19.愛のカタチ

「メラミ!」
 エミリアが唱えた呪文が相手に直撃した。
 しかし――
「がははははは! お前ら久し振りだな!」
「そこは人として効いとけよっ!」
 全くこたえていない変態、カンダタにジェイが叫んだ。
 ……たしかにあれを直でくらってこれじゃ、人かどうか怪しいわよねぇ。
 ま、この男のこと言えた立場じゃないわけだけど。あたしは。
 この間の幽霊船でのエミリアの忠告は的確だった。
 二日ほど前のこと、あたしはいつかエミリアにされた時のように詰問された。

「で、お前は人間か? エルフか? それとも、ハーフか?」
 食事の席でそう声をかけてきたのはジェイだ。
 エミリアは普通に食事を続けているが、ウサネコちゃん、エリックは呆気にとられた顔であたしとジェイを見比べている。ちなみにアディナや海賊どもは別行動中。
「何よ、突然」
「この間の幽霊船での戦闘、お前は魔法を使ったな? それもエミリアよりも相殺力の強いマジックキャンセルだった」
「で?」
 内心おもしろがりながら、ジェイに聞き返す。
 エミリアがジェイは鋭いって言っていたけど、本当にびっくりするくらい鋭いみたいだ。というか、魔法はほとんど使えないくせに魔力感知だけはエミリア並みたいね。変なところでケイティと似ている。
「一応聞いておこうかと思ってね。人間じゃなくても問題ねぇけどさ。何か気になるだろ、そういうの。あ、後これからはちゃんと戦ってもらうからな。じゃなきゃ、アリアハンに帰ってもらうぞ」
 正体云々は別に言ってもいいんだけど、戦闘に参加するのはめんどくさいのよね。
 でもそういうわけにもいかないみたい。まったく……
「そうね、戦闘には参加するわ。それと私が人間かどうかってのは、ノーよ」
「お、おい、お前」
 ウサネコちゃんが戸惑った声を出した。
 まあ、これが一般的な反応よね。エリックも似たような反応をしているし。
「で、人間じゃないなら何なんだ?」
 彼らとは対照的に、魚料理をぱくつきながらそう言ったのはジェイ。
 エミリアもまた特に関心がないかのように料理を食べ続けている。
 しかし――
「あたしは一般に魔族と呼ばれる異種族よ」
 ぶふうぅぅぅぅぅぅぅぅ!
 食べていたものを一気に噴出す、ジェイ、エミリア。
 いやぁ〜、さすがに驚いてもらえたみたいね〜。
「おおおおおお、お前! 魔族って……」
「まさか、バラモスの手先じゃないでしょうね」
 てんぱってるジェイと、戦闘態勢にはいるエミリア。ウサネコちゃんは大口開けて放心してるし、エリックは完全にフリーズしている。
 ははは、おもしろい反応ねぇ〜、っと楽しんでいる場合じゃないか。エミリアが何か呪文使えば、あたし自身は防いでみせる自信ありまくりだけど、今いる食堂への被害は確実にでちゃうだろうし。
「同じ魔族に何人か知り合いはいるけど、“バラモス”なんて奴は知らないわ」
 まあ、この言葉だけで真実全てを語っているわけではないのだけど、下手なこと言ってエミリアに暴走されても困るからね。
 というのも、知り合いがバラモスと名乗っている可能性はあるのだ。
 何を思ってあんなことをしているのかもわかっているつもりだ。だから、“魔王”なんてガラではない彼のことを思うと少し辛い……
「……そこは信じよう。二度ほど救われてるわけだしな」
 幾分落ち着いた様子でジェイが言った。
 前の触手怪物事件の時のこともわかっているらしい。エミリアに聞いたのかしら?
 ま、それはともかく……
「で、どうする? あたしを殺してみる?」
「な、何を!」
 ウサネコちゃんが焦った声を出した。
「歴史を紐解けば、人間と魔族が殺しあうだけの理由は腐るほどあるわ。何をもなにもないでしょう?」
 ずっと、ずっと昔から“あたし達”は認められることなどなかった。
 時には忌み嫌われて武器を向けられ、自身の身を守るために人間を手にかけた。またその力ゆえに利用されることなんかも多い。同じ生き物として“あたし達”を認める人間は一握り。ただ、その一握りに出会い、共に過ごすことができたとしても、彼らの時間は短すぎる。“あたし達”と彼らが理解し合うことは難しい。
 そこで、少し考え込んでから、ジェイが言葉を紡ぐ。
「別に。種族とか、歴史とか、どうでもいいよ。バラモスと関係がないってんなら、実質被害があるわけでもなし。あいにく俺はこの目と耳で聞いたものしか参考にしないんだ。お前は真実を語らないことはあるけど、嘘を吐くことはないからな。信用するさ」
「私もよ」
 当然の如くジェイの後にはエミリアの肯定。
 ま、この子達ならこうなるとは思ってたけどね。
「一応礼を言っておこうかしらね、サンキュ。それで――」
 お子様二人に礼を言ってから、固まっている二人――というかウサネコちゃんに目を向けて、質問をぶつける。
「あなたはどう?」
「俺は……正直、魔族を信じることはできない。歴史においても、物語でも悪者として語られて、もたらすものは絶望だけ……」
 ウサネコちゃんは暗い表情で、料理にも手をつけずにそう語った。まあ、この状況で料理を食べる図太さがあるなら、こんな弱気な顔をすることはないだろうけど……
 それにしても、さすがにお子様二人と違って常識を持ち合わせているわね。
 ま、ここはあたしがパーティを抜けるのが妥当――
「ただ、少し時間が欲しいんだ…… 考える時間が」
 視線を伏せたままでそう搾り出すウサネコちゃん。
 特に反応を返さずにいると、彼は居たたまれなくなったのか食堂を出て行った。もう、宿は決めているしそこへ行ったのだろう。
 さて――
「悪かったわね。辛気臭い話につき合わせちゃって」
 エリックに向けて声をかける。
 少し影が薄い感があるので、つい存在を忘れてしまうことがある。
「いえ、僕のほうこそ大した関係でもないのに、込み入った話に参加してしまって……」
「そんなのは別にいいわよ。誰に知られて困るってわけでもないし」
「アンチ魔族主義者とかに聞かれたら、しつこく命を狙われたりしそうだけどね」
 エリックに向って適当に返した言葉に答えたのはエミリア。
 ウサネコが残していった料理をジェイと分けてぱくついている。
 さすが成長期。
「あ〜、そういうのも実際あったわ〜。大層な口上垂れてかかってくるくせに、実力は大したことない場合が多くて対応に困るのよ」
「ラリホー辺りで適当にあしらえばいいじゃないか?」
 顔色を変えずに、自然な動作でエリックの魚を食べながらジェイが言った。
 あたしも気をつけないと。
 ちなみにラリホーというのは、人に無理やり疲労感を与え眠気を引き起こす魔法。脳に作用するとか何とか聞いたことがあるけど、あたしは別に研究者ではないのでその辺はよくわからない。
「そもそも魔法使うのが面倒なのよ」
「お前、面倒くさがり過ぎだろ…… よく今までやられなかったな」
「ま、こう見えても初期の魔族だからね」
 最初に魔族として蔑まれたのがあたしたち。あたしたちが力を持ち過ぎていたから……
 ずっと、ずっと昔。気の遠くなるような昔の話だ。
「ふ〜ん、よくわかんねぇけど…… まあ、生きてて何よりだな」
 かなり適当な返事をしてスープを飲むジェイ。
 この子は興味のないことを適当に流し過ぎる感があるわねぇ。
 エミリアは少し気にしている素振りを見せてるけど、ジェイが聞かない以上、今は触れてこないだろう。その内、修行の時とかに質問攻めに会いそうだけど…… はぁ〜、めんど!
「あれ、僕こんなに食べたかな?」
 エリックの間抜けな声をBGMに、近い未来の面倒事にうんざりする。

 だいぶ長い事考え込んでいたらしい。いつの間にやら、変態とアディナの一騎打ちなんていう面白い状況になっていた。
「ちょい、これどういうこと? いつの間にこんな対戦カードが組まれたわけ?」
 特に考えずにウサネコちゃんに話しかけてから、少し後悔。
 彼はあれから今まで、妙によそよそしい反応を返す。
 ……まあ、そこら辺は経験上割り切るようにはしているけど、気持ちのいいもんじゃないわけよ。
 つーか、今回に至ってはよそよそしいどころか、返事すらしないし。
「……何か、あいつら元々知り合いだったみたいで、久し振りに一勝負ってことになったんだよ」
 いつまでも答えないウサネコちゃんの様子に呆れたのか、ジェイがため息混じりに言った。
「ふ〜ん。どう見てもアディナの方が不利そうだけどねぇ〜っと、始まったわね」
 ウサネコちゃんのことは考えないようにして、アディナと変態の戦いに目を向ける。
 変態の動きが、この前の対ウサネコちゃんの時よりかなり鋭い。やっぱりあの怪我の影響は大きかったのねぇ。
 でも、アディナの方も負けてはいない。
 さすがに力勝負では勝てないのだろう。攻撃をひたすらかわし続けているのだが、その合間、合間に入れる細かい攻撃の手を休めることがない。
 どれだけ体力があるかにもよるだろうが、こんなねちっこい攻撃を続けられたら溜まったものではないだろう。
「けっ! 相変わらず嫌な戦い方しやがるっ!」
「人間離れしたその体だけで反則じみてる奴が文句言うんじゃないよっ!」
 幾分楽しそうに話しながら戦いを続ける二人。
 変態はその格好の凄さに気を取られるのが常だが、その体躯は人間というより獣系の魔物のようにがっちりしている。ある意味、魔族のように差別の対象になりそうなくらいだ。
「こいつはまたあたいの勝ちかぁ?」
「うるせぇっ! これでも、くらえっ!」
 茶化すように言ったアディナに、変態は大声で返しながら斧を振り上げて思い切り振り下ろす。
 その先にあるのはアディナの体……ではなくて舗装された地面。
 どがぁぁぁああ!!
「な、何!」
 変態がぶち壊した地面のカケラが飛び散り、アディナは変態の姿を一瞬見失う。
 しかし、その一瞬が命取りとなったみたい。
 変態の手に握られた斧が、アディナの首にぴたりとくっついていた。
「俺の勝ちだぜ?」
「ちっ、馬鹿力め」
 口を笑みで歪めて勝利宣言した変態を、アディナは忌々しそうに睨む。そこで対戦終了。
「よし、次はバーニィだ! へへっ、この間のリベンジと行くぜい! おい、バーニィ!」
 嬉しそうにアディナから千ゴールド受け取って(金も賭けてたわけね……)、今度はウサネコちゃんを呼ぶ変態。
 だけどウサネコちゃんは――
「悪い、カンダタ。そんな気分じゃねぇんだ……」
 そう言って宿の方へ引き揚げていくウサネコちゃん。
 根が常識人入っちゃってるから、悩み出すと長いわねぇ。
「なんでぇ、あいつ?」
「何か、ちょっと前からあんなだよ。昨日も酒の誘い断りやがるし」
 ウサネコちゃん話に花を咲かせている泥棒二人の声を聞きながら、考える。
 ……早めに何とかしといた方がいいかもねぇ。

 ここで今の状況について話しておこう。
 今あたし達に目的地はない。
 正確にはバハラタの北方という曖昧な目的地があるのだけど、まあこれではないみたいなものだ。
 エリックの故郷という町でオリビアの情報を集めてみたところ、彼女は彼が行方知れずになったことを嘆き、町を出て北へ向ったのだという。それも十年ほど前の話なのだから今更追っても仕方ないのだが、どこかの村や町に落ち着いているかもしれないからしらみつぶしに当たっているのだ。
 こんなことはジェイが面倒くさがりそうなものだが、彼は変なところで律儀で、一度決めたら遣り通さないと気がすまないらしい。
 そんなわけだから、今あたし達は特に急ぐ理由もなくて、今日中にこの町を発つという予定を取りやめて、カンダタ達との食事、というか宴会を開いている。
 ただやはり、そこにウサネコちゃんの姿はなかった。

「あいつ、マジでどうしたってんだ? タダ酒を断るたぁよ」
「根が真面目なのよ。嫌な常識と倫理観の狭間で奮闘中」
 あたしの横に陣取って言った変態に答える。
 さっきまではジェイとエミリアに絡んでいたみたいだけど、彼の格好を嫌悪しまくってるエミリアにかなり冷たくあしらわれてこちらへ来たみたいだ。
 まあ、とは言っても、彼はその反応を楽しんでいる節があるけど……
「あぁ、あんたが魔族なのを気にしてんのか」
「は?」
 変態が返した言葉を受けて、あたしは間の抜けた声を出していた。
「ジェイにでも聞いた? まったくお喋りねぇ」
「なぁに、別に大した話じゃねぇんだ。いいじゃねぇか」
「まあ、そうなんだけどねぇ。人によっては鬱陶しいくらい気にしてくれるわけよ」
 その代表選手がウサネコちゃん。
「バーニィのことか。奴は誰に似たのか、変なところで真面目だよなぁ。あれで盗賊の道を進むんだから、血ってのは結構あなどれないもんなのかもな」
 そう言ってから酒を一気に飲み干し、ウエイトレスの姉ちゃんにおかわりを頼む変態。
 ……何か、ウサネコちゃんの家族について知っている口ぶりね。
 というか、彼の家族とか出身とかあんまり気にしたことなかったなぁ。ノアニールの近くのどこかが出身地だってのは聞いたけど。
「ウサネコちゃんの親と知り合い?」
「俺がパパさ」
 ……
「いや、パパって似合わないから」
「はっはっは! ツッコミどころがそこってのはあんたらしいゼ!」
 豪快に笑って背中をボンボン叩いてくる変態。
 まあ、全く驚かなかった訳じゃないけど、可能性としては充分あり得ることだし。
「ウサネコちゃんは知ってるの?」
 彼の素振り、言動を見る限りわかっていなさそうだけど。
「知らないと思うぜ。母親には言わないように言ってあるし、近所の人間は俺のことは知らないはずだ」
「ふ〜ん。じゃ、確かに血ってのもあなどれないわねぇ。ま、それはいいわ。それよりも、パパさんならあの子どうにかしてくれない? あたしがいるのが嫌なら消えるだけだし、さっさと結論を出して欲しいわけよ」
「その結論は、あいつ自身が出さなきゃ仕方ねぇだろ? いくら俺様のようなダンディパパでも、そこは口出しできるようなことじゃねぇさ」
 エミリア辺りがいたら、今のふざけた単語でメラミが飛んだかもしれないわねぇ。
 そんな風に呆れていると、エリックがおどおどしながらやってきた。
 変な格好の大男がいるのだから当然かしら?
「アマンダさん、ここの支払いって誰がするんですか? ジェイさんに聞いても、誰かがするだろう、って言うだけだし、エミリアさんには完全に無視されたし、他の人は酔ってて話し通じないし」
 支払いか……
「悪いわね、変態」
「俺は宵越しの金は持たねぇんだ。というわけで持ち合わせなんぞない!」
 うわ、計画性まるでなし。これで子持ちってどうなんだろう……
 う〜ん、それなら……
「まあ、誰か持ってるでしょ? 持ってなきゃ、適当なのを一人置いて逃げればいいわよ」
「そうだな、がっはっはっは!」
 ウサネコちゃんがいないので突っ込む人間はいなかった。

「魔族だと知ったら戸惑う方が普通だ。あいつのこと責めないでやんな」
 別のこじんまりとした店で変態と飲んでいると、彼は突然そんなことを言った。
 さっきの店での支払いは、アディナの子分の会計係がした。そいつから軽く一万ほどむしり取って、この店に来たのは数分前。
「別に。そこら辺は当たり前のことだと思ってるからね。責めてるわけじゃないのよ」
 はっきりしない態度が気になるだけのことだ。
「ところで、そういうあんたは何で全然気にしてなさげなのよ?」
「昔、他の魔族に会ったことがあるんだよ」
 あら、驚いた。
 この世界で魔族はもう、全員合わせても十人に満たないはずだし、人間の一生で魔族二人に会うなんてかなりの確率だ。
「へぇ、誰? こっちにいる奴なら大体知ってるけど」
「こっち?」
「何でもないわ。で、名前は?」
「キース……とかいったかな。会ったのは十七年、いや十八年は前になるか? 家族に会いに行くとか言ってたぜ」
 …………
 彼か…… しかも、あの時期だなんて。ピンポイント過ぎるわよ、変態パパ。
「腰の低い優男でしょ?」
「あ〜、そんな感じだったな。いじめられキャラっぽかったぜ」
 間違いない。そもそも、こんな怪しい筋肉マンに魔族と名乗る能天気は彼くらいだろう。
 まったく…… 懐かしいような、辛くなるような、よくわからないエピソードだわ。
「知り合っていきなり魔族だ、って言った時はさすがに驚いたがな。まあ、人柄的にそう問題ない奴だったし、それに酒代おごってもらったからよ。魔族だ、人間だってのが馬鹿らしくなってな」
「奴らしいわ」
 さすが使い走りキャラ、都合よく利用されキャラ、いじめられキャラの称号を欲しいままにしているだけはある。
 しばらく彼のことを思い出し黙っていると、変態が話題を変えた。
「そういやお前ら、何でこんな何もねぇ村に来てんだ?」
 こういうことは普通、会って最初に訊くような気がするわねぇ。
 ま、いいけど。
「エリック……一人、気の弱そうな男の子が増えてたでしょ? あの子がオリビアっていう人を探しててね。こっち方面にいるかもなのよ」
「オリビア? オリビアってのは、あのオリビアか?」
 あたしが説明口調で言うと、変態は珍しく顔に驚きの色を携えてそう言った。
 あのオリビアってのは、どのオリビアなのかしら?
「オリビアに、あのとかそのとかあるわけ?」
「まあ、聞け。ここから少し北に行ったとこに、オリビアの岬ってのがあってよ」
「オリビアの岬? 変な名前」
 変態の話の腰を折って、正直な感想を言う。
「そういうなよ。一応、聞くも涙、語るも涙の悲恋物語だぜ?」
 半裸の大男が悲恋物語を語る…… ある意味最高に怖いわ。
 いや、それよりもそこから導き出される結論が最悪そうなのが気になる。
「続けて」
「十年前、オリビアっていう女が海に身を投げた。恋人が海難事故で死んだのが理由だったらしい。そんで、そのベタな悲恋話が元になって、その岬は女の名前を取ってオリビアの岬と呼ばれるようになったのさ」
 ……うわぁ〜、やっぱり最悪じゃん。
「あ〜、エリックはその死んだ男の方よ」
「生きてるぞ」
「生きてるのよ。色々あって」
 特に感慨もなく返す変態に、そう返す。
「そいつは嫌な話だな…… いや、少し希望はあるか……」
 彼は先ほどより幾分トーンを落として、そう言った。
 今までの話を聞く限り、希望なんてこれっぽっちもないように感じるけど…… どういうことなのかしら?

「そ、そんな…… オリビアが死んでる?」
 宿に帰ってエリックに教えてやると、当然というか何というか彼は青くなって座り込む。
 まだ続きがあるんだけどね。まあ、こっちの話だって希望があるというほど希望に満ちている訳じゃないけどさ。
「そう。それでこの村の北にある岬に、彼女の幽霊が出るんだってさ。行ってみる?」
「幽霊?」
 そう。カンダタが言った希望というのは、オリビアが幽霊という形ではあるが、まだこの世に止まっていることだった。
 結局、死んでいることは死んでいるのだから希望になるか! って感じだけど、まあ感じ方は人それぞれよね。
「つーか、幽霊っているのか?」
 ジェイが空気も読まずそう言った。
「この前、アンの幽霊にあったんでしょ?」
「あれは幽霊ではないだろ?」
 そっか。
「まあ、いるかどうか分からないけど…… 目撃談は多いそうよ。ていうか、大型船すら沈めるっていうからかなり元気がいいわね」
「そ、そんな…… オリビアがそんなこと――」
「あんたは無実の罪で船に乗せられて死んだんでしょ? きっと世の中全てを恨む、とかそんなありがちなパターンよ」
 ご当人を前にありがちとか言うのも無神経かしらね。
 そんなことも思ったけど、まあいいか。
「で、行ってみるのか?」
 ジェイが訊いた。
 珍しくとことんまで付き合う気のようだ。
「……行ってみます。可能性があるのなら」
 すんごい深刻な表情で頷くエリックを見ながら思う。
 これで、状況が似ている同姓同名の別人だったら…… 笑うしかないわね。

 ドンドンドンッ!
 ウサネコちゃんの、というかジェイとウサネコちゃんの部屋の扉を乱暴にノックする。
 今ジェイはエミリアとアイスを食べているから、ウサネコちゃん一人しかいないはずだ。
「何だ? ……アマンダか」
 最初は鬱陶しそうに出てきた彼だったけど、相手があたしと分かった途端に暗い顔になる。
 あ〜、もう! 鬱陶しい!
「いい加減答えを出したら? 認められないのならそれでいいの。あたしが出て行くだけよ」
「そ、そうは言ってないだろ。俺は考えさせてくれって――」
「長すぎるのよ! ちょっとはカンダタのさばけっぷりを見習ったら?」
「カンダタの?」
 知った名前を聞いて久し振りに普通の反応を返すウサネコちゃん。
「彼は、あたし以外にも魔族を知っているそうよ。そいつを認めた理由は、『酒を奢って貰ったから』だって。勿論、あなたがあたしを認めなければいけないということじゃないわよ。そうじゃなくて、彼みたいに即決して欲しいわけ。いわゆる直感!」
 いつまでも悩まれてたんじゃ、鬱陶しいことこの上ない。
「直感って…… 俺は魔族イコール悪ってのが常識だったんだぞ」
「それならそれでいいのよ。魔族を認められないなら、その直感そのままにあたしを認めなくていい。それで――」
「だからそうじゃないんだよっ!」
 最近では珍しい大声を出すウサネコちゃん。
 ていうか、そうじゃないって――
「何がよ?」
「俺はお前を仲間だって認めてるっ! 信じてるさ! でも、直感の方はそう言ってても、理性の方でストップをかけちまうんだっ! 魔族なんて信用していいのかって!」
 ……なんつーか、珍しい例ねぇ。
 普通、心の方が嫌がるもんだけど……
 育った環境が違うだけで、やっぱりカンダタの息子ってことかしら?
「あ〜、なんていうか…… それはどうも。そういうことなら、まあその内慣れるんじゃないの? あんまり深く考え込んでないでさ。カンダタと賭け試合するとか、酒を飲むとか、普通にしてればその内答えも出るってもんよ。習うより慣れろ?」
「……俺は、普通にしているつもりだぞ」
 あれで? 悩み出すと脳みそおかしくなるのね、こいつ。
「どこがよ。酒の誘いは断るわ、カンダタの勝負を断るわ、突っ込みはしないわ、不自然極まりないのよ」
「そうか?」
 今の最後の例に突っ込まないというだけで、充分不自然だと思ふ……
 まあそれを言っても、『そうか?』って返ってきそうだから言わないけどね。
「そうよ。全く…… まあ、これだけ普通に話せるようになったわけだし。今日はここまでにしときましょうか。おやすみ〜」
 そう言って、彼に背を向けて階段を下りる。
 ジェイたちが食べていたアイス。あたしも食べたいし残ってればいいけど……
「また、明日な」
 後ろから聞こえてきた小さめの声に、振り向かずに手だけ振る。
 まあ、大丈夫そうかな。たぶん。

 今日の変態との試合の結果。
 ウサネコちゃん五戦五敗。
 まだ少し悩んでいるのかもしれない。動き鈍いし。
 まあそれでも、行動パターンは自然になってるし、突っ込みも順調に入れてるし、割とふっ切れているように見える。
 あたしがからむと少しおかしくなるけど、昨日までに比べると普通だ。
 まあ、ウサネコちゃんレポートはそれくらいにして、あたし達のが今どこに行こうとしているかというと――
「後十分もすればオリビアの岬だぞ。ほら、もう海が少し見えるだろ?」
 そう言って先を指差す変態。
 確かにその先には、空とは違う青い色が見え隠れ。
 そう。彼の言うとおり、昨日話に出ていた岬に来ているのだ。
 メンバーはあたし達四人とエリック、道案内役のカンダタ、そして本人たっての希望でアディナ。他――カンダタとアディナの子分は昨日滞在していた村でお留守番。
 アディナはカズンがいつか言っていたように、恋愛話好きなよう。そんな理由でついてくるのもやや不謹慎な気がするけど、彼女の性格上それだけじゃなくて、純粋にエリックやオリビアのことが気になるんだと思う。少しお人好しの気があるし。
 ま、それはともかく、朝早くに宿を出て、それから善は急げの強行軍ってわけ。ま、強行軍というほど遠くなかったけど。
「あそこにオリビアが……」
「そういうこった。あ〜、だけど船で来ねぇと幽霊はでないぜ」
「っておい! 先に言えよっ!」
 切なそうに岬があるであろう方向を見詰めるエリックに、カンダタがついでとでもいうように言ったのを、突っ込みが復活したウサネコちゃんは見逃さなかった。
 つーか、ほんと先に言え、よね。
「船か。アディナ、海賊パワーでどうにかなんねぇか?」
 そんなジェイの無茶なふりに――
「どんな海賊だっ! まったく……」
 当然言い返す、アディナ。
 う〜ん、期待してなかったとはいえ残念。
 まあそこで、「おっけー。あたいにかかれば船くらい口笛吹くだけで、空から降ってくるよ」とか言い出されても、微妙に嫌だけど。
「魔法で呼び寄せることはできるよ、ジェイ」
 そこで、エミリアが褒めて褒めてオーラを出しながら、ジェイに話しかけた。
 確かに、対象がどこにあるか分かっていれば、ルーラの応用で呼び寄せることもできる。
「へ〜、そうなのか。じゃあ、アマンダやってくれよ」
「は?」
 そこで、ジェイが急にあたしに振ってきたから、少し、いやかなり驚いた。
 というか、エミリアがおもっきし睨んでるし……
「エミリアでいいじゃない?」
「お前の魔法見ておきたいし。戦闘じゃろくな魔法使ってないだろ?」
 ここに来るまでにも、当然魔物が何匹も出てきた。ジェイに戦うと約束した以上、さぼっているわけにもいかなくなったので、適当に弱い呪文を使ってたんだけど…… ばれてやんの。
「ま、いいけどね」
 エミリアの睨みを受けながら、しぶしぶ承諾する。
 そして、体内魔力を解放し大気中の魔力を集める。船の大きさを考えると、少しばかり集中しないといけないだろう。
 船を置いてきた場所、エリックの故郷の港。その場所を強く思い描き、そこにあるあたしたちの船を意識する。
 それが浮かび上がる様を想像し――
「おぉ〜、来た来た。すげぇな〜、こりゃ」
 しばらくするとジェイの能天気な声が聞こえた。そして――
「私だってこれくらいできるのに。これじゃ、ジェイに褒めてもらえないじゃない」
 あたしの後ろでぶつぶつ言っているエミリア。
 できれば、あたしに当たらないで欲しいわねぇ。
 まあ、そんなことにめげてる場合じゃなくて…… 一層集中して船を慎重に下ろす。気をつけないと壊れかねない。
 ばしゃあぁぁあん!
 海のある方向で派手な音がした。
 たぶん無事に着水していると思うけど、こればかりは行ってみないとね。
「それじゃ、行きましょうか」
「おうよ」
 誰にでもなく言うとカンダタが答えて、それにともない他も動き出す。
 さぁて、いよいよね。どんな事実が飛び出すやら。
 できれば優しい結末が待っていて欲しいもんだけど、真実の大半は優しくないもんだからね……

「そんな…… うっ」
 恐怖と絶望が混じった表情で呟いた後、口を押さえて座り込むエリック。
 それも仕方がない。今目の前に広がる光景は、元を知っている人間にとっては、特に恋人なんていう大事な存在だった人にとってはあまりに残酷。
 黒髪の少女、オリビアは顔のみはそのままで、後は人としての体ではなく色々な生物の体を合成したようなグロテスクな形態をとっていた。
 船に乗り込み沖へと進み出して小一時間もたった頃のこと。
 海が荒れ出したかと思うと、その一部が隆起して、そこから生えるかのように少女は現れた。
 これは――
「あれは何だ? 幽霊なんて可愛らしいもんじゃないぞ」
 緊張した面持ちでそう言ったのはジェイ。
「エリックの時みたいに強い魔力を感じる…… もしかして」
「そう、オーブよ。カップルで引き当てるなんてすっごい凶運だこと」
 エミリアの鋭い発言に肯定で返して皮肉を言う。一応エリックには聞こえないように皮肉部分は小声。
 つーか、エリック達が凶運なんじゃなくて…… あの野郎のいたずらね。胸糞悪いったらないわ……
「なら、僕みたいにオリビアも……」
「それは無理よ。彼女は死んでからオーブを与えられてる。死してなお叶えたい願いがあったようね」
 エリックの希望的観測を即否定。
 嘘の希望を与えても、その先にあるのはさらに深い絶望だけ。
「そう……ですか……」
 さすがにこれ以上ないってくらいに青くなるエリック。
 ま、気持ちは分かるけど…… そんな風にゆったりしてもいられないかしら?
「うわっ、きたぞっ!」
 ジェイの焦った声を聞いて『オリビア』に目を向けると、彼女の体部分――完全に人ではなくなっている部分が隆起して触手となりこちらを襲う。
 いつかの触手みたいに、ばかみたいな大きさじゃないから問題ないけど…… 数が多い。
 これなら船の一隻や二隻、余裕で沈められるはずだ。
 ま、そんな考察はともかく、こっちにきた触手を処理しないと。いつもみたいに逃げ回っているだけなら楽なのに、少し面倒ね。
 状況に合わないことを考えながら、右手を触手にかざすと――
「はっ!」
 ウサネコちゃんがダガー片手にあたしの前に躍り出て、触手を切り捨てた。
 ……いつも通りの動きなんだけど……ね
「えっと、もうあたしも戦うことにしたんだから、庇わなくてもいいのよ?」
「へっ? あぁ、そうだった! いや、ついいつもの調子で……」
 そのままにしとけば楽なんだし、言わなくてもいいことだけど、一応ウサネコちゃんに注意。
 すると彼は間の抜けた声を出してから、いい訳めいたことを言った。
 間抜けっぷりも元通りねぇ。
 そんなことを考えていると――
「やっぱ、お前は仲間だ。頭で考えるとまだ引っかかるけど…… 今、とっさに出た行動の方を信じることにする」
 そう簡単に言って、照れながら彼は他の触手に向って走り出す。
 まあ、悪くない答えね。
 と、そんな場合じゃないか。オーブを奪わないと。
 とはいえどうしたもんかしらねぇ。
『エリックを殺したこんな世界、壊れてしまえばいい…… エリック、会いたい…… エリック……』
 そこで突然聞こえてきた女の、オリビアの声。
「オリビア! まだ意識が――」
「違うわ。あれはオーブを与えられた時に想った強い願い。それを無機的に繰り返しているだけ」
 エリックの希望の叫びをまたも即否定。
 こればかりは仕方がない。
「というか、世界を壊すとか言ってるわりに、やってるのは船を襲うだけってのはしょぼいな」
 そこでジェイが無神経にも言った。
 まあ、確かにそうなんだけどね。
「オーブの力でもできることとそうじゃないことがあるわよ」
「万能じゃないわけか。そうだ、この前手に入れた奴を使って対抗できないのか?」
「止めときなさい。取り込まれて仲間殺すこともあるから」
 グッドアイデアといった風に声高に言ったジェイに、注意を呼びかける。
 それを受けたジェイは嫌そうな顔で、この間のレッドオーブが入った道具袋を見ている。
 元英雄から別れた魂という割に殺伐としているオーブは、かなり厄介な存在なのだ。
「たくっ! これじゃ、キリがない!」
「言えてらぁな!」
 いつの間にか近寄ってきていたアディナとカンダタが愚痴を言った。
 いや、近寄ってきていたというより、全員が一箇所に集まるように誘導されている。ちょっとおもしろくない状況だ。
「アマンダさん。願いが満たされればオーブの支配も解けますか?」
「まあ、大概はね」
 そこで挙がったエリックの言葉に冷静に答える。
 彼の考えていることは大体わかった。まあ、そういう生き方もあるわよね……
 その時触手の攻勢が一層激しさを増し――
「何やってんだ! 危ねぇぞ!」
 ジェイが触手の前に飛び出したエリックを後ろに押しやり、触手を薙ぐ。
「僕はオリビアの元へ逝きます!」
「何言ってんだ! 人間死んだらそれまでだ! そんなあほなこと言ってる暇があったら生きろ!」
 強い決意のこもった目で言ったエリックを、問答無用で一喝するジェイ。
 まったく……
「ラリホー」
「な…… アマンダ……」
 あたしの魔法であっけなく眠るジェイ。
 カンダタが眠った彼をひっぱって触手の攻撃範囲からどかす。
「何をするの!」
 エミリアが魔力を集中させて何か呪文を唱えようとした。たぶん覚醒呪文ザメハだろう……
「マホトーン」
 彼女より早く魔法を使い、彼女の体内魔力の外への影響力を無効化する。その上で――
「ラリホー」
「くっ」
 呻いてから眠りに落ちるエミリア。今度はウサネコちゃんが彼女を抱えて後方に下がる。
「アマンダさん……」
「あたしも基本的にはジェイと同じ意見よ。でも、あんたの気持ちもわかる。だから、本人の意向を優先させてやろうかと思ってね」
 そうエリックに言ってから今度は、触手を相手にしている他の三人に目を向ける。
 あたしも簡単な魔法で触手に攻撃しながら――
「あんたらは文句ないの? これからエリックがすることに」
「気弱な優男がとんでもなく思い切ったことやろうとしてんだ。それほどの覚悟を邪魔するなんて野暮はしないよ。見直したぜ、エリック」
「アディナさん」
 二本の短剣を振るいながら、明るい顔で言ったのはアディナ。
「なぁ〜に! 後悔しながら生きるより、惚れた女のためにぱ〜っと死んじまった方がいいこともあるさ!」
 巨大な斧で触手を盛大に吹き飛ばしながらカンダタが叫ぶ。
「……カンダタさん」
 そして――
「俺は少し抵抗がある…… どっちかといったらジェイの意見に賛成だ。けど、あの女の願いとお前の願い、叶えてやりたい!」
 ウサネコちゃんはダガーの他にもジェイの大剣を使い、変幻自在に触手を斬り捨てて、そんなことを言った。
「ウサネコさん……」
「バーニィだ!」
 割とシリアスなシーンにもかかわらず、完全復活したウサネコちゃんが突っ込みを入れる。顔が笑っているので本気で怒っているわけではないだろう。
 ま、しんみりするよりもこっちの方がいい。
「みなさん、ありがとうございます!」
「礼を言われるようなことじゃないわ。ほら、頑張んなさい」
「はい!」
 あたしの言葉を受け、エリックは大きく叫んでから触手のいるところに自ら突っ込む。
 ざしゅっ! ざしゅっ! ざしゅっ!
 触手は彼の足を、腕を、腹をつらぬき命を奪おうとする。
「くっ…… オリビア」
 苦しそうにエリックが呟いた時、彼の体が触手たちに絡め取られて『オリビア』の本体らしき顔のところに連れ去られていった。
「動きが止まらない? 駄目なのか!」
 それを見て叫んだのはアディナ。
 あたしもさすがに暗澹とした気持ちになる。しかし――
「オリビア…… 僕だ…… 帰ってきたんだ…… これからは……ずっと一緒にいる…… もう……離れないよ」
 そう言いながらエリックが『オリビア』の顔の辺りに手を回す。
 その時あたしは、オリビアの瞳に光るものを見た。
 そして、それに伴って全ての触手が動きを止め――『オリビア』の体が崩れ始める。
 最後にオリビアの体のみが残り――
「エリック……」
「オリビア……」
 その一言だけ残して、男女は深い海の底へと沈んでいった。

「終わったな……」
 ウサネコちゃんが呟いた。
 あたしは手の中にあるものを弄びながら答える。
「そうね」
「って、いつの間にオーブゲットしてんだよっ!」
 手の中の黄色い球を見止めて、ウサネコちゃんが突っ込んだ。
 さっき『オリビア』が崩れだした時に、このイエローオーブが零れ落ちるのに気付いたので、バギを応用して手の中まで運んでおいたのだ。
 こんな危険なものは野放しにするべきじゃない。というかあいつの好きにさせるわけにはいかない。
「さっき見つけたもんでね」
「危なくねぇのか?」
「願いを聞くようにするには魔力を解放してやる必要があるわ。それをやらなきゃ大丈夫」
 エリックの場合も、オリビアの場合も誰かその解放をした奴がいるはずだ。まあ、大体見当はついているけど……
「ふ〜ん、ならいいけどよ」
「おい、あんたら! 手伝ってくれ!」
 そこでアディナの声がかかった。
「何だよ?」
「この酒を海に撒くんだ」
 言いながら樽を持ち上げるアディナ。つーか――
「何で?」
「ガンドラント流の弔い方だ。あいつら、これからはずっと一緒だといいねぇ」
 さばさばした物言いとは対照的に、海を寂しそうに眺めるアディナ。
 その様子を眺めつつ、口を開く。
『似合わない』
 他の二人と声が重なった。
「な、なんだって! 失礼だな!」
「悪ぃな。つい本音が」
「殴るぞ!」
 カンダタが悪びれもせずに返すと、アディナはさらに叫ぶ。
 それから始まった二人の掛け合いを聞き流しつつ、アディナがしていたようにエリックとオリビアが沈んだ海を眺める。
「アディナじゃねぇけど…… あいつらが幸せだといいよな」
「そうね」
 同じように海面を見詰めて、ウサネコちゃんが言った。
 それに答えながら、後でお子様二人をなだめすかして納得させないといけないことを思い出す。
 厄介事が続くわ、ほんと。