24.最後のオーブ
テドンからサマンオサへとキメラの翼で向った俺達。
双子勇者が睨みあっていたり、エミリアがアランに構われてウザがっていたり、アマンダがアリシアに質問攻めにあってうんざりしていたり、と普段とは違う光景がひろがる中、特に違和感のある奴が俺の後ろにいる。
「アディナ。その仮装どうにかなんねぇか? なんか気持ち悪ぃんだけど」
「なんだと! ぶっ殺……しますわよ、バーニィさん」
彼女の格好はいつもの少年海賊風のそれではなく、サマンオサの城下で購入した普通の女物の服。
アディナは美人の部類に入る容姿をしているし体つきも女性らしいのだから、そういう服が似合うことは似合う。ただ、いつもの格好を見慣れているせいか本当に仮装にしか見えないのだ。
彼女がそんな格好をしているのには一応理由がある。
テドンを出発した後は以前遭遇した超巨大生物を見物に行くのだ、とアマンダがアリシアに話したところ、彼女は、自分たちもその怪物に用があるからまず一緒にサマンオサまで行こうと提案した。
それに対し双子勇者が一緒に行動することを嫌がったのだが、ケイティはアリシアが頼み込んだら渋々承知したし、ジェイは先の号泣事件をばらすぞと俺が耳打ちしたところ手のひらを返したように賛同した。
別にあの状況で泣いたからってそれほど恥ずかしくもないと思うんだが…… うちの勇者は変なことを気にするよな。
まあ、それはともかく…… サマンオサ行きに難色を示した奴がもう一人いる。それがアディナだ。
彼女はサマンオサ付近を根城にしているだけあって、かの国では指名手配されるほどの有名人なのだそうだ。城下に行くくらいなら問題ないようだが、今回は城内に入り王や王女などにも会うというし、気後れするのもわかる。
しかしその後に会いに行く怪物も気になるようで、アディナはどうしようかと頭を抱えて悩んでいた。そんな彼女にエミリアが適当百パーセントで、変装でもすればいいんじゃない、と声をかけたことで今のような状態に落ち着いたのだ。
服を替えるだけでなく長い黒髪のカツラもつけているからまず気付かれないだろう。
「お前…… あとで覚えてろよ……」
アディナは、廊下を歩いていてすれ違う兵士連中に笑顔を振りまきながら俺に低い声でつぶやいた。
まあそれはいいさ。それよりも驚くことがひとつ。
先にも述べたとおり、アディナの容姿は麗しいという部類に入る。加えて、カツラとはいえ艶やかな黒髪を携え女性らしい服で装っている彼女は、すれ違う兵士の悉くを振り返させている。すれ違う際にごまかしの意味を込めて微笑んでいるのも効いているだろう。
ガンドラントの跡取り…… 結構簡単に見つかんじゃねぇの?
「あっ、みんな、おかえり〜…… ってなんか増えてる?」
メルの部屋を訪れると、彼女は元気な笑顔を浮かべて挨拶を口にし、その後ほんの少し沈黙してから一目瞭然の変化に対し疑問を投げかけた。
疑問系にするまでもなく増えてるってば……
「テドンで偶然会ったんだ。こいつはケイティの兄貴でジェイ。お前的にはオルテガさんの息子……と紹介した方がいいのかな? それでこっちがエミリア。俺の妹で魔法使い。そっちの隅にいるのがア――ではなくてディニー」
ディニーというのは、アディナさんの偽名。何かよくわからないけど色々と都合があるみたいで、城下で服とかかつらを買って変装した上、偽名まで決めてから来たのだ。まあ、海賊という職業が関係しているだろうことは想像に難くない。
アランさんがさらに紹介を続ける。
「そして盗賊のバーニィに、よくわからないアマンダだ」
『おい』
あまりに端的過ぎるアランさんの紹介に、アマンダとバーニィとかって男が声を揃えて不満を示した。
とはいえ、バーニィとは特に面識があるわけでもないんだし、アランさんがあれ以上の紹介をするのは無理だろう。まあ、アマンダのことはもう少し詳しく紹介できると思うけど…… きっと面倒だったんじゃないかな。
アランさんは二人の不満の声を無視して、次にメルのことを紹介した。
「それでこいつはメル。正確にはメルシリア=デル=フォーン=サマンオサ。この国の王女様ってやつだ」
そんなアランさんの紹介を聞いてジェイのあほは眉根を寄せる。
「王女? とても見えないけど…… そうか! いわゆる庶子ってやつか! そんで嫡子に意地悪されて服も高価なもん着せて貰ってないんだろ?」
ぼかっ!!
とんでもないことを口走ってくれたバカ兄貴を思い切り殴る
「何すんだ! てめぇ!」
「やかましい! あんたこそ何バカなこと言ってくれちゃってるのよ! 初対面の相手に失礼ぶっこき過ぎなのよ!」
「仕方ねぇだろ! どっからどう見ても王女にゃ見えねぇんだからよ!」
なおも減らず口を続けるジェイを睨みつけて腰のナイフを抜こうとすると――
「いいってば、ケイティ。ティンシアじゃないけど、変に畏まれるよりそういう反応の方が嬉しいからさ。あ、念のため言っとくけど図星ってわけじゃないからね。お父様の子供はわたし一人だし、お父様はお母様以外の女の人なんていないよ〜」
前半はわたしの方を向いて、後半はジェイの方を向いて笑顔で元気一杯に話すメル。お父さんと話をしたら落ち着いたのか、テドンに向う前と比べるとその顔に無理は感じられない。
「ふ〜ん。まあどっちでもいいけどな、そんなの。それよりさ、君のデルっていうミドルネーム、ロマリア王家のミドルネームと同じだよな。関係あるのか?」
と、ジェイ。
私はその言葉を聞いて、そういえばそうだなぁと今更ながらに気付く。というか、それに気付いたきっかけがバカ兄貴であるのがかなり気に食わない。
「ロマリアのカミ爺――カミーラ国王はお父様の従兄弟なの。つまりわたしのお爺様とロマリアの前の国王様が兄弟なんだ」
メルは私の心の変化もお構いなしに丁寧な説明をした。
その説明の中に出てきたカミーラ陛下の名前を聞いて、私は嫌なことを思い出す。あの時の男装、ジェイの奴に見られなくてよかったわ…… どんだけ馬鹿にされるか――
「そういや、お前ロマリアで男装なんてしたらしいな?」
どがああぁぁぁぁああん!!
「な、何でそんなこと知ってんのよ!」
アランさんと同時に壁に頭を打ち付けてから、私はジェイをきつく睨みつけて早口に捲くし立てる。
「ロマリアに寄った時に王様の口から直接聞いたんだよ。アランさんもドレス着たり――」
「ちょっと待ったーっ! そういうことを軽々しく言うなよ、ジェイ!」
アランさんはジェイの言葉を大あわてで遮って叫ぶ。
しかし、既に発せられた言葉だけで大体のことは知れてしまうようで――
「アランさん、ドレスなんて着たんですか〜?」
「くすくす、結構似合いそうですね」
と、メルとアリシアさん。
アランさんは顔を赤く染めて頭を抱えている。気の毒な……
ていうか話題変えよう。私もこの話題続いて欲しくないし。
『ところで――』
むっ! 重なった声はあほ兄貴。
私がジェイを睨むと、向こうもやはりこちらを睨みつける。
「ほら、そこら辺にしろ。それでどうしたんだ? まずはジェイ」
と、立ち直ったアランさんがすぐに私達を宥めつけ、ジェイに先を促す。
彼は今みたいな状況になるといつもフォローに入る。それはいいのだけど、大概兄であるという理由だけでジェイの話を先に聞くからそこは不満だ。
「……この後は直ぐに怪物のところに行くのか?」
こちらを睨みつつ少し沈黙してから、ジェイはそう言った。聞こうとしていたことまで同じだったことがわかってかなりムカツク……
「ライラス陛下にご挨拶して、その後は直ぐに向っても――」
「ちょい待ち。一応いくつか下準備していった方がいいわ」
答えたアリシアさんを遮ったのはアマンダ。テドンで聞いたけど、彼女もやはり魔族であり、すでに何万年も生きているという……けど、ルイーダの酒場で働いているか、もしくは酒を飲んでいる隣人としての彼女しか知らないからすっごい違和感。
「下準備というのは?」
アリシアさんが訊いた。
「まず戦力の調整ね。あれの相手をするとなると、ジェイとかウサネコちゃんとか、剣術が主で広域攻撃ができない奴らは完璧足手まといよ。だから念じるだけで魔法の効果を発揮する剣みたいなのをゲットするのがひとつ」
「では――」
「そうね。あんたの父さんのとこに行くことになるわね」
どこかふざけているような口調で話すアマンダと、それに真剣な面持ちで答えるアリシアさん。アマンダは普段から不真面目気味で、アリシアさんが基本真面目一直線だから、二人が話しているとちょっと妙な感じだ。
いや、それよりも――
「何でアリシアさんのお父さんのところに行くのよ?」
会話の因果関係がさっぱり掴めない。
「私の父は魔力のこもった品を作るのが得意なんです」
アマンダに問いかけたんだけど、まず答えたのはアリシアさんだった。その後にアマンダが続く。
「あたしはそういう細かいのは苦手なんだけど、あいつはあたしの十分の一も生きてないくせにそういうのだけは一人前でね。まあ、もともと細かい魔力操作は竜族が一番得意とする分野だし、当然っちゃあ当然なんだけどさ」
「? 竜族ってのはなんだ?」
と、バーニィ。
「う〜ん、めんどいからパス。アリシア頼むわ」
アマンダが丸投げすると、アリシアさんは嫌な顔ひとつせずに言葉を紡ぐ。
「一般に原種と呼ばれる種族がいます。精霊にエルフ、ドワーフ、人間、そして竜族の五種ですね。精霊はほぼ魔力のみの存在で、エルフは物質としての脆い肉体に極限まで魔力が集った存在。ドワーフは、魔力はほぼないに等しいですけど体は極めて丈夫。人間は肉体も魔力ももっとも脆弱と言われていますが、原種の中では一番繁殖力があり、その数は今の世界からも分かるとおり最多です。そして最後に竜族ですが……強靭な肉体にエルフほどではないにしても強大な魔力、加えて緻密な魔力操作。その血が濃ければ自身の体を竜に変える術まで使うことができます。父は純血の竜族の方を母としていて、やはり緻密な魔力操作を得意としているのです。それで趣味として、イシス国で開発しているような魔法具を作っていたりするんですよ」
と、軽快に言葉を紡ぐアリシアさん。一切詰まらずに今の長い説明を口にするのはすごいと思う。
「ふ〜ん。それでその人に、魔力剣を都合してもらおうってわけか」
「ま、そういうこと」
バカ兄貴の呟きにアマンダが適当に返し、さらに先を続ける。
「それと武器の他にもう一個。エジンベア国の秘宝もかっぱらって来ないといけないわ」
「エジンベア国の秘宝というと…… 渇きの壷ですか?」
「そ。取り敢えず触手より本体をどうにかしないといけないし、それには海の水は邪魔っしょ? そうなるとあらゆるものに渇きを齎すあの壷は手に入れておきたいわね」
渇きの壷の存在は知っていたし、それによって水分を自由自在に操れることも知っていたけど、海の水まで枯渇させることができるものなのかしら?
「つーか、かっぱらうのかよ」
これはバーニィのつっこみ。
「国宝ってくらいだし、簡単に貸し出しちゃくれないでしょ。つーわけで、そっちはウサネコちゃんに頼んでいいかしら? 本業っしょ」
アマンダの言葉に、バーニィは呆れ顔で肩をすくめ、
「ま、いいけどな。ディニーさんも一緒に来ますかい?」
とアディナさんの方を見て、含んだ笑いを浮かべる。
アディナさんも海賊ということだし、そういうことから来た誘いだろう。からかいの意味も大いに含まれていると思うけどね。
「そ、そうですわね。バーニィさんのお仕事に興味もございますし、お供いたしますわ」
アディナは一瞬バーニィを睨みつけてから、微笑を浮かべて丁寧に返した。
中々の名演技だと思う。これなら元を知らない男の一人や二人は簡単に騙せてしまうだろう。
「ところで、そっちのお兄さんって、アリアハンの闘技大会に出てたよね?」
と、メルの突然の問い。その向う先はバーニィ。
「ん? ああ、お前たしか決勝で……」
彼はメルの顔をまじまじと見てから、漸くその言葉を紡いだ。
そういえばアリアハンの闘技大会、メルは準優勝。それでこっちの盗賊が優勝したんだっけ。私はちゃんと見てなかったから覚えてないんだけど……
「そ。久し振り〜。そうだ、もっかい勝負しよ! 負けっぱなしじゃ気持ち悪いし」
「別に構わないが、それはやることやってからにしようぜ」
と、元気一杯に挑戦をたたきつけたメルに、バーニィは意外にも常識的な意見を返す。盗賊というわりに、ジェイよりは常識の伴った人物のようである。
「よ〜し! じゃあ、ぱぱっとお父様のとこ行って、ぱぱっと準備して、ぱぱっと怪物倒しちゃお〜!」
バーニィの言葉を受けたメルは、右手を振り上げてそう宣言し、元気一杯に部屋を飛び出す。たぶんライラス国王のいるところへ向うのだろう。
私達は苦笑しつつ彼女の後に続いて部屋を出た。
「やっほ〜、お父様〜!」
ライラスのおっさんの手伝いをしていると、メルがぞろぞろと大人数を引き連れてやってきた。見た顔もいれば見ない顔もいる。
「どうした? メル」
と、おっさん。表情が微妙なのは、さっきメルに付き合わされてあり得ない量の食事を取ったためだろう。今でも腹が苦しいらしいし。
「そろそろ出発するから知らせに来たんだよ」
「……もう出発するのか? ゆっくりしていけばいいものを」
残念そうにおっさんが言った。
「駄目だよ! 巨大海獣がわたしを呼んでるんだから!」
窓の外を指差して元気一杯に叫ぶメル。王女がこんな馬鹿じゃ、この国の将来が心配になるぜ。
「巨大海獣か…… それを聞くと是が非でも行かせたくなくなるが、どうせ言っても聞かぬだろうしな」
「そういうこと〜」
「ところで、見知らぬ者が何人かいるようだが?」
メルの気の抜けた返事に脱力してから、おっさんは彼女の後ろにいる面々に目を向け言った。それに対し、黒髪が逆立っている――俺のぱくりみたいな髪型をしている男が口を開いた。
「お初にお目にかかります。ライラス陛下。私はアリアハン国王の命により、魔王討伐の旅を続けているジェイ=グランディアと申します。そしてこちらは旅の仲間エミリア、バーニィ、アマンダ、そしてディニーです」
慇懃に言葉を紡いだジェイと、その紹介を受けて恭しく頭を下げるエミリアちゃんとバーニィ、ディニーさん。アマンダさんだけは片手を上げて適当な挨拶をしている。
「ん? グランディアってこたぁ、お前もオルテガの子供ってことか?」
「……まあ、そうなりますね。それで、貴方は?」
聞いた俺に、ジェイは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
そうだな。相手が男とはいえ名乗らないのは失礼ってもんだな。ジェイの後ろにいるクールな目元の将来有望そうなエミリアちゃんと、きらめく金髪が綺麗なアマンダさん、それから綺麗な黒髪のディニーさんも気になるし、自己紹介はしておくに越したことはない。
「俺はレイル=ジークダム。一応、近衛兵なんてもんをやってる。よろしくな」
そう言って手を差し出すと、ジェイはその手を軽く握り返して、ご丁寧にどうも、と適当な返事をしてライラスのおっさんに改めて向きなおる。
さっきの慇懃な様子とは打って変わって微妙に礼儀知らずな行動。どうも、腹に一物ありそうないい性格のお子様のようだな。
さてと、それはさておき……
「ところでエミリアちゃん、今度一緒にお茶でもどうかな?」
なおも慇懃に挨拶を続けるジェイを横目に、エミリアちゃんにそう声をかけると、
「………………」
完璧に無視。
う〜ん、クールな見た目どおりの素敵な反応だねぇ。
とはいえ、これではその後が続かないし、
「綺麗な髪ですね、ディニーさん。それに――」
ディニーさんの手を取り――
「綺麗な指だ」
「てっ! ……えっと、止めて下さい」
彼女は表情を険しくして大きな声を出したかと思ったら、直ぐに顔を伏せて手を震わせ弱々しく言った。
照れているようである。う〜ん、可愛いなぁ。とはいえ、ここは潔く引いた方がよさげか。
ディニーさんの手を放し、次は――
「では、アマンダさん。俺の魔法で華麗に空の散歩としゃれこみませんか?」
「あら、素敵ね。だけど生憎これから予定があるのよね。また今度にしてもらえるかしら?」
俺の言葉を受けてアマンダさんは、柔らかな笑みを浮かべ、しかしはっきりと拒絶の色を携えて言葉を紡いだ。
ここまで露骨な態度を取られることは珍しい。まあ、それでも俺はめげずに、
「それでしたら、その予定とやらをお手伝いしますよ」
「うざっ。あ、でも…… ねぇ、あんた。メラゾーマとかベギラゴン辺りは使えるわけ?」
明らかにうざいと言った後に、笑顔で声をかけてくるアマンダさん。う〜ん、これはこれでいい感じの反応だねぇ。
「攻撃呪文なら大体使えますよ。補助呪文はマホトーンとレムオル、モシャスくらいしか使えませんがね」
俺はどうも攻撃系以外とは相性が悪いらしいんだ。そのくせ難しい魔法のはずのレムオルとかモシャスが使えるから、この国の魔法研究者に散々調査されまくってうざったいったらなかったぜ。研究者が綺麗なお姉さんとかならまだしも、よぼよぼの爺さんだったしよ。
「へぇ、それなら遠慮なく手伝ってもらいましょうかね。レムオルもさっそく役に立つだろうし」
「よろこんで!」
「レイル。片っ端から声かけてると、最低男にしか見えないよ」
という注意をしてくれたのはケイティちゃん。
「やきもちをやいてくれるなんて嬉しいなぁ」
「違うから」
笑顔でそうきっぱり言うところも可愛い。
と、そこで漸くジェイとライラスのおっさんの話が終わったみたいだ。
「おっさん、俺もついていくことにしたから、仕事の手伝いはガダルにでもして貰ってくれや」
「ガダルは他の仕事で手一杯であるし頼むわけにもいかぬよ。まあ、他の近衛兵でも引っ張ってくるか。サイモンが帰ってくれば、あやつに頼むのだがな」
「あ〜、そうだな。親父、事務作業とか結構好きだしな」
「サイモン様はまだお戻りにならないのですか?」
そう聞いてきたのはアリシアさん。
「そうなんですよ。メルが見つからなくても、三日か四日前くらいに一旦帰ってくる手はずになってたんすけど…… どこほっつき歩いてるのやら」
「どこかの名物料理に夢中になってるんじゃない?」
と、馬鹿な発言をするのは言うまでもなく馬鹿王女。
「お前じゃあるまいし」
「何言ってるのよ! 現地の名物料理を食べるのは旅人の義務よ!」
メルは自信満々に叫ぶ。
それに対し俺は突っ込む気満々だったのだが、メルの後ろでケイティちゃんがやはり自信満々に頷いているのを見てできなくなった。可愛い娘の意見には死んでも納得しとけっていう格言もあるしな。
「ま、まあ、何にしてもそのうち帰ってくるだろうよ。それで、どこに行くのか知らないけど、さっそく出発するのかい?」
「あ、ライラス様にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
俺が気を取り直し皆の方を向いて訊くと、アリシアさんが一歩前に出ておっさんに声をかけた。
「なんだね?」
「今回の事件の犯人の方達はどうなされるのですか?」
その質問におっさんはかすかに表情を歪める。
未だに公式には発表されていないし、関係者のごく一部しか知らないが、やはり偽王の正体はガヴィラのおっさんだった。起こした事件の規模や被害を考えると、以前のような国外追放で済むとは到底思えず、ライラスのおっさんとしてはかなり複雑な心境なのである。
もっとも、アリシアさんが気にしているのはジュダンの方だと思うけどな。ついさっき――ケイティちゃん達が帰ってくる前にメルが、二人は知り合いなのだと話していた。
「その後の調査で国の上層部の者達も関与していたことがわかったが…… その者達はどうも魔法でちょっとした意思操作をされていたようであり、不問に帰すこととなった。ただ、主犯格だった三人については私の管理から離れ、新たに発足した組織の者達と民間の代表達で検討しているところだ」
と、ライラスのおっさんは歪めた顔を瞬時に切り替え、すらすらと近況を報告した。さらに続けて、
「とはいえ、安心してくれ。ジュダンについては、彼の考慮するに値する身の上や、事件に協力するに至る上で騙されていた点を進言しておいたゆえ、極刑ということは少なくともないだろう」
「そうですか…… 感謝します、ライラス様」
おっさんの説明を聞いてから、アリシアさんは嬉しそうに、そしてどこか申し訳なさそうに礼を言った。何かと深く考えている人みたいだし、ガヴィラのおっさんのこととかを察して心を痛めているのかもしれない。優しいところも素敵だ。
「ちょい待って。今ジュダンって言った?」
と、アマンダさん。
「ああ、言い忘れていました。今挙がったジュダンさんですが魔族のお一人でして…… もしかして知っておいででしたか? アマンダ様」
「知っておいででしたよ! おもっきしね! あいつ、何かやったわけ?」
アリシアさんが丁寧に訊くと、アマンダさんは大きな瞳を吊り上げて早口に捲くし立てた。
「いわゆる国家転覆のお手伝いだな」
と、アラン。
「……何やってんだか。ていうか、牢屋にいるのね?」
「ああ。牢の一番奥に入れている。もっとも偶に抜け出しておるが」
「……ちょっと行ってくるわ」
ライラスのおっさんの返事を聞き、アマンダさんはそう呟いてその場から姿を消した。
空間移動の術を使えるということは相当魔力の操作に慣れているらしい。綺麗なだけじゃなく実力もかね揃えているなんて……素敵だ。
「ただいま」
消えた時と同じように、突然現れたアマンダさん。にしてもえらく早い。
「早かったですね、アマンダ様」
「ぱっと行って、ぶん殴って、一声かけてきただけだからね」
「何て声かけてきたんだ?」
これはバーニィとかって盗賊。
「しっかり罪を償って、そんでなおかつ生きてたらいつでも戻ってきなさいって」
やる気なさげな口調でそう答えるアマンダさん。
う〜ん……
「綺麗で実力もあって、なおかつ優しさに溢れているだなんて…… 貴女はまるで女神だ。俺をそんな貴女の信徒にしてくれませんか?」
彼女のあまりの魅力に思わず跪いてそう言うと、女神は素敵な笑顔を浮かべて次のようにのたまった。
「あんた、頭大丈夫?」
「なあ、何かすごい見られてる……っていうか、すごい睨まれてるんだが?」
「適当に無視しとけば?」
周りから浴びせられる視線に思わず呟くと、エミリアは何の興味もなさそうに進む方向だけを真っ直ぐに見詰めつつそう返した。
まあ、確かに気にしても仕方がないわけだし、無視して先に進めばいいのだろうが……
俺とエミリアは二人でエルフの里に来ている。
エミリアは普通に魔法が使えるから武器を強化する必要はないし――というか武器をそもそも持っていないし、俺の場合はジパングで手に入れた草薙の剣があるため、やはり武器を強化する必要がなかった。アマンダが言うには草薙の剣は今回かなり重要になってくるようで、持ち主たる俺は魔力のこもった剣とか作らないでいいから、それを振るうのに集中してくれとのこと。
そうなってくるとアリシアの父さんが武器を造っている間、俺は暇でしょうがないということになるわけで…… せっかくなので、ジェイの側にいたがるエミリアを何とか説得して母さんがいるというエルフの里に連れてきてもらったってわけだ。
それにしても何でこうも注目された上に睨まれるのか? エルフは人間嫌いというのは聞いたことがあるが、それにしたってここまで露骨に睨むか?
「なあ、お前、前に来た時に何かしたんじゃないのか?」
ジェイとこいつがペアになっていれば、反感を買うことの百や二百はやっていそうだ。
「別に大したことはしてないわ。向こうが礼儀知らずなだけよ」
「……そうか?」
顔色も変えずに返事をするエミリアを見詰め、これ以上訊いても無駄だろうと思い適当な返事をしてその会話を打ち切ることにする。
よく考えたらこいつ無自覚で反感買うから、訊いたところで仕方ないってもんだな。
しゅっ!
「久しいな…… たしかエミリア……という名だったか?」
そこで急に目の前に現れたのは緑の髪を長く伸ばした女性。人間とは違う尖った耳が特徴的なその外見――エルフ。
事前に聞いていた外見的特徴から考えて、この人がエルフの女王なのだろう。
「久し振りね。クソババァ」
「おい」
エルフの女王を軽く睨みながら暴言を吐くエミリアに、脱力して疲れた声でつっこむ。
やっぱり『何か』してるじゃないか……
さっきの発言に呼応して、周りにいた他のエルフの目つきがさらにきつくなったし。
「相変わらずだな、娘。時にそちらの男は……雰囲気から察するにエイミーの息子といったところか?」
女王はエミリアの発言に怒るでもなく、寧ろおかしそうに瞳を細めてからこちらを向いて言った。
「お初にお目にかかります、エルフの女王。アラン=ロートシルトと申します。それで母さ――いえ、母はどこに?」
俺がエミリアの分も敬意を払おうと、はやる気持ちを抑えて挨拶、自己紹介をきっちりしてから訊くと、
「ふむ、そちらの娘とは違い礼節をわきまえた男のようだな。しかしこうまで性格が違うとは、中々に面白味がある者達だ」
そう言っておかしそうに――というにはやや躊躇するような仏頂面でこちらを見る女王。そして先を続ける。
「エイミーはそこの脇道を入って二番目の家屋で暮らしている。好きに会いに行くといい。では、我は仕事に戻らせてもらう」
そう一方的に言ってから、来た時同様急に消える。
俺は女王がいた空間――今は誰もいない空間に向って頭を下げる。愛想は相当悪いようだが中々に親切な人だ。わざわざ仕事を中断して迎えてくれたみたいだしな。
「それじゃ、兄さん。後は一人で行けるわね」
すでにいない女王に敬意を払っている俺に、エミリアはそう言い放って返事も待たずにルーラでこの地を発った。
…………いや、キメラの翼持ってるから帰りはどうにでもなるし、エミリアのやつに母さんと会うことを強要するつもりもないが……
「行くか……」
何とも形容し難い心持ちになりながら呟き、女王が示した脇道に向う。
心なし周りの視線から敵対的なものが消え、生暖かい雰囲気が感じられるようになった気がする。
「なんかあっけなくて物足りねぇんだけど…… もっと熟練の侵入技術を見せる場が欲しいっつーか……」
ここはエジンベア城の宝物庫。レイル、アディナと一緒に忍び込んだのがついさっきのことだ。
さて、なぜレイルまでエジンベアに来ているかというと――
「人がせっかくレムオル要員としてついてきてやったてのに何つー言い草だ! たくっ! こんな失礼な奴はほっといて、俺らは二人の愛の探索といきましょう、ディニーさん。ついでに渇きの壷を見つけられたら一石二鳥♪」
というわけである。後半は適当に無視しとこう。知り合ったばかりでも、まともに相手にすると疲れることくらいわかる。
「……止めて下さい。恥ずかしい……ですわ」
声をかけられたディニーことアディナは弱々しい声色で伏目がちに返したが、俺のがわから見える後ろ手に汲まれた手は怒りで筋張っていた。
そうとう頭にきてるな、ありゃ……
ん? 待てよ。
「おい、アディナ。このレイルだけなら仮装してる必要もねぇだろ。いつもの格好と性格なら、こいつもしつこく構わねぇだろうし……」
「仮装っつーな! それと後半のセリフは聞き捨てならねぇぞ!」
耳打ちした俺に小声で返し、目を吊り上げ詰め寄るアディナ。
しかし、一理あるとでも思ったのかレイルに向きなおり上目遣いに声をかける。
こいつの気色の悪い演技も段々見慣れてきたな……
「あの…… レイルさん」
「ん? なんだい?」
「レイルさんは犯罪に手を染めた女の子をどう思いますか? 例えば泥棒とか」
レイルは、アディナの言葉に二、三度目をしばたいてから、なぜか満面の笑みになり口を開いた。
「そんなことは問題じゃないさ。俺は何があったって女の子の味方だぜ。そう、例え君がどんな罪を犯していたとしても、俺の海よりも深い心で受け止めてみせよう」
金を積まれても吐きたくないこっ恥ずかしいセリフを、レイルが朗々と謳うように語ると――
「くっくっくっく……」
アディナは肩を震わせて含み笑いをしだした。
そして――
「あ〜、やっと暑苦しい格好からおさらばできるぜ!」
そう叫んで、器用にカツラと服を脱ぎ捨てるアディナ。下から現れたのはいつも通りの少年海賊風な服と、鮮やかな赤い髪。
さすがのレイルもそれを見て戸惑いの色を瞳に浮かべる。
「? え〜と…… ディニーさん?」
「あたいの名前はアディナだ! アディナ=ガンドラント! お前もサマンオサに住んでんなら聞いたことくらいあんだろ?」
アディナの変わりように瞳を見開いていたレイルは、その名前を聞いて震え上がり――はしなかった。
「とすると、ディニーさん……ではなくアディナさんは、ガンドラント海賊団の一員なのですか?」
相変わらずの笑みを携えてアディナに詰め寄るレイル。
そんな彼にアディナは微妙に引いて、
「あ、ああ。あたいはガンドラント海賊団の頭だ」
そう答えた。
それを聞いたレイルは額に手をもっていきかぶりを振った後、
「まさか、かの有名な海賊団の頭が貴女のような美しい女性とは…… 貴女となら幾多の罪と共に生きるのも悪くない。どうか俺を子分にしてもらえませんか?」
正体を明かしても変わらずに詰め寄るレイルの様子に、アディナは青筋を立て、さらに大きく身震いしこちらへ飛び退る。
「おい! バーニィ! こいつどうにかしろ! キモ過ぎる!」
なぜか俺の胸倉を掴んで必死に、しかしあくまでも小声で文句を垂れるアディナ。侵入者としての自覚は一応持っているらしい。
つーか、俺にいわれてもな…… それに傍目で見てる分には面白いし、あまりどうにかする気も起きない。
そんなことを考えていると、その騒動を止める声が横から突然かけられた。
「君達は探し物をみつける気があるのか?」
完全に呆れ果てた男の声。
俺達はその声の主の方に素早く向きなおり身構える。見張りの兵士か何かに見とがめられたのかと思ったのだが――
『お前……』
見たことのある顔に思わず呟くとレイルと声が重なった。
ただ、レイルの顔は俺と違って険しいままだ。
「知ってるのか?」
「サマンオサの事件で偽王のやつを操っていたと思われてる奴だ」
「それは心外だな。僕は機会と少々の力を与えてやっただけだぞ」
男は笑顔でそう言ってから俺に瞳を向ける。
「君は姉さんと旅をしている子だったな。姉さんの相手は大変だろう?」
「へ? ああ、まあもう慣れたよ。あんたこそ、あれが姉だなんて大変だな」
突然の問いに戸惑いながらも、本音と正直な感想をぶちまける。すると、
「もうあきらめてるよ」
そう言って可笑しそうに笑う男。笑った顔がアマンダに似ているような気もする。
「てことは、こいつはアマンダの弟か…… すると、味方なのか?」
アディナの問いに即肯定を返しそうになるが、レイルの話を思い出して踏みとどまる。味方……なんだろうか?
「愛しのアマンダさんの弟だろうと、サマンオサに仇名す野郎は敵だ、敵!」
と、意外にも瞳を吊り上げて男を指差しなじるレイル。
彼の優先事項は一番がサマンオサらしい。まあ、アマンダの家族でも男は気に食わないというだけなのかもしれないが……
「そう目の敵にするな。今は味方のつもりだぞ。渇きの壷があるところに連れて行ってやる」
と、男。
俺とアディナは、そして憤慨していたレイルまでもが、きょとんしてから顔を見合わせる。
その間に男はさらに言葉を続ける。
「それから僕の名前はゾーマ。ジュダンに聞かなかったか?」
そう男が――ゾーマが言った時、俺達の見ている景色は一瞬にして変化した。
「お久し振りです、アマンダ様!」
そう叫びながら、こちらに向かって一直線でやってくる犬っころを思い切り蹴り上げる。
どがっ!
「ぐっ。痛いです…… アマンダ様……」
「そりゃそうでしょ、蹴られたんだから」
ぴくつきながら言葉を搾り出す犬畜生を踏みつけつつ返す。
「アマンダ様…… もうその辺に」
アリシアが後ろの方で止めているが、聞く気は一切なし!
「あんたは相変わらずねぇ、ラッセル。もう百超えるんだし、いい加減モシャスで動物に化けて女の子に触り放題うはうは、とかやるの止めたら?」
「失礼な! これはアニマルテラピーなんですよ。ふわふわもこもこで癒しを与えるためにやっているのであって、女の子に抱かれるためにやるなんてそんな破廉恥な理由じゃありません! ということで…… アリシア様ぁ」
語るに落ちたとしか思えないラッセルの言葉に呆れていると、彼は懲りずにアリシアに向って駆け出した。人が好い上に、動物好きなアリシアは普通に抱きとめようとしているが……
どがあぁぁん!
今度は少し弱めのイオをぶつけてやる。
さすがのラッセルも軽く焦げつつ地面につっぷした。
「アマンダ様、さすがにやり過ぎですよ…… それにラッセルさんが化ける動物は触り心地が良くてお勧めですよ?」
軽く非難の瞳を向けてから、すぐに笑顔に戻ってそんなことを勧めだすアリシア。
そういう問題じゃないでしょうに…… 微妙にずれてるわね、この娘は。
「いたた…… ひどいですよ、アマンダ様。何も魔法まで使わなくても……」
土埃を払いながらそう言ったラッセルは、もう犬の格好ではなかった。鮮やかな銀の髪を肩辺りまで伸ばしているその見た目は、性別を知っていても女かと思うような麗しさ。相変わらず、顔だけは無駄にいい。
「そいつ…… 女じゃねぇの?」
見た目だけならそう思うのも当然な疑問をジェイが口にした。
「正真正銘男よ。見た目はこうだけど、中身はエロおやじだから女性陣は気をつけなさい」
そう返すと、ジェイは感心したように口笛を吹き、ケイティとメルとかいう子は笑顔で一歩引いた。
「変なこと言わないで下さいよ、アマンダ様。あ、ぼくはラッセル=バーミーズといいます」
「ジェイだ」
「……ケイティです」
「メルで〜す!」
と、一通りの紹介が済むとラッセルは、ケイティとメルの方を向いて笑顔になった。
懲りずにまた動物作戦でも実行するのかと思ったら――
「君たちにはイシスで一度会ったね」
とか言い出した。
「え? いえ、覚えがありませんけど…… メルは?」
「わたしも知らないよ」
「ああ、ほら。イシス城の入り口で猫さんが寄ってきたことがあったでしょう? あの時ですよ」
戸惑った様子で話す二人に、アリシアがフォローに入った。
ラッセルはモシャスで変装して諜報活動をするのが常だ。イシス城の猫というのもその最中のことだったのだろう。そしてついでに、女中とかに抱かれるという特典も満喫したりしていたことと思う。
「ああ、あの時の…… って、何で私のこと避けたわけ?」
「そうだよ〜。わたしも避けたでしょ? あれでガラスの心が修復不可能なくらいに壊れちゃったんだからね!」
と、険しい顔で詰め寄る少女二人。
内容から察するに、ラッセルの奴が二人を無視してアリシアに一直線で向ったといったところだろう。
「あの時はアリシア様に報告があったんだよ。イシスの重鎮の部屋を一通り調べたり、その重鎮連中に化けて事情を知ってそうな人に話を聞いて回ったり。それでも十七年前の首謀者については一切出てこなくてね。その報告。参加していたらしい国の諜報活動はあれで終わったし、ここまで首謀者についての情報が出てこないとなると…… キース様の予想は合ってるのかもしれないなぁ」
前半はケイティ、メルに言い訳がましく話し、後半は口の中で小さく呟く。
この口ぶりだと、やっぱりキースも企てたのが誰なのかくらいの予想はつけているらしい。だったらアリシアにも知らせておいてよって感じだけど…… 娘にいらない心配させてさ。教えとけば、お父様が人間への復讐を考えてるんだったら絶対止めてみせる! なんていう悲痛な決意を一時的にでもさせずに済んだだろうに……
アリシアを横目で見ると、その横顔には安堵の色が見えた。聡明なあの子のことだし、今のラッセルの言葉でキースが馬鹿なことを考えていないっていうのはわかったことだろう。
「あっ、でも――」
そこで声を上げたのはラッセル。どうかしたのだろうか?
「アリシア様の方が抱かれ心地がよさそうっていう理由もなきにしもあらずでした」
満面の笑みで余計なことを言ったラッセルは、少女二人の怒りを一身に受けて地に伏せた。
コンコンッ。
編み物をしていると玄関のドアが遠慮がちに叩かれた。
誰だろう? 今日は特に来客の予定はなかったはずだけど……
「はい。どちら様ですか?」
と言いつつ素早くドアを開ける。
そこに立っていたのは――アロガン?
二十年ほど前、この里で出会った私の夫。今目の前にいる人は彼と瓜二つだった。しかしそんなはずはない。彼は人間――著しく時の影響を受ける種族なのだから。
なら、そこから導き出せる結論は――
「あの、俺……」
「大きく……なったわね、アラン」
意識せずとも自然に笑みがこぼれる。六つまでしか一緒にいてあげられなかった私の息子。
「母……さん…… 久し振り……です。会えて嬉しいです、本当に」
「私もよ。元気だった? エミリアとは仲良くしてる?」
思わず嗚咽が漏れそうになるのを、笑顔で質問を続けることで誤魔化す。
その質問のひとつひとつに対し、アランは丁寧に嬉しそうに話す。二十歳になる息子を可愛いとか思ったら嫌がられるかしらね。
と、そこで急にアランの瞳に影が落ちる。
「母さん、ごめん。エミリアの奴もここまで来たんだけど、帰っちゃったんだ……」
本当にすまなそうに肩を落として言うアラン。
たしかにエミリアに会えないのはつらいけれど、それよりもアランが素直ないい子に育ってくれていることの方が嬉しいと思った。アロガンに似ていたらこうはいかないだろうし、似ているのは外見だけのようだ。
「いいのよ。仕方ないわ。話したことも会ったこともないんですもの。貴方が会いに来てくれただけで充分よ」
勿論少々嘘を吐いている。充分などではない。エミリアにも会いたい。
それでもそれは、私から望むものではあり得ない。エミリアが望んで、初めて成り立つ邂逅なのだから。
「だけど――」
「エイミー!」
なおも続けようとしたアランの言葉を遮った声に、私は耳を疑った。
聞き覚えのある声、そして駆け寄ってくるその姿は――
「親父! なんで?」
どごっ!!
私の目の前で、向ってきたアロガンがアランを突き飛ばした。あんまりな展開に目をパチクリさせていると――
がばっ!
彼は周りを気にすることもなく思い切り抱きついてきた。
以前と比べ力強さに欠けるし、目の淵や口もとにシワができていたりはするけれど、目の前にはたしかに私の愛した男の人がいた。
「あなた…… すっかり老けましたね」
「だが、心は今でも十八だよ」
私が正直な感想を漏らすと、アロガンは少し戸惑ってから笑顔になってそう言った。
「くすくす、息子よりも年下でどうするんですか?」
笑いながらそう返すと、やはりアロガンも大きな声で笑った。
それにしてもどうやってこの場所に来たのだろうか? 女王様は夢見るルビーに関するジェイ君達の活躍から、人間に対する評価をほんの少しだけいい方向に改められたようだけど、それでも里の周りの結界は相変わらず張られているし、普通の人間であるアロガンがその足で訪れることはできない。
「アロガン。どうやってここまで?」
「ん? ああ、そいつは……」
私の質問にアロガンは可笑しそうに口を歪めて、私を抱いていた腕を解いて視線で彼がやってきた方向を示した。
そこにいたのは、
「………………」
「エミ……リア?」
そこにいたのは見覚えのある少女。ジェイ君がこの地を発った時に、その隣に佇んでいるのを一度みたきりだったが、それでも私の記憶に強く刻まれている大事な娘。
「なんだよ。お前、戻ったんじゃなくて父さんを呼びに行ってたのか? 言ってくれりゃあよかったのに」
エミリアはアランの言葉には取り合わずに、こちらを真っ直ぐに見詰め一直線に向ってきた。ジェイ君が渡した髪止めが前髪の右側を止めている。
「来る前にジェイに聞いたわ。この髪止めはジェイと貴女からのプレゼントだったって。それで、その…… 一応お礼を言っとこうと思って来たわけだけど……」
鋭い目つきで淡々と話すエミリアを見て、アロガンが私にプロポーズした時のことを思い出した。それでつい笑いそうになったんだけれど、さすがにそこは耐える。
「おか…… おかあ……さ…………」
まるで口にするのを禁じられた言葉を言おうとしているみたいに、何度も途切れ途切れに話す様子を見てまた笑いそうになる。
プロポーズの時、アロガンは俺と一緒にけっ……毛糸のマフラーを編みませんか、と真面目な顔で言い、そのために一週間ほど編み物のレクチャーをしてあげたことがあったのを思い出したからだ。
エミリアはアランと違って順調にアロガンに似てきているようである。見た目はともかくとして。
そして愈々、エミリアが瞳に決意を込めて口を開く。ただ、アロガンに似ているのならば、ここで素直に言葉を紡ぐことは――
「お……ばさん! どうもありがとう!!」
エミリアはそう言い放ってさっさと私の側から離れ、さっそくルーラを唱えようとしている。そんな彼女の挙動を可愛いと思いつつ(十四歳の娘が相手なら可愛いでもいいわよね)、
「髪止めつけてくれてありがとう、エミリア。とても……嬉しいわ」
そう声をかけるとエミリアは一瞬だけ、アロガンと付き合いが長ければ何とか判別できるだろう微妙な笑顔を、親子らしくまったく同じように浮かべ、
「じゃあ、先に戻ってるわよ、兄さん」
そうアランに一声かけてからルーラで飛んでいった。
転移魔法が生み出した軌跡を眺めていると横に並んでいたアロガンが呟いた。
「あいつの素直じゃないところは誰に似たんだろうな」
「あなただと思うわ」
「どう考えても親父だろ?」
示し合わせたように同じ意見を言った私とアランは、顔を見合わせて笑い出す。アロガンもまた、そんな私達をしばらく眺めてから大きく笑い出した。
……私は、エルフとしての長き生を終える時が来るまで今日この時を忘れることはないだろう、絶対に。
渇きの壷は厳重な封印の中央に置かれていた。この部屋はその封印のためだけに作られたもののようで、強い魔力が満ちている。
その封印の頑強さは人間が作り上げたにしては大層なものであるが、僕にしてみればそれを解くことは赤子の手をひねるのと同じくらいに容易い。
腕の一振りで解除を実行し、さらに渇きの壷の能力を少々押さえるための処置も施す。
渇きの壷は特に制御をしないと周りの水分を全て吸い上げてしまう。人間達が封印を施したのも、そのような困った効果が原因だろう。もっとも、使うためには今僕が為した処置もまた解除する必要があるが、呆気にとられて僕の作業を眺めている人間達には姉さんがついているし、それを実行することは容易いだろう。
「ほら、これが渇きの壷だ。持っていくといい」
「あ、ああ」
少々でか過ぎる壷を、この前姉さんと一緒にいた男に渡すと、男は生返事を返しながら両手で壷を抱える。表情から察するに、何がなにやらわからないと言ったところだろう。
まあ、これで僕の用は終わったし、さっさと――
「おい! お前、何で今回は協力すんだよ! この間、俺達をボコボコにしてくれたこと、まさか忘れたとは言わせねぇぞ!」
魔力を集めて空間を渡ろうとした時、その魔力の集約を察知したのか、それなりに魔力を持ち合わせている人間が慌てたように叫んだ。たしか、この男はサマンオサの洞窟で会ったグレリアビスの下僕……
ふう、まあ急ぐ必要はあっても数分レベルで急がなければならないほどではないし、少々説明めいたことをしてやってもいいか。
「あいつの魔力の戻り具合が思ったよりも激しいんだ。このままだと再び完全に乗っ取られる。そうなる前にラーミアには復活してもらわなければならないんだよ……」
この間もそうだった。気がつくと手に収まっていたグレリアビスはいなくなり、『僕達』は他の地の街道を行っていた。あいつに訊くと、グレリアビスは今の持ち主――メルに返しておいたとあっけらかんと答えたのだ。まあ、それはいいんだ。元々僕も、メルに返すつもりでいたのだから。それよりも問題なのは、僕の意識を乗っ取ることができるまでにあいつの魔力が回復してきているということだ。
魔力が衰えていない状態ならば今でもあいつを御することはできる。しかしそれは、少しでも魔力が衰えたら、もしくはあいつの魔力がさらに回復したら再び五千年前のようになってしまうということを意味する。
急がないといけない。どんなに愚かと罵られようと、僕はラーミアとあいつ、双方の魔力を制御し世界を元に戻すのだから。願いを叶えないといけないのだから。
人間達は僕の言ったことがよく理解できないようで戸惑いの表情を浮かべている。
まあ、それも当然だろう。相当端的にしか説明していないのだ。
ああそうだ。
あることに思い至り、僕は灰色の髪をした男に瞳を向ける。
「ひとつ頼まれてくれるか?」
男は戸惑いながらも、しっかりとこちらを見すえ頷いた。
母の容態が悪化したとの連絡を受け、私はガザーブの東南の高い山脈に囲まれた城に駆けつけた。前々からそろそろ血継ぎの儀の時期だとは聞いていたが、それにしても急すぎる。間に合ってくれればいいのだけど……
「キース様…… よかった。間に合われましたか。ですが……」
「母上はまだご健在なのだな、モル! どうしたのだ? なぜ瞳を伏せる?」
母に普段から付いているエルフ族の少女に詰め寄ると、彼女は大きな瞳に涙を溜め――
「もう血継ぎの儀が終了され、次なる真祖様の卵が産み落とされてしまったのです。ドルーア様は現在も元気にされてますが、もはや時間の問題と……」
その言葉を聞いて私は唇を噛み締める。仕方のないことではあるのだ。そういう時期なのだから。しかし――
「キース様!」
そこで後ろで突然響いた声に振り向くと、そこにはお馴染みの顔と、懐かしい顔と、初めて見る顔が一同に集っていた。
まず馴染みの者としては……
「ラッセル。それにアリシア。そうかラッセルの案内で来たのか…… いや、それよりも――」
一番気になるのは懐かしい人。随分会っていなかったような気がする。
「アマンダ様。お久し振りですね」
そう言いながら、手近にあった椅子を彼女に勧め、モルが持っていた紅茶のポットを手に取り丁寧にカップに注いで手渡す。え〜と、後はお茶菓子を用意して……
「あんた、相変わらず使いっぱ根性が染み付いてるわね……」
「キース様…… そういうことは私がやりますから……」
「お父様……」
と、アマンダ様とモル、そしてアリシア。
アリシアなどは瞳が呆れの色を秘めている。いかん、いかん。父親の威厳が……
ふ〜む、アマンダ様に会うとついもてなしてしまう…… いや、ここが私の家ならば客が来れば誰でももてなすクセがついているのだが……
そうそう客といえば、アマンダ様とアリシア、ラッセルにすっかり気を取られていたが、後ろの三名は誰だろうか? 雰囲気から察するに全員人間といったところだと思うのだが……
「そちらはどなたですか?」
「まあ、旅の仲間よ。ていうか、ゆっくり話してる場合じゃないんじゃない? ラッセルに聞いたけど、そろそろ血継ぎの儀が行われそうなんでしょ?」
私の質問には簡単に答えて、アマンダ様は母の部屋に瞳を向ける。
「あ、アマンダ様。実はもう……」
私の代わりにモルが声をかけると、アマンダ様はモルの表情を窺って瞳に影を落とし、
「そう…… もうやっちゃったわけね…… でも、それならなおさら急がないとだめっしょ。血継ぎの儀が済めば、後は肉体が滅びるのは時間の問題よ」
「なあ、チツギノギっていうのは何なんだ?」
と、アマンダ様の言葉を受けて、髪がツンツンと立った男の子が聞いた。名前を聞いていないので、ツンツン君とでも呼ぼうか? まあ、実際に口に出しはしないけれど。失礼であるし。
「それは目的の部屋に行ってからにしましょう」
しゅっ!
アマンダ様の言葉が終わった時には、私達は母の部屋にいた。
私達全員を瞬時に転移させるとは…… 相変わらずのすごさだ。
「おお、キースにアリシア、それにアマンダじゃないか! 何とも懐かしい顔が揃ったものだ。これなら死ぬのも悪くないねぇ」
と、瞬時に現れた私達に驚くでもなく、血色すらよく、とてもではないが死に直面しているとは思えない母は元気に言い放った。血継ぎの儀の後は、今までの容態が嘘のように治るとは聞いていたが、これほど元気な様子を見るともう直ぐこの世からいなくなるなどとは到底思えない。
「は、母上……」
「まったくなんて声を出すんだい? お前は男のくせに思い切りが足りないね。まだ、アリシアの方が男前といえるよ」
呟いた声が少し涙声になっていたせいか、母は私をジト目で見つめてから笑顔をアリシアに向ける。
「男前って…… お婆さ――」
どがああぁぁぁぁぁああぁぁん!!
アリシアの言葉がいい終わらない内に、母の腕から繰り出された一撃がアリシアの後方の壁をくりぬいた。
本当に死んでしまうのか、という疑問を抱かせる素晴らしい一撃だ。
「呼び方、しばらく会わない間に忘れちゃったかい? アリシア」
満面の笑みでそう言った母に、アリシアはやはり笑顔で、しかししっかりと頬に汗を伝わせてかすれた声でドルちゃんと言い直したのだった。
それに満足した母は、今度はアマンダ様に向きなおる。
「それとアマンダ。あんたとは本当に久し振りだねぇ。キースが生まれた頃以来だから四百年ぶりくらいかい?」
「そのくらいかしらね。それにしても、久し振りに会ったらもう血継ぎの儀済ませてるなんて、もう少し我慢しなさいよ、あんた」
「それを言ったら、あんたこそもっとしょっちゅう会いに来なさいよってね。ところで、そっちは?」
アマンダ様と談笑した後、母は三人の人間に瞳を向けて言った。
「ああ、この子達は旅の仲間でね。男の子がジェイ、その隣のジェイと色違いの宝玉を入れたサークレットを嵌めたのがケイティで、もう一人の黒髪がメル」
指差しながら、順番に紹介をしていくアマンダ様。するとその内の一人、ジェイという男の子が声をあげた。
「それでチツギノギっていうのは何なんだ? さっきも訊いたけどよ」
そういえば、この部屋に来る前にもたしかに訊いていた。
アマンダ様は、そんなジェイくんの質問に面倒そうに口を開く。
「竜族の真祖ってのがいるんだけど、その真祖は死にそうになるとその血継ぎの儀をするのよ。すると同じく真祖――純血の竜族の卵が生れ落ちて、竜族の血は絶えることがなくなるってわけ」
と、随分端的に説明がされたが、概要を知る上では何の問題もない情報量だったはずだ。血継ぎの儀は細かい背景や伝説まで含めると相当な説明を要するものなので、アマンダ様などは覚えておいでではないことだろう。勿論、私も覚えてなどいない。母が昔寝る前に話していたのをうっすらと覚えているくらいだ。まあ、アリシアは私に似ず勉強熱心だから、そこら辺のことは一通り覚えていそうだけど……
ジェイくんは先のアマンダ様の説明で一応納得したようで、少し不満そうではあるが、ふ〜んと相槌を打って黙り込んだ。
「時にそこの娘」
と、突然言い出したのは母だ。その向う先はケイティくん。
「わ、私ですか?」
「そう、あんた。あんたは人間? いや、この雰囲気…… 精霊? それにしては……」
「………………」
母の質問に戸惑うケイティくんと、その様子を見詰め目を細めるアマンダ様。
ケイティくんの戸惑いはともかくとして、アマンダ様のあの様子は何を意味するのだろうか。そのようなことを考えていると――
「おば――ドルちゃん! 体が!」
アリシアの悲痛な叫びを聞き、母を見ると…… その体は半透明になり今にも消えようとしていた。
「母上!」
「何、変な顔してるんだい。こんなの何も悲しむことなんてない。多くの者達が予期せぬ死を迎えるこの世の中で、しっかりと天寿をまっとうできるんだ」
満面の笑みでそうはっきりと言い切る母。だけどそれで悲しみが消えるなんてあり得ないはず……
「こら! 情けない顔をすんじゃない! キース、それとアリシア。あんたらには次の真祖の子を頼むよ。名前もあんたたちで決めていい。それと――」
そこで一度溜めてから、
「なるべく遅くこっちに来なさい。私より若い内に来たら、無理やりにでも追い返すからね」
そこまで言い切ったちょうどその時、母は満面の笑みのままその姿を消した。本当に一切悲しみを感じさせない最期だった。
とはいえ、辛くないといえば嘘になる。ただそれでも、目のあったアリシアと笑い合うくらいの余裕はあった。母自身が悲しみを持たずに逝けたのなら、私達もやはりそうであるべきだという風に感じているのかもしれないな。
と、そういえば――
「ところでアマンダ様。私に何か用ですか? ラッセルが一緒ということは私の住まいを訪ねてこられたのでしょう?」
「ん? ああ、まあね。つーかさ。あんた、あの『バラモス城』どうにかしなさいよ。天下の『バラモス』の城が、あんなボロ小屋じゃかっこつかないわよ?」
アマンダ様はそう言って大きく笑った。
「ははは、どうせ名前を借りただけですし、そう仰々しく飾る必要もないでしょう?」
彼女も冗談で言っているだろうし、私も冗談めいた言葉を返す。
それにジェイくんが不思議そうに反応した。
「? バラモスってのはバラモス・システムのことなんだろう? あんたがバラモスってのはどういうことだ?」
アマンダ様やアリシアと行動しているだけあって、それなりの事情は把握しているらしい。
「ああ、それはですね…… 人間を揺さぶるためについた嘘なんですよ」
「? そいつはどういう…… ああ、そういうことか!」
今の説明で理解するとは、中々に頭の回転の速い子である。
「……どういうことよ?」
「今のでわかんねぇなんて、お前馬鹿じゃねぇの?」
少々沈黙して、ジェイくんではなくてアマンダ様に問いかけたケイティくん。そんな彼女に対し馬鹿にしたような笑顔で声をかけたのはジェイくんだ。
そんな彼にケイティくんは無言で腰のナイフを抜き放ち――
「ま、待って下さい、ケイティさん。私が説明しますから!」
アリシアが割ってはいると、ケイティくんは拗ねたような顔になったが、それでもナイフをしまった。
「人間側の、特に上層部の方々としては、バラモスは架空の存在ですよね。そんなものが実際に目の前に現れたりすればどう思うでしょうか?」
アリシアが優しい口調でそう問うと、ケイティくんはあっ、と呟いて目を見張った。もう一人、メルくんは最初から考える気がないのか、ジェイくんと適当に遊んでいる。
「動揺するのはまず間違いないですね。迂闊な奴なら事実確認のために、共犯者とかに手紙を出したりするかもしれないし」
「そういうことです。もっとも、そういう揺さぶりを入れても、わかったのは参加国だけだったわけですが…… お父様は首謀者について何か見解があるようですけど……」
そう言って今度はこちらに瞳を向けるアリシア。表情から類推するに、同じ結論に達したのかもしれない。アマンダ様とも行動を共にしているようだし、そうであっても何等不思議はない。
「魔力による意思操作、ゾーマ様、魔道生物」
私は細かい説明を省き、キーとなる言葉を羅列する。これがわかるのなら、アリシアもまた、取り敢えずの真実を得ていることになる。
「……では、今私が持っている仮説は正しいのですね?」
「正しいかはまだわからないよ。ただ、テドンの一件に関してならば、それが事実だ」
そう返すと、アリシアは顔を歪めて黙り込んだ。私とまったく同じ結論に達しているらしい。
娘は私に似ず、必要以上に賢く育ってしまったようだ。
真実が強い悲しみを秘めているというのなら、それを求める力を持った者は不幸なのだろうか? 例えそうではないとしても、私はこの子にそんな力を持って欲しくなかったと嘆かずにはいられない。真実を知ることに必ずしも価値があるとは限らない。
「なあ、さっき以上に意味がわかんねぇんだけど」
「聞き流しときなさい。家庭の事情ってやつだから」
と、疑問を口にしたジェイくんにアマンダ様が言った。
このことについては私も説明したくないし、勿論アリシアにも説明させたくない。アマンダ様には感謝しないといけないな。後で肩でも揉もう。
「ふ〜ん、まあならいいけど…… じゃ、さっさと武器のこと何とかして貰おうぜ」
「ああ、用というのは魔法具の製作についてでしたか」
ジェイくんの言葉を聞いて、漸く彼らの用事を知った。アマンダ様の方に目を向けると、彼女は、まあそういうこと、と適当に答えて肩をすくめた。
「それでしたら小屋に戻りましょう。モル、しばらく真祖の卵の世話を頼めるか?」
「はい。それでお名前はどういたしましょう?」
モルは、生れ落ちたばかりの命を見詰め、微笑みながらそう訊いた。
「そうだな…… ドルーガでどうだ。母上のようにさばけた性格になるように」
「くす、よろしいのではないかと。では、ドルーガ様のことは私にお任せ下さい」
「よろしくたの――」
「でも、女の子だったらど〜するの?」
私を遮ったのは、円らな瞳で疑問たっぷりに紡がれたメルくんの言葉。
………………
しばし沈黙が落ちた。
そうか…… 女人だった場合、ドルーガというのは少し厳ついか? 母上のドルーアという名はそうでもないのに、一文字でこうも変わるとは……
「…………その時はその時ってことで」
考えるのに疲れたので、適当に笑って誤魔化すことにした。
魔法を使える武器というのは、びっくりするくらい直ぐにできた。
ジェイとケイティ、それからウサネコっちとディニーさんの剣とかナイフを渡したら、キーちゃんは十分ほどで小屋から出てきて、できましたよ〜と間延びした声をあげた。
それの使い方は、効果をしっかりと意識して振るえばいいそうで、さっきジェイが使ってみたらものすごいでかさの炎が空に向って打ち出された。
ジェイの剣ではメラ系、ケイティのナイフではイオ系、そしてウサネコっちのダガーではバギ系、ディニーさんのナイフではヒャド系が使えるようになっているらしい。
ただ、わたしは武器を――キンちゃんだったものを渡さなかった。そのかわり、武器の出来に満足そうにしているキーちゃんに訊く。
「元々あった魔力を元に戻すことはできますか? キンちゃんを元に戻すことはできますか?」
「……さっきアリシアに聞いたよ。メルくんが持っている武器は意識を持つまでに高い魔力を有していたらしいですね」
「……はい」
「結論から言うと、君の知っているキンくんに戻すことはできません。意識を持つ魔法具を作ることは可能ですが、それは君が望むことではないでしょう?」
多少なりとも期待していたわたしは、その問いにゆっくりと頷くことしかできなかった。
「……小屋に鉄の爪があります。それを魔法具にしましょうか?」
話を聞く限り、遠距離戦ができなければつらいでしょう? と続けたキーちゃんを見詰め返し、首を振る。
「大丈夫。気だけで頑張ってみます」
そう答えると、キーちゃんは悲しそうに瞳を伏せてから、
「なら遠距離戦用の気功の使い方を教えましょうか?」
と元気に言い放った。四百歳は超えているらしいけど、見た目が若い上に発言も若々しい感じがするからちょっち違和感。
「遠距離戦用?」
「そう。私も一応気が使えてね。見ててごらん」
そう言ってから、キーちゃんが右腕を振るうと――
ばんっ!
五十メートルほど離れた所にある岩に光弾がぶち当たりはじけた。
土煙が晴れたそこには、粉々になった岩だった物があった。
「ふえ〜、すっご〜い!」
「メルくんはセンスがよさそうだし直ぐにできるようになると思いますよ」
そう言ってから、ちょっと先にある小さな石を指差して、やってみて、というキーちゃん。
色々説明をされるよりは単純明快でやりやすいなぁ、とか考えながら言われたとおりにしてみる。すると――
ばっ!
大人二人くらいは軽く飲み込めそうなほどの光弾が生まれ、石ころに向っていった。そしてその石ころは――
「あれ? 何も起きないよ?」
「私としてはいきなりでこんな大きさのものを生み出すことに驚きましたが……」
ひびすら入らなかった石ころを見て漏らすと、キーちゃんは苦笑いを浮かべてそう言った。
そして直ぐにちょっと説明を入れる。
「パンチと同じですよ。どんな強いパンチもタイミングがずれれば威力が劣ってしまうでしょう? 気を打ち出す時も、着弾する位置をしっかりと意識しないと、まったく効果が生まれないということになってしまうんです」
そこまで言ってから彼は、はいもう一度と言って笑った。
何となくだけど、やっぱりアリシアさんに似ている気がする…… 親子だなぁ。
まあ、それはともかくとして、今度は言われたとおりにしっかりと意識して――
どがぁぁ!
小石が一気にはじけ飛ぶ。そのくせ地面はまったく影響を受けていないのだから――
「ほんと〜にピンポイントなんですね〜」
「まあ、そこは慣れるまで大変な点ですが…… いきなりでここまでできるのなら問題ないでしょう。威力も申し分ないようですしね」
そう言って大きく笑うキーちゃん。
その時、小屋の中からアマさんとワンちゃんことラッセルが出てきた。
「これ、まだ完成してないの?」
と言ったアマさんの手には、オーブ状の石みたいなものがあった。とはいっても、わたしたちが集めているオーブとは違うもの……だと思う。よくわかんないけど。
「ああ、それに目をつけるとはアマンダ様も目ざといですね。はは、完成はアリシアがラーミア様を復活させるくらいをめどにしていたのですけど、この分だとラーミア様復活の方が大分早くなってしまいそうですよ」
「あんたのん気ねぇ。ラーミア復活よりも、寧ろこっちがメインじゃないの…… そうね、それなら……」
と、やはりよくわからない会話をするアマさんとキーちゃん。ほんと、何が何やらって感じ?
「アリシアはキースを手伝ってやりなさいな」
いつの間にかわたしの後ろに来ていたアリシアさんに向かって、アマさんが言った。
「まあ、構いませんが…… アマンダ様がいれば巨大海獣は何とかなるでしょうし……」
アリシアさんは二、三度瞬きしてから――
「というか、その物体はなんのためのものなのですか、お父様?」
「これは魔道生物を封じるためのものだよ。かつて精霊神がかの者達を連れてくるのに使っていたものを再現し、さらに強固にした……つもりだ。もっとも、実験ができない分、本番でやっぱり駄目だったってことになりかねない困った代物でもあるけどね」
そう言ってから再び大きく笑うキーちゃん。
マドウセイブツとかよくわからない単語が多いけど、何となくキーちゃんがいい加減な人なんだろうな〜という予想はつく。
「キース様…… 計画的という言葉を覚えましょうよ」
魔法剣で派手な喧嘩をしているジェイとケイティが生み出す破壊音で掻き消えそうなワンちゃんの言葉が、わたしのそんな予想を肯定していた。
全員が用事を済ませてサマンオサに帰ってきたのは夜遅くのことだった。どのくらい遅いかというと、見張りの兵士が眠気と必死で戦いながらも打ち負けそうになっているくらい。要するに相当遅いのだ。
そんな時間じゃ全員疲れてるし、怪物退治は明朝早くということに決め、今日のところは城の客間を借りて眠ろうと相成り、それぞれの部屋に引き揚げたのがついさっき。
しかし俺は廊下を、足音を立てないように進んでいる。なぜなら……トイレ行きてぇんだ。
足音を立てないようにしてるのは、ただ夜遅いからってだけのこと。
つーか、広すぎてどこがどこやらだぜ。
こんこん。
キョロキョロしながら進んでいると、どこからともなくノックの音が聞こえてきた。
ここら辺は女性陣が泊まってる部屋の辺りだし、レイルが夜這いに来たとかか?
「あら、ウサネコちゃんじゃない。どうしたの?」
ドアの開いた音に続いたのはアマンダの声。
つか、レイルじゃなくてバーニィか…… 何だろうな? アマンダに告るとか?
「実はな。エジンベアでお前の弟に会ったんだ」
「は? ゾーマに? アリシアの話じゃ、サマンオサで邪魔してきたらしいけど、まさか……」
「いや、普通に手伝ってくれたんだ。言ってることの大半はわからなかったが、例のラーミアってのが早く復活してくれないと困るとか言ってた」
バーニィがそう言うと、アマンダは少し沈黙してから、ふぅんとため息をつくように相槌を打った。
「それでな、伝言も頼まれたんだよ」
「どんなよ?」
「難しいだろうけど僕のことを信じていて欲しい、だとよ」
「……あそ。あんがとね。明日早いしさっさと寝なさいな」
バーニィの言葉を聞くと、アマンダは結構長く沈黙してから適当な口調でそう言った。しかしそこからは、会話を打ち切るだけの断固とした何かが感じられた。実際、バーニィは続けて何か言うでもなく適当に挨拶をして去って行った。
「ジェイもとっとと部屋帰って寝なさいよ」
と、突然こちらに向けられた注意。
「気付いてたのかよ」
隠れていた――わけではないが、出そびれていた柱の陰から出ると、
「トイレならこの先を左に曲がった突き当たりにあるみたいよ」
アマンダはそう言ってから部屋の中に引っこんだ。
何でトイレ行きたいのまでばれてるのやら…… 耐えるのが難しくなってきた膀胱に活を入れ、彼女に示された方向に急ぎながらそんなことを思った。
「そんじゃ、行くわよ」
早朝、ガンドラント海賊団のアジトにおいてある馬鹿兄貴たちの船に乗り込んだ私達に、アマンダはそう宣言してからルーラを唱えた。
すると船は空高く飛び上がり、すごいスピードで進んでいく。事前の打ち合わせによると、怪物が生まれ出た力の源、オーブの力を分けた石碑があった場所の真上へと一気に向かうらしい。
ばしゃああぁぁぁあ!!
船は無事着水し、派手に波しぶきを上げる。
「さて、次は――」
と言いながら、渇きの壷を手にとってなにやら魔力を操作している。
渇きの壷の魔力を制限する封印みたいなものがされていると、バーニィが話していた気がするし、それを解いているのかもしれない。
と、作業が終わったのか、アマンダは渇きの壷をおもむろに海に放る。そして――
「エミリア。さっき言った通り船を浮かせときなさい。落ちるわよ」
「わかったわ」
エミリアがそう答えて、船全体が浮遊感に包まれた直後。
ざあああぁぁぁああ!
水の流れる音が聞こえたので縁から下を眺めてみると、直径一キロくらいの海水がごっそり抜けていた。しかし、海底には怪物らしき姿は――ん?
「地面にしちゃ妙じゃないか? 何かつやつやしすぎてるし、というか動いてる?」
と、アランさん。
そう。彼の言うとおり、本来海の底であるはずの地面は動いているように見えた。いや、それどころか――
「ちょっ! 何かこっちに向ってくるわよ!」
「言ってあったでしょ? それが噂の触手さんよ」
「じゃ、じゃあ、今底の方に見えてるのが本体なのか? あれで一部って感じに見えるんだが……?」
あっけらかんと言ったアマンダに、アランさんが戸惑った声で訊いた。
今見えている部分でも直径一キロくらいの大きさはあるのに、それがごく一部にしか見えないのだからその全体は……考えたくもない。
「まあ、そういうことになるけど…… 気にしない、気にしない。魔力源のあの辺りを草薙の剣でずばっと切ればそれで終わるから――」
どがああぁぁぁん!!
びゅううぅぅうう!!
ばああぁぁぁあん!!
アマンダの言葉を遮って起こった爆発とか突風。すでに一度あの化け物に遭遇しているジェイのパーティが、向ってきていた触手におみまいしてやった。二回目ともなると慣れているのかもしれない。
しかしそれでも触手は沢山残っており、その数は見ていると眩暈を感じるほど。
「うっおおおぉぉぉおお! すっげぇぇえええ!」
と、向こうのパーティの一員でただ一人攻撃に参加していないのがアディナさん。下のでかい本体や向ってくる触手を見て、手を叩いて喜んでいる。
なんであれで喜べるのか…… 不思議だわ。
ちなみにレイルは、そんなアディナさんにくっついて色々言って、うざいと一蹴されている。
懲りないなぁ。っていうか、戦って欲しいなぁ、二人とも。
と、そんな私の考えを遮ったのは背中に置かれたアマンダの手。
「じゃ、行きますか」
そう呟いたアマンダは、私の背を強く押した。
船の縁で身を乗り出していた私は、まっさかさまに落ちる。というか、アランさんも同様に落ちている。そしてちょっと上にはアマンダ。
「ちょっとぉ! いきなり突き落とさないでよ! めちゃめちゃびびったでしょ!」
「はいはい、文句は後で聞くから。戦ってくださいな、対触手要員さん」
そう言ったアマンダの視線の先には、うねうねとこちらに迫ってくる触手が数本。
私は右、左両方のナイフを振って巨大な光弾を生み出し迎撃する。それでも向ってくるやつがいたので、それは普通にメラゾーマを使ってふっとばした。
現在落ちている三名はアマンダが空飛び要員。アランさんが草薙の剣要員。私が触手迎撃要員なのである。もっとも、今は自由落下だからアマンダも攻撃に参加して欲しいとこだけど……
そんなことを考えながら触手を相手にしていると、すごいスピードで迫ってくる海底が直ぐそこに見えてきた。
しかし、アマンダは魔法で飛ぶような気配は見せない。
「おいおい! 下まで落ちちまうぞ!」
「そうよ、スプラッタな映像をお送りしちゃうわよ!」
寄ってくる触手をふっ飛ばしつつアマンダに言うと、彼女はにこりと笑うがやはり魔法を使いはしない。
ちょ、ちょ、ちょっと! どういうつもりよ!
どがああぁぁぁん!!
びゅううぅぅうう!!
ばああぁぁぁあん!!
ざざざあぁぁああ!!
と、これらは魔法の効果音。正確には魔法剣の効果音も入っている。
ジェイのメラ系、ウサネコのバギ系、レイルのイオ系、アディナのヒャド系。ちなみに、レイルだけが普通に魔法を使っている。
そして、もう一人のメルは――
「はあああ! ていやあぁぁ!」
腕を懸命に振るって、不思議な光の弾丸を打ち出しまくっている。大きさ的にはイオラくらいの光弾なのだが、触手にぶち当たったそれの威力は、イオナズンかそれ以上を誇っていた。
気功っていうのはすごいのね……
とのん気に解説しているけど、私も皆を見物しているだけというわけではない。船をバギ系で浮かしながら、触手の数が多くなった時は上級魔法で相手をしていたりする。
もっとも、全員――特にジェイが頑張っているから私が手を出す必要は全くといってないのだけど……
どがあああぁぁぁああぁぁぁあぁぁん!
突然響いた爆音。下で何か派手な魔法を使ったらしい。
そしてそれから数秒して――
「? 何だ? 一匹もいなくなったぞ」
「触手ってのは一匹、二匹って数えるもんなのか? まあ、いいけど…… たしかにいなくなっちまったな」
アディナの呟きに反応したのはウサネコ。
彼らの言うとおり触手の攻勢は途絶えていた。
アマンダ達が船から飛び出して一分弱。頃合いから考えて――
「決着がついたってことだろ」
ジェイが口の端だけ持ち上げて笑い、そう言った。
「どう、驚いた?」
そう訊くアマンダに対し、殺意が芽生えたのは仕方ないというものだろう。
私とアランさんの足は海底から数センチのところで漸く止まった。もはや心境は紐なしバンジーである。
「と、とにかく、この剣で刺せばいいんだな?」
文句は山ほどあるけれど、そういう場合でもないので言わなかった。アランさんもどもっている辺り、そんな風に考えていることだろう。
そして、草薙の剣が怪物のぬめぬめした肌に吸い込まれていき――
ばあぁあん!
響いたのは爆音。アマンダがイオナズンを使ったようだ。
相手は触手。つまり――
『効いてないじゃん!』
「相手がでかすぎるみたいね。触手を切ったくらいじゃ効かないだろうという予想はしてたけど、まさか本体でもなんてねぇ」
私達の文句を受け、のん気な言葉を紡ぐアマンダ。
「どうすんのよ! 引き返して出直すわけ!」
「大丈夫よ。ある程度ダメージを与えれば、弱って効くようになると思うわ」
アマンダは適当口調でそう言ってから、さてと、と呟いて魔力を集め出した。
すると私達の周りに不思議な層ができて――
『うわっ!』
続けて、私達の上に超巨大な光弾が現れていた。しかもこっちに向ってくる。
光弾は私達の鼻先まで迫ってきて――しかし、私達のいる空間を侵食しないで怪物の表面だけを吹き飛ばした。
どがあああぁぁぁああぁぁぁあぁぁん!
……って、ああ、そっかこれ。
とんでもない爆音を耳を塞いだ状態で聞きながら、ある考えに思い至る。
恐らく光弾が生まれる直前にできた層、あれはマジックキャンセルの層だったのだ。ジュダンが全方位マジックキャンセルなんてもんを使っていたし、それなら一定空間を包み込むマジックキャンセルができても何ら不思議はない。
「こんだけ吹っ飛ばしたら、さすがに効くと思うわ。やってみ」
アマンダは大魔法を使った後にもかかわらず、疲れた様子も見せずにあっけらかんと言った。
アランさんは呆気に取られたままで、草薙の剣を振るう。その先端が怪物に突き刺さった瞬間――
ばっ!
海の底に広がっていたぬめぬめとした体は消え、底がさらに深いところまで移った。要するに、今までは怪物の体の上が海底という状態になっていたが、怪物がいなくなったので本当の海底が姿を現したというわけだ。
と、くどく解説したのには理由がある。そうでもしないと私自身、そのように認識する自信がなかったからだ。
……怪物がいなくなっただけで底が見えないくらい深くなっちゃったし。どんだけでかかったのよ、あれ。
そんなことを考えてると、自由落下が始まった。
ああ、また紐なしバンジーかぁ。
楽しそうにしているアマンダを横目で見ながら、文句を言う気力すらなく私は落ちていく。
底まで着くと、そこには神殿跡みたいな倒壊した建造物があった。長い間海の中にあっただけあってふじつぼとかがくっつきまくっている。
そして、その倒壊した建物の中で、一枚の岩だけが何の変化もなくそこに佇んでいた。
アリアハンで見たのと雰囲気が似ているから、これが目的のものなんだろうなあ。
そう考えながら眺めていると、その脇に一匹のクラゲを見つけた。もしかして――
「このクラゲがさっきの怪物?」
「ま、そうかもね。触手が所々短くなってたりするし」
アランさんと一緒に目を丸くしてクラゲを見ていると、アマンダは適当百パーセントでそう答えた。
もう少し驚きなさいよ……
「さて、アラン。例の鍵プリ〜ズ」
「あ、ああ」
アマンダに言われ、アランさんは道具袋をあさって鍵を取り出す。
それを受け取ったアマンダは、岩に向ってあゆみ寄り――
ピカァァァ!
ぴたりと鍵をくっつけると、辺りは白一色に包まれた。
そして光が収まった時、アマンダの手の中にあったのは銀色に輝く球体――最後のオーブだ。
思わずアランさんの手を取って小躍りしていると、
「ねぇ、ラーミア。あたしは信じるべきなのかしらね、あの子を」
手の中の魂に向けて、至極小さな声で語りかけるアマンダ。
その言葉の意味するところは私にもアランさんにもわからなかった。