23.選択の時

 気付かない振りをして真実から目を背けること、それは卑怯なことなのだと思う。
 しかしそれでも、その先に求めるものが、心の底から願うものがあるのなら……

「私、実は人間が嫌いなんです」
 軽く微笑みながらそう言ったのは、魔族の姉ちゃんロッテル。
「ふ〜ん、そうか」
 まあ、好き嫌いは個人の主観によるものだし、他人の俺がどうこう言っても仕方ないし、それに気にしても仕方ないし、適当に返しておく。
「そんなに人間と話したこともないからわかりませんけど、それは普通の反応じゃないですよね? あっちの人達に負けず劣らず、ツンツン君は変わってますね〜」
 バーニィとカンダタの方を指差しながら、ロッテルは可笑しそうに笑って言った。
 自分が変わっているという自覚は多少なりともあるけど、あいつらと同等の変わり者ってのは勘弁して欲しいもんだ。特にカンダタ……
「ちょっと、腹黒! ジェイを変な呼び方で呼ばないで!」
 と、ロッテルを睨みながら叫んだのは、俺の隣のエミリア。
 確かに変な呼び方だよな…… ツンツン君って。
 ちなみに腹黒ってのは、言うまでもなくロッテルのこと。実際黒いのかは知らないけど、個人的にはピッタリだと思う。
 そんなエミリアの発言に怒るでもなく、ロッテルはにこやかになだめるように口を開く。
「まあ、いいじゃないですか、若白髪ちゃん」
 うっわ、どういうネーミングセンスだよ…… ていうかエミリア明らかに怒ってるな……
「……メラゾー」
「待てって! 変な呼び方されたくらいでそんなもんだすな、エミリア! おい、ジェイも止めろ! お前が止めりゃあ聞くだろ」
 メラゾーマというには随分小さな炎を生み出したエミリアを、すごいスピードでバーニィが走ってきて止めた。少し離れた所にいた彼だったが、こっちで話している内容は聞こえていたようだ。
「あ、別に大丈夫ですよ、ウサネコちゃんさん。私だってあの事件を生き残った魔族の一人です。生まれて十数年のお子ちゃまに遅れはとりません」
 やはりにっこりと笑って言ったロッテル。
 ウサネコちゃんさんって…… どういう呼び方だよ。つーか、言いづらくないのか?
 とまあ、それはともかく――
「あの事件ってのは何なんだ?」
 ロッテルと今にも魔法合戦を始めそうなエミリアを止めてから訊く。
 雰囲気から察するに魔族が少なくなった原因のように感じるが……
「私達魔族が住んでいた村、テドンが襲われた事件ですよ」
 へ? あれ、テドンって確か……
「はぁ? 魔族が住んでいた村って……! テドンはバラモスが、魔族が滅ぼしたんだろ? 何だって魔族が魔族を殺すんだよ?」
 相変わらず笑顔だがやや辛そうに言ったロッテルに、バーニィが早口で捲くし立てた。そこには強い動揺の色。それは俺も同じだったけど……
「何を言ってるんですか? テドンを襲ったのは人間の軍隊ですよ。どうやったかは知らないですけど、ご丁寧に村全体に魔力封印の儀まで施して……」
 ぼかっ。
 軽快に口を動かすロッテルを、突然叩いたのはアマンダ。
「まったく。あんたは口が悪いだけじゃなくて軽いんだから」
「痛いですね! アマンダさんっ! いきなり何するんですか!」
「何するんですかじゃないわよ。そういう話はあまりしないようにって言ってあるでしょ? それともいい加減、百五十歳を超えてボケたわけ?」
「ああぁ! 歳ばらさないで下さいよ! 黙ってれば十代のお嬢ちゃんで通るのにっ!」
『いや、それは無理だろ』
 ロッテルの厚顔無恥っぷりに思わず呟くと、バーニィと声が重なった。前から思ってたけど、このパーティは声が重なること、というか考えが一致することが多いよな。
 エミリアとアマンダも無言で頷いてるし。
「まあ、それはいいとして……」
「よくないですよ、ツンツン君!」
 話を元に戻そうとした俺に、ロッテルは頬を膨らまして詰め寄る。まあ、挙動は少し子供っぽくて若作りな感じはあるよな。どうでもいいけど。
 俺はロッテルの言葉を無視してアマンダに瞳を向ける。
「詳しく話してくれてもいいんじゃないのか? テドンのこと。この旅と関係がないとは言えないみたいだし」
 俺がシリアス百パーセントでそう言うと――
「そういえば、ツンツン君やアマンダさんは何で旅なんてしてるんですか? 暇つぶしですか?」
 と、ロッテルがにこやかに疑問を口にする。台無しだし……
 誰かこの姉ちゃんどうにかしてくんねぇかな、などと考えていると、
「これ、ロッテル。ミレイの奴にばかり料理させるでない。お前も手伝わんか」
 ロディアスとかって魔族の爺さんが近づいてきて言った。ミレイってのは差別されてた人間のおばさんだったか。
「え〜、でも今お喋りで忙しいし……」
 不満たらたらでロッテルが呟くと、
「それは忙しいとは言わん! いいからさっさと行かんかっ!」
「は、はい〜!」
 ロディアスが声を大にして注意した。さすがのロッテルも大急ぎで台所があると思しきところへと駆けていく。
 ロディアスは、そんな彼女の様子を呆れ顔で見送ってからこちらを向いてすまなそうに口を開く。
「すみませぬ、アマンダ様。ロッテルが余計なことを言ったようで」
「別にいいわよ。『バラモス』を目指している以上、その内こいつらには話さなくちゃいけないことなんだし…… ていうか、あんた話してくんない? 実際に村にいたあんたの方があたしより適任でしょ」
「構いませぬよ。そうですな、どこから話しましょうか……」
 と、どんどんと話が勝手に進んでいく。つーかよ……
「なあ、別に話してもいいんならロッテルが話したってよかったんじゃないのか?」
 俺がそう軽い疑問をぶつけると、アマンダとロディアスはいったん顔を見合わせて、
「あの子にはあまりあの時のことを話させたくないのよね。あの通り全然気にしていない風だけど……」
「相当ショックだったはずでしょうな…… ここ二百年ほどはあのような事件はありませんでしたし。ロッテルに限らずアリシア嬢も……」
「アリシアは……そう心配しなくてもいいんじゃないかと思うけどね。あれで芯は強い子だし。でもロッテルは、顔で笑って心で泣いての典型みたいな子だから」
 なんか聞いたことがない名前が出てきて気になったけど、それよりもアマンダが本気で心配そうにロッテルが向った台所の方を見ていることに驚いた。普段いい加減とか適当の代名詞になっているアマンダがねぇ……
 そんなことを考えながら彼女を眺めていると――
「……何よ、ジェイ」
 アマンダが疑問たっぷりの瞳でこちらを見ながら言った。
「別に。爺さん、話の続き頼むよ」
「ん、ああ…… あの日は快晴じゃった。とてもあんなことが起こるとは思えんほどにな。儂が教会で祈りを捧げていた時、外でざわめきが生まれ、そして悲鳴が――」
 落ち着いた様子でゆったりと語るロディアス。俺はその話を聞きながらロッテルの言葉を思い出していた。
 ――私、実は人間が嫌いなんです

「料理長! 金目鯛のストックなんてありませんよ!」
「料理長! きんぴら豆腐ってなんすか? きんぴらごぼうと同じ味の豆腐でいいんすか?」
「料理長!」
 ちょっと気になることがあって覗いた調理場は、やはり混乱していた。
 ライラスのおっさんの偽者が起こした事件がひと段落してすでに数日が経っている。
 本物のライラスのおっさんはしばらく衰弱状態だったのだが一昨日くらいから仕事を始めたらしい。偽者――公式には発表されていないが俺はガヴィラのおっさんだったと踏んでる――の処分に関する話し合いとか、あと政治的決定権分離に関しての書類の作成とかもしているという。今回のことで国王のみに全ての決定権が集まることに関する危機意識が生まれたそうだ。まあそれはいいだろう。寧ろ今までそういう考えがでなかったことにびっくりだし。
 そして、すっかり忙しくなっているこの国の王女であるメルは、そんな働き者の父親に会うこともなく自分の部屋に引きこもっている。洞窟で倒れているところを救出された後、ケイティちゃんから大体のことは聞いたが…… まあ、仕方がないと言えば仕方がないかもしれないな……
 で、そのケイティちゃんと、俺と一緒に救出されたアリシアさん、アランは来客用の部屋で過しつつ、そんなメルを心配している。
 そしてそんな風に過して五日経った今日、メルは漸く部屋から出てきたと思ったら食事をひたすら続けているのである。
 それだけならいつも通りなのだが、ケイティちゃん達との会話の途中で不自然に言葉を止め、キン……目鯛の煮物が食べたいとか、キン……ぴら豆腐が食べたいとか突然言い出すのである。
 これは料理人連中が困ってるだろうなと思って覗いてみたら、案の定だったわけだ。
「お前らうろたえるな! これはきっとメルシリア様が俺達にお与えになった試練だ! 久し振りに帰ってきたから俺達の技量をお試しになっておいでなのさ! 城に仕える料理人として恥ずかしくない仕事をしようじゃないか!」
『おお!』
 メルはそんな考えなんてなしで、ただキンの名前を呼びそうになるたびに誤魔化しているだけなんだろうけど、料理人達はものすごく気合を入れて腕を振るっている。つーか、ストックにない魚を気合でどうにかできるのかって気もするんだが……
 まあそれはともかく――
「ねぇ、メル。別に誤魔化さなくてもさ……」
「ふえ。何のこと?」
 メル達がいる場所に戻ると、心配そうに声をかけたケイティちゃんにメルがとぼけた様子で返しているところだった。
 たくっ。
「そんな風に心配かけるくらいならもうしばらく引きこもってろよ」
 さすがに鬱陶しいし思わず言うと――
「レイルさん…… もう少しソフトに……」
 と、アリシアさん。他でもないアリシアさんの言うことだし聞いて差し上げたいところだが……
「いくらアリシアさんの頼みでもそれは聞けませんね。いいか、メル。キンの野郎とは結構長い間一緒にいたんだろ? なら、つい声をかけちまうのは仕方ねぇだろ、普通に最後まで言え。不自然に言葉止められちゃ気になってしょうがねぇし、何よりその度に料理名出してたら料理人どもが迷惑だろうが!」
 一気に捲くし立てると、メルは憮然とした表情になって――
「だって……」
「あぁ?」
「だって嫌なんだもん!」
 小さく呟いたメルに聞き返すと、今度は必要以上に大きな声で叫ぶ。
「キンちゃんの名前呼んで返事ないのが嫌なんだもん! キンちゃんがいないのが嫌なんだもん!!」
 と、思い切り叫んでから再び料理を片づけにかかるメル。つーか、声でけぇ……
 俺は耳を押さえてしばらく苦しんでから――
「うるっせぇな! そんなこと言ったって仕方ねぇだろ! 魔力が無くなっちまってるんだ! もうどうにもならねぇんだよ!」
 そう叫ぶと、メルは食事の手を止めて俯く。よく動く口はぴたりと閉じられ、落とされた肩は小刻みに震えている。
 えっと、言い過ぎた……か?
「レイル! メルシリア様に向って何という言葉遣いだっ!」
「ガダルか。うるせぇなぁ」
 そこで、いつの間にか部屋に入ってきていたガダルが、こちらに歩み寄りながら口うるさく言った。まじでうぜぇし。
「うるさいではないわ! まったく、サイモン殿が帰ってこられたらたっぷり叱って貰わねばな」
 俺の呟きに目つきを鋭くして反応し、その後誰にでもなく呟く。
 おいおい、この歳になって親にいちいち叱られたくねぇぜ? とまあ、そんなことはおいといて……
「それでガダル。何しに来たんだ? しばらくはライラスのおっさんを手伝うから忙しいんじゃなかったのかよ?」
「陛下をおっさん呼ばわりするなと前々からいっておるだろう、まったく…… まあそれはよいわ。メルシリア様、ライラス様がお呼びです。一緒にいらして下さい」
「お父様が……? わかった、すぐ行くね」
 ガダルが声をかけると、メルは一度両手で顔を拭ってから明るい声を出した。いつもの能天気っぷりを装ってるつもりなんだろうけど、ばればれもいいところだぜ。
「よろしければ皆さんも一緒にとのことです」
 しかしガダルはそれには気付かないふりで、ケイティちゃん達の方を向いてそう言った。メルだけじゃなくて他もとなると、一体何の話なんだ?
「まあ、構わないよな?」
「ええ、私は…… アリシアさんは?」
「勿論ご一緒します。私は少々ライラス陛下にお聞きしたいこともありますし」
「そうですか。ではこちらへ」
 ささっと決めて、とっとと向おうとする一行。つーか……
「俺も行っていいのか?」
「来たければ来るがいい」
 俺の疑問には適当百パーセントで答えて、ガダルはメルやケイティちゃん達を連れてさっさと出て行った。なんかむかつくよな〜。
 と、そうだ!
 俺はあることに気づいて、厨房を再び覗く。
「金目鯛の煮物できました!」
「きんぴら豆腐もです!」
「よし。では私自らメルシリア様にお持ちしよう」
『お願いします、料理長』
 なぜかストックがなかった金目鯛の料理ができあがっているのが気になるが、それを気にしているよりも大事なことを彼らに伝える方が先だろう。
「おい。悪いんだが料理はキャンセルだ。メルは陛下に会いに行った」
『えっ!』
 と、料理人どもが声をそろえて叫び、彼ら全員で俺を睨みつける。
「な、なんだよ」
 そして、俺はなぜか用意された料理を全て食べる羽目になった。
 結局あいつらと一緒に行けねぇし……

「メル! 久し振りだな。まったく、心配をかけて…… しかし、大きくなったな。この間までほんの子供だったというのに……」
 ライラス陛下の自室へと通されると、その部屋の主たる国王様はこけた頬が目立つ顔を上げて笑顔を浮かべた。その瞳に映るのは数年ぶりに帰ってきた愛娘。
「久し振り〜、お父様。ごめんね〜、全然帰ってこなくて」
 メルちゃんは、事情を知っている私でもそのことを忘れてしまいそうになるような元気さで、笑顔の挨拶を返す。カラ元気なのだろうけれど……
「……? 何かあったのか、メル」
 しかし、メルちゃんの笑顔をしばらく見詰めてから、ライラス陛下は怪訝な顔になってそう言った。身内にしか分からないような不自然さがあったのかもしれない。……ずっと離れていたとしても親子、ということなのだろう。
「えっ? べ、別に何もないよ。わたしは元気、元気!」
「……ふぅ。何を白々しい。先ほどの言葉は撤回せねばならんな。まだまだ子供のままだ」
 少し動揺して返したメルちゃんに、ライラス様は一度ため息をついてから微笑んでそう言った。そして、それを聞いたメルちゃんは――
 がばっ!
「……本当に子供のままだな」
 突然抱きついたメルちゃんを愛しそうに見詰め、ライラス様は彼女の頭の上に優しく手を乗せた。
 黄金の爪さんはよくメルちゃんのことを子供だと言っていた。それを……思い出したのかもしれない。悲しみが全て癒えることはないだろうけれど、きっともう大丈夫ではないかと思う。少なくとも、悲しみを隠して無理を続けるよりはずっといい。
「ところで、君達がこの国を救ってくれたのだね?」
「あ、えっと私はケイティといいます。それでこちらがアランさんと、アリシアさん。あの、今回の事件で私達は何も…… 全てメル――メルシリア……様の力ですよ」
 一通り紹介した後、ケイティさんはメルちゃんの呼び方に困りつつ言葉を返した。
「なに、それも君達の支えがあってこそだろう。この子だけではこのような結果にはならなかったであろう。それと、いつも通りの呼び方をして貰って構わんよ。この子が旅の仲間に“メルシリア様”などと呼ばせているわけもない」
 そうライラス様が言った時、漸く元気になったメルちゃんが声を上げた。
「ねぇ、お父様。無理しちゃダメだよ。痩せすぎ! もっとちゃんと休まないと!」
 抱きついてみてわかったのか、突然入った健康チェック。いやまあ、彼の頬のこけ具合から考えても休養が足りないことは窺えるけれど。
「しかし、仕事をせぬわけにもいくまい。政治的決定権の多くは新たな組織に引き渡すこととなったから、それが済めば少しは楽もできるしな」
 そう言ってから、ライラス様はメルちゃんを見詰め微笑む。顔色がやや悪いので無理をしているようにしか見えないけれど、今の状況で無理をしないわけにもいかないのだろう。
まあ、そこは気にせず――
「あの、ライラス様。お聞きしたいことがあるのですが」
「ん、何かな? アリシアくん」
「テドンの……ことについてです」
 私がそう言うとライラス様は真剣な面持ちになって沈黙し、
「ガダル、シュギ、ハリス。席を外してくれるか?」
『はっ!』
 ライラス陛下は、私達と一緒に来たガダルさん、そして陛下の警護を任されているだろう兵士さん達に出て行くようにいい、彼らはそれに忠実に従って扉の外に出る。
「あの村の何を聞きたいのかは知らぬが、できるだけ人払いはした方がいいだろう?」
「はい、助かります」
「それで何を聞きたいのかね?」
「それは――」
「私も混ぜてもらって構いませんか?」
 私が話し始めた丁度その時、後ろから丁寧な男性の声が聞こえた。そちらに視線を巡らしてみると、
『ジュダン!』
 ケイティさんとメルちゃんが叫んだ。
 ジュダン…… どこかで聞いたことがあるような……
「ちょっと! あんた牢屋に入ってるんじゃないの!」
「いやぁ、それがケイティさん。牢屋というのは思いのほか退屈で……」
「当たり前でしょ! ……そういえば空間を渡るなんていう離れ業ができるんだったわね。まったく…… ガダルさん呼んできて縄でぐるぐる巻きにしてもらわないと!」
 空間を渡る…… とすると魔族、とは限らないけれど、それに準ずる魔力の持ち主…… あっ!
「あの、貴方はもしかして父の友人だという……」
「ああ、思い出して頂けましたか。貴女が三つの時に一度お会いしているのですよ」
 私が声をかけると、ジュダンさんは嬉しそうに笑って言った。ただ、私も三歳の時のことまでは覚えていないけれど。
「いえ、その時のことは覚えていませんけど…… 父が貴方のことを話していたんです。同じ頃に生まれた友人がいると――」
 あれ、だけどその割にジュダンさんは……
「ああ、私は人の血が濃いのです。キース殿とは老化の進み具合がかなり違いますね。といっても一般的な魔族と同程度の進度ではありますが」
 私が無遠慮に見たせいか、ジュダンさんは微笑んでそう答えた。
「ふむ。とするとアリシアくんも魔族。そして貴方達二人はテドン出身といったところなのかな?」
 と、私達の会話の切れ目に、ライラス陛下がそう声をかけた。
 それに声を返したのはジュダンさん。
「いえ、私の出身はテドンではありません。テドンはたった百年前にできた村ですし、私はこれでも四百と十六の歳ですから。というか住んでもいませんでしたしね」
 確かに、私は生まれてからあの事件が起きるまであの村にいたけれど、彼を見かけたことは一度もなかった。いや、私が三歳の時には一度来たようだが……
「なるほど…… それで私に聞きたいことというのは何かな、アリシアくん」
 牢屋を抜け出したらしいジュダンさんを咎めるそぶりも見せず、普通に言葉を返してから私に向きなおって訊くライラス様。特に敵意を感じないからだろうか? それともそういうことは気にしない性格なのか? まあそれはともかく――
「テドンを襲うことを提案した方、そして参加していた国を教えて貰いたいのです」
 参加した国はお父様の調査で分かってはいるけれど、絶対ではない以上聞いておく必要はある。
「……テドンを襲ったのはバラモスじゃないのか?」
 そこでアランさんが言った。ケイティさんもまた疑問の色を瞳に映している。
 そういえば、テドンや『バラモス』について彼らには話していなかった。
「ふむ、『バラモス』についての事実も知らないわけか。では少し丁寧に話すこととしようか……」
 そんなアランさん達を眺め、ライラス陛下は丁寧に言葉を切り出す。
「世間ではテドンは普通の村と考えられていたが、実はかの村は魔族のみが暮す村だったのだ。ある日その事実を知った各国は、協同でテドンを襲うことを考えた。それに賛同したのはエジンベア、ロマリア、イシス、そしてアリアハン。それを隠すために生み出されたのが、名前だけの存在バラモス。その事実を知る者はそれをバラモス・システムと呼び、テドンの村の真実はバラモスという偽りの事実に覆われた。つまり、バラモスなどという魔族は存在しないのだよ」
「バラモス・システム…… ランシールでジュダンも言ってたわね」
 ライラス様のしっかりとした説明を聞いて、まず反応をしたのはケイティさん。
「まあ、その程度の事実確認はできていますよ。といっても、ゾーマ様にお聞きしたのですがね。……ゾーマ様の話ではこの国もまたテドン壊滅に参加したと聞きましたが……」
「この国は参加しなかった、と言ってもそちらとしては信じられるものでもないだろうな…… それにあの事件を知りながら止められなかった以上、参加した、しなかったなどという差は意味を持つまい」
 そう言って俯き、悲痛な表情を浮かべるライラス様。この人もまたあの事件に苦しめられてきた一人なのだろう。
「サマンオサ国が参加していなかったことは了承しています。父の調査でも陛下が仰ったのと同様の結果でしたし…… それよりも、テドンが魔族の村だと知りあの事件を起こすことを決めたのはいったい誰なのですか?」
 その人物だけはお父様も何も言わなかった。本当にわからないのか、それとも私に知られたくない誰かなのか……
「それは私も知らぬのだ。いや、私だけではない。どの国の者も知らぬらしい。もっともそれが本当かどうかはわからぬが」
「……そうですか。大変参考になりました。どうもありがとうございました」
 そう言ってから私は深く礼をする。彼の話を聞いて新たな事実が、いや、ある想像が生まれた。
 テドンが魔族の村だという確固たる事実を掴んでおきながら、それを掴んだ人物を特定することができないというのはどう考えても不自然だ。国家単位の情報網であってもというのならなおさら…… 例えその国の王がひた隠しにしたとしても、他国の情報収集を完璧に十何年も逃れられるものではない。ならば――
「ジュダンさん。ゾーマというのはどなたですか?」
「私をこの国に連れてきた方です。幾万もの時を生きてきた魔族…… その魔力の強さは私の比ではありません」
 それほどの魔力の持ち主ということは人の記憶を部分的に――
「ゾウさん……」
 そこでメルちゃんが再び辛そうに言葉を打ち出した。
 ゾウさんというのは……話しの流れから考えてゾーマという人のことなのだろうか。
「ゾウさんは前にわたしが魔物に襲われてた時に助けてくれたの。その後も一緒に旅して、気も教えてくれて…… なのに何で……?」
 と、暗くなっていくメルちゃん。ということは黄金の爪さんの魔力を奪ったのは……
 そういえばラーの鏡の魔力も無くなっていた。とするとその人は魔力を集めている?
確証があるわけではないが、その人がテドンを襲わせた可能性もある。同じ魔族を襲わせ、そして今回のように人間を追いつめ、そして魔力が宿った物質からそれを吸い取る。ならばテドンの件も魔力を集めるため? しかしその先には何が? 同族を苦しめてまで魔力を集めて、その人は何を望んでいるのか……
 駄目だ…… いまいち繋がらない。
 取り敢えずテドンに行ってみるのがいいかもしれない。何かがわかるかもしれないし、それに……
「私はこれから一度テドンへ行こうと思います。皆さんはどうしますか?」
 と、私が言うと――
「……一緒に行ってもいいんですか?」
 ケイティさんが戸惑いながらそう言った。気を使ってくれているのだろう。
「構いませんよ。もう随分昔のことです。帰れば墓参りくらいはしますが、自分の中では既に整理はついています。それに今回は、誰か他の方がいてくれた方が決心が鈍らなくていいでしょう……」
「……? そう、ですか。そういうことなら行きます。アランさんは?」
「勿論、行くさ。自分が生まれた国が、アリアハンが関係しているとわかって、それでも真実を確かめずにいられるほど無関心じゃない」
 ケイティさん、アランさんがそれぞれ言った。そして、
「わたしも行――」
「メルちゃんはここで待ってて」
 予想通りメルちゃんが元気一杯手を上げたので、言葉を途中で遮る。
「な、なんでですか? わたしも一緒に!」
「しばらくぶりに戻ってきたんだから、ね。夜には帰ってくるから」
 そう言って笑いかける。久し振りに大切な人達に会えたのだからゆっくりと過して貰いたい。それに、彼女にはもう少し養生が必要だと思う。
「でも……」
「せっかくなんだからライラス様と食事でも取ったらどうだ? さっきの料理も食べずに来たわけだし」
「アランさんは、ご飯の話をすればわたしが他のことを忘れるとか思ってませんか?」
 じと目でアランさんを見て、頬を膨らますメルちゃん。しかし――
「でも、たしかにさっきの料理も気になるし、待ってることにしようっと。お父様、一緒に食べに行こ!」
 あっさり引いてライラス様に声をかける。
「む。まだ少し仕事が残っているのだが…… まあ、いいだろう食事を取るくらいは」
 ライラス様は優しい笑みを浮かべ、メルちゃんに手を引かれていく。
 私達はそれに伴って全員部屋を出る。
 そして、メルちゃん達が先ほどの食事をする部屋に向った後も少しだけ立ち話をしていた。
「ジュダン! ちゃんと牢屋に帰っときなさいよ! ハウスっ!」
「ケイティさん。犬ではないんですから……」
「ああ、私は構いませんよ。偶に犬扱いされることもありますし」
 え〜と、どう反応していいものなのか……
「ようするにヘタレオヤジなわけね」
「ケイティ、直球過ぎだ。すみませんね、ジュダンさん」
 と、ケイティさんに注意をしてから丁寧に声をかけるアランさん。
「アランさん! こいつは今回の事件のやや中心人物なんですよ!」
 やや中心というのが妙な言い回しではあるけれど、本当の中心は偽ライラス国王か、もしくは例のゾーマという人のようだし適切な表現ではある。
「ところでジュダン。偽の王様になっていた人は誰だったわけ? あんたをやっつけた後、私寝ちゃったし、わかんないのよね」
「ああ、それは公式に発表されていないようですし、私もコメントは控えておきますよ」
「何よ。使えないわね」
 おそらく偽者はレイルさんが言っていたガヴィラさんだろうし、ジュダンさんはライラス陛下の心情を考慮した優しさに満ちた選択をしたといえる。
 対して、ケイティさんのコメントは実に容赦のないものだった。よっぽどジュダンさんを嫌っているらしい。
「じゃあ、ギーアと偽王の関係は? 最後の最後までギーアだけ偽王の奴を守ってたじゃない?」
 詳しく知らないけれど、ギーアさんというのはここの兵士さんだったか。ケイティさんが一昨日くらいに話していたような気がする。
「なんでも、偽のライラス国王がギーアさんを助けたことがあったそうですよ。それ以来忠誠を誓っているそうです。まあ、私同様犬気質なのでしょうねぇ」
 そう言って微笑むジュダンさん。貶しているのか、そうでないのかわからないけれど、声には優しさを感じられる。
「それはそうと、私も聞きたいことがあるのですよ、ケイティさん」
「へ? 何よ?」
「貴女は魔族――というか他種族の血が混じっているのですか?」
 ジュダンさんの質問に、ケイティさんだけでなく私もアランさんも耳を疑う。
「は?」
「いえ、貴女が私を倒すために使った魔法――神鳴りを操る魔法。あれはライデインと呼ばれるものなのですが、精霊が持つ魔力に近い性質の魔力を持っていなければ使えない魔法です。私も祖が竜族であるため使えません。それが使えたということは――」
「……えっと、それなら父さんがそうだったのかな?」
 突然の話に大いに戸惑いながら、ケイティさんが呆然と言った。しかし――
「オルテガには会ったことがありますが、人としての気配しか感じられませんでした。もっとも、私も子供だったので確実ではないですけど……」
「あれ? アリシアさん、父さんに会ったことが?」
「ああ、そういえば言っていませんでしたね。六年前に会ったことがあるんです。オルテガは……生きていますよ、ケイティさん」
 本当にいまさらで申し訳ないくらいだけれど、漸く言えた。もっとも――
「えっと、それはメルに話してあげた方が喜びますよ。私は父さんが無事だからってそんなに嬉しくないっていうか…… あ、いえ、嬉しいことは嬉しいんですけど、なんかどうでもいいっていうか…… う〜ん、これもなんか違うなぁ。あ〜、でも母さんは喜びそうだからそこは嬉しいかも」
 ケイティさんの反応に思わず笑い声を漏らす。
「ふふ、何だか予想通りの反応です。そうですね、メルちゃんにも帰ってきたら教えてあげましょう。しかしそうなると、そのお母様が精霊の血を受け継いでいるということになりますけど……」
「う〜ん…… でも母さんが魔法とか使ってるのなんて見たことないですし…… まあ、私の前で使わないだけで実は、ってこともあるかもだけど」
「とすると結局わからないわけですか…… う〜ん、でしたら牢屋に大人しく帰りましょうか。聞きたいのはそれだけでしたし……」
 ジュダンさんが、ケイティさんの言葉を聞いてそう答えた。
「? このまま逃げようとは思わないのですか? 勿論、させる気はありませんが」
 アランさんが何気ない疑問を口にした。
「罪を犯しておいて逃げる気はありませんよ。この国もテドンを襲った国のうちの一つだと聞いていたので、それなりの正当性は持ち合わせているつもりでしたが、それも嘘だったようですし、自分がやったことに対する償いはしますよ」
 そう言って魔力を集め出すジュダンさん。空間転移の魔法を使うつもりなのだろう。
「……やったことがやったことです。死罪になるかもしれませんよ」
 少し沈黙してからアランさんが言った。
「私自身が信じて為したことです。その結果が死罪だからといって後悔は……ないとはいえないですが、それでも誇りだけは最期の時まで持ち続けますよ」
 ジュダンさんは軽く微笑んで見せてから、空間を渡って消える。
「……ちょっと見直してやってもいいかも」
 ケイティさんが不機嫌な顔になってそう言った。彼女は少し素直じゃないところがある。
「とっととテドンに行こう。キメラの翼だけ持って荷物は置いていくか?」
 アランさんがケイティさんの様子に苦笑してから、明るい声を出す。
「そうですね。行って帰ってくるだけですし……」
 と、私。続いて――
「じゃあ、まずはアランさんの部屋に行きましょう」
 ケイティさんもまた気を取り直して明るい声を出した。
 私達は世間話をしながらアランさんが泊まっている客間を目指す。そんな中、私はジュダンさんの覚悟を反芻していた。
 ……私もこれから進む道を信じて行こう。そして、いつか後悔が押し寄せてきたとしても――

「おう。お前ら帰ってきたのか。約束はきっちり守ってもらうからな!」
 俺達の顔を見るなりアディナが詰め寄ってきた。
 つーか、言うならアマンダに言えよ。俺の胸倉掴まれても困るっつーの。
「おい、アマンダ。こいつに約束してた変な村ってのはテドンのことだろ? さっさと行こうぜ」
「あら、ウサネコちゃん。よくわかったわね」
 そう言ったアマンダを見てみると、彼女は俺から離れて大きく後ろに下がっていた。というか、俺以外の全員が後ろに下がっていた。
 なるほど…… アディナが俺に掴みかかってきたのはそのせいか……
 ロディアスの爺さんの話を聞く限り、テドンの村は今相当変なことになっているらしい。まあ、知らない人にとってはその変な状態が変じゃないということになる、っていうよくわからないことになっているみたいだから、アディナを連れていっても満足するか怪しいところもあるだろうが……
「ていうかジェイ、ルーラで一気に向っちゃっていいわけ? 船じゃないと行きたくないとか言わない?」
 ああ、うちのパーティの勇者様はそういうこと言いそうだな。
「いや、ゆったりしてるとアディナがうるさそうだし、今回はルーラで一気に行こうぜ。アマンダなら行けるんだろ?」
「ええ、今すぐにでも行けるわよ。そういえば変態はどうする?」
 アマンダはジェイに軽く答えてから、半裸が目立つカンダタに瞳を向けて訊く。
「俺はここでお別れだ。そろそろ仕事を始めたいんでね。子分どもも退屈してるだろうしな」
 そういえばこいつの子分達も来てるんだったか…… ガンドラントの奴らが大勢いるからそれに混じって区別がつかねぇんだよな。
「やっと変態の姿を見なくてもすむようになるのね……」
 そこでエミリアがぼそりと言った。
 アマンダと話をしているジェイには聞こえなかったことだろう。ジェイの奴はカンダタの料理が気に入ったようで、すっかりあいつに対する嫌悪感を表さなくなっている。呼び方もカンダタと呼ぶことの方が多くなってきたくらいだ。
 そんなだから、ジェイ好きなエミリアもカンダタに対して嫌悪感をなるべく出さないようにしていたのだが…… やっぱ嫌だったんだな。
「そんじゃさっさと行くか。その後はなんか怪物に会いに行くとかって話だっただろう? ぱぱっと片付けようぜ」
 そうジェイが言うと、エミリアは彼の隣へ駆け足で向かい、はっきりと敵意のこもった瞳をカンダタに向けた。さっさと消えろ、と言ったところか……
 カンダタは、
「がっはっはっは! まあ、また会うこともあるだろう。そん時はよろしく頼むぜ」
 と豪快に笑って去っていった。
「さ〜て、それじゃ行く? アディナは子分連れて行かないわけ?」
「ああ、今回は完全に私用だからな。その村で略奪するってんなら子分どもも動かすぜ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて答えるアディナ。
 それにアマンダは――
「それは困るわねぇ。意地でもあんた一人で連れて行きましょうか」
 とおかしそうに笑って答えた。
「よっし、冗談はそのくらいにして行こうぜ。いざ、テドンへ!」
 そうジェイが大きく宣言すると、
『お〜!』
 元気に右手を振り上げて答えたのはエミリアとアマンダ。
 こういう時、この二人は実にノリがいい。
「……こいつらいつもこんなノリなのか? さすがに少し恥ずかしいんだが、乗らないと駄目か?」
 とアディナが照れくさそうに右手だけ元気に上げて訊いてきた。
「いや、別に適当に無視しろ。まあ、文句を言ってくることもあるから、そん時は大人しく乗っとくのが得策だがな」
  俺は今までの経験からくる助言をする。さすがに旅も長くなってきて、こいつらの扱いにも慣れてきたってわけだ。
 まあ、それでも振り回されるんだからやっかいなんだがな……

 アマンダのルーラでテドンの村に降り立つと、そこにはごく普通の日常風景が広がっていた。牛を引く農夫。走り回って遊ぶガキども。井戸端会議をする女達。
「? どこが変わってるんだ? 普通の村にしか見えないぞ」
 当然の如くアディナが疑問の声を上げる。放っておくとその内暴れ出すかもしれない。
「あんたも知ってるでしょう? このテドンの村は十六年前に壊滅していて、その時に村人のほとんどが殺されたのよ」
「だから、残った奴らで復興したんだろ? 別におかしくないじゃないか?」
 と、直ぐに返すアディナ。まあ普通の意見だよな。俺だって何も知らなければそう思う。
「まあ、そう考えるもの無理はないでしょうねぇ」
 苦笑いしてそう呟くアマンダ。と――
「ああ、アマンダさん。久し振りねぇ。どうしたんだい、珍しい」
 声をかけてきたのは恰幅のいいおばちゃん。
「まあ、観光ってとこね。ところで、今何年だったっけ?」
 アマンダは質問に適当に、しかし適切に返して、質問をし返す。
「? なんだい、突然…… えっと今年は確か――」
 おばちゃんが答えた年は……
「はぁ? おいおい、何言ってるんだ? そりゃ十六年前の年だろ? なに冗談言ってるんだよ? アマンダといっしょになってあたいを担ごうってのか?」
 アディナの言葉のとおり、おばちゃんが口にしたのはちょうど十六年前、テドンが襲われたとされている年だった。……聞いていた通りだってわけだ。
「? お嬢ちゃんこそ何言ってるんだい? アマンダさんの知り合いは変わったのが多いねぇ」
 そう言ってからおかしそうに笑って去っていくおばちゃん。
 …………
 おばちゃんが去ってからしばらくの間沈黙が続き、
「今のでどういうことかわかった?」
「……滅びる前の生活をし続ける、ホーンテッドマンションならぬホーンテッドヴィレッジってことか? のわりには、随分なごやかな雰囲気だが」
 少し考え込んでからそう言い、辺りを疑わしそうに見回すアディナ。まあ、確かに雰囲気は必要以上になごやかではある。それが余計悲しさを際立たせているとも言えるが……
「まあそれで大体はあってるわね。幽霊なのかって言われるとそれはまた違うんだけどね」
 アマンダはそう言ってから腕を上げて、指を建物へと向ける。
「あの建物も、あっちのも、火事の跡があったり倒壊してたりしてるでしょ。それに近寄ってみると埃もすごかったりするし…… 詳しく調べれば生きてる人間がいないのはすぐわかるわよ」
 彼女の指す先を見てみると、確かに人が住むには少し無理がある程度の破損がそのままにされている。なにより建物の老朽ぶりが遠目で見てもよくわかる。
「なるほど…… たしかに妙な村だよ。あんたの話が本当でも嘘でもな。しかし、本当だとしたらなんでそんなことになってるんだ?」
「それは――」
 アディナの疑問にアマンダが答えようとしたその時、
「アマンダ様じゃないですか! なぜここに?」
 若い女性の声がかかった。
 俺はまた、さっきのおばちゃんと同じく死んでるはずの奴が話しかけてきたと思ったんだが、目を向けた先には青い髪を長く伸ばした美人の僧侶。そこまでなら仮定を否定することはできないが、その後ろにいる男女を見た瞬間に女性がきちんと生を持つ者であることを確信した。
 というのも――
「アリシア! それにケイティとアランじゃない!」
 アマンダが言ったようにそこにいたのは、アリアハンで一度目にしたジェイの双子の片割れとエミリアの兄貴のアランという戦士。
『げ』
 そこで双子が同時に嫌そうに声を上げた。
 そういやアリアハンの双子勇者は仲が悪いんだったな。
 向こうの勇者ケイティはジェイの方を睨みつつ、アリシアという僧侶に向って、
「アリシアさん、アマンダと知り合いなんですか?」
「あ、はい。この方は遥か昔から生きてきた魔族で、私の魔法の師匠でもあるんです」
『魔族?』
 と、ケイティとアランが、アマンダに瞳を向けて同時に言った。
「まあね。ていうか、その様子だと自分が魔族だってのは言ってあるのね、アリシア?」
「ええ。人は私達が思っているよりも信じられる存在ですよ、アマンダ様」
 そう言って本当に嬉しそうに笑うアリシア。
 つーか、この女も魔族とは…… 思ったよりも魔族に会う機会って多いよな。世間は狭いっつーかさ。
「そんなことより、てめぇ今すぐ俺の視界から消えろ」
 と低い声で言ったのはこちらの勇者。
「それはこっちのセリフよ。その目障りな顔も、耳障りな声もこの世から消滅しちゃってくれない?」
 とあちらの勇者。
 どちらも静かに微笑すら浮かべて発せられたセリフなので、よりいっそう仲の悪さが感じられる。ここまでとはな……
「久し振りだな、エミリア」
「そうね。兄さん。……母さんがいたわよ」
「はぁ? ホントか! どこに?」
「エルフの里よ。行きたいんならルーラで送るわよ。私は会わないけど」
 と、こちらは案外ほのぼのな会話を展開させている兄妹。エミリアは相変わらず素直になってないみたいだが……
「つか、アリシア。あんた何しに来たわけ?」
「私は気になることがあったので、情報収集とそれにオーブを…… アマンダ様は何を?」
「あたしは……観光?」
「そうですか」
 やはり適当なようで適切な答えを返したアマンダ。それに対しアリシアは、苦笑を浮かべながら簡単に呟いた。
 まあそれはともかく――
「なんか、あたいらだけ蚊帳の外だな」
「そうだな……」
 すっかり仲良く、あるいは仲悪く話をしている奴らを眺めつつアディナの言葉に相槌を打つ。仕方ないので彼女と盗みの武勇伝を言い合いながら時間を潰した。

 俺達は今、村の一番奥に向っている。そこには牢屋があるという。アリシアっていう女の人の話じゃ、悪戯をした子供とかを放り込むのが通常の使い方らしい。
 なぜそこに行くのかというと、どうもそこにあるオーブが目的なようだ。
 アリシアさんがそのオーブを集めているそうなのだが……
「なあ、オーブを貰っちまったらこの村は……」
 事前に聞いていた話では、この村の今の状態はオーブに願いをかけたある人物のおかげであるらしい。この村が滅びを迎える前の日をひたすら続けるという不毛な状況。そんな状況も、俺達がオーブを手に入れてしまったら終わってしまうだろうし、仮にとはいえ存続しているこの村は……
「この娘はそれも承知の上で来たそうよ。あたしはこの村の不自然な状態をどうにかした方がいいと思ってたし、丁度いい機会だと思うわ」
 とあっけらかんと言うアマンダ。
 アリシアさんもまた、少し辛そうではあるが瞳に決意を映している。
 それなら……俺が口出しすることじゃないだろうな。
「あれ、でもアリシアさん。オーブだけじゃなくて、ここで聞きたいことがあるって言っていませんでしたっけ?」
 そう言ったのはケイティ。時々ガンつけてくるのがむかつく。
「それも先ほどアマンダ様と話していたらわかってしまいましたから。あとは……」
 そこで牢屋らしき建築物が見えてきた。鉄格子が嵌っている様は、見紛うことなく百パーセント牢屋。
 アリシアさんは駆け足でそちらに近寄ると――
「ロンドさん」
「ああ、アリシアちゃんか……ってあれ、なんか随分大きくなってるような…… 気のせいか?」
 ロンドと呼ばれた男は二十代半ばといったところ。しっかりとカギのかけられた牢屋に入っている。罪人なのだろうか? しかしその顔には優しい微笑み。
「ロンドさん。オーブを……渡して下さい」
「……そうか。この茶番劇もいい加減終わりか」
 アリシアさんが真剣な面持ちで言うと、ロンドは微笑を浮かべてそう言った。
 村の人間は今の状況を知らないのかと思っていたが、この反応を見る限り――
「まあ、いい頃合いか。いい加減、決して来ることのない結婚式を待つのも疲れたしな」
 知っていてもそれを改善することなく、だらだらと偽りの生を続けていたってわけだ。
 それが村全体のことなのか、それともこのロンドだけのことなのか……
「それでいいのか、ロンド。牢屋の中から苦労してジュゼルを口説き落としたっていうのに」
 そう言ったのは牢屋の守衛らしき男。
 とすると、村全体が実情を知っているのか?
「いいさ。十六年間、とうとう式を挙げるまでいかなかったんだ。これからどんなに粘ったって――」
「なあ」
 俺は思わず声を上げていた。
 要は結婚式を挙げたいみたいだし……
「別に普通にやればいいんじゃねぇのか、結婚式」
「それができたら苦労はしないよ。明日を待たずに挙げてしまおうとしたこともあった。だけどそれでも無理なんだ。服を着替えることもできないし、神父様は式の進行をしようとしてもなぜかできない」
 ……なんだかめんどくせぇことになってんなぁ。オーブも随分中途半端なことしてくれてるよな。でも――
「ならここに一人僧侶がいるじゃん。進行はこのアリシアさんに任せりゃいいんじゃねぇの? それと服は俺らが黒子みたいに常にくっついてて、着ているっぽく飾ったりすればさ。完璧じゃん?」
「さっすがジェイ! 華麗なプロデュースが素敵! そうだ! 私達もそのまま結婚しちゃいましょう!」
 俺の提案を受けてまず反応したのはエミリア。にしても結婚かぁ。
「さすがにもう少し大きくなってからにしようぜ」
「そう? それじゃ、残念だけどもう少し待つ」
 エミリアは残念そうながらも大人しく引き下がる。さすがに十四歳で結婚は早いだろ。
「なんというか…… 相変わらず突っ走ってるわね、エミリア」
「ハハ。そうだな」
 と、これはケイティとアランさん。
 そして、更にロンドがあとに続く。
「そ、そうすればジュゼルと結婚できるのか?」
「知らねぇ」
 期待に満ちた目で聞いたロンドに、正直に即答する。いや、だってまじでわかんねぇし。
「だけどやってみたらいいじゃん。このまま何もしないで消えるよりはましだろ?」
「それは……」
「やってみましょう、ロンドさん。私も結婚式の進行はしたことがありませんけど頑張りますから」
 アリシアさんがそう笑顔で言うと、ロンドも決意を固めたようだ。
 よっしゃ、結婚式プロデュース作戦始動だな!

「新郎ロンド! 貴方はこのものを妻とし! 健やかなる時も! 病める時も! 終生変わらぬ愛を誓いますか!」
「誓います!!」
 牢屋とジュゼルさんの家の中間くらいで叫ぶアリシアさんと、牢屋の中で俺とバーニィにタキシードをあてがわれながら叫ぶロンド。
 そして――
「新婦ジュゼル! 貴女はこのものを夫とし! 健やかなる時も! 病める時も! 終生変わらぬ愛を誓いますか!」
「はい! 誓います!」
 自分の家の二階の窓から顔を出して叫ぶジュゼルさん。彼女にウェディングドレスをあてがえているのはエミリアとアディナ。
 ロンドはどうしても牢屋から出られなく、さらにはジュゼルさんもどうしても家から出られないためにこのような妙な式となっている。どうやら意識だけは現在のものであっても、体は十六年前と同じようにしか過してくれないらしい。迷惑な話だ、マジで。
「では誓いのキスを!」
 ここは飛ばそうかという話にもなったのだが……
「ん〜、チュ!」
「ちゅ!」
 投げキッスをお互いにするということで落ち着いた。見ている分には間抜け以外の何者でもないが、本人達は至って真剣だ。
「よろしい! ではここに! 神に与えられた権限によって! この二人を! 夫婦と認めます!」
 アリシアさんがそう宣言すると――
 わぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁああ!!!
 村中から歓声が巻き起こった。先に挙げた理由から、全員で式のために集まるということができなかったのだが、叫んで式を行っているために村中に響き渡っていたらしい。
 うっわ、こいつはさすがに壮観だな……
「ジェイくん、バーニィさん。ありがとう」
 そこで突然ロンドが神妙に言った。
「別に。俺はただ楽しそうだからやってるだけだよ」
 俺はどう返したものか迷ったので、適当に答える。
「たくっ、お前は。どうしてそうひねてるのかね」
「うるせぇな。お前そんなこと言ってるとオッサンみてぇだぞ」
「おっさ―― お前なぁ」
 なんかむかつくので言い返すと、ウサネコは絶句してから呆れた声を出した。
 するとロンドはおかしそうに笑ってから――
「本当に……ありがとう」
 次の瞬間――ロンドの体は消えていた。タキシードを彼にあてがえていた俺達は一気に倒れこみ、その下には緑色の球体。
「オーブ……か」
「ロンドが消えたってことは村の奴ら全員…… ってことか?」
 瞳を伏せて、バーニィが言った。
「まあ、そうだろうな……」
 俺はそう返しながら、牢の外に目を向ける。
 やや離れたところではアリシアさんが地面に崩れ落ちている。覚悟をしていたからといって平気というわけでは、当然ないようだ。
 ケイティ、アランさん、アマンダはそんな彼女に駆け寄っていった。
 …………
 死とは違うけれど、それと同様に永遠の別れが待っているのなら、悲しみが内在しないはずはない。それは確かだ。しかし、わずかでも希望があって、消えゆく者が――ロンドが笑っていられたのなら、こちらだって笑っているべきなのだと思う。少なくとも第三者の俺は。  だけど、そうは思っていても、感情は理屈で割り切れるものじゃない……
 取り敢えず、バーニィの口は堅く塞ぐ必要があるな、うん。
 暖かい頬を拭いながら、そんなことを考えた。