26.永き時が齎すもの

 最後のオーブを手に入れてから一度帰ってきたアマンダ様達は、エミリアさんとレイルさんを置いてラーミア復活のために出かけていった。
 この二人を置いていったわけはこちらを手伝わせるため。エミリアさんとレイルさんが魔力操作に長けていたためだろう。ただもう少し選定作業に時間をかけてもらいたかった、と思ったのは他の人達が出掛けてからのこと。
 レイルさんはまあ予想通りというか、手伝ってくれるのはいいのだけれど、何かと言うとからかうようなことを言うし、それに対してお父様も妙な反応をするし、正直困っていた。
 そしてエミリアさんはというと……かなり機嫌が悪く、ちょっと怖かった。アマンダ様達が出発する時ジェイさんにすがりついて、ついていくと騒いでいたことから考えても彼がいなくて不満なのだろう。やることはやってくれるけれど反応はかなり怖い。
 あ、話しかけたレイルさんが殴られてる……
 ま、まあそれはともかく、現在お父様が行っている魔力の操作は非常に緻密なものなので私に手出しできるものではなかった。球体の内側に何層ものマジックキャンセルを定着させ、内側からの魔力攻撃に耐えられるようにしているのだ。
 エミリアさんはびっくりするくらい才能があるようでお父様の作業についていっているけれど、レイルさんは私同様ついていけなくて暇をもてあましている。
 そんなわけでさっきから彼に話しかけられっぱなしなのだけど…… お父様がこちらにちらちらと視線を送っているのが気がかりだ。作業を間違えたりしないかしら。
 ……話を元に戻して――全ての魔力を無効化するためのマジックキャンセルでは強大な魔力に対しては耐性が低いという欠点がある。だから、いまお父様が施しているのは特定の魔力に対して強力な効果を生むマジックキャンセルだ。
 炎に関係する魔力、風に関係する魔力などなど、魔力は細かくいくつかの属性に分けられる。そのひとつに対して集中することで、より強固なマジックキャンセルにすることが可能になるのである。しかしこの場合、その特定の魔力以外に対しては効果が顕れないため、いくつもの層に分けて全ての魔力に対する術を施しているのである。
 造っている魔法具に関する説明としてはこれで充分だろう。本当に子細なことに関してはお父様の頭の中にしかないので私にも説明できない。そんなだから手伝いと言っても、私にできることは少ないのである。エミリアさんが私よりも魔力があるからなおさら。
 保険として最後に全ての魔力に効果を示す一般的なマジックキャンセルをかけることになっていたが、それもエミリアさんで事足りるだろうし…… そんなわけで今はお父様にお茶を出してあげたり、話し相手になったりという時間を過している。
 そして先ほどのこと。復活したラーミアの背に乗って漸くアマンダ様たちが戻ってきた。
 大体の人達はラーミアの背に乗って興奮しているようだったけれど、その中でも特にアディナさんがすっかり満足したようで、二、三言葉を交わしてから仕事に戻ると言ってキメラの翼を使い、張り切ってアジトに戻っていった。海賊が家業のアディナさんが張り切るというのは少々問題があるような気もしたけど、悪逆非道な一味ではないようなのであまり気にしないことにしよう……
 そして、他の人達はここに残っていたエミリアさん、レイルさんを連れて外に出て行った。まあエミリアさんは連れて行かれたわけではなくて、手伝いを放棄してジェイさんについていったわけだけれど…… レイルさんは私をからかっている様子を見たアマンダ様が引っ張って行ってくれた。
 感謝します、アマンダ様……
 しかしどうしようか。エミリアさんがいなくなってしまっては、現状お父様はひとりで作業をせざるを得なくなった。まだ特定魔力へのマジックキャンセルは半分も済んでいない。
 取り敢えず新しくお茶でも入れようと腰を浮かせたら――
「アマンダに言わ」
「れて手伝いに来たわよ」
 独特な区切り方で交互に話す二人組がやってきた。
「ルシルさん、レシルさん。お久し振りです」
「来ていたのですか? 懐かしいですねぇ」
 軽く挨拶をした私達に適当に返してから、彼女達はお父様を睨みつけた。
「アリシアは偶」
「に会いに来てくれ」
「たけど、貴方はアマ」
「ンダ同様さっ」
「ぱり来ない」
「んだから」
 私はお父様にオーブを集めるように言われた時に彼女達の元にも連れて行かれた。それ以来、偶にキメラの翼で会いに行っていたのだけれど、お父様はどうやらその時に行ってそれっきりらしい。まあ大体五、六年ぶりの再会ということになるだろう。
「はは、色々忙しかったんですよ。まあ、元気そうで何よりです」
「それ」
「はど〜も」
 苦笑して言い訳めいたことを言ってから、お父様は誤魔化すように明るい声で再度挨拶を口にした。それでもルシルさん、レシルさんの表情は冷めている。まあ、これで機嫌が直る方が妙だろうけど……
「まったく…… ア」
「リシアはキースみた」
「いになっちゃ駄」
「目よ。丁寧なよう」
「で案外大雑把なん」
「だから。貴女は今」
「の可愛いま」
「までいてね」
 そう言って私に抱きついてくる二人。どちらも私より身長が低いので何だか双子の妹達ができた気分だ。
「お二人とも、そっちの気があったんですか?」
 呆れ顔で妙なことを口走ったのはお父様。
「な、何を言ってるんですか、お父様!!」
「そうよ。何言っ」
「てるの、キース」
 私が注意の瞳を向けて声を上げると、心外だというような様子で二人が口を開いた。
「忘れたの? 私」
「達は男女問わ」
「ず可愛い者」
「を愛でるわ!」
 …………え?
「ああ、そう言えばそうでしたね。私も子供の頃は随分酷い目にあわされたものです。……というかそれが原因で足が遠のいたのではないかと――」
 そうなんだ…… そういえば、行くたびに抱きつかれたり頭を撫でられたりしてたな…… ただ、それでも『酷い目』というほどのことはされてない気が……
「そうだろうと思っ」
「てアリシアには抑」
「え気味で接」
「してるわ」
 …………なるほど。それは何というか、お父様に感謝しておくべきなのかしら?
「今なら何もアリシアに限らなくても、貴女達好みの若くて可愛い……かどうかはそちらの趣味にもよるでしょうが、とにかく若い子達が沢山いるでしょう?」
 お父様が物騒な助言をした。
「そうなのだけど…… ジェ」
「イ君はエミリアちゃん」
「のガードが厳しいし、そ」
「のエミリアちゃんは迂闊に手」
「を出すと酷い」
「目にあうし、ケイ」
「ティちゃんはアラン君が邪」
「魔に入るし、それでアラ」
「ン君に矛先を変えると今度は」
「ケイティちゃんが邪魔す」
「るし、メルちゃんはいつでも楽し」
「そうで嫌がらないからいま」
「いち張り合いがないし、レ」
「イル君は同類の気があってちょっ」
「とやりづらいし、バーニィく」
「んはあの中では一番」
「愛でやすいけどつ」
「いさっきキレられた」
 そこまでつらつらと言葉を紡いだ後に、まあキレられるのもそれはそれで好きだけど、とやはり独特の妙な区切りで交互に語って嬉しそうにするルシルさん、レシルさん。外では大変だったようだ、色々と。
「あ、そうそ」
「う。なんかメル」
「ちゃんがアリシアと話」
「したいことがあるみ」
「たいよ。それでアマン」
「ダに、呼んでくるつい」
「でにアリシアの代わりにキー」
「スを手伝って来い、って言われたの」
 さきほど撫でづらいから座って、と言われてその通りにしたため、私は彼女達二人に同時に撫でられながらその言葉を聞いた。先に二人が語ったようにメルちゃん同様私も嫌がっていないのだけれど、私は『張り合いがない』の対照にはならないのだろうか。そんな疑問を浮かべつつ口を開く。
「メルちゃんが? 何かしら」
「行ってみればいいじゃないか。手伝いはルシルとレシルがしてくれるようだし」
 お父様はそう言ってくれるけれど、ひとつだけ心配事がある。
「ですけど…… お父様が作業を止めてお二人を持て成さないか心配で……」
「大丈夫だ。彼女達は幼児期の怖い経験から持て成す気になれない」
 真顔でそう語るお父様。ルシルさん、レシルさんは不満で頬を膨らませ――
「あら、私達だっ」
「て客なんだか」
「ら差別は止」
「めてよね」
「嫌なものは嫌なんです。お茶の葉はレシルの後ろの棚の二段目にありますから勝手に入れてください」
 是が非でも持て成したくない様子のお父様。ここまではっきりと拒否するお父様はそう見られるものではない。昔どんな目にあったのだろうか?
 とはいえ、お客様にお茶を入れさせるわけにも行かないし、私はメルちゃんに会いに行かないといけないし……
 そうだ。どうせ外に出るのだし、ラッセルさんを呼びに行けばいいか。アマンダ様と話をすると言って、エミリアさん達が出て行った時に一緒に外に行ったけれど、もう話というのも終わったことだろう。
「外に行くついでにラッセルさんを呼んできますから、お茶はもう少し待って下さい。ルシルさん、レシルさん」
「おお、そうだね。頼むよ、アリシア。私は絶対彼女達は持て成したくないからね」
 笑顔できっぱりというお父様。ルシルさん、レシルさんはまったく同じタイミングで呆れた表情になり続ける。
「キースは意外と頑」
「固よね。おっさんに」
「なったキースを愛」
「でるつもりはも」
「うないってい」
「うのに……」
 お父様は見た目だけならば随分若く見えるけれど、彼女達的にはもうアウトらしい。
「あ、そうだアリ」
「シア。ラッセルはアマン」
「ダと『それ、持って」
「来〜い』ってやつやって」
「るけど、あれいつ」
「もやってるの?」
 ルシルさんとレシルさんの発言ははっきり言って意味が分からなかった。
「? 『それ、持って来〜い』ってなんですか?」
「あれよ。飼い主が」
「棒とか投げ」
「て犬に持っ」
「てこさせるやつ」
 ………………
「いつもは……やってないです……」
「……私もやってないよ」
 呆然と答える私とお父様。
 ラッセルさんはよく犬に化けるけど、そういうことはさすがにしてない。
「そっか。ラッセルが嬉」
「しそうだからい」
「つもやってる」
「のかと思ってた」
 …………………………ラッセルさん。
 私は今度こそ完全に沈黙してしまう。
 見るとお父様も作業の手を止めて遠い目で窓の外を眺めていた。
「と、取り敢えず呼んできます。それでは失礼しますね、ルシルさん、レシルさん」
「うん。ま」
「たね」
 このまま脱力していても仕方ないので、精霊姉妹に挨拶してから外へ向う。
 取り敢えず、ラッセルさんが人間の姿のままでないことだけでも祈っておこう。

 小屋から出てきたアリシアさんは、何だか疲れた顔でアマさんと遊んでいるワンちゃんを呼んで中に行くように頼み、それからわたしの方にやって来た。
「話って何ですか? メルちゃん」
「ほら、海獣退治で別れるちょっと前にオルテガおじさまのこと教えてくれたじゃないですか。その時は詳しい話聞かなかったから、色々聞きたいな〜って思って」
 怪獣退治の準備を終えてサマンオサに帰る直前、ここに残ることになってたアリシアさんはわたしを呼び止めておじさまが生きていることを教えてくれた。本当はもうちょっと早く教えようとしてたみたいだけど、色々あってちょっと遅れちゃったらしい。
 でも、そんなことど〜でもい〜よね! 生きてるってわかったんだもん、おじさまが!
 この前はアマさんとかに無理やりサマンオサに引っ張っていかれたけど、今回はここにしばらくいるっていうしゆっくり聞かなきゃ! まず何を聞こ〜かな〜。
「ああ、そのことでしたか。答えられることなら何でも答えますよ」
 アリシアさんもこ〜言ってることだし。さてさて〜!
「じゃ〜、おじさまの趣味は?」
 なぜかアリシアさんが困った顔になった。
「それは……分かりかねます。というか、そういうことはメルちゃんの方が知っているのでは?」
「ううん。知らないです。おじさまはわたしを助けた後直ぐ旅立っちゃったからそういう風な世間話はしなかったし」
 そう答えるとアリシアさんは、そうなんですかと呟いてから笑顔になって続けた。
「まあ、そういうのは本人に会ってから訊くといいでしょう。他に何か訊きたいことはないですか?」
「う〜ん。それじゃ〜ですね〜…… 今どこにいるんですか?」
 次の質問を口にすると、再びアリシアさんが困った顔になる。
「うっ。それも分かりません…… ごめんね」
 本当にすまなそうにこちらを見るアリシアさん。わたしは慌てる。
「あ〜、別にいいんですよ! 駄目もとの質問でしたから。アリシアさんは知ってるなら最初から会わせてくれるだろ〜な〜とか思いつつ一応って感じでしたし〜!」
「そうですか…… でもごめんなさい。あ、ですが今何をやろうとしているかはわかります」
「あ、それ聞きたい。それ」
 本当に聞きたかったし、アリシアさんのためってのもあったし、いわゆる一石二鳥だね。
「現在オルテガは魔族のために動いています。テドン壊滅に協力した国の名前を聞き、独自に調査をしてみると言って飛び出していきました。アマンダ様が話していましたが、ロマリアで種族間問題にこっそり首を突っ込んでいたらしいですね」
「そうだな。つか、父さんもどうせなら自分で手出しすりゃいいのに。何でカンダタの奴に教えて自分で動かないのやら……」
 そこで後ろから突然聞こえた声はジェイのものだった。振り向いてみると、彼にぴったりとくっついたエミりゃんと不機嫌そうなケイティもいた。
「エミりゃんはいつも通りだけど、ケイティはどうしたの? ジェイと一緒に来るなんて」
「エミりゃん言うな」
「できれば私だって馬鹿兄貴と一緒になんて来たくなかったわよ」
 わたしの言葉にエミりゃんとケイティは同時に突っ込んだ。まずエミりゃんに返す。
「いいじゃない。可愛いんだし」
「私よりチビで馬鹿な奴に妙な呼ばれ方をするのは屈辱的」
 むかっ。……いや、わたしの方がお姉さんなんだし、ここは穏便にお姉さんらしく――
「駄目よ〜。人生の先輩にそんな口聞いちゃ〜」
「とても年上に見えないから却下」
 びゅっ!
 思わず手が出た――が。
「いった〜!」
 エミりゃんの頭に振り下ろした拳は激しく弾かれて、そこには鈍い痛みが残る。
 う〜、たぶんスカラってやつだ。い〜た〜い〜!
「エミリア、ほどほどにしろよ」
「は〜い」
 ジェイに言われて素直に答えるエミりゃん。
 ……むっかつく〜!!
 けど、たぶんこの問答は続ければきりがないだろうし、不本意ながらエミりゃんとの話はこれで切り上げてケイティに声をかける。
「……それでケイティどしたの? ジェイと一緒なんて」
「父さんのこと話してるみたいだから来てみたのよ。こいつと一緒になったのは偶然」
 不機嫌大爆発でそう言い放つ。
 何でそんなにジェイのこと嫌いなんだろ〜。そりゃ〜、ちょっと性悪な感じはするけど……
 ま、いいけどさ。
「そういうことなら全員で質問タイムといこっか。そういえばジェイ。ロマリアの話も聞きたいな」
「別に父さんに会ったわけじゃないし、前王を脅したエピソードくらいしか知らないぞ」
 前王…… つまりカミ爺のお父さんか〜。会ったことないけど、おじさまが脅すくらいだしなんか悪いことしたんだろ〜な〜。ていうか面白そう。
「全然おっけ。話して話して〜」
「わかったよ。たく、面倒だな…… え〜と、簡単に言うとロマリアの前王はエルフの秘宝を奪った、つーより奪おうとしたんだ、十四年くらい前に。それをどっかで知ったんだろうな、父さんは。それで前王の部屋に忍び込んで剣をつきつけて脅したらしいぞ。『夢見るルビーをどこにやった』ってな感じでな」
「夢見るルビーって?」
 まあ、話の筋から考えてたぶん――
「そのエルフの秘宝のことだよ」
 ま、そ〜だろ〜ね。ジェイはさらに続ける。
「そんで前王の自白に従って父さんは夢見るルビーのある場所をとある変態盗賊に報告。その盗賊から話を聞いたこの俺様が見事夢見るルビーを見つけ出しエルフに返したってわけだ」
 最後はおじさまの話じゃなくてジェイの話になってるし。まあおじさまが剣を突きつけて脅すってとこで満足したし、いっか。それにちょっと気になったことがある。
「ロマリアの前の王様は何でエルフの秘宝なんて奪った――ていうか奪おうとしたんだろ〜?」
 訊いたわたしの方を見てから、ジェイは首を傾げてわからないと言った。
「それはそういや聞かなかったな。まあ、あれじゃねぇか。権力者は押しなべて光物に弱い」
 完璧偏見だ。お父様は宝石に興味なんてないし、わたしもない。カミ爺だってたぶんない。ティンシアとかキャロル辺りは少しくらいあるかもだけど…… あ、ミナトおじさんは絶対あるな…… ていうかだからか、ジェイがあんな風に言うのって。ケイティと一緒でミナトおじさん嫌いみたいだし。
 そんなことを考えているとアリシアさんが口を開いた。
「たぶん過去を変えたかったんだと思いますよ」
『へ?』
 アリシアさんの言葉は突然すぎて意味不明だった。宝石の話をしてたのに急に過去を変える、だなんて…… 話飛んだ?
「どういうことですか?」
 訊いたのはケイティだ。
「昔聞いたことがあるんです。エルフの秘宝は過去を変える力がある、と。まあ、どう贔屓目に見ても眉唾としか思えないような情報ですし、出所も怪しかったのですが…… ロマリアの王様――前の王様がそれを知っていたとすれば、少なくとも彼の心積もりとしては過去を変えたいと願った結果なのでしょう」
 う〜ん。過去を変える、か〜。アリシアさんも言ったとおり、まず眉唾なんだろうけど…… 盗もうとしたんならそういうことだったのかな?
 ただそうなると――
「過去を変えるって…… いつを?」
 うん。わたしもケイティと同意見。
「テドンでの事件にロマリアが参加していたのは話しましたよね?」
 アリシアさん以外が頷く。
「当時のロマリア王は現在のカミーラ陛下ではなく、彼のお父上、フランダル陛下でした。まあ、先ほどから話に出ている前の王様ですね」
 そして彼はわたしのお爺様の兄弟……らしい。会ったこともないから実感も何もないけど。
「彼は生来臆病――というか、人の道を外れることを恐れているような方だったようで」
「の割にはテドンを襲ったわけだ」
 アリシアさんの言葉を遮ってジェイが気だるそうに口を挟んだ。
「そうですね。まあそれはいいでしょう。何かあったんですよ」
 何か、のところに妙な含みを感じたのはわたしだけかな?
「話を戻して、彼はそのような性質だったため、テドンを襲ってしまったこと、かの村を滅ぼしてしまったことに対して強い罪悪感を持ち続けていたそうです」
 何というか、事情云々は考えないにしても手前勝手な気がする。
「都合いいのね」
 と、エミりゃん。普段から冷たい目が、より一層冷めたものになっている。
「まあ、そう言ってしまえばそれまでですが…… 人の心というのは複雑なもの――ということなのでしょう」
 その時のアリシアさんの表情はなんとも形容しにくいものだった。嬉しそうでもあり、悲しそうでもあり。
「……それで過去を変えたい、ですか」
 そう続けたのはケイティ。
 夢見るルビーを盗ませたのは――テドンの一件をなかったことにしたいがため、というわけだったんだろう。
「おそらくそうでしょう。もっとも結局変えられなかったようですが」
 あ、そうか。そうだよね。過去を変えられたんなら、今現在テドンは滅びてないってことで、今みたいになってるってことは過去は変わってなくて今は今のままで……ってなんかややこし〜。
「まあ夢見るルビーに過去を変える力があるというのは誤った情報なのでしょうし、それも当然で――」
「それなんだけどな…… ちょびっとなら変わってるかもしれないぞ」
 アリシアさんの言葉を再度遮ったのはまたまたジェイ。
 それはつまり――過去が?
「夢見るルビーっていうのはどうも人の記憶を食うみたいでさ。その記憶を覗くこともできるし、どういう条件かはわかんねぇけどその記憶に介入することもできるみたいなんだ。まあ、土壇場にならねぇと手出しができなかったから、もしかしたら大筋の決まってる過去は変えらんねぇのかもだけどな」
「では、ジェイさんは過去を――変えたんですか?」
 アリシアさんが緊張した面持ちで訊いた。
「さあな。今となっちゃ確かめようもないからさ」
 そういえばそっか。過去が変わって今の状態にあるのか、それとも変わってないから今の状態なのかなんてわたし達にわかるわけないもんね。
「ただ夢見るルビーがどこにあるかくらいのことは変わったかもしれないぜ。俺が“記憶”に入り込んでなかったらロマリアの兵士どもは無事にルビーを持ち帰ってたかもしれねぇし」
 そう言って肩をすくめるジェイ。少し瞳が悲しそうに見えるのは気のせいかな?
「あほ兄貴ごときに変えられるようじゃ過去も可哀想ってもんよね」
 そこで憎まれ口を叩くのは当然ケイティ。
 ジェイは不機嫌百パーセントでそんな彼女を睨み大剣に手をかける。わたしはジェイと会ってからそれほど経ってないけど、それでもケイティと喧嘩してる場面は飽きるほど見ている。相当仲悪いよね、これ。
「他にオルテガおじさんの情報はないの?」
 と、これはエミりゃん。
 あれ、そういえばエミりゃんってジェイと仲悪い相手に容赦ないイメージしかない(こちらも会ってからちょっとしか経ってないのにこんなイメージが固まってる)のに、ケイティが相手してる時って魔法使ったりとかしないような気が……? なんでだろ?
「他に、ですか。まあ、各国の調査をするたびにお父様に報告に来たりしてましたけど、このところはさっぱり…… あの作戦への参加国の調査はもう終わってしまっていますから、今では何をしているのかわからないというのが現状ですか……」
「ふん。役に立たないわね」
 答えたアリシアさんに、冷ややかに返すエミりゃん。アリシアさんは苦笑している。
「も〜、エミりゃん! わたしは年が近いからまだいいとしても、アリシアさんはかなりの年上なんだからもうちょっと礼儀っていうものを考えないと駄目っしょ!」
「……かなりの年上って」
 わたしがエミりゃんに注意すると、なぜかアリシアさんが落ち込んだ。ど〜したんだろ?
「あんたも人のこと言えないわよ」
 エミりゃんには冷ややかな目で注意を返された。なんで?
 どがああぁぁぁあん!
 ぶわあぁぁぁぁああ!
 そこで聞こえてきたのは、ちょっと前に手に入れた魔法剣の効果音。前者はケイティのイオ系爆発音。後者はジェイのメラ系が打ち出された音。
 喧嘩がいつの間にやら魔法戦にまで発展したらしい。
「ジェイさん、ケイティさん! もうその辺に――」
 ふわっ。
 愈々止めないとやばいと思ったのか、アリシアさんが声を張り上げた時、エミりゃんが何かをした……と思う。
 ジェイ、ケイティ双方の魔法剣の効果が掻き消えていた。たぶん、マジックキャンセルってやつなんだろう。
「さすがですね、エミリアさん。さっきお父様に教わったばかりの属性別マジックキャンセルをもう使いこなしてるなんて……」
「アマンダに鍛えられたから」
 アリシアさんが笑顔で褒めると、エミりゃんは微妙に照れているように見えた。いや、見えただけかもしんないけどね。表情変わってるんだかどうかいまいちわかんないし。ていうか、アリシアさんの言ってることもわけわかんない。別にいいけど。
「ごめんね、ジェイ。魔法メインの喧嘩だと微妙にケイティの方が有利かと思って勝手に止めちゃったわ」
 と、エミりゃんはジェイに向きなおり言った。
 まあ、そう言われるとその通りかもしれないなぁとか思ったり。いざとなったらケイティはマジックキャンセルっていうのを使えるんだろうし。
「……別にそのくらいのハンデはやってもいいかと思ってたけど、まあここはエミリアに免じて許してやらぁ」
 エミりゃんには笑顔を向けて、しかし直ぐにケイティに対して意地の悪い表情を向けて憎まれ口を叩くジェイ。
 ケイティはそんな彼に対して鋭い目を向けたが、直ぐに逸らして言葉を紡ぐ。
「うっさいわよ。あんたはいつも一言多い!」
 それきり視線を逸らしたままで黙り込む。
 ? なんかいつもよりゆるい喧嘩だなぁ。大概は聞いてるこっちが滅入ってくるような雑言罵倒が繰り広げられたり、巻き添えを食わないようにするのが大変な大乱闘が起こったりするのに……
「話を戻しますけど……」
 そこで遠慮がちに発言したのはアリシアさん。
「結局、夢見るルビーで過去を変えることはできないと思っていいんでしょうか?」
「ん? まあ、十中八九な。変えれるんなら俺はラムスが殺られる前にどうにかしてたよ」
 淋しそうに返したのはジェイ。
 ラムスというのが誰なのかさっぱりだけど――たぶん昔死んでしまった人なんだろう。そして、その死ぬ瞬間に立ち会ったけれど彼には救うことができなかったんじゃないだろうか。本当に過去が変えられるのなら、そここそをどうにかしたかっただろうに……
 ジェイの言葉を聞いたアリシアさんは、ほんの少しだけ落ち込んでいるように見えた。
 アリシアさんの事情を考えると、変えたい過去というのがあるんだろう、というのは簡単にできる推測。
 それにわたしにだって…… つい最近変えたい過去ができちゃったんだよね……
 …………キンちゃん。
「その通り。夢見るルビーは過去に干渉できても大筋を変えることはできない。それができれば僕だって回りくどいことをせずにすむのだがね」
『なっ!』
 突然聞こえた声に、わたし達は戸惑った声をあげる。
 聞き覚えがない……とは言えないな。今まさに思い出していた人の声なんだから……
「久しいな、メル。それと君と君には一度サマンオサで…… 他の二人は初対面かな?」
 背後でする声に動悸が激しくなる。わたしはゆっくりと振り向き――
「ちょっとお願いしたいことがあって来たんだ。姉さんや他の人達も呼んできてくれないかな?」
 そこにいたのはかつてわたしを助けてくれた人。わたしに気を教えてくれた人。そしてキンちゃんを――

「悪くない茶だな」
 キースの淹れたお茶を飲んだゾーマは、開口一番そう言った。僕はお茶なんて飲まないからよくわからない。
「わかりますか? これはバハラタ産の茶葉でして、あそこは黒胡椒が有名ですが茶葉の栽培でもその名を轟かせてるんですよ」
「そうらしいな。まあ無駄に長く生きてるし、そういうことは自然と覚えてるさ。他にもノアニール産の茶葉が有名と聞くが、あそこは最近までエルフの呪いで機能が停止していたし、やはり値が高騰していたりするのか?」
「そうですね。在庫はそれなりに残っているらしいですが、いつ栽培が再開されるか不透明だったために相当な高値につりあがってましたよ。もっとも、無事に呪いが解けた今となっては通常の価格に戻りつつありますが……」
「ストップ!」
 延々と続くお茶談義に待ったをかけたのはアマンダ。他の人達も呆れているようだ。
「何だい? 姉さん」
「どうかなさいましたか? アマンダ様」
 本当に不思議そうに純な瞳でアマンダに訊く二人。キースには今日初めてあったから知らないけど、ゾーマは性格変わってるような気がするなぁ。
 前だってちゃんと話したわけではなかったけど、それでもこんな風にとぼけた感じじゃなかったと思う。まあ、あれから相当経ってるわけだし性格のひとつやふたつ変わっててもおかしくはないけど……
「何だじゃないわよ! あんたは結局何しに来たわけ? 茶葉について語りに来たわけじゃないんでしょ!」
 机をばんばん叩いて怒鳴るアマンダ。こっちは相変わらずの直情型だ。ゾーマが来る前までの光景を見た限りでは、やっぱり相変わらずでおもしろいことが好きみたいだし。そしてその分他の人に迷惑をかける、と。まあ、今回の場合は相手――ラッセルも喜んでる感じだったけどさ。
 まあ、アマンダが変わらないという事実について考えるのはこれくらいにして、ゾーマが何をしに来たのかちゃんと聞こっか。
 ほのぼのとした今までの展開につい勘違いかと思ってしまうけど、彼の中に感じられる魔力はあの時と同じ、Sのもの……
「別に改めて聞かなくったって、大体の予想はついてるんじゃないのかい? 姉さん」
 そう言ってアマンダに瞳を向けてから、そのままアリシア、キースと視線を移していく。
 魔族は揃って情報を集めているようだしそちらのお嬢さんは若い割にえらく頭がきれる、そう言ってゾーマはおかしそうに笑った。
「とするとラーミアの魔力が欲しいってとこからしら、やっぱり」
 え? 僕?
「ご名答」
「あんたは方々で魔力を集めてるみたいだからね。ラーミアの魔力を見逃す手はないでしょう」
 魔力を集めている? Sの魔力があるのに?
 確かにSの魔力は以前と比べて随分劣っているけど、彼自身の魔力とSの魔力が合わさればかつての彼の願い――世界の破壊というのは叶えられるだろう。にもかかわらず、さらなる魔力を求めるなんて、ゾーマの望みはあの時と違う?
「ひとつわからないのはなぜオーブを人々に分け与えたのかってことね。昔のあんたから考えて、人間への趣味の悪い嫌がらせかとも思ったけど、他の行動と合わせて考えてみるとどうもそうは思えない」
 オーブっていうのは僕の魂が分かれた魔力物質だったらしい。ちょっと前にアマンダに聞いた。無意識の内に色んな人に迷惑かけたみたいでちょっち自己嫌悪……
「まあ、あれはあれで意味があったんだよ。そちらの対応によっては後でわかることになると思うけど…… ああ、あと――」
 そこでゾーマは自分の胸を右手の親指で指して、
「こいつを中にいれてからは人間への嫌がらせっていう意味もあったんだ。こいつの魔力は生きるものの絶望に呼応して高まるみたいでね」
 ゾーマは苦笑して、もっとも高めすぎた感が否めないがね、と続けた。
 それを聞いた僕は暗澹とした気分になる。彼が言ったことは即ち、再び彼の意識をSが奪うことができてしまいそうな状況にあるということ。
 それだけは避けないといけない。アマンダのために。そしてルビスのために。
 ……ルビスは今どうしているだろう。アマンダとは会うことができたんだろうか。僕はまだ、怖くてアマンダに訊けないでいる。
「もうひとつ訊かせてください」
 手を挙げて発言したのはアリシア。真っ直ぐな瞳をゾーマに向けている。
 ゾーマは少し沈黙してから口の端を持ち上げて笑い、
「何かな?」
 と訊き返した。
「貴方がテドンを襲わせた理由です」
「……意外だな。そのくらいは諒解しているものと思ってたが」
 ゾーマは怪訝そうに答える。
「魔道生物を手に入れるため、という理由なら諒解しています」
「なんだ。わかっているんじゃないか」
「ただ――」
 おかしそう笑ったゾーマを真摯に見詰めたままでアリシアが言った。
「ただ?」
 ゾーマはとぼけたような表情で訊く。
「その目的を果たすなら村を滅ぼすまでする必要はなかったはずです。器である人を殺すだけでよかった。……違いますか?」
「…………」
 そこでしばらく沈黙が落ちた。
 器である人――つまり、ルビスが言ったようにSは人の中を渡り歩いて、というと表現が妙であるが、そのようにして存在してきたんだろう。そしてルビスもまたそうであることが窺える。
「人という生き物が、僕が考えていたよりも狡猾だったというだけのことさ」
「え?」
 ゾーマは心もち苦しそうに言葉を紡ぐ。
「テドンだって仮にも魔族の住む村だ。魔力操作に長けた者は山ほどいるし、人間如きが襲ったところで返り討ちにあうのが関の山だと思ってた」
 だけど――結果は違ったのだろう、きっと。僕はその事件を知らないし聞いていないけど、ここまでの話の筋からそれくらいは読める。
「しかし、人間は魔力封じの技術を用いて私達に対抗した……」
「そうだ。ガイアがイシス王墓に仕掛けた魔力封じの技術――あれをひそかに研究していたのだろう。本来は人間が村を混乱させている間に、僕自身の手で器を殺そうと考えていたのだが――結果として、魔力封じさえも跳ね除けるほどの実力者以外は…… 僕が浅はかだった。その点についてはすまないと思っている」
 瞳を伏せてゾーマは謝った。
「それは……もう過ぎたことです。貴方が頭を下げたところでどうにもならないこと」
 アリシアは表情を動かさずにそう答え、あとを続ける。
「ところで貴方の様子を見ていると、アマンダ様から聞いたような目的を持っているとは到底思えません。ラーミアを求めるのも、Sを求めるのも違う目的があってのことなのですか?」
「それは――」
「ちょい待ち」
 ゾーマの言葉を遮ったのはジェイだ。カップに入ったお茶を一気に飲み干してから言葉を続ける。
「まあ別に聞かなくてもいいっちゃあいいんだが、ちょっと気になったことがあってな」
 そう彼が言うと、ゾーマもどうぞ、と言って体の向きを変えた。
「どうも話を聞いてると、あんたが各国の王様を誑かしてテドンを襲わせたみたいに聞こえるんだが……」
「正確にはエジンベアの王に情報を漏らした。あの国は特に差別意識が高かったからね」
 そりゃまた嫌な国もあったもんである。
「そうか。まあ、それはいいや。で、聞くところによると魔族達の調査だと情報の出所はわからないってことになってた。けど、あんたが出所なんだろ? なんでわからなかったんだ?」
 そこら辺の調整はそう難しくないだろう。
「それは簡単だ。エジンベア王の記憶をいじった」
『いじった?』
 ジェイだけでなく、他の面々が同時に呟いた。そこに加わってないのは数人。
「そんなことができるのか?」
 と、これはアマンダになぜかウサネコと呼ばれているバーニィ。
「それほど大規模でなければ簡単だ。今回の場合エジンベア王の、僕から話を聞いたという部分の記憶だけを消せばいい。この場合情報として価値があるのは話の中身であって、それを提供した僕は記憶に留めておく必要はあまりない。話を聞いた相手が誰だったか思い出せなくともそれほど問題はあるまい? そういうケースならば記憶の改竄は案外容易だ」
 ここまで話してから、ゾーマはお茶の入ったカップを手に取り少量口に含む。そうして喉を潤してから続ける。
「ただね。難しいケースもあって、それは不特定多数が記憶を共有している場合なんだ」
「どういうことだ?」
 ゾーマを警戒して立ったままで常に腰の剣に手をかけているアランが訊いた。
「例えば君は海が塩辛いことを知っているね?」
「まあ、それは……」
 アランが怪訝そうにゾーマを見る。
「ああ、別に馬鹿にしているわけじゃない。ただ例として挙げただけだ。気にしないでくれ」
 アランの表情を不快として捉えたのか、ゾーマは軽く微笑んでいいわけめいたことを言った。そして続ける。
「まあそういう例では、誰か一人の記憶を改竄したところで他の人物と話をするだけでその意味が失われてしまうのだからやる甲斐というものがない。というかこの例では例え全ての者の記憶を改竄したとしても、海が実際に塩辛いという根底の事実が恒久に存在し続けるか…… はは、例が悪かったな、これは」
 おかしそうに笑ってからさらに続ける。
「では他の例を……そうだな。キメラというもはや絶えている生物を知っている者はいるかな?」
「キメラ! へえ、絶滅動物だったんだ、やっぱり。アランさん大当たりですね」
 ゾーマの言葉を受けて小声で言ったのはケイティ。ただ、狭い小屋の中、小声の効果はさしてなかった。
「へえ、知っているのか? 意外と物知りだね、君は」
 感心したように息を漏らしてゾーマが声をかけた。
 ケイティは戸惑いながらも答える。
「あ、いえ、知ってるっていうか…… キメラの翼ってあるでしょう? 昔そこからキメラって何だろうっていう話になって、その時にアランさんが――この人が絶滅動物か何かじゃないかっていう風に……」
 アランの方を指差しながら早口で言った。
「なるほど…… そういえばキメラはアイテムに名を残しているんだったね。それに探せば書物の中にも記述があるだろう」
 ゾーマは微笑んで彼女の方を見た。そして語る。
「ただ、大多数の人間はキメラという動物がいたことなど知らずに生きている。まあ、ここにいるのは博識な者が多いから例外としても――ね」
 そう言って魔族組と僕を見る。まあ博識っていうか、ただキメラが生きていた当時を知ってるだけだけどね、僕は。
「つまりキメラという生物の存在は消されたも同じようなことになっているといえるわけだ。それでもそこの子のようにあることをきっかけに知る者も出てくる」
 彼女のように縁のあるアイテムだったり、あるいは書籍だったりからね、そう言ってからゾーマは再びお茶を口に含んだ。
 それを飲み込んでから、口を開き、続ける。
「さて。ではその縁のあるものが全てなければ、そしてある時点で全ての人物の記憶を改竄し、キメラなどという生物の存在を――」
 そこでゾーマは右手を上げて自身の頭を指差す。
「――頭の中から消してしまえば…… それはもう、キメラなんて存在しなかったということになる。世界から、歴史からキメラという生物は完全に消滅してしまうんだ」
 真剣な瞳でそう言い切る。その視線の先にはアマンダ。アマンダもまた真剣そのものでゾーマを見返している。
「ただね。これは先にも言ったとおり難しい。縁のあるものを物理的に全て除くのも難しいし、何より全ての者の記憶の改竄というのも骨が折れる。この作業は人間単体を相手にしても相当な魔力を必要とするからね。全世界を規模とするならそりゃあとんでもないことになるさ」
 ゾーマは適当に笑ってアマンダから視線を逸らし、一人一人を見たけど、アマンダはゾーマから視線を外さずに見詰めつづける。
 たぶん気付いたんだ、アマンダは。彼がしようとしていることに。それは彼女の次の発言で確実になった。
「そんなことをしても意味がないことくらいわかっているでしょ? そんなことをしても根本は解決しない」
「……嫌だなぁ、姉さん。これはただの例だよ。キメラが存在した事実を消したって意味がないことくらいわかってるさ」
 ゾーマはとぼけた。
 アマンダはそれには取り合わず、肩をすくめて言った。
「……悪いけどラーミアは渡せないわね。馬鹿なこと考えてないで、Sの奴もさっさと消滅させて更生しなさい。なんならいい職を斡旋するわよ」
 冗談めかしているけれど瞳は真剣だ。
「Sを消滅させる……か。それは少々難しいだろうな……」
 と、突然聞こえてきたのはこの場にいなかった人――というより精霊の声。
『うわっ!』
 突然現れて勝手にお茶を淹れ始めた男に、大概の者が驚きの声を上げる。落ち着いているのはアマンダとゾーマ。意外なところでメルもだ。
「ガイア様。突然現れすぎです!」
 とアリシア。
 そしてさらに驚いた声をだしたのはケイティ。
「ガイアって…… まさかナジミの塔にいたお爺さんじゃないですよね?」
 ちなみに現在ガイアは精精上にみても三十代前半。彼は上位精霊だし年なんてとらないに等しい。ケイティが言っているお爺さんというのも世を忍ぶ仮の姿という奴だろう。
「おお、ケイティ嬢ちゃん。老人の姿がいいならそっちになるが?」
 と言ったガイアの姿は禿げた老人に変わっていた。僕は思わず吹き出す。
『あはは。なにそのかっこ〜』
「君は――Rの方だな。いや、他に倣ってラーミアと呼ぶ方がいいのかな?」
 ガイアは直ぐに元の若い格好に戻って訊いた。
『うん、そうして。僕、Rって呼ばれるの嫌いなんだ』
 そう答えるとガイアは笑顔で頷いて、今度はゾーマに瞳を向ける。ただ、その矛先はゾーマではない。
「そしてそっちがSだね。ラーミア、S共に研究所であって以来であるから、ざっと数えても一万年ぶり以上となるな」
「悪いがガイア。今こいつを表に出すわけにはいかないぞ」
 ゾーマが不機嫌丸出しでそう言い放った。
 ? ガイアのこと嫌いなのかな?
「わかっている」
「あの…… ガイア様はオーブの力がないとそのように出てこられない、という風にお父様から聞いたのですけれど……」
 笑顔でゾーマに答えたガイアに、アリシアが遠慮がちにそう訊いた。
「ああ、それは私がキースにそのように嘘を吐いたからだ」
「嘘だったのですか!」
 彼がきっぱりと言い放つと、キースが青筋を立てて叫んだ。
「こう見えても上位精霊だ。元の世界へ行くことはできんが、この世界でなら自由に動くくらいの魔力は自分で用意できる」
「ではなぜあのような嘘を……」
 キースは情けない顔で訊く。
「いつでもどこでも参上できると知れたら、何かと頼られそうだからな。面倒だからおいそれと出て来れないということにしたのだ。事実を知ってるのはルビスとゾーマくらいか?」
「あたしに教えなかったその心は?」
 と、不機嫌丸出しで言ったのはアマンダ。先ほどのゾーマと表情がよく似ている。
「お前はそんな事実を知ったら何かと面倒を押し付けてきそうだからな」
 アマンダは、ああそう! と答えて、今度はゾーマに不満の瞳を向ける。
「あんたは知ってたようねぇえ」
 ちょっと怖い。
「僕だって好きで知ったんじゃない! こいつが訊いてもいないのに無理やり教えてきたんだ! 何かっていうと世話を焼こうとするし、鬱陶しいことこの上ない!」
「ゾーマは何だか放っておけない感じでね。もっと頼って欲しいのに会いに来てくれないわ。呼んでくれないわ――」
「だからってわざと怒るようなことして呼ぶなっ!」
「ダーマでのことか? だからってお前、いきなり八つ裂きはないだろう? 会えたのは嬉しかったが、ダーマの人間は青くなってたぞ」
「知るかぁあっ!!」
 …………なんだか一気に緊張感がなくなった。わざとなのか、天然なのか。いずれにしてもすごいの一言だと思う。
「ダーマのことというのは?」
 訊いたのはアリシア。
「ダーマでお前にオーブの情報を与えただろう? 私はゾーマと約束をしていてね。彼の邪魔はしない、と」
「? なぜオーブのある場所を私に教えることが、ゾーマさんを邪魔することに繋がるのでしょう?」
 それは僕も疑問だなぁ。
「当時のゾーマとしてはなるべく遅くラーミアに復活して欲しかったのだよ。時間をかけて魔力を集めたがっていたし、Sの魔力の増強のための時間も取りたがっていた」
 そこでガイアは、ゾーマの前に置かれているカップを手に取りお茶を飲む。ゾーマの顔に明らかな嫌悪が映された。
 ていうか、さっき自分用のお茶淹れてたのにわざわざゾーマのを飲むってことは、完璧嫌がらせだね。
「まあ、アリシアに情報を与える程度ならそう問題もなかったのだろうが、それでもゾーマは普段から私に腹を立てているからね。そういうちょっとした刺激でもやって来ると信じていたよ」
 そこでゾーマの頭を撫でる。
「止めろ! うざい! 死ね! この世から消えろ!」
 ゾーマの口からは呪詛のオンパレード。
「まったく…… 考え方が基本的に暗いから、雑言ばかりが身につくのだ。もっとこう、大好きとか愛しているとか明るい言葉を吐きなさい」
「やかましいっ!!」
 ゾーマのこめかみには、先ほどから青筋が立ちっぱなしだ。そりゃあ、嫌われるよ……
「まあ、冗談はここら辺にするか」
 と、ガイア。本当に冗談だったのかなぁ……
 ガイアは言葉を続ける。
「結果的にダーマでアリシアにオーブの所在を教えたのは役に立っただろう?」
「うっ。それはそうだが……」
「今、お前の魔力とSの魔力はそう変わらない。アリシア達がのんびりとオーブを探していたのではラーミアの復活前にお前はSに体をとられていたはずだ」
「…………」
 沈黙するゾーマ。ということは、ガイアの言うとおりなのだろう。
 Sはもうそこまで回復してしまっているんだ……
「ありがとうは?」
 と、満面の笑みを浮かべたガイア。
 あれ? 冗談再開?
「……うるさい。誰がお前に礼なんか」
「そんな! 折角ゾーマのために一肌脱いだのにっ!」
 言ってなよなよと座り込むガイア。
 あ〜、やっぱり冗談再開みたいだね。
「止めろ! 気色の悪い! ……わかったよ。助かった。これでいいだろ?」
「はっはっは! いやぁ〜、ゾーマは可愛いなぁ」
「や・め・ろ!!」
 しかしそれにしても、この緊張感のなさはすごすぎる。ガイア恐るべしといったところだろう。
『ていうかゾーマは何でそんなにガイアが嫌いなのさ?』
 訊いてみた。
 まあ、見ていれば嫌う理由がいくらでも浮かぶけど、それにしたってきっかけみたいなものがあるはずだ。
「……性格が気に食わないというのが一番だが…… お前らのこともある」
『僕らって――僕とSのこと?』
「そうだ。こいつは、お前はともかくあいつの危険性に気付きながらも見逃していた。魔道生物も初期の段階なら大して問題にならない程度の魔力しか持っていなかったのだから、こいつがその気になれば処分はたやすかったはずだ。それを見逃しておきながら、Sが問題を起こしたあの時にアクションを起こさなかったのが気に食わん」
 それは――そうかもしれないけど……
『でも僕は…… ガイアに生きる者と認識されて嬉しかったよ。彼が僕たちを“殺さない”と言ってくれて嬉しかった。勿論Sのあの時の暴走は問題だったけど、でもそれはSが悪いんであってガイアは――』
「それでも精霊神のように止める努力をするべきではなかったのか? 百歩譲って初期の段階での処分をしなかったことをよしとしよう! それでもこいつは五千年前精霊神に協力すべきだった」
 確かにそう思うのは仕方ない。でも違うんだ。彼は手を出さなかったわけじゃない。
『ガイアだってそうしたかったはずさ。でも違う! ゾーマの言ってることは違う! ガイアは手を――』
「ラーミア、いいんだ」
 ガイアは僕の言葉を遮って、微笑みながらそう言った。
 しかし直ぐに悪戯っぽい笑みを浮かべてゾーマの方を向く。
「あれは照れ隠しなのだ。ゾーマは私のことを好きで好きで堪らないのだが、それを知られたくないのでああやって悪し様に言うのだよ。本当は私を愛しまくっているのだ!」
「ふ、ふざけるなぁああ!」
 当然青筋を立てて叫ぶゾーマ。ガイアはそんな彼を見詰めて楽しそうにしている。
 ……まあ、ガイアがいいのならいいけどさ、僕は。
「…………そうやって直ぐに茶化すところも気に食わん」
 少々沈黙してから搾り出すように言ったゾーマ。それは聞いたガイアは、少し肩をすくめて軽く息をついた。
「あ〜、ちょっといいかな?」
 と、遠慮がちに口を挟む人がいた。バーニィだ。
「ん? 何かな? バーニィ君」
「……何で名前知ってんだっつ〜疑問は気にしないし、いきなりこの部屋に現れたのも結構いまさらな感じなんで訊かねぇけどさ」
 ガイアの現れ方は空間転移の術とそう変わらないし、この面子とそれなりに一緒にいるのならいきなり現れるくらいはそれこそいまさらなんだろう。
「あんたは何なんだ? 確か大地の神様とかがガイアって名前だったが…… まさか」
「あ〜、まさにそれよ。こいつは世間で持てはやされてる大地の神ガイア様」
 適当に答えたのはアマンダ。
 へえ、人間の間じゃガイアってば神様扱いなんだ。ルビスと同じじゃん。
「……魔族やら、精霊やらと、妙な展開には馴れたつもりだったが…… まさか神様とはね」
 バーニィは疲れた表情でそう呟く。どうでもいいけど、僕こと魔道生物を忘れてるよね。
「まあ私も、神様などと言っても結局は精霊だし、そちらの双子の精霊達と同じと思ってくれていいよ」
「こいつらは精霊っつ〜より、うざい近所のババァって感じだし」
「失礼」
「ね、まったく」
 ガイアの雰囲気に飲まれていたルシル、レシルだったけど、バーニィの言葉に頬を膨らませて怒る。でもまあ、誰彼構わず可愛がってるあの様子を見た限りじゃ、バーニィの言うことももっともだろう。
 というかガイアだって今までの遣り取りから考えると、精霊やら神様やらだとは思えないような気もするなぁ。
「つ〜かよ。あれだな。この勢いだと精霊神ルビスまで出てきそうだよな」
 と、何気なく言ったのはレイルという男の子。
 何人かがあ〜と、ありそうだね〜的な感嘆をした。まあわからなくもないけど…… 事情を知る何人かは少しだけ表情を暗くした。
 ……ん? あれ? これまで一緒にいた時の言動とかから考えるに、一番こういう時に騒ぎそうな人が大人しい。メルだ。
 ずっとどこかを――あ、ゾーマの方か。そっちに鋭い視線を向けている。何か変だなぁ。
 ぱんっ!
 と、そこで突然アマンダが手を叩いた。結構大きな音が響く。
「話が横道に逸れすぎ。あんたのせいよ、まったく」
 そう言ってガイアをジト目で見る。
 まあ確かに、ガイアのせいだよね……
「何だ。アマンダも構って欲しかったのか? お前はいつも素っ気ないのに……」
「そういうことじゃないっての。つか、Sを消滅させるのが難しいってのはどういうことよ?」
 やはり茶化そうとしたガイアを軽くいなして、アマンダは大抵の者が忘れてしまっているだろう先ほどのガイアの言葉について言及した。
「つれないな。まあいいが。 ……Sに限らずラーミアも魔力の源は察しの通り――人によっては察しの通り『ある感情』なんだよ。だからこそラーミアは生まれつき希望に歓喜し、Sは絶望に狂喜した。つまり――」
「そういう希望や絶望に繋がる感情が――ひいてはヒトがいる限り魔道生物は存在し続ける、と?」
「そういうことだね。さすがアリシアは理解が早い」
 ガイアの後を続けたアリシアに、彼は満足そうに頷いて答えた。ケイティとアランはお〜、とアリシアに対して感嘆の声を漏らしている。
 なるほどね。僕はあの時のルビスがSを消滅させなかった理由を漸く知った。正確には消滅させられなかったんだ。だからこそヒトの中に送り込んだ。少なくとも器を与えることで魔力との親和力を抑えることができるから。
 五千年でかなりの回復をしているようだけど…… ルビスがただSへの対策だけを考えてメガンテを使っていたら、もっと時間がかかったんじゃないかと思う。
 ルビスは自分の意識を無くさないために、再びアマンダやゾーマと会うために手加減していた。世界のためにSをどうにかするよりも、自分のためにわずかな希望を残したんだ。あの時は嫌な決意だと思ったけど、あれ以上に嫌な結論も選べたんだね、ルビスは。
 ゲンキンだけど僕はあの時のルビスの結論は正しかったと思う。自己犠牲なんて大っ嫌いだし。
 あれ? ていうかだったら、ガイアが初期の段階で僕たちをどうにかしなかったのもそのせいだったり――
「だからゾーマがしようとしていることはある意味世界のためでもあるのだよ」
 僕の思考を遮ってゾーマの弁明に立ったのはガイア。さっきまでのゾーマ苛めみたいな展開からは考えられない立ち位置だね。
 ……まあ、さっき思いついたことは適当に無視しとこう。それだけが理由じゃないって信じたいのもあるし。
「……それでも、もっと簡単なやり方があるでしょう? こいつがやろうとしていることは、意味がない上に犠牲が出る」
「犠牲は運が良ければ出ないよ。そうだな…… ラーミアを渡してもらえばその可能性も高くなる。ガイアの話が本当ならラーミアだって消滅するわけではないしね」
 と、これまで不機嫌オーラ出まくり、怒鳴りまくりだったゾーマがにこやかに言った。
 それは……確かに。僕の魔力も併せれば――
「駄目よ。あんたの馬鹿な計画のためにラーミアを協力させる気はないし、そもそもあんたにも実行させる気はない」
 真剣な瞳でそう言い切るアマンダ。
 ゾーマは口の端を持ち上げて笑い、仕方ないねと呟いてから立ち上がった。
「なるべく平和的にいきたかったが…… 無理やりでいくよ。この小屋の中じゃ…… まずいか?」
 小屋の中に視線を巡らしてからキースの方を向き、訊く。
「私は別にいいですけど――」
「駄目ですよ! お父様!」
「そうですよ、キース様! 小屋はボロですけど、意外と食器類は高いのが多いんですからね!」
 あっけらかんと了承しようとしたキースを遮り、アリシアとラッセルが慌てた。
 親が適当だと子供が――ついでに手伝いの人も――しっかりするっていうのは正しいんだね……
「だそうです」
「そうか。なら外に出ようか。陳腐だが戦いで決着といこう。――邪魔はするなよ? ガイア」
「勿論」
 ガイアは楽しそうに笑って、そう答えた。
 邪魔するも何も、手出しできないだろうに…… いい性格してるよ、まったく。
「なあ、ケイティ。これまでの話わかったか?」
「あまり…… 取り敢えず、へぇ〜そ〜なんだ〜って適当に納得しとくことにしました。後でアリシアさんにでも訊きましょうか?」
「そうだな……」
 と、これはケイティ、アランの小声の会話。ふとそちらを見てみると、そこら辺にいた他の人達――バーニィやレイルもまた無言で頷いている。
 まあ確かにある程度事情に詳しい人じゃないと、今までの話は謎がかなり残るものだっただろうな。彼らの反応も当然だろう。けど――
「メルはわかった? ってわかるわけないか」
「…………」
 ケイティが冗談半分で訊いたが、メルはやはり鋭い目つきのままである一点を見詰めていた。――ゾーマの方を……
 何だか――嫌な感じがする……

 ガイアは約束どおり手を出さない気のようだし、双子の精霊は戦闘よりも研究よりのタイプ。そしてラッセルという奴は諜報活動を得意とする支援型。この四人がはずれるとしても、相手は――ラーミアを入れて十一。
 まあ、姉さんとラーミア以外はよほど油断をしなければ大丈夫だろうし…… 何とかなるだろう。
 取り敢えず一番注意しないといけないのは自分の魔力を使いすぎないことだ。普段よりも少々集中力を必要とするが、あいつの魔力を保険として使うようにしよう。
 さて……
 だっ!
「いきなりかいっ! 始めの合図くらい言ったらどうなの!」
 駆け出した僕に、姉さんが悪態をつきながら立ち塞がる。その延長線上には――ラーミア。
 僕の目的は彼らを倒すことではなくラーミアを手に入れること。
 しゅっ!
 そこで空間転移の術を使う。出現場所は――
『なっ!』
 何人かが驚愕の声を上げるのが聞こえた。
 僕の目の前にはこちらに向かってくるラーミアの姿。
 そして僕が出現したのは……元々僕がいた場所。
 僕が姿を消した時点でラーミアは警戒して移動を始めるだろう。ならその先はどこか。それを予想しての行動だった。
 向こうの心理としては、僕が元いた場所にまた出現するはずがないと考えるのではないか――そう読んだのだが……
 まさかこうもうまくいくとはね。
 さて。意表をつかれて動きが鈍っているラーミアをぱぱっと……
「っ!!」
 右方向から強い魔力を感じ大きく後ろに跳ぶ。すると、僕の目の前――僕が先ほどまで立っていた空間を激しく燃えさかる炎が侵食した。
 反射的にそれを放った者がいる方向を見ると――
「ふぅん…… 姉さんとラーミア以外にも中々手強い子がいるみたいだね」
「よくはわからないけど…… アマンダには一応魔法を教えて貰った恩がある。悪いけどあんたの邪魔をさせてもらうわ」
 僕の感嘆の呟きにそう答えたのは白い髪の少女。名前は――聞いてない気がするな…… 仮に白髪少女とでも呼ぶか。
「イオナズンッ!」
 叫び、白髪少女が打ち出した光弾は豆粒程度。しかしその数は数十――下手をすれば百を超える。しかしその威力は、彼女が叫んだとおりイオナズン級の光弾ばかり。
 ちょっと避けるには骨が折れそうだな……
「マホカンタ」
 僕は反射型魔法障壁を全方位に展開させる。彼女の光弾は正面、横手、上方、後方、あらゆる方向から迫っていたから。
「くっ!」
 どがああぁぁあん!!
 僕が障壁を展開させた時、白髪少女は軽く呻いて魔力を操作する。それにより正面から迫っていた以外の光弾は自ら地に落ち大地を穿つ。
 正面から来た光弾は僕が生み出した障壁に弾かれ、白髪少女に向けて突き進む。彼女はそれを――
「マジックキャンセル!」
 消滅型魔法障壁を展開させて無効化した。
 正面以外の光弾を地面に落としたのは、僕が反射したものによって自分の仲間に被害が及ぶことを防ぐためだろう。とっさにそこまで判断することができるのだから、頭の回転も中々に速いようである。
 それにしても、今のマジックキャンセルは属性別仕様のもの…… 雰囲気からしてエルフの血は継いでいるようだが、それでも人間としての気配の方が色濃い。たぶん寿命だって人間としての短き生しか持ち得ない程度だろう。とすると生まれて十数年……
 姉さんに指導を受けていたようだがそれにしたってすごい才能だな、これは。
 と、感心するのはこれくらいにしようか。
 僕は一旦全員と距離を取るために後方に大きく跳ぶ。これで対する全員を見渡せる。さて――
「ベギラマ」
 閃光系中級呪文ベギラマ――それなりに広い範囲を包み込む激しい炎を生み出す魔法。しかし今回は少し改良を加えている。
 炎は激しくうねり、十一の光の軌跡に分かれる。そしてそれぞれは対象に――僕と敵対する者達に襲いかかる。
 大体の者はマジックキャンセルで無効化するか、マホカンタでこちらに跳ね返す。
 僕は跳ね返ってきた閃光を軽く避け、目標を定める。
 まずは――
 気を込めた右足で地面を強く蹴り距離を詰める。まずはただ避けた者。そいつがたぶん天の叢雲の剣の所持者だ。
 元より長剣を携えているのは二名。片方は今ベギラマを迎え撃つために剣を振るい炎を打ち出すという芸当を見せた。これはキースが造った魔法具と見て間違いない。
 彼らは最後のオーブを手に入れた。ならばそれを実行に移すために叢雲でオーブからクラゲへの魔力供給を絶っただろうことは想像に難くない。そして持っているなら――キース製魔法具を使わなかった方。
「くっ!」
「アランさん!」
 アランと呼ばれた者は僕の動きに反応して水平に叢雲を振るうが、僕はそれを体を沈めて避ける。
 アランは叢雲を振り切ることなく次の一撃につなげようとするが――遅い。僕は右手を振り上げてアランの顎に軽く拳を打ち付ける。
 それで勢いをそがれたアランは次の手を打つのに遅れ、
「ぐあっ!」
 僕の続けざまの腹への一撃をまともに受ける。微妙にだが気を込めているのでしばらくは戦線に復帰できないだろう。
かんっ!
 叢雲はアランの手から落ち、甲高い音を立てて地面に横たわった。
 僕は他の者に注意を払いながらそれを拾う。これであいつの魔力を取り除かれることはなくなった。
 さて、お次は――
「イオ」
 爆発系の初歩呪文を放つ。目標は僕自身の足元。
 ばあぁん!
 激しく上がった土埃は僕の視界を遮る。とどのつまり、他の者からも僕は見えない。そこで空間転移し、
「なっ!」
 目の前にはこの前伝言を頼んだ灰の髪をした子。
「君には世話になったからね。痛くない方法で脱落させてあげよう」
 彼の顔面に手を置く。そして――
「ラリホー」
 ばたっ!
 今僕がかけたラリホーは特別製。魔力を強く練りこんでいるから、覚醒魔法ザメハを使ったとしても相当魔力を込めないと起こすことはできない。まあ、数時間すればザメハを使わなくても目覚めるがね。
「ウサネコちゃんっ!」
 姉さんが叫ぶ。
「ウサネコ…… 変わった名前の子なんだね」
 思わず呟く僕。長く生きてきてもこんな名前の人にあったのは初めてだ。
 まあ、そんな妙なことに感心してないで――
「はあぁっ!」
「マヒャド!」
「ベギラゴン!」
 後方と横手から力強い言葉が聞こえる。
 魔法具化した長剣で炎を生み出したツンツン頭の子と、氷結系上級魔法を唱えた黒髪の少女と、さらには閃光系上級魔法を唱えた白髪少女。
 いずれもよく練りこまれた魔力から考えて属性別マジックキャンセルじゃないと無効化できないだろう。マホカンタはここまで威力があると跳ね返せない――少なくとも白髪少女のベギラゴンまでいくと跳ね返せないし、それを全方位展開というわけにもいかない。属性別マジックキャンセルでそれぞれを迎えるしかないか……
 それにしても、僕が防がなかったらこのウサネコという子も巻き添えなんだが…… まあ、この子がいなければさっさと空間転移して避けるだけだがね。
 それぞれの攻撃が到達する前にマジックキャンセルを展開し、防いだら直ぐに攻撃に転じることができるように魔力を練りこむ。
 しゅっ!
「っ!?」
 そこで突然ウサネコの側に空間転移してきたのは姉さん。素早くウサネコを抱えると、空いている方の手に魔力の光を携え――
「イオナズン」
 それほど威力はないにしても――こいつはちょっとまずいなぁ。
 しゅっ!
 現れた時同様、空間転移してその場からウサネコごと消える姉さん。予め展開させていたマジックキャンセルは姉さん以外の攻撃を退けるが――
 どがあああぁぁあん!!

「殺ったんですか?」
「殺る気はないっての。物騒ねぇ、まったく」
 レイル君の言葉に、アマンダ様は呆れた様子でそう返した。
「直撃――したかはわからないけど、まあちょびっとくらいダメージ受けてるかもね」
 そう答えてから彼女はこちらを向く。
「アリシア! アランはどう?」
 私の傍らでアラン君の治療をしているアリシアは、視線はアラン君に向けたままで答える。
「外傷は完治しましたし命に別状はありませんが、戦いを続けるのはちょっと」
「いや…… 大丈夫――だ?」
 剣で体を支えて立ち上がり強がりを言ったアラン君は、突然宙に浮く。それはアマンダ様がつれてきたバーニィ君も同じ。
「足手まといだから――」
 そう言ってからアマンダ様は右手を一振り。ぷかぷか浮かんでいた二人は、それに伴ってガイア様やルシル、レシル、そしてラッセルが高みの見物を決め込んでいるところに――
「あっちで大人しくしてなさい」
「どわあああぁぁぁぁぁ!」
 吹っ飛んでいった。ちなみに叫び声は意識があるまま人間大砲みたいな感じにされてしまったアラン君のもの。
 ガイア様はにこやかにそれを迎え、アラン君はぎこちない笑みでそれに返している。
 たぶん、いらっしゃい、……どうも、といった感じの間の抜けたやり取りが為されていることだろう。
「あ、アマンダ様っ! 無茶しないで下さい! 大丈夫とは言っても怪我人は怪我人なんですからね! ……ちょっと行ってきます」
 そう叫んでからアラン君、バーニィ君が飛んで行った方向に向うアリシア。
 アマンダ様はその様子を見詰めながら軽く微笑み、再びゾーマ様がいた場所に瞳を向ける。
「しっかし、イオナズンは失敗だったわねぇ。ああも土埃が立ってるんじゃ防がれたんだかどうかもわかりゃしないわ」
 ウサネコちゃんの時みたいに不意討ち空間転移もできちゃうし…… と呟いて、アマンダ様は軽く息をつく。
「そういうことでしたら、このレイルめにおまかせあれ!」
 と、レイル君。
「どうすんのよ?」
「魔法を使ってみて防がれればあの中で健在の証拠。そのまま着弾すればすでに空間転移しているか弱っているか」
 ああなるほど、と相槌を打ったアマンダ様は、よしやれ、とレイル君に命令を下す。そのレイル君はイエッサーと元気に答えてから――
「メラゾーマ!」
 かなり巨大な炎を生み出し、土埃が立ち込める辺りに向けて打ち出した。
 炎はすごい勢いで目標に突き進み、そこに到達する直前――
 ぞわっっ!!
『なっ!』
 突然現れた禍々しい魔力に驚いて声を上げるアマンダ様と私。これは――
「メラゾーマが掻き消された…… つか、なんだあの魔力。まるで違う奴があそこにいるみたいじゃねぇか……」
 そう呟いたレイル君の視線の先では、相変わらず土埃が立ちこめている。その中にいるのは恐らく……
 しゅっ!
「っ!」
 そこで後方に何かが現れた気配がしたので急いで振り向く。瞳に映りこんだのは――
「メル!」
 倒れているメル君にレイル君が駆け寄る。気絶しているようであるが……
「キース…… あのアイテムは完成してるの?」
「……残念ながら八割方しか」
 緊張した面持ちで訊いてきたアマンダ様に、申し訳ない気持ちいっぱいで弱々しく答える。すると彼女は唇を噛み締めて、そう……、とだけ言った。
 ざっざっざっ。
 土埃の中からゆっくりと歩を進めて出てくる者がいる。ゾーマ様の姿のままのあの者が……
『久しい者、初めての者。どちらに対しても名乗っておいた方がいいだろうな…… 私の名は――』

 エミリアとは同時攻撃の打ち合わせをしていたんだけど、なんでケイティのやつまで揃うかね。まったく……
 まあ、今更と言えば今更だけどやっぱむかつく。
 しゅっ!
「ジェイ!」
 エミリアが突然俺の直ぐ隣に現れる。最近すっかりおなじみになった空間転移というやつだ。もう慣れてきたから、急に現れるくらいじゃ驚きもしない。
「よっ。エミリア。なあ今のって、俺達の攻撃は防がれたっぽいけどアマンダのは当たったのか?」
「わからないわ…… あいつが何か魔力を操る感じは受けたけど、マジックキャンセルやマホカンタを使ったのならあんな風に土埃は立たないだろうし」
 ぼわっ!
 と、そこで突然炎がこちらに押しよせる。しかし、エミリアがそちらに手をかざすと炎はきれいさっぱり消え去った。マジックキャンセルとかって魔法を使ったんだろう。
 さて、先の炎は誰が放ったかというと……
「いい加減真似すんの止めろっつってんでしょ! 馬鹿兄貴!」
「真似してねーっ! つか、いきなり魔法撃ってくんな! 危ねぇだろーがっ!」
「エミリアがいたから防いでくれることを見越して撃ったのよ。もっとも、あんただけだったとしても躊躇わずに撃っただろうけどね!」
 憎たらしい表情でそう言い切る、たぶん俺の妹のはずの女。
 はっはっは、相変わらずむかつくなぁ。この女は。
「妙ね。魔力の感じが変わったわ」
 と、突然エミリアが呟いた。
 俺はそういう細かいとこまではわからないので何がなにやらだ。もっとも、あのゾーマって奴の話なんだろうっていうのは予想がつく。
「確かに…… ていうか、私的にはこっちの方があの人の魔力って感じなんだけど。サマンオサではこっちだったし。本気を出すと魔力の質が変わるとかじゃないの?」
「やる気なしだろうとありだろうと、魔力の質自体は変わらないでしょ。ここまで違うともう別人としか……」
 しゅっ!
 エミリアの言葉の途中で背後に気配が生まれる。ゾーマが不意討ちかけに来たかと思って飛び退きながら急いで振り返ると――
「……誰だ? このおっさん」
 そこには傷だらけで意識を失っているおっさんがいた。歳は四十代半ばぐらいかそれよりちょっと下。なぜかヌイグルミ――傷だらけでほぼ原形を留めていないがたぶんヌイグルミを着込んでいる黒髪のおっさん。
 なんでこんなところに見知らぬおっさんが…… まあ、取り敢えず――
「治療してやれよ、エミリア」
「わかったわ」
 エミリアは素直に頷いておっさんの傷口に治療の光をあてがう。ケイティもまた、彼女の隣に座って手伝っている。
 う〜ん、にしてもホントに誰だよ、このおっさん。
 ん? あ、ゾーマが土埃の中から出てきた。やっぱ攻撃は防がれてたみたいだな。ピンピンしてら。

 ふぅ。危なかった。
 あのくらいで死ぬことはないが、それでも今あれをまともに受けていたならあいつに体を乗っ取られる可能性が高かったからな。
 攻撃用に魔力を溜めていたのが功を奏した。その魔力をマジックキャンセルに流用したというわけだ。そして、攻撃が当たったと油断させるために、自ら爆発系の魔法を足元に打った。というわけで、今僕の周りには土埃が充満していてかなり煙い。
 先ほど対ウサネコ時にも使用した戦法だが、今回は向こうの攻撃が当たったと思わせて……という意味も含ませているので心理を揺さぶる効果はちょっとだけ増している。
 次の行動はどうしようか…… ウサネコに対したのと同じでいくか、それとも向こうを焦らしてどう出るかを見るか。
 でもまあ、その前にやることができたか――
 がっ!
 土煙を切り裂きながらかなりのスピードで突っ込んできた相手を迎え撃とうと振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、何やら温かそうなヌイグルミを着込んだ者の後ろ姿。その者の手には大振りの剣が握られているが、そいつはそれを用いずに素手――ヌイグルミを着てはいるが――で少女の拳を受け止めていた。
 ちなみにどちらも僕の知っている者である。片方はできればその事実を否定したい格好をしているがね……
「余計な手出しはしなくていいと言ってあっただろう?」
「いや、なに。まるでこの娘の存在に気付いていないかのように無反応だったからついな」
 ヌイグルミは野太い声でおかしそうに言った。
 まったく…… 余計なお世話だ。
「その声…… オルテガおじさまっ!?」
 と、突然大きな声を上げたのは、突っ込んできた方の知り合いメル。それにしても、ヌイグルミの中身――オルテガを知っているのか?
「その呼び方をするのは――メルシリアか? なんだ。すっかり大きく……はあまりなってないか。しかし最後に会ったのは七つの時だし結構違う印象を受けるなぁ」
 オルテガもこの通り警戒を解いて友好的だ。二人も知り合いのようだな。
「なんで……」
「ん?」
 小さく呟いたメルに、オルテガが聞き返す。ていうかお前、ヌイグルミ脱げよ。
「なんでそんな人と一緒にいるのよ! おじさま!!」
 強い口調でそう言ったメルに少し面食らう。
「そんな人ねぇ…… 昔少しとはいえ一緒に旅した仲だろう。もうちょっと呼び方があるのではないか、メル」
「なんだ? ゾーマも知っているのか?」
「まあね。サマンオサ王族だと知ったのはこの間だが」
「それはどうでもいいことだしいいではないか」
「まあ、そりゃそうか……」
「そういう掛け合いはいいから! 答えてよっ!」
 ……? 何だか妙だな。昔はもっとふざけた調子の娘であったし、この間見かけた時も状況が状況とはいえ明るい感じを受けたが……
「俺はゾーマが一番魔族のことを考えていると思ったから行動を共にしている。そういうお前達はなぜゾーマの邪魔をする? 君のように人間だけならばともかく魔族のアマンダやキース、アリシアまで……」
 本当に不思議そうにそう訊き返すオルテガ。まあこいつとしてはそういう風に疑問に思うんだろうが……
「誰しもお前のように白黒はっきり境を決めているわけじゃないのさ。僕の計画だって完璧じゃない。いや、寧ろ突っ込みどころが多過ぎるくらいだ。姉さん辺りは確実に対抗する立場につくだろうとは予想していた」
 ウサネコには信用して欲しい、という旨の伝言を頼んだものの、姉さんは真実を知ればまず僕に敵対すると思っていた。そして悲しいことに予想通りってわけだ。
「だがお前の計画が成功すれば魔族は――いやそもそも魔族自体が――」
「それでも問題はあるって再三説明しただろう? それに姉さんとしては僕のことも――」
「しかしひとつの悪は滅びるだろう? 魔族を蔑み、忌み嫌うという人の心が生み出す悪は。それにお前だってうまくすればちゃんと――」
「その人は正しくなんか絶対にない!」
 再びメルが僕らの会話を遮る。
 またえらく突然な物言いだな…… まあ、彼女の言っていることは正しいとは思うがね。
「メルシリア、なんでそんなことを…… こいつは正義に生きる者だ」
「いや、さすがにそんな胡散臭いもののために生きてはいないぞ。お前も正義とか悪とか、そういう風に括ろうとするの、いい加減止めたらどうだ?」
 このオルテガは何かというとやれ正義だ、やれ悪だと決め付けたがる。
 当初こいつは、バラモスは――魔族は悪という風に旅立ったくせに、テドンのことを知ってからは、人間は悪、魔族は正義と正反対のことを信じ始めた。融通が訊くといえば聞こえはいいが、ある一面に触れただけで全てのことに対して決め付けようとするのは戴けない。
 まあ、そんな風に単純な思考だったからこそ僕も味方に引き込めたんだけどな。僕の計画の利潤面のみを説明してやったら、なるほどそいつはまさに正義だ、とこいつ馬鹿だろと思わせるくらい簡単に信じた。
 今となっては不利益と見える点を話しても賛同してくれるのだから、本当の意味での賛同者――仲間と考えてもいいのかとも思うがね。もっとも、僕の想像以上にこいつが馬鹿なだけとも考えられるが……
「そんなことない! こんな人が正しいわけなんてない! だって――」
 こっちはこっちで妙に頑なに言い張るメル。こちらを憎悪すら感じられる瞳で睨む。
 さて……? 昔、旅をしていた時は仲良くやっていたものだったが、何かしたかな?
 ああそういえば、僕はサマンオサを騒がせた元凶とも言えるわけか。あそこが故郷のメルなら怒っても仕方ない。
 もっともあの一件は、ガヴィラが望んだからちょいと協力してやった感じだったんだが、それでもきっかけを与えたのは僕だし、結構人間も死んだようだし…… 恨まれるか、そりゃ。
 それにあの時はまだ、あいつの魔力の増強のために人間を追い込むっていう意味もあったしなぁ。結局恨まれこそすれば、好意的な態度を取られるいわれもなし、と……
 身から出たサビだな、完全に。
 こういう話も聞かせてやれば、オルテガだって僕を正義だなどとは思わないのだろうが…… まあ、それは言う気はないな。わざわざ味方を減らすこともない。それに彼のことは友人としても割と気に入っている。
 そうだ。友人といえばグレリアビスは…… メルが常備しているのかと思っていたが、気配がないな。メルは気を使うのだから、気の力を増強できるグレリアビスを戦闘において手放すというのも妙だが……
「だって…… その人はっ!」
『そうだ…… 言え!』
 ? 今のは……あいつか? 何を言っている?
「メルシリア? 大丈夫か? どうした、震えているぞ」
 オルテガが訊いた。彼の言うとおり、メルは下を向いて震えていた。――泣いている?
 メルは震える手で腰に下げた袋を持ち上げる。その中に手をいれ、取り出したのは――
「あなたはっ! キンちゃんを殺したっ!!」
 …………メルの手の中には、グレリアビスの姿が――いや、そこに彼の気配は……ない。
「誰に聞いても、もうキンちゃんは戻らないって言われた!」
 あいつは何て言った? グレリアビスの所在を訊いた時、あいつは……
「だからわたしはっ!」
 ――あの武器か? あれならばメルという娘に返しておいた――
 そう言ってから、違和感のあることを……
「絶対にあなたを許せないっ!」
 ――くっくっく、久しく会わぬ内に、随分と口数が少なくなっていたぞ――
 そう言って……
「絶対に――」
 …………グレリアビスは
「あなたは正しくなんかないんだからっ!!」
 もう…………いない…………?
 どくんっ。
『忠告したはずだぞ、ゾーマ……』
 声が……もはや聞きなれてしまった声が遠くで聞こえる。
『最後まで気を抜くな、と』
 ああ、そうか…… ここは――
『賭けは――私が勝ったな』
 可笑しそうに弾んだその声を、僕は五千年前と同じ場所で聞いていた。

 ふっ。
 突如押しよせてきた巨大な炎をゾーマが打ち消す。いや、こいつは……
「誰だ! お前は!」
「えっ?」
 叫んだ俺に、メルシリアは涙の浮かぶ瞳を向け戸惑いの声を漏らした。
 それも当然だろう。俺はゾーマに向って先の言葉を放ったのだから。しかし、彼は違う。ゾーマではない。
『存外聡いな、オルテガよ。さほど魔力に敏感というようにも見えぬが』
 ゾーマだった者はおかしそうに言った。
「そんなことは知らん! だが、お前は違うっ!」
『勘……か? 中から見ていた時にも感じていたが、目の当たりにするとなるほど変わった男だ』
 そう言いながら翳した手に怪しき光が宿る。
『バギクロス』
「うおおぉぉぉお!」
 俺の体のみを集中的に風の刃が襲う。今着ているヌイグルミは魔法に対する耐性を高めた特別製なのだが、それをものともしていない。
 いやそれどころか、急所は外しつつ、それでも動くことができぬ程の傷は与えるというかなりの微調整を実行している。それほどの実力ならば……殺すことなど造作もないはず。
「くぅ……」
 俺は立っていることもできず倒れこんだ。
 なぜだ。なぜ殺さない。あれはやはりゾーマなのか?
 かすむ瞳を向けると……いや、明確な理由はないが、それでもやはりゾーマではない。
 ではどうして……
「はぁっ!」
 メルシリアの気合の叫びを耳にし、彼女が向う先――攻撃の対象であるゾーマだった者を見る。
 瞳が正確な像を刻んでくれないため定かではないが、やはり彼はメルシリアに対しても当身を食らわせて気絶させただけのようであった。
 わからぬ…… どういう……ことなのだ。
 そんなことを考えつつも、愈々意識を手放してしまいそうになったその時――
『ある意味、私は精霊神に負けているのかもしれんな』
 意味不明の言葉を呟きつつ、かの者は何かの魔法を使った。

 オルテガとメルという娘を空間転移させた後、私はゆっくりと歩を進める。漸く復活した私の初お披露目といこうか。
 もっとも完全復活とは言えぬがな。今のままでは魔なる子に取って代わられる可能性はそれなりに高いし、なにより以前の力の半分も戻っていない今の状態では完全復活などとはとてもとても。
 まあ取り敢えず、ゾーマが仕掛けておいた策を実行すれば大量の魔力を手に入れることはできるか…… それでこの体の主導権は掌握できるだろう。
 そこで土埃が薄くなり視界が開けてくる。
 ざっざっざっ。
 視線の先にはゾーマの姉と、竜族の血を継いだ男、他にサマンオサでゾーマが相手をしていた男と、先ほど転移させたメルも居る。少し離れてガイアやその他魔族、精霊、そして少数の人間が高みの見物。横目で見える位置には人間が三人とオルテガ。ラーミアは上空でこちらを警戒しているようであった。
『久しい者、初めての者。どちらに対しても名乗っておいた方がいいだろうな…… 私の名はシドー。かつては魔道生物Sなどと味気のない名で呼ばれていた者だ』
『シドー……だって?』
『そうだ、ラーミア。お前がそこの娘に名を貰ったように、私は――』
 そこで私は自身の――ゾーマの胸を叩く。
『この者にシドーという名を貰ったのだよ』
『……少し会わない間に随分と丸くなったみたいだね、S――いや、シドーと呼んだほうがいいのかな?』
『丸くなった? ……そう。そうだな。私も長い年月の中で人の心というものに触れてきた。自ら名を望むのも、こうしてお前のことをラーミアと呼ぶのも、その影響なのかもしれぬな』
 ぶわあぁぁあああっ!!
 ラーミアを見上げ、話していると、前方から熱波が押しよせてきた。迫り来る巨大な炎。
 ふっ。
『話の腰を折るのは戴けないがね』
 左手を翳し、炎を掻き消す。跳ね返したのでは、向こうの反応がよく見えぬしな。
「悠長に見てられるかっての! ゾーマは昔と違うことをしようとしてたけど、あんたは相変わらずなんでしょう?」
『……まあな。とはいえ安心しろ。今のままでは魔力が足りぬからな。まだまだ余生を楽しめるぞ』
 しゅっ!
 女の姿が消える。――空間転移。さて、どこに現れるか……
「イオラ!」
 光弾を解き放つ叫びが聞こえたのは後方。しかしそちらを向いたところで仕方がない。なぜなら今の魔法は、全て地面に向けて放たれていたから。
 辺りは土埃に包まれている。振り返ったとて視界は閉ざされているのだ。
 ……この場に来てから何度目だろうな、このように土埃にまみれるのは。正直水浴びでもしたいものだ。
 さて、次はどう来るか――
 あの者はゾーマ同様精霊神の子。ならばあれを使えるな。……念のために――
 そう考え、ある行動に移ったその時――
「ギガデイン!」
 どがああぁぁぁぁああぁぁん!!
 力強い叫びと同時に、まばゆい光が辺りを白に染め、轟音が響き渡る。そして私の体は光の筋に包まれた。
『悪くない威力だな……』
「なっ!」
 驚愕の声が左側から聞こえる。私はそちらに向かって跳び――
 がっ!
「ぐっ」
 女の腹に蹴りを打ち込んだ。先ほどの攻撃に余程自信があったのか、すっかり油断していたらしい。まともに入る。女は苦しそうに顔を歪めた後、何とか空間転移を行い他の者がいる辺りに戻っていった。
 大体の魔法は使用から着弾までに誤差が生まれる。対象にぴったりとくっついて放てばその問題も解決するが、明らかに現実的ではない。向こうも、私が相手ならばその誤差があるだけで攻撃が防がれることくらい予想できるだろう。とするとどうでるか? 答えが先ほどの通りである。
 精霊自身、もしくは精霊の血を色濃く継ぐ者のみが使用できる雷を繰る魔法ライデイン、そしてその上位魔法ギガデイン。これらは雷――つまり光と同じ速さで対象を打ち抜く。先に挙げた問題、使用から着弾までの誤差はないに等しい。ならばそれを精霊の子であるあの女が使うことくらいは予想がつく。というわけで私は、予め対雷に特化したマジックキャンセルを張っておいたのだ。
『やれやれ…… あの女がこの程度では――もはやお前が出張るしかないのではないか? ラーミア』
 現在の私の魔力ではラーミアのそれには遠く及ばない。ゾーマのを併せたとしても高が知れている。
『――そう、だね。君の魔力は前ほど高くない。今なら押さえ込むことができそうだ…… 逃げるなら今のうちだよ?』
 そう訊いてくるが、向こうも勿論逃がすつもりなどないだろう。こちらだって――逃げる気などない。まさに――
『攻撃なり何なりするがいいさ。私は逃げも隠れもしない』
 千載一遇のチャンスなのだから。
 ラーミアがこちらに向かって猛スピードで下降してくる。そうして魔力を高め――
「待ちなさい! ラーミア! 魔力を放ってはいけないっ!」
 ちっ。ガイアは気付いたか…… だが遅い。
 すでにラーミアの魔力は衝撃波として放たれた。威力はそれほどない。牽制といったところだろう。しかしそれで充分。
 私はその衝撃波をまともに食らった。

「っつー…… まさかギガデインをあのタイミングで防がれるなんて」
「大丈夫ですか、アマンダ様」
 キースの隣に戻ると、いつの間にこちらに来たのかアリシアが駆け寄ってきた。腹に治療の光を当ててもらう。
「サンキュ」
「待ちなさい! ラーミア! 魔力を放ってはいけないっ!」
 と、そこで突然聞こえた声は――ガイア? なんだっていうのかしら?
 その直ぐ後に、ラーミアの放った衝撃波がS――シドーを直撃する。つか、あれくらい防げそうなもんだけど……
 ……? 遠目にだけど、そのシドーが……笑ったように見えた。
『えっ! な……んで……』
 ラーミアの焦りを含んだ叫び。そして――
 しゅっ!
 その時起こったことはよくわからなかった。突然ラーミアが消えてしまったのだ。
 ん? いや、これは……
「シドーの魔力が増加した? え、しかしこれは――」
 戸惑った声を上げるキース。それもそうだろう。
 シドーの増えた分の魔力――これはラーミアに近い、というよりそのもの。つまり――
「まずったな。これはあまり面白くない展開だ」
「ガイア。今のはどういうこと?」
 急に隣に空間転移してきたガイアに訊く。
「ゾーマがオーブを自分の手元に置いてから人々に分け与えていたのには何個か理由があった。第一に絶望の拡大。これはシドーを手に入れてから生まれた理由だね。そして第二に、本当に人の幸せを願ってのことというのもあった。まあ、これはついでともいうもので主目的ではなかったが」
 まるで答えになっていないことを語るガイア。だけどきっとさらに先にこそその答えがあるのだろう。たぶんそれは――
「そして一番の理由が自身の魔力を織り交ぜることだ。強大な魔力を持つラーミアとはいえ、内側に魔力を潜り込ませ、そこから操作すれば抵抗できはしない。魔力としての純粋な存在であるから尚更な。そしてラーミアの魔力に少しでも触れることができれば、そこからその操作をできるという寸法だ」
 例えその魔力というのが攻撃に用いられたものだとしてもな、そう苦々しく呟いたガイアはゾーマ――だった者を見詰める。
 なるほど…… それであの子は、ラーミアとの実力差も気にせずやってきたわけね。ラーミアが私に遠慮してあの子への攻撃を控えていなければ、あの子はさっさとラーミアの魔力を手に入れてやることやっちゃってたわけだ。今となってはそうならなかったのがよかったのか、悪かったのか……
『はっはっはっ! こいつは気分がいいぞ! ここまで高い魔力を持つのは本当に久しいからな!』
 機嫌よさそうに叫ぶシドー。彼を見ながら少し疑問を抱く。
「あいつだって魔力としての純粋な存在でしょ? ならゾーマやラーミアは内側から――」
「あいつはもはや魔力だけの存在ではない。人と混じりすぎた」
 なるほど…… となると、頑張ってガチで倒すしかないってことになるけど――ちょいと無理があるわね……
「こうなったらあんたも手伝いなさいよ。母さんはどこにいるのやらだし、この場にいる中で今のあいつに対抗できるのはあんたと――ちょっと力不足だけどあたしくらいでしょ?」
「……それは」
 あたしの提案に何やら乗り気じゃないガイア。この期に及んでまだ手を出さない気かしら?
『そいつは無理な相談というものだ。女!』
 と、突然こちらの会話に割り込むシドー。つか、女って呼び方むかつくわね……
『ガイアは手を出せやしない。かつてあったアトランティス大陸。私が精霊神やラーミアと対している時分に海に沈んだそうだな。それがなぜ起こったのか知っているか?』
 妙なことを訊くシドー。
「なぜも何も、自然現象でしょ!」
 そうとしか答えようがない。
『それはそうだ。だがそのきっかけは、そこのガイアが我らの戦いに介入しようと魔力を解放したために起こったのだ!』
 へ? ――あ、そうか。
『合点がいったという表情だな。そうだ! この世界自身とも言えるガイアが力を使うこと――それはこの世界に変事を齎す! だからこそそいつは手を出すこと能わぬのだ!』
 ――くっ! そうね。そう言われれば道理だわ。しっかし……
「へこむからそうやって、役に立たねぇなぁ、みたいな目で見ないでくれ」
 無茶な頼みをしてくるガイア。
 まあ、こんなのは無視ね、無視。いないものと思いましょう。
 しかしそうなってくると――
『そう緊張するな、女! 私は今気分がいい。戦うつもりはないぞっ! 何より今のままではただの弱いもの苛めだしな!』
 言ってくれる…… でも、それは事実だ。
 それにしても何か性格まで変わってない? 鬱っていったら言い過ぎだけど、ちょっと暗い感じだったのに…… ラーミアの躁状態までうつったのかしら?
『そうだな。サービスだ。お前!』
「わ、私ですか?」
 突然指をさされたアリシアは戸惑う。
『そうお前だ! アリシアだな。母親に会わせてやる!』
「えっ……」
 呆然とアリシアが返した時、シドーはすでに髪の長い女の姿をしていた。あれは――
「……お母さん」
『アリシア。久し振りね』
 そんな声まで変わって……
 先ほどまでシドーはゾーマの声で話していた。今は、明らかに女性の声。
「お、お母さん。本当にお母さんなの?」
『そうよ。私の肉体は滅びたけれど、私の心はシドーの中にあり続けた。だから表に出して貰えた今、こうして話しているのは私自身の意思――』
 この時代、元々シドーが入っている人間はアリシアの母親だった。ゾーマがテドンを襲わせたのもそのため――
「お母さん。私、訊きたいことが……」
『何かし――』
 がっ!!
 シドーの言葉を遮ったのは――
「何のつもりだ、貴様っ!」
『……自分の妻に殴りかかるとはな…… 離婚されても知らんぞ?』
 シドーのいる場に飛び込み殴りかかったのはキース。彼にしては珍しく激昂している。
「何のつもりだと訊いているっ!! 答えによっては……覚悟しろっ!」
『何のつもりも何も――言っただろう? サービスだ、と。まあ、確かに今のは少し悪ノリではあったが…… それでも私は共に在った人間達の記憶を全て持っている。私はお前の妻でもあり、かつて私が共に生きた人間達でもあるのだ』
「そんな戯言を――!」
「なら、当時のお母さんならどう答えるかはわかりますか?」
 アリシアはキースの怒りを遮る。
「アリシアっ!」
「ごめんなさい。お父様…… でも私は――」
『訊きたい事があるのだろう? なんだ?』
 ……気のせいだろうか? シドーの表情は優しさに満ちているように見える。
「お母さんは…… 私を恨んでいるのでしょうか? お母さんは私を庇ったために死んでしまった」
 真剣な表情でそう訊く。そんなこと――あるわけないだろう…… どうしたらアリシアを恨むようなことがあるだろうか? だけど、これはまずいかもしれない。シドーはアリシアに絶望を与え、それを糧に――
「アリシア! 聞いちゃ――」
『そんなことはない。お前も大概愚かだな。なぜ私が――お前の母がお前を恨まねばならんのだ。お前を守れたことこそ、誇りだった』
 えっ?
『お前の母は誰かを恨むような女ではなかった。それは――お前が一番知っていることだろう?』
 ……あれは――本当にSなの?
 シドーはそこで満面の笑みを浮かべ――
『無事でよかったわ。アリシア』
 彼女は――
「お母さん」
「リ、リサ」
 アリシアとキースは彼女を――いや、シドーを見詰め黙り込む。あれでは本当にアリシアの母、リサだ。
 そこでリサは――ちがう…… シドーは冷たい瞳に戻り――
『……まったく。やはり愚かだな。記憶はあろうとも、私はリサ――お前達の家族ではないというに』
 シドーは呆れたような口調でそう言い、再びゾーマの姿に戻った。
『他にもいくらでも変われるぞっ!』
 そこでシドーは再び躁状態の変な奴モードに入り、姿をどんどんと変えていく。八十はいっていそうな爺さん婆さんから、六歳児くらいの男の子女の子。
『どうだ、面白いだろうっ! 五千年は長かったからなっ! こんなに一杯だっ!!』
 こいつほんとに取り込んだ相手の性格うつるんじゃないの? 微妙にラーミアの子供っぽい雰囲気とかぶるわ。
『こいつは宿っていた人間ではないが…… 最近魔力を奪ったものだッ!』
 そう言って今度は四十代半ばくらいの男に変わる。
「なっ! 親父!」
 叫んだのはレイル。忘れてたけどいたのね……
 いや、つーかこいつの親父さんってことは――サマンオサの勇者サイモン。
『なんだお前、こいつの息子か? 魔力を奪っただけゆえ、こいつの考えていることはわからんぞ』
 だからさっきみたいなのは無理だ、残念だったな! そう言ってシドーは笑う。
「ってめー! よくも親父をっ!」
 レイルが腕に炎を付加させて殴りかかる。う〜ん、彼はサイモンが殺られたと思ってるみたいだけど――
 シドーはレイルの一撃を軽く避け、彼の腕を取り捻り上げる。そして腕に付加している魔力を拡散させるためにマジックキャンセルをかけた。
『早とちりするな! こいつは死んではいない! 魔力を奪ったゆえ動けずにいるが、確か――ムオルという町に置いてきたから、かの地で介抱されているだろうさ!』
 叫んでからまた姿をゾーマに戻し、レイルの腕を放す。
 レイルは安心したのか、その場に座り込む。
『サービスはここまでだっ! 中々に楽しめただろう、お前達!』
 シドーはふわりと宙に浮かぶ。
『今日はこれまでとしよう! 次会う時は、しっかりと準備をして来るがいい! 私を止めるチャンスはその時だけと知れ!』
 くっ! このままだと逃げられるわ。そりゃあ、現状じゃ全く敵わないくさいけど、それでもこのままいかせるわけには――
「待ちなさいよっ!」
 そう叫んだ時――彼の体を一条の光が貫いた。

「なあ、ありゃあどういう展開だ?」
「さあ。何にしても敵対してるのは確かなんじゃないかしら。キースのおっさんが殴りかかってるし」
「おお、ほんとだ。しっかし、何か急にハイテンションだな、ゾーマって奴。コロコロ姿が変わっておもしれぇし」
「そうねぇ」
「あんたら、やる気あんの!」
 あまりにのん気な馬鹿兄貴とそのツレに対し叫ぶ。ゾーマっていう人は戦う気がもうなさそうだけど、それにしたって落ち着いている場合じゃないだろう。
 ちなみに、さっき急に出現したおじさんはもう完治している。エミリアと一緒にさっき頑張ったからね。
 まあ、意識は戻ってないけど…… その内起きるでしょ。
「うるせぇなぁ。話をしている奴を不意討ちするような卑怯な手は使わない主義なんだよ」
「あんたがそんな良心的なわけないでしょ! あ〜! ほら逃げそうだし!」
 ゾーマはふわりと宙に浮かび上がった。
「逃げてくれんならいんじゃね?」
「ジェイの言うとおりね。まあ、どうしてもっていうんなら、ケイティが攻撃でもすればいいじゃない?」
 二人はまるでやる気なし。これはエミリアの言うとおり私がやるしかないかないのかしら…… でも、私の魔法であの人にダメージなんて…… そもそも防がれ――あっ! そうだよ、サマンオサであれ出来たんだし! まあ、さっきアマンダがさらに上位のを使って防がれてたくさいけど、でも今回は完璧な不意討ちだからもしかしたら、だよね。
 ……卑怯とか言わないように。
「エミリア、見てなさい! あんたができなかったあの呪文、使ってやるんだから!」
 あれはエミリアも一度も成功していない。もっともアリアハンにいた当時の話だから、今はわからないけど……
「あの呪文……? ああ、あれ。へえ、じゃあやってみてよ。見てみたいわ」
 そう言って珍しく私にも笑顔を向けるエミリア。
 おお! まだできてないんだっ! うわぁ〜、エミリアにできなくて私にできる呪文って初じゃない? うれしいぃ!
 よっし! 集中、集中!
 ………………
 すぅ。
「ライデイン!」
 がああぁぁぁああぁん!
 大地を突き刺す音が轟き、眩いばかりの光が瞳を差す。魔力の生み出す光はゾーマを飲み込み影を生み出した。
「どうよっ! 見た?」
「へぇ…… すごいわね。雷を司る下位精霊はどうやっても協力してくれないんだけど…… どうやるの?」
 うわぁ! エミリアに頼られちゃったよっ! あのエミリアだよ、エミリア! もう、嬉しくて仕方ないよぉ。……あ、でも。
「えっと…… 勢いで使ってるから、どうやってる言われても困っちゃうかなぁ、なんて」
「……使えないわね」
 ………………
 いつも通りの冷めた目で言い放たれた。
 い、いいんだっ! エミリアが使えない魔法使えるってだけで嬉しいからっ!
『今のはお前か? ただの人間かと思っていたが……』
『うわっ!』
 私達の輪の中には、いつの間にかゾーマが加わっていた。驚いて飛びのく私たち。
「き、効かなかったの?」
『さきほどのライデインか? まあ、最速着弾呪文を不意討ちで撃たれたから食らいはしたが、威力はなかったからな、はっはっはっ!』
 うわ…… エミリアにばっさり切られたばっかなのに、追い討ちかい。
 軽く落ち込んでいると、ゾーマは端正な顔でこちらを見詰める。その瞳に映っているのは、私とは違うもののように思えた。
『それよりお前…… ああ、そうか』
 そこでゾーマは、納得がいったというように大きく頷いた。
 その顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。
『私は急ぐからな。今日はこれで去るが――』
 言葉を切り、私を懐かしそうに見る。
 いや、初めてではないけど…… でも、懐かしがられるほど知り合ってはいないわよ?
『次に会った時には、彼女がどうなったのか教えてくれ』
 しゅっ!
 そう言って、彼は消えた。何だったのかしら? 本気で意味わかんないわ……
 戸惑っていると、ジェイがにやにや笑いで――
「しばらく会ってない間にイケメンゲットしてたみたいだな。よし、さっさと嫁に行け! いやぁ、これで家が広くなるってもんだ!」
「ふ、ふざけんなーっ、馬鹿兄貴ーーーっ!!」
 叫んだ時、アマンダ達が連れ立ってこちらに向ってきた。

 合流した全員を前に、アマンダやガイアお爺さん――ではなくてガイアさんが説明をしているのを聞いた結果、話が冗談なんじゃないかと思えてしまうくらい大きく、そして入り組んでいることがわかった。
 それでも最後にあの人――シドーが言い残したことに関しては謎のままだったけどね。ただ、ガイアさんは何やら含むところがあるようで、もしかしたら推論くらいはもっているのかもしれない。
 それと、これからの私達の身の振り方は――正直、不確定と言うしかない。シドーがどこに向ったのか、それすらもわからないというから。
 しかし彼がアマンダ達に対して言い残したことを考えると、私達がやってくるのを待っていること、そしてきちんと準備をしていかなくては倒すことはできないということは容易に想像できる。
 でも妙ではないだろうか?
「何だか…… 私達に倒されようとしているみたいじゃない?」
「そうとも言えないっしょ? 万全の準備をしたあたし達を倒して格の違いを見せ付けたいのかもしれないし、そもそもあいつに目的を完遂するだけの魔力が戻ってないのかもしれないし―― まあ、何にしても予想しかできないわね」
 そうなのだろうか……? 私はあのシドーからそれほど嫌な感じを受けなかった。寧ろ――
「あたしはあいつがどこに向ったのか探ってみる。つか、ガイアっ! あんたならわかんじゃない?」
 訊いたアマンダに、ガイアさんは笑みを浮かべて答える。
「私はこっちの世界しか観られなくてね」
 こっちの世界?
「なるほどね。あいつは魔力で無理やりあっちへの穴でも空けたってわけ。そういうことならその穴を探してみるわ。キースはあの道具を完成させておいて。時間があればラーミアの分も造りなさい」
 さっぱり意味のわからないガイアさんの言葉に納得してからキースさんに頼み事――というか命令をする。そしてこちらを向き、
「あとの皆は一旦解散。シドーの言った準備ができたらあたしが呼びに行くわ。それまでに、これ以上関わるかどうかを決めておいて」
「それは――関わるなって言ってるように聞こえるな」
 そう言ったのはバーニィ。
「そう……とって貰って構わないわ。正直、あいつ相手じゃどんなに準備しても分が悪い。私だって力が足りているとは言えない……」
「……そうか。だがな、俺は予め宣言しておく。最後まで関わる。仲間は大事にするようにしてんだ」
 軽く微笑んで言ったバーニィに、アマンダは苦笑してそう、とだけ言った。
「他の子達はもうちょっと考えてから結論を出しなさい。この子の真似しちゃ駄目よ。馬鹿だから」
 しばらく経ってから、彼女は全員を見回してそう言った。今度はバーニィが苦笑して、言ってくれるぜ、と呟いた。
 そしてアマンダはさらに続ける。
「あいつと戦うのが辛い者もいるだろうしね」
 そう言ってアリシアさんと、キースさんを見る。聞いた話から考えれば、なるほどそうだろう。
「わ、私は大丈――」
「だからゆっくり考えなさいってば。まだ時間はあるんだから」
 アリシアさんが慌てて答えると、アマンダは面倒そうに手を振ってそう言った。そして今度は私の後ろに視線を送る。
「それからオルテガは絶対に関わらないように。怪我は治ってるけど、無理すると後遺症残るわよ」
 そう。どうやらヌイグルミのおっさんは父さんだったらしい。まあ、だからってどうというものでもない。連れて帰れば母さんとじいちゃんが喜びそうなのは嬉しいけどさ。
「だがゾーマは友人だ。俺はあいつを――」
 父さんは、傷は消えていても痛むのか、少し顔を歪めてそう返した。
「あいつのことはあたしに任せときなさいな。大丈夫よ」
 そう言って笑うアマンダ。だけど、どこか悲しそうだった。
 そうだ。さっきからしっかりしているから忘れていたけど、彼女は弟が意識を奪われ、旧知の友であるラーミアもまたシドーに取り込まれた。悲しくないはずがないんだ。
「じゃ、各自故郷に帰るなりなんなりしなさいな」
「アマ――」
 声をかけようとすると、彼女はもうそこにいなかった。たぶん、穴とやらを探しに行ったんだろう。
「さて、だったらアリアハンに帰るか…… 父さんも来るんだろ?」
「むぅ、俺か? しかし俺は死んだことにしてあっただろう? 帰っては混乱が――」
「そんなの気にしなきゃいいじゃん? まあ、どうしてもってんならこっそり帰ればいいし」
 そこで、じゃあ来なければいいじゃん、という選択肢を提示しない辺り、ジェイの奴は何だかんだで帰ってきて欲しいと思っているのではないかと思う。
「……それもそうか。ま、騒ぎになったらなった時のことだしな! あっはっはっ!」
「そういうことだぜ!」
 そう言って大きく笑い、肩を叩き合う二人。何かいきなり意気投合してるし……
「あ、だったらわたしもアリアハン行く〜!」
 ちょっと前まで悩んでいるようだったメルが、明るくそう言い放った。相変わらず切り替えが早い。
「っておい! お前、サマンオサには――」
「だって、アマさんが迎えに来るまで結構時間かかるんでしょ? だったら一、二日くらいおじさまの家で愛人のように過してもいいじゃない?」
 レイルの抗議に、メルはあっけらかんとそう答えた。
 愛人ってあんた…… 母さんもいるのにいいのかしら?
「そうすると、アリアハンに来るのは六人ね。他に増えないでしょうね?」
 エミリアが面倒そうに言った。それに対して異論ある者はいないようだった。
「じゃあ――」
「あ、ちょっと待って」
 問答無用でルーラを唱えようとしたエミリアを制止してから他の人達に視線を向ける。一応どこにいるのかくらい知っておいた方がいいだろう。何か相談したいことができるかもしれないし。
 まずバーニィに視線を送る。
「俺は一応故郷帰ってみるよ。とはいえ、そこは名前もない村落だし、何か用がある時はノアニールにでも来てくれ。宿の人間にでも、お前らが来たら村までの地図を渡すように言っとく。あそこからなら数十分程度歩けば着くしな」
 結構丁寧な言葉が返ってきた。盗賊なんだよね、この人。何だか違和感ありまくりだけど……
 次にレイルは――
「俺様は親父を迎えに行ってそのままサマンオサに直行だよ。メル、お前早めにこっち来いよ? ライラスのおっさんには適当に言っとくが、ガダル辺りに嫌味言われるのは俺なんだからな!」
 彼が眉を顰めてそう言うと、メルは面倒そうにああ、はいはい、と答えて明後日の方向を見た。これは一、二日で帰るか怪しいわね。
「そうだ、ケイティちゃん。せっかくだし、俺様の家に来ないかい? やっぱり両親に紹介っていうのは大事――」
「必要ないから」
 メルの反応を顔を顰めて見てからレイルは私の方に向き直って色々言ってたけど、明らかに付き合うのがだるい内容だったので早々に遮って話を打ち切る。
 で、後は――
「私は基本この小屋にいると思いますが、テドンにも行きたいですし、ジュダンさんに面会とかも―― それにロッテルさん達にも会いに行こうかと考えています」
 これはアリシアさん。ロッテルさんというのが誰なのかわからなかったけど、まあ知り合いなんだろう。
「私達はキー」
「スの手伝いか」
「な? まあ、シ」
「ドーに挑む時は足」
「手まといになるし」
「ついていかな」
「いけど、キースの」
「道具造りなら私」
「達も専門分野だし、役」
「に立てるからね」
 これはルシルさん、レシルさん。
「ぼくもそんな感じです」
 続いてラッセルさんだ。
 彼らは戦闘技術を持たないというし、当然だろう。彼らには彼らなりの戦い方があるわけだ。
 そして――
「私は当然この小屋にいますよ。アマンダ様に言われた通り、対魔道生物用の道具を完成させないといけませんし、ラーミアの分もいるとなるとまた時間がかかります」
 ルシル、レシルが手伝ってくれるのならはかどりそうではありますが…… そう呟いてから、なぜか嫌そうな瞳を双子の精霊に向けるキースさん。
 ? 何で嫌そう?
 まあ、それはともかく、これで全員の身の振り方がわかった。
「で、私達はアリアハンにいます。アランさんとエミリアは海神亭っていう宿屋さんにいるし、私とメル、父さん、それからこのツンツン頭は街の南東あたりの赤い屋根の家にいますから」
「……おい」
 ジェイの奴が睨んでいる。ツンツン頭っていうのが気に食わなかったんだろうけど、無視! 勿論、嫌がらせ♪
「じゃ、エミリア出発しよっか? さあ、皆でエミリアにつかまろ?」
「馬鹿女、無視してんじゃねぇ!」
「ば、馬鹿女言うな!」
 やっぱ、無視し続けるのは難しかった。だってこいつむかつくんだもん。
「馬鹿は馬鹿としか評せないからな。馬鹿女と呼べないんなら、馬鹿と呼ぶしかない」
「……ぶっ殺す!」
 そんな感じでいつもの抜刀ありの喧嘩に発展すると――
「さすが俺の子供達だな。元気がいいっ!」
「いや、止めてくださいよ。オルテガさん」
 おかしな感想を言った父さんと、疲れた声で父さんに話しかけるアランさん。彼の腰には、変わらず草薙の剣が差してある。シドーは不利になるはずなのに、この剣を置いていったのだった。やっぱり、あの人――シドーは…… いや、まあ予想しかできないんだし、ここら辺で止めとこう。
 と、そこでエミリアは問答無用でルーラを唱えた。
 うわっとっとと! 短剣構えたまんまだったからちょっとびびった。
 この状態じゃ喧嘩なんて続けらんないし、ジェイを一睨みしてから武器を収める。向こうも大剣を鞘に収めていた。
 ていうか本当にいきなりだったから、アリシアさんとかに挨拶できなかったなぁ。まあ、仕方ないか……
 何にしても家に帰るんだし…… 楽しみだよね。状況が状況とはいえさ。そうだ、ティンシアとかリアにも会いに行こうっと。