16.その先にあるモノ

 今わたしたちはバハラタという海辺の町にいる。
 イシスからこの町へとキメラの翼でやってきたのは二日前のこと。ここにはわたしが以前来たことがあったのだ。
 ジパングへ直接行ければよかったのだけど、わたしもアリシアさんも残念なことに行ったことがなかった。
 それで、比較的ジパングに近いこの町へとやってきたわけだ。
 ここからなら定期船の一本もあるのかと思ってたんだけど……
 かの国は何年も前から交易を絶っていて鎖国状態なのだそうで、渡るにはどこかの国の使節団に潜り込むか、もしくは誰か行ったことのある者にルーラなどで送ってもらうしかないという。
 そんなわけで、唯一の成人アランさんは酒場で、アリシアさんは教会やお店で、わたしとケイティはご飯屋さんで聞き込みを続けている。

「すみませ〜ん! 特選ペッパー定食くださ〜い!」
「私も!」
 ちょうど十軒目のお店で名物の黒胡椒を使っているであろう素敵定食が目に入ってきたのだから、これはもう運命と諦めて注文するしかないとウエイトレスのお姉さんに声をかける。
 ケイティとわくわくしながら待っていると、しばらくしてお姉さんが注文の品を持ってきた。
『いっただきま〜すっ!』
 大声で言ってからナイフをお肉に入れる。
『おいし〜!』
 一口食べて感激し思わず声を上げると、ケイティと重なった。
 塩と胡椒の絶妙なブレンドがグッド!
『お前たち…… アランが渡した金もそう多くないというのに食べ過ぎだ』
 キンちゃんが道具袋の中から声を上げた。
 今日はまだ十軒中七軒でしか食べていないのに…… キンちゃんって意外と貧乏性だよね。
「だいじょぶ、だいじょぶ。わたし、ご飯用にへそくりあるから」
 カミ爺からもらったお金が実はまだ残ってるのだ。アランさんには内緒だけど。
「ナ〜イス、メル! ゴチになりま〜す」
「まかせちゃって〜」
 料理を口に頬張りながらケイティと二人でおどける。
『まったく。アランが聞いたら何と言うやら』
 そうキンちゃんが呟いた時、お店の入り口が大きな音を立てて開き、見たことのない格好の男の人が転がり込んできた。ここら辺の人ではなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
 ウエイトレスのお姉さんが声をかけている。
 行き倒れか何かだろうか?
『メル、何かあったのか?』
「ん〜。何か、行き倒れっぽい人が店に入ってきたよ。変な格好してるな〜」
「メル、声大きいって。でも確かに、あまり見ない服だね」
 キンちゃんの問いに答えてから、行き倒れくんの服装についてケイティと話す。
 するとキンちゃんは更に食いついてきた。
『メル、少し我を外に出せ』
「ん? 別にいいけど、どうしたの? 気分転換に外の空気が吸いたくなったとか?」
 適当なことを言いながら、道具袋からキンちゃんを取り出す。
『やはりな。あの男はジパング国の者だ。食い物でも奢って恩を売っておけ』
「ほんと? 武器」
 ケイティが驚きの声を上げた。
 でも私はそれよりなにより今更ながらに気になったことがある。
「キンちゃんってどこに目があるの?」
『秘密だ』

「助かりました。樽で海を越える何ていう無茶をしたおかげで、食事がまったくできなくて…… 一週間ぶりにまともな食事を取らせて頂きましたよ」
「樽に乗って来たの?」
 キンちゃんの忠告に従ってジパングの行き倒れヤマトくんに食事を奢り、一息ついたところで話を聞いたら、とんでもない事実を知ることとなり思わず驚きの声を上げる。
「船も出ていませんし、そもそも外の国へ出ることはヒミコ様に禁止されていますから、何か誤魔化せるような方法で海に出るしかなかったのです」
 今話に出てきたヒミコというのは、どうやらジパングの王様みたいな人らしい。
 不思議な力を持っていて、その力で天気を占ったり、あるいは天候を自由に操ったり、最近では噂の魔物ヤマタノオロチを鎮めるために日夜頑張っているそうだ。
 まあ、その頑張っている内容っていうのが、ヤマトくんに樽での出国を決意させたんだけど……
「で、ヤマタノオロチへ生贄を与えて鎮めようと言い出したのがヒミコって人なんだ。とんだ王様もいたもんだね〜」
「ヒミコ様の選択は正しいのです! 寧ろそれに納得することができない私こそが…… いくらヤヨイが生贄に選ばれたからといって」
 ヤヨイというのはヤマトくんの恋人らしい。
 一年に一度選ばれる生贄に、運悪く今年選ばれてしまったのだそうだ。
 好きな人が生贄に選ばれるっていうのは、納得できないだけの充分な理由になると思うんだけど…… というか、そんなことがなくても生贄なんていう処置には疑問を覚えて当然なんじゃないかな〜?
「ヤマトさん。私達はジパングに行きたいのですけど、できれば連れて行ってもらえないでしょうか? キメラの翼はこちらで用意させてもらいますし」
 そこでケイティが声をかけた。
 ヤマトくんは顔を輝かせ、
「それはこちらとしても願ったり叶ったりです。私が海を渡ったのはヤマタノオロチを倒してくださる方を探すためだったのですから」
 あらら、びっくりするくらい都合のいい展開。あれ、でも……
「神として祀ってるとかって話じゃなかったっけ?」
 イシスのソティス女王はそのようなことを言っていたと思う。
「確かにそうなのですが……」
 そこで長い沈黙に入るヤマトくん。
 なるほど、化け物神よりは恋人の方が大事ってわけね。
 文化は違っても、結局はおんなじ人間ってことかな?
 ま、何にしてもアランさん、アリシアさんと合流しないとね。
 黒胡椒料理が食べられなくなるのは残念だけど、これでやっとジパングに行けるよ〜。

 黒い毛で覆われた大きな腕が繰り出す強力な一撃を紙一重で避け、気を込めたキンちゃんの爪でその腕を切り落とす。
 それでも動きを止めずに、もう片方の腕で攻撃を仕掛けてくるんだからとんでもないタフさだ。
 ジパング地方に多く生息している豪傑熊。わたしたちの前にはそれが三匹いた。
 ヤマトくんとわたしたちが一緒にいるところを見られると、ヒミコの命令に背いたことがばれて何かと面倒なことになりそうではないか、とアリシアさんが言ったので、ジパングの中心都市から少し離れた森にキメラの翼を使って降り立ったのがつい先ほどのこと。  熊ちゃんたちに襲われたのはその直ぐ後だった。
 足に気を集中させて後ろに大きく跳び、対峙していた豪傑熊との距離を取る。
 他の二組、ケイティとアリシアさんの組と、アランさん、ヤマトくんの組に目を向けてみる。
 アランさんは魔法剣で頑張っているみたいだけど、ヤマトくんがまごまごしてるのが危なっかしい。まあ、普段は鍬で畑耕すくらいだと言っていたし、仕方ないか……
 そしてケイティたちは、アリシアさんが攻撃できない分結構苦労してるっぽい。
 どっちも早めにフォローに入った方がよさそう……
『メル! 呆けていると、森の熊さんの餌になってしまうぞ!』
「うるさいな〜。わかってるってば!」
 キンちゃんの小言に答えながら、向ってきた豪傑熊を伸ばした爪で軽く薙ぐ。
 勿論それで止めをさせるなんて思ってない。だけど、熊ちゃんの出鼻を挫くには充分だった。
 一瞬止まった熊ちゃんの隙をついて一気に踏み込み、胸に向けて渾身の力を込めて一撃を繰り出す。
 その後更に爪で横に切り裂いたら、さすがの熊ちゃんも絶命した。
「よし! まず一匹〜!」
 軽く勝利のポーズを決めてから次に向う。
 アランさんは何とか頑張ってるみたいだからケイティたちの方へ向うのがよさそうだ。
 ケイティも短剣と魔法で頑張ってはいたけど、豪傑熊の毛皮はめちゃくちゃ硬いからかなり苦労している。
 キンちゃんの爪を使うとそこら辺は気にならないから楽なんだよね〜。
「ヒャダルコ!」
 ケイティの呪文が熊ちゃんの足もとを凍りつかせた。しかし、直ぐに無理やり抜け出して何事もなかったかのように再び戦闘態勢にはいる。
 てか、ケイティってもっとすごい魔法使えなかったっけ?
「ケイティ、もっと強い魔法使えば?」
「森の中じゃ危なっかしくて…… あ、メル! そっち終わったのね」
 質問に簡単に答えながらわたしの存在に気付くケイティ。
 順番おかしいよね。まあ、そんなことはどうでもいいか……
「まね。手伝うわよ」
 言ってから熊ちゃん二匹目に詰め寄る。
 振り上げられた手を左に跳んでかわした時、体に力がみなぎった。
 これは多分アリシアさんのバイキルトだな。
「メラ!」
 わたしのちょっと後に近寄ったのだろう。ケイティが豪傑熊の攻撃範囲のぎりぎりで、炎の初歩魔法をその顔めがけて打ち出した。
 そこで生まれた隙をつき、わたしは再び熊の胸に深い傷を穿つ。
 その傷から鮮血が勢いよく噴出し、二匹目も絶命した。
「その威力…… いいな〜。私の剣も喋り出さないかしら?」
「アハハ、鬱陶しいだけだからお勧めできないよ〜」
 キンちゃんのことを見詰めてから、自分の短剣に視線を移してケイティが言った。
 たぶん威力のことを羨ましがっているのだろうけど、言葉のまんまの意味で受け取り返したら――
『鬱陶しいとはなんだ! まったく!』
 キンちゃんの怒りのお言葉。
「まあまあ、黄金の爪さん。アランさんとヤマトさんの方にも行ってあげないといけないのですから…… ここは抑えて」
 キンちゃんに向けたアリシアさんの言葉を聞いて、アランさんたちの方を見てみる。
「はあぁぁ!」
 ちょうどその時、アランさんの炎を帯びた長剣が最後の豪傑熊を斬り捨てていた。
 最後の一匹もご臨終。これで戦闘終了〜。
「そっちは終わったのか?」
「はい、メルちゃんがフォローに入ってくれましたから」
 豪傑熊との戦闘を終えたアランさんが、こちらに駆け寄りながら声をかけてきた。
 それにアリシアさんが答えると、そうか、と一息ついてから剣を拭いて鞘に収める。
「すみません…… お役に立てず」
 そこで弱々しく声をかけてきたのはヤマトくん。
 まあ、確かに役に立ってないというか、足手まといというか。
「普段戦いに身を置くことがないのだし、仕方がないさ」
 アランさんは優しく声をかける。
 よっし、わたしも!
「そうそう。だから足手まといになっちゃってることなんて気にしない、気にしない〜」
 笑顔をヤマトくんに向けてフォロー。
 でも、そこでなぜか皆の表情が固まった。
「ん? どしたの?」
『馬鹿者が……』

「ヤヨイ、ヤヨイ。戻ってきたよ」
 ヒミコがいるという中心都市、というか村落のすぐ近くに辿りついたのは夕方。
 わたしたちはそこで夜の闇が訪れるのを待ってからこっそり這入った。
 今は外人が入るだけで大騒ぎになりかねないらしい。
 途中見とがめられそうにもなったけど、なんとか目的の場所である倉庫に辿りついたのがついさっき。
 しかし、中にそれらしい人影が見受けられなくて戸惑う。
 これで実は、全てはヤマトくんの妄想でしたなんてオチだったらどうしよっか……
「ヤマト! 無事だったのね!」
『わっ!』
 突然現れた女の子に、ヤマトくんとキンちゃん以外の皆が驚きの声を上げた。
 ちなみに女の子、ヤヨイちゃんは樽の中から顔だけ出している。
 ヤマトくんは樽で海越えしたって言ったし、ヤヨイちゃんは樽の中に隠れてるし…… この国って今樽ブームなんだね、きっと。
「ずっと樽の中で辛かっただろう?」
「ううん、あなたこそ樽で海を越えたりして大丈夫だった?」
「君のためならどうということはないさ」
「ヤマト……」
 ……
 二人の世界を作り上げている、ヤマトくん、ヤヨイちゃん以外の全員が沈黙した。
 う〜ん、何というか……バカップル?
 もっとこう、生贄にされそうな悲哀を帯びた空気を予想してたんだけど……
「あ〜、取り込み中すまないが…… これからのことについて話さないか?」
 いつまでも二人の世界にいるヤマトくんたちに耐えられなくなったのか、アランさんが思い切って声をかけた。
「これからですか? そうですね、できるなら直ぐにでも結婚して、子供は男の子と女の子が一人ずつ。それとペットも飼いたいですね」
 すごい勘違いをして、つらつらと人生設計を語るヤマトくん。
 アランさんは当然困った顔。
「いや、そうじゃなくてな……」
「私は、しばらくは二人で新婚気分を味わいたいな」
「そうだね。それもいいね」
 アランさんの言うことは聞かず、口々に将来について語って再度二人の世界へ。
 うん、まごうことなきバカップルだ。
「放って置いて帰るか?」
「そうですね。それもいいかも……」
『あああぁぁあっ、待って下さい〜!』
 アランさんとケイティの言葉に、さすがのバカップルも正気に戻った。

 わたしたちは茂みの中から儀式を眺めている。
 この儀式、生贄をオロチに捧げるための前準備のようなものらしい。
 独特な笛の音を奏で、一見華やかな儀式なのだけど人々の表情は暗い。
 誰も好き好んで生贄なんて出してないんだね。
「あれがヒミコ様です」
 言って、ヤマトくんが儀式の中央で杖みたいなのを振っている女の人を指差す。
「ふえ〜、意外と若いんだね」
 黒い髪をこの国でしか見れないだろう独特なまとめ方で結い上げ、着物と呼ぶらしい服をまとった二十代前半くらいの女性。
「ヒミコ様はああ見えて四十前後なんです。父と同じくらいらしいですから」
「四十? へぇぇぇえ、東洋の神秘〜」
「それより、そろそろオロチの祭壇とやらに向かった方がいいんじゃないか? ヤヨイさんたちが向うよりも早く行かないといけないだろ?」
 すごい事実に驚きの声を上げた時、儀式の中心を見ていた目をヤマトくんに移してアランさんが口を開いた。
 誰かが生贄の替え玉になろうかという案もでたんだけど、連れて行く人間もヤヨイちゃんの顔くらいは知っているから上手くいかないだろうとヤマトくんが言った。
 それで結局、先回りをして後で合流し、その後ヤヨイちゃんをヤマトくんが連れて避難する、ということにしたんだ。
「そうですね。ではこちらへ。一度外に出てからキメラの翼で洞窟まで向いましょう」
 ヤマトくんの先導で村落の外を目指す。
 人の出が多いだけあって中々に苦労する。
 漸く外へ出て、アランさんが鞄から出したキメラの翼をヤマトくんに渡す。
「では、いきます」
 しっかりと全員で手を繋ぎ、ヤマトくんがキメラの翼を宙に放ると、翼は光となってわたしたちを包み込んだ。
 次の瞬間、わたしたちの体は空を高く舞っていた。
「う〜ん。相変わらず気持ちいいね〜」
「もぉ、メルってばのん気なんだから」
 風を受けて思わず呟くと、ケイティが呆れた声を出す。
「でも、気持ちいいと思うでしょ?」
「そりゃ、思うけどさ。これから怪物を退治しようってんだから、もう少し緊張感ってものを持ってもらわないと」
『ケイティの言うとおりだ、メル。主は少し落ち着きに欠けるし、場の空気というものも読めていない。もう少しどうにかしろ』
 ケイティに続いて、今度はキンちゃんが小言を言い出す。
 もぉ〜、うるさいな〜。
「いいの。そこがわたしの持ち味でしょ」
 適当なことを言うと、
「……それもそうね」
『……確かにな』
 納得されちゃったし…… 何か複雑。
 その時、やっと洞窟の入り口に降り立った。
 ヤマトくんの話ではこの洞窟の奥にオロチの祭壇があるらしい。
 よ〜し、化け物退治だ!

「暑い〜、暑い〜。魔法で涼しくしてよ、ケイティ〜」
「砂漠の時と一緒で、こんなところじゃ無理だってば。何度言わせるの?」
 あまりの暑さに耐えられなくなって、ケイティに三度目くらいになる頼みごとをする。
 洞窟の中は溶岩が水のように流れていた。おかげでとんでもなく暑いという嫌な状況になっている。
 愚痴のひとつも言わないとやってられないよ……
「祭壇の辺りは何故か普通の気温だそうなのでそれまでの辛抱ですよ」
 そこで上がったヤマトくんの声に、わたしは顔を輝かせる。
「そうなの? じゃあ、早く行こ〜!」
『現金な奴だ……』
 むっ。いちいちうるさいなぁ、キンちゃんは。
「あ〜あ、溶岩に金色の何かを投げ込みたい気分だなぁ〜」
『ふん、前にも言ったが、主のような未熟者が我の助けなしに生きていけると思っているのか?』
 間接的に捨てる発言をしてみると、キンちゃんはいつものむかつくセリフを吐いた。
「ホントに捨てるわよ、馬鹿武器!」
「まあ、まあ」
 声をはり上げると、アリシアさんがいつも通り止めに入る。
「変なコンビでしょ? まあ、その内慣れるわよ」
「はあ」
 ケイティがヤマトくんに妙な声のかけ方をしている。
 失礼だなぁ、まったく!
 抗議しなくちゃと思って口を開きかけた時――
 ざあぁぁぁあぁぁ!
 溶岩が盛り上がってこちらへと突っ込んできた。
 近くにいたアリシアさんの手を引っ張って大きく避ける。
「何これ?」
 よく見ると溶岩に手とか目があるのが見える。ざっと見て五組。
 これも魔物なのかな?
「溶岩魔人です! 触れると溶かされてしまいますから気をつけて下さい!」
 ケイティに引っ張られてぎりぎりで避けたヤマトくんが言った。
 気をつけてって言われても、触らずにどうやって倒せっての?
「みんな、下がって!」
 その時ケイティが声を上げた。
 何をしようとしているのか察知して、彼女と溶岩くんの間から身をどける。
「ヒャダルコ!」
 大きな氷の塊が溶岩くんたちの中央に出来上がり、その後直ぐに無数の氷の針となって辺りに打ち出された。
 何か前に見た時と効果が違うみたいだけど、結構ファジーなんだなぁ。
「ふぅ」
 溶岩くんを全滅させて、ケイティは一息ついて額の汗を拭う。
「その勢いで、涼しくして〜」
「だからそんな難しいのは無理!」
 しつこく頼んでみたけど、やっぱり断られた。む〜、残念。

「いや〜、快適、快適」
 さっき溶岩魔人に会ったところからそう遠くない場所に、祭壇へと続く階段はあった。
 それで今は、そこでヤヨイちゃん一行を待ちながら涼んでるってわけ。
 確かに涼しいというか普通の気温だ。
 ケイティとアリシアさんは、何でだろ〜ってことでさっきから色々話している。
 面倒くさいから聞かないけどね。
 それと、アランさんはさらに奥へ様子を見に行った。
 ヤマタノオロチは生贄がいないと現れないらしいけど、もし見つけられればさっさと倒してしまうこともできる。
 ま〜、わたしはしばらく涼んでいたいけどね〜。
「ん? どうかした、ヤマトくん」
 何だか辺りをキョロキョロ見回しているヤマトくんに声をかける。
「いえ、何というか…… 何だか懐かしい気配が……」
『ふむ…… まあ、主の血筋を考えれば当然であろうな』
 妙なことを言うヤマトくんに、更に妙なことを言うキンちゃん。
「どゆこと?」
 暇だし訊いてみる。
『この祭壇は――』
「だめだ。それらしい生き物はいない。これで本当に生贄がいたら出てくるのかって感じだよ」
 キンちゃんが何かを言おうとした時、アランさんが戻ってきた。
 直ぐにケイティが声をかける。
「お帰りなさい、アランさん」
「ああ、ただいま。まだヤヨイさん達は来てないのか?」
「まだです。キメラの翼を使った分、私達は距離を歩いていませんし、その分時間がかかるんじゃないですか?」
「そうか…… じゃあ、しばらく涼むかな。奥はまた暑くなっててきつかった〜」
 ケイティの言葉に納得してから座り込んで愚痴をこぼすアランさん。
 って、また暑いの?
「……奥、行きたくないな」
『さすが子供だな。直ぐにいじける』
 思わずつぶやくと、キンちゃんの憎まれ口が炸裂した。
 断然抗議だわ!
「子供じゃないもん!」
『子供は皆そう言うのだ』
 むっか〜。キンちゃん、むかつく、むかつく、むかつく〜〜〜!
 もう口だけじゃ我慢できなくなって、殴っちゃおうとした時――
「足音? 来たみたいですね」
 アリシアさんの言葉を聞いてから耳を澄ませてみると、確かに足音が聞こえた。
「耳いいですね〜、アリシアさん」
 感心して声をかけると、それに答えたのはアリシアさんではなくて……
『主の集中力が散漫なだけだ』
「むかっ…… さっきからつっかかるじゃない? そんなに捨てて欲しいのかな〜?」
「お前ら…… アホな言い合いしてないで隠れるぞ……」
 何度目になるかわからない喧嘩を始めようとした時、アランさんに静かに注意された。
 う〜ん、確かに直ぐにそこまで来てるみたいだし…… 仕方ない。
「一時休戦ね」
『了解だ』
 キンちゃんと休戦協定を結んだ後、祭壇の裏に皆と隠れる。
 しばらくしたらどやどやと急ぎ足で集団がやってきた。
 祭壇の前まで来ると、
「オロチ様。生贄としてこの者を捧げます。どうかお怒りをお静め下さい」
 責任者っぽいお爺さんがしわがれた声で形式的な言葉を紡ぎ、その後急いで去っていく。
 他の若い人たちもそれに続く。
 中にはヤヨイちゃんに悲しそうに声をかける人もいたけど、結局去っていくんだからそう変わらないよね〜。
 人々がいなくなると祭壇に静けさが戻り――
「ヤヨイ!」
「ヤマト!」
 祭壇の裏から飛び出してヤヨイちゃんに抱きつくヤマトくん。
 また、バカップル全開になりそうな予感……
『抱き合う暇があるならさっさと逃げろ』
 問答無用で言い放ったのはキンちゃんだ。
「もぉ、いくらむかつくからってそんな言い方ないでしょ? キンちゃん」
「メルも人のこと言えないって……」
 礼儀知らずなキンちゃんに忠告してあげると、何故かケイティがわたしにも声をかける。
 なんでだろ?
 その謎に頭を傾けていると、キンちゃんが緊張した声を出す。
『違う…… このすさましい魔力…… オロチとやらが現れたようだぞ』
「え? 私は感じないけど……」
 ケイティはキンちゃんの言葉を受けて戸惑いの声を上げた。
 じゃあ、キンちゃんの気のせいなのかな〜と思ったんだけど、アリシアさんは――
「いえ、確かに黄金の爪さんの言うとおりです。ヤマトさん達は祭壇の裏に隠れて下さい。もう逃げられません。……来ます!」
 ぐわああああああああぁぁぁぁぁああああ!!!
 アリシアさんの言葉が終わると同時に、洞窟の奥のほうから八首の化け物が飛び出してきた。
 とんでもない大音量な咆哮とかいきなりな出現にも驚いたけど、それより何より――
『でかっ!!』
 思わず叫ぶとアリシアさん、キンちゃん以外の全員と声が重なる。
 だけど、それも無理はないと思う。
 その大きさは高さだけで軽く人の十倍ほど。横幅とかも入れれば口に出すのもおぞましい倍率になることは間違いない。
「ちょっとアランさん! めちゃでかいのがいるじゃないですか?」
「さっきはいなかったんだって! というか、あんなのがいたのならさすがに気付く!」
 ケイティが悲鳴にも似た声で言うと、アランさんもやはり悲鳴のような返事をした。
 ヤマトくんとヤヨイちゃんは完全に色をなくして固まっている。
 そしてアリシアさんは……
「フバーハ!」
 彼女がそう叫んだちょうどその時、化け物の八つの首から同時に激しい炎が吐き出された。しかし、それによって生み出されるはずの暑さは全く伝わってこない。
 さっすがアリシアさん!
「くっ! すごい威力です。そう何度も防げません。早めに決着をつけないと……」
 アリシアさんがそう言い終わった時、炎が途切れた。
 早めに決着か…… ここは――
「行くぞ、メル!」
「は〜い!」
 アランさんの掛け声とともに勢いよく飛び出す。
 威力と速度をかねそろえたわたしたちの出番っしょ!
「スクルト! ピオリム!」
 そこでアリシアさんが人体強化の呪文を唱えてくれた。
 特別何が変わったという意識はないけど、足が速くなったのはわかる。
 俊敏となった動きでアランさんは右、わたしは左に回りこみ――
「バイキルト!」
 キンちゃんで思い切り斬りつけようとしたその時に、アリシアさんが先ほどもかけてくれた筋力アップの魔法を使った。
 しかし、やはりというかなんというかあまり効いた風ではない。
 図体がでかいだけあって一筋縄じゃいかない。
「ヒャダイン!」
 そこでケイティが、溶岩くんに使っていたよりも上位の氷結魔法を唱えた。
 勢いよくオロチに突き刺さっていく氷の針、というか杭。
 しかし、それでもオロチは痛みを感じている風ではない。
 うわ、無敵くさいし。
『アラン! 鍵をよこせ! 我の封印を解くのだ!』
 そこで上がったキンちゃんの声。
 そういえば、キンちゃんってもっとすごい状態になれるんだっけ。
「この状況で魔物が増えたらどうしようもないぞ!」
『一瞬で片をつけてやる! できるな、メル!』
 アランさんの言葉に自信満々で答えて、こちらにも話を振る。
 できるな、なんて愚問もいいとこ!
「もっちろん!」
 元気よく答えると、アランさんが道具袋ごとこちらに投げてよこした。
 その後、頑張ってオロチの気をそらそうとしてくれてる。
 八つも首があるので完全にこちらをノーマークにするというわけにはいかないみたいだけど、その大部分の注意はこちらからそれた。
 わたしは残りの首の攻撃をかわしながら、急いで鍵を探し取り出してキンちゃんにくっつける。
 まばゆい光が立ち込め、消えた。
『さあやれ、メル!』
「はあァァ!」
 キンちゃんの言葉が終わるか終わらないかという時、気合一発気を込めて、腕を下から上に勢いよく振るう。
 ずしゃああああぁぁぁああ!!
 かつてと同じように特大の衝撃波が生まれ出て、オロチを飲み込む。
 オロチは完全に真っ二つとはいかないまでも、その体の大部分を血で染めた。
 があぁぁぁあああぁぁぁぁ!
 苦痛の叫びを上げ倒れ伏すオロチ。
 わたしはそれを確認して、直ぐに鍵をキンちゃんに突き刺す。
 魔物は寄って来てないよね。よっし、上出来!
 さ〜て、これにて一件落着かな〜?
『メル! まだだ!』
「え?」
 大きく伸びをして一息つくと、キンちゃんの鋭い声が上がった。
 そのキンちゃんの叫びを聞いてオロチに目を向けると、さっきつけた傷がどんどん治っていくのが見えた。
「う、嘘ぉ〜」
「アランさん、メルちゃん! 急いでこちらに! ブレスがきます!」
 しばらく放心したいところだったけど、そうしてもいられないことをアリシアさんの言葉で知り、懸命に足を動かす。
 アランさんとほぼ同時にアリシアさんの後ろに回りこみ――
「フバーハ!」
 再び唱えられたアリシアさんの魔法。
 そのちょっと後に激しい炎を吐き出すオロチ。
 ふえ〜、ぎりぎり〜。
 今度は少し熱を感じる辺り、アリシアさんが耐えられなくなってきているのかも。
「どうする? このままじゃまずいぞ」
 アランさんが言った。
 それを受けて、少し考えてからキンちゃんが声を上げる。
『あの化け物はどこかから魔力を供給し続けているようだ。それをどうにかすれば……』
「どうにかって、どうするのよ」
『わからん』
 ケイティの問いに、にべもなく言うキンちゃん。
 あのね……
『ならば我が武器を使うがよい』
 その時、急に声が聞こえた。
 何かあまり普通の人間の声の感じじゃなかったな……
「? キンちゃん、何か言った?」
『我ではない。恐らく祭壇に眠る者だ』
 声をかけてみると、キンちゃんはよくわからないことを言った。
 祭壇に眠るもの? 幽霊とか?
『その通りだ。久しいな、魔なる武器よ』
 変なことを考えていると、謎の声がキンちゃんの言葉に応えた。
 キンちゃんも謎の声さんも、どっちも声だけだから何か変な感じ……
 ていうかどちら様?
『我が名はスサノオノミコト。遥か昔に精霊神ルビスと肩を並べ魔と戦いし者』
「スサノオ…… 私の苗字と同じ」
 スサ……何とかの言葉を聞いて、一番に反応を示したのはヤマトくんだ。
 苗字ってのはいわゆるファミリーネームのことで、ジパングではこう言うらしい。
 ということは…… ヤマトくんとスサっちは何か関係があるのかな?
 その答えは直ぐ後に聞こえてきたスサっちの言葉でわかった。
『我が子孫、ヤマトよ。この剣を使え』
 その声と共に、宙に一振りの剣が現れる。
『これは草薙の剣。古には天の叢雲の剣と呼ばれし破魔の剣だ。かつての英雄より別れし力を切り離すことも、これならばできよう』
 つらつらと難しい単語を続けるスサっち。
 よくわからないことばかりだけど、要するにすごい武器みたい。
 わざわざ仰々しく出てきたくらいなんだから期待できそう。
 ヤマトくんはそのクサナギノツルギとやらを手に取り、
「お、重い……」
『…………』
 一瞬辺りの空気が凍るのを確かに感じた。
 重いってちょっと…… 雰囲気台無し。
「あ〜、スサノオノミコトだったか。この剣俺が使ってもいいか?」
 ヤマトくんじゃ埒が明かないと思ったのか、アランさんが不思議剣を手に取りスサっちに声をかける。
『……かまわぬ。それで斬りつければ魔力の供給を絶てるはずだ』
 明らかに動揺を押し殺した感がある硬い声で答えるスサっち。
 さっきまでの無駄に厳かな雰囲気が嘘みたいだね〜。
「あの…… せっかく希望が見えてきたところで申し訳ないのですが……」
 少しほのぼのしていたところに、アリシアさんの緊張感ある声が聞こえてきた。
「どうしました、アリシアさん?」
「オロチさんのブレスの勢いが止まりません。このままだとその内押し切られて……」
 アリシアさんが齎した事実は、わたしたちの希望を容易に打ち砕く。
 う〜ん、このままだと本気でまずいね〜。
「私にまかせて! 氷の魔法で押し返してみる!」
 陰鬱な空気を吹き飛ばすように叫んで、ケイティは集中を始める。
 お〜、また希望が見えてきた〜。さすがは勇者だね、ケイティ。
「よし! ケイティの魔法で炎をどうにかできたら俺は一気に奴に斬り込む。メルはそれに合わせてさっきみたいに全力の攻撃をぶつけてくれ」
「はい!」
 アランさんの言葉に元気よく答えてから鍵を手に取り、最適と思われる位置に移動する。
 よ〜し、頑張るぞ〜。
『グレリアビス……だったか?』
『それは昔の名だ。今は不本意ながらキンちゃんなどと呼ばれておる』
 そこで、突然スサっちが声をかけてきた。
 それに応えたのはキンちゃん。
 ていうかキンちゃん、昔はすごい名前だったんだ。いや、それよりスサっちと知り合いなんだなぁ〜。
 色々つっこみたいけど集中力が途切れるとまずいので声はかけない。
『あいつは……まだゲームを続けているのか?』
『知らぬよ。あの馬鹿者と共にあったのは主との戦いが最後だ』
『いいのか? その娘に手を貸すことは、あいつの意にそぐわぬ行為』
『それこそ知ったことではない。我はあの馬鹿の武器であったというだけのこと。その思想に同調していたわけではない』
『……そうか。武器であるというのは哀しいものだな』
『そうかもしれん』
 な〜んか、よくわかんない話が展開しててすっごい気になるし。
 もぉ、集中しづらいなぁ。
「マヒャド!!」
 そこでケイティの魔法が発動した。
 今までとは明らかに威力の違う冷気が、アリシアさんの魔法で止められていた炎をオロチの方へ押し返していく。
 よし! 今だ!!
 ダッ!
 そこでアランさんとわたしは勢いよく飛び出す。
 まず、アランさんが草なんとかの剣でオロチの右足を裂いた。
 見た目的には特に変化なしだけど…… やるなら今だよね!
 再び鍵をキンちゃんにくっつけて――
 ピカァァァ!
 再び辺りを照らすまばゆい光。それが消えるのを待つことなく、
「てやあぁぁぁあ!!」
 気をありったけ込めてキンちゃんを振るう。
 そこから出た特大の衝撃波は、オロチの首を一本だけ残して薙ぎ落とす。それでは止まらずに体のあちこちに深い傷をつけ、辺りはオロチの濃い血の匂いで満たされた。
『メル! 鍵を差し込め!』
「うわっと! 忘れてた〜!」
 キンちゃんの指摘を受けてやらなきゃいけないことを思い出す。
 鍵を差し込んで――封印完了っと。
 魔物も寄って来てないみたいね。いやぁ、危なかった。
「再生しない…… やった!」
 アランさんの興奮の混じった声を聞いてオロチの方を見ると、確かに受けた傷は先ほどと違いそのままだ。
 後は――
『メル、とどめといこうぞ!』
「オッケ!」
 未だ動いているオロチ向けて走り出し、キンちゃんを嵌めた右手を振りかざす。
 爪をつきたてようとした、その時――
 しゅ!
 直前まで確かにいたはずのオロチの姿が掻き消え、
 ガッ!
 振り下ろした爪は固い岩の地面へと吸いこまれた。
「消えた……?」
 残っているのは大量の血液とオロチの切り落とされた首。
 あんだけ強くて、その上瞬間移動もできるなんてとんでもないな〜。
「気配がわずかながら感じられます。この奥です!」
 思わずオロチのすごさに感心していたら、アリシアさんが、さっきアランさんが調べていた奥の方を指差して言った。
 わたしたちは直ぐにその先へ進むことにする。
 決着をつけるなら、向こうが手傷を負った今しかないもんね!
 ヤマトくん、ヤヨイちゃんはここに置いていこうかという話も出たんだけど…… 残されるのはちょっと、という二人の意見から連れて行くことにした。
 さてさて〜、最終決戦ってやつだね〜!
 気合を入れて奥へ進もうとすると――
『もう選択を誤るでないぞ…… 武器は使われるだけのものではない。我はそう思う』
 突然上がったスサっちの声。
 その相手は明らかにキンちゃんだと思うけど、キンちゃんが言葉を返すことはなかった。
 最後まで話が読めなかったなぁ……
 今度キンちゃんに聞いてみようかな。

「ヒミコ様! ヒミコ様! どうしたことだ、これは? なぜこのような傷を……」
 洞窟の奥で見つけた旅の扉を抜けた先は、驚いたことにヒミコの住む屋敷の中だった。
 そこでは傷だらけのヒミコが、警備の人っぽい男の人に支えられて横になっていた。
 え〜と、これはつまり……
「ヒミコ様、オーブはどこに?」
 アリシアさんが突然声をかけた。
 えっ? ていうかオーブって……
「なんだお前たちは! んっ? そこにいるのはヤヨイではないか? なぜお前がまだここに? まさか…… お前たちの仕業ではないだろうな!」
 うわ、何か嫌な展開が待ってそうな感じ…… この状況ならヒミコはわたしたちに罪の全てをかぶせられちゃうなぁ。
「黙っておれ……」
 しかし、わたしの予想に反してヒミコは警備の人を諌める。
 ……どゆこと?
「ヒミコ様! し、しかし――」
「黙っておれと言っておる!」
 ヒミコが苦しそうに、それでも充分すぎるほどに迫力を込めて怒鳴ると、警備の人は漸く黙った。
「お主、なぜオーブのことを……? いや、そのようなことはどうでもよいか…… わらわを止めてくれたこと感謝する、外より来たりし者たちよ…… オーブは懐にある…… 早く取り出してくれるか?」
 その言葉を受けて、アリシアさんがヒミコの懐を探ると、鮮やかな紫色をした球が取り出された。
「やっと…… 強大な魔力の呪縛より解き放たれた……」
「どういうことだ?」
 アランさんが疑問の声を上げる。
 それに答えたのはアリシアさん。
「オーブの魔力は強すぎるのです。それゆえに支配され、魔物化してしまったのでしょう。ダメージの深さで意識が一時的に戻ったようですが……」
「その通りだ…… しかしわらわはもはや死ぬ……」
 アリシアさんの言葉に同意してから、苦しそうに、でもどこか嬉しそうに辛い事実を語るヒミコ。
「どこで……間違えたのであろうな…… わらわは……民の、皆の幸せの為に力を……オーブを欲したというのに…… どこで」
 息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。これ以上ないというくらいに辛そうな顔をしていた。
 …………
 わたしには、わからないことの方が多いけど。彼女が望んだものが何だったのかもわからないけど。それでも――
「それが本当なら」
「メル?」
「みんなのことを、この国のことを本当に想っていたのなら…… あなたは正しかったんだと思う…… たぶんだけどね」
 ヒミコは不思議そうにこちらを見てから、弱々しく微笑む。
 そして、力を振り絞るように小さな言葉をしぼりだした。
「そうだといいがな……」
 そう呟いた後、言葉を紡ぎ出す力がもうないのか、声には出さずに口を数度動かす。
 それでしばらくすると動かなくなった。
 この国を混乱に陥れていたオロチは、そしてこの国のことを誰より想っていた女は、そうして永遠の眠りについた。

「ありがとうございました」
 深く頭を下げてお礼を言うヤマトくんとヤヨイちゃん。
 他にも見送りには結構な人数が集まっていた。
 皆、表情は少し複雑そうだ。
 厄介な化け物と、国の代表を同時に失ったんだから当然かな?
「この剣、本当にいいのか?」
 そう言って草薙の剣を抜くアランさん。
「いいんです。どうせ私には使えないし。それに貴方達が持っていたほうが世界の役に立つはずです。ご先祖様もそれを望んでいるでしょう」
 そう言うヤマトくんの直ぐ横にはヤヨイちゃんの姿。
 ついさっきまでやはりバカップル全開だったのは言うまでもないだろう。
「そういうことなら預かっておくよ。全てが終わったら返しに来る」
 アランさんはヤマトくんにそう返し、剣を鞘に収める。
「じゃ、そろそろ行きましょうか?」
「そうだな」
 ケイティが声をかけ、アランさんがそれに答える。
 いよいよ、出発か〜。
 色々あって大変だったけど、さっき食べた餅っていうのが美味しかったから少し残念……
 キメラの翼をアランさんが取り出し――
『本当にありがとうございました!』
 ジパングの皆が口々にそう言った次の瞬間、わたしたちは空を舞っていた。
 さっき話していたとおりなら、目指すはバハラタだ。
 わたしは餅から黒胡椒に頭を切り替える。
「アリシアさん、どうしてヒミコがオーブを持っているって分かったんですか?」
 その時、ケイティが訊いた。
 そういえばアリシアさん、本当に突然訊いてたっけ。
「スサノオノミコト様が『かつての英雄より別れし力』と仰っていたでしょう? それでもしかしたらと」
「ああ、なるほど」
 納得の声を上げるケイティ。
 今ので納得できるのはすごいと思う。わたし、わかんないし。
 まあ、別にいいけどね。バハラタの黒胡椒に思いを巡らす方が大事だもん!
 その後もケイティの質問タイムは続いた。
 今回はよく分からないことだらけだったし、ケイティって結構質問魔だからなぁ。
 アリシアさんはアリシアさんで、そういうのに答えるの好きそうだし。
 あ、そうだ。
 彼女たちの様子を見て、わたしはキンちゃんに訊くことがあるのを思い出す。
「キンちゃん。スサっちと話してたことってどういうことだったの?」
『スサっち? スサノオの奴のことか? ……なに、ただの昔話だ』
 少し辛そうに聞こえるキンちゃんの声。なんか珍し〜。
「ふ〜ん、ま、いいや。じゃあさ、もう一つ訊きたいんだけど」
『何だ?』
 どっちかというとこちらがメインの質問。
「ヒミコは最期何て言ってたのかな? 口をもごもごさせてたけど……」
『……まったく、主はもう少し頭を使った方がいいぞ』
 せっかく気を使って最初の質問は撤回してあげたってのに、キンちゃんは相変わらずの憎まれ口を叩いた。
「な、何よ〜! ひど〜い!」
「いや、さすがに今回は俺もそう思う」
「私も」
 非難ゴーゴーで叫ぶと、思わぬところから同意の声が上がった。
「な、何でよ〜」
「何でってねぇ…… あ、アリシアさんもそう思いますよね」
 ケイティが苦笑交じりに答えてから、アリシアさんにも意見を求める。
「え〜と、それは……」
 口ごもるアリシアさんを見て、不満で口を尖らせる。
「アリシアさんまで〜」
「いや、そんなこと思ってませんよ?」
 そうは言ったけど、絶対嘘だ。ていうか、アリシアさんが口ごもる時は大体、肯定したくてもしづらい時とかだし。
『いいか、あの女は最後の主の言葉で救われたところがあるわけだ。ならばあの時何を言おうとしたかくらいわかるだろう?』
 アリシアさんとのやり取りを遮ってキンちゃんが説明口調で言った。
 ていうか――
「何?」
 もっとはっきり言ってもらわないとわかんないよ!
 はあ〜。
 そこでみんなの口から漏れでた深いため息。
「な、何よ〜、馬鹿にして〜!」
 結局、その後も誰も教えてくれなかったし。
 ホント、何だったのかなぁ〜。
 気になる……