17.魔の動力

 全ての闇を追いやり浄化するはずの朝陽が差し込む中、『幽霊船』は私達の眼前で海上を漂っていた。
「つーか、ただの遭難した船ってだけなんじゃねーの?」
 ジェイが言った。
 いつもなら彼の言葉を支持するところだけど…… 今回は少し気になることがあるので口をはさむ。
「あの船…… なぜだかはわからないけど、すごい魔力を感じるの。ただの遭難船ってわけじゃないと思う……」
「魔力?」
 反応したのはウサネコだった。
 ……まあ、別にいいんだけど、ジェイと話してたっていうのにむかつく男だ。
 メラミの一つも叩き込んでやりたいところだけど…… 言わなければいけない嫌なことがあるのでそのまま続ける。
「そうよ。これは…… あの怪物と戦った時に感じたのと同じくらい高い魔力……」
「なっ! じゃあ、あれが近くに――」
「たぶんそれはないわ…… ただ、あまり嬉しいことにはならないと覚悟していた方がいいでしょうね」
 そう言葉を切ると、しばらく黙っていた海賊連中が騒ぎ出した。
「うおぉぉぉ! すげぇぇ!! マジ幽霊船っすよ、お嬢!」
「よっしゃあぁぁぁ! 野郎共! 乗り込むよ!!」
『おぉぉぉぉぉぉ!!!』
 …………
 人の話聞いてたのか、こいつらは……
 というかびびって黙っているのかと思ってたんだけど、この様子じゃ感無量で言葉も出ないって感じだったのかしら?
 海賊って馬鹿?
 まあ、別に止める理由もないし、放っておいて――
「よっし! じゃ、俺たちも乗り込むか」
「さすがジェイ! 溢れるブレイブ・ハートが素敵!」
 ジェイの勇敢さを讃えながら、彼の手を取る。
 すると、後ろでぶつぶつ話をする奴らがいた。
「……いいのか、これで」
「いつものことでしょ?」
 最初がウサネコ、それに答えたのがアマンダ。
 なんだかむかつく反応だ。
 やっぱりウサネコには後でメラミをぶつけとこう。

 幽霊船(仮)に乗り込むと、まず目に飛び込んできたのは海の魔物達だった。
 不自然にでかい蟹の魔物や、しびれクラゲ、スライムつむり、マーマンなど、一匹一匹はザコとしか言いようのない魔物達がうじゃうじゃいた。
 魔力に寄せられてきたのか、それとも魔力が元で生れ落ちたのか。
 どちらにしても鬱陶しいことこの上ない。
 適当に魔法で掃討しようと思い、手を振りかざしたら――
「はあっ!」
「どりゃ!!」
「えいっ!」
 海賊連中がそれぞれの得物を手に、魔物達に切りかかった。
 まあ、このご時世に海賊をやっているだけあって、それなりに見られた動きをしている。
 これなら私達はさぼっていても問題ないだろう。
「じゃ、ザコ連中はアディナ達に任せて、俺達はこの船の謎解明に乗り出すか。エミリア、さっき言ってた魔力の元は何処だ? 風も漕ぎ手もない状態で動けてるんだから、そこが怪しいよな」
「えっとね、下の方から感じるかな? 断言はできないけど、機関室なんかが怪しいかも」
 私がそう言うとジェイは階段に足を向けた。
 階段と彼の間にもザコがいるので少しは戦わないといけない。
「バギマ!」
 取り敢えず甲板になるべく影響がでないように、炎系や爆発系の魔法は避けて真空の刃を生み出す魔法を唱える。
 冷気系でもいいかと思うけど、なんとなくイメージ的に海の魔物に効かなそうだ。
「ナイス、エミリア!」
 ジェイに褒められた…… 嬉しい。
 私が余韻に浸っている間に、ジェイは少し残っていた魔物を剣で倒していく。
 戦っている姿も素敵だ。
「いやぁ、俺の出番ないな」
「楽でいいわぁ」
「どうせお前はいつも見てるだけだろ?」
「ま、そうだけどね」
 のん気なウサネコ・アマンダ両名の声が聞こえた。
 ウサネコは未だにアマンダのことに気づいてないのよね。
 本当は私なんか足もとに及ばないくらい魔力も強いし、魔法のバリエーションもあるっていうのに……
 しかも、意外に教え方が上手いし。
 なんかすごく適当な性格してるから、教え方もいい加減になるのかなと思っていたのだけど……
 中々どうして。短期間教えを請うただけなのに私の魔法威力は段違いなものになった。
 まあ、それはともかく…… これで自分でも戦ってくれればジェイの負担が減っていいのに……
「ほら、行くぞ! はてさて〜、鬼が出るか蛇が出るかだな。面白いもんが見れるといいんだけど」
 魔物を倒し終えたジェイが、言いながら階段を下りていく。
 私は急いで彼の後を追い、腕を取って一緒に階段を下りる。
 ちらりと見るとウサネコとアマンダも階段を下ってくる。
 この先にある魔力の元が何かによっては、アマンダの本当の力を見せて貰えるかもしれないわね。
 そういうトラブルが起こった方がジェイも喜ぶだろうし、幽霊船には頑張って期待に沿ってもらいたいものだわ。

「ここか?」
 何度目かになる扉を開け放ちながらジェイが叫ぶ。
 機関室が怪しいと目星はつけたものの、どこがその部屋なのかわからず、無作為に扉を開け続けているのが今の状況だ。
 魔力の探査をしてみても、今いるフロアは全体的に魔力が拡散していて場所を特定しづらいし……
 そうだ!
「アマンダ、あなたの魔力探査ではどうなの?」
 ばらさないという約束をしているので、小声で訊いてみた。
「この廊下のつきあたりの部屋から少しだけ強く魔力を感じるけど」
「さすが年の功。ジェイ、ここから真っ直ぐのところにある部屋が少し怪しいわ」
 アマンダとの小声の会話を打ち切って、ジェイに声をかける。
「おっ、そうか? さすがエミリア、よくやったぞ」
 そう言って頭を撫でてくれるジェイ。
 本当はアマンダの力なんだけど…… ばらすわけにはいかないのだから、折角のご褒美を堪能させて貰おう。
「つか、行っても大丈夫なのか? この前みたいな化け物がいるかもしれないだろ?」
「望むところだゼ! 寧ろドンと来いって感じ?」
「……元気だねぇ、お子様は」
 ウサネコは小声で言ったが、私の耳にはしっかりと届いた。これでも結構耳はいいのだ。
 にしても、ジェイを子供扱いとは許せない!
「ヒャド」
 少し小さめの氷塊をウサネコの頭目がけて打ち出す。
 ガッ!!
 ジャストミート!
「何しやがる!」
「少し前の自分のセリフをチェックしてみれば?」
「本当のことを言っただけだ!」
 懲りずに悪態を吐くウサネコに再び氷弾を打つと――
「へっ、そう何度もくらうかよ」
 生意気にも半歩下がって避けるウサネコ。
 それなら同時にたくさん出してやろうじゃないの!
 そう決意してヒャダルコを改良した、雹を降らせるような魔法を使おうとしたら――
「二人とも、遊んでないで早く来いって。開けるぞ」
「は〜い」
 ジェイが目標の部屋と思われるドアの前で手招きをしていたので、私はウサネコとのくだらない口論を止めて小走りで向う。
「おい! 話はまだ――」
「話も何も、いつもみたいに更に強力な魔法使われて痛い目を見るのはあんたっしょ? このまま流しちゃった方がいいと思うけど?」
「……それもそうか」
 ジェイの元に向かいながら、後ろで交わされる会話に耳を傾ける。
 しつこく突っかかろうとしたウサネコを止めたのはアマンダだ。
 ウサネコは彼女が止めるとたいていは聞くから助かるわ。
 私がジェイの隣に到着して腕を取ったちょっと後に、そのウサネコ、アマンダもやって来た。
 それでいよいよ機関室らしき場所に入ろうとしたら――
「おぉ、あんたら! あたいらも一緒に行くよ! 文句は言わせないからな!」
 そう叫びながら海賊の頭アディナとその部下数名が駆け寄ってきた。
「他の奴らはどうしたんだ?」
「全員で来るわけにもいかないだろ? 指折りの実力者だけ連れてきて、後は上でザコ共の掃除だ」
 アディナが指折りの実力者と言った数名を眺めてみる。
 その中にはウサネコが助けたカズンも含まれていたりする。
 うっかり体に火を燃え移らせてしまった上に、消そうとして海に飛び込んで溺れかけた人物が指折りの実力者だなんて…… 大丈夫なのかしら、この海賊団。
「さて、この先にあるのは金銀財宝か、はたまた見たこともないような怪物か」
「わくわくしますね、お嬢!」
「おおともよ!」
 私の心配など何処吹く風で勝手にわくわくしだす海賊連中。
 怪物でわくわくできるっていうのは不思議だわ……
「よし、じゃあ今度こそ開けるぞ」
 ジェイがそう言ってドアノブに手をかける。
 ゆっくりとドアを部屋の中へ押すと――
 ザワッ!!!
 辺りに今までと比べものにならない高さの魔力が満ちて、私は身構える。
 見るとジェイも、ウサネコも、おちゃらけていた海賊連中でさえも自身の得物を手に取り緊張した面持ちで佇んでいる。
 いつもは余裕しゃくしゃくのアマンダまでもその表情が険しい。
 それほどまでに今感じ取れる魔力の高さは異常なのだ。
 そこで寒気のようなものを感じ、嫌な予感がしてジェイを押しのけ先頭に出る。
 次の瞬間私は、向ってきた風の衝撃波をマジックキャンセルで間一髪打ち消す。
「今のは?」
「たぶんバギクロスをこちらに向けて一点集中させた衝撃波よ!」
 ジェイの言葉に答えながら、内心肝を冷やす。
 たぶんアマンダに鍛えてもらってなかったら、今の一撃を打ち消し損ねて全員真っ二つだったわ…… まあ、もしかしたらアマンダが防いでくれたかもしれないけど。
「おい…… なんだありゃ?」
「人……にも見えるな」
 ウサネコの呟きに答えたのはアディナ。
 この二人の言うとおり、部屋の中央には人みたいな“何か”がいた。
 確かに人の形をしたものも存在するのだが付属物が多すぎる。
 魔物が人の体と同化して、更にそこに新たな人の体がくっついていたりする。
 噛み砕いて言うと、人と魔物の体がくっついて大きな人型を作り上げているのだ。
「きしょっ!」
 ジェイが叫んだ。
 確かにこれほど気色が悪いものもいないだろう。
「何でこんな物があるのよ、まったく……」
「? 何か心当たりでも?」
 アマンダの呟きから気になるニュアンスを感じ取り、視線は人もどきに向けたまま訊く。
「たぶん、あの塊の中にはオーブと呼ばれる魔力物質があるわ」
 オーブ? 私は有名な魔力物質なんかは城の文献を盗み見て大体覚えているんだけど…… 聞いたことがない。
「この世界の創世の時代から生き続けている鳥の魂よ。魔力の高さだけでいったら世界一じゃないかしら?」
 口調はいつものやる気無しのままで、非日常的なことを口にするアマンダ。
 こんなこと知ってるなんてこの人は本当に何者なんだろう……
 というか、私以外もいるのにこんな話をしていいのかしら?
「なんでそんなこと知ってるんだよ?」
「酒場にいると情報が集まるのよ」
 ジェイの疑問の声に適当な答えを返すアマンダ。
 さすがにジェイも、ついでにウサネコも疑わしそうにしているが――
「あんた達! のん気に話してる場合じゃないよ!」
 アディナの注意を聞き、ついジェイの方に向けていた視線を戻す。
 …………
 なんか、増えてるし……
 いや、正確に言うと少し違う。数は確かに増えているのだが、大きさ的にはさっきまでの十分の一ぐらいになっている。先ほどまでくっついていた奴らは全て離れ、人は人、魔物は魔物になってこちらに近づいてきていた。
 そいつらに共通することは目に光がないこと。
 何かに操られているかのように虚ろな瞳をしている。
 これもオーブってやつのせいなのかしら……
「へっ、さっきのデカ物よりも戦いやすそうで好都合だゼ!」
「確かに、なっ!」
 そう言いながら手近の奴に剣を振るうジェイとウサネコ。
 ただ、やはり人らしきものは相手にしづらいのか意識的に避けているようだ。
 さて、私も戦闘に参加するとしよう。船の中だから気をつけないと沈没させかねないし、少し集中しないと微調整が難しそうだ。
「な、何だ、こいつら!」
 集中し始めたところで上がったウサネコの叫び。鬱陶しいことこの上ない。
 横目で彼の視線の先を見てみると――
「う……」
 思わず呻く。
 魔物の切れた首から肉が隆起して、新しい体を形づくっている瞬間が目に飛び込んできたからだ。
 見ると切れた体の方でも首が生え始めていた。
 ……不死身ってこと?
「これは魔力の元をどうにかしないとだめでしょうね」
 器用に魔物や人の攻撃を避けつつ言うアマンダ。
 私も何とか彼らの攻撃をかわしながら、急ぎ魔力を集めて――
「イオラ!」
 普通に使っただけでは辺りを爆発させまくる魔法だけど、少し調整をしているので目標以外の場所に被害が及ぶことはない。
 その目標は、もともと巨大な人型が陣取っていた場所に佇んでいる男の人。
 この状況であそこに未だ突っ立っているのはどう考えても怪しい。
 人に向けて殺すための魔法を使うというのは抵抗を覚えるが、多分あれはもう人ではないだろう……
 バンッ!
 派手な音を立てて人の形をしたものを吹き飛ばす光弾。
 しかし、その人は他の奴らとは比べ物にならない速さで元の姿へと戻っていく。
『この船は……沈めさせない……』
 元の姿に戻った男が言葉を発した。
 生きているの? というかあいつだけ喋るってことは――
「あれが本体なのは間違いないみたいだけど…… どうしたものかしらね」
「再生できないくらい粉々にしたらどうなんだい?」
 アディナが怖いことを平然と言う。
 海賊らしいといえばらしいのだろうけど……
「たぶん無理よ。オーブとかいうやつを砕ければオッケーだろうけど、こんな現象を引き起こすほどの魔力物質を人の魔法如きで破壊できるとは思えないし」
「たくっ、厄介だな…… カズン! アレは持ってるね?」
「へい、お嬢!」
 アディナが声をかけると、カズンは元気よく答えて懐から小さな棒みたいなものを出す。
 これがアレなんだろうか。特に役に立ちそうではないが……
「古代の力を持った杖よ。荒ぶる魔を静めろ!」
 カズンが棒を振りかざして叫ぶと――
 バタッバタッ!
「うわ、何だ?」
 急に人や魔物が動きを止めた。
 しかし、それも一瞬のことで直ぐに体を起こして襲ってくる。
「ちっ! これでもダメか」
「ちょ、ちょっと、それ魔封じの杖?」
「へえ、よく知ってるな。ついこの間、ポルトガに寄った時にちょちょいっとくすねてきたんだ」
 …………
 まあ、別に泥棒はダメだなんて正義感ぶるつもりはないけど、ポルトガ王家に古くから伝わる魔封じの杖をこんな形で拝むことになるなんてね……
 それはともかく、魔封じの杖でもほんの一瞬しか魔力を抑えられないとなると逃げた方が…… いや待てよ。
 たぶんこの現象は、あの男がオーブの魔力に中てられて起こっているってことよね。ということはあいつとオーブを引き離せれば……
 いけるかも。
「ちょっとそれ借りるわよ」
 一応断りの言葉をかけるが、返事を待たずに問答無用で奪い取る。
 文句を背中に受けながらジェイの元へ駆け寄る。
「ジェイ! あの男の所まで連れて行って!」
「さっきお前が吹っ飛ばした男か? ……何か狙いがあるみたいだな。よし、バーニィ! 海賊ズ! 一緒に来い!」
 ウサネコはジェイの言葉に直ぐに動くが、海賊連中は二の足を踏んでいる。男のクセに思い切りが悪い。
「嬢ちゃん、なんとかなるのかい?」
 アディナが訊いてきた。魔封じの杖を取ったことはもういいようだ。
「なんとかするのよ。あんたらでどうにかできるならいいけど、できないなら黙って言うとおりに動いて」
「……いいだろう。皆、この嬢ちゃんの援護を!」
『へい!』
 アディナの号令で漸く動き出す海賊ども。
 私は真っ直ぐに男の元へ駆けていく。
 それを防ぐように行く手を遮る魔物と人。やはりあの男がキーマンなようだ。
 ジェイたちがそいつらを剣で、あるいは斧で斬り、私の進む道を拓く。
 先ほどの巨大生物状態でないと衝撃波のような魔法も出せないのか、男は何もせずに黙っている。
 私は男の直ぐそばまで到達し、カズンから奪った魔封じの杖を振りかざして――
 そこで辺りの魔力が男に集中していくことに気付く。
 まずいっ!
 ザシュッ!!
 男がゆったりと上げた右の手のひらから衝撃波が打ち出される――が、私の眼前で消えた。
 私のマジックキャンセルよりも無効化ぶりが強い。
 助かったわ、アマンダ!
「杖よ! 魔を打ち消せ!」
 そう叫びながら男の口に杖を突き刺す。
 カズンの言葉と少し違うけど、こういう魔法具は意思の力が引き金になると聞いたことがある。それならば今ので問題ないはず。
 それを証明するかのように男の上がっていた右手がだらりと下がる。
 すると彼の上着の腰辺りから異常なまでの魔力が感じ取れた。オーブとやらそこみたいね!
 直ぐにオーブからの魔力供給が再開し人や魔物が動き始めるが、もう後は――
「バギ」
 初歩の真空魔法を唱えて男の服を切り裂く。
 そこから赤い色をした球状の物質が零れ落ち、それと同時に辺りにいた人や魔物は再び動かなくなった。
 オーブは、引き起こしていた凶悪な現象とは裏腹に、澄んだ赤色をしている。
「終わった……みたいだな」
 そう呟いてジェイが息を吐く。
「結局どういうことだったんだ?」
 そう言ったのはウサネコ。
 面倒くさいから答えたくないけど、ジェイも私の方を見て答えを待っているようだったので口を開く。
「高魔力な物質は他への影響が激しいの。このオーブも例外じゃないわ。多分この男が何かのきっかけで、オーブの魔力を引き出してしまって今みたいなことになったんでしょうね。だから彼からオーブを引き離してやれば、この通り解決よ」
「そのきっかけってのは何だったんだろうな」
 私の言葉を受けて言ったのはウサネコ。
「わかるわけないでしょ? どうせ下らない――」
「たぶん、この船が難破しかけたからだろ」
 私の言葉を遮ってアディナが言った。
「なんでわかるの?」
「この男がさっき言っていたじゃないか。『この船は沈ませない』って。難破しかけた時に死にたくないと強く祈ったんじゃないかね」
 なるほどね…… まあ、こっちとしてははた迷惑なだけだったけど。
「うっ……」
 そこで男が呻き声を上げた。
「おい! 生きてるのか?」
「そりゃあ、生きてるでしょ。他の奴らはともかく、この男だけはずっとオーブから直接魔力、生命力を与えられていたんだから」
 驚愕の声を上げるウサネコに適当に答える。
 ウサネコやアディナ、海賊連中が男の介抱を始めたので、そちらは放って置いてアマンダに近寄る。
「さっきは助かったわ」
「気をつけなさいよ」
「あなたもね」
 注意してくるアマンダに、私はそのまま返す。
 彼女は珍しく怪訝な顔でこちらを見た。
「さっきのオーブの話、それと私を助けた魔法。ここまでカードを出したら、ジェイも貴女のことに気付くわ」
「そうかしら。あの子が鋭いことは私も認めるけど、魔法に関してはほとんど素人同然じゃない」
 そう言って、まだ余裕の笑顔を見せるアマンダ。しかし――
「ジェイを舐めない方がいいわ。あなたの普段の態度、戦闘での身のこなし。全てを見た上でなら、今回の貴女の行動は充分に確信のためのキーとなる。上手な言い訳を考えておくことね」
 そう言って踵を返し、当のジェイの方へと向う。
 ジェイはウサネコ達からは離れてこちらに、アマンダに視線を向けていた。
 私が向っていくとその視線をこちらに移し、にこりと笑う。
 近々、彼女が何者なのかわかりそうね。少し、楽しみだわ。

「僕の名前はエリック。ポルトガからロマリアへの運搬船に奴隷乗組員として乗っていました」
 オーブに中てられていた迷惑男、エリックは開口一番そう言った。
 詳しい話を聞いてみると、彼は無実の罪で刑に服し、その結果奴隷として運搬船に乗り込むことになったのだそうだ。しかし、その船、つまり先ほどまで乗っていた幽霊船が嵐に遭遇して難破しかけた時――
「僕はどうしてもオリビアが待つ町に帰りたかった。だから強く願ったんだ。死にたくないと…… そしたら、神様が……」
 オリビアというのはこの男の恋人らしい。彼が元々住んでいた町、東方の有名な街バハラタ付近にある小さな港町で帰りを待っているという。
 ただ、男の言葉には他に滅茶苦茶気になる単語があった。
『神様?』
「はい。強く願ったその時、僕の目の前に黒ずくめの男の人が現れて『死にたくないなら、生きたいのならこれを手に取り、願え』と、そう言ってそれを」
 エリックの指差す先には、私の手の中にあるレッドオーブ(命名ジェイ)があった。
 しかし、黒ずくめな上にその口調じゃ悪魔っぽいような気がするけど……
「それで結局意思を奪われて、幽霊船とともにずっと漂ってたわけだ。たちの悪い神様もいたもんだぜ」
 そう言ったのはウサネコ。今回ばかりは同意見だ。
「あの…… さきほどから気になっていたのですが、幽霊船というのは……」
 エリックがそう尋ねた。
 まあ、確かにずっと意識がなかったわけだし、自分が幽霊船の中にいたとか、既に十年くらいたっちゃっているとかわかってないのは仕方がないわね。
「あ〜、言いにくいんだけどな。お前はそのオーブを手に入れてから、ずっと十年くらいの間あのボロ船で漂ってたんだよ」
 そう言って元幽霊船を親指で指すウサネコ。
 それを聞いたエリックはしばし放心して――
「そ、それじゃ、オリビアは? 僕は彼女に絶対帰ると約束したのに!」
 青ざめて取り乱すエリック。
 まあ、冷静になれってのは無理よね。
「行ってみればいいじゃない」
「えっ?」
 アマンダが発した言葉に、間の抜けた言葉を返すエリック。
「意外とまだ待ってるかもよ。ま、期待しない方がいいとは思うけど……」
「ですが、十年も……」
「そりゃ、十年も待ってる馬鹿もいないでしょうけど。万が一ってこともあるわよ? 少なくともここでイジイジしてるよりは、行ってみたほうがいいと思うけど?」
 相変わらずのやる気なし口調。ただ、言っていることは随分と優しい。
 珍しいこともあるものだ。
 彼女の言葉が終わってから、続いてジェイが言葉を紡ぐ。
「俺は別に行ってもいいぞ。キメラの翼も少し残ってるだろ? エリックが使えば直で行けるし、大した手間じゃない」
「ジェイが行くのなら私も、ね」
 賛同してから、ウサネコの方に視線を移すと、
「ま、悪くないんじゃないか?」
 軽く肩をすくめてそう答える。
「あたい達も付き合うよ。これも何かの縁だ」
「お嬢はこう見えて、恋愛物に弱いんっすよね」
 澄まして言ったアディナにカズンが補足を入れた。
「黙ってろ! ボケっ!!」
 思い切り右の拳をカズンのみぞおちに叩き込むアディナ。
 甲板に倒れこんでぴくぴくしだすカズン。
 あの戦闘で生き残ったってのに、こんな下らないことで死に掛けてどうするのやら……
「皆さん…… ありがとうございます!」
 そう言って深く、深く礼をするエリック。
 まあ、嫌な結果が待っていないといいけどね…… たぶん待っているんだろうけど。
 そんなことを思いながら海を眺める。
 心なし、その青色が悲しそうな雰囲気を秘めているような気がした。