20.この大地の礎
「うん! 行く、行く! 直ぐ行こ! 今行こ!」
アリアハンに着いてどこに寄るでもなく城へ行き、この国の姫君ティンシア様のお部屋を訪ねケイティさんが声をかけたら、彼女は間髪入れずにそう叫んだ。
話の内容は勿論、一緒にランシール国へ行かないかというもの。
しかし、彼女と一緒に部屋にいた女中さんが声をあげた。
「駄目ですよ、姫様。まだ本日の勉学が終わっておりませんし、何より陛下のご許可が――」
「大丈夫だよ、リア。勉強は明日やるもん。それに暗くなる前に戻ってくるから、黙ってれば父様にはばれないよ」
「姫様……」
ティンシア様の答えに疲れた声を出す女中、リアさん。
背は私とケイティさんの間くらい。黒髪に赤い瞳。全体的に明るい印象を受ける。
それにしても、ティンシア様が普段からこの調子なのなら、彼女のお仕事はかなり大変なものということになる。
まあ、それはともかく、許可なしで連れて行った場合、本当に不味いことになるのは私達の方だろう。
「ティンシア、リアを困らせちゃ駄目よ。クソオヤジの許可はちゃんと取らないと」
「う〜ん、わかった。でもいいの? 父様と会うんだよ」
ケイティさんがクソオヤジとか言うので、ティンシア様が気を悪くしたのではないかと思ったけれど、全く問題ないようだ。これがいつも通りなのかもしれない。
「話はアランさんにまかせるわ。私はひたすら下を向いて我慢する」
ケイティさんがこれ以上なく真面目に言うので、少し笑いそうになった。
そこまで嫌いなんだ……
「アハハ、相変わらずだね。それなら私だけで行ってくるよ」
「いや、でもそれじゃあのオヤジが、帰ってきておいて挨拶もなしかって機嫌損ねて、それで陰険にもティンシアのランシール行き許可しなかったり――」
「なら、わたしが一緒に行くよ」
ティンシア様が妥協案を出すと、ケイティさんが国王様の悪評を連ね、それをメルちゃんが明るく遮った。
確かに、メルちゃんの立場と実力を国王様が理解なさっているなら、問題なく許可をいただけるだろう。
まあ、その立場の部分をケイティさん、アランさん、そして黄金の爪さんは知らないわけで、当然ながら声をあげる。
「メルが一緒じゃ、ティンシアだけより心配だよ」
「言えてる」
『まったくだ』
「あれ、今の誰の声?」
最後の黄金の爪さんの言葉を聞き、ティンシア様が不思議そうに言った。
「ちょっとキンちゃん。ここでは声出さないでって言ってたでしょ」
メルちゃんが小声で黄金の爪さんに声をかける。
隠す必要もないとは思うけれど一応、ということでここへ来る前に皆でそういう風に決めておいたのだ。
「? 誰と話してるの、メル」
「あはは、独り言〜。それよりみんな、失礼だよ! 闘技大会のこともあるから、わたしミナトおじさんに信頼あるんだからね」
『へぇ〜』
ケイティさんとアランさんが疑わしそうに声をあげた。
ちなみにミナトおじさんというのは、ミナトール三世国王陛下のことのようだ。
まあそんなことはさておき、一番よさそうな選択をしっかり支持しておこう。
「私もメルちゃんが行くのがいいと思いますよ。確かにケイティさんが行かないと少し失礼な感が否めませんが、敵意がありありと感じられて逆に失礼になりそうですし」
「私ってそんなに露骨に嫌がってますか?」
私の言葉にケイティさんが不思議そうに言った。
自覚はないんだ……
「気付かない人はいないだろうという程度には」
「そんなにですか? ……気をつけよ」
正直な意見を言うと、ケイティさんがやはり真剣な顔でそう言った。それがまた、少しおかしかったりするけれど、それよりもティンシア様にきちんと挨拶をしておくべきだろう。
今までのにぎやかな展開のおかげで、すっかりタイミングを逃してしまっていた。
「ティンシア様。私は、現在ケイティさんの旅に同行させていただいているアリシアと申します。ご挨拶が送れて申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ。はじめまして、アリシアさん」
そう言ってにこやかに手を差し出すティンシア様。
それを握り返しながら思う。
さっきまでと笑顔の雰囲気が変わったような気が…… 人見知りをするようにも見えないけれど――
「アリシアさん」
そこでメルちゃんが耳打ちをしてきた。
「ティンシアは“様”ってつけられたりとか、そういう姫扱いみたいなのが嫌いなの。そうだなぁ…… ティンちゃんとか呼ぶと喜ぶと思いますよ」
「ティ、ティンちゃん?」
「えっ?」
メルちゃんの言葉を聞いて思わず復唱すると、ティンシア様の耳に入ってしまったらしい。少し驚いたように、それでいて少し嬉しそうにこちらを見ていた。
……本当に喜んでいるらしい。
もう口にしてしまった以上、引っ込めることなどできはしないのだから、ここは覚悟して……
「ティンちゃんとお呼びしてもよろしいですか?」
「貴女っ! 姫様にそんな失礼な――」
「リア、いいの」
尤もな注意をするリアさんの言葉を遮り、ティンシア様改めティンちゃんが笑顔で言った。
私としては、どちらかといえばリアさんの意見に賛同したいけれど。
「勿論です、アリシアさん。あの、それで、よろしければ私も愛称でお呼びしてもかまいませんか? ケイティもメルも、私がそういうのに憧れていることを知っていて、わざと呼ばせてくれないし、呼んでくれないんです。まあ、そういう扱いは扱いで嬉しいのですけど……」
…………
失礼ながら、少し変わった子である。
「相変わらずマゾっぽいね」
そこであがったケイティさんの発言に驚く。
何というか、遠慮が全くない。というか、こんな子供に言うことだろうか。
先ほどのティンちゃんの様子を見ると、それを喜ぶ傾向にあるのだろうけど……
「私は構いません。ティンちゃんのお好きなように呼んで下さい」
驚きを抑えてそう言うと、
「はい! ちょっと待って下さい、今考えますからっ!」
彼女は元気にそう返して考え込む。
その後ろに、頭を抱えているリアさんの姿が見えた。
大変な仕事である……
「じゃ、行こっか、メル。リアはケイティ達の相手してて。また後でね、ケイティ、アラン、アリー」
「また〜」
ティンちゃんとメルちゃんが手を振りながら遠ざかっていく。
私の愛称はアリーということになった。
単純にいけばアリスとなるところだが、それではおもしろくないということでアリーに決まった。
この間アランさんが言っていた『本の虫』と比べれば雲泥の差であるし、文句は勿論ない。
「で、どうするのケイティ? そんなに時間もかからないと思うけど、家帰る?」
言ったのはリアさんだ。
彼女はケイティさんと同い年で、幼馴染らしい。
昔からよく一緒に遊んでいて、仲はかなりいいそうだ。
そして実は、彼女はティンちゃんとも昔からの知り合いなのだそうで、他に人がいる時などは先ほどのように敬語で接するが、それ以外では無礼講で頭を殴ることすらあるという。
よくそれで御付きの女中を任せてもらえるものだとも思うが、どうやらティンちゃんがそういう風に接する人以外は自分の側に置きたがらないみたいだ。
一国の姫にそういう態度ができる者は当然そういなく、結果リアさんは現在の職につくことになったらしい。
「家は……まだ帰れないわ。母さんに魔王倒すまで帰らないって約束してるもの」
「相変わらず、変なところでくそ真面目なんだから。じゃあ、アランさんは?」
「俺もよしとくよ。親父もエミリアならともかく、俺が帰ってもそれほど喜ばないだろうし」
そう言って軽く肩をすくめるアランさん。
家族が帰ってきたら誰だって嬉しいと思うけど…… まあ、アランさんはケイティさんに遠慮しているのかもしれない。
「アリシアさんは行ってみたいとことかありませんか? 一箇所くらいなら見てこれるかも」
考えを家族について巡らしていると、ケイティさんが私に声をかけた。
「言ってみたいところですか? そうですね……」
取り敢えずアランさんのお母さんの本というのを見てみたいのだけど、帰る気がないと聞いたばかりではそれも言いづらい。
そういえば――
「あの不思議な鍵をくださった方には会えますか?」
あの鍵の仕組みは少し妙だ。
実現が不可能とは言わないが、人間の技術力を超えているし、何より気になるのは感じられる魔力の質。あれはオーブに近い。
「それならナジミの塔か。だけど、あの老人が自分から出てこないと会えないよな」
「確かに…… でもまあ、キメラの翼でなら直ぐだし、言ってみましょうか。 リアはどうする? 暇なら一緒に来ない?」
「魔物の心配がないなら行くけど……」
「ああ、だいじょぶ。塔の天辺までババーンってひとっとびだから」
不安そうに言ったリアさんに、おどけた調子で答えるケイティさん。
それを受けてリアさんも悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「そういうことなら行くわ。勇者様が一緒ならサボってても文句言われないだろうし」
「決まり! じゃ、さっそく行こっ! アランさん、キメラの翼!」
「ああ」
リアさんの返事を聞いてから、ケイティさんは彼女の手を引いて城の出口に向う。その際に彼女はアランさんに声をかけ、アランさんはそれに直ぐに反応してキメラの翼を取り出す。
いつもながら用意がいい。
それにしても、ケイティさんからいつもよりも活発な印象を受ける。
やはり昔馴染みの友達に会うのが嬉しいのだろう。
大切な人に会えるというのは当たり前なようで、とても特別なことなのだと実感する。
「わぁあ。相変わらずいい眺め。小さい時――魔物が出るようになる前はよく一緒に来てたけど、久し振りだとちょっと感動するわね」
「この前来た時は港から船が出ててね。なんか二重で得した気分だったよ」
「船? ケイティ達が出発するすこし前から一隻も出てないはずだけど…… あ、そうか。それ、ジェイが乗ってったやつだよ」
「……は? うわ、最悪」
「あはは。相変わらずのジェイ嫌いね。ごめんねぇ、感動に水差しちゃってさ」
「ホントだよ、全く」
不機嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向いたケイティさんだったが、直ぐにリアさんと顔を見合わせて笑いあう。
「仲良しさんですね」
「まあ、色々あったからな。リアは目が赤いだろ。今となっちゃそんなこと気にする奴もいないけど、子供の頃はそれが原因で苛められたりしてたんだ。気持ち悪いとかってな」
差別――規模は違えど、そこに根ざすものは同じだ。気持ちのいいものではない。
「それは……ひどいですね。それで、ケイティさんが助けたとかですか?」
「いや、ケイティも苛められてたことがあってな。似たもの同士で慰めあってたみたいな感じだったんだ。まあ、今では二人ともそんな雰囲気全くないけどな」
「ケイティさんがですか?」
「あいつ、あれで昔は大人しくてなぁ。苛めっ子の格好の標的だったよ。で、俺とジェイはその苛めっ子に報復して回るのが日課だった」
ジェイという方は知らないけれど、アランさんの場合はかなり気合が入ってそうだ。
あれ、でも……
「ケイティさんと双子のお兄さんのジェイさんは仲が悪いのではありませんでしたか?」
「よく知ってるな、まあいいけど。……昔はそんなことなかったんだよ。ケイティは、お兄ちゃん、お兄ちゃんって言いながらジェイの後ついてってたし、ジェイの奴もケイティのこと可愛がってたしな。ただジェイの奴が、一時期急にケイティのこと邪険にしだして、その時くらいから今みたいになってきたかな?」
アランさんが額に指を当てて考え込みながらそう言った。
う〜ん。まあ、兄妹仲が悪いのはあまり感心できないけど、家庭の事情に踏み込みすぎるのもどうかと…… 本人同士で解決するしかないか、こればかりは。
「ま、それはともかくお前が会いたいっていう人はそこの扉の中にいるんだ。さっさと行こう」
「え、でもケイティさんとリアさんは?」
「昔話に花を咲かせてるみたいだし、放っとこう。久し振りにリアに会えて、随分嬉しそうだからな」
そう言いながら、アランさんもまた嬉しそうにケイティさんたちがいる方を見ていた。
その様子を眺めつつ、少し辛さを感じる自分がいることに気付く。
なぜだろう?
「ほら、行こう。ま、あの老人が出てくるかは怪しいけどな」
私が少し考え込んでいたら、アランさんはそう言って向こうにある扉へと移動していった。
不可解なことに対しての思考を中断してその後に続く。
扉の奥にいるという老人への質問について意識を持っていこう。もしかしたら、オーブの手がかりがあるかもしれないのだから。
ギイィィィィイ!
その時、急に扉が開け放たれて、その中から白髪の老人が現れた。
会うのに苦労しそうという話だったので少し拍子抜けしてしまうが、直ぐにそんなことは頭から吹き飛ぶ。
老人の顔を見て、私は思わず絶句してしまった。
というのも――
「ガイア様!」
「アリシア、よく来たの」
「へ? 知り合い……か?」
そこにいたのはダーマ神殿で昨日の晩に言葉を交わしたばかりのガイア様だった。
アランさん達といる時に、不自然なほどお会いできなかったのはこのためか……
「まあ、昔にちょっと」
アランさんに適当に答える。
「へぇ〜」
最近、アランさんはあまり深く聞いてこなくなった。多分、気を使ってくれているのだろう。それを思うと、私もできる限り誠実に答えようと思うのだが……
なにぶん今回は私も、なぜこの方がここにいるのかわからないし、詳しい説明をできるほど状況判断ができていない。
「アランよ。悪いのじゃが、アリシアと二人で話してもいいかの?」
「ええ、構いませんよ。元々彼女が貴方に会いたいということで来ましたし」
「すまんの」
「いえ。では、後で」
言ってケイティさん達のいる方へ向うアランさん。
その後姿を見送ってから――
「ガイア様、なぜここに?」
「儂がどういう存在かはもう話していたな?」
「は、はい」
質問に質問で返されて少し戸惑う。
しかし、いつものことといえばそうなので、彼に答えを返しながら昔聞いたことを思い出してみる。
世界には信仰の対象として、精霊神ルビスの他にもいくつかの有名な神や精霊がいる。その中に、大地の精霊ガイア神というのがあるのだが、どうやら彼はその精霊ガイアらしいのだ。
彼は確かにとんでもない魔力を秘めているようだし、それになによりお父様がそのことを支持していたから事実なのだろう。
「それが何か関係あるのですか?」
「儂はこの大地――この世界の創世の時に礎となった精霊での。大地の精霊というより大地そのものなのだ」
「大地そのもの…… では神出鬼没ということで?」
少し規模が大きすぎる話で正直ついていけていない。今の発言は半分冗談である。
「まあ、そんなところかの」
「はい?」
私の適当な発言に頷くガイア様。
え〜と……
「では、ダーマ神殿のお仕事は?」
「しておるよ」
「ど、どういうことですか?」
先ほどから驚いてばかりだ。
「この大地の上ならばどこにでも、人としての形態をした『ガイア』を作り出せるのだよ。ここにいる儂も、ダーマにいる私も一種の端末というわけじゃ」
少し、いや、かなり突飛な話である。いまいち想像しづらい。
……失礼な例ではあるけれど、きのこのようなものと考えればいいのだろうか。きのこは核が地中にあって、そこから地上に普段私達が見ているいくつもの『きのこ』を生やしているという。
そのように考えると少しだけ理解しやすいのだけど…… 本人には話さないでおこう。
「では、他の場所にもガイア様がいらっしゃるのですか?」
「そうじゃな。基本的にはこことダーマとグリンラッドと……そんなところかの。細かいことじゃが、場所によって喋り方も違うのじゃぞ。ダーマでは『じゃ』などとつけていなかったじゃろう? 一人称も向こうでは私、ここでは儂じゃ」
口の端を上げて、いたずらっ子のように笑うガイア様。
確かにダーマ神殿でお会いした時とは少し印象が違うようだ。
まあ、それはいいか。少し詳しく聞きたいとは思うけれど、ティンちゃんを待たせることになったら悪いし本題に入ろう。
「ガイア様がここにおられる理由は、大体理解いたしました。それとは別にお聞きしたいことがあるのですが――」
「鍵のことかの?」
私が言う前におかしそうに返すガイア様。
何もかもわかっているような雰囲気は変わらないらしい。
というか、もしかしたら世界中で為された会話を全て把握されていたりするのかもしれない。
……まあ、さすがにそれはないかと思うが。
「ええ。あの鍵の魔力はオーブの魔力に似通っていますが」
「よく気付いたの。ラーミアの魂が別れてしまった時、他の五つよりも明らかに魔力がでかくなってしまったものが一つあってな。三つの石碑に更に魔力を分散させたのじゃ。それで、その残りかすのようなものがあの鍵じゃ。全て戻せばオーブになるはずじゃよ。それとこれは蛇足じゃが、最初はニ分割じゃった」
大方は予想と合っていた。ただ、オーブそのものだとは思っていなかったけれど…… それにしても――
「なぜ二分割から三分割になさったのですか?」
「まあ、この国には世話になっとるからの。魔物の侵入を防ぐくらいはしてやろうと思ったのじゃよ。イシスの石碑から魔力を少し持ってきて、物理的、魔力的な封印をちょいちょいっと作ったのじゃ」
親指と人差し指で塩をつまむような仕草をしてみせて、軽くそう言ったガイア様。
ちょいちょいっとそんなことをするのはさすがというか、何というか。
「では、残りの最後の魔力はどこにあるのですか?」
「アトランティスを知っておるか?」
「大昔に大洪水によって海中に沈んでしまった大陸のことですか? たしか同名の国もそこに存在していたとか…… もしかして――」
ガイア様の質問に答えながら、嫌な結論を思いついて言葉尻を濁す。
しかし、ガイア様は問答無用でその答えを打ち出した。
「そう。残りはそこにあったのじゃ。だから今では海の底じゃな」
「では、どうすれば……」
「まあ、そこは頑張ってくれ。儂にもできないことがあるでの」
そう言って軽く笑い出すガイア様。
無責任というか何というか…… いや、そもそも彼に責任なんてないのだけれど。
しかし、どうしたものか……
いやまあ、それは後で考えることにしよう。もう一つ聞いておきたいことがある。
「鍵の力を使う時は、ラーミアの魔力を使用しているのですか?」
もしそうなら、今までかけた鍵の封印は全て解除しないと、ラーミアを完全に復活させられないかもしれない。
「いや、その時は大気中の魔力を集めて行うようにしておるぞ」
軽くそう言うガイア様。もはや私にはどう実装しているのかわからないので、感心するくらいしかできない。
「そうそう、鍵の力は固定ではないぞ」
「え? それはどういう」
「石碑にかかっていた術式が頭に入っているから、普通に使えばその通りの効果しか生まんが…… 基本的にはオーブと同じものじゃから、人の願いに反応するのじゃ。意識して使えば他の効果も望めるはずじゃ。もっとも、薦めんがな」
色々説明してから最終的に薦めないというのも不思議な話だが、当然といえば当然か。ヒミコ様のようなケースもあるのだし、不用意に試すのは危険だろう。
今までの話を頭の中で整理しながら、そのようなことを考える。
そこで、前にケイティさんが話していたことを思い出した。
「ケイティさん達には、この塔が過去や未来を巡る塔なのだとか話されたそうですが?」
「ああ、ありゃ適当な作り話じゃよ。過去は全て見てきたわけじゃし、現在の情報を全て把握しているのなら未来も少し先くらいなら読める」
…………
やはりダーマ神殿にいらっしゃるガイア様とは少し違う印象を受ける。
こちらの方が少しいい加減なようだ。
というか現在の情報を全てということは……先ほどした予想――世界中で為された会話を全て把握、というのもあながち間違いではないのだろうか。完全に理解の範疇を超えている。
まあ、それはさておき――
「最後にひとつお聞きしてもいいですか?」
「何じゃ?」
「ランシール国には何があるのですか? やはり――」
「おじいさん、久し振りです」
ダーマ神殿では聞けなかったことを思い切って聞いてみようとした時、ケイティさんが右手を挙げつつ声をかけてきた。
「ケイティ嬢ちゃん、久し振りじゃのう。どうじゃ、答えはでたかの?」
「答え? 何の、でしたっけ?」
笑顔で言ったガイア様だったが、ケイティさんは不思議そうに疑問で返す。
「なぜ、双子の兄を嫌うのか」
「あ、そんなことも訊かれたっけ、そういえば。でも、答えねぇ……」
言って考え込むケイティさん。
「別に考え込まんでもええ。一生懸命考えてどうにかなるものでもないじゃろうて」
「でも、考えないと答えなんて出ないんじゃないですか?」
「そういう質の答えではないのじゃよ」
考え込むケイティさんの頭を軽く撫でて止めたガイア様。
それに少し不満そうに返したケイティさんに、ガイア様は優しい笑顔で曖昧に答えた。
ケイティさんがジェイさんを嫌う理由か……
なんとなくだけど私はわかるような気がする。
先ほどアランさんから聞いたことを考えてみると、まあ可愛さ余って…… というやつなのではないか。
「アリシアも」
そこでガイア様が突然声をかけてきたので驚いて彼の方を向く。
その目には、ダーマ神殿で見たのと同じ真剣さ。
「感情が一意に決まるものではないことを、そして真実もそうであることを覚えておくのじゃぞ」
ダーマ神殿でも似たようなことを言われた気がする。
ただ、今回は更に続きがあった。
「そして…… あらゆる可能性を想定しておくのじゃ。どんな絶望にも耐えられるように……」
……絶望。
彼の言葉を心の中でそのまま反芻する。
あの時以上の絶望など存在するのだろうか。お母様――お母さんが死んだあの日。それ以上の絶望など――
「? よくわからないけど…… おじいさん、名前は何ていうんですか? 前は聞きそびれちゃったし」
「ん、儂か? ガイアじゃよ」
「うわ、おじいさん滅茶苦茶名前負けしてますね。確かガイアっていう神様いたでしょ?」
「何をいう。ナイスジジイな儂に超ピッタリじゃろうが」
そんな二人の会話を聞きながら、頭に血まみれのお母さんの映像が焼きついたまま、顔には笑みをはりつけようと意識する。
私は……うまく笑えているのだろうか?
私達は、ガイア様に別れを告げてアリアハン城へと戻ってきた。
メルちゃんとティンちゃんは既にミナトール陛下のご許可を取って、出掛ける準備まで済ませていた。少しゆっくりしすぎたようだ。
「じゃあ行ってくるね、リア。おみやげ何がいい?」
「姫様が早く帰ってきて下さるのが、何よりも嬉しいです」
先ほどまで着ていたドレスから着替えて、一観光客の格好になったティンちゃんがリアさんに笑顔を向けて聞くと、彼女はにこりと笑ってきっぱりと答えた。
リアさんはティンちゃんがいない間、兵士達の食事を作る厨房を手伝うことになったそうだ。
しかし、そこの仕事は城内で一二を争うくらいきついらしい。それも、兵士百数十人に対して作る側が十人に満たないというから当然だろう。早く帰ってきて欲しいと思うのもわかる気がする。
「じゃ〜、おみやげなしね。夜ご飯の前には帰ってくるからね〜」
「……はい」
しかしリアさんの願いも空しく、ティンちゃんは目一杯楽しむ気のようだ。
お気の毒に……
「リアも来ればいいのに」
とケイティさん。
まあ、そういうわけにも行かないだろうけれど……
「さすがに丸一日休みくれるほど、うちの女中頭もお人好しじゃないのよ。行けたら行きたいけどね」
「私が言ってあげようか」
「姫様。後で私が嫌味言われますから」
軽く不機嫌そうになりながら、ティンちゃんの提案をきっぱりと断るリアさん。
まあ、ティンちゃんが言えば女中頭さんも断れないだろうけど、リアさんが何か言われる確率は高いだろう。
「それより早く出発した方がよろしいのではないですか? 晩のお食事までには戻ってこなくてはならないのですから」
笑顔に戻ってそう言ったのはリアさん。
「あ、そうだね。アラン、キメラの翼……だっけ。ちょうだい」
「はい、これですよ」
「ありがと」
「使い方はお分かりになりますか?」
「うん、さっきメルに聞いたから大丈夫よ。よ〜し、じゃあ出発!」
そう言ってさっそくキメラの翼を宙に放るティンちゃん。
私達の体が光に包まれて空へと舞い上がる直前――
「いってらっしゃい」
「いってきま〜す。早くは帰らないけどおおみやげは買ってくるからね」
笑顔で言い交わすティンちゃんとリアさんを見て思う。
この二人、姉妹みたいで微笑ましいな。
ランシール国は、かつてダーマ国と勢力を二分していた宗教大国だ。
共通項として挙げられるのは双方、宗教国家としてはすでに廃れているということ。ダーマはアカデミックな部分が特化して学問が盛んになっているし、ランシールは観光事業に力を入れていて観光地としてその名を轟かせるようになっている。
また、ダーマ神殿がルビス神を、ランシールがガイア神を信仰しているというのが差異である。
そんな事実があったから、ダーマ神殿の神官長がガイア様だとわかった時は違和感を覚えたものである。
それはともかく、現在この国は古びた神殿が乱立する閑静な地区と、賑やかな繁華街のある地区に二分されている。巡礼者は前者に、観光客は後者に足を向けるのが通例だ。
そして現在私達は、ティンちゃんと共に繁華街を歩いている。
「まずはお昼ご飯にしよっか? この辺りのお店はお肉が美味しいんだ。後は、この先を左に曲がるとお魚料理が絶品で――」
ティンちゃんが、ケイティさん、メルちゃん相手に食事処の説明を嬉しそうにしている。
事前に聞いていた話では、前に予定していたここへの旅行が中止になったそうなので、来ることができただけで嬉しいのだろう。
「私は魚な気分かな?」
「わたしは肉〜」
「じゃ、両方行こっか?」
「ちょっと待て! ティンシア」
ケイティさんとメルちゃんの意見が別れたら、ティンちゃんは双方の願いを満たす選択肢を打ち出した。しかし、それに黙っていないのはアランさん。財政事情は相変わらず逼迫しているのである。
「姫様って呼ばないの? アラン」
「城にいるわけでもないんだ、別にいいだろう。そもそもお前はこっちの方がいいんだろ?」
「うん。ていうか城でもそれでいいのに……」
「けじめはちゃんとつけないとな。それより一食で店二軒も行くわけには行かないからな。ご飯を食べるためにはお金ってものが必要で、俺達は貧乏、つまりそのお金がないんだ」
軽い注意をしてから、私達の金銭事情について丁寧すぎるほど丁寧に説明するアランさん。というかこれは――
「もう! アランは私がどれだけ世間知らずだと思ってるの? 買い物にお金が必要なことくらい知ってるし、貧乏の意味だって知ってるもん!」
さすがにティンちゃんの怒りは尤もだと思う。アランさんも悪気はないのだろうけど……
「それと、お金の心配ならしなくても大丈夫だよ。私お小遣い持ってきたから」
「ティンシアって小遣い貰ってるの?」
今度はケイティさんがティンちゃんに声をかけた。
「うん。普段はお城の外に出ないから全然使わないけどね。取り敢えず前に父様と来た時と同じ額の十万ゴールド持ってきたけど…… 足りる?」
『十万!』
あっさりとものすごい額を出すティンちゃんにさすがに驚く。
「え、少なかったかな? もう一度取りに帰る?」
「……逆に多すぎだ。そんなに持ってきて何に使うつもりだよ」
「え〜と、服でしょ? アクセサリーでしょ? 食べ物も買い食いしたいし、見世物とかも見たいし――」
アランさんの質問に、律儀に指を折々答えるティンちゃん。
……やっぱり少し世間知らずな感じはあるようだ。
「それ全部やったって一万もあれば充分だって。ティンシアってば世間知らず〜」
今度はメルちゃんが茶化し気味に声をかけた。
「むっ! そんなこと言うと、メルの分の食事奢ってあげないから」
「! あはは、嘘だってば! ティンシアの兄貴、本日はお世話になりやす!」
「うわ〜、盗賊とかの親分になったみたいで楽しいかも!」
すこし前に不機嫌そうに膨らましたばかりの頬を元に戻して、今度はメルちゃんのおどけた態度におおはしゃぎ。
表情の変化が目まぐるしくて、見ていて飽きない。
まあ、喜ぶところが少しずれているのが気にはなるけれど。
『なんだか疲れる姫君だな……』
そこで黄金の爪さんが久し振りに声を上げた。
「あ、キンちゃん! 喋らないように言ってたでしょ?」
『その姫君だけならば別によかろう。我のことを知っても特に問題などない――というか寧ろ喜ばれそうではないか。ずっと黙っておるのは疲れるのだ』
メルちゃんが、自分の道具袋にいれている黄金の爪さんに注意すると、彼は直ぐにそう切り替えした。
「まあ、確かにそうかも」
そう合いの手を入れたのはケイティさん。
「? 城でも一回聞こえたけど、この声は誰なの? アランの腹話術?」
ティンちゃんは、しばらくは自力で声の主を突き止めようとしていたが、当然わかるわけもなく疑問の声を上げた。
「あ〜、この声はね、この武器から出てるの」
そう言って道具袋から黄金の爪さんを取り出すメルちゃん。
『我は黄金の爪という。よろしくたのむぞ、ティンシア』
「……」
比較的丁寧に挨拶をした黄金の爪さんと、じっと彼を見詰めたまま固まってしまったティンちゃん。
しかし、しばらくすると――
「すっごぉぉぉぉい! 何これ? 私の名前呼んだぁ! かわいい〜!」
『か、かわいい……?』
「黄金の爪っていうんだ。ちょっと呼びにくいよね。え〜と、ゴールデンクローだから…… 略してゴクローさんっていうのはどうかな?」
『ゴ……』
ティンちゃんの提案に珍しく言葉を失う黄金の爪さん。
一方、他の面々は――
「いいんじゃない? ゴクローさん」
「ティンシアも中々のネーミングセンスだよな、ゴクローさん」
「ぷっ! あ〜はははははっ! おなっ、お腹痛い!」
『主等! 五月蝿いぞ!』
笑いを噛み殺して黄金の爪さんに声をかけるケイティさん、アランさんと、遠慮なく爆笑しているメルちゃん。
失礼ながら、私も少しだけ笑いに堪えるのが辛い。
しかし、このままでは収拾がつかなくなってしまいそうだし、話をそらそうか。
「え〜と、立ち話もなんですし、どこかお店に入りませんか?」
「そうね。アリーは何の宗派なの?」
答えてくれたのはティンちゃん。他の仲間達は未だ言い合いを続けている。
そちらは気にしないようにしてティンちゃんに言葉を返す。
「なぜですか?」
「宗派によっては駄目な食べ物とかあるでしょ?」
なるほど。
突然宗派の話になったので何事かと思ったが、尤もな配慮ではある。しかし――
「その点はご心配なく。私が属す宗派は柔軟性がありますから」
「そうなんだ。じゃ〜、ちょうどこの店がお肉美味しいし、ここにしよっか」
本当は柔軟性があるのは宗派ではなくて私なのだけど。
私はその時々で、自分の属す宗派を替える。時にはルビス信仰になるし、時にはガイア信仰にもなる。さらにはローカルな神や精霊を信仰の対象にすることもある。
情報収集のためだ。そのために様々な宗派の教義などを学んだのだから、自分でもよくやるものだと思う。というか無宗教となんらかわらない気もする。
「え〜、私、魚がいいのに」
「魚はこのお店の後に行こうよ。お金は私に任せて。持ってきすぎたみたいだから遠慮なく使いまくっちゃおう!」
ケイティさんが黄金の爪さんとの言い合いをやめて文句を言うと、ティンちゃんが景気のいい返事をした。
「おい、おい。そんな無駄遣い――」
『ごちそうになります! ティンシアの兄貴!』
アランさんが注意しようとしたら、それを遮ってケイティさんとメルちゃんがおどけた態度で言った。
「まかせとけ〜。行くぞ〜、野郎ども〜!」
それに乗ったティンちゃんは、同じくおどけた声をあげつつ肉料理屋さんに突っ込んでいく。ケイティさん、メルちゃんもそれに続く。
はあぁぁ〜……
それを眺めつつアランさんはため息をつく。
『暴走娘が増えたな』
そして、いつの間にかアランさんの手に渡っていた黄金の爪さんがそう呟いた。
「よくわからないけど、そのオーブっていうのがあるなら神殿地区じゃないのかな? 繁華街で売ってるようなものじゃないでしょ?」
食事を取りながら、これからの動きについて話しているとティンちゃんがそう言った。
「神殿地区はどのくらいの広さなのですか?」
「う〜ん。私も一回しか行ったことないから詳しくはないけど、大神殿だった建物を中心に直径二キロくらいかなぁ。神殿の数でいったら二、三十ね。まあ、今でも管理されているのは十いかないんじゃないかな?」
一回しか行ったことがないというわりには詳しい。
それはともかく、管理されていない神殿もやはり調べる必要があるだろう。そうなると結構時間がかかりそうだ。
「ごちそうさま!」
「おいしかった〜」
そこで漸く、ケイティさんとメルちゃんが食べ終わった。
ここは二軒目の料理屋さん、ケイティさんが希望した魚料理を扱う店である。
ティンちゃんは軽くつまむくらいは頼んだが、私とアランさんは一軒目の分で充分だったので、今まで完全に冷やかし客のようになっていた。
まあその分、ケイティさん、メルちゃんが頼んでいるのだけれど……
「それだと何日かいることになりますよね? 今のうちに宿取っときましょうか?」
そう言ったのはケイティさん。
食べるのに集中しているのかと思っていたが、きちんと聞くところは聞いていたようだ。
「そうだな。荷物も置きたいし。ティンシア、どこか知ってるか?」
アランさんが、同意してからティンちゃんに訊いた。
「来た時は必ず繁華街の中心にある宿に泊るけど」
「値段は?」
「知らない。でも高そうかな。アランの家の十倍くらい大きいし」
「……パスだな」
ティンちゃんの無邪気な言葉に、複雑な表情で答えるアランさん。
「う〜ん、それだと他はわかんないよ」
「それなら探すしかないですね〜。まあ、探せばいくらでもあるでしょ〜。この国って最近観光事業力入れてますよね?」
メルちゃんが元気に言ってから私の方を見た。
「そう聞きますね」
「よく知ってるね、メル」
「ま〜ね〜」
ケイティさんが感心して声をかけると、メルちゃんは得意気に胸を張って答えた。
「では、二手に別れましょうか? 神殿地区でオーブを探す組と、繁華街側でティンちゃんの観光に付き合いつつ宿を探す組」
「じゃ〜、わたし観光!」
「私もそっちがいいな〜」
と、メルちゃん、ケイティさん。
「なら俺はオーブの方にするか。アリシアもそっちだろ?」
アランさんがこちらを見て聞いた。
「そうですね。黄金の爪さんはどうしますか?」
『我もそちらに行こう。こいつらと一緒では疲れる』
ティンちゃんの近くに置かれたために、ケイティさんとメルちゃんが食事をしている間いじくり回されたり、絶え間なく質問攻めにあったりしていた黄金の爪さんに訊くと、彼は疲れた声でそう答えた。
「え〜じゃあ、アランやアリーとはここでお別れなの? もっとお話したいよ!」
「いや、お前が帰る前には一度集まるから――」
「そうじゃなくて! もっと、じっくり、深い話を!」
「どんな話だよ……」
アランさんが言った。
「恋ばなとか、恋ばなとか、それと恋ばなとか」
『……全部、同じではないか』
先ほど以上に疲れた声でそう言ったのは黄金の爪さん。
まあしかし、年頃の女の子としては正しい姿だろうか?
「恋ばなをするかどうかはさておき、そういうことでしたら今日はティンちゃんの観光に全員で付き合いましょうか?」
「俺はお前がいいならいいけどな」
「本当? ありがとう、アラン、アリー!」
叫んで私達に抱きついてくるティンちゃん。
まあそれはいいのだけれど、その際にアランさんと体がくっついたのが気になる――ってなぜ気になるのだろう?
『我はできれば遠慮したいが…… まあいいだろう』
「ゴクローさんもありがとね」
『キンちゃんの方がマシだ……』
……黄金の爪さんが少し気の毒になってきた。
「じゃ〜さっそく行こっか! まずは買い物ね! 服やアクセサリーが私を呼んでいる!」
「そして買い食いが私を呼んでいる!」
「わたしも呼んでいる!」
ティンちゃん、ケイティさん、メルちゃんが元気一杯に拳を振り上げてそう叫んだ。
若い人には時々ついていけないな。
「じゃ〜、移動しつつさっそくアランに質問です! ほら、近う寄りたまえ! 大っぴらに話すとまずいでしょ。どうなの、進展具合は?」
「な、何の進展具合だよ!」
「何のって、わかってるくせに〜」
そう言ってニヤニヤし出すティンちゃん。
「何のだろうね?」
「そりゃ〜、恋の進展具合でしょ。流れ的に」
「なるほど…… でも誰とだろう?」
「さぁ〜。リアぴょんじゃないかな〜」
「え〜、リアとアランさんってそうだったの?」
と、ケイティさん、メルちゃんの会話。
う〜ん……
『少しアランが気の毒だな』
「そうですね……」
今、私達は狙われている。どういうことかというと――
「待て。そちらの姫君を渡して貰おう」
というわけである。
ティンちゃんに付き合って、各地の民族衣装を扱うお店、エジンベア国産の高級服店、着ぐるみ店、アンティーク家具屋、そしてアクセサリー屋を見て回って店から出た時のことだった。ちなみにそれらの店以外にも、そこら中にある屋台で買い食いなどもしていたり、ケイティさんのたっての希望で、全国規模で見ても珍しい魔法具店を覗いてみたりしている。それと、途中で安い宿を見つけて重い荷物は預けておいた。
まあそれはともかく、いったいどこから情報が漏れたのだろうか?
「うわ〜、人攫いの人に会ったのって初めてだ〜」
嬉しそうにティンちゃんがそう言った。相変わらずずれている。
「こら、あほな反応してるんじゃない」
アランさんがティンちゃんにそう注意してから、
「悪いがそういうわけにはいかないな」
「あ、アラン見えない〜。もっと人攫いの人見たいよ」
ティンちゃんの前に出て人攫いさんの視線から遮る。するとやはり、ティンちゃんが再びずれたことを言った。
「何か勘違いしているようだな。俺が言ってるのは――」
「ここはまっかせて! ていっ!」
何かを言っている人攫いさんを遮って、メルちゃんが高らかに宣言してからものすごい速さで一気に間合いを詰めた。たぶん足に気を集中させて瞬発力を上げたのだと思う。
「なにっ!」
完全に意表をつかれる形になったのだろう。人攫いさんは驚きの声をあげつつ慌てて腰の剣を抜こうとする。
しかし、メルちゃんがそれを許すはずもなく――
カランっ!
「ぐっ! くそ!」
右手にきつい一撃を受けて剣を取り落とし、呻く人攫いさん。
しかし、彼に痛がっている余裕などなかった。
「はっ! やあ!」
メルちゃんの拳が彼の腹部に連続で入った。
ばたっ。
呻き声も上げずに倒れ伏す人攫いさん。
これでひとまず一難去ったわけだけれど、彼が言いかけたことが気になる。
もしかしたら彼が狙っていたのは……
「どこで知ったのかしらね? でもどうするの、ティンシア。もう帰った方がいいんじゃない?」
「え〜、まだ見て回りたいよ! さっき貰った観光案内によると、この先の広場でパレードがあるんだって!」
「だがな、ああいうのは一人見たら百人は出るっていうぞ」
「アランさん。それは黒い悪魔のことです」
『黒い悪魔というのはゴキブ――』
「わあぁぁぁーーー! 止めて、武器! 名前聞くのも嫌なんだから!」
ケイティさん、アランさん、黄金の爪さん、ティンちゃんがそんな感じで話しこんでいた。
黄金の爪さんはティンちゃんの手の中に納まっている。完全に気に入られているようだ。
そんな彼らの様子を眺めつつ、メルちゃんにそっと声をかける。
「彼は顔見知りですか?」
「えっ? 何のことですか〜、アリシアさん」
少し驚いてから、笑顔で返したメルちゃん。
「メルちゃんの国の方なのかと」
「……知ってたんですか?」
今度は少し真剣な面持ちで、声のトーンを落として返す。
「ええ、まあ。それで彼は?」
「それが、全く知らない顔なんですよね〜。迎えに来るんなら知ってる顔が来そうなもんだけど……」
「そうなると偶然そのことを知った、本物の人攫いさんでしょうか?」
「正直、その方がいいなぁ〜」
「何こそこそしてるの、メル、アリー? これからパレード見に行くことになったから、早く行こ!」
メルちゃんとのひそひそ話を遮って、ティンちゃんが言った。
結局、ケイティさんとアランさんは押し切られてしまったらしい。まあ、私達がついていれば問題ない、というかそもそもティンちゃんが狙われているわけではないのだから大丈夫なのだけれど……
「あの、いちおー秘密ですよ、アリシアさん」
「分かっていますよ」
やはりひっそり声をかけてきたメルちゃんに、笑顔で答える。
あまり秘密にする必要もないとは思うけれど、本人が知られたくないのなら言う気は勿論ない。
ただ、何となく近いうちにばれそうな気はする……
「あ〜、面白かった。付き合ってくれてありがとね、みんな」
「というより、ティンシアを狙ってくる人たちを倒すので疲れた……」
「そうだな……」
元気にお礼を言ったティンちゃんに、ケイティさん、アランさんが疲れた声を出した。
まあ、最初の人攫いさん出現から数えて、二十人近くの人攫いさんを撃退したのだから当然といえば当然か。
あるいはメルちゃんが、ケイティさんが、そしてアランさんが彼らを瞬時に地に伏させたのだ。比率としてはメルちゃん五割、ケイティさん二割、アランさん三割というところ。
なるべくばれたくないのか、メルちゃんは相手が何かを喋り出す前に倒していた。
「ごめんね、迷惑かけちゃってさ。でも城に帰っちゃえば大丈夫だろうし、後は安心だね」
「城に帰ったら報告しとけよ」
「え〜、次から外出させて貰えなくなりそう……」
「ちゃんと報告しとくように!」
疲れて少しイライラしているのか、ケイティさんが少しきつく注意する。
「まあまあ、ここはわたしにまかせて〜。ちょっとこっち来て、ティンシア」
「何?」
ケイティさんをなだめてから、メルちゃんがティンちゃんを引き連れて少し私達から離れていく。
たぶん、狙われていたのが実は自分であったこと、報告しなくても大丈夫なことを伝えているのだろう。
というか、どうせならみんなに教えてしまった方がいいと思うのだけど……
人攫いさん達はティンちゃんが帰った後も襲ってくるだろう。そうなれば狙われているのがメルちゃんであることがばれて、結果的に彼女の正体は知れることになるはずだ。
「話ついたよ〜」
そこでメルちゃんとティンちゃんが戻ってきた。
「ちゃんと報告しま〜す!」
「いやに素直だな。まあ、報告するなら別にいいが」
ティンちゃんが手を大きく挙げて明るく言うと、普通に納得して引き下がるアランさん。メルちゃんのことを知らなければ当然の成り行きか。
「そういえばリアにお土産は買ったの?」
そこでケイティさんが訊いた。
「うん。アクセサリー屋さんに綺麗な小物入れがあったから買っといた。最近リア、小物集めに凝ってるみたいなのよね。この前、スライムの小さい人形持ってきて見せてくれたの」
「へぇ〜、じゃあきっと喜ぶよ、それ」
「だよね!」
ケイティさんが同意すると、ティンちゃんは素敵な笑顔でそう答えた。
そのしばらく後、アランさんからキメラの翼を貰ったティンちゃんは、私達一人一人に元気に別れを言ってアリアハンへと向って飛び立った。
その日は泊ることにした宿屋に備え付けられている食堂で夕飯を食べ、そのまま眠ることにした。
そうした理由は二つほど。
ティンちゃんの観光に付き合って疲れたというのが一つ。メルちゃんが狙われていることを考慮して夜間の行動は避けようというのがもう一つだ。
もっとも、後者の理由は私だけが持っているものだが。
ケイティさん、アランさんには前者の理由だけ言って納得してもらえた。彼らも疲れていたのだろう。
しかし私は、疲れているにもかかわらず中途半端な時間帯に目を覚ました。夜……なのだが、こんな時間に起きているのは酒場の店員とその客くらいのものだろう、というそんな時間。
なぜ起きたのかはわかっている。
そして、多分同じ理由で起きだしただろう人達が他にもいた。
「アリシアさんも気付きましたか?」
「これはどうなんだろ? ここまで露骨だと、やっぱりさそってるのかな〜?」
同じ部屋に寝ていたケイティさん、メルちゃん。
コン、コン。
「入るぞ。気付いたか、お前ら」
そして、律儀にノックしてから入ってきたアランさん。
全員がこの嫌な雰囲気を察知して目を覚ましたようだ。――すなわち殺気。
「ええ。それにしてもなんで襲ってこないんでしょうね?」
「そうですね…… 正直こちらとしては狭い室内になだれ込まれた方が辛いですが……」
「ようするに、こっちが出て来いってことじゃない?」
アランさんに答えたのはケイティさん。その彼女の言葉に答えたのは私で、その後を続けたのはメルちゃんだ。
『そうだろうな…… しかし、何の用なのだ? ティンシアの奴を狙っていた輩か? その割には、今迄の奴らと段違いの実力者のようだが……』
「何にしても、会いに行ってあげようじゃない! こ〜んな夜中の襲撃者となると相当真剣よね! 久し振りに燃えるシチュエーション!」
黄金の爪さんが考察を加えると、それを全く参考にせずに、メルちゃんは拳を振り上げて瞳に炎を映し出す。
ティンちゃん同様にわくわくするところがずれている。というか、彼女も相手の狙いが自分自身であることはわかっている――はずなのだけど。
「まあ、出てくる気配がないとわかれば向こうも突っ込んでくる可能性が高いし、そうなると部屋の中にいきなり強力な魔法を叩き込まれるだろうな。待ち構えてるってのは十中八九罠だろうが出向いてやるしかないか……」
「そうですね」
アランさんの言葉に私が相槌を打つと、その後は全員で急いで宿の外に出た。
目指すは宿の裏手。そこはちょうど繁華街と神殿地区の境になっている。
そこには、黒いマントを着込み、さらにはそれについているフードを目深にかぶった全身黒尽くめの人がいた。これでは男女の区別もつけられない。
「わざわざ降りてきて頂いて感謝しますよ」
「そういう風に仕向けたくせにしらじらしい!」
慇懃に言葉を発した黒尽くめにケイティさんが苛立ち気味に叫んだ。
黒尽くめは声の感じでは男性のようだ。
「さっさと逃げ出すこともできたでしょう?」
「すんなり逃がしてくれるような相手じゃないようだしな」
「目的はなんなの? ティンシアは、アリアハンの姫はもう国に帰ったけど!」
黒尽くめの発言にアランさんが答え、続いてケイティさんが声を張り上げた。
「昼間のごろつき達は、ティンシア嬢が早く国に帰ってくださるようにと私がけしかけたものです。細心の注意は払いますが、何かの間違いでアリアハンの姫君を傷つけてしまったら面倒なことになりますからね。まあ、結局効果はありませんでしたが」
「は? どういうこと? ティンシアを狙っているわけじゃなかったの?」
「ええ。私の目的は、そちらのメル=ファーフォン…… いえ、サマンオサ国王女、メルシリア=デル=フォーン=サマンオサ様の暗殺です」
…………
しばし沈黙が落ちた。そして――
「王女? メルが?」
「……なんつーか、あれだな」
『似合わん』
ケイティさん、アランさん、黄金の爪さんがそれぞれ言った。
「態度が変わらないのは嬉しいけど…… むかつく」
それを受けて、メルちゃんは黒尽くめに視線を向けたままでそう呟いた。
まあ、王族っぽくないという意味でいえば適切な感想だと思うけれど、それを言ったらティンちゃんなども同様ではある。
それはともかく――
「マヌーサ!」
取り敢えずは先手を取っておきたい。黒尽くめが魔法を使うならこの術をかけてもあまり意味はないのだが――ってこれは……
「――ッ!」
「気付いたようですね」
私がある事実に気付いて顔を歪めると、黒尽くめは余裕の雰囲気でそう言った。
「どうかしたか、アリシア」
アランさんが先程のやり取りですっかり失われていた気合を入れ直してから、私に声をかけた。
「やられました。この辺りには魔法を使えなくする措置が為されています」
「ほ、本当ですか? ……メラ!」
私の言葉に驚愕の声をあげてから、試しのつもりか炎の初歩呪文を黒尽くめに向けて放とうとするケイティさん。しかし、そのかざした手から炎が生み出されることはなかった。
「……私たちをおびき出したのは、このためだったわけね」
「まあ、そういうことですね。あなたとそちらのアリシアさんは魔法が主力のようですし、さらにアランくんは魔法剣などという珍しい術を使えるというではないですか? さすがにそれら全てを相手にする自信はないものですから」
ケイティさんの苦い呟きに、相も変わらず慇懃に答える黒尽くめ。
「だけど、一体どうやって……」
「なに、トヘロスとニフラムさえ使えれば簡単に構成できる術ですよ。我々にならね」
「我々?」
黒尽くめの言葉に不思議そうに返すアランさん。
彼の正体、それは――
「魔力の除去とはすなわち大気に潜む精霊の駆逐。精霊の強制使役を行う者…… 魔に属する者……」
「ま、魔族?」
「そういう呼ばれ方もしますね」
正確に言うなれば、彼は魔属。魔族とは似て非なる者。もっとも、その境は主観的で曖昧ではあるが……
「ということは、バラモスの手下!」
そう叫んだのはメルちゃん。
「バラモス? ああ、なるほど。人間は子供だましのシステムをまだ信じ込んでいるのですね。全ての罪を魔族になすりつけるバラモス・システムを」
「バラモス――システム…… どういうこと!」
「それは…… いや、止めておきましょう。あまりお喋りが過ぎるとお叱りを受けてしまいそうですし。ではそろそろ――」
ケイティさんの叫びに一度は答えようとした黒尽くめだったけれど、止めて代わりに右の手に魔力の光を生み出す。
「おい! 魔法は使えないんじゃないのか?」
「魔力容量が膨大ならばできないこともないんです! 私達も集中すればどうにかなりますが――」
そこで黒尽くめが生み出した氷の刃がこちらを襲う。
「集中させてくれる気はないようだぞ!」
あるいは剣で防ぎ、あるいは身をかわして氷の刃をやり過ごすアランさん。
ケイティさん、メルちゃんはその身軽さで全てを避けている。
そして私はというと――
「なぜ?」
氷の刃は欠片すらこちらに向かってくることはなかった。
まさか彼の上にいる人は――いや、でもそんなはずはない。
「あなたは誰の命でこんなことをしているのですか?」
「……キース殿ではない、とだけ言っておきましょう……」
『?』
そこで私と黒尽くめ以外の全員の顔に疑問の色が浮かぶのがわかった。
もっとも、そんなことを気にかけている場合ではないことを皆わかっているだろう。
「よくわからないけど…… わたしの命を狙ってるような奴に手加減するつもりはないよ!」
そう叫んで黒尽くめとの間合いを一気につめるメルちゃん。
今回も気を使って瞬発力を上げているのだろう。しかし、今の状態で――
『メル! あまり気を使うな! 体力を奪われるぞ!』
「そうはいったって――」
黄金の爪さんの忠告にメルちゃんが言い返す。
そして黒尽くめが、突っ込んでいくメルちゃんに向って右手をかざす。そこから生まれ出たのはバギクロス級の衝撃波。
メルちゃんは黄金の爪さんに気を込めて振るい、同じく衝撃波を生み出して打ち消す。突っ込む前に鍵を使って封印をといておいたようだ。今の状況はピラミッドの地下の場合と同じだし、黄金の爪さんの力を使い放題というわけだ。まあ、メルちゃんがそこまで考えていたかどうかは分からないけれど……
その後、更に踏み込んで一気に決着をつけようとするメルちゃんと、距離を取って遠距離戦に望もうとする黒尽くめの攻防が続いた。
激しい応酬のおかげで私達はフォローに入ることができない。
その間、気を用いた衝撃波をメルちゃんが打ち出すこと数回。このままだと――
「あれっ――」
突然膝から崩れ落ちるメルちゃん。気の使い過ぎによる体内魔力不足。
黒尽くめがその隙を見逃すはずもなく、その手には魔力の光が集う。
まずいっ!
ケイティさん、アランさんがいる場所からでは、黒尽くめの攻撃を防ぐことはまず不可能。私にできることは――
ダッ!
メルちゃんの元に駆け寄る。
辿り着く前に黒尽くめが衝撃波を発した。
私は――
「メルちゃん!」
彼女に抱きついて衝撃波の直撃を遮ろうとする。
直撃を受けることになる私がどうなるか考えないようにして……
しかし、衝撃はいつまでも襲ってこなかった。
そのことを不思議に思い、目線を移すと――
「あなた…… どうして?」
私達の目の前に、黒尽くめが立っていた。おそらく空間を移動して、さらにマジックキャンセルで自身が放った衝撃波を打ち消したのだろう。
「私のこと、覚えていないのですね……」
……私はこの人に会ったことがある?
「気がそがれました。本日は大人しく引きましょう。また後日に」
そう言って突然消える黒尽くめ。
後に残ったのは呆然と座り込む、もしくは立ち尽くす私達だけだった。
「こんな普通に食事してていいのか、って感じだが……」
「まああの魔族も、その気になれば宿ごと吹っ飛ばせたはずなのにしなかったし、他の一般人を巻き込むようなことはしないんじゃないですか?」
「そ〜、そ〜。ご飯はちゃんと食べないとね〜」
夜が明けて、再び宿で食事をしている私達。
ケイティさんが言ったような考えから、あまり神経質にならずに普通に過ごしている。
さらにいうと、この後も予定通りオーブ探しをすることにしている。どこかに隠れてやり過ごせる相手ではないと皆わかっているのだ。
「ま、それはそうなんだがな……」
アランさんはナイフとフォークで切った肉を口に運びつつ、軽く返した。
そして、私の方に目を向け、
「それで、キースっていうのは誰なんだ?」
さすがに何も訊かれずにはすまないようだ。そろそろ沈黙が許される状況でもなくなってきている。
最悪、このパーティを去ることになるかもしれない。
「昨日襲ってきた奴と知り合いじゃないのは話の流れからわかった。ただ、あいつが出したキースという名前には心当たりがあるんじゃないのか?」
……ふぅ〜。よし、覚悟を決めて――
「キースというのは私の――父なんです」
「ということは――」
アランさんの顔が一層神妙になる。
「ええ、お察しのとおり…… 父も私も魔族ということになります」
「そんな!」
「え〜!」
「俺達を騙していたんだな!」
「それは――」
違います、と続けようとした。だけど――事実なのだ。黙っていたのなら、騙していたのと変わらない。私は……騙していたんだ。
「すみませんでした…… もう一緒に行動するなんて嫌ですよね。私はここで――」
「とまあ冗談はこれくらいにして……」
…………え?
「あの……」
「どうする? 神殿地区を手分けしてってのが元々の予定だったが、メルが狙われているのなら全員でまとまって行動するか?」
「そうですね。狙われている人間がわかっているのに戦力を分散させるなんて馬鹿らしいですもんね」
「え〜、別に私だけでいいのに〜。あんなのぽ〜んと倒しちゃうし」
「昨日やられてたじゃない?」
「あれは向こうが姑息な手を使ってくれちゃったからだもん」
「また姑息な手でくるかもしれないじゃないか?」
「うっ」
彼らは先程の様子と打って変わって、いつもとなんら変わらない調子で話している。
「あの〜」
『いつの時代にも、無条件で力ある者を厭う輩はいる。そして、その逆もな』
私が再度声をかけてみると、黄金の爪さんが言葉を返してくれた。
それは、つまり――
『ふん、こやつらは人がいい上に馬鹿だからな』
「こら〜、誰が馬鹿なのよ!」
「ご飯粒つけちゃえ〜、あはは、似合ってる〜」
『メ、メル! 取らんか!』
そんな感じで再び騒ぎ出す、ケイティさんとメルちゃん。
彼女達を横目で見ながらアランさんが声をかけてきた。
「お前がそうなんじゃないかってのは、昨日の段階で皆考えていたよ。でもまあ、俺達が知ってるのは魔族のアリシアじゃなくて、昨日、命懸けでメルを助けようとしたアリシア、仲間のアリシアだからな」
優しい笑顔でそうきっぱりと言ったアランさん。
あっ、まずい。
「あ〜〜〜、アランさん泣かした〜!」
「い〜けないんだ〜、いけないんだ〜! 先生に言ってやろ〜」
「子供か! お前らは!」
つい感激して涙を流してしまったら、ケイティさん、メルちゃんが騒ぎ立てた。
急いで頬を拭って――
「ありがとうございます。皆さん」
深く礼をしてから、しばらくして頭を上げると、そこにいるのは大切な仲間達。
つい、再び涙が出そうになったが…… ガイア様の言うとおり、その感情がお父様の意向に沿っていないだろうことに思い至る。彼が目指しているものが何なのかは正確にはわからない。しかし、彼は人間を憎んでいるはずなのだ。
ならば、その先にあるのが人間との共存であるはずは……
私は――
「ところで、魔族っていうのは結局何なんだ? 俺はてっきり魔物みたいな格好なのかと思っていたんだが……」
「そうですね、私も」
「わたしは魔族ってバラモスしかいないのかと思ってた」
突然話題を変えたアランさんに続いて、ケイティさん、メルちゃんが言った。
魔族とは何か、か。
『人に他の種の血が混ざった者、力を持ち過ぎたために異端視された者、そしてその子孫達の総称だ』
私が答えるために口を開こうとした時、代わりに黄金の爪さんが答えた。
「ゴクローさん、よく知ってるね」
『……おい』
メルちゃんの言葉に、というか呼び方に文句百パーセントで返した黄金の爪さん。
ゴクローさんが固定になったら、黄金の爪さんがかなり気の毒だ。
「ちょっと待てよ。それじゃ、俺も魔族ってことになるじゃないか?」
「エミリアもですね」
『あくまでそういう括り方があるというだけのことだ。今となっては他種の血が混ざっているだけでは魔族と呼ばれはしまい』
黄金の爪さんはそう言ったが、たとえ魔族と呼ばれることはなくても差別に苦しむことになる可能性は高い。
この世界は優しくなんてないのだから。
しかしそれでも、捨てたものではない。今はそう思える。
「あの〜、アリシアさん。歩きにくいんですけど?」
私の腕の中でそう言ったのはメルちゃん。
どうも黒尽くめの人は私を攻撃する気がないようなので、私が常にメルちゃんを抱いていれば不意の一撃を受けることはないだろうということで、こういう形になったのだ。
まあ、メルちゃんが可愛いので個人的に抱き締めたいというのも無きにしも非ずなのだけど……
今メルちゃんは変装をしている。あの相手には意味がないだろうとは思うが、さっき服屋さんでケイティさんと一緒に見繕ったのだ。
いつもの見るからに旅人という格好はやめて、ティンちゃんが着ていたものみたいにいかにも観光客という格好をしている。そして、高いところで結ぶツインテールをやめて普通の三つ編にした。
それがまた可愛くて……
「まあ、まあ、安全のためですから」
「こ〜んなしっかり抱かなくてもいいと思うんですけど〜」
「まあ、いいじゃないですか」
そこで、にっこり笑ってみせると、メルちゃんもにぱっと笑ってそのままの形に落ち着いた。
「アリシアの奴、何かキャラ変わってないか?」
「う〜ん、きっと嫌な隠し事がなくなってホッとしてるんですよ」
「そういうもんか」
アランさん、ケイティさんがそんなことを言っているのが聞こえた。
私自身は変わったつもりはないけれど…… ただ、完全にではないとはいえ隠し事が無くなったことに対しては、確かにホッとしている。
「それで、まずは大神殿に行くんでしたよね〜?」
そこでメルちゃんがこちらを見上げて言った。
「そうですね。まずはそこに行って神官長の方に近辺の事情を訊くのがいいのではな――」
しゅっ!
何か妙な違和感を覚えた。
「――いかと……思い……ますが?」
腕の中にいたメルちゃんがいなくなっていた。
それだけでなくケイティさんも、アランさんも、黄金の爪さんも、周りにいた通行人でさえもいなくなっている。
いやそれどころか、自分がいる場所が先程までと全く違う。ここは……
「いやあぁぁ!」
「うわぁぁああぁ!」
あちこちから悲鳴が聞こえた。
その悲鳴を発したのは、私の知り合いである。いや、知り合いだったというべきなのか。
ここは――
「テドンの村……」
魔族達がその正体を隠しひっそりと暮らしていた、それ以外は普通の、ごく平和だった私の故郷……
今見ているのは、その過去の情景だ。
「お母さん! お母さん!」
びくっ!
私は急いで声が聞こえた方を向いた。
今の声は――
「いや! 死なないでよ、お母さん!」
叫んでいたのは――私だった。正確には昔の、十六年前の私。人間でいうなら十代前後、ちょうどティンちゃんくらいの年恰好をしている。
しかし、なぜ今こんな情景が…… まさか立ったまま眠っているわけでもないだろうし……
そこまで考えると、小さい私とお母さんの前に剣を持って立っている男が動いた。
この後に続くのは――
「駄目っ!」
私は思わず大声を上げて駆け出していた。何も変えられないことを直感でわかってはいても、動かずにはいられなかった。
この後起こったこと、それは……
「いやあぁぁぁぁぁああ!」
ゴオォォォ――
昔の私の叫びと共に巻き起こる鮮烈なる炎。それはお母さんを殺した男を飲み込んで激しく燃えさかる。それは――私が生み出した炎……
――ォォォ……
炎が消え、そこにいたはずの人は……
「あ…… あぁ…… ああああぁぁぁぁあああ!」
自分がやったことを認識し、獣のように泣き叫ぶ過去の私。
私もその当時のことを思い出してしまって涙が止まらない。
なぜ…… なぜ、こんなものをまた見なければいけないの?
『すまない、アリシア。辛いものを見せたな……』
「ガイア……様?」
ややくぐもった声が聞こえた。
聞き取りづらかったが、その声の主は昨日、一昨日と連続であったガイア様その人――のはず。
しかし、周りを見回してみても彼の姿を見つけることはできない。
『色々あってな、そこに端末を送ることができぬのだよ。そういうわけだから、声だけで失礼するぞ』
「これは貴方が見せているのですか? なぜ…… なぜこんなものを!」
『未来へ飛ぶことはできん。しかし過去に飛ぶことはできる。私の魔力でな』
私の問いを無視して、自分のペースで話を進めるガイア様。
思わず強い口調で言い返す。
「質問に答えてください! なぜなのです!」
『当時感じた強い憎しみや悲しみを思い出して貰うため、といったところだ。アリシア、過去を変えられるとしたら――どうする?』
「え?」
アリシアさんがいなくなって戸惑っていると、昨日の黒いおじさん(もしかしたらおばさん?)がやってきた。
「今日こそ命を貰いますよ」
「ちょっと! アリシアさんをどうしたのよ!」
黒いおじさんの言葉を受けて、ケイティが叫んだ。
「何を言っているのです。私は彼女がいなくなったから、好機と考え赴いたまでのこと」
「それじゃ、お前がやったわけじゃないのか?」
「……よくわかりませんが、昨日のように引き下がることはないと思って下さい」
アランさんが訊くと、黒いおじさんはちょっと戸惑ってからいつもの調子に戻った。
その間に、わたしは右手にはまっているキンちゃんにさっきアランさんにこっそり渡された鍵をくっつけて――
「どいて! ケイティ、アランさん!」
わたしの叫びを受けて、わたしと黒いおじさんの間から体をどかす二人。
ドガシャアァァァアア!
それとほぼ同時にキンちゃんを振り上げて、大きな衝撃波を打ち出す。
魔力がなくなっているかはわたしにはわからないけど、これ一発くらいなら大した消耗でもないはず! これで倒せればオッケーなんだけど……
キンちゃんに鍵を差し込みながらそんなことを考える。
しかし――
シュッ!
黒いおじさんは突然姿を消し、次の瞬間にはわたしたちの直ぐ側に移動していた。
「不意討ちは悪くないですが、もっと上手にやらないと私に当てることはできませんよ」
と、笑顔で言う黒おじさん。
ぞわぞわ。
「散って!」
寒気を感じて叫び、強く地を蹴ってその場から退く。
他の二人も同様に跳んでいる。
どかぁぁあああぁぁん!
そして重く響く音がこだました。黒おじさんの手から生まれ出た光弾が地面にクレーターを作ったのだ。
よくはわからないけど、イオ系の魔法の効果に似ている気がする。
「イオナズン? 何、大した集中もなく使ってくれちゃってるのよ! 空間を転移するなんていう反則技まで持ってるみたいだし」
「空間転移はルーラを応用すると、頑張ればできますよ」
やはり笑顔で世間話をするように言う黒おじさ――めんどくさいから黒ちゃん!
黒ちゃんは笑顔のままで再び手に魔力の光を携える。今度は炎系のようだ。それをこちらに放り――
「イオラ!」
黒ちゃんの魔法に向って、光弾を打ち出したのはケイティだった。
光弾は炎を吹き飛ばし、四散させる。
「今日は魔法使えるの?」
「うん、大気中の魔力は普通だし問題ないわ。メルもバンバン気を使えるわよ!」
「昨日のあれは、アリシアさんを戦わせないために行った措置でしてね。彼女がいないのなら封じる必要もありません」
わたしたちの会話を聞いて、そんなことを言う黒ちゃん。余裕かましてくれちゃって、むかつく〜!
「何なのよ、昨日から! あんた、アリシアさんのストーカー?」
「ストっ――! 馬鹿を言わないで下さい! 私は彼女の十倍は生きているのです! 歳が違いすぎます!」
「要するにロリコンなんで――しょ……」
黒ちゃんの言葉を受けてケイティが悪態を吐いた。途中で止まったのは多分気になる内容に気付いたから。
「十倍?」
「何歳なの〜?」
「四百歳ほどです」
「よっ―― 魔族って長生き…… っていうか、アリシアさんって四十近く?」
「まあ、そうなりますね。魔族は三十六くらいまでは人の二分の一くらいの速度で成長し、その後は十年で一歳分くらいの老化に落ち着くのが通例です。他種族の血が濃い場合は数万年を生きる者もいますよ」
『へぇ〜』
すっかり先生と生徒みたいになっている私達と黒ちゃん。
「お前ら戦う気あるのか?」
低い声と緊張した面持ちでそう言ったのはアランさん。そこに呆れた様子などがないのは――
先程の会話の間でさえ、黒ちゃんに隙が生まれることはなかった。常にこちらに向けられている殺気。
わたしとケイティも馬鹿みたいに話しながら、実は冷や汗もんである。
「では、そろそろ終わりにしましょうか」
そこで、黒ちゃんはいつもと変わらない笑顔で冷たい声を出した。
『メル! 横に跳べ!』
キンちゃんの叫びがこだまし、わたしはそれに従って右に跳ぶ。
その直ぐ後に、わたしがいた空間を引き裂いていく衝撃波。
「おしいなぁ。そちらの武器の方がいらっしゃらなければ、今ので終わっていたのですけれど」
再び空間を渡ったのだろう、黒ちゃんがわたしの背後でとぼけた声をあげた。
わたしは距離を取るために気を使って前に思い切り跳んで、建物の壁を背に振り向く。
これで最低限後ろを取られることはなくなる。
「イオ!」
あがったのはケイティの魔法を解き放つ叫び。
「こんな初歩魔法でどうしようというのですか?」
避けるモーションも見せずに、黒ちゃんは右手を動かして光弾にかざす。たぶん、魔法を無効化するなんとかって呪文を使うつもりだろう。
しかし――
ボンッ!
「なっ!」
黒ちゃんが呪文を使う前に、光弾は弾けとんだ。黒ちゃんの周りを覆う煙。
そして、それに紛れて――
「はあぁぁあ!」
気合と共に、炎を携えた剣で煙が立ちこめる箇所を切りつけるアランさん。
その後、彼は直ぐに自分の後ろを切りつける。
たぶん、切りつけても手ごたえが無かったから、背後に出現するのではないかと踏んだのだろう。
しかし、黒ちゃんが出現したのは――
「悪くない策でしたが、目くらましであることが直ぐに分かってしまっていまいちですよ」
声は真上から聞こえた。
考えてみれば彼が狙っているのは私。ならば出現箇所がその近くになることは予想できたはずだけど…… 油断した!
私は声がした方を軽く見つつ、移動する。その場に止まっていたのでは格好の的だ。
しかし――
「う、嘘でしょ?」
建物の屋根にいる彼の手の中の光弾は、今まで見せていたそれとは全く比率が違った。実際はどうか知らないけど、イメージ的にはこの国全てを消滅させられそうな、そんな感じ。
まずいなんてもんじゃない!
「大丈夫。見た目が派手なだけでこの辺りの建物を破壊するくらいの威力しかありませんから」
相変わらずの笑顔でそう言う黒ちゃん。
全然大丈夫じゃないし!
光弾の大きさを考えるとその有効範囲から逃れるのはもう無理。
もぉ〜! どうすればいいのよ〜!
「過去を……変える?」
『口で言うよりも、実際に行ってみるか』
私が呆然と言うと、ガイア様はそう呟いた。それに伴って辺りの景色が変わる。
そこには野営している兵士姿の男達が十数名。
彼らの格好は――
「この人たちは!」
『見覚えがあるだろう? 彼らこそがテドンを襲った人間達だ。テドンが魔族の村だと知った人間の国が送り込んだ者達』
「では、これはテドンが襲われる前の――過去?」
『そうだ。今この者達を殺してしまえば、テドンが襲われることもない』
抑揚の無い声でそういうガイア様。
「殺すだなんて……」
『だが、放っておけば彼らはお前の友人を、家族を殺す』
「ですが……」
そこで私は言葉に詰まる。
もし、本当に過去を変えられるのなら――
『人を殺したショックで意識の底に封印してしまった攻撃魔法はこれを使って解放するといい』
ガイア様がそう言うと、私の目の前に青く輝く球体が出現した。オーブ……
何気なくそれに手を触れると、オーブは強く輝いて力を私に与える。
心のままに手の中に炎を生み出し、そしてそれを――
そこで私の心に浮かんだのは、先程まで一緒にいた仲間達。私自身を認めてくれた大切な人達。
「駄目っ!」
強く叫ぶとオーブの輝きは失われ、私の手の中にあった炎は静かに消えた。
「もしかしたら、彼らを殺してしまう方が正しいのかもしれない。だけど、今の私を信頼してくれる人達がいるのなら、私は――」
『それでいいのだよ、アリシア。これは、ただ過去の情景を映し出しているだけ。干渉することなどできんのだ』
「え?」
『騙すようなことを言って、そして辛い思いをさせてしまってすまなかった。少し時間なかったものでな。お前の心を試すために少し無茶をしてしまった』
どういうことなのだろう。ガイア様が私を試していたこと、そして過去を変えられるという話が嘘だということは理解できたが…… 時間がないというのはいったい?
『もう少し訊いてもいいか?』
「なんでしょう?」
少し気になることはあるが、ガイア様の声が段々と聞こえづらくなっていることに気付き、彼の質問に答えるだけにしようと思う。ここでは何か制限があるのだろうか?
『まだ、オーブを集め続けるのか? キースが何をしようとしているのか…… 正確にはわからんが、それはお前が望むことではないかもしれないのだぞ。彼がラーミアの力をどう使うか――』
「私は、オーブを全て集めます。その上でお父様が何をしようとしているのか見極め、それが人間に対する復讐なんていう愚かなものなら――ラーミアの力で彼を止めて見せます」
強い決意を込めてそう言い放つ。
止めるというのが、たとえどういう結果になろうとも。
『そうか…… ならそのオーブを持っていけ。今のお前になら託すことができる。……それと教えておこう。残りのオーブは、二つはジェイ=グランディアが持っている。そして、お前達が持っている鍵をオーブにする術、最後の封印の石碑はアリアハンから真っ直ぐ南下した海域に眠っている。現在ではその力を吸い込んだ生物が巨大化して危険海域となっているがな。そして、最後のオーブは――これは言わずともよいな?』
今まで絶対に教えてくれなかったオーブに関する情報を一気に話し出すガイア様。
彼が敢えて明らかにしなかったオーブのある場所。それを私はずっと昔から知っている。
できるなら手に入れることはしたくない。
しかし、本当にお父様を止めたいのならばラーミアの復活は必須だ。避けることはできない。ただ、できるだけ後に伸ばしたい、そう思う……
そんなことを考えていると、景色がまた変わった。
今度はごく普通の古びた建物の中だった。曇ってしまっているステンドグラスが見える。
外に出てみると神殿地区の端にある建物――小さな神殿だ。
ガイア様の声ももう聞こえてこない。
もしかしたら夢だったのではないかなどと考えたが、手の中に納まっているブルーオーブがそれを否定していた。
「皆を探そう…… メルちゃんが心配だわ」
私はそう呟いてから駆け出す。
「ぐっ! これは……」
苦しそうに言った黒ちゃんの右肩にナイフが刺さっていた。
そして、生み出していた巨大な光弾も消えている。
「マホトーンの術をかけたナイフ? そうか、レイルですね?」
「そうだ! 俺様だ! 悪りぃが、メルの奴はやらせねぇゼ!」
黒ちゃんが呟くと、それに無駄に元気な返事をする人がいた。
瞳は濃い紫、立てられた長い髪は薄い紫をした確か今は十八歳になっているはずの馬鹿。
「よお、メル! 六年ぶりってとこか?」
「バカレイル!」
「誰が馬鹿だ! お前の方がよっぽど馬鹿じゃねぇか!」
「何よ、足し算もできないくせに!」
「いつの話だ、いつの! 今じゃ、九九だってできるぞ!」
「ははは、随分と低レベルな対決ですね」
レイルのアホと言い合いをしていると、黒ちゃんが余裕の笑いを発してから、そう言った。
「何、余裕かましてやがる! やっと尻尾掴んだんだ! 洗いざらい話して貰うからな!」
「う〜ん、確かに形勢は不利のようですし…… ここは引くとしましょうか」
「ふざけんなっ! 誰が逃がすかってぇの! 隙を狙ってやっと魔法を封じたんだ。ルーラも空間移動も使えねぇだろうが!」
レイルは勝利の笑みを浮かべて黒ちゃんに近づこうとした。
しかし――彼が手に握っているものを見て、その目が点になる。
「世の中にはこんな便利なものがあるのですよ」
そう言ってキメラの翼を放る黒ちゃん。
「て、てめぇ! 待ちやが…… くそっ!」
すごいスピードで空を舞っていく黒ちゃんを見て、悪態を吐くレイル。
後々、付けねらわれるのかと考えると少し憂鬱だな〜。ま、それはともかく――
「ていうかレイル、あの人に大きな隙ができるまでわたしがピンチでも放っておいたでしょ〜!」
「けっ! 数打ったって仕方ねぇだろうが! 大技使う時のでかい隙でもなきゃ、魔法を封じるなんてことできなかったんだよ!」
「あ〜、喧嘩中悪いんだけどな。知り合いなのか?」
近寄ってきたアランさんが聞いた。
「わたしの国の英雄サイっち、えっとサイモンの子供で、レイルっていうんです」
軽く説明を入れると――
「レイル=ジークダムだ。よろしくな!」
「……ああ、アラン=ロートシルトだ」
レイルの無駄なハイテンションに微妙に引き気味なアランさん。
うん、うん、気持ちは分かる。
「サイモンってあの勇者サイモン? 確か魔法剣の使い手。あなたもさっきナイフにマホトーンを付加させてたよね」
「おう! まあ、俺は剣よりも拳に付加させる方が得意だな! さっきは遠距離からの術が必要だったからよ! おっ、ていうか、あんたかわいいな! 名前は?」
「へ? ケイティ…… ケイティ=グランディア」
やっぱり少し、というかかなり引き気味のケイティ。
アランさんは何か急に目つきが怖くなった。何でかな〜?
「へぇ、そういうあんたも、あのオルテガの子供ってわけか! いやぁ〜、何か運命感じちゃうなぁ、ははは!」
バカ大爆発…… 昔以上にバカっぷりが増している。このままの勢いで行くと二十歳を超えた辺りでバカを極めてしまうかもしれない。
と、まあそんなことはさておき――
「黒ちゃん――あの黒づくめのおじさんは知り合いなの?」
「たぶん知り合いなんだと思うが、どう説明したもんか…… 何ていうか、今サマンオサはちょっと不味い状態でよ……」
珍しく歯切れ悪く言うレイル。
何があったんだろ……?
急いで私が皆とはぐれた辺りに行くと、地面などにクレーターができたりはしたが、無事な全員の姿があった。そして、あのサイモン様の息子だというレイルさんの姿も。
会って早々に、綺麗な人だ、などと言われたので少し、いやかなり面食らった。苦手なタイプかもしれない。
いや、それはまあいいのだ。
問題なのは彼が他の皆に語ったサマンオサ国の現状。
ライラス=デル=シリア=サマンオサ国王陛下――メルちゃんのお父様が圧制をしき、それに不満を述べた者達が不当に死罪を申し渡されているという。
そして、その状況をどうにかするためにメルちゃんを国に戻して王権を移すことを考えている改革派と、それを知り彼女の暗殺を画策している国王派の人間で国が二分されているのだそうだ。
「でも…… それじゃあ、わたしを殺そうとしてるのは――」
青ざめてメルちゃんが呟いた。
「そうと決まったわけじゃねぇよ。ライラスのおっさんは以前と比べて明らかに人が変わっちまってる。それこそ別人じゃねぇかって程にな」
メルちゃんの言葉を遮ってレイルさんがぶっきらぼうに答える。
それに反応したのはケイティさん。
「ということは……」
「俺は誰かが成り代わってるんじゃねぇかと考えてる。モシャスでな」
「なるほど。以前とまるで別人なのなら、そう考えた方がすっきりするな」
アランさんが同意した。
「ああ! そこでどっかのアホの悪巧みを打ち砕くために必要になるのが――」
「ラーの鏡……」
「おっ、珍しく鋭いじゃねぇか、メル! 真実を映すという国宝、ラーの鏡。そいつがあれば――」
「本物の……お父様は、どうなってしまったの?」
レイルさんの言葉を遮って、メルちゃんが弱々しく呟いた。いつもの元気さが欠片もない。
「……それを知るためにも、ラーの鏡が必要なんだろーがっ! お前なら知ってんだろ? 保管されている場所」
「城の南、沼地に囲まれた洞窟……」
レイルさんは多分元気付けるためわざと大きな声を出したのだろうが、メルちゃんは暗い顔で静かにそう答えただけだった。
「メルちゃん…… 大丈夫、大丈夫よ」
「アリシアさん。だけど……」
『らしくないぞ、メル』
「キンちゃん……」
『悩むくらいならば動け。その方が能天気な主に合っている』
黄金の爪さんが相変わらずの毒舌でそう言うと、メルちゃんは少しだけ瞳に力を戻して、
「能天気って…… ひどいなぁ〜、キンちゃんは……」
未だ弱々しいながらもいつもの口調で呟いた。
そして彼女は、気合を入れるように一度頬を強く叩き、
「行こう、レイル」
震えた声ながらもレイルさんに向ってそう言うと――
「おうよ!」
彼は大声で答えた。
それから、メルちゃんはケイティさんの方を向いて、
「そういうことだから、しばらくパーティを抜けるね、ケイティ」
「は? 何言ってるの?」
とんちんかんなことを言うメルちゃんに、ケイティさんが不機嫌そうにそう答えた。
「え?」
「一緒に行くに決まってるじゃない! 友達でしょ?」
「そういうことだな」
「放っておくことなんて出来ませんよ」
口々に言う私達。
「みんな……」
メルちゃんが珍しく涙ぐんでいたりする。
『我も行こう。下僕の危機くらい救えねばな』
「あっはっはっは! 下僕とは言うねぇ〜、武器さんは!」
「むっか〜! あんまりふざけたこと言ってると、ご飯粒まみれにしちゃうからね! キンちゃん!」
ほぼいつも通りになって叫ぶメルちゃん。
少し無理をしている様子はあるけれど、無理をできるくらいなら大丈夫だろう。
後は、事実が優しいことを祈るばかり……か