15.海に生きる者達
視線の先で燃えている船を見ながら脱力して思う。
このパーティは本当に勇者一行なのか……?
ロマリア港を出て二日、青く澄んだ空を見上げながらふと思った。
我がパーティは日頃の行いがいいとはいえないのに随分天気に恵まれるよな、と。
昨日はやや荒れ気味の天候だったが、それでもさして苦労しない程度だった。加えて本日の晴天ぶりといったら思わずまどろんでしまうほど。海の神様は俺らの内の誰かを贔屓にしているのかもしれない。
「おい、バーニィ。そろそろ交替の時間だぞ」
甲板で仰向けになっていた俺にジェイが声をかけてきた。
ロマリア前王から脅し取った船に乗ってからは他の三人もきちんと見張りをするようになった。やはり先日の謎の生物の存在が大きかったのだろう。
まあ、それでもエミリアはジェイとほとんど行動を共にしているし、アマンダは相変わらず酒を飲みつつの見張りをしているようだが、そこら辺は突っ込んでも仕方がないだろう。付き合いも長くなってきたから無駄なこととそうでないことの判別がついてきた。
「おう、わかった。何か変なことあったか?」
「いいや、退屈なほど異常なしだよ。雨雲も見えないし変な生き物もいない。平和なもんだ」
言ってから大きくあくびをするジェイ。
こう順調な航海が続けば眠気のひとつも沸き起こるってもんだぁな。
「ま、そうはいっても油断はしないようにしねぇとな。この前みたいなことになられちゃたまったもんじゃない」
「つーか、この前みたいなのが相手の時は見張りしててもしてなくてもそう変わらないだろ」
軽く忠告を入れると、ジェイは出航してから幾度目かになる文句を紡ぐ。
とはいえ、こればっかりは俺も同意見だが……
「まあな。けど、一応やっておいた方が少しは安心だろ?」
「本当に少しだけな……」
言ってため息をつく。ま、気持ちはわかる。
とはいえ、昨日から何度か話した結果、俺もジェイもあの生物がこの海域では出ないだろうという結論に達してはいる。
というのもロマリアで、というか世間的にあの生物らしき話題が一切出ていないからだ。
あんな大きな生物が移動して誰も気付かないわけがない。陸地から見たって気付くはずだ。ということは、あの生物は移動せずにノアニールから東へ向った辺りの海域に未だいることが予想される。
まさかあんなものが何匹もいるとは思えないからここら辺でお目にかかることはない……と思いたい。
にしても、あれは何を食べて生きてるんだろうな……
「なあ。あいつはあの巨体を維持する分の食事をどうやって取っていると思う?」
取り敢えず世間話をするみたいな感覚でジェイに聞いてみる。
世間話というには微妙なチョイスではあるが……
「ああ、それはエミリアとも話してみたんだけどな。食事でエネルギーを取るんじゃなくて、高魔力な何かからエネルギーを得ているんじゃないかって」
「わかんねぇ」
全体的に何を言っているのかさっぱりわからない。
「俺もよくはわからないけどな。すっげぇ魔力の高い物質なんかが海の底にでもあって、仮にそれを普通の魔物が飲み込んだりしたらあんな風に巨大化することもあるかもしれねぇんだってよ」
「じゃあ何か? あいつは、元はただのしびれくらげだったりするわけか?」
「さあ? それは本人に聞いてみないと」
ジェイの話を聞いて思いついたことを言ってみる。
それに対し、ジェイは軽く首をすくめておどけた声を出した。
……まあ、それはそうなんだけどな。聞けねぇだろ。
「ふう、考えてても仕方ないか。じゃ、見張り行ってくるぜ」
「おう。あ、そうだ。エミリア知らないか?」
軽く手を上げて見張り台の方へ向おうとするとジェイが聞いてくる。
「いや、知らねぇよ。そういや珍しく一緒じゃないんだなっていうか最近一緒じゃないこと結構あるよな」
思い返すとノアニールに泊った時くらいから別行動していることが多いような……
「ああ、何か最近アマンダと話があるとかなんとかでな」
「アマンダと? あいつらそんな仲良かったか?」
「良くもなく悪くもなくって感じだったけど…… 旅で仲良くなったのかもな。まあいいことだよ」
いいことねぇ……
アマンダは何となくエミリアよりも底が知れない感じだからな。そういうところが映って更に扱いづらい嬢ちゃんになったら俺の命が縮まるぞ。
「そりゃ結構なことで…… ま、それならアマンダのところにいるのかもな。船室に行ってみたらどうだ」
「ああ、それもそうか。行ってみる。しっかり見張れよ、ウサネコ」
「俺はウサネコって呼び方を認めた覚えはないんだがな」
久し振りに注意をしてみる。
まあ、今更変えさせようという気も起きないから半分認めたようなものだけど。
ジェイは俺のそんな発言は気にせずに船室へ向う戸を潜っていってしまった。
ま、言うだけ無駄だよな。
「さて、しっかり見張るか」
呟いてから足を見張り台へと向ける。
天気もいいから海を見ているだけでも楽しいといえば楽しいだろう。
「あれは海賊船か? 珍しいなこんなご時世に」
時代錯誤なドクロつきの帆を掲げた船を遠くに見ながら呟く。
見張りに立ってから小一時間といったところか。
どうも俺はトラブルとの的中率が高いらしい。
すっきりと晴れ渡ったこの状況、向こうからもこちらははっきりと確認できているはずだ。実際こちらに向かって進んでいるようであるし、戦いになるのは時間の問題だろう。投降すれば戦わなくても済むだろうが、勿論そんなつもりはない。
何にしても他の奴らに知らせないとな。
梯子を降りるのも億劫で、見張り台から飛び降りて客室へと続く戸に向かう。
勢いよくその戸を開き叫ぶ。
「おい! 緊急事態だ! 直ぐ上に来い!」
割と直ぐにやって来たのはジェイとエミリア。アマンダはいつも通りゆったりと上がって来た。
「どうしたんだ?」
辺りの海を眺めながら訊くジェイ。
見張り台から見てやっと見えるくらいだったから、甲板から見回しただけでは状況を理解することはできないだろう。
「海賊だ。まだ距離はあるが結構スピード出ているみたいだからその内戦いになる」
「なんだ、ただの海賊か…… 緊急事態なんて言うからこの前の奴が出たのかと思ったぜ」
「紛らわしいわよ、ウサネコ」
言って船室に引き返そうとする二人。
俺自身、この前のと比べると海賊なんて子猫に甘噛みされているようなものだとは思うが……
「待て〜! 何戻ろうとしてんだ!」
「別に海賊くらいお前だけで充分だろ? 頑張れよ」
軽く返事をして戸を潜るジェイ。それに続くエミリア。
アマンダは縁に寄りかかって海を眺めてはいるが、見張っているというより酔い覚ましをしているようだ。また、酒飲んでたみたいだな。
「白兵戦になりゃ何とかできなくもないとはおもうが…… 大砲撃ってきたらどうすんだよ!」
「受け止めろ」
「盾になりなさい」
すごい無茶を言ってくれるお子様二人。
「お前らなぁ」
「冗談だよ、いくらなんでも。エミリア、メラゾーマでもお見舞いしてやれ」
「オッケー」
「待て待て待てっ!」
話している間に甲板からでも見えるようになった海賊船の方を向いて、手に炎を生み出すエミリア。
さすがにそれはどうかと思い急いで止める。
「何よ?」
「相手が海賊とはいっても、そんな問答無用で吹き飛ばすなよ。俺たちは仮にも勇者一行だろうが!」
「勇者だからこそ盗人連中を退治しないと」
破顔一笑してそんなことを言うジェイ。
正しいことを言っているようなそうでもないような。
というかその論理からいうと俺も対象になる。
「どうでもいいけど海賊ども直ぐそこまで来たわよ」
「そこの船! 大人しく停止して投降しろ! 出すものさえ出せば――」
「メラゾーマ」
海賊船から聞こえてきた甲高い声を遮ってエミリアが炎の高位魔法を唱えた。
やっちまったし……
メラゾーマで狙った場所が帆の部分だったので、火が所々くすぶってはいるものの沈没するほどの被害ではなかったようだ。
そういう意味では少し気を遣ったのかもしれないが、火を消そうと右往左往している海賊たちにとってはそんな気遣いなど無意味だろう。
その時海賊の一人の体に炎が燃え移って、それを消すために海へと落ちていくのが見えた。ただ悪いことに向こうの他の連中はそのことに気付いていない。海賊だけあって泳ぎは得意なようで溺れるなんて間抜けなことにはなっていないようだが…… ずっと気付かれなければそれも時間の問題だろう。
たくっ、仕方ないな。
びゅっ!
俺らの船に備え付けられている救命用の縄付き浮き輪を投げてやる。
海賊その一がそれに捕まったので引き揚げる。
「すまねぇ」
甲板まで引き揚げてやった後、微妙な顔でこちらに礼を言う海賊。
まあ、火をつけたのもこっちだから素直に礼を言う気になれないのは当然か。
「さすがに目の前で沈まれちゃ寝覚めが悪いさ」
「あんたらはロマリア王族の護衛か何かかい?」
突然妙なことを訊く海賊……妙ということもないか。この船にはロマリア王族の紋章が入っているから、王族の人間が誰か乗っていると考える方が自然かもしれない。
「いや。この船を使っているのはなんていうか訳ありでね。別にロマリアとは特に関係はない」
「そ、そうなのか? お嬢ーーー!」
俺の言葉に驚いてから自分たちの船に向かって叫ぶ海賊。
ロマリア王族が相手じゃないと何かまずいのか?
「カズン! 何でそっちにいるんだ?」
海賊の声に応えて、赤毛を短く刈った女が声を張り上げる。
それなりの格好をすれば見目麗しいといえなくもない美人ではあるが、格好がこざっぱりし過ぎていて少年海賊にしか見えない。
「海に落ちたところをこの兄ちゃんに助けられたんでさぁ! それよりこの船、ロマリア王族に関係ないみたいっすよ!」
「何だと? 確かか!」
「おそらく! 見たところ王族が乗っているほど護衛もいませんし」
「そうか…… 皆、砲火は中止だ! 消火にだけ集中しろ!」
そう女が号令をかけると船上の海賊たちは大きな声で応え、それぞれ消火にあたる。
大砲使おうとしてたのか危ねぇ〜。情けは人の為ならずとはよく言ったもんだぜ。
しかし、雰囲気からしてあの女が頭なのか? 女の頭とは珍しいな。
「エミリア、何かこっち襲う気ないみたいだし、ヒャド系で火消してやれ」
「わかったわ」
ジェイが頼むと、エミリアは素直に精神を集中させて――
「ヒャダイン」
本来なら対象を包む氷を生み出し砕くはずの呪文は、広範囲に対して水を生み出し炎の大半を鎮めてしまう。
まだ軽く燻っているところはあるが、あれくらいなら簡単に消せるだろう。
にしても――
「ヒャド系ってそういう消火作業仕様にもできるんだな」
「普通はできないわよ。軽い応用をしないと」
訊いてみるとエミリアはそう適当に返した。
このスーパー嬢ちゃんの“軽い応用”は相当難しそうだな……
「消火に手を貸してくれたこと、感謝する。このカズンのこともな」
言って後ろに控えているカズンを親指で差す頭。
頭は十人くらいの手下を引き連れてこちらの船にやってきていた。
彼女たちの船と俺たちの船は碇を下ろして停船し、こうして話をしているというわけだ。
ちなみに他の海賊連中は船に残り、できる場所を修理しているようだ。
「そっちのカズンってやつのことはともかく、火をつけたのも俺たちなんだから礼を言うこともないだろう?」
「いや、あたいたちはあんたらを襲おうとしていたんだ。そちらが攻撃を仕掛けるのも当然のこと。文句を言えた立場じゃないさ。礼はきちんとしなきゃならない」
律儀なことだ。
「ところでよ、俺たちがロマリア王族関係じゃないと知れた途端襲うのを止めたのはどういうわけだ?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「それはな、俺たちはブルジョワ嗜好なんだよ。狙うのは王族や貴族みたいな金持ち連中さ」
「そういうことさ。金はある場所から奪うもんってのがあたい達の常識でね。前の頭からもずっと言われてきた」
後ろに控えている内のひとりが言ったことに女頭が同調する。
カンダタといい、こいつらといい庶民に優しい奴らが多いな。
というかロマリアで毒針さばいてきたから、実は俺、今限定で金持ちなんだけどな。どんくらいで売れたかっていうと、まあ五本の指分の紙幣を貰ったとだけ言っておこう。
「なぁ、あんたが頭なのか?」
「そうだ」
そこでジェイが続いて質問をすると女頭は簡潔に答える。
「女だろ?」
「なんだい? 女が海賊の頭なんかやってちゃおかしいってのかい?」
軽く凄んで言う頭。
「変だろ」
「おかしいわよね」
「まあ、一般的じゃないわな」
「服のセンスがないと思うわ」
口々に正直な感想を言う俺たち。何か前にも似たようなことがあった気がするな。
というか最後のアマンダだけ批判の方向性がおかしいけど。
「……あははははっ! 正直な奴らだねぇ」
少し沈黙してから豪快に笑う頭。
「兄ちゃんたち、いい度胸してるな。普通そういうこと言わないぜ」
「思ったことは言わないとストレスが溜まる」
後ろに控えている海賊が声をかけてきて、ジェイがそれに応える。
ま、確かにな。
「しかしこのご時世に海賊をやってるなんて、相当腕に自信あるんだろうな」
魔物の凶暴化や増加が目立ってきてからは、わざわざ海で略奪行為をするものたちはいなくなってきた。それでも海賊稼業をやめていないということはそういうことなのだろう。
「はっ! 魔物如きに遅れを取る訳にはいかないさ! あたい達は代々海賊稼業で生きてきたんだからね!」
「代々? 名前は何ていうんだ?」
代々続く海賊の家系ならそれなりに名が通っている場合が多い。
「女に名前を聞く時は自分から名乗るんだな」
「ああ、悪りぃ。バーニィ、バーニィ=キャットウォークだ」
「へえ、聞いたことがあるな。腕っぷしは強いし技術も悪くないけど、派手な格好で目立って何回かお縄についてる変わり者の盗賊だって」
「ほっとけ」
余計な情報を開示してくれる女頭に突っ込む。
「するとそっちの連中も盗賊仲間かい?」
「そんな犯罪者と一緒にするな。俺はアリアハン国が誇る勇者様、ジェイだ」
「そして私はそのベストパートナー、エミリア」
「んで、あたしは元ウエイトレスのアマンダ様よ」
言って妙なポーズを決める三人。……恥ずッ!
「あっはっはっは! 変わった連中だねぇ。あたいはアディナ=ガンドラント。ガンドラント海賊団の頭をしている」
「ガンドラント? へぇ、そこまで有名どころがくるとは思わなかったな」
「何だ、知ってんのか? バーニィ」
思わず呟くとジェイが聞いてきた。
「サマンオサ国の南方に幅を利かせている海賊団だ。もう五十年くらいの歴史はあるんじゃないか?」
「そうさね。じっちゃんの代からだしそんぐらいにはなるか」
人によってはその名を聞いただけで震え上がるか、もしくは尊敬の眼差しを向けるか、それほどの海賊団であるのに、その頭たるアディナはまったくそんなことを気にしていない風。
まあそういうことを笠に着られても鬱陶しいだけだけどな。
「サマンオサ国…… 随分遠出するのね、海賊というのは」
エミリアがアディナに声をかけた。
そういえば確かにそうだ。
ここはまだロマリア海域。外海に出るためのポルトガ国付近の海峡にも至っていない。
サマンオサ付近を根城としているガンドラントがこんなところにいるのは少し妙だ。
「ああ、ちょっとおもしろい噂があってね。この海域で幽霊船が出るとかってな」
『幽霊船?』
ジェイとエミリアの声が重なった。
俺は前にその噂を聞いたことがあったから特に反応はしない。アマンダも反応していないが、彼女はあの生物を見ても海は広いからとか言っていたくらいだから、今回もそんな風に感じているのかもしれない。
「この付近で、乗組員が一人も見当たらないおんぼろ船の目撃談が昔からあるんだよ。大体十年くらい前からか…… しっかし、あんな噂を信じてるのか?」
ジェイたちに軽く説明を入れてから思わず声をかける。
わざわざサマンオサくんだりから来るような魅力もないと思うが……
「海賊ってのはロマンチストが多いんだよ。特に海に関する不思議な話は好まれるね。最近じゃあたいらの縄張りでも船を出す金持ちが減ってきてるから仕事になんなくてさ。思い切って遠出するついでに、長年気になってきた幽霊船の真相を確かめようかと」
「ふ〜ん、海賊ってのは変わり者が多いんだな」
俺が適当な相槌を打つと、
「確かに! 違いねぇや!」
後ろに控えている奴らと共におかしそうに笑い出すアディナ。
……ほんと、変わっているよ。
その後はガンドラント海賊団の船の修理等を手伝った。
アディナは気にするなと言ったがこちらのせいなのだしそういうわけにもいくまい。
ガンドラントに恩を売っておくのも悪くないし。
ジェイも少し海賊や幽霊船に興味を惹かれたのか同意した。エミリアは言わずもがな。
唯一アマンダが面倒だと言って渋ったが、ジェイの意向優先のエミリアと対立するのが馬鹿らしいことは分かっているようで直ぐに折れた。
まあ修理といっても資材が足りないのは明らかなので大したことはできないが、それなりに見られるようになったし航行にも問題はないだろう。
帆がなくなったのはきついだろうが、ガンドラントほどの大人数ならオールで漕ぐだけでもスピードは出る。幸いここら辺は港も多いからドクロの帆がない状況なら修理にも困りはしないはずだ。
「すっかり世話になったな、お前ら」
ひと段落ついて四人で適当に話しているとアディナが声をかけてきた。
「別に。大体はあんたの部下がやったじゃん」
ジェイが返す。
確かに、大所帯のガンドラントだけあって廃材の撤去も実に早かったから、俺らは結果的にちょっと手を貸したくらいのものだった。
「ま、それはそうだがな。助かったのも事実だ。礼を言わせてくれ。それと、皆と話し合ったんだが、酒宴のひとつも開こうかと思ってな」
おぉ、いいねぇ。さすが海賊は景気がいいや。
って、何がさすがなのか我ながらわからんが……
「そういうことならご相伴にあずかろうや、なあ」
「そうね。ただ酒ほど嬉しいものはないわ」
声をかけると、アマンダは当然のごとくのっかってきた。
しかしジェイとエミリアは難色を示す。
この間のシャンパーニの塔での頭痛を思い出しているのだろう。
「先日ポルトガ地方で仕入れた果物等もあるし、お前らはそれでもつまめばどうだ。言ってくれれば料理も用意させるぞ。まあ、あまり旨くはないが……」
アディナがそう言うと二人も提案を受けた。
基本的に二人ともただ飯などは見逃さないのだ。
そんな訳でガンドラントの船上で宴会が催されることになった。
にしてもカンダタの時といい、ロマリアでのパーティといい、最近宴会づいてるな俺たち。
ザザザ、ザザザ
目を覚ましてまず聞いたのは波の音。
話し声も人の動く音もしないから宴は終わっているようだ。
今がどのくらいの時間かわからないが空が白み始めているし、どちらかといえば朝方に近そうである。
起きていても仕方ないしもう少し寝るか……
そう考えた時、起き上がっている影があることに気づく。
「アマンダ」
「あら、ウサネコちゃん。起きたのね」
こちらを向いたその手には酒を入れたカップ。
また飲んでんのか、こいつは……
「随分早いな」
「違うわよ。早いんじゃなくて、遅いの」
「は? ずっと起きてたのか?」
予想外のセリフに思わず間の抜けた声を出す。
これが本当なら、“また飲んでる”じゃなくて“まだ飲んでる”だ。
「まあね。昼寝てたせいか眠くなんないのよ」
うわ、完全に夜型人間と化してるし、こいつ。
人のこと言えた立場でもないが……
「そういうことなら付き合ってやるよ」
言って、樽の中に入っているラム酒を手近にあったカップですくう。
「眠いんなら無理しなくてもいいわよ?」
「一度起きると目は冴える方でね。変な気遣いしてんじゃねぇよ、気持ち悪い」
「失礼なウサちゃんねぇ」
苦笑しつつそう言ってから、カップを俺のカップと合わせて軽く、乾杯と呟く。
「ウサちゃんは止めろよな」
「ウサネコちゃんはいいのに?」
「そっちだって認めた覚えはないんだぞ。ただあいつらは言っても聞かねぇし」
それはこいつも同じだけどな。
「そういうことなら、あたしはきちんと名前で呼ぶ?」
「は?」
「どうかした? 変な声出して」
可笑しそうに笑って訊いてくるアマンダ。
「いや、お前もあいつらと同じで聞かなそうだと思ってたからな」
「まあ、呼び方として気に入ってるしウサネコちゃんの方がいいけど…… 嫌なら変えてもいいわよ?」
……何か意外だな。タイプ的に傍若無人な奴だと思ってたんだが。
ま、でも今更だよな。
「別に。ウサネコのまんまで構わねぇよ。急に変えられると何か変な感じだし」
「そう。ならウサネコちゃんのまんまね」
言って、カップに残っていた酒を一気に飲み干す。そして樽の中に入っている酒を勢いよくすくった。
こいつ、ザルだよなぁ。
「そんだけ飲んだら眠気のひとつも起こりそうだがなぁ」
「これくらいじゃどうってことないわよ。なめないでよね」
そう言ってからすくったばかりの酒も一気に飲む。
「俺も負けてらんねぇな!」
気合を入れて先ほどすくったばかりのものを一気飲み。
「ロマリアに続いて勝負する? ってそういえばまだ奴隷期間五日ほど残ってるんだったわね」
「つーか、俺それ覚えてねぇんだけど……」
ロマリア城でのパーティの次の日にアマンダにそのことを言われて戸惑ったのは記憶に新しい。
「そんな言い訳は却下よ。そうね、取り敢えずこの樽の中身も少なくなってきてるし、向こうから新しく持ってきてもらえるかしら? 奴隷くん」
にっこり笑いながらそう言うアマンダ。
「へい、へい。分かりましたよ、女王様」
「女王様よりお姫様がいいわね」
「そんな歳かよ」
思わず正直な感想を言ったら頭を殴られる。
口は災いの元、か……
それ以上何も言わずに酒樽のある元へ足を向けて――
「ん?」
今、何かが見えたような気がした。
朝霧が立ち込める白い海原に影を落とす何かが――
その気配を感じた方向に目を向けて、直ぐに気のせいではないことを知る。
そこには船がいた。
この辺は定期船もまだ出ているし個人所有の船だって多いらしいから、その内の一隻かとも思ったが……そうではない。
その船は――長年使っていなかったかのようなボロさが確認できた。割と距離があるにも関わらずそれを確認できたのだから相当だろう。
こいつはもしかして――
「噂の幽霊船かしらね」
アマンダが呟く。
こんなものが実際に目に映っているこの状況でその言葉を否定しようとは思えなかった。
実際に幽霊船かただのぼろい船かは知らないが、トラブルの元であろうことは容易に想像できる。
ふぅ…… 俺は本当にトラブルとの的中率が高いな。