようですね。私はいささか早急過ぎましたか。ケイティさんの目は確かだったようです。さすがオルテガ殿のご息女と言ったところですか」
 女王も漸くアリシアさんを信じてくれたみたい。
 でも、私はもっと気になることがある。
「あの、私の父について話しましたっけ?」
「? その勅命状に記してありましたが……」
 私の単純な疑問に、女王は何を今更というように言葉を返した。
 ていうか、マジで?
 急いで勅命状を開いてざっと眺める。
 ……確かに書いてあるみたい。
 あ、あのクソオヤジ〜。余計なこと書いてんじゃないわよ!
 顔を顰めて勅命状を睨みつけていると、
「オルテガ殿の名前が付き纏うことが疎ましいですか?」
「え?」
「そう見えます」
 私ってそんなに露骨かな。
「そうですね。少しだけ……」
「気にすることはないでしょう。名前を出せばすんなりと事が進むこともあるでしょうし、存分に利用すればよろしいのではありませんか? 自分自身の力ではない以上、気になるのもわかりますが…… オルテガ殿の子供として生まれた以上、それも貴女の力とも言えましょう」
 そういう考え方もあるだろうけど…… やっぱ気になる。
「でも…… やっぱりそれは私とは切り離して考えて欲しいと思うんです。私自身の力、人柄を見て私を判断して欲しい」
「そうですね、それはそうだと思います。ですけど、やはりオルテガ殿の知名度も貴女の立派な力であると思いますよ。……もっとも、それは私自身の願望でもありますが」
「?」
 何を言っているのかわからなかったので疑問符を浮かべるしかない。
 どういうことだろう?
「生まれつき持つ付属要素を認めないのなら、私などは何の価値もない人間となってしまいますからね」
 呆気にとられてしまうことを言う女王。
 一国の女王が何の価値もない人間ということはないだろう。
「何を言うのですか陛下!」
 当然お付きの侍女や、兵士が声をかける。
「この国は世襲制です。王家に生まれれば自ずと王となります。ならば、女王という生まれながらに持つ付属価値を取り去ってしまえば、私はただの世間知らずな女でしかないでしょう。だから私は、貴女にもオルテガ殿の子供という生まれ持った力を認めてもらいたいのです。私が女王たるために……」
 意外とネガティブ思考なんだ、女王様。
 侍女や兵士の人は何かを言おうとしているけど、何と声をかければいいのかわからないのかおろおろしている。
 女王は特に暗くなっているということもなかったけど、言っていることが言っていることなだけに幾分寂しそう。
 言っていることはわかるけど、ちょっと反論したいな。
「女王様の力は生まれつきのものだけではありませんよ」
「え?」
「2日ほどイシスに滞在していましたけど、ちゃんと管理が行き届いていてとても過ごしやすかったです。それに、国の人たちの顔も明るくて幸せそうでした。王様が無能な国ではこうはいきません。女王様っていう肩書きは生まれついて持つものですけど、国を治めるための力は国を想って懸命に身につけたソティス様自身の力であるはずです。それに、さっきお聞きした古い文献の話だって『ただの女王様』じゃ話せないと思います」
 取り敢えず思ったことをつらつらと喋ったけど、伝わったかな。
 あんまり考えないで勢いで話したから、意味わかんない話になっていたかも……
「そうです、陛下! 我々家臣一同仕えるのは、王という肩書きではなく貴女様自身なのですよ!」
 なんか、1番古株っぽいお婆さんの侍女さんが同意してくれた。
 他の侍女や兵士たちも口々に同意している。
 よかった。ちゃんと伝わっているっぽい。
「そう……ですね。ケイティさん、ありがとうございます。皆も……」
「いえ、私も女王様の話に少し感銘を受けましたし。これからは父の名声も自分の一部として認めていきたいと思います」
「そうですか。お役に立てたようで嬉しいです」
 そう言って微笑む女王。
 必殺スマイルが復活した。私が男だったら確実に骨抜きだわ。
 さて、話もひと段落って感じだし、ピラミッドへの旅の準備もあるしそろそろお暇……
「あ、女王様! ちょっと聞きたいんだけど」
「何です? メル」
 突然上がったメルの気さくな声にも女王は普通に答える。
 ていうかメル、ちゃんと敬語使おうよ……
「オルテガおじ様について何か知らない?」
「オルテガ殿ですか? 彼は既に……亡くなったと聞きましたが」
 私の方を見てから少し声を小さくして言う女王。
 別に気を使わなくてもいいんだけどな。
 メルは更に訊く。
「当時のことで何か変わったことを聞かなかった?」
「いえ、世間で言われているようなことしか聞き及んでいませんが?」
「そう…… ならいいです。ありがとうございました!」
 女王の答えに少し残念そうな顔をするメルだったけど、直ぐに元気を取り戻してお礼を言う。敬語とため口が混ざっているのはメルらしいんだけど、王族相手の時はもう少し気を使って欲しいものだわ。
 そんなことを考えていると……
「あの、ソティス様。よろしいですか?」
 今度はアランさんが声を上げた。
 どうしたのかな?
「貴方は……アラン殿でしたか?」
「はい、ご記憶いただけて光栄です。その、宮廷魔道士の中にピラミッドまでルーラで行ける方はいませんか?」
 あっ! なるほど。
 アランさんの言葉に青天の霹靂な衝撃を受ける私。
「ああ、そうですね。砂漠越えは辛いでしょうし、誰かに送らせましょうか。ハトフ、誰か呼んできて貰える?」
「はい、陛下」
 呼びかけられた侍女、ハトフさんが階段を降りていった。
 それにしてもアランさんよく気付いたなぁ。
「アランさん、ナイス!」
「本当です。アランさんが言わなかったら、砂漠越えしなきゃいけませんでしたもんね」
 メルと私が口々に賞賛の声をあげる。
 アリシアさんもまた笑顔で佇んでいる。
「たまたま気付いただけだって」
 アランさんは謙遜しているけど、顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
 褒められて気を悪くする人もいないよね。
 とそこで、さっき降りていったハトフさんが戻ってきた。なぜかその顔は暗い。
 どうかしたのかな?
「えっ、あぁ、そうでしたか……」
 ハトフさんから耳打ちされて女王は驚きの声を上げてから、こちらにすまなそうな目を向ける。
 な〜んか、嫌な予感……
「国直属の魔法使いは国防に当たっているのですが…… 今、多くはオアシス付近に発生した魔物の群れにかかりきりで、城にいるのは怪我をした者のみのようです…… そういうわけですので、その……」
「ルーラで送ってもらうのは無理……なんですね」
「……そうなります。申し訳ありません」
 言いよどむ女王に合いの手を入れると返ってきた答えは嬉しくない肯定。
 砂漠越え決定か……
 さっそく意見変えて悪いけど、大事なのは親の知名度でも生まれつきもつ称号でも後天的に得た力でもなくて――運だよね。

魔法

「魔法に一番大切なのはイメージです。次に魔力の高さ。魔力は後天的な訓練で高くしていくことも可能ですが、アランさんはおそらく生まれつき高い魔力を有しているでしょうからすぐに使えるようになると思いますよ」
 日除けのテントの中ではアリシアさんによる魔法講座が行われていた。
 昼の日差しはフード付きマントで遮れば何とかならないこともないんだけど、魔法で暖をとれることを考えれば寒い夜に動き回るほうがいいだろうってことで、今は魔法を使える可能性ありなアランさんのためにテント内でその授業をしている。
 夜のことを考えると寝た方がいい気もするけど、いきなり昼に寝ろといわれても寝られないからね。メルは横で爆睡してるけど……
「そうは言うけどなぁ……」
「ためしにメラでも唱えてみればどうですか?」
 難しそうな顔で考え込んでいるアランさんに軽く声をかける。
 まずは実戦あるのみ、でしょ。
「いきなりできるかよ……」
「そうでもありませんよ。人によっては難しい話を聞いているよりも、いきなりやってみた方が上手くいくこともありますから」
 呆れたように声を発したアランさんに、アリシアさんが意見した。
 私はいきなりやってできたタイプかな。
「う〜ん…… そうか?」
 言って自身の手を見詰めるアランさん。まあ、いきなりやってみろと言われても戸惑う気持ちはわかる。
「ほら、思い切ってやってみましょう。できなくても全然恥じゃないんですから」
「ああ…… じゃあ、ええと……メラ」
 私が再び声をかけるとようやく右手をかざして呪文を唱えるアランさん。
 その手からは……何も出ない。
「やっぱ俺には無理だ!」
 軽く顔を赤らめて投げやりなことを言うアランさん。
 恥ずかしい気持ちはわからなくもない。
「そう投げやりにならないで下さい。先にも述べましたがきちんとイメージすることが大事ですから…… それを踏まえた上でもう一度」
 優しい笑顔で諭すアリシアさん。
 う〜ん、いい先生だ。アランさんは言うこと聞いてないけど。
「いいんだよ、俺は別に魔法なんて使えなくても」
「でも、簡単な魔法でも使えれば戦いで有利ですよ」
 私がそう言うと、それはそうだが…… とか言って渋々アリシアさんの授業に戻る。
 私の言うことは聞くのに、アリシアさんの言うことは聞かないなんて……
 まだ、あんまり打ち解けてないのかな?
「ではいいですか? 頭の中で小さな炎をイメージして下さい」
「いきなり言われてそんなイメージがわくか」
 相変わらず優しく講釈するアリシアさんに、アランさんは問答無用で言い返す。
 もう!
「アランさん!」
「まあ、まあ、ケイティさん。実際、急に炎をイメージしろと言われても困るのは確かですし、小さな炎を出してあげて下さい。目の前に炎があればイメージもしやすいでしょう?」
「まあな……」
 それでも優しく話すアリシアさんに私は感心してしまう。いい人だ……
「じゃあ、出しますよ」
 ボッ!
 私は一声かけてから指先に小さな炎を灯す。
「さて、ではこのケイティさんが出した炎をしばらく見詰めて頭の中に炎のイメージを焼き付けて下さい。そうしたら瞳を閉じてイメージだけに集中し、呪文を解き放つ」
「ええと……」
 アリシアさんの説明の後、熱心に私の指先の炎を見詰め、その後ゆっくりと目を閉じて集中するアランさん。
 しばらくすると右手を持ち上げて……
「う〜ん、おにぎりの海苔はパリパリの方がいいよぉ」
 聞こえてきたのはメルの寝言。
 アランさんは軽く顔を顰めるが、直ぐに気を取り直したように真面目な顔になる。
 しかし……
「駄目だってば…… キャベツには醤油よりソースだよ」
 再び聞こえてくる寝言。
 今度は完全に集中力をなくして、アランさんは気の抜けたようにそのまま呪文を唱える。
「……メラ……」
 当然、炎は出なかった。
「……」
「ええと、今日のところは大人しく寝ましょうか? メルちゃんを起こしても悪いですし……」
「……そうだな」
 気を使うように言うアリシアさんに、疲れた顔でメルを眺めつつアランさんが同意する。
 当のメルは幸せそうに寝息を立てていた。
 まったく…… 何の夢見てんだか……

「ヒャダルコ!」
 集団で現れた火炎ムカデに問答無用で氷結魔法を解き放つ。
 彼らの三分の二くらいを飲み込んだ氷は直ぐに粉々に砕け散った。
 アランさんとメルは魔法の範囲外にいた連中に向って走りこみ、瞬時に間合いを詰めてそれぞれ一匹ずつ倒す。
 残りは3匹!
「フバーハ!」
 そこで突然響いたアリシアさんの呪文に驚いたけど、その呪文が唱えられたわけは直ぐに知れた。
 私の後ろにいた火炎ムカデが口から炎を吐き出したのだ。
 その炎の威力を完全に削いだアリシアさんの魔法フバーハ。
 このフバーハは物理的でない炎や吹雪のような攻撃を遮断する。魔法の攻撃は魔力を使っているから遮断してくれないけど、今みたいに魔物が吐いた息攻撃を防ぐのに適している。
 にしても、危なっ! もう一匹いたんだ。気づかなかったよ……
 シュッ!
 炎が静まって直ぐに、私はナイフの一本をその火炎ムカデに思い切り投げつけてその命を奪う。
「アリシアさん、ありがとうございました!」
「いえ、ご無事でよかったです」
 私のお礼の声にアリシアさんがにこりと笑って言葉を返した時、いつの間にか最後の一匹になっていた火炎ムカデをメルが殴り倒して戦いは終わった。
 う〜ん、スピーディ。
 素早い決着に、ナイフを回収しながら満足していると……
「にしても魔物多いな」
 アランさんが疲れたように声を出した。
 日が暮れてからテントを畳んで歩き出してすでに3、4時間経つけど、さっきの火炎ムカデやら、いつかの蟹そっくりの地獄のハサミやら、マホトーンを使う厄介なキャットフライやらが30分おきくらいに現れている。
「魔物も日差しの強い昼間よりも、夜間に本格的に動き出すタイプが多いのでしょう。昼間休んでいる時に襲われる心配が少ないことを思えばいい傾向だとも言えますよ」
「それはそうかもな……」
 アリシアさんの言葉に素直に頷くアランさん。
 仲がいいのか悪いのかわからないな、この二人。
「それはそうとアランさん。昼間話した魔法についてですけれど――」
 置いていた荷物を手にとって歩き出した時、アリシアさんは足を動かしつつアランさんに声をかける。
 そのアリシアさんの声に反応したのは、相手たるアランさんではなくメルだった。
「おりょ、アランさん。魔法覚えるんですか?」
「できたらって話だ」
 アランさんが曖昧に返す。
 結局できなかったから弱気みたい。
「なら、なら! 気も覚えてみませんか? 剣使わなくても大活躍ですよ!」
「そりゃあ、そうだけど…… そんな直ぐにできるようになるもんなのか?」
 私もそう思う。
 前に文献で読んだ限りじゃ、かなり難しそうだったけど……
「わたしは旅で知り合った人に1年くらい教えて貰ってできるようになりました」
「長いよ! いや、予想していたよりかなり短いが…… 魔法だって戦いの補助として簡単なのを使えたらいいなぁくらいだから、そんな時間かけるつもりもないし」
「そうですかぁ?」
 メルが残念そうに言った。
「ていうか気って、もっと難しい技術だって聞いたけど…… 高名な武道家が一生かけて習得できるかどうかって」
 私は気になったことを口にする。
 さっきも言ったとおり本で読んだだけだけど、気を使うための魔力操作は魔法を使う時のそれ以上に困難で、習得を目指すなら一生を費やす覚悟で取り組まなければいけないって……
 だけどメルは――
「アハハ、何言ってるのケイティ。そんなわけないじゃな〜い」
 軽く言葉を返す。
 あれ〜、覚え違いかな?
 しかし……
「いえ、メルちゃんの1年というのは驚異的ですよ。ケイティさんの言っていることは正しいですから」
 アリシアさんが口を挟んで私を支持してくれた。
「あ、やっぱりですか?」
「ええ。まあ、似たようなことをしようとすれば魔法を使える人間はできないこともないですけれど……問題なのは魔力の補給ですね。気として使った自身の魔力を大気中から適宜補給する技術こそが気の難しいところですから……」
「へぇ、気が難しい理由ってそういうことだったんですか」
 アリシアさんの具体的な説明に驚く。
 ん? ちょっと待てよ。
「あの…… じゃあ魔法を使える人がその大気中からの魔力補給を覚えれば、魔法の威力を大きく上げることも可能なんですか?」
「ええ、そうですね。とはいえ、先にも言いましたが習得が困難ですから現実的ではありませんよ」
「そっか」
 う〜ん、いい思い付きだと思ったけど…… 覚えづらいんじゃ、魔法の修行と並行するのは無理があるよね。
「ねぇ、ねぇ! じゃ、わたしってもしかしてすごいの?」
 メルが目をキラキラさせて声をかけてくる。
「そうですね。メルちゃんはかなり優秀な武道家と言えますよ」
「メル、天才!」
 取り敢えず持ち上げてみる私。アリシアさんは本心だと思うけど。
「えへへ」
 メルは本当に嬉しそうに笑う。
 ちょっと可愛いなぁと思ったりして。妹ってこんな感じかな?
 あんな馬鹿兄貴じゃなくて妹欲しかったなぁ。
「ところでさっきあんた、俺に何か言おうとしてなかったか?」
 そこでアランさんがアリシアさんに声をかけた。
 話をややこしくするけど、私はちょっと気になったことを物申す。
「アランさん! ちゃんと名前を呼ぶべきですよ、あんたじゃ失礼です!」
「そ、それはそうだが……」
 アランさんは私の言葉に同意するものの呼び直しはしない。
 もぉ、まだちゃんと仲間だと認めてないのかな?
 更に何か言おうとすると――
「いいんですよ、ケイティさん」
 アリシアさんは笑顔で私にそう言ってから、アランさんの方に向きなおって言葉を続ける。人間ができてるなぁ。
「アランさん、先ほど私が言おうとしたのは魔法の使い方についてです。アランさんは普段から剣を使っていますから、剣を媒体として魔法を使う方が上手くいくかもしれません」
「そんなことができるのか」
 アランさんが当然の疑問を口にする。
「オルテガ様と同じくらい高名なサマンオサ国のサイモン様は、そういった技を好んで使っていたと聞きます。人によっては拳に魔力付加を行うこともあるらしいですし。あ、誤解のないように言っておくとこれは気の肉体強化とは違って、属性付加のようなものらしいですね。その分だけ多少は威力が増すそうです」
「普通の魔法よりも難しそうだと思うのは俺だけか?」
「私もそう思います。ていうか実際難しいんじゃないでしたか、アリシアさん?」
 私がアランさんに同意してアリシアさんに声をかけると、
「確かにそうです。そうですけど、アランさんの場合は魔力の高さは充分あるようですから、イメージし易い方が術の難易度よりも重要だと思われます。慣れ親しんでいない魔法のイメージを持つよりは、使い慣れた剣が炎や風の属性を帯びているイメージを持つ方が容易かと……」
 理屈としては分かるけど……
「そう上手くいくもんでもないと思うけどな……」
 ですよねぇ。
 アランさんの言葉に思わず頷く。
「まあ、戦いの最中に少し意識してみて下さい。戦いで集中力が増した状態ならできることもあるかもしれませんし……」
「……努力してみるよ。さて――」
 アランさんは取り敢えず前向きな発言をして会話を終わらせ、剣を抜き放つ。
 本日何度目かの魔物の襲来だ。
 いい加減にして欲しいなぁ。

別離

 ピラミッドに着いたのはイシス国を出てから3日後のこと。
 その間の戦闘回数が数えるのも嫌になるほどだったのは思い出したくない。
 それはともかく、そのピラミッドが実際に見えてきた時はかなり驚いた。すっごいでかいんだもん。
 あれがずっと昔にできたなんてとても信じられない。
「ケイティにメル。気をつけてくれよ。ソティス様の話じゃ、この中は罠だらけってことだからな」
「なんでわざわざ言うんですか?」
「ケイティの言うとおりです」
 アランさんの注意に不満の声を上げる私とメル。
 ちなみにアランさんはまだ剣を使った魔法も、普通の魔法も成功していない。
「アリアハンを出る時の洞窟で落とし穴に落ちまくっていたのを忘れたのか? あの時は自然にできた穴だったからさほど深刻な被害はなかったとはいえ、今度のは盗掘者用に作られた罠だから命に関わりかねないんだからな」
『うっ』
 アランさんの言葉に思わず同時に呻く私達。
 命に関わるとなるとさすがに不安を覚える。
「注意していきましょうか、メルさん」
「そうですね、ケイティさん」
「なんで急に敬語だよ……」
「いえ、気を引き締める意味も込めて」
「そうそう」
 本当は少しふざけたんだけど……そのまま言うと怒られそう。
「お話をするよりも周りに注意して下さいよ。仕掛けが動作するきっかけが床にあるかもしれませんし、歩く時も注意しませんと……」
「そうだな。後は壁なんかも怪しい」
 アリシアさんとアランさんが交互に言う。
 心配性コンビってとこかな?
「ねえ、ケイティ」
 メルが小声で話しかけてきた。
「うん? 何?」
「あの二人ってさぁ、小言が多いところとか心配性なところ似てない?」
 あぁ、やっぱりそう思うんだ。
「アハハ、言えてる〜」
 私はやはり小声でそう返す。
 そして、一歩足を踏み出すと――
 カチッ。
 ん? 何の音?
 そう思った時――私が立っていた床が抜けた。
「えっ?」
「ケイティ!」
 やばっ! 落ちる!
 そのまま行けば暗い穴の中へまっ逆さまだったが、間一髪で――
 ガシッ!
「助かった〜」
 メルが落ちそうになった私の手を掴んで支えてくれた。
 危なかったなぁ……
 カチッ。
 ほっと安心したその時、再び嫌な音が聞こえた。
『えっ』
 私とメル、アランさんの声が重なる。
『きゃあああァァああ』
 メルがいた床も抜けて、私達は穴へとまっすぐに落ちていった。

「ケケケケケッ、ケイッ……」
 声が震えて思うように発音できない。
「あの…… アランさん。少し落ち着いて……」
「ケイティーーーーッ! ケイティッ!」
 僧侶女の状況に合わない言葉は無視して、ケイティが落ちていった穴に顔を突っ込んで大声で呼びかける。
「あの…… メルちゃんも落ちているんですけど……」
 そんなことはわかっている…… わかっているけど……ケイティっ!
「アランさ〜ん! アリシアさ〜ん!」
 ふいに泣きそうになったその時、下からケイティの声が響いてきた。
「ケイティ! 無事か? 怪我ないか?」
「はい、下に敷きつめられている物があってそれで衝撃が吸収されたのかと」
 よ、よかったぁ……
 安心したら、また涙が出そうになったけど何とか堪えた。
「メルちゃんも無事?」
「は〜い、わたしも無事で〜す!」
 僧侶女の呼びかけに元気に答えるメル。
 忘れていたってわけじゃないが、ケイティのことで頭がいっぱいだっただけにメルのことを今始めて知覚したような気になった。
 我ながらちょっとひどいなぁとも思う。
 ま、それはともかく。
「上ってこれそうか? 2人とも」
「少し無理そうですね。人工的な建物ですから手をかけるところもあまりありませんし……」
「そうか…… するとロープを垂らして体に巻き付けさせて、俺が引っ張り上げるってのがいいかな?」
 呟きながら考えをまとめる。
 だけど、かなり疲れそうだな。
「あれ、この感じは……」
 突然、僧侶女が声を上げた。
 何だ?
「ケイティさん、何か魔法を使ってみて貰えませんか?」
「え? はぁ、何かよくわかりませんけど…… わかりました」
 俺もこいつの意図がさっぱりわからない。何のつもりだ?
「では、行きます。……メラ!」
 穴の中は暗闇に包まれていてこちらからは何も見えないのでなんとも言えないが、炎が生まれ出たのか?
「な、なんで〜! 魔法が使えな〜い!」
 奇妙な事実を口にするケイティ。
「は? おい、どういうことだ?」
 ケイティに聞いても仕方がなさそうだから、言い出した奴の方に聞いてみる。
 しかし、僧侶女はこちらには取り合わずケイティに声をかける。
「ケイティさん、落ち着いてください。周りの魔力濃度はどうなっていますか?」
 ? 魔力濃度って…… いや、聞いた感じでどんなものかはわかるけど……
「え? ああ、なるほど」
 ケイティは納得したようだ。
 しかし、魔法に明るくない俺としてはさっぱりわからない。
「何が、なるほどなの? ケイティ」
 メルもやはりわからなかったようだ。
「んとね。魔法は自分の中にある魔力を大気中の魔力を集めるのに使って、その集めた魔力を精霊への代価として払って術を行使するの。つまり、自分の魔力だけじゃなくて大気中の魔力も必要不可欠なんだけど…… なぜかこの地下空間にはその魔力が全然ないのよ。あ、ちなみにメルの気は、自身の魔力を肉体強化に使うから大気中の魔力がなくてもできるけど…… この前のアリシアさんの説明にあった、大気中からの補給ができないはずだからあまり使わないほうがいいよ。体内魔力少なくなると最悪死ぬから」
「へぇ、ケイティ、物知りさんだぁ」
 そう言いながら拍手をしているっぽいメル。
 ぽいというのは実際に見ることができないため。ただ、軽くパチパチという音が聞こえるからそうなのだと思う。まあ、会話も耳を澄まさないと聞こえづらいんだけど……
「あの、アリシアさん。何でこんな状態になっているんでしょう? 自然に……はなりませんよね?」
 メルとの会話を終えたケイティは僧侶女に訊く。
 確かにこいつは魔法とか詳しいみたいだし知っているかもしれないな。
「私も詳しいことはわかりませんが…… 1つ気になることがあります。ケイティさん、北西の方向の魔力探査をしてみて下さい」
「北西…… ええっと、こっちかな? ……っ!! えっ! 何ですか、これ?」
 しばらく沈黙してから驚きの声を上げるケイティ。
 毎度のことながらさっぱりわからない俺。
「どうかしたのか? ケイティ」
「とんでもなく高い魔力が感じられるんです。不自然なほどに…… アリシアさん、どういうことなんでしょうか?」
 俺の質問に答えてからケイティは僧侶女に訊く。
「私にも詳しいことはわかりませんが…… 全く魔力を感じられない空間にある異様なほどの高魔力物質、いえ、生物かもしれませんが…… とにかく無関係とは思えません」
 結局はよくわからないってことか……
 ん? ちょっと待てよ。高魔力物質ってことは……
「なあ。じゃあ、あんたが探しているオーブってのがこの下にある可能性もあるんじゃないか?」
 思いついた考えを口にしてみる。
 すると僧侶女は予想していたのか静かに頷いて同意した。
「そうですね。その可能性は充分にあると思います。勿論女王様が言っていた、ピラミッドの中ほどにあるという封印の石碑付近も怪しいですけれど……」
「だが、どうせだし下から調べないか?」
 そう提案してみる。上に行かなくてもすむならそれに越したことはない。
「お二人が落ちてしまっていますし、確かにその方がいいかもしれませんね。ですが、一人はここに残った方がいいでしょう」
「そうだな…… ロープをかけるようなところも見当たらないし、一人引っ張り上げる人間がいないと出られなくなるってことも考えられるな」
「ええ、どこかに出入り口があるという可能性もなくはないですが…… 用心に越したことはないですからね。しかしそうなると、アランさんに残って貰うのが――」
「おい、ちょっと待て! 下は魔法が使えないんだろ? 魔法が主要なあんたが行っても仕方ないだろ?」
 こいつが俺を指名した理由はわかる。こいつだけでは人間を引き揚げるには力不足なのは考えるまでもない。だけど、こいつが行っても仕方がないのも確かだ。
「それはそうですが……」
 そう言って沈黙する僧侶女。
 俺も先が続かない。
 俺が下りるわけにもいかないのもやはり確かなことだからな。さてどうしようか……
「あの、なら二手に別れませんか?」
 そう提案したのはケイティだった。
「二手にってお前…… 俺は反対だ。お前らだけじゃいくら心配してもしたりないくらい心配だ」
 当然反対する俺。だけど……
「私は……いいのではないかと思いますよ」
 僧侶女が同意した。
 ……何を言うんだ、こいつは。
「あのなぁ、ケイティの魔法もメルの気も使えないんだろ? 状況的に。そんな状態で二人だけなんて――」
「アランさんの言うことは分かります。ですが、その点での心配は無用かと思われます」
 俺の言葉を遮って僧侶女が妙なことを言う。
 心配いらないということはないだろう。
「そんなわけあるかよ。二人の今の状態で魔物に会ったら――」
「ですから、下の状態なら魔物は出ないはずなんです」
 再び俺の言葉を遮って、再び妙なことを言う僧侶女。
「は?」
 疑問の声を返すと魔物についての講義が始まった。
「魔物というのは大気中の魔力に中てられた生物、もしくは無生物のことをいいます。つまりは魔力の存在しない下の空間ではそういうものが生まれ出ることはないはずなんです」
「外から下に迷い込んだら?」
「いないと思います。というのも、魔力がない空間に魔力を有したものがいれば感知できますから」
 ……
 確かに今の説明を聞く限り、二手に別れることに問題はないように思うが…… 信じていいものか?
「ケイティ! お前もこの女と同じ意見かっていうか、こいつの言ってることは本当か?」
「この女とか、こいつとか、どうかと思いますよ。その呼び方…… えっと、アリシアさんが言っていることは事実です。私も魔物の気配を感じませんし」
 ケイティは前にもした注意を再びしてから僧侶女を支持した。
 とすると……
「二手に別れてみるのもいいか…… 俺たちのどちらも下りられないんだし、二人でぼーっとここにいるのも馬鹿らしいからなぁ」
「ええ、そうしましょう。ケイティさん、メルちゃんもそれでいいですか?」
 俺がようやく肯定的意見を口にすると、僧侶女はいつも通りの笑顔になって同意しケイティたちにも確認を取る。
 そのケイティたちはというと……
「私は当然異論ありません」
「わたしはよくわからないからケイティと同じでいいで〜す」
 当然賛成のケイティと、無責任大爆発のメル。
 何か魔物以外のことも心配になってきたけど…… 信じるか……
「高魔力物質とやらを見つけても、危なそうなら手を出さずにそこに戻って来いよ。それで俺たちが戻って来るのを待ってろ。絶対無理するなよ」
「わっかりました」
「オッケ、オッケ!」
 取り敢えず注意しておくべきことを言うと軽く返されてまた心配になる。
 ……まあ、信じるように努めよう。

真実と嘘の境目

 ゴロゴロゴロゴロッ!
「こんな物語みたいな罠、実際に作ってんじゃねえぇぇ!」
「誰に文句言っているんですか?」
 懸命に走りながら叫ぶと、僧侶女が場に似合わない普通の疑問を口にした。
「知るかぁぁ〜!!」
 特に考えないで叫んで返す俺。というか考えられなかったというのが正しい。
 今、俺たちの後ろにはいわゆるローリングストーンが迫ってきていた。
 早い話、丸い大岩が通路をかなりの勢いで転がってきているのだ。冒険物語のピンチシーンのように……
「アランさん! あそこに都合良く横道が……」
「都合良過ぎだ! 多分、ていうか絶対あれも罠の一環だろっ!」
 さすがに緊急事態でもそのくらいの思考回路は機能している。
 まあ、自分で都合良くとか言っている辺り、僧侶女もわかっているのかもしれないが……
「そうかもしれませんが、このままでは潰されるのを待つばかりです! 敢えてそちらに行くのも一つの選択肢かと思います!」
「だあぁぁ! わかったよ!」
「きゃっ!」
 叫んでから僧侶女を抱えて勢いよく横道に入る。
 そこは俺の予想通り落とし穴が開いていた。
 僧侶女を抱えていない方の右手で本通路の床を掴む。
 ガシッ!
 うわ、さすがにきつい。
 岩が通路を勢いよく転がって過ぎて行くのを確認してから僧侶女を先に上げる。
「あの…… ありがとうございました。アランさん」
「あんたの腕じゃ自分の体重も支えられそうにないからな。ヨイショッ」
 適当に返してから俺も上がる。
「右腕、大丈夫でしたか? 痛めていませんか?」
「平気だ。そんな軟な鍛え方はしてない」
 そういうが少し心配になったので右手を握ったり閉じたりしてみる。大丈夫そうだ。
 にしても、とんでもない罠があるもんだ。
「あの岩はどこにいったんでしょうね?」
「どこかで穴にでも落ちたんじゃないか」
 僧侶女の声に適当に答えつつ、岩に追われながら戻ってきた通路を見る。
「だいぶ戻されちまったな……」
「そうですね…… あと少しで到着しそうだったんですけど……」
「そうなのか?」
 事実なら嬉しい限りの情報だが、何でわかるのやら……
「ええ、先ほど見えた階段の上から不思議な魔力を受けましたから。多分あの先に」
「そうなら喜ばしい限りだがねっと」
 そう言いながら、剣を抜き放つ。
 通路の先から包帯で全身を包んでいる人間の形をしたものがやってくるのが見えたからだ。上を目指して歩を進めてから幾度となく会っている魔物ミイラ男。
「いくら墓だからって死体多すぎないか?」
 頭に浮かんだ疑問を口にする。
「あの中に必ずしも死体があるとは限らないと思います。前も言いましたけど、無生物でも魔力で魔物化しますから、例えばあの包帯自体が魔物ということもあり得ます」
「なるほどっと!」
 取り敢えず納得できる答えを聞き、すっきりして魔物に突っ込んでいく俺。
 この女が接近戦、というか攻撃全般をできないものだから、戦闘になれば俺が突っ込んでいって補助魔法を受けつつ暴れまくるというのが基本戦術になっている。
「マヌーサ!」
 僧侶女がいつか俺自身苦戦した魔法を使うと、魔物たちは全然関係ないところを攻撃し出した。敵が使うと厄介なことこの上ないが、こっちが使えば実に有用だな。
 それでも魔法が効いていない魔物が何匹かいるようで、こちらに真っ直ぐ向かってくる。
 通路が結構広いから、どうしても一対多数になるのは避けられない。そうなってくると大事なのは先手必勝!
「ピオリム!」
「せいっ!」
 僧侶女の魔法で速さを上げてもらってから一気に踏み込んで剣を振るい、ニ、三匹を薙ぎ払う。それでも正気な魔物が五匹ほどいるのだから、その数の多さに嫌になってくる。ちなみに正気でないものはざっと見て十匹ほど。
 正気組が器用に包帯を飛ばして攻撃してくるのを半歩下がってかわし、手近にいた正気でない方の一匹を切り捨てる。
 正気な奴を先にどうにかしたいが……急いては事を仕損じるともいうしな。
 その後も正気な奴の遠方からの包帯を使った攻撃をかわしつつ、正気じゃない方の奴らを順調に減らしていく。また、正気な奴らにも隙を見て攻撃を加える。
 そうして、正気な奴が三、そうじゃない奴が五匹になった時、長らく魔法を使っていなかった僧侶女がようやっと魔法を使った。
「ニフラム!」
 バタバタバタバタッ!
 残っていた奴らがこぞって倒れた。
「何だ、あんた攻撃魔法使えるんじゃないか」
「いえ、今のは攻撃魔法ではなくて、一般的には浄化魔法と呼ばれているものです。精神集中に時間がかかるので使い勝手は少し悪いのですけど」
「浄化魔法?」
 幽霊とかを成仏させるのだろうか? ……ていうか幽霊っているのかな。
 まあ、死体が動くくらいだから可能性としてはなくはないんだろうけど……
「ええ。言葉だけを聞くと幽霊を成仏させるとか、そういう魔法に感じるでしょうが……」
 まさに今考えたな。
「実際は魔力を浄化する魔法と言うのが正しいでしょうか。マホトラという魔力を吸い取る魔法がありますが、それに似ていますね。この魔法は吸い取るのではなく大気中に放出してしまうんですが……」
 マホトラという魔法を知らないから、それに似ていると言われても困るが…… まあ、でもどういう魔法かっていうのはわかった。
「ん? じゃあ、人間の魔力も全部放出させられるのか?」
 突然思いついた疑問を口にする。
 ケイティとメルがしていた話によると、魔力が少なくなると命に関わるとか言っていたような気がする。ということはかなり危ない魔法ということになるが…… 
「ああ、それは大丈夫です。その固体に本来備わっている魔力には作用しませんから。今回の場合は、包帯が主体でも、死体が主体でも本来は動くものではありませんからね。体内の魔力は大気中からの混入分のみということになります。だからこんな風に全員倒れてしまったんですよ」
「ふ〜ん。つーことは、あんたは本当に攻撃魔法を一つも使えないってことか?」
「ええ、恥ずかしながら。すみません、ご迷惑をおかけして……」
 何となく言った俺の言葉に、かなりすまなそうに瞳を伏せて言葉を紡ぐ僧侶女。
「べ、別に謝ることはないだろ。あんたの補助魔法のおかげで大分助かっているんだ」
 つい、励ますようなことを言ってしまう。
 どうもやりづらい。ケイティが警戒心まるでなしって感じでこいつのことを信じたから俺だけでもこいつの動向に注意しようと目を光らせてきたけど…… 俺たちをどうこうできるような攻撃魔法もないみたいだし、性格的にもそう問題ない感じだし、警戒するのが馬鹿らしくなってきているのが本音だ。
 まあ、全部嘘ですごい攻撃魔法も持っているってことも考えられるけど、そこは嘘じゃないんじゃないかっていう半分確信めいたものも持ってはいるんだよな。それというのも……
「なあ、魔法はイメージなんだろ。あんたが攻撃魔法のイメージを持てないのはなんでだ?」
「それは…… この前お話した復讐云々に関係があるのではないかと…… あの時、見たものが見たものでしたから…… 破壊を生み出す力を上手くイメージできないのかもしれません」
「そういうことがあったからこそ、魔物に対して攻撃するイメージが沸きそうな気はするがな」
「あ、あぁ、それはそうですね。ええと、じゃあなぜでしょうか?」
 そう言って瞳に影を落として俺から目を逸らし曖昧に笑う僧侶女。
 これだ。これがこいつが攻撃魔法に関しては嘘を言っていないんじゃないかと思う理由だ。
 いつも話す時は目を逸らさずに話し、瞳に悲しみがあろうと何であろうと笑顔だけはきちんと張り付けているこいつが、今みたいに適当に笑って返したり目を逸らしたりすることがある。
 俺は、こいつはこういう時にこそ嘘を吐いているのだと思う。アッサラームでの話の時もこういうことが結構あった。だから信用できないと考えたんだけど……
 ただ、さっきの攻撃魔法についての話の時も含めて、普段のこいつはそんなこと一切ないんだよなぁ。
 今みたいに昔のこととかを持ち出すとこの傾向が出てくる。
 まあ、それだけでも完全には信用できない理由になるんだけど、人間話したくない過去の一つや二つくらいあってもおかしくないし…… 判断しづらいな。
「あの、アランさん。先に進みませんか? 魔物がまた来ないともかぎりませんし……」
 いつもの笑顔に戻ってそう言う僧侶女。
 取り敢えず考え込むのは保留にしておくか。ケイティたちのことを考えると早めに下に戻っておきたい。
「そうだな。変なこと聞いて悪かったよ」
「いえ」
 実際少し悪いと感じたので素直に謝っておくことにした。
 どこまでが本当なのかわからないけれど、魔王に滅ぼされた村が実際に幾つかあるというのは聞いたことがある。それに加えてこいつの悲しそうな目は嘘で作れるようなものでもないだろう。なら、俺が聞いたのはかなり無神経なことだったはずだ。
 ……どうも、こいつに対して信頼感というか同情心が出てきちまった感じが否めないな。

 アランさん、アリシアさんと別れた後、私達は言葉少なく歩を進めていた。
 というのも、気になるものが常に私達の足もとにあるからだった。
「ねえ、ケイティ……」
「何?」
「この足もとにあるのってさぁ――」
「気のせいよ!」
 無神経にも嫌な事実を口にしようとするメルの言葉を遮って大きな声を出す。
 暗いからよくはわからないけれど、ここに落ちた時に触った雰囲気から判断すると下に敷きつめられているのは所謂、骸骨だろう……
 わかってはいる。わかってはいるけれど…… 口にするのは憚られるというか何というか……
 こんな状況でテンションが高くなるはずもなく、私達はやや俯き気味にゆったりと魔力の源を目指して歩を進めている。
 そうしてしばらくすると――
「ええと、この下辺りだと思うけど……」
 隠し階段でもあるのか魔力は下――床から感じられた。
 しかし…… し、調べたくないなぁ。
「じゃあ、メル。頑張って掘ってね」
「アハハ、やだ〜」
 なるべく明るい声を出してメルに頼んだけど、まあ当然というか即行で断られる。
 でも……
「私もやだもん!」
「わたしだってやだもん!」
 そう叫んで、私達は相手の顔が暗さでわからないながらも器用に睨みあう。
 しばらく揉めそうだ。

剣に宿る魔

 ようやく先ほど大岩トラップに引っかかった場所まで到着した。
 そこから見えるところには上に行く階段がある。
 僧侶女の考えだとここを上った辺りが目的の場所らしいが……
「ここからはまた罠に気をつけて進むぞ。初めて進む場所だからな」
「はい」
 ここまでは一度通った場所だったから結構リラックスして進めたが、ここからは床とか壁には注意を払って進まないといけない。またさっきみたいな罠にかかったら堪ったものではないからな。
 細心の注意を払って進み、結構な時間をかけて階段の上に辿り着く。
 そこで目に飛び込んできた光景に、俺は少なからず動揺した。
 とは言っても、そう珍しいものをみたというわけではない。ただそこには、人がいたのだ。
 しかし、どうしてこんなところに?
「あの、貴方は?」
 僧侶女が声をかけるとその人は振り返った。
 その顔は、二十代半ばにはなっているだろう男性のそれだった。顔以外は漆黒のマントに覆われていて見えないが、体躯はしっかりしているようである。
 彼はマントの下から右腕を出し――
 そこで俺達の間には瞬時に張りつめた空気が生まれ出る。というのも……
「何をする気だ? あんた!」
 男はその右手に大きな炎を生み出していた。
 前にエミリアが炎の上位魔法メラゾーマを使うのを見たことがあるが――それと同じくらいか、もしくはそれ以上の炎。
「俺たちはあんたと同じ人間だ! 見ればわかるだろう?」
 取り敢えず叫んでみるが男は全く聞いていない風だ。
 それどころか、実際に問答無用で炎をこちらに放る。
 幸いそのスピードはさほど速くなかったので、俺はその範囲から体を退けたが……
「おい、何やってんだ!」
 僧侶女は何故か動くことなく炎を見詰め固まっている。
 くそっ!
 俺は無意識の内に剣を抜き放ち、アリシアのいるところへ駆け寄る。
 炎に対抗するもの――全てを包み癒す水……
「わああああぁぁぁ!!!」
 がむしゃらに振るった剣は炎を斬り、斬られた炎はそのまま四散した。
 へぇ、炎って斬れるんだ……
 こんな状況にも拘らず妙なことが気になった。
「ほぉ、魔法剣か…… 珍しき術を使うな、小僧。実際に見るのはサイモンに続き二人目だ。ふふっ、そういうことなら貴様らの命、今は奪わずにおこうではないか。不確定な駒は残しておいた方がゲームも面白くなるというもの……」
 そう言うと男は突然姿を消す。確かに今いたはずの場所には何の気配もなくなっていた。
「なんだったんだ、今のは……」
 思わずそう呟く。
 しばし呆然としていたが、取り敢えず被害があったかの確認が必要かと思い、
「おい、アリシア! 大丈夫か?」
「ええ、何とか」
 声をかけると返ってきたのは意外にもしっかりとした返事だった。さっき様子が変だったみたいだけど、気のせいか?
「くすっ」
 そこで突然笑うアリシア。
「何だ? 突然…… 恐怖で変にでもなったか?」
「いえ、名前…… 呼んでくれるんですね」
「は?」
 そういえばさっき自然と呼んでしまったような気が……
「そ、そんなことどうでもいいだろう? それよりさっきの奴、何なんだ?」
 軽く照れくささを感じ、適当に誤魔化すことにする。それに、さっきの奴のことが気になるという意識の方が強いのも確かだ。
「それは…… 私にも分かりません」
「だが、あいつを見て完全に止まっていたじゃないか? 知っている奴だったんじゃないのか?」
「いえ、ただ恐怖で足が動かなかっただけです。また、迷惑をかけてしまいましたね」
 そう言って、また微妙な笑みを浮かべるアリシア。
 また嘘か。あいつ、こいつの村の関係者か何かか?
 そんな疑問が浮かぶが聞かないことにする。たぶん聞いても適当に誤魔化されるのがオチだ。
「それよりアランさん。魔法使えましたね」
「へ?」
 突然の言葉に間の抜けた声を返す。
 魔法? 俺が? いつ使った……?
「さっき、炎を斬ったときです。剣にヒャド系を付加させていましたよ。普通の剣では炎を斬ることなんてできませんから、間違いありません」
「あ、ああ。それで斬れたのか。ていうかさっきの男も魔法剣とか言っていたな……」
「ええ、それにサイモン様の名前も出していました。彼は何者なのでしょう?」
 結局、またその疑問に行き着く。ただ今度はいつもの様に嘘のない時の態度だった。
 詳しい正体は知らないけど、顔を見たことはあるってところか?
 う〜ん、考えても仕方ないか。
「ま、もういなくなってくれたんだ。例の石碑の方を調べてみよう」
「そうですね」
 気にならないわけじゃないが考えていても仕方ないことなので、アリシアと共にソティス様が言っていた石碑っぽいもののところまで歩を進める。
 少しケイティの楽天的な考えがうつってきたかな……

 結局、二人で掘ることにした。
 うぅ、こんなベタベタ触って祟られたりしないかなぁ。
「普通、お墓ってこんな風に死体放置するものなのかなぁ」
 メルが骸骨をすごい勢いで掴んでは投げを繰り返しながら言った。
 嫌がっていたわりには思い切りがいい。私も見習うべきかも……
 まあ、言っていることはとんちんかんだけどね。
「あのねぇ、ここは罠で落ちた先なのよ。そんなところに王族の遺体を収めているはずないでしょう? これらは多分、盗掘かなんかの目的で来た人達の成れの果てってやつよ」
「あ、そっか。う〜ん、じゃあわたしたちも気をつけないと仲間入りしちゃうね〜。アハハハ」
 嫌なことを言いながら明るく笑うメル。
 笑えないってば……
 と、そこで漸く床が見えてきた。一見すると何の変哲もない床だけど……
 よくよく見ると薄く溝のようなものが確認できる。そこに短剣を突き立てて力を込めると……
 ガッ!
 床に敷かれていた石がずれて、その下の空間が隙間から見える。
 ビンゴ!
「ほらメル、思い切り引っぺがしちゃって!」
「オッケー!」
 メルが手をかけて力を込めると一気に床石が剥がれる。
 そこにあったのは下へと続く階段。
「さてと、魔力の源が生き物じゃないといいけど……」
 私はそう言いながら一段目に足をかける。
 メルも後ろに続きながら声をかけてくる。
「生き物だったら何か不都合でもあるの?」
「メルは魔力の感知できないからわからないかもしれないけど、この先にあるものはあり得ないくらいの高い魔力だからね。あれが生物だったら相当手強いよ。まあ、逃げればいいかもしれないけど、逃がしてくれるかどうか……」
 心配事を吐露するとメルは、
「大丈夫、大丈夫。私の気で――」
 などと言うので遮る。
「気は使っちゃダメだって! ここ魔力がないって言ったでしょ。下手したら死ぬよ!」
 すっかり忘れちゃっているみたいなメルに釘を刺す。
「あっ、そうだっけ。アハハ」
 まったくもう……
 その後、階段を下りて奥へと続く通路をしばらく進むと少し広いところに出た。
 四方十メートルはあるかという中々な広さの空間。
 壁には光ゴケか何かが輝きその空間を照らし出している。
 そこには――
「棺?」
 メルが呟く。
 そう。その空間の中央辺りには、ちょうど人一人が入りそうな立派な箱があり、棺と呼ぶのがまさに相応しい。
 魔力の源はその棺のようなのだが……
「てことは魔力の主はお化け?」
「やめてよね! 気持ち悪い」
 メルの本気とも冗談とも取れる言葉に素早く反応する。
 というのも、私自身あり得ないことではないと思ったからで、直ぐに否定しておきたかったのだ。
「なになに〜、怖いのケイティ?」
 メルが悪戯っぽい笑みを浮かべて私に詰め寄る。
「べ、別にぃ…… 怖く……ないよ」
「じゃ、開けよ! 一緒に!」
「そ、そうね」
 メルに言われて棺に近づいて蓋に手をかける。
 そして力を込めると――
「あれ、開かないね」
「あ、あはは、そうね。じゃ、一回上に戻ろうか。アランさん達戻ってきているかもしれないし――」
 安心してそう言った時、二つの変化が起こった。

解き放たれし力

 アリシアの先導で目的の石碑を探す。
 不思議な魔力源を探査するとかなんとか言っていたが、俺はよく分からないのでただついていくことにする。
 そうしてしばらくすると、それらしいものを発見した。しかし……
「ただの岩の塊にしか見えないぞ」
 石碑とかいうから文字が書かれていたり、絵が描かれていたりするのかと思っていたがそんなこともない。
 人工的な建物の中に不自然に岩が在るから違和感ありまくりではあるが、これが外だったら気付かずにそのまま通り過ぎることは確実、というような何の変哲もない岩である。
「いえ、間違いなくこれですよ。それにしても……変わった魔法がかけられています」
「魔法? この岩にか?」
 魔法の物質への定着はそう古い技術ではないという話だと思ったが、古代のものであるこれに魔法がかけられているってのは――ん? 何か、軽く既視感が……
「ええ。ただ、何の魔法かは…… 少し調べてみます。にしても、この国は古代からこの技術があったんでしょうか? そうだとしたら、現代になってから古い文献を参考にして復活させたのかもしれませんね」
 言いながら、幾分楽しそうに石碑を調べ出すアリシア。
 こいつ、僧侶より学者が向いているよな……
「で、どうなんだ?」
「トヘロス……でしょうか? ただそれにしては範囲が広いし、何より持続時間が長過ぎるような……」
「トヘロスってのは魔物に会いづらくなる魔法……だったか?」
 俺が曖昧な知識を口にしてみると、
「そうですね。詳しい説明をすると、一定空間の魔力をなくす魔法というところでしょうか。魔力がない空間に一定時間いると魔物は魔力が抜けて、元の生物、無生物に戻りますから結果的に魔物に会わなくなるようです。もっとも強力な魔物には効果がないですけれど…… それにしてもこれは持続時間がとんでもなく長いです。遥か古代から効果が持続しているようですから、いったいどうやっているのか…… それに随分範囲が広い。このピラミッドの敷地面積と同じくらい――あ、そうか」
 突然何かに気付くアリシア。
 もっとも俺も先の説明を聞いていて同じ結論に達した……と思う。
「ケイティ達が落ちた場所の状態は、この石碑にかかったトヘロスの効果だったってことか」
「そうでしょうね…… とすると、やはり封印具はあの下にあるということになりますか…… 道具の魔力自体を封印するのではなく魔物を近づけないようにしたのが、長い年月の間で誤って伝えられたようですね」
 ソティス様が言っていたこととの違いについての考察をするアリシア。
 よく頭が回るよ、ホント。
「で、どうするんだ? これを壊すか?」
 どうすればいいかはさっぱり分からないので訊いてみる。
「いえ、もう少し慎重にいくべきでしょう。壊しても効果が続くことも考えられなくはないですから」
「この岩が無くても効果は続くのか?」
「というか、完全に消滅させることができなければ――小さな欠片だけでも残っていれば可能性はあります。道具を持ち出すには術を解く必要があるでしょうね」
 石碑を調べながら説明をするアリシア。器用なもんだ。
 しかし、結構厄介だな……
 ていうか、何か同じようなことが前にもあったような気がするんだけ――
「あぁ!」
「ど、どうしました? アランさん」
「鍵だ!」
「鍵?」
 アリアハンで手に入れた妙な鍵。
 アリアハンを出る時に使った旅の扉を封印していた壁も、この石碑のようによくわからない魔法がかけられていたことを俺は漸く思い出したのだ。
 それによる発言が先のようなものだったのだが…… アリシアはよくわからなそうにしている。
 そういえば、こいつには鍵のこと教えてなかったな。
 しかし面倒臭いな、説明するの。
「ま、取り敢えず見ていろ」
 そう言ってから、道具袋に入っている鍵を取り出して石碑に近づく。
 手っ取り早く実演する方がいいだろう。
 前のように鍵を石碑につけると――
 ピカァァァ!
 やはりあの時と同じように目がくらむほどの光が辺りに満ちる。
 その光が収まった後には……見た目的にはなんら変わらない石碑と、形状が更に変わった鍵があった。
 上手くいったみたいだな。
「な、何が起こったんですか?」
「俺もよくわからないんだけどな。前もこの石碑みたいなやつにこの鍵をくっつけると魔法を吸収することができたんだ。それで今回もどうかなぁと思ってやってみたんだが…… どうなんだ? 俺には魔法が解けたのかどうかさっぱりだ」
「確かにかかっていた魔法は解除されているようですが……」
 戸惑った表情をしながらも答えるアリシア。
 よし、これで後はケイティ達のところに行くだけか。
「その鍵は何なのですか?」
 下へ向おうと足を階段の方へ向けた時、アリシアは当然の疑問を口にする。
 まあ、そう訊きたくなる気持ちはわかるが……
「俺にもわからないが、ケイティはこの鍵に魔法が閉じ込められるとか何とか。後、この鍵を差すと閉じ込めている魔法の力を差した先に定着させられるみたいだぞ」
「――どこでそんな道具を?」
 心もち厳しい表情になって訊くアリシア。どうかしたのだろうか?
「アリアハンにあるナジミの塔というところにいた老人に貰ったが…… どうした、怖い顔して」
「いえ、別に…… それより下へ急ぎましょう。ケイティさんとメルちゃんが心配です」
 直ぐに柔らかい表情になり促すアリシア。
 たく、だんまりが多い奴だ。やっぱ信用するのはまだ早いかもな。
 ま、それはともかく――
「確かに心配だな。魔物がでないといっても、あの二人は何かやらかしてくれそうだ」
 正直な感想を述べる。
 実際、あの二人が揃えばいらぬトラブルを際限なく引き込みそうだ。
「あの、というよりもう魔物が出る公算のほうが高いんです」
「は?」
 突然妙なことを言うので聞き返す。
「術を解いたわけですから、下の空間の魔力は戻っているはずです」
 あ、そうか…… でもその場合――
「だが、それならケイティは魔法が使えるし、メルも気を使えるよな。逆に心配ないんじゃないか?」
 特にメルは気を使えれば怖いものなしだろう。
「女王様の言っていたこと、お忘れですか? 例の封印具は魔物を呼び寄せると…… あの話が本当なら魔物が際限なく押しよせるはずです。いくらあの二人の実力でも危険――」
「戻るぞ!」
 アリシアの説明を聞いているうちにどんどん不安が増してきて、言葉を遮って叫び階段へと向けて駆け出す。
 ……急いだ方がいいな。

 突如辺りに魔力が満ちた。
 これが一つ目の変化。そしてもう一つは……
 ゴゴゴゴゴ……
 低く重々しい音を立てながら、棺の蓋が開く。
 私達のどちらも手をかけているわけではないのに……
 私は思わず後退って棺から離れたのだけど――
「わぁ、すご〜い。勝手に開いてくよ。不思議フタだ!」
 無邪気にそう言って棺を覗き込むメル。
「ちょっ、メル! 離れた方がっ! の、呪われたりするかも……」
「だいじょぶだって。別に死体があるわけでもないみたいだし…… おりょ? 変なのが入ってるよ。何だろ?」
『変なのとは失礼な小娘だな』
 突然、男の人の声が聞こえた。
「? 何か言った、ケイティ?」
「いいいい、言ってない! ていうか男の人の声だったでしょ! ……やっぱり、お化けが――」
「アハハ、そんなのいるわけないっしょ? 気のせいかなぁ――と、それよりこれなんだろう?」
 私の言葉には取り合わずに棺の中に手を入れるメル。
 ううう…… この状況で、何でああ落ち着いていられるの〜。
「ほえ〜、すご〜い。これ金だよ、金。鉄の爪に形が似てるけど、武器だよね? 売ったらどのくらいになるかな〜?」
『気安く触るでない! それに売るとは何事だ、戯け者が!』
 再び聞こえる声。
 うわ! やっぱ何かいるんじゃ…… ってあれ? 言っている内容から考えて、声の主ってもしかして……
「もぉ、うるさい幻聴だなぁ」
『幻聴ではないわ! 頭の弱い小娘だ、まったく!』
「頭が弱いとは何よっ! 幻聴のくせに生意気〜!」
『だから違うと言っておろう!』
 メルが謎の声と器用に喧嘩している。まあ、謎っていうか……
「もしかして…… その武器が喋ってるんじゃない?」
 至った考えを口にしてみる。
「あはは、何言ってるの、ケイティ。武器が喋るわけ――」
『ふむ、そっちの寝癖娘は幾分マシな頭を持っておるようだな』
 当然の反応を示したメルの言葉を遮って、武器の人が言った。
 ってちょい待て、この野郎……
「誰が寝癖娘よ!」
『なんだ、気付いておらぬのか? 寝癖がついておるから直した方がよいぞ』
 普通に忠告してくれる武器の人。
「……」
 親切で言っているっぽいけど、悪意で言われるよりもむかつく……
「ていうかホントにこれが喋ってるの? どこから声出てるのさ」
 言いながら、金色の武器を横にしたり縦にしたりして眺め回しているメル。それに対して、
『気安く触るなと言っておろう、馬鹿娘めが!』
「何こいつ! むかつく〜!」
 そう言って喋る武器を床に投げつけるメル。
『何をする! 小娘!』
「わたしにはメルっていう名前があるんだからね! 馬鹿娘とか、小娘とか、偉そうに呼ばないでよ、馬鹿武器!」
『主なんぞ馬鹿娘で充分だ! 名前なぞ千年早いわ!』
 武器と口げんかを続けるメル。
 はは、知らない人が見れば完全に頭がおかしい人だなぁ。
 ――あっ!
 そこでふと気付く。
「メル! 戦闘準備!」
「ふえ? 魔物は出ないんじゃなかったっけ?」
「言い忘れていたけど、さっき棺の蓋が開いた時くらいに急に魔力が戻ってね。魔物が出てもおかしくない――ていうか、すでにそこに!」
 言って短剣を一本投げる。
 そこには包帯でぐるぐる巻きのミイラ男が一体。床には包帯もあったからそれが魔物化したのかもしれない。ただ、早すぎるような気もするけど……
「え〜、気を使えないんでしょ? 面倒臭いなぁ」
「あのねぇ…… 大気中の魔力が戻ったんだから使ってもいいの!」
「あ、そうなの? じゃ〜、こっちのも……」
 多分、こっちのものと言おうとしたメルの言葉は飲み込まれた。というのも――
「い、一気に来過ぎ〜!」
 メルが叫ぶ。
 私達がいる空間への入り口には軽く二十は超えるだろうミイラ男が大集合していた。
「バギマ!」
 私は真空の刃を生み出して、そのほとんどを薙ぎ捨てる。
 続いてメルは残りの奴らに詰め寄って、すれ違いざまに気を込めた拳を叩き込み吹き飛ばす。
 それで入り口にいた分は倒したんだけど……
「きりがないよぉ」
 メルの言うとおりだった。
 更に数十のミイラ男が押し寄せてきた。
「これじゃ、上に戻るのも厳しいわね……」
 呟いて、天井をイオ系でぶち破ってルーラで上まで飛ぼうかなどと半ば本気で考えた時、武器が声を上げた。
『ほお、馬鹿娘のくせに気功が使えるのか』
「今は馬鹿武器に付き合ってる暇はないの!」
 メルが大きな声で言いながら集まっているミイラ男を順調に吹き飛ばしていく。もっとも、それでも減る気配はないけど……
『この状況を切り抜けたいのだろう? ならば我を手に取れ、気功の使い手よ』
「はぁ? どんな武器も…… やぁっ! 気の力とは合わないの! 前に鉄の爪使ったときも、気を試した瞬間にっ、それっ! 壊れたんだから! もっとも、それであんたが壊れてくれればいい気味だけど! ていやっ!」
 ミイラ男達を吹き飛ばしながら、器用に武器に言葉を返すメル。
「ヒャダイン!」
 私も主に呪文で応戦しながら、その遣り取りを聞く。
『武具でありながら、心を持つまでに高い魔力を有する我を他のなまくら武器どもと一緒にするでない。さあ、我を手に取り気功を使え。さすれば我の力、知ることになろう』
 メルの壊れる発言を聞いても調子を変えない喋る武器。
 よっぽど自信があるみたいだ。
 再びバギマを唱えながら、私は横目でその武器を見る。偉そうな言葉を紡いでいる割に、床に転がっているのを見るとちょっぴり可愛く感じたりして……
 状況に合わないことを考えていると――
「そんなにお望みなら、遠慮なく壊してあげるわよ!」
 メルが武器の元に駆け寄り、それを拾い右手に嵌める。そして――
『よし! 気を込めろ!』
「はあっ!」
 メルがいつも通り不思議な光を拳に、というかあの武器に発現させると……
「うわっ! 何これ?」
 メルが叫ぶ。
 それも無理ないだろう。
 メルの気に呼応して武器の爪が伸びた――いや、爪自体が伸びたわけではない。気の光と同じ色をした擬似爪のようなものができたのだ。
『この程度で驚くな。さあ、我を振るえ!』
「よくわかんないけど…… 何かすごそうじゃない! オッケー!」
『寝癖娘は少し後方に下がっておれ』
 メルがまさに武器を振るおうとしているその時に、今更ながら忠告してくる武器。
 寝癖発言も気になったけど本気で危なそうなので、急ぎメルの後ろに向う。
 そしてメルが腕を思い切り振るうと――
 ズガアァァァッ!
 ミイラ男たちが一気に吹き飛んだ。 
 ……
 何というか…… バギマ級かそれ以上の衝撃波が一気に彼らを切り裂いたのだ。
「すっご〜い! 何今の!」
『お主の送り込んだ気を、我が増幅して衝撃波として打ち出したのだ。この程度造作もないわ』
 幾分得意げに応える武器の人。結構、感情豊かな武器よね。
 ま、そんなことはともかく――
「メル! その調子でどんどん敵を吹き飛ばしていって! 一気に上を目指すわよ!」
「オッケ!」
『寝起きの運動には調度よかろう。付き合ってやる』
 いちゃもんつけて断りそうな武器の人もすんなり了承してくれて一安心。
 さて、後はアランさん達が戻っていてくれることを祈るばかりだなぁ。

封魔

「二人が落ちたのはこの穴だったよな?」
「ええ」
 床にはりついている漆黒の闇を見詰め、アリシアに聞く。
 まあ聞かなくてもまず間違いないだろうとは思っていたが、念のためというやつだ。
 それに――
 ドガシャアァァァ!
 というように妙な破壊音が穴の中から響いてくるので少し混乱したというのもある。
「すごい音だな……」
「そうですね…… ですが、二人が問題なく元気な証拠でもありますよ?」
 元気すぎだけどな。そう心配しなくてもよかったか?
 まあとはいっても、例の封印具が魔物を引き寄せるというのが本当なら、ささっと上げてやらないとな。
「ケイティ! メル! 無事か?」
「アランさん! もぉ、遅いですよ! 早く上げて下さい!」
 ケイティの声は返ってくる。
 しかし、メルの声が聞こえない。
「メルちゃんはどうしました?」
 アリシアが訊いた。
「大丈夫です、います! ただ魔物の相手で忙しくて……」
 ドゴシャアァァァン!
 再び聞こえる破壊音。
「そいつはメルがやっているのか? えらく派手な音がしているが……」
「え〜と、これは何と説明すればいいか…… とにかく! 今は早く上にあげて下さい!」
 律儀に説明しようとしてから、思い直して叫ぶケイティ。
 それもそうか……
「アリシア、ロープの先にこの松明を結んでくれ」
「はい」
 下は暗いみたいだから、明かりがついてないと一本のロープなんて見分けられないだろう。
 アリシアが結び終わってから、松明のロープと結びついた側とは反対の位置に火をつけて穴の中に下ろしていく。
「ケイティ! 明かりが見えるな? それを目印にロープを手に取れ! あと火は消せよ、燃え移ったら洒落にならん!」
「はい!」
 穴の下を覗いていると火が消えるのが見えた。
「メル! 今いる奴ら全員吹っ飛ばしたら急いでこっち来て!」
「オッケ! じゃあ大きいのいくよ、馬鹿武器!」
『馬鹿武器とはなんだ!』
 ガラドゴシャアァァァン!
 メルの声と、聞き覚えのない声が聞こえた後、一層派手な破壊音が聞こえる。
 破壊音も気になるが…… あの声誰だ?
「アランさん! 上げて下さい!」
 俺の思考を遮ってケイティの声が響く。
 考えている場合じゃないか。
「うおりゃあぁぁ!」
 気合一発、声を上げつつロープを引き揚げる。
 くっ、さすがに重いな……
「バイキルト!」
 アリシアが声を上げると、突然腕に力がみなぎる。
 バイキルトって確か筋力強化の魔法だったか。
 そんなことを考えている間にケイティとメルの姿が見えてくる。
「どわっしゃあ!」
 声を上げて気合を入れ直すと、一気に引く。
「到着〜」
 メルの能天気な声が響いた。
 ふぅ〜、さすがに疲れた。
「アランさん、ありがとうございました」
「いや、俺だけの力じゃない。アリシア、助かったよ」
 ケイティに答えてから、アリシアにバイキルトの礼を言う。
「いえ、いえ」
「あれ、アランさん。アリシアさんのこと名前で呼ぶように……」
「ま、まあな。お前の注意ももっともだと思ってね」
 ケイティの発言に適当に答える。
「ふ〜ん…… 二人きりの時に何かあったんですか〜」
 ……
 変な笑みをはりつけて言うケイティの様子に疲れを感じる。
 まったく…… 自分自身のそういうことに関しちゃ無頓着なくせに……
「危ない!」
 そこで突然アリシアが俺を突き飛ばした。
「うわっとととと!」
 突き飛ばされた拍子に穴に落ちそうになる。
「何すん――」
 即文句を言おうとしたが、その言葉を飲み込む。
 さっきまで俺がいた場所をミイラ男の包帯が攻撃しているのが見えたからだ。
 というか、周りを見るとミイラ男やら、大王ガマやら、地獄のハサミやらが集まってきていて、通路は非常に混雑している。
「な、何だこれは!」
 剣を抜き放ちながら叫ぶ。
 今までも魔物が少なかったわけではないが…… この多さは異常だ。
「例の封印具、持ってきたんですか? ケイティさん」
「あ、はい。現在メルの手に嵌ってます」
 ああ、それで魔物が群がってきたのか。
 って、落ち着いて話している場合じゃない!
「アリシア! そいつは探していたやつか?」
「あ、いえ。明らかに球体じゃないですから違うはずです」
 答えたのはケイティだった。
 それはともかく、その内容からすると――
「メル! それ捨てろ!」
 これが一番手っ取り早いだろう。しかし、それに反論の声が。
『ふざけるな! 白髪小僧! 我を捨てるとは何事だ!』
「誰が白髪小僧だ! ……今の誰だ?」
 むかつく呼び方に突っ込んでから、気になったことを誰にでもなく問う。
「ああその、信じがたいことではあるんですが……」
 ズガシャアァァァ!
 ケイティの言葉の途中で、メルが手を振るうと通路の一方を衝撃波が突き進んだ。
 そちら側にいた魔物たちは全てなぎ倒される。
「……何だ、あれ」
 メルが更に通路のもう一方の魔物たちを吹き飛ばしているのを見ながら、疑問の声を上げる。
「メルの手に嵌っている武器のおかげなんです」
『?』
 ケイティの発言に、アリシアと共に疑問符を浮かべる。
 そこで魔物はメルにまかせてケイティから事情を聞く。
「……というわけです」
「あのすごい力も喋る武器のおかげってことか。だが、魔物をこうも引き寄せるんじゃ持ち歩けたもんじゃないだろう? やっぱりここに捨てていくしかないんじゃ――」
「アランさん。あの鍵を武器の方に使えば多少は魔力を封じられるのでは? すさまじい魔力をお持ちのようですから完全に封じるのは無理そうですけれど……」
 俺の言葉を遮って提案するアリシア。
「鍵って…… あのナジミの塔で貰ったやつですか? でもあれを使っても、魔法を効かなくすることと物理攻撃にめっぽう強くすることしかできないんじゃ?」
「ああ、ここの上で魔力封じの魔法もできるようになったんだ。石碑ってのがあの壁と似たようなやつでね」
 ケイティの疑問に簡潔に答えてから、メルに駆け寄っていく。
 アリシアの提案を実行してみる価値はあるなと思ったからだ。駄目ならやっぱり捨てていけばいい。なんかむかつく武器みたいだし。
「メル! 一通り倒したらその武器ちょっと見せてくれ!」
「は〜い! 了解です!」
 ドガシャアァァァ!
 答えながら衝撃波を生み出すメル。
 改めて近くで見ると、すごい威力だな……
「はい、どうぞ」
 メルが周りにいた魔物たちを大体吹き飛ばしてから、武器をはずしてこちらによこす。
 俺は鍵を取り出して武器に差し込もうと――
『気安く触るな! 白髪小僧!』
「うるさいな! お前の魔力を封じないときりがないんだよ! 大人しくしてろ!」
『我の魔力を封じるだと? はっ! 貴様如きにそのようなことができるか、馬鹿者め!』
 ホント、むかつく武器だな……
 ま、相手せずに問答無用で鍵を使えばいいか。
 すばやく鍵を差し込んで回す。すると――
『な、何をした? 小僧!』
 何やら焦った声を出す武器。
 よくわからないが…… 上手くいったのか?
 俺が鍵を使う間に集まってきていた魔物が周りにいるから上手くいったって気がしない。
「ほら、メル。取り敢えずこいつら倒してくれ」
 武器を渡してメルに頼む。周りのやつらをどうにかしないとさっぱりわからん。
「は〜い! じゃ、やるよ馬鹿武器」
 そう言って武器を嵌めた右腕を振るおうとする。
『待て! 小娘!』
 武器の奴がメルを止める。
 しかし、メルは気を込めて腕を振るい――
 パシュッ。
 生まれ出た衝撃波は握りこぶし一つ分くらい。そのスピードは歩く老人の方が速いだろうくらいで、そうして二秒ほど進むと弱々しく消えた。
 ……
『何をしたか知らんが…… 白髪小僧のおかげで随分魔力を封じられた。先のような攻撃はできん』
 成功はしたみたいだけど……
「それで、魔物を引き寄せることももうないのか?」
『そんなことは知らん。元々我の意思で呼んでいたわけではないのだ。奴らが我の魔力に引き寄せられて勝手に来ていただけだからな』
 役に立たねぇ〜。アリシアに聞くか。
「アリシア、どうなんだ?」
「先ほどのように魔物が寄ってくる気配はありませんから上手く抑えられたようですが、今いる魔物たちは倒すしかないでしょうね……」
 アリシアの答えの前半は喜ぶべきものだったが、その後半は――
 メルの滅茶苦茶攻撃がない状態でこの集団を相手にするのか……
 魔物たちはざっと眺めただけで五十はくだらないことがわかる。
 個々は簡単に倒せる奴ばかりだが、この数はさすがにきついぞ。はぁ〜。

東方への序曲

「事情はわかりました。武器は使う者があってこそ。お持ち頂いて構いません」
 私達は再びイシス国の謁見の間にいた。
 武器(本人曰く「黄金の爪」と呼ばれていたらしい)の魔力を抑えることに成功した後は、意外と楽に魔物たちを全滅させることができた。
 まず、メルの働きが大きかった。魔力が抑えられたといっても、武器はまだ気の力を利用して爪を伸ばすことはでき、衝撃波を出せないまでもそれで攻撃した威力は相当なものだった。加えてリーチも長いからメルの戦闘能力は以前と比べると大幅にアップしていたのだ。
 そして、アランさんが別れていた間に魔法剣を習得していたのもよかった。
 ピラミッド内な上に二人が加わって大所帯になったため、他の人を巻き込むことを恐れて私は大規模な呪文を使えなかった。その点アランさんができるようになった魔法剣は剣に属性を付加させるだけなので誰かを巻き込むこともなく、炎を付加させてミイラ男を一刀両断したり、その炎を剣から解放してメラミより少し劣る程度の炎を生み出し包み込んだりと小回りが利いた。
 私も簡単な呪文やナイフで応戦していたけど、やっぱりあの二人の働きは大きかったと思う。アリシアさんの補助呪文が有効に働くには彼らのような肉弾戦を主にする人達がメインの方がいいっていうのもあるしね。
 で、その後は外に出てキメラの翼でイシスへひとっ飛び。
 帰ってきた報告と、国家所有の武器の持ち出し許可を貰いに謁見をしに来たってわけ。
「ありがとうございます」
『ふん。我を封印した者よりはましな判断力を持っておるようだな』
 普通にお礼を言った私と、憎まれ口を叩く武器。
 どういう育ち方したんだか……
「その件は誠に申し訳ありませんでした」
「あはは、こ〜んな馬鹿武器に謝ることないって」
『馬鹿武器と呼ぶなと言ったであろう、メル!』
「はいはい、キンちゃん」
『……それもやめんか』
 女王は言い合いをするメルとキンちゃんを戸惑った顔で見詰めている。
 まあ、中々珍しい光景ではあるよね。
 メルは武器のことをキンちゃんと呼ぶようになった。黄金の爪の金でキンちゃんらしい。
 武器は憎たらしい口調で止めろと言っていたけど、ゴーイングマイウェイなメルが聞くわけもなくその呼び方が定着してきている。
 斯くいう私も呼び方に困るからそう呼ぶこともあるし、武器と呼ぶこともあるし、まちまちだ。アランさんも似たような感じ。
 アリシアさんだけは「黄金の爪さん」と呼んでいて、武器に気に入られているけど。
 それとキンちゃんは私たちのことを大体は名前で呼ぶようになった。たまに小娘とか小僧とか馬鹿者とかと呼ぶことはあるけど、基本は名前になってきている。そういう意味じゃ一番大人な対応をしていると思う。
「あの、女王様にお聞きしたいことがあるのですが」
 アリシアさんが言った。
「なんでしょう?」
「この黄金の爪さんは結果として私が探しているものではなかったのですが…… そのものは高い魔力を有していることから国が秘宝などとして所有している可能性が高いのです。もし女王様が他の国のそういう情報をお知りでしたら、お聞かせ願いたいのです」
 そっか、一般人じゃ知れないようなことも王族なら知っているかもしれないもんね。
 アリシアさんの頭の回転の速さに改めて感心する。
「他国の秘宝……ですか。エジンベア国の地下にあるという不思議な壷、サマンオサ国が持つ真実を映す鏡、詳しくは知りませんがランシール国も長年守り続けている何かがあると聞きます。後はそうですね…… サマンオサ国の北方には不思議な文化を持つ民がいると聞きますから、その辺りも……ああ、不思議な文化といえばジパング国もそうですね。そういえば彼の国を治めるのは不思議な力を持つ女性らしいです。近年では厄介な怪物が現れて大変ということも聞きますからそういう高魔力の何かが関係しているかもしれません」
 そこまで一気に言ってこちらを一度見る女王。
 大体は聞いたことがある国だけど……
「あの…… ジパング国というのは?」
 あまり聞いたことがなかったので質問をする。
「東方にある島国です。日出ずる国、黄金の国などと呼ばれている独自の文化を持った小国ですね。まあ実際に黄金があるわけではなく、昔の冒険家の創作が事実として受け入れられたのが今も伝えられているようです。とはいえその不思議な文化は黄金の国という呼び名を信じてしまいたくなるような雰囲気を秘めていて、貴女方がお探しのようなものがある可能性はあるでしょう」
 ふ〜ん、オーブの件がなくてもちょっと行ってみたいかも。料理はどうなのかな?
「怪物というのはどのような?」
 食べ物に思考を支配された私の代わりにアリシアさんが質問を続けた。
「詳しいことは伝わってきていませんが…… 八つ首の化け物が現れ生贄を望むとか」
『生贄!』
 あまりに古風で、それでいて残酷な響きに声を上げると、みんなと重なった。
「それは本当なのですか?」
「信じらんない! な〜んて極悪な魔物なの!」
「事実なら放って置けないな」
 口々に言う他の三人。
「私も事実かはわかりません。直接赴いたわけではありませんから。ただ、信頼できる筋の情報ですから恐らくは」
 王族の信頼できるソースということは、まず間違いないだろう。
「応援を送ったりは?」
 アランさんが訊いた。
「ジパング国が拒否しているそうです。その怪物を神と崇め、生贄を神の身元へ向う儀式として受け入れているとか」
「そんな変な解釈って!」
 思わず声を荒げると、
「それがジパング国の不思議な文化のひとつです。善悪関わらず神と崇め信仰する。荒ぶる神に対しては信仰を持つことでその荒魂を鎮めると。生贄もその一環として考えているのでしょう」
 答えたのはアリシアさんだ。
 その幅広い知識に感心しながらも、納得はできない。
「だけど……」
 後を続けることはできなかった。
 納得はできないけど、文化が違う者同士がわかりあうことが難しいことも確かなんだ。私たちがいくら言ってもジパングの人は……
「……そろそろお暇しましょう。女王様、失礼いたします」
「ええ、探し物が見つかることを祈っております」
「ありがとうございます」
『失礼します』
「お元気で」
 アリシアさんが突然挨拶して退室しようとするので、私とアランさんも慌てて挨拶して、女王の素敵な笑顔を受けてからアリシアさんに続く。メルは軽く手を上げてから、
「じゃ!」
 と言ってついてきた。
 謁見の間を出てしばらくしてから、
「突然どうしたんですか? アリシアさん」
「あそこで話していたのでは国際問題となってしまいかねないですから」
「?」
「私達が勝手に行くとしても女王様の前で宣言すれば、ジパング国が拒否をしている以上女王様は私達を止めなくてはならなくなります。それでも私達が行けばその責任が女王様にかからないとも限らない」
「ちょっと待てよ! ジパングに行くってのか?」
 アリシアさんが話していることを私が漸く理解した時、アランさんが言葉を紡ぐ。
「私はいいと思いますよ」
「ケイティ……」
「聞いた以上、放っては置けないです」
 私がそういうとアランさんはため息をついてから、
「お前が言うならいいよ。俺だってどうにかしたいと思う」
「わたしも賛成! 異国の地で怪物退治! 燃える〜!」
 メルは少し不謹慎だと思うな…… まあ、悪気はないだろうし、謁見の間での憤慨ぶりを見る限りどうにかしなきゃと思っているのも事実だろうけど。
 そんなことを考えているとアランさんがアリシアさんに声をかけた。
「にしてもお前が怪物をどうにかしようとするなんて少し意外だな」
「私はアランさんの中でどういう風になっているんですか?」
 苦笑気味ではあるが優しい笑みを浮かべて答えるアリシアさん。
「別に人でなしとか思っているわけじゃないが、目的を第一に考えそうだからな。オーブの探索を優先させそうだ」
「ああ、それは間違ってはいないかもしれません。強力な魔物は高魔力な何かに中てられて生まれることが多いですからオーブの存在も否定はできませんし」
「ああ、それなら納得だ」
「あ、ですが、生贄なんていう愚行をどうにかしたいというのも事実ですよ?」
「はい、はい」
 ……何かこの二人、随分仲良くなってるような気がする。
 楽しそうに話している二人を見ながらそんなことを考える。
 何だろ? 少し変な気分。
『ほぉ、中々面白い人間関係のようだな。楽しめそうだ』
「へ? 何のこと? キンちゃん」
『子供は気にするな、メル』
「な、捨ててくわよ! 馬鹿武器!」
『ふん! 我を捨てて主ごときが魔物との戦いを生き残れると思っておるのか? めでたい奴だ』
「何ですって〜!」
 メルと武器の言い合いを聞きながら考える。
 何でこんなよくわからない気分になるのかを。
 う〜ん…… お腹空いたのかな? よし、激辛料理食べに行こう!
 三日ぶりのまともな料理が恋しいや。