28.幸福へのプレリュード

 空を仰ぎ見ると、そこにはただ闇が拡がるだけ。この時間帯ならば当然齎されるはずの、黄金色に輝く陽の光を享受することはできなかった。
 ある人は、もうこの世界は終わりだと言った。
 ある人は、世界が生まれ変わるのだと言った。
 だけど、この世界から昼が消えて十と五日ほど経つが、それ以外の変事が起きるわけでもなし。もはや誰もがこの状況に慣れ、少しずつ日常が戻ってきているようだ。
 そして、私もその内の一人だ。実際問題、多少鬱々した気分になるとはいえ、ずっと夜のままだからといって特に困るというわけでもない。学者さんの中には、長時間陽の光を浴びないでいると死んでしまう、とか主張している人がいるらしいけど、そんなわけないと思う。  結局、私を取り巻く世界は『日常』なのだ。
 さて、そろそろご飯の準備を始めないと…… いつでも暗いから断定はできないけど、そろそろ昼ご飯時のはずだ。今日は焼き魚と野菜炒めと……
 ばしゃあぁぁぁん!!
「な、なに!?」
 突然聞こえた何かの着水音。それは日常の範疇か、それとも非日常の来訪か。

「へ…… へ…… へ〜っくしょん!!」
「うわっ! まったく…… 汚いわね」
 ずぶ濡れの体を両腕で抱え大きくクシャミをしたバーニィに、大げさに飛びのいて文句を言ったのはアマンダ。さすがにひどいのではないかと思うがなぁ。というのも――
「誰のせいだ、誰の! ……お前、何で俺だけ浮かさなかったんだよ!」
 これはつい先ほどのことに対する文句。
 少し前、違う世界に続くらしい穴に落ちた俺達は、突然大量の水――いわゆる、海の上に飛んだ。その際、魔法に長けている者達はそれぞれの力で宙に浮かび、それ以外の者達はエミリア、アマンダの力によって重力の呪縛を断ち切った。
 ちなみにエミリアは俺だけを浮かせ、アマンダはアランさんとメルを浮かせた。つまり、もう一人の魔法下手バーニィは誰の力も享受することなく、冷たい水の中へとダイブしたのである。
 そういうわけで、バーニィの文句も当然と思われるのだが、
「あんたはああいう時、キャラ的に落ちとくべきじゃないかと思って」
 と、アマンダが真面目な顔で言った。どんな理由だよ、と呆れつつも、つい賛同したくなるのが不思議だ……
「妙なキャラ付けしてんじゃ――は、は、はっくしょんっ!!」
再び大きなクシャミ。と、そこで、
「これで体を拭いて、こちらに着替えてください。亡くなった父のものを発掘してきたのでサイズが合っているかどうかわかりませんが……」
 と言いながら、タオルと着がえの服を差し出したのは、今いる建物の主である女の人――リッツァだ。腰まで下ろした黒い髪と布製の衣服。普通の村人Aといった感じ。
 もっともここは、村とか町とかそういう人が集まっているところではなく、数十分もあれば一回りできそうな島にぽつんと一軒建っている小屋。そしてここの住人は、バーニィにタオルを渡した後熱いお茶を持ってきたリッツァと、もう一人――
「ほら、ラリィ。こっちに来てご挨拶しなさい」
 扉の陰に隠れてこちらをちらちら見ていた男の子に、リッツァがそう声をかけた。すると、十歳に満たないであろうラリィはおずおずとこちらに歩み寄ってくる。彼らがどういう関係なのかはまだ聞いていないが、それもいくつかに限られるだろう。
「はじめまして…… こんにちは」
「こんにちは」
 弱々しく挨拶したラリィに、ケイティのアホが愛想よく返す。まあ、そこまではいいとしてもその後が余計だった。ケイティはリッツァの方を向いて、
「可愛いお子さんですね。それにしても、こんな大きなお子さんがいらっしゃるようには見えません。お若いですね」
「……いえ、その子は弟です」
 ……………………
 長い沈黙の後、アホが慌て出す。
「すすすす、すみません!! とんだ失礼を〜!」
「……いえいえ、構いませんよ。実際、十六歳差ですから親子と思われても仕方がないかと」
 リッツァは微笑んでそう言ったが、引きつった笑顔が彼女自身の言葉を否定していた。さすがに、弟を息子と勘違いされて気にしない道理はないわな。
「まあ…… そんなことより、ちょっと訊きたいんだけどね」
「はい?」
 アマンダが話を変えるついでに声をかけると、リッツァは今度こそわだかまりない笑みを浮かべて応えた。
「ここから一番近い街までどのくらいかしら?」
 と、アマンダ。取り敢えず、どこかの街で情報集めでもしようという腹づもりだろう。
「それでしたら、船で大陸へ接岸し、そのまま東へ三時間ほど進めば、ラダトーム城下町がありますよ。……それにしても、皆さんはどこからいらしたのですか?」
 俺達は突然海上に現れた形になる。キメラの翼やルーラを使って飛んできたのだと説明したところで、不信人物として訝しがられるのが関の山だろう。だからって、本当のことを話したところで信じてもらえるとも思えないが……
「実は違う世界から来たみたいな感じだったり〜」
 と、この頭悪そうな説明はメルこと、メルシリア=デル=フォーン=サマンオサ。とても見えないが、サマンオサ国の王女だ。
 まあ、そんなことはともかく、さっきの説明でリッツァが理解できるはずもないだろう。
「……なるほど、わかりました」
 えっ、わかっちゃったのかよ? ……いや、違うか。おそらく、何か事情があると深読みでもされたのだろう。深く立ち入ってこないのは気遣いゆえか。
 まあ、面倒くさくなくていいけどな。
「では船をお出ししましょう。ラダトームに向うのでしょう? まあ、こちらは無料というわけにはいかないのですけどね」
「無料じゃないって、どのくらいかしら? そんなにたくさんは持っていないんだけどねぇ」
 どんな事情だとしても、取り敢えず金づるであることは違いないと判断したのだろう。くだんのラダトーム城下町へ向うための船に関する金銭交渉を始めるリッツァ。答えたのはアマンダだが、金ならそれなりに持っているっていうのに…… よくもまあ、真顔ですらすらと嘘を。
「いえいえ。大陸までは数百メートルの距離ですから、それでそんなに多く要求するようなあくどい事はしませんわ。まあ、千ゴールド程度頂ければ……」
「もうちょっとまからないかしらねぇ。本当に少しの距離らしいし、千ゴールドってのはどうかしら?」
「最近物騒な生物が多いようでして。ちょっとの距離でも油断できないのですよ。不自然に巨大なイカが船を襲うという報告も多いですし、普段大人しいはずのしびれクラゲまでも集団で襲い来るといいますし、それを考えると千ゴールド程度は頂かないと割に合わないのです」
「う…… ふぅん、そういうことなら――まあ、仕方ないか」
 リッツァの説明を聞くと、さすがに納得したのかアマンダがバーニィの財布を探り出す。そこから出したのは千ゴールド紙幣。
 それに黙っていないのは当然バーニィ。
「おい! 何で俺の財布から出すんだよ!」
「そんなの、あたしのお金を使いたくないからに決まってるじゃない」
 何を当然のことをというようにアマンダが答える。いやまあ、そりゃあそうだろうけどな……
「そんなら俺だって使いたくないわい!」
「適当に無視しとくわ。はい、じゃあこれ」
 バーニィの言葉を宣言どおり無視し、アマンダはリッツァにさっさと紙幣を渡す。バーニィはさらに文句を紡ごうとしたが……
「何ですか? これ」
『は?』
 リッツァの返しに声を揃えて呟く一同。
 そして、アマンダが代表して至極当然のことを説明する。
「何って…… 千ゴールド紙幣でしょ?」
「千ゴールド『紙幣』? 紙幣は昨年製造された一万ゴールドのものしかないはずでしょう? 千ゴールドでしたら、こういう貨幣が――」
 と言ってリッツァが差し出したものは俺達が持つ物とは似て非なるものだった。貨幣なのだから俺達が知っているそれと形は勿論似ている。しかし、俺達の認識の上にそもそも千ゴールド『貨幣』などというものがない。これはつまり――
「もしかして、俺らの世界の金は一切使えないんじゃ……」
 全員が考えていただろう嫌な予想をアランさんが口にする。まあ、今までの話から考えてまず間違いないわな。さて、強盗でもするか?
「……よくはわかりませんが、お支払いできないのでしたら船をお出しするわけにはいきません」
 首を傾げてリッツァが言うと、俺らの内大概の者が慌てる。急いで取り成そうと口を開くが――その前に、
「――と言いたいところですが、このままここにいられましても食事代等がかかってしまいます。というわけで、これに挑戦してみませんか? 皆さん」
 と言って、リッツァが一枚のチラシを差し出す。そこに書かれていたのは、
『ラダトーム王国闘技大会開催のお知らせ?』
「そうです。これの優勝賞金が五十万ゴールド。ラダトームへの送り賃とこれへの参加費用、まとめて二千ゴールドは私がお支払いします。そして、首尾よく優勝なされた場合は賞金の二割を私に下されば―― あ、勿論優勝できなかった場合はバイトでもしていただいて、送り賃プラス参加費用を返してもらいますが」
 リッツァがにこにこと微笑みながらそう言った。さすがに向こうに都合がよすぎる気もするが…… それでも、この話を断ったら金銭面が心もとなすぎる。何より、どうせ事がすんだら元の世界に戻るのだし、こちらでの金をいくらぼられようとそう気にならんわな。
「まあ、いいんじゃないか? 俺は別に異論ないけど」
「私も」
 俺が答えると、エミリアも賛成してくれた。他にも、大抵の奴が首を縦に振る。首を横に振るのはケイティのアホと、アホに惚れている若干一名。
「だけど、優勝できなかったらしばらくバイト生活よ。いくら何でも、そんなことしている場合じゃないんじゃ?」
「そうだな。こんだけ賞金が高い大会なら、相当な実力者が集まるだろうし、優勝を勝ち取るのは難しいんじゃないか?」
 たくっ、慎重すぎてウザいな!
「大丈夫よ! わたしが出れば優勝間違いなし!」
 そこで自信たっぷりにメルが叫んだ。そういや、彼女はアリアハンの大会で準優勝してたな…… つか、バーニィも優勝者だし、アランさんだって彼らと同じくらいの実力者。俺は面倒だから出ないとしても、三人もいりゃ何とかなるだろ。
「いっそ、全員で出るっていうのはどうだ? ここに十位まで賞金が出るって書いてる……ん、あれ?」
 チラシを見ながらレイルが提案した――が、途中でそのチラシのある一点に瞳を釘付けにして言葉を失う。しばらくすると、瞳をらんらんと輝かせ、
「俺が絶対優勝してやるぜ!」
 と、大きくガッツポーズをした。どうしたのやら……
「全員出られるとなると、参加費が一万ゴールドになりますが……」
「あ、私は遠慮いたします」
「俺もめんどいしパス」
「私も」
「あたしもジェイと同じ理由でやめとくわ」
 参加費用が多くなるのは嫌だな、という気丸出しのリッツァに、アリシアさんと俺とエミリアとアマンダが続けて声をかけた。これで、最高六人だな。上手くすりゃ、一位から六位の賞金を総取り。そうでなくても、上位に食い込む可能性は上がる。
「ん〜。まあ、送り賃含めて一万ゴールドいかないなら気にしないことにしましょうか…… さて、そうなると少し急ぎましょうか。大会の参加申し込み締め切りは今日の夕方ですし」
 そう言いながら箪笥などをあさりだすリッツァ。自分とラリィの着がえを取り出し、それを鞄に詰める。そしてこちらに顔を向け、
「皆さん、お着替えは?」
「持っていませんが、それは結構ですよ。大会も二、三日で終わるのでしょうし、別にその間くらい……」
 アランさんが言った。まあ、俺も別に…… そもそも旅の間はそうそう着替えれるわけじゃ――
「私は貸してもらえるのなら、できれば……」
「わたしも色々着替えたいかも〜」
「私もご迷惑でないのなら……」
「そうね、あたしも貸してくれるのなら遠慮なく」
 と、俺ら男とは正反対の意見を言い出したのは、エミリア以外の女四人組。もっとも、エミリアも借りたそうにしてるけど。
「では、ラダトームで買いましょうか? 勿論、その分の代金も返して頂きますけど、良質で安価な店を紹介しますから安心してください」
「うわぁ〜、買い物かぁ。ちょっと楽しみ」
「食事も珍しくておいしいものあるかな〜?」
「本屋さんなんかも見て回りたいですね」
「酒とか酒とか酒とかね」
「向こうにないような魔法書があったりしないかしら……」
 リッツァの提案に、女五人めいめいが声を上げた。てか、アマンダがアル中みてぇだな。
「うおおぉぉぉぉお! 優勝ぉぉぉおお!!」
「だあぁあ! うるせぇよ!」
「バーニィとメルが出るんじゃ、よくて三位かな」
「私は最近運動不足でしたから、あまり自信が……」
 こちらは俺以外の男四人。先ほどからのレイルの妙なハイテンションが気になるな。確かチラシを見てて――
 テーブルの上に放置されていたチラシを手に取り眺めると、載っている字を目で追っていく。そしてその中に、ある文を見つけて納得。
「謎は全て解けた」

 ばしゃあぁぁ!
 どがあぁぁぁ!
 突然でかいイカが現れたので、取り敢えずメラゾーマをぶつけてみた。所々焦げて香ばしい匂いを漂わせているが、それでも致命傷とはならなかったらしい。なおも襲ってくるイカ。
 ひゅっ!
 イカの足が1本船に襲いかかる。バギマで切り落とそうとしたが――止める。それはなぜかというと……
「はあっ!」
 兄さんが気合と共に剣を一閃。船の甲板に突き刺さろうとしていたイカの足は、その直前に切り落とされ、ぐにゃりと力の入っていない物体が横たわった。
「焼くのと煮るのどっちがいいかしら?」
 と、アマンダ。
 ばしゃあぁぁあ!
 そこで聞こえてきたのは何かが水中に沈んでいく音。
『よっし!』
 と叫んで、ポーズをとるのは兄さんとケイティとメル。
 この三人でイカを撃退したところらしい。それにしてもあの妙なポーズはなんなのかしら…… メルに毒されたのか、兄さんもすっかり色物系になってしまったようね。
「皆さん、お強いんですね。これなら闘技大会の賞金も期待してもよさそう…… 楽しみです」
 後半をヨダレでも垂らしそうに言ったリッツァ。……金の亡者。
 一方、ラリィとかいうガキは隅でプルプル震えている。こういう小動物系は鬱陶しくて呪文のひとつもぶつけたくなるわ。あのリッツァが姉で、どうしてこんな風に育つのか――いや、あれが姉だからこんな風に育ったのかしら? まあ、どうでもいいけど。
「それにしても、魔物が出てくる頻度が本当に高いですね。出発して十数分でイカさんが二杯、しびれクラゲは数十匹ほど出ていますよ」
 これはアリシア。彼女はジェイ、キースと一緒にカードゲームの真っ最中。私も参加したいところだけど、大事な役目があるためにジェイの傍らに控えている。
「まあ、こちらに来たシドーの影響なんでしょうねぇ。あ、ロイヤルストレートフラッシュ」
『えぇ!』
 ジェイが華麗な推理と共にカードを下ろすと、そこにはハートで彩られたロイヤルなカードが。ふっ、見たか。私とジェイの素早いカードさばきコンビネーションを――いや、見られると困るのか。
「私、ロイヤルストレートフラッシュのカードが揃うのなんてはじめて見ました……」
「私は無駄に長く生きているだけあって、何度か見たが…… すごいなぁ、ジェイ君」
 うん。ばれてない、ばれてない。
「はっはっはっ。まあ、昔からカード運はいい方なんですよ」
「あら、景気がいいですね。どうですか? 私と勝負して貴方が勝ったらお返しいただくはずのお金を半額に、私が勝てばそれを倍にするというのは?」
 突然話に割り込んだのはリッツァ。満面の笑みでそんなことを提案してくる。ただ、乗るのはまずいのではないかと思う。
「悪いが断るよ。あんた気付いてるだろ?」
 そこはさすが私のジェイ。きっぱりと断る。
 そう。おそらくリッツァは私達がカードの授受を行っているところを見ていた――もしくは、それに感づいた。彼女との勝負で同じことをすればそこを即座に指摘され、負けになるのだろう。
「そうですか。それは残念ですね」
 さほど残念でもなさそうに言うリッツァ。何だか怖いわね、この人。
「おい! 港ってのはあの明かりが点いてるところか? 大分しょぼいが……」
 そこで、舵を取っていたウサネコがやってきた。リッツァはジェイに向けていた瞳を移し、
「ああ、あそこです、あそこ。では、今から私が舵を取ります。慣れてないとちょっと難しいんですよ。コツがありまして――」
 言いながら操舵室に向うリッツァ。
 愈々、大陸に上陸ね。それでその後は三時間徒歩。魔物も出るだろうからもう少し時間がかかると考えても、日が沈む前――いや、日は常に沈んでいるのだから、本来の状態であるならば日が沈む前、というのが正しいか――には目的の場所に辿り着けるだろう。闘技大会の参加申し込みにどれくらい時間がかかるか分からないけれど、買い物をする時間くらいはあるだろう。
 未知の世界の魔法書…… 楽しみ。

「申し訳ありませんが、女性の方のお申し込みは受理いたしかねます」
 メルが三とかかれた受付に申し込みの手続きに行くとそんなことを言われた。まあ、そうだろうなあ……
「なんでぇ! ひどいっ! 男女差別ぅ!!」
 あの情報を知らないメルは力の限り抗議を申し立てる。うわ、恥ずっ! てか、あいつが申し込みに行く前にあのことを教えてやってもよかったんだけど…… 教えないほうが面白そうだったからなぁ。実際面白いことになってるし。
「そうは申されましても…… こちらを見て頂けますか?」
 受付の女の人は困った様子ながらも、顔には笑みを張り付けて例のチラシを取り出し、見せる。指差す先はレイルの一番の関心事項となっている、あの項目。
「何だっていうのさ! よっぽどしっかりした理由じゃないと、納得なんて――しない……んだから……ね……」
 メルから剣幕が一気に失せる。まあ、あれを見れば納得もするわな。
「……あ、そうだ。ほら、世の中には女同士っていうことも――」
「はいはい。そこら辺で止めとこうな」
 往生際悪く食いつこうとするメルをさすがに止める。あんまりしつこいと警備の兵士が出張ってこないとも限らない。
「すみませんね。仲間が迷惑をかけて」
「いえ、お気になさらないで下さい。では、次の方」
 受付の人に一声かけてからメルを引いていくと、その人はにこやかに答えてから、メルの後ろに控えている男に声をかけた。寧ろ、その後ろの男が機嫌悪そうだな。
「ジェイ。もしかして、あのこと知ってたんじゃないの〜?」
「ん、お前が申し込み断られた理由か? 知ってたぜ」
 当然というように答えると、メルはやはり怒った。
「教えてくれればいいじゃん!」
「そこはあれだ。教えない方が面白そうだったからな」
 思っていたまま答えてやると、それでもメルは不機嫌な表情を崩さない。結構ちゃんとした理由だと思うんだけど。
「ジェイって結構苛めっ子だよね〜」
 メルはそう言って膨れ、そっぽを向いた。その時、列に並んでいるケイティの奴と目を合わせる。
「あ、ケイティ。並ぶだけ無駄だよ。女の子は申し込みできないみたいだから」
「え? どうして?」
 訊き返されたメルは、先ほど受け付けから貰ってきたのか、あのチラシを左手で持ち上げて、右の人差し指でその理由をさした。
 そこを一読したケイティはさっさと列から出る。
「あらら、これなら確かに女の人は誰も申し込めないね」
 そう独りごちてから、はっと何かに気付き辺りを見回す。そして、目標を見つけて歩み寄り、
「アランさん! 申し込んじゃ駄目です!」
「へ? な、何で――」
「何でもですっ! ほら、早く列から抜けましょう。周りの人に迷惑になりますよ」
 ケイティの頑とした態度に、アランさんは気おされされて従う。
 ふぅ〜ん…… アランさん、意外と脈ありなんだな。まあ、ケイティの奴のことなんてどうでもいいけど、アランさんにはお世話になっていることだし、あんなんでよければ遠慮なく貰ってやって下さい、って感じ?
「いやぁ、アリシアに申し込み取り消されてしまいました。まあ、あんな副賞があると知ったら申し込む気は起きませんが」
 と、今度はキース・アリシアさん親子が近寄ってきた。アリシアさんもチラシのあれに気付いたらしい。
 つか、どっちかというと五十万ゴールドが副賞だと思うけどな。
 さて、となると残る参加者はバーニィとレイルか。レイルはやる気満々だが、バーニィはあれを知ったら参加拒否しそうな気がするな。う〜ん、こうなったらやっぱり……
「なあ、ちょっと提案があるんだけどよ」
 皆に声をかける。

「しっかし、参加費用が千ゴールドってのはぼってるな」
「そう思うんでしたら、その分のもとは取ってくださいよ? それから優勝なさった場合は、私とラリィにラダトームの土地を二百平方メートルくらい下さると嬉しいんですけど」
 申し込み受付を終えてぼやくと、参加費用を払うために同行していたリッツァが言った。まあ、もとを取る以上の賞金ゲットしないと、どの道バイト生活なんだが……
いや、つか最後の願い事が意味わからん。
「この街は五十万ぽっちで二百平方メートルも買えるのか。いや、買えたとしても賞金全部お前らにつぎ込む気はねぇぞ」
「何を仰ってるんですか、バーニィさん? 優勝すれば土地くらいどうにかできますよ。見てないんですか? 優勝した場合のもうひとつの――」
「ちょっ! リッツァ! ほら、これ、他の奴らの参加費用。余ったんだ」
 リッツァが何か言おうとしたのを遮って、ジェイが千ゴールド貨幣四枚を持ってきた。なんで余るんだ?
「他の方は参加なされないんですか?」
「レイルは出るんだが、他の奴は気が変わったってさ。それでちょっと話が……」
「? なんですか?」
 リッツァを俺から遠ざけて、何やらひそひそ話を始めるジェイ。何なんだ? いったい。
 それに、気が変わったってのはどういうことだよ。まあ、キースなんかはその理由でも納得できなくもないが、メルはやる気ばりばりあったじゃねぇか。アランやケイティ辺りも、借金があることを考えると義務感から出そうな感じだし……
 そんなことを考えていると、リッツァとジェイが連れ立って戻ってきた。
「どうかしたのか?」
 取り敢えず訊いてみる。まあ、まともな答えは返ってきそうにないが――
「色々と」
 予想通り、満面の笑みで適当に誤魔化すリッツァ。さらに追求しようとすると、
「それよりバーニィさん。この二千ゴールド自由に使っていいですよ」
「へ?」
「どうせ使うつもりだったお金ですから、ぱーっと使っちゃおうかと思いまして。残りの二千ゴールドで他の方の買い物とかしますから、バーニィさんは二千ゴールドでお酒を飲むなり、買い物をするなり、食事をするなり自由になさってください」
 そりゃあ、ありがたい申し出ではあるが……
「なんで俺だけ一人で二千ゴールドなんだ?」
「バーニィさんは参加者ですから、明日のために英気を養っていただきたいなと、そう思いまして」
 ……ふぅん。まあ、わからなくもない理屈だが、だったらレイルはどうなるんだって最大の疑問が残るな。俺を懐柔しよう――何のためにかは知らんが――という腹か、はたまた普通にレイルのことを忘れているのか。
 そんなことを考えたが、俺は結局突っ込まないでそのまま二千ゴールドを受け取った。後者が真実なら、二千ゴールドが千ゴールドに減る可能性があり、確実に面白くない。そして、前者が真実だとしても、本当に深刻な事態を招くとは思えなかった。おそらく、ジェイかアマンダ辺りが面白半分の悪戯を考え出しただけだろう。適当に流しとけばいいさ。
「では、皆さん。宿屋に向いましょう。闘技大会参加者とその関係者は無料で泊まれるそうなので、バーニィさんとレイルさんは絶対についてきてください。それから、バッチは一応つけておいてください。カウンタで見せるだけでいいとは思いますが、念のためです。他の方は自由に観光してくださって構いませんが、迷子になっても知りませんからね」
 城の手前に特設された受付から少し離れたところで、リッツァは俺達全員を集めて言った。バッチというのは、先ほど受け付けの姉ちゃんに貰ったやつのことだろう。何でも闘技大会参加者であることを示すものらしい。リッツァが言ったように、宿屋に無料で泊まるときに使ったりするという。
 ちなみに、バッチと一緒に大会の日程表も貰った。それによると、明日の午前は予選会。二百近く集まった参加者を三十二まで減らすそうだ。そして午後から本選となる。その時に二回戦まで行い、明後日の午後に準々決勝、準決勝、決勝を行うらしい。
 まあ、それほど大変な日程ではないな。アリアハンの大会は一日で強行していたし。もっとも、参加者の数が桁違いに少なかったんだがね……
「では街の入り口まで戻りましょうか。一番高級な宿屋はあの辺りですし……」
 俺が考え事をしている間に、全員が一度宿屋に向うことに決まったらしく、リッツァがそう提案した。にしても――
「つか、当然のように無料で一番の高級宿に泊まるんだな」
 ジェイが言った。うん、俺も思ったわ、それ。
「それはそうでしょう?」
 リッツァは、何か問題でも、という疑問の瞳を向けて言った。まあ、問題はないんだが、遠慮っつー言葉を知らんのか。
「あ、それからよ。お前あのこと知ってたんなら、何でケイティとメルが大会に出ようとするの止めなかったんだ?」
「? だって、女の子同士というのも世間ではありますでしょう?」
「……そか」
 再度のジェイとリッツァの問答は意味がわからなかった。

「では、十二名それぞれ一部屋ということで……よろしいのですね?」
「ええ」
 迷惑なんだよオーラ出しまくってる支配人に、リッツァは相変わらずの満面の笑みできっぱりと答えた。でもなぁ……
「ラリィはお前と同じ部屋でいいんじゃねぇか。というより、同じ部屋の方がいいだろ? 寂しがるんじゃね?」
「あら、大丈夫ですよ。ラリィももう八歳ですもの。大丈夫よねぇ? ラリィ」
 と、支配人に向けた微妙に胡散臭い笑みとは違う、自然な微笑でラリィに声をかけるリッツァ。
「僕…… お姉ちゃんと一緒がいい」
「ちっ」
 ちっておい……
「……では十一部屋でお願いします」
 さすがのリッツァもラリィの言葉は聞くようで、素直に一部屋減らした。いや、それでも充分迷惑だろうけどな。
「……わかりました。では、こちらの鍵をそれぞれお持ちください」
 支配人はしぶしぶながらも鍵を渡す。
 まあ、高級宿で個室なんてそうそう泊まれるもんじゃねぇし、いいけどな。さて、じゃあ俺は二千ゴールドで飲み食いしまくりとでもいきましょうかね。まずは部屋に荷物を置きに――
 がちゃ。
 貰った鍵に書かれた部屋番号を見て、泊まる部屋に到着した。必要な荷物だけを持って、部屋の外へ――
「あら、ウサネコちゃん。さっそくお出かけかしら?」
 扉の鍵をかけていると、隣の部屋から出てきたアマンダが声をかけてきた。
「おうよ。飲み食いしまっくってくるぜ!」
「ま、楽しんできなさいな」
 俺が握りこぶしを挙げて応えると、アマンダは呆れたような様子で適当な返事をした。ん〜、つか妙だな。
「てっきりたかる気かと思ったんだが……」
「ちょいと用があんのよ。まあ、明日は帰ってこないだろうけど、明後日の試合は応援したげるから、少なくとも準々決勝まではいきなさいよ」
 ? ……ずいぶん遠出するんだな。
「ん? 待てよ。じゃあ、お前部屋取らなくてもよかったんじゃねぇか?」
 話の内容から察するに、これから明日にかけてどこかに行くようだが……
「そこはそれ。無駄遣いは豪華にいきたいものよね」
「……そんな理由かよ」
 口から飛び出たくだらねぇ理由に脱力する。別にいいけどよ…… 宿の人間が聞いたらキレんじゃね。
「ま、何にしても、気をつけて行ってこいよ」
「あいよ。あんたも油断すんじゃないわよ。予選で負けるようなことにでもなってたら、大爆笑したげるからね」
「けっ、馬鹿言え」
 と返して、アマンダの方を見ると、もういねぇし……
 まあ、いいか。まずはどこ行こっかねぇ。カウンタに鍵を預けて宿の外に出ると、明日からイベントがあるからか、とんでもない人の出。
 う〜ん、まだ日も高ぇし酒でもねぇよな。こっちのレアな道具でも探すか…… それとも、久し振りに盗みのひとつも働くか……
 表通りを歩きながらそんなことを考えていると、
「いたっ! どこ見て歩いてんだ!」
「おお、悪ぃ、悪ぃ」
 こういうやり取りをすること数回。つまり人が多いだけあってぶつかりまくったってわけだ。
 こいつは裏通りを歩いた方がいいかね。
 目に入った細い路地を抜けてみると狙い通り裏通りらしき場所に出る。ここならさっきみたいなことを気にせず考え込めるっても――
 どがあぁぁあっっ!!
「どわああぁぁあ!」
 思い切りぶつかりやがりましたよ。いや、違うな。思い切りぶつかられやがりましたよ。
「誰だあぁ! おもっくそ体当たりかましやがったのはあぁっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
 ありゃ、裏通りでぶつかるくらいだから勝手にチンピラを想定していたが、予想外にも聞こえて来たのは女の声による謝罪。声のする方向に目を向けると、そこにいたのは純白ドレスを着込んだ茶髪の女。それもロングストレートなので、どっかの金持ちの令嬢に見えなくもなかったり。
 まあ、その割に装飾品一切無しで服も地味なのが妙だが、ロマリアの姫さんとかも似たようなもんだったし…… 実はラダトームの王女だったりして。な〜んて――
「お待ちくださいっ!」
「へ?」
 突然かかった野太い声に振り向くと、今度こそはちんぴらじゃねって感じの男が約二名。両サイドを比較してみて、どう考えても男どもの方が悪者っぽいよな。誘拐犯とか、人売りとか。
「助けてくださいっ! お願いしますっ!」
 お約束のように女が俺の方を向いて懇願した。まあ、展開的にべったべただが、ここで助けにゃ男がすたるってな。
「よしっ! そういうことならとっととぶっ飛ばして――」
「ああ、待ってくださいっ!! 暴力は止めて下さい!」
 へ? ちんぴら相手にそんな気遣いも無用に思うが……
「じゃあ、どうすんだよ?」
「逃がしてください!」
 なるほど……
「よしっ! じゃあ、走るぞ!」
「は、はい」
 がっ!
「きゃっ」
 女の返事がするかしないかのうちに、手を引いて走り出そうとするが、彼女が自分のドレスの裾を踏んで転びそうになる。
 よくこれで、ここまで逃げて来れたもんだ。
「たく…… ちょいと失礼」
「え? あっ」
 さてと、後は盗賊の軽いフットワークで逃げ切ってみせるぜ。
「ああ、貴様! 何をしている! お姫様抱っこなど、微妙に洒落になってしまうようなことを気安く――」
 だっっっ!!!
『早っ!』
 後ろの方で何やら言っているちんぴらAを無視して走り出すと、ちんぴらA、Bが声を揃えて言った。はっはっはっ、見たか、俺の鍛えられた脚力を!
「待て〜、こら〜」
「自分が、何をしているのか、はぁ、わかっているんですか〜」
 ギリギリ聞こえるちんぴらどもの声。ちんぴらのくせに微妙に丁寧な言葉遣いだな。
 まあ、そこら辺は適当に無視して――
 だっっっっっっ!!!!!!
『さらに早っ!!』
「はっは〜! 俺様を舐めるんじゃねぇよ!」
 勝利宣言をしながら、走る。女がこちらをぼーっと見ているのが少し気になるが、努めて気にせず走る。その内、後方にちんぴらどもの姿が見えなくなったので――
「ま〜、これで大丈夫じゃないか?」
 止まる。
「あ、あの…… ありがとうございました」
「いや、久し振りにいい運動になったよ。それじゃ」
 胸の前で手を組んで礼を言った女に、適当に返して去ろうとする。しかし――
 がしっっ!!
「よろしければお礼を……」
 と言いながら、女が俺の服を力の限り引っ張った。く、首絞まる……
「っぐ! こら、引っ張んな! 礼なんていいよ。それより、早めに帰った方がいいぜ。さっきのちんぴらがまた来ないとも限らねぇし」
 軽く咳き込んでから忠告してやる。狙われている以上、家にでも引きこもってるのが妥当だろう。
「家は……帰れませんわ。わたくし、無理やり結婚させられそうになって、それで逃げておりますの」
「そいつはまたベタな――じゃなくて、そいつは穏やかじゃないな」
「ええ。それも相手はどこの誰だか分かりませんの。……明日から行われる闘技大会を存じておりますか」
 ん? 突然、話が飛んだな。にしても、どこの誰か分からない奴と結婚させられるなんて、貴族ってのは政略結婚ってのが好きだよな。
「ああ、知ってるぜ。つか、俺も出るし」
「え!?」
 話が飛んだことは気にしないようにして答えると、女は叫びながらこちらに驚きの表情を向けた。そして、俺の手を両手で取り、懇願するように言葉を紡ぐ。何だか忙しい女だな。
「絶っっ対っっ!! 優勝なさってくださいね! わたくし、応援しておりますわ!」
「あ、ああ…… それより、家まで送ってくぜ。家出する前に、まずは親に死ぬ気で抵抗してみろよ。それで駄目だったらまた家出するといいさ」
 これ以上関わるのもだるいと思い、適当にそう提案すると――
「いえ! わたくし、覚悟を決めました! ですから、必ず優勝なさってくださいね! ……失礼ですが、お名前は?」
 ……話の筋がどんどんよくわからなくなるが――まあ、取り敢えず名前くらいは答えとこうか。
「……バーニィ。バーニィ=キャットウォーク」
「バーニィ様ですね! では、バーニィ様、大会頑張って下さい! では、わたくしはこれで!」
「へ? いや、おい。送るって」
「いえ。わたくしの家はここから近いですからお構いなく。それでは!」
 だっっ!!
「早っ!」
 俺の制止も聞かずに即行で去っていく女――そういや、名前聞いてないな。つか、逃げる際の鈍臭さとは比べ物にならない素早さだ。
 何だったんだか…… まあ、別にいいか。二度と会うこともないだろうしな。

 刺すような寒さとはよくいったもんよね。めちゃくちゃ寒くて痛ぇ…… 昔はこんなとこじゃなかったわよねぇ? つか、精霊の気配がまったく感じられないし。場所間違ってるのかしら? それとも引っ越した?
 あたしが住んでいた村もこの辺りにあったはずなんだけど、それも見当たらないし…… そもそも生き物の気配がしない。
 あれかしら? この渓谷が余りに交通の便が悪いから見捨てられた? 何にしても、こう誰もいないんじゃ事情の説明もしてもらえないってもんよね? せめて精霊くらいいてもいいのに。
 と、あれ? この気配は…… 微妙だけど――
「こっちね」
 感じた気配を目指し南に歩を進める。しばらく寒さに耐えながら進むと、その先には石造りの社らしきものが。あの気配は、たぶん魔族――
 どがあぁぁあ!
「おらあぁぁあ! 何処の誰だかしらねぇが、とっとと現状説明してもらおうかあぁぁ!」
 扉を蹴破り、先手をとるために脅すような口調で叫んでみる。
 さて、ここにいるのは誰なのか。もし、小さな子供とか、今にも死にそうな爺さんとかがいたら、気合入れて謝らないといけないわね。

 目の前の光景は私にとっては慣れたものであるが、初めて見る者にとっては実に異常に映ることだろう。テーブルに置かれている何人前もの食事がみるみる減っていく様。
 がつがつ。もぐもぐ。
「あ、リッツァさん、これおいしいからもう三人前頼んでいいですか?」
 ぱくぱく。ごくごく。
「だったらこっちも〜。三人前ね〜」
 この時期にだけ採れるらしい貝を蒸して特製のソースをかけた料理を食べながら言ったのはケイティさん。そして、見覚えのないキノコと野菜がたっぷり入ったスープを飲みながら言ったのはメルちゃん。
 彼女達以外の八名が食べ終わったのはもう半時ほど前のこと。それから彼女たちは結構なペースで食べ続けているが、先ほどの言葉からも分かるとおり、まだまだ満足いかない様子だ。
 元々彼女達と旅をしていた私とアランさん。ケイティさんと昔から知り合いであるジェイさんとエミリアさん。メルちゃんと――六年ほど会っていなかったようではあるが――知り合いであるレイルさん。この五名は気にもせずそれぞれの話を展開しているが、他の三名――お父様とリッツァさん、ラリィくんは呆然とその様子を眺めている。まあ、それも仕方がないのではないかと……
「リッツァさん? 聞いてます?」
 彼女達の食べっぷりに放心していたリッツァさんに、ケイティさんが声をかける。
「え、ああ、構いませんけど…… まだ食べられるんですか?」
 リッツァさんは肯定を返しはしたが、彼女達の無限に食べ物を吸い込む胃袋に疑問を投げかけずにはいられなかったようである。
「ええ。まだ腹五分目って感じですし」
「わたしもせいぜい六分目かな?」
 ……………………
 沈黙が落ちる。ちなみにこの沈黙、私達の間だけでなく周りのテーブルも含まれている。ケイティさん達の言葉を聞き取れる範囲にいた人達は遍くざわめきを放棄したらしい。
「……ふぅ」
 リッツァさんは頬を引きつらせてため息をついてから、
「すみません。彼女達に同じものを各三人前ずつ」
 ウエイトレスの女性に笑顔で注文をした。
「は、はい」
 注文を受けた女性は戸惑った瞳をケイティさん、メルちゃんに向けながらも、その注文を奥の厨房へ伝えに行った。
 ざわざわ。
 それに伴い、少しずつ回りにざわめきが戻る。
「そういえばジェイ。バーニィにあのこと秘密にしているのはどうしてなんだ?」
 と、この質問はアランさんだ。先ほども言ったが、ケイティさん達の様子に慣れている組は普通の会話をしている。
「話してませんでしたっけ?」
「聞いてない」
 エミリアさんと話していたジェイさんは、意外そうに言葉を紡ぐ。それに対し、アランさんはごく簡単に答えた。
 私も思い返してみるが、アランさんの答えたとおり、ジェイさんの口から理由らしきものを聞いた覚えはない。ついでなので、私も耳を傾けるとしよう。
 ところで、エミリアさんの目つきが少し厳しくなったのが心配だ。ジェイさんとの話を中断されたためであろうが、建物内で魔法などを使われると色々と面倒なことになるのは明白である。まあ、相手が実の兄であるアランさんなのだし、それほど手厳しいことをすることはないだろうけれど……
 そんなことを考えていると、ジェイさんがゆっくりと話し出した。
「まあ、理由は単純。あいつはあのことを知ったら辞退しそうだったからですよ。いくらなんでもレイルだけ出したんじゃ不安でしたからね」
 コップに注がれている水をちびちび飲みながらそんなことを言った。そして、その言い草に反発する者が一名。
「おいおい。俺様だけじゃ不安って、ご挨拶だな」
 それほど不機嫌そうではないが、多分に不満の感じられる様子のその人はレイルさん。まあ、先のジェイさんの言い様では、それも仕方ないだろうとは思う。
 ジェイさんはそれに対し悪びれするでもなく、しかしそれでも表面的にはフォローをするような言葉を紡ぐ。
「別に深い意味はないんだけどな。人数多い方が入賞確率上がるってだけの話で。まあそれにバーニィの奴、一応実績があるし」
 以上、言葉面だけを聞けば間違いなくフォローなのだが、この言葉の間中口もとに意地の悪い笑みが浮かんでいたことからそれも怪しい。
「あと、秘密にしておいたら、後々面白いことになりそうっていうのも理由の八割は占めている感じですね」
 未だ不満げなレイルさんからは早々に目を逸らし、再度アランさんに向けて言葉を紡ぐジェイさん。その内容は、再び先の質問に対する答えになっていたが…… 今回の理由の方が、比率が高いらしい。
「そうか」
 アランさんはそんなジェイさんの様子にも慣れているのか、普通に対応。対して私は少し戸惑っている感が否めない。オルテガの家族はどうにも個性派揃いらしい。
「あ、リッツァさん。これも二人前!」
「わたしはこれを三人前」
「はいはい」
 そこで再度の追加注文。それへのリッツァさんの対応はすっかり落ち着いた様子。もう慣れてきたらしい。随分と適応力が高いようである。
 お父様やラリィくんなどは、まだ食べるのか、という風に目を丸くしているし、リッツァさんの適応力が他より高いのは明白だ。彼女は彼女で人並みはずれていると見える。今までの様子から判断するに、適応力以外に関しても……
「うわ。すっごいな、お前ら。太るぞ」
 そこでかかった声は、新たにお店に入ってきた男性――少し前までアランさんとジェイさんの話題に上っていたバーニィさんのものだった。
 彼の視線は、圧倒的に目を引くケイティさん達の食事跡――高く高く積まれているお皿に注がれている。彼が驚いた顔でした忠告も、もっともなものであろう。
「大丈夫よ。私食べても太らないの、昔から」
「わたしも。それに運動するし。朝とか」
 それに応えた少女二人の言葉は羨ましい限りのものだ。本当に……
「ふーん…… てか、お前らの体重よりも食事代金の方が気になるな」
 適当に返してから、リッツァさんの方を向いて呟いたバーニィさん。確かに、これだけ食べればかなりの額になることだろう。まあ、そうは言っても、千ゴールドはいかないだろうけれど……
「安い、微妙に旨いがモットーの店ですから、どれだけ高く見積もっても千ゴールドといったところですよ。それよりバーニィさん」
 ケイティさん達の食欲にもすっかり慣れてきたようで、リッツァさんは曇りない笑顔でバーニィさんに応える。そして、やはり晴れ間のような笑顔で右手を差し出した。
「? なんだこの手?」
「余ったお金を返してください」
 疑問を顔に張り付けて訊いたバーニィさんに、リッツァさんはきっぱりと言った。
 渡したお金の大半は使ったのであろうが、それでもぴったり全て使い込むというのはまず無理。となると二桁か一桁台の余りがあるはずである。なにかとしっかりしているリッツァさんがそれを見逃すはずもない。しかし――
「いや、一ゴールドも余ってないぞ」
 と、バーニィさん。
「? 一ゴールドも……ですか? それはまた上手く使ったものですね」
「んー、つーかな。千ゴールドで酒飲んだ後、そのペースでいくと残り千ゴールドじゃ足りねぇなと思ってよ」
 訝しげに訊いたリッツァさんに、バーニィさんは頬を人差し指でかきながら答える。お酒は高いものは本当に高い。おそらくそういうものを頼んでいたのだろう。
「そしたら酒場でカジノの話している奴らがいてな。そいつらに場所聞いて行ってみたんだ」
 ぴくっ。
 バーニィさんの言葉に、リッツァさんがなぜか微かに反応を示す。笑顔も引きつっている。
「そこで一山当てて飲み代ゲットといこうかと思ったんだが…… まあ、最初は調子よかったんだ。カード運に恵まれてよ。ただなあ、途中で向こうがフォーカード引きやがってよ。それで一気に無一文。なけなしの残り五ゴールドをルーレットに投入してみるも無惨に散って、全て没収と相成りましたってわけ――」
 すくっ。
 ばぎいぃぃい!!
「っっっ!!!」
 リッツァさんが急に立ち上がったと思ったら、バーニィさんの頬に拳を叩きつけていた。大層派手な音がこだましたことを考えると、彼が相当な痛みを感じ取ったのは間違いないだろう。
「やはり賞金の五割を頂くことにしましょう。それから、入賞されなかった場合も、お貸しした分の五倍ほどの代金をバイトして返してください」
 バイオレンスな行動をとった当人は、冷ややかな笑みを浮かべて言った。
「ちょ、待て。いや、賭け事ですったのは悪かったけどよ。今の殴りにさらにそれは酷くね?」
 自分にも非があったことは自覚しているのか、バーニィさんは戸惑いながらも弱々しく主張する。しかし、その相手たるリッツァさんは容赦しない。
「今ので決定ですから。皆さんも異存ありませんね?」
 どこか薄ら寒さを感じさせる笑みでこちらを――というより、テーブルに座る全員を見回す。さすがにケイティさん、メルちゃんも食事の手を止めていた。
「俺は別にいいぞ。五割だろうが六割だろうが。それに賞金取れなかった時も、バーニィにバイト任すし」
「私も」
 まず自身のペースを取り戻したのはジェイさんとエミリアさん。他の面々は、言葉もなくこくこくと頷くことしかできないでいる。勿論、私も。
「お姉ちゃんは……」
 そこで、意外にも怯えず、大人しく座っていたラリィくんが口を開いた。
「お姉ちゃんは、昔つきあってた男の人がカジノでしゃっきんを作って逃げたことがあって、それからカジノかんれんのことにはらんぼうなの」
「あら、ラリィ。お姉ちゃんはあんなクソ男のことなんてこれっぽちっも気にしてないわよ。今のはバーニィさんのお金の使い方があまりに粗末だから教育的指導をしただけ♪」
 ラリィくんの言葉に、リッツァさんは柔らかい笑みを取り戻してきっぱりと言った。ただ、ドスのきいた口調が内容に沿っていないという理由から、余計怖いのは間違いない。
「まあ、そんなことはともかく…… 先ほどの条件、よろしいですよね? バーニィさん」
 再び、何か含みの感じられる笑みをバーニィさんに向けたリッツァさん。傍目に見ていても怖いのだから、当事者であるバーニィさんはどれだけ怖いだろうか?
「お、おお。勿論! てか、悪かったよ、うん。マジで!」
「ま〜、分かっていただければいいんですけどね。さて、まだ食べたりないようでしたら、追加注文してもいいですよ」
 バーニィさんの謝罪を受けて、漸く見た目の柔らかい笑みだけでもいつも通りになったリッツァさん。バーニィさんに言葉を返してから、続けてケイティさん達に声をかけるけれど――
「あ、いえ…… 今ある分でじゅ〜ぶんです」
「わたしもこの辺で止めとこ〜かな〜」
「そうですか?」
 さすがの二人も、今の雰囲気で新たに注文する気は起きなかったようだ。その後は微妙な空気の流れる時間が続く。
 残っている料理をケイティさん、メルちゃんが口に運ぶ。ジェイさんとエミリアさんが何気ないおしゃべりを展開させる。そしてその他の私達がひたすら沈黙する。
 ……………………
「あ〜、そういえばさ」
 そこで勇敢にもバーニィさんが口を開いた。他の人ならともかく、ここでバーニィさんが発言するというのは…… 本当に勇敢だ。
「何ですか?」
 一応は笑顔を張り付けているリッツァさんが応える。しかし――
「その…… 悪ぃんだが、お前はラリィと一緒に外してくれるか?」
 ザワッ!!
 バーニィさんの言葉に店内が一層ざわめく。先ほどの騒ぎのことは当然全員が見ていたであろうし、それを因として皆がこちらに注意を向けていたのもわかる。そこで命知らずなバーニィさんの発言では、店内が騒然とするのも仕方がないというものである。
「…………なるほど〜。仲間内でナイショのお話ということですね? そういうことなら、ラリィいらっしゃい」
 眩いばかりの笑顔でそう言い、ラリィくんを呼び寄せるリッツァさん。隣のテーブルに座っている人達がお勘定を済ませて出て行くのが見える。明らかに避難だろう。
 しかし、その後は意外にもバイオレンスな行いが為されることはなく、
「では、私達は先に宿に帰っています。支払いは済ませておきますから、ゆっくりしてきて下さい」
 そのような言葉を残して、リッツァさん、ラリィくんは店を後にしたのだった。
 ふぅ…… 後々遺恨を抱くことになりそうではあるが、取り敢えず今だけでも事なきを得て一安心だ。
「よくあんなこと言ったなぁ」
 感心したようにバーニィさんに声をかけたのはアランさん。
「俺も無謀だとは思ったんだが…… これからする話をあいつらに、というより――こっちのやつらに聞かれるのは避けた方がいいと思ってな」
 前半を苦笑しつつ搾り出したバーニィさんは、しかし後半を真剣な表情で、思い切り顰めた声で紡いだ。それを聞き取れたのは近くに座していた数名だけであっただろうが、程なく全員が身を寄せて、彼の言葉に耳を傾ける。
 彼が酒場でコップを傾けていた時、そこで聞いた話の一部。

 社にいたのは三十代半ばほどの男。とはいっても、その見た目は実年齢に即したものではないため当てにもならないが、それはお互い様というものだ。
「なるほど…… 小生以外の魔族がいるというのも妙だとは思ったが、あんたは噂に聞く『ガイア』の魔族なのだな?」
 ガイアというのはあたし達がいた世界のことを言うらしい。誰の命名か知らないが、ガイアが作った世界が『ガイア』というのはセンスの欠片もない。
「出身はこっちだけどね。いた期間を考えると向こう出身みたいなもんかしら」
 あたしは苦笑しつつ答える。そして続けて――
「ところで、こっちであんた以外の魔族はいないわけ? あたし達がいたところでも、最悪な条件のせいで残りは大分少なくなってるけど、それにしても独りって……」
 そんなことを訊いてみる。
「精霊どもの涙ぐましい努力の甲斐あってな…… 本当の意味での魔族はようやっと小生独りとなった」
「精霊の努力?」
 男の言葉に疑問を覚え呟く。
 もっとも、少し考えを巡らすだけで結論に至れそうであったが、それも面倒なため男に疑問を投げかけて聞き手に徹することにしたのだ。
「あんたなら、小生らと同じように、強大な力と老いぬ身を得たあんたならわかるだろう? 魔族は人の世から平穏を駆逐する。人にいらぬ猜疑心を持たせる小生らを、精霊たちはここロンダルキアに閉じ込めた。それが二千年ほど前」
 今ここはロンダルキアと呼ばれているのね。昔住んでいた時はどうだったかしら? ちょっと昔過ぎて思い出せない。
「その際、人以外の種を全てこの地に集めたというから、外の世で魔族が生まれることはなかったはずだ。そして、小生が閉じ込められた魔族の最後の一人。これで、魔族は終わりを迎えることができるというわけだ」
 口もとを歪めて笑う男。それは嘲笑なのだろう。長年大人しく幽閉され続けた自身に対するものか、はたまた――
「もっともそれは、血統的には、だが……」
 無駄な努力を重ねた精霊どもに対するものなのか……

「このところ人間どもの密航が激しくてよ。今日も三人だぜ? 相手が人間とはいえ、さすがに気が滅入るよ」
「あれかね。昼消失事件を俺達のせいだとでも思ってるんかな?」
 酒場で一番高い酒を遠慮なく飲んでいた時、そんな会話が聞こえてきた。色々疑問を覚える内容ではあったが、急に声をかけて妙なことを口走ってしまったらまずそうな気もするため、しばらくは黙って耳を傾けることにした。
「そうかもしれねぇな。本人が口を割らなかったからなんとも言えないが、たぶんデルコンダル辺りの調査員だろうって話だ」
「そりゃあ大国だ」
 どうやらデルコンダルというのは国名らしい。密航――話題にのぼっている者が船でやってきていることを考えると、今いる大陸外にある国なのだろう。
「お偉方が言ってるだけだって。実際はどっかの小国のやつかもしれねぇし、ただの乞食かもしれねぇし」
 どうも、お偉方というのはどこでも見栄っ張りらしい。もっとも、むこうで例外――知り合いの内でメルを筆頭に何名か――がいるのだから、こちらでも例外がいるかもしれないが…… そんなことはどうでもいいか。
 というか、問題なのはその後の言葉だった。
「何にしても、外から来た人間どもは即日処刑。お前も嫌な仕事に就いたもんだよ」
「っ!!」
「大丈夫ですかい? お客さん」
 話の内容に思わずむせると、店員のおっさんが声をかけてきた。
「だ、大丈夫だ」
 軽く手を挙げて返すと、おっさんはこちらから視線をはずして仕事に戻る。
 てか、今の話――即日処刑ってのは穏やかじゃねぇな……
「そりゃあ、人間も見た目だけは俺達と同じだからな。農家で家畜を殺すのとはわけが違うが、元々向こうが俺ら魔族をここに追いやったんだ。その憎しみを思い起こせば、なんとかやれるってもんだ」
 話をしていた男の一人は、そう言って手元の杯をあおる。
 人間…… 魔族…… つまりこの大陸の奴らは全員魔族ってことか? それから、他の大陸に住んでる人間とは対立していて、見つけたら即行で処刑をするくらい関係が悪い、と。
 …………取り敢えず、間違っても自分が人間であることを覚られちゃいけねぇらしい。
 それにしても、大陸の奴らが全員魔族となると、アマンダとか魔族組が一切反応を示さないのが妙な気もするな。アマンダは出かけちまったが、アリシアやキースがいることだし、二千ゴールド分飲んだらあいつらのところに行くか。
 にしても、二千ゴールド分じゃ満足できる自信がねぇな…… そこら辺で酔いつぶれている奴の財布でも失敬するか?
「まあ、辛気臭い話はこれくらいにしようや。そうだ! 今日は一杯おごってやるぜ」
 盗賊らしい思考を働かせていると、先ほどまで処刑云々という辛気臭さマックスの話をしていた男が、一転明るい声を出した。
「お、そうか? なら遠慮なく……」
 もう一人は笑顔でそう言うと、俺が飲んでいるのと同じ、この店で一番高い酒を頼んだ。
「本当に遠慮ないな…… まあ、別にいいけどよ」
「? なんだよ、特別手当でも出たのか?」
 苦笑しながらも景気のいいことを言う男Aに、男Bが眉根を寄せて訝しげに訊いた。男Aはにやにや笑いながらそれに応える。
「なぁに。仕事終わった後、景気づけに寄ったカジノで馬鹿ヅキしてな。一杯くらいならドンと来いってもんよ!」
「ほぉ〜、そりゃあ羨ましいこって」
 ……ふっ。残り千ゴールド、増やす手立て発見!
「おい、すまねぇが…… そのカジノの場所――」

「そしてリッツァに殴られる羽目になった、と……」
 バーニィさんの話が一通り終わって、まず口をきいたのはジェイさんである。確かにその通りだけれど……
「いや、そうなんだが…… できれば、その前の男どもの会話に注目してほしいな」
「だったらカジノ云々の話の手前で区切れ」
 文句を言ったバーニィさんを、冷ややかな目のジェイさんが一刀両断。
「……ま、それもそうだな」
 バーニィさんは苦笑して納得した。
 いや、そんな会話の流れを追うよりも――
「ですけど、この街で魔族らしい気配の方なんていないと思います。勿論、リッツァさんもラリィさんもそうですし。ですよね? お父様」
「そうだね。少しそれらしい気配の者を見かけはしたけれど、基本的にそこここにいる者達は君たちと同じ人間だと、そう感じるよ」
 お父様に意見を求めると、やはり私と同じ見解のようである。
 かといって、バーニィさんが耳にした話が嘘であるというのも妙だろう。話していた男性二人は、ちょっとした――というには生臭い内容だったが――世間話を勝手にしていただけなのだ。バーニィさんに聞かせていたわけではない。
 ともすれば…… なるほど。
「それなら―― たぶんそうなんだろうな、うん……」
「何がだ?」
 何やら得心しているジェイさんにアランさんが訊いた。
 ケイティさんからの風聞では、専ら体力方面においてのみ秀でているとのことだったが(好意的意見のみを抜粋)、ここで真相に至ったというのなら中々どうして頭の回転が速いようである。もっとも、この後に続く言葉を聞かないとなんとも言えないけれど……
「ようするに名前だけの魔族なんじゃないでしょうかね?」
 どうやら、先ほどの評価は正しいようだ。
「どういうことだ?」
「昔、魔族が圧倒的な恐怖を人に植え付けた。その恐怖は転じて差別となり、人間と魔族は袂を分かつ。その際、魔族として誤解された人間もいたかもしれない。その事実だけが長い年月の内に消え去り、本来人間であるはずの偽魔族ができあがる」
 少しだけ残っていた水を飲みながら偽魔族製造過程を淡々と話すジェイさん。そこに私も補足を入れる。
「加えて、はっきりと人間対魔族の構図ができあがってしまった現在より昔に、人間のうちで差別された者もまた『魔族』として排斥された可能性があります。『魔族』は人間の許容範囲外にあるものをカテゴライズするのに使われていた、ということでしょう」
 ………………
 私達の説明を聞いた全員しばし沈黙。あまり気持ちのいい話ではないのだし、当然だろう。
 ちなみに、これまでの会話は顔を寄せ合って全て小声でなされている。とてもではないが周りに聞かせられない。
「なんだか…… 私達の世界よりも話が鬱陶しいですね」
 最初に感想を言ったのはケイティさん。
 まったくである。
 ………………
 そして再度沈黙。
 ただ、そうしていても仕方ないので、宿に戻るように提案すると、全員異存ないようで立ち上がる。リッツァさんをあまり放っておくと後々大変なことになりそう、という理由もあるかもしれない。特にバーニィさんは。
「ありがとうございましたぁ!」
 そのリッツァさんが会計を済ませてくれていたため、そのまま店を出る。すると、ウェイトレスのお姉さんの元気な声がこだました。
 まだまだ食事時。店を出た通りには人が溢れかえっている。談笑しながら道を行く彼らにも、遥か昔から受け継がれてきたどうしょうもない憎しみが募っているのだろうか…… 先ほどまでの会話のせいか、そんなことを考えた。

 う〜ん。まさか、さっきまでいたラダトームとそれがある大陸全体が、『魔族』の国だったとはね。
 男の話を一通り聞いたあたしは、珍しく驚いていた。長く生きてきただけあって、滅多なことじゃ驚かないんだけどねぇ……
 まあ、でもそれはいいか。充分ありそうな話ではあるのだし。
 それよりも――
「精霊どもはどうしたわけ? あんた達をここに閉じ込めて、自分達はもっと住みやすい場所に移った?」
 昔、あたし達を早々に始末しようとしたあいつらなら、それくらいしたところで全く不思議ではない。そりゃあ、母さんやガイアみたいなまともなのもいくらかはいたけどさ。
「いや…… 精霊どもはもうどこにもいない」
 しかし、男の口から紡がれたのは予想とは大分違う言葉。
「ゾーマと名乗る者が、圧倒的な力で精霊どもを取り込んだのだ。上位精霊までも強制的に従わされるようになり、その影響かロンダルキアは氷に閉ざされ、さらに世界から昼が消えた」
 あらら。ひたすら夜のままなのと、ここが寒いのにはそんな理由が……
 てか、あの野郎、人の弟の名前勝手に名乗るなよ…… まあ、気にしても仕方ないので、それはともかくとして、大きな魔力の動きが世に影響を与えることは間違いないだろう。アトランティス大陸沈没がいい例だ。
 そして、男が言う変事が事実起きているとなると――
「この世界にいた精霊は全て、そのゾーマの魔力の糧となった。世界に満ちていた魔力の多くが、ただ一人に集中することになった。そういうことね?」
 あたしが訊くと、男はゆっくりと頷いた。
 ふむ…… まあ、昼がなくなったのも、この地が滅茶苦茶寒くなったのも、それほど重要な問題というわけでもない。それは放っておいてもいいとして、問題はシドーの奴が魔力を集めまくっていることか……
 仮にあいつが世界を滅ぼしたがっているとして、どう考えても集めすぎ。必要なし。
 精霊どもに腹を立てていたからだとしても、魔力を取り込む必要があるとも思えない。寧ろ存在自体を消滅させそうだ。
なら魔力を集めたのは――
 まったく…… 誰も彼も、どうしてあの子に甘いのかしらね。もっとも、シドーは場合によっては違う道を選ぶのだろうけど……
「ここにある国は人間の国?」
 考え事ばかりしていても仕方ないので、壁にかかっていた世界地図のある一点をさして男に訊く。そこは、まだあたしがこちらにいた頃に大きな国があったところだ。
「いかにも。そこはデルコンダルという人間の大国だ。最近はラダトーム――魔族の国に攻め入ろうと企てていると聞く」
 答えは嫌な事実を含んだ肯定だった。
 人間の国、ね…… 行ってみようかしら? こちらでの差別がどのようなものなのか、少し気になるし。胸糞悪いのは間違いないだろうけど、知らないよりは知っている方がいい。
「そこに行くのなら送ろう」
「あら、本当? 助かるわ」
 その辺りに行ったことは昔にもなかったので、ルーラで向かうことはできない。男の申し出は実に嬉しいものだった。ああ、そうだ。
「じゃあ、お礼として――」
 言いながら、あたしは懐から一升瓶を取り出す。こちらに来る前に、リッツァから五百ゴールドほど借りて服と酒を買っていたのだ。その服は今着ているもの――胸元の開いたシャツにスリットの入ったロングスカート、そしてその上にちょっと厚めのコート――だし、酒は今出したもの。
「軽く乾杯といきましょうか? そうね。永き時を越えて出会えた同族に乾杯ってとこかしら?」
「小生は下戸なのだが」
「それならそれで、ちびちび飲んで朝まで楽しめるってもんよ。さあ、飲むわよ〜」
 取り敢えず飲むのは決定。下戸なら下戸で、飲まなくてもいいから付き合って貰おう。こちとら、ストレスは酒で解消するようにできちゃってるのよ。

「予選はほぼ何でもありのロワイヤル形式です。皆様で適当に戦っていただいて、残りが三十二名くらいかな〜とわたしが判断した時に終了となります。その際には、上空に爆発系の魔法を放ちますので、それが炸裂したら戦闘を止めて下さい」
 朝早くに、街から少し離れている広間に来ると、そこには相当数の人間――いや、魔族が集っていた。見学に来たケイティとアランが、そこから少し離れたところに腰を落ち着け、俺がもう一人の参加者レイルとだべっていると、しばらくして先ほどの説明が為されたのである。
 ちなみに、他の奴らは――ジェイとエミリアは面倒だから午後から来るとのこと。メルはなぜか朝から姿が見えない。アリシアとキースは探し物があるとかで午後過ぎまで来ないとか。リッツァとラリィは…… まあ、あれだ。昨日のがちょっとまずかったっぽい。
 そ、それはともかく、適当に戦うっていうのは、どうにもやり辛そうだな。
「武器は何でもいいのか?」
 参加者の一人が訊いた。
「御自身がお持ちの物を使用していただいて構いません。ただし、相手を殺めた場合は失格となり、刑にも服していただくことになりますからお気をつけ下さい」
「魔法は使っていいのか?」
 別の奴から続けて質問が出た。
「そちらも問題ありませんが、人死にがでた場合は先ほどと同様です。あ、ただ、予選に来られた方は少ないようですが、観客に危害が加わるような大規模なものは避けてください。その場合も、程度によっては失格となります」
 ふむ。魔法を使わない身としては専ら人死にだけを気にすればいいってことか。まあ、余裕かな。取り敢えず、周りにいる奴らの中でそれほど強そうそうな奴もいないし、適当にぼこってれば本選進出、いけそうだな。
「もう質問はありませんか?」
 司会をしている奴が全体を見渡して訊いた。もう誰も口を開かない。つまり――
「では、各自頑張って下さい。始め!」
 戦闘開始ってわけだ。

 さて、まずは目立たずに向ってきた奴だけを相手にするのがいいか? あまり張り切っても、目をつけられて集団で向ってこられそうだからな……
 そんなことを考えながら、剣を片手に突っ込んできた三十代くらいのおっさんを殴り飛ばす。爆発系の魔法を少しだけこめたパンチだし、まず起き上がれねぇだろう。
 ……てか、倒れた奴って邪魔なんじゃ…… 踏まれて死んだりとかありそうじゃね?
 しゅっ!
「一名回収します」
 しゅっ!
 倒れたおっさんの脇に突然現れた男が、おっさんを抱えて現れた時同様突然消えた。なるほど、空間転移で回収ね。あいつは本当の魔族なのかね。俺じゃわからないけど……
 ぼがっ!
 考え事しながら、今度は俺と同い年くらいの兄ちゃんが向ってきたのでぶん殴る。二人目っと。
 ざわざわ。
 その時、何やらざわめきが生まれた。耳を傾けてみると――
「お、おい。あいつ手も振れずに相手を倒してるぞ! あんなのが本選に出たら…… まずはあいつを潰せ!」
 あらら、さっそく目をつけられた奴がいるみたいだな。さて、どんな奴か――
「わーっ! ちょっと待て! 今のは俺じゃねぇぞ!」
 ……バーニィだし。
 いや、にしても妙だな。あいつ肉弾戦オンリーだろ? 手も振れずに相手を倒すって――あ、マジであいつの周りの奴らが倒れてら…… 魔法……でもなさそうだな。なんだ、ありゃ。

「あれ? ねぇ、アランさん。あそこの女の人……」
 予選の様子を眺めているとケイティが声をかけてきた。彼女がそう言いながら指差す先には――
「筒をくわえてる人がいるな」
「ええ。変わった人がいますねぇ」
 俺達の視線の先には十寸ほどの筒の一端をくわえた少女がいた。それだけならばそれほど変わっているともいえないのだろうが、豪華なドレスと派手な装飾品を身につけている今の場合は、はっきり変わっていると言っても差し支えあるまい。
「どっかの貴族の令嬢とかかな? にしても、あの筒はなんだ?」
「吹き矢だったりして。きっとあれで痺れ薬を打ち込んだりしてるんですよ」
「ははは、そりゃ物騒だ」
 あんな堂々とやっていたら当然審査員が気付くだろう。そうでないのだから、今のは笑い話として流すところ。
 しばらくケイティと笑い合ってから、再び予選に目を向ける。

「だあぁ! うぜえ!」
 バーニィは相変わらず集中攻撃にあっているようだ。とはいえ、集団で個人をぼころうとか考えている奴らは、当然大したことがないようで、悉くが彼の鉄拳によって地に沈んでいる。
 さて、ざっと辺りを見回すと――大分減ってきているみたいだな…… もう五十は切ったか。これだけ減れば派手に動いても、バーニィみたいに集中攻撃されることもないかね。
そう考えて、少し手加減した氷結系魔法を右手に生み出す。これは魔法拳ではなく、普通の魔法だ。
 え〜と、なるべく鈍くさそうなのが集まってる辺りに……
 いや、待てよ。俺が優勝するにあたり最大の障害は、今判る範囲でバーニィだよな。あいつがザコどもにかまけている最中にこの魔法をぶっぱなせば――おしっ!
「後で酒奢ってやるから勘弁っ! ヒャダルコ!!」
 今回放ったやつは殺傷力は皆無だが、寒さで動きを封じることができるようにしている。バーニィがいる辺りとその周辺広範囲に向けて放ったので、上手くすればこれで残り三十人くらいになる。運よきゃバーニィも戦闘不能になって一石二鳥っ!
「おっとぉ! これは派手な魔法が決まりましたぁ! 今ので倒れこんだのが相当数。これはそろそろ終わり時でしょうか!」
 久し振りに司会の声が聞こえた。うんうん、是非終わってくれ。
「ん? 全員地に伏せたかと思いきや、何人かが立ち上がりました」
 へ? 今のを食らって直ぐ立ち上がったってのか? そいつは根性あるなぁ…… うわ、バーニィも立ち上がってやがるよ。周りにいた内の一人を盾にしたみてぇだな。そして、彼と同じ方法で防いだっぽいチビ男もいるし、魔法で上手く防いだっぽい身なりのいい奴もいる。
 不意討ち気味だった攻撃を咄嗟に防いだわけだし、こいつらは要注意だな。
 どんっ!!
「終了ーーーっっっ!!!」
 お、やっと終わりか。
 司会が叫ぶ前に聞こえた音はあれだ。戦いが始まる前に言っていた終了の合図である爆発系魔法。中々の大音量だったので全員直ぐに戦闘を止める。が――
「手前ぇ! レイル! ザコども諸共俺を脱落させようとはやってくれるじゃねぇか!」
 終了の合図とほぼ同時に、肩を怒らせたバーニィがやってきた。さすがに怒ってるか……
「いやなに。君ならば上手く防いでくれると思ったのだよ、うむ」
「妙な口調で誤魔化すな!」
 おっと、いくらなんでもふざけすぎか…… でもなあ、謝るいわれはないってね。
「いいじゃねぇか。優勝を目指すならアグレッシブにいかないとよぉ。それに、あの程度防げないようじゃ、どの道本選を勝ち残れないと思うぜ」
「……まあ、そうだが」
 俺様の素晴らしい意見にさすがに納得するバーニィ。ま、だからって不意討ちで魔法打つのはどうかと俺も思うんだが、それを今蒸し返しても俺に得はないし、気にしない、気にしない。
「ひい、ふう、みい…… 全員で三十一名残留ですね。とすると、本選は一人がシードということになりますが、これはランダムに決めます。では、残った皆様はわたしのところに来て名前と、昨日渡したバッチに書かれている番号を報告してください」
 現在立ったままの奴らが、呼びかけた司会のところに集まる。一人ずつ名前と番号を報告し、全員がそれを済ますと――
「午後は、王城前の広場に特設ステージが設置されますので、その近くにある本部までいらして下さい。トーナメント表もその時に発表いたします。では解散」
 司会がそう結んで、予選は終了となった。
 ふふふ、これで夢に一歩前進ってわけだ! さっさと優勝して…… あっはっはっはっ! お、そうだ。予選勝ったことをケイティちゃんに褒めてもらいに行こう! るんるるんるる〜ん。

 どんっ!!
 上空で爆発が起こり、選手達が戦闘を止める。どうやらこれで予選終了のようだ。バーニィもレイルも無事予選通過か。
「あら? あそこにおられるのって姫様?」
 一箇所に集まり始めた選手達を眺めていると、近くで予選を見ていた女性が言った。その女性の連れらしい男性は、女性が指差す先に目を向けてから答える。
「ありゃ、本当だ。お供の人もつけずに予選まで見に来られるとはなぁ。まあ、気になるのも当然か……」
 俺もそっちに目を向けてみると――
「さっきの筒くわえてた人だ……」
 同じく視線を送っていたケイティが呟いた。
 そう。男女が示している『姫様』は、つい先ほど筒をくわえていた変な女性だった。今はその筒はしまっており、予選の結果に手放しで喜んでいる。
「……姫様ね。まあ確かに、さっきのを思い出さず、客観的に見れば、そうだと言われて違和感はないが――」
「さっきの見ちゃったから何だか変な感じですよね?」
「ああ」
 ケイティと二人で正直な感想を漏らす。
 ただ――
「まあ、メルと比べればそう変でもないですけどね」
「そうだな」
 そういうわけで、あまり気にしないことにした。

「お前ら…… 昨日に引き続きよく食うな」
 本選に向けて腹ごしらえってことで、全員――アリシアとキースはまだ帰ってきていなかったので除く――で昨日とは違う食事処に来ていた。それでやはりすごい食欲を見せるケイティ、メルに向けてそんなことを言ってみた。
「食べられる時に食べる。これ基本」
「そう基本」
 きっぱりと言ったケイティと、それに相槌を打つメル。まあ、分からないこともないけどな。
「まあまあ、お金を出すのは私ですし、それを返すのはバーニィさんですし、気にせず食べまくって頂いて結構でしょう」
 と、リッツァ。いや、てか――
「レイルも本選参加するんだから、俺だけが返すわけじゃねぇだろ? それに順位によっては全員で返すことになるぜ」
「俺はバイトの場合もお前に任す」
 俺の言葉にまず反応したのはジェイ。その隣でエミリアも頷いていたりする。こ、こいつらな…… まあ、いつものことといえばそうだが。
 その脇ではリッツァがにこにこしている。こっちはこっちで嫌な感じだぜ。昨日のことがあるから何かな〜。ラリィは相変わらず人見知りな様子で、ちょいと微笑ましいが……
「俺が優勝するから大丈夫だって! よっしゃ、本選も気合入れるぜ!!」
 と、これは当然レイル。
「まあ、俺だって当然優勝目指すがね」
 適当にそう言うと、なぜかレイルに睨まれる。予選の時には攻撃してくるし、随分とやる気あるよな、こいつ。
 その時、アリシアとキースが来た。
「バーニィさん、レイルさん。本選出場おめでとう御座います」
「アリシアさんっ! 感激ですっ!! 貴女のような美しい方の祝辞があれば、俺は決勝どころかそれ以上をも勝ち続けることがで――うぐっ!」
「おめでとう。二人とも」
 アリシアの言葉に過剰反応し抱きつかんばかりに詰め寄ったレイルを、キースがにこやかに絞める。まあ、日常の範疇なので適当に無視して――
「おう。サンキュ。てか、よくここがわかったな?」
「宿で聞いてきました」
 ああ、そういえばリッツァがカウンタで行く場所を教えてたっけな。あ、そういや……
「それで。探し物とやらは見つかったのか?」
 確かそういう理由で出かけていったはずだ。
「いいえ。ですけど、本選は見ておきたいと思いまして。午後も頑張って下さいね」
「ああ。まかせとけ」
 丁寧に言ったアリシアに右手を挙げて返す。ちなみに、レイルはまだキースに絞められているので、アリシアの言葉に反応できないでいる。
「そろそろ集まらないといけない時間じゃないか?」
 アランが言った。
 窓の外に目をやり陽の入り具合を見ようとして、そういえば常に暗いのだということを思い出す。それで、こちらに来て初めて見たレア品、食堂などの公共の場に備え付けられている時を刻む機械仕掛け――時計とかって名前だったか――に目を向ける。
「ん? ああ。まだ少し早いが……ちょいと早めに行っといた方がいいだろうし、俺らだけでも先に行くか、レイル」
 俺は言ったとおり少し早いと思ったが、それでも早めに行動する方が安心であるしレイルに声をかける。
「ぜえ、ぜえ…… へ? ま、まあ、そうだな」
 漸く解放されたレイルは、苦しそうながらも肯定的な答えを返した。それで一緒に店を出ようとすると――
 ばくばくばくばく。
 その時、なぜかメルの食事を口に運ぶ速さが一層すごいことになった。
「? どうしたの、メル。バーニィとレイルは早めに行く必要あるだろうけど、私達はまだ食べてても――」
「いや、えっとぉ。ちょっと本選見に行く前に行きたいところがあって――ぱく。よし、ごちそ〜さま〜」
 そうして、メルは俺らを押しのけながら外に飛び出していった。
 なんだ? ありゃ。

 昨日、結構夜遅くまで起きていたせいか、昼少し前に目を覚ましたあたしは、ちょうど昼飯時にデルコンダルへとやってきた。社にいた男にルーラで送ってもらったのだが、その降り立った場所は目立たない町外れの原っぱ。どうやらこちらの『人間』は一切魔法を使えないようで、ルーラで街中に現れたら即行で狩られるとかなんとか。
 まったく……物騒な話である。
 まあ、こうして目立たないように来たわけだから大丈夫だろうけどね。
「では小生は戻る。帰りは自身でラダトームに戻れよう?」
 軽く手を上げて言った男。
「ん? まあ、帰れるけど…… 昼くらい奢るわよ」
 リッツァから貰った金はまだ残っているし、昼飯代程度なら余裕で出せる。ただ、男は戻るんだろうね。どうにもこちらでは、人間と魔族の仲が相当悪いようだし。
「悪いが……戻る。忠告しておくが、殺しも殺されもするな」
 ひゅっ!
 男は、そういう妙な言葉を残して戻っていった。まあ、殺しちゃいかんのは当然だ。それで、殺されるなってのはあれかな。更に人間魔族間の関係が悪化するかもしれないという危惧かな。てか、今更だろうけど…… それでもちょっとでもよくなる方向へ、いや、少なくとも悪くならないで欲しいのだろう。
 ……そんな考察はいいか。まず飯食いましょうかね。腹減ったぁ。

 ここは大会本部と銘打たれたテントの前。そこには掲示用の板があり、トーナメント表が書かれた大きな紙が張り付けられている。
 さて、俺の名前は――
「え〜! わた――俺シードだ〜!」
 自分の名前を探していると、少し離れた場所にいた奴が不満げに言った。随分と小さな男で、体にあっていないゆったりとした外套を羽織り、それについているフードを目深に被っている。
 てか、シードで何が不満なのやら……
「ちょっと〜! 俺シードなんてやだよ! 戦う回数減るじゃん!」
 ……変な理由。
「もう決定いたしましたので……」
 対応した大会側の者も呆れたのか、苦笑を浮かべ困ったように言った。
 にしてもあの男、何歳なんだ? 今は意識しているのか少しだけ低い声だが、たまに女みたいな高い声を出している。声変わりをしていないのか。はたまた、見た目の子供っぽさが喉にまで作用しているのか。いずれにしても本人が気にしているのは確実だろう。そうでなければ、わざわざ声を低くしたりはしない。
「む〜。じゃ〜、いいよ!」
 根気強く大会関係者が説得をしていると、男は漸く折れたようだ。いかにもガキっぽくふてくされた声を出す。本当に何歳なんだか……
 というかあいつのこと、知ってるような気がするな…… あんくらいの背のガキ、もとい、馬鹿っぽいガキか。う〜ん、やっぱ何か引っかかるな。レイルにも訊いて――
「お前とは決勝で、か……」
 トーナメント表を熱心に見ていたレイルが呟いた。俺も改めて見てみると、確かに彼とは決勝まで当たらない。両者順調に勝ち進めば大トリで戦うことになるわけだ。
「そうだな…… ま、そこで当たったらどっちが勝ったって五十万ゲットなわけだから、気楽だぁな」
 俺が笑ってそう言うと――
「絶っっ対ぇ負けねぇっっ!!」
 なぜか熱血百パーで指差された。
 こいつ…… なんでこんなやる気ありまくりなんだ? てか、さっきのチビ男のことを訊いても無駄そうだな。冷静さの欠片もなさそうだし、だからどうしたとかって適当な反応しか期待できねぇわ。
 まあ、そんなことはいいか。さて、俺はいつ試合になるのか。え〜と…… 第十試合目、大分先だ。レイルも第八試合目だし暇だな。
「では、始め!」
 わあぁあぁあぁあ!!
 あ、第一試合が始まった。……そうだな。他の奴の試合でも見てるのが妥当な過ごし方か? 一応、どんな奴がいるのか気にしといた方がいいだろうし。
 ただなぁ……
「てやぁ!」
「おりゃあぁあ!」
 特設ステージに目を向けると、そこにはへっぴり腰で剣やら槍やらを振るう男が二人。
 レベル低っ! 予選がロワイヤル形式だったために、運良く残ったのか? ていうか、そうであって欲しいな。さすがにこれは張り合いがなさすぎだぞ……

 キィンッ! キィンッ!
 高い音が響き渡る。剣と剣がかち合う金属音。一回戦第四試合における効果音。戦っているのは――
「ロードスター家、ビシタル=ロードスター選手と、リーデンス家、サリシアス=リーデンス選手! どちらも素晴らしい身のこなしで相手の攻撃をさばいています! いったいどちらが勝つのでしょうか!」
 とのこと。どうやら貴族の坊ちゃん二人らしい。
 とはいえ、実況の中にもあったとおり身のこなしは悪くないし、ただ金を持ってるだけのお坊ちゃまというわけではないようだ。てか、貴族が賞金欲しがるってのも妙だし…… あ、名声目当てか。
 そんなことを考えていると、ビシタル(と思われる方)が右手に炎を生み出す。どうやら魔法も使えるらしい。しかし、放たれたそれをサリシアス(じゃないかと考えられる方)は、剣を手にしていない左手をかざすことであっさりと消す。
 あれはたぶん、マジックキャンセルっていうやつだろう。
 サリシアスはそれから更に踏み込んで横薙ぎに剣を振るう。しかし、それをビシタルが半歩下がることで避け、続けてサリシアスが剣を手にしている腕に蹴りを叩き込んだ。
 からんっ!
「おーとっ! サリシアス選手が剣を取り落とした! これはピンチだーっっ!!」
 ここぞとばかりに実況が叫ぶ。まあ、盛り上げどころだよな……
 ビシタルは、その機を逃さず一歩踏み込んで峰打ちの一撃を入れようとするが――
 がっ!
 サリシアスが、ビシタルが剣を握っている方の腕を素早く押さえつけ、その上で彼の足を払う。ビシタルは倒れ込みこそしなかったもののバランスを崩してしまい、その隙をつかれて剣を奪われる。
 そしてそこで、サリシアスの拳がビシタルの顎に入り、愈々倒れこんだビシタルの首筋には、少し前まで彼の手に収まっていた得物が突きつけられた。
「見事な逆転劇! 勝者、サリシアス選手!!」
 わああぁぁああぁぁあ!!!
 凄まじいまでの大歓声。黄色い悲鳴が目立つところが少しむかつくが、実力もあって金もある貴族の坊ちゃん二人の戦いじゃ仕方がないか……
 ぱちぱちぱちぱち。
 そこでさらに盛大な拍手が。たぶん、ステージ上で繰り広げられているベタな光景が原因だろう。勝者が敗者に手を差しのべてさわやかスマイル……
 なんかうぜぇなぁと思いつつも、この試合より前の試合が糞つまらないものばかりだったため、それなりに見ごたえがある試合をしてくれたことには感謝の意を表したく思い、合わせて拍手。
 そして坊ちゃん二名がステージを降りる。
 次の第五試合は――糞つまらない時間再び、という感想だけをお送りしよう…… 第六、七試合は悪くなかったが、まあ平均的だったため、ここも割愛。続く第八試合が愈々レイル。さて、一回戦くらい勝ち上がって欲しいもんだが――
「一回戦第八試合、始め!」

 ばんっ!
 びゅっっ!!
 どがっっっ!!!
「な、何がなんだかよくわからないうちに、レイル選手の蹴りがコルクル選手の顔にめり込んだー! 倒れこむコルクル選手! これは早い決着だ! 勝者、レイル選手っっ!!」
 わあぁあぁぁああぁ!!
 実況の声と歓声を聞きながら、相手選手の顔から足をのける。
 よし! これで目立っただろ。女の子達の印象に残るために目立つ勝ち方をしたかったんだが、一瞬の決着なんてことをやってのけたんだからバッチリだったはずだ。これで街を歩けば、女の子達から黄色い悲鳴が上がること間違いなし。あ、優勝したら街歩いてる場合じゃなくなるか…… ま、それはそれで幸せだからいいけどな!
 ちなみにさっきの勝ち方は、まず足元辺りでイオを破裂させる。そして、その爆発の勢いに乗って跳び、瞬時に間合いを詰め、そのまま顔面に蹴りをぶち込む。終了。
 もっとも、相手がたいしたことないからできたお粗末な戦い方だったが…… 二回戦目からだとこうはいかないだろうなぁ、たぶん。
「ふぅ」
 選手用の席まで戻ってきて一息つく。その時ちょうど第九試合が始まった。戦っているのは平均的と評するのが相応しい二人。
 うん、どっちが勝とうがあまり興味ないな。俺と当たるなら決勝になるだろうが、こいつらが決勝まで来ることもないだろうし…… てか、バーニィと当たったら一瞬でやられるだろうし。
 あ、次の第十試合がそのバーニィの試合か。

「一回戦第十試合、開始!」
「――イオ!」
 試合開始と同時に爆発の魔法を放った対戦相手。ただ、イオっていうと確か初歩の魔法だよな。目くらましのためなのか、それとも向こうの実力がそれほどでもないのか、はたまたこちらを完璧に舐めてくれているのか……何にしても、こっちも動くとしましょうか。
 だっ!
「何と! バーニィ選手、迫り来る光弾に向けて突っ込んでいきます! 正気なのでしょうか?」
 馬鹿にしているわけではないのだろうが、それでも聞こえてきた実況が耳につく。ばっちり正気だっつーの。
 ほぼ同時に向ってくる光弾十数。それでも微妙なタイムラグはある。ならば、よく観察すれば通り道くらいわかるってもんだ。
 わああぁぁあぁああ!!
 ほぼスピードを殺さずに、光弾が飛んでいる中を走りぬけると聞こえてきた歓声。
「これはすごい! 初歩魔法とはいえ、猛スピードで向ってきた攻撃を、同じく相当なスピードで走りつつ避けたあぁ! 素晴らしい運動能力と動体視力!!」
「くっ! ――――ヒャダルコ!」
 うるさい実況が聞こえる中、少し呻いてから先程よりも集中して再び魔法を使った相手。
 今度の魔法もそれほど難しいものではない……はずだ。それでこちらがわかるくらいの集中を要するということは、それほどの実力者ではない――少なくとも俺が行動を共にしているハチャメチャ人間どもほどの実力ではない――のだろう。
 相手の言葉に応じてこちらに飛んできた氷の棘をダガーで弾きつつそんなことを考える。全ての棘を弾くこともできないので、他は頑張って避けると再び歓声が聞こえた。まあ、悪い気はしないな。
「くそっっ!! バギ――ぐぅ……」
「悪いな。そこまでだ」
 三たび魔法を使おうとした相手の後ろに回りこみ、首筋にダガーをつきつけ終了宣言。相手は言葉の先を続けられずに、ゆっくりと両手を挙げた。
「勝負あり! 勝者、バーニィ選手!!」
 わああああぁぁああぁあぁああぁぁあああ!!!!!
 実況の決着宣言に続いての大歓声。俺への賞賛なんだろうが、魔法で派手に演出してくれた対戦相手のおかげって気もするな…… ま、何にしても一回戦勝利、と。

 バーニィの試合が終わった後の一回戦は、特別素晴らしい試合というものはなかった。第十一、十二、十三試合はそれぞれ並、並以下、やや並といった程度の評価。どいつが勝ち上がったとしても、俺様たちの敵にはならないだろう。
 ただ、十四試合は少しだけ見ものだった。第四試合同様貴族のお坊ちゃんが出てきたのだが、魔法に剣、共に平均よりもやや上と見受けられた。もっとも、相手が弱すぎて実力の半分も出していない様子ではあったが、それでも動きの端々から実力の高さを見て取れた。ま、先にも言ったとおり、俺様たちの敵というには力不足ではあるが……
 ふむ、こうなると、俺様とバーニィの決勝戦対決は決定したも同然かもな。シードのチビ助の実力はまだ分からないが、まあ、あんなチビだしなぁ。油断は禁物だろうが、それでもあれに油断するなってのは難しい。ま、その実力も二回戦の第八試合に嫌でも判るわけだし――
「では続けて二回戦に移ります! 二回戦第一試合、始め!」
 二回戦をゆったり見ますか。つっても、俺は第四試合に出るから、そうゆったりもしていらんねぇけど。

「ありがとうございましたぁ!」
 定食屋のおっさんの声を後ろに聞きながら店を出る。中々美味かったわね。
 さて、この後は適当に茶を飲むところとかにでも入って聞き耳でも立ててみようかしら? それとも魔法で何か騒ぎでも起こして反応を見てみるとか? こちらでの魔族に対する考え方とかを知りたいのよね。本でも調べてみれば何か書いてあるのがあるだろうけど……面倒だしねぇ。
「あ、痛」
 その時、あたしの目の前で女の子が転んだ。特につまずくものがあるわけでもないのに転ぶなんて、いわゆるドジっ娘ね。
「大丈夫?」
 さすがに目の前でひっくり返られちゃ無視するわけにもいかないので、手を差しのべて声をかける。
「うん。だいじょぶだよ。ありがとう、おねえさん」
「どういたしまして」
 応えながらあることに気づく。それは何かというと――
 この子、魔法の力があるわね。
 こちらの『人間』は一切魔法を使えないということだった。しかし、遺伝的に全く魔法を使えない者のみが生まれるというのはあり得ない。この子のようにわずかでも魔力を持つ者がいるのは当然なのだ。にも拘らず、『人間』が魔法を一切使えないという話になっているというならば、何かの拍子に魔法の力を発露させた者は……まあ、おもしろくない結末を迎えるのだろう。この子も運が悪ければ――
「どうかした? おねえさん」
 思わず見詰めていると、女の子は首を軽く傾げてそう訊いた。
「んにゃ、何でもないわ。お嬢ちゃんがあんまり可愛いからちょっと誘拐しちゃおうかなぁとか考えてただけ」
 適当にそう返すと、女の子はおかしそうに笑った。
 ふぅ、仕方ないわね。マホトーンをアレンジして永続的に彼女の魔力を押さえ込んじゃいましょう。無防備な状態の彼女が相手なら、何の問題もなくそれが実行できるはず。
 さっそく実行しようとしたその時――

 わあぁああぁぁあああぁぁぁあ!!!
「しっかし、暇だな。もう少しマシな試合やって欲しいもんだぜ」
「まったくね」
 二回戦第四試合がレイルの魔法一発で決まったのを見てから、欠伸まじりに呟くとエミリアが相槌を打った。
 一回戦もそうだったが、二回戦に入ってからも低レベルな戦いばかりだ。バーニィとレイル、他にも並以上の奴らがちょびちょび出てきているが、相手が弱ければ戦いは低レベルになっちまうわな。
 お、第五試合が始まった。レイルに続いてバーニィの試合だな。レイルの試合同様速攻で終わるんだろう、というのは想像に難くない。今度の相手の一回戦を見てたけど、弱いとは言わないまでもバーニィの敵じゃない程度の実力だったし。
 わああぁあぁぁああ!!
 と、観衆から巻き起こる歓声。
 やっぱ直ぐ終わったな。バーニィの一発目の拳を腹に受けて相手が昏倒したようだ。ふぅ、一回戦以上に見所が少ねぇでやんの。
「わぁ、これでバーニィさんもレイルさんも揃って準々決勝進出ですね」
 言ったのはアリシアさん。手を叩いて嬉しそうに笑っている。
 ……ああも素直に喜んでいるのを見ると、俺がひねくれているみたいだよな。いやいや、俺の方が普通のはずだぞ。アリシアさんは歳の割に純粋というか何というか。
 ぐぅ〜。
 と、今のは俺の腹の音。昼もきちんと食ったんだけど、周りに食べ物の屋台があるせいかもう腹が減っちまったらしい。ただまあ、絶えず何かを買い食いしている愚妹に比べりゃましなエネルギー効率だろうよ。
「リッツァ、金よこせ」
 エミリアが言いながら右手をリッツァに向けて差し出した。相も変わらず気が利く。
「ああ、お腹すきましたか? はい、百ゴールド」
 言いながら硬貨を取り出すリッツァ。
 屋台で軽く買い食いするだけだし、百ゴールドもあったら多すぎな気もするが…… ケイティとメルのせいで食事に関する金銭感覚がおかしくなってないか? リッツァ。ただまあ、多目に貰ったからって困るわけでもなし。正確には借りるんだが、返すのはバーニィとレイルだからやっぱ問題なし。というわけで、遠慮なく……
「サンキュ」
 リッツァから硬貨を受け取って、試合から目を逸らし屋台物色に集中する。焼きそばがいいか、それとも粉ものがいいか、いやデザート系にするという手も…… 結構迷うな。
「何か食べたいもんあるか?」
 俺の隣を歩きながら同じくキョロキョロしていたエミリアに訊く。
「イカ焼きが美味しそうだよ」
 嬉しそうに彼女が指差した先には、いい色に焼きあがったイカが串に刺さっていた。かかっているタレのためか、漂ってくる空気には香ばしさが含まれる。
 う〜ん、確かにこんな旨そうなものに気付いたからには買わなきゃいかんわな〜。
 値段を確かめてみると一本三ゴールドとのこと。ちょいと高めだが、行事ごとではそう珍しくもないことだし、何より俺の財布からの出費というわけでもないのだから躊躇なく――
「二本くれ」
「はいよっ! 六ゴールドね!」
 焼きイカ二本を受け取り、一本をエミリアに渡してから百ゴールド硬貨を差し出す。おつりが結構な量になりそうで面倒だな…… よし。
「釣りは五十ゴールド硬貨だけでいいよ。後は取っておいてくれ」
「うおっ! 気前いいねぇ、兄ちゃん! じゃ、もう一本おまけだ!!」
 頭に鉢巻巻いたおっさんは明らかに上機嫌になり、五十ゴールド硬貨と一緒にイカ焼きをもう一本差し出した。まず硬貨を受け取って懐に入れてから、差し出されたものを受け取り両手にイカ焼き装備完了。
「あざーしたっ!!」
 かなり省略された挨拶を背に受けながら、両手のイカ焼きを頬張りつつ皆のところに戻る。そしてちょうどその時――
「では、本日最後の試合となります。二回戦第八試合です!」
 実況がテンション最高潮で叫んだ。いつの間にやら、第六、七試合は終わってたみたいだ。ま、別に知り合いが出ているわけでもない上に、見ごたえもない試合を見る気は起きないからいいけどな。
 にしても、愈々シードのお出ましか。まあ、ランダムで選ばれたっていうからここで期待するのもお門違いってもんだが――あれ……?
「随分小さい方ですね。それに、あんな体にあっていない外套を着ていては動きづらそうですけれど……」
「そうだね。体格的に不利なのは仕方ないにしても、あの外套は脱いだ方が勝てる確率も上がりそうなものだが」
 青い髪の親子がコメントした。まあ、もっともな意見ではあるんだが…… 気付けよ、お前ら。
 いや、けど、こいつらが気付かないなら他人はなおさら気付かないだろうし、ばれて俺に被害が来る心配もないか。つか、ばれたとしても俺は他人の振りを決め込もう、うん。
 そんな風に独りで決めていると、漸く戦いが――
「始め!」
 ばたっ。
 ………………
「ちょいちょい〜。気絶してるよ〜、この人」
 間抜けな効果音の後の長い沈黙を破って、シードのチビが言った。そいつの言うとおり気絶しているのだろう、対戦相手である大柄の男は地に倒れ伏して動く気配がない。
 さて、先に何が起きたのか。馬鹿丁寧に説明すると以下の通りである。もっとも、俺も目で追えたわけではないけど……
 まず、始めの合図があった次の瞬間、チビが瞬きをするくらいの間で間合いを詰めて相手の懐に入り込んだ。その勢いに乗ったままの突きを腹に叩き込まれた相手は、意識を手放して夢の世界へと飛び立った、というわけだ。その崩れ落ちた時の音が、実況の『始め!』という声の直ぐ後に聞こえた間抜けな効果音の正体だったのだから、チビの動きが常識はずれだったということは理解してもらえるだろう。
 こりゃ、さっき気づいたことは間違いなく事実みたいだな。あんな常識はずれな動きをする奴がそうそういてたまるかっての。
「しょ、勝者、ウォントゥ=ライス選手!!」
 わああああぁぁぁああぁぁあああぁぁあぁあああぁぁぁああ!!!
 倒れた男の意識の有無を確認した実況が声をはり上げると、常識はずれな展開に反応を示せずにいた観衆たちが、いっせいに悲鳴とも歓声ともつかない声を出した。
 まあ、見た目で完璧負けてるチビ『男』が、とんでもないスピード決着を演じたんだから、燃えるのもわからんでもないが…… 五月蝿過ぎる。イカ焼き持ってるから耳ふさげんし。
 ただ、ひとつだけいいことがあるな。決勝だけじゃなく準決も一試合分は確実に楽しめそうなこと。アリアハンの時はケイティに対抗意識燃やして料理にかかりきりだったから見てなかったし、二人のきちんとした対決を見るのは初めてってことになる。さてさて、どちらが勝つことやら。
「皆様、お疲れ様でした! 本日の試合はこれで全て終わりになります! 明日は午後から準々決勝の試合を開始いたします! では、またお会いしましょう!!」
 締めの言葉が辺りに響いた。それに伴い、人々が思い思いの方向へ散っていく。
 さて、明日のことは置いといて、試合が終わっても屋台は続けるらしいし、さっきの残りの五十ゴールドで適当にそこら辺を冷やかすか。
 そんなことを考えながら、エミリアの手を引いて歩き出す。

「危ないっ! 避けてーっっ!!」
 急に背後でそんなことを叫ばれて、振り向く以外の反応をするのはちょっと難しいと思ふ。
 そんな変なことを考えながら実際に振り向くと、あたしの顔の右側を飛んでいくものがあった。きちんとは見なかったが、何かの球技に使う球だろう。ただ、それが正確には何だったのか知ることはもうできない。というのも――
「きゃあ!」
 ばんっ!
 背後――つまり先ほどまで正面だった方向から聞こえた破裂音。そこには一人の少女がいる。
「……おい。今、球が――」
「急に破裂したぞ…… 今のはもしかして」
 通行人どもがざわつき始める。こいつは、もしかしなくても――
「魔法―― そのガキ! 魔族か!!」
「えっ? えっ?」
 いい年したおっさんが、表情を険しくして少女に掴みかかろうとする。
 あちゃー。やっぱ身を守るために咄嗟に魔法発動させちゃったのね、この子。ただ、きょどり具合から見て無自覚なよう。これはまだ挽回できるか?
「あははははははははははは!!」
 びくっ!
 あたしが大声で笑ってやると、掴みかかろうとしたおっさんやら、通行人やらが驚いたようにこちらに注目した。まず、注意をこちらに向ける作戦成功。
「な、なんだ、あんた! 馬鹿笑いしてる暇あるんなら、魔族のガキをとっ捕まえる――いや、ぶっ殺すの手伝いやがれ!」
 少し怯えた様子で言うおっさん。あたしに怯えているのかしら? それともまさか、こんなおチビさんに怯えているのかしら?
 そんなことを思いながら一度少女を見た。彼女はきょとんとした目をこちらに向けている。
「魔族のガキ? 何を勘違いしているのかしら? これだから人間は愚かだっていうのよ」
 くすくすと笑いながらそんなことを言う。これがあたしの中で出来上がっている『こちらの世界の魔族像』だ。
「な…… ま、まさか……」
 おっさんの顔色が一層悪くなった。
 子供の魔族なら何とかなるかもしれないが、あたしくらい成長した魔族が相手じゃ殺される――とか考えているのかしら?
 ざわざわざわざわ。
 いつの間にか人が集まってきていて、結構なざわめきが生まれた。武器を持った兵士らしき影もちらほら。
 ――殺しも殺されもするな
 あの忠告を努力して実行しないといけない状況になるなんて…… まったく、ぞっとしないわね。あと、女の子に疑いの目が向かないようにもしないといけないし。それに、魔力も封じ込めてあげないといけないし。うわ、やることたくさん。面倒――だけどやるしかないのよねぇ……
 あたしは、顔には意地の悪い薄ら笑いを浮かべながら、心内では相当うんざりしていた。

 まず、野次馬の中に紛れていた兵士が剣を片手に突っ込んできた。他の人達の怯えっぷりを考えると、勇敢さを褒め称えるべきなのかしらねぇ。
 ぱぱっと避けようかとも思ったのだけど、あたしが避けた後女の子に剣を向けないとも限らないので――
 きぃん!
「何っ!?」
 思い切り振り下ろされた剣が、目標であるあたしの頭に到達することなく弾かれる。兵士は驚愕の表情を浮かべつつ、剣が弾かれた勢いのままに吹っ飛ぶ。野次馬がいる方に飛んで戻っていった兵士は、野次馬が綺麗に避けたために民家の壁にぶつかった。合掌。
 ちなみに、物理障壁を瞬間的に生み出して防いでみました。一瞬スカラとでも命名しましょうかね。いくらなんでもダサすぎか……
 てか、こっちを殺す気満々ね。躊躇なく頭に剣を振り下ろすんだから、こいつらの『魔族』に対する印象って相当なもんなんだろうなぁ。こうなると、疑わしきは皆殺しくらいの信条は持っていそうだし、女の子に疑いの目が絶対に向わないようにしないと。
 ま、何はともあれ、取り敢えず魔力を封じておきましょうか。
 そう考え、女の子に向けて右手をかざす。
「ああ、貴様! その子に何をする気だっ!」
「いや、待ってくだせぇ! あのガキも魔族の可能性があるんでさぁ! あれも本当の姿に戻すための儀式か何かかもしれねぇです!」
 その時、普通に心配する声、疑いがこめられた声、両方が聞こえた。こういう場合、大抵は疑いの意見が強くなる。やはり、疑惑がゼロになるように努力しておかないといけないだろう。というか、『本当の姿』って何? いや、どうでもいいと言えばいいんだけど…… こっちの魔族像にはまだまだ修正が必要なのかもしれない。ま、それはともかく――
 がしっ!
 もう魔力の封印はしてしまったし、これ以上女の子を側にいさせても百害あって一利なし。というわけで、女の子の髪の毛を右手で鷲づかみにして、友達でも何でもありませんよアピール。なるべく痛くないようにしてあげたいけど、髪の毛を掴まれて痛くない道理はない。実際相当痛がっているようだ。声に出して謝るわけにもいかないので、心の中だけでも謝っておく ……ごめんなさい。
「な、何のつもりだっっ!!」
 先ほどの兵士が恫喝した。
「はっ! 何のつもりって…… こんな乳臭いガキなんて、こうしていたぶって楽しむくらいしか存在価値がないじゃない? 次はどうしようか…… 指を一本一本折ってやろうか?」
「止めろ!!」
 あたしだって止めたいんだけどね……
「お気に召さない? ならばさっさと首をねじ切って楽にさせてしまおうか…… ふふふ、優しいだろう? あたしは」
 少女の頭を両手で抱えながら言う。つか、言ってるあたし自身が一番怖いわ。
「や、止めろおぉぉおぉぉおおぉ!!」
 兵士が叫びながら突っ込んできた。さっきは周りとの相対的評価として勇敢と評したけど…… 他の奴らがヘタレだからそう見えたってわけでもないのかもね。まあ、それに実力が伴ってないのが気になるといえば気になるけど――
 ま、そこはそれ、あたしの演技力の見せ所よ。
 ざしゅ!
 あたしは相手が振り下ろした剣に、わざと右腕を切らせる。それほど深くもないが浅くもない、そんな具合。後で治せばいいから別にどうでもいいけど……
「くっ」
 痛がる振りをしながら女の子を突き飛ばす。いや、実際切れているわけだから痛い振りっつーか痛いんだけど…… まあ、我慢できないこともないから、そういう意味では痛い振りでもいいのかしら?
 そんな場違いなことを考えながら空間転移の準備を始める。
「死ねぇ!」
 しゅっ!
 その場から辞する寸前に聞こえたのは呪いの言葉。
 その場から辞する寸前に見えたのは少女の恐怖に満ちた瞳と、そんな少女を優しく支える者の腕。
 これできっと……大丈夫。

「ふぅ」
 傷を塞いでから、壁に背を預けてため息を吐く。
 ここは騒ぎがあった場所から大分離れた所にある大きめの建物。まあ、十中八九王城だと思う。
 あそこでの騒動で、魔族に対する人間の感情は大体知れたし、あのまま帰ってもよかったんだけど…… 一応、城の書庫くらい覗いておこうかと考えたのだった。魔族に関する記述をちらちらっと見てから帰ってもばちは当たらないだろう。
 城門から普通に一般の人が出入りしているのが見えるので、何食わぬ顔で入り込んでみる。さっきの騒ぎがこちらに知れているはずもないので、特にとがめられることもなかった。さて、書庫はどこかしら?
 きょろきょろと辺りを見回していると、
「どのようなご用件ですか?」
 さきほど切り付けられた兵士と同じ格好の人物に話しかけられた。着ているものは同じでも、首から上に張り付いているのは人のいい笑顔。
「書庫の閲覧はできるのかしら?」
 訊いてみると、兵士の笑顔が曇る。
「申し訳ありません。書庫は関係者以外立ち入り禁止でして」
「あら、そうなの? まあ、そういうことならいいわ。立ち入り禁止の場所以外なら、城の中を見学するのは構わないのよね?」
「ええ、それは勿論です」
 兵士は人のいい笑顔を取り戻し、はっきりと答える。
 そういうことなら、適当に回って、それらしい部屋にこっそり侵入しましょ。
 そんなことを考え、兵士に礼を言ってから歩みを進める。
 廊下を進んでいくと、壁にかけられた絵画には空や森などの自然が描かれているものが多い。絵画まで魔族忌避を象徴していたりしたら胸糞悪いことこの上なしって感じだっただろう。そうじゃなくて、よかった、よかった。
 柱の装飾が大層素晴らしいのを見て取り、こういうのはジェイとかが喜んで見そうだなどと思う。他にも壷やら鎧兜やら、中々凝った内装だ。
 がちゃ。
 その時、兵士が見張っている扉の内側から、いかにも学者といった感じの男が出てきた。あら、ここが書庫かしら? まあ、考えている間に確かめた方が早いってね。
 しゅっ!
 誰にも見とがめられなさそうな場所で空間転移を実行する。
 そうして行き着いた場所は、眩暈がするほど多量の本が納められた部屋だった。ここは間違いなくアリシアが喜ぶ場所ね。あたしはできれば遠慮したいけど……
 部屋の中にも人がいないのを確認してから本を一冊取り出してみる。それが置いてあった区画には歴史に関するものがまとめられていたようで、この国の建国者の説明書きと挿絵が目に入る。
「あらま。運がいいわ。歴史の本なら魔族に関する記述もあるでしょ」
 そう呟きながら頁をめくる。その本はこの国に関することしか書いていなかったので戻し、次の本を選び出す。しかし、それにも魔族に関する記述はない。
 その後、数十冊をざっと眺めてみたが、それらしい記述のあるものはなかった。
「……? おかしいわね」
 がちゃ。
 その時、部屋の扉が開いて外側から入ってくる者がいた。あたしは咄嗟に陰に隠れたので、ぎりぎり見とがめられることはなかった。
「おや? 誰かいるのかと思ったのだが…… 気のせいだったか?」
「そりゃあ、そうですって。唯一の入り口を私がずっと見張っていたんですから」
 こっそり覗いてみると、先ほど出て行った学者らしき人と、扉の外を見張っていた兵士が話していた。
「それはそうだが、この前のこともあるだろう?」
「ああ、そうでしたね……」
 学者が疲れたように言うと、兵士は苦笑しつつ応えた。
 何があったのか?
「誰にも気付かれずに侵入し、魔族の記述のある本を全て持ち去る。いったいどんな意味があったのだろうな」
 はい!?
「学者先生がお分かりにならないことを、たかが一兵士の私が分かるはずもないでしょう?」
「おいおい、嫌味にも聞こえるぞ」
 そのように談笑しながら、外に出て扉を閉める二名。
 ふーん…… ゾーマに甘い甘い某魔道生物さんは、着々と準備を進めているみたいね。これは、ラダトームの書庫なんかも調べてみる必要があるかしら?
 というわけで、愈々人間の国を辞する。

 アマンダが帰ってきたのは、夕食を食い終わってしばらく経った頃のこと。なんか知らんがえらく疲れているようだった。
 どこに行っていたのか訊いても適当に流されたのでそれ以上は訊かず、取り敢えず今日は勝ち残ったことを伝えた。すると、いつものような適当な物言いで祝してくれたが、やはりその様子はどこかおかしかったように見えた。
 本当、何があったんだろうな?

 ラリィは朝が早い。だからというわけでもないけど、私も朝が早い。そんなわけで、宿の一室でいつも通り目を覚ました私は、特にすることもないのでお金の計算をしている。家にいるのなら掃除や洗濯、朝ごはんの準備などをするのが常だけど、宿で朝早く起きても掃除をしようとは当然思わない。洗濯も帰ってからでいいし。
 さて、ただ今の金銭状況は…… 予定よりも出費がかさんでいる。女性陣の服を買った折に、自分用に少し高めのスカートを買ったのが痛かったかもしれない。その上、食事代もまた予想よりもかかっている。現在の出費総額は二万ゴールドほどだ。
 少し抑えるように努力するべきだろうか……? 取り敢えず、食事は少し抑えてもらえるように頼んで――
 いや、ちょっと待てよ。よく考えると、出費がかさんだ方が返ってくる金額も上がるのね。賞金の五割、または出費の五倍が返ってくるのだから、賞金五割が適用される場合は最高で一位から三位までを総なめにして――四十万ゴールド。出費の五倍なら今のところは十万ゴールドか……
 出ている三名は随分と強いようだし、総なめは期待しすぎにしても誰かが一位に食い込む可能性は高いわね。なら二十五万以上は有力。ただし、一人は私が参加費を出していないわけだから、そこは私に回ってこないことも予想できる。その人物が優勝してしまった場合、他二名が二位、三位に入ったとしてもこちらの手取りは十五万ゴールド。そうでなければ十万以下も考えられる。今の内にもっと出費を重ねておけば、返ってくる分が十五万ゴールドくらいにはなるだろう。とすれば――
「ラリィ。せっかくだから、今日の昼食は高級レストランにしよっか?」
「そこおいしいの?」
「とっても美味しいハンバーグが食べられるわよ」
 ラリィの好物はハンバーグだ。こう言えば必ず食いついてくるだろう。
 そして、狙い通り我が弟の目が輝きだす。
「行きたい!」
「じゃ、皆も誘おうね。できる?」
「……うん」
 人見知りする弟は、少し躊躇してから返事をした。
 よし。子供が誘えば無下にしづらいだろうし、これで高級レストランの代金も返してもらう分に組み込まれるはず。少なくとも、ケイティさんとメルさんは一緒に来るだろう。
「沢山食べるのよ」
「うん!」
 ラリィも喜んで一石二鳥ね。

 昨日の午前に引き続き、私とアリシアは例の材料を探すためにラダトーム近隣の村や町を訪れていた。ちなみにここはリムルダールというらしい。そして、昨日行った場所はマイラという温泉町だった。温泉には手を入れてみただけだったが、その内ゆっくりとつかりに行きたいものだ。
 そうそう、かの地ではあちらの世界のジパングという国から逃げてきたという夫婦に出会った。私はジパングに言ったことがなかったのだが、アリシアはあの地で、夫婦にとって喜ばしくも悲しい事件に関わったようで少し話し込んでいた。事件の当事者でも何でもない私が聞くことでもないと思い、その場を辞して一人で話を聞いて回ったりしたのだったが…… 収穫があったといえばあったし、なかったといえばなかった。
 目的の金属――金属なのだろうか?――を探す際に、何とも説明のしようがないので『変わった金属を探しているのですが?』と訊いて回った。それに対する回答はいくつか貰えはしたが、それが目的のものを指しているかどうかはわからない。というわけで、収穫はあったのかどうかよくわからないというのが、現状できる最も妥当な結論付けなのだ。
 ちなみにその回答の中には不思議な防具の伝説というものがあった。『光の鎧』と呼ばれるもので、昔、人間と魔族の間の戦争で一人の英雄が身に着けていたのだという。あらゆる攻撃を防ぎ、炎などの物理的な攻撃以外――要するに魔法かと思うが、話してくれた人物ははっきりそうとは言わなかった――を軽減し、身に着けているだけで傷が癒えていくという凄さらしい。それに用いられている金属が、全く未知のものだという話だった。何にしても、伝説というだけあって細かい点が曖昧で、話半分に聞いていたほうが無難という内容ではあったが……
 ただ、その話関連でもうひとつ面白い話もあった。私達にとって馴染みの深い精霊神ルビス様。彼女はこちらでも神のように祀り上げられているというのだ。その信仰の総本山のような場所がマイラの西方の島にそびえる塔なのだという。そのような話が、先ほどの光の鎧の話からどうして出てきたのかというと、くだんの光の鎧のある場所が、ルビス様を祀っているその場所なのだという。あらゆるものからの守りがルビス様を象徴している、とかいう理由で御神体に抜擢されたのが数千年前。それから余人の目に触れることはなかったというから、真偽のほどは大分怪しい。
 とはいえ、一応確認しておくべきではあるから、ラダトームでの闘技大会が終了したら皆さんと一緒に訪れたいと思う。
「送って下さって有難う御座いました」
 私が少し考え込んでいたら、アリシアが丁寧にそんなことを言った。その言葉の向かう先は、人のよさそうな顔をした中年の男性。
 ラダトームでここリムルダールに戻るというこの男性をつかまえ、アリシアが言ったように送ってもらったのだ、ルーラで。おっと、私もお礼を言わないとね。
「本当に助かりました。感謝します」
「いやいや。別に人数が増えたからって疲れるわけでもないしな。送るくらいはお安い御用さ」
 そう言ってから男性はアリシアに笑いかける。
 ……会ってからこういう態度をとることが多いのは少し気になるのだが――というか、正直むかつく。
「ところで、この街に何か用なのかい? 言っちゃあ何だが、何か娯楽があるわけでもなし。温泉やら巡礼の塔やら、よっぽどマイラの方が観光には適していると思うが……」
 そう言ってから男性は、もっとも、今一番観光に適しているのはさっきまでいたラダトームだろうがね、と苦笑しつつ呟いた。それは、私達の目的が観光ではないのだということに気づき、的外れなことを訊いた自分を嘲ったものだったのかもしれない。
「私達は観光で来たわけではないんですよ」
 と、これはアリシア。
 男の思考が先ほど私が考えていた通りだったとしたら、我が娘の言葉は心持ち嫌味に聞こえてしまうね。まあ、そんなことはどうでもいいとして、本来の目的を伝えて、この男性にもあれのことを訊いてみようか。
「この子の言うとおり、私の目的は観光ではなくてですね。変わった金属を探しているのですよ」
 そう言うと、男性は訝しげに首をひねった。
 訊き方が抽象的過ぎるためか、訊く相手は大抵こんな反応をする。
「変わった金属ったってなぁ…… もうちっと具体的にどんな感じかは――」
「残念ながら、具体的にどうこうというのは少し分かりかねまして…… 実物を見られれば判別も可能なのですけど――」
 男性に答えながら少し困った表情で、でしたよね、お父様、と訊いてきたアリシア。私はそれに頷きつつ、
「ひとつだけ特徴として挙げるとすれば、魔力の定着との相性が段違いにいいことくらいだね。もっとも、これだけの特徴ならば一般的な金属でもいくらか挙げられてしまうから、あまり有益な情報ともいえないけど……」
 実際、ルシルとレシルがあれを持ってくる前にも、あれと同じくらい魔力と相性のいいものを試したりしていた。しかし、何故かは知らないが、あれ以外で成功したことは一度もなかったのだ。具体的に何が因となったのかはわからない。調べてみても、魔力の定着率以外に特徴的な部分はなかったからね。
「ふ〜ん。魔力が定着しやすい一般的じゃない金属ねぇ……」
 男性はそうごちてから考え込んだ。そして直ぐに口を開いて、言葉を紡ぐ。
「こいつは伝説なんで責任は持てないが、あのオリハルコンなんかもそういう特徴があるって聞くぜ」
 『あのオリハルコン』などと言われたところで、聞いたこともない金属にあのとかつけられても、という感想しか持てないが…… ここで正直に言ってしまっては、オリハルコンというのが一般的な伝説に名を連ねるものだった場合、少しばかり疑いの目を向けられそうではある。というわけで、ここは知ったかぶりで通すのが吉だろう。
「へぇ。それは初めて知りました。オリハルコンにそのような特徴があったとは……」
「俺も詳しくは知らないがね。どうもそうらしいぞ。ほら、例のマイラの北の塔にある御神体の『光の鎧』もオリハルコンでできているらしくて、伝説にあるような効果は、そういう効果の魔法を定着させたためだとか」
 昨日マイラで聞いた話では、呪文等を防いでみせたり、傷を癒して見せたり、そんな効果だという。簡単なマジックキャンセルとかホイミなどが定着されているのか……
 そんなことを考えながら、一応それなりの常識――こちらの世界での――を持っているというアピールのために、昨日得た知識をひけらかしてみることにした。
「光の鎧というと、ルビス様信仰のシンボルでしたね?」
 簡単にそうとだけ言った。ただ、なぜかそれを聞いた男性は、難しそうな顔になってこちらを見た。何か変なことを言ってしまったのだろうか……
「ルビス『様』って…… あんたルビス信仰の信者か?」
「いえ、そういうわけでは。知り合いにそう言う方が多いためにルビス様という呼び方が定着はしましたが、私は無宗教者ですよ」
 男性の態度が妙なので、一応否定しておくことにした。そしてついでに無宗教を主張。初めて会った相手とは宗教の話をするなと言うしね。それにしても、アリシアがいつもの格好ではなくてよかった。いつものいかにも宗教者という格好では、今のような受け答えをしてはいられなかっただろう。ちなみに今の彼女の格好は、一昨日女性陣揃って買い物に行った時に買ったという服で、上は黒いシャツの上に少し変わった形態の服『キモノ』のアレンジ薄手バージョンを着て、下は長めのスカートを穿いている。親の欲目ではなく、よく似合っていると思う。
「そうか…… そういうことならそう問題はないと思うが、この街では一応ルビスと呼び捨てにしておいた方がいいぞ」
 声を少しだけ顰めて言う男性。
 アリシアが訝しげに訊く。
「どうしてですか?」
「この街は、ルビスが魔族を生み出した因だとして憎む反ルビスの奴が結構いるんだ。俺は違うが、知り合いにも何人かいる。この街で『ルビス様』なんて言ったら、それほど過激なことはされないだろうが、いい目では見られないだろうし、情報収集だってしづらくなるだろうよ」
 つまらなそうに、ぼやくように言った男性。くだらないとでも思っているのだろう。実際、くだらない考え方である。しかも、それによってルビス様信仰者を異端視しているというのなら、本当にくだらない。魔族全体で人間に蔑まれ、その上魔族の中でも差別するようなことをしていてどうしようというのだろうか? まったく理解に苦しむ。
 まあ、とは言っても、そう珍しい話でもないだろうが…… 私達の世界であっても、人間は人間同士で争っていたことがある。魔族は私が知る限りでそういうことがなかったとはいえ、おそらくそれは個体数が少ないからだ。人間同様に膨大な数の魔族がいたならば、おそらく人間達のように自分達同士で争うという愚行に出たのではなかろうか。人間と魔族、本質的にそう変わりがあるわけではないのだから……
「と、俺はそろそろ行かないと…… それじゃあ、これで」
 話を切り上げて男性が言った。私の方には軽く手を上げ、アリシアの方には笑顔で丁寧に頭を下げる。
 相変わらず私に対する態度とアリシアに対する態度が違う。まあ、レイル君みたいに露骨な態度をとる訳でもないし、特に口説くというわけでもないから、若い女の子に対して甘くなりがちなだけなのかもしれないが……
「有難う御座いました。送って頂いた上に、貴重なお話まで……」
 アリシアが再度礼を言う。
 この丁寧さ、私の娘とは思えない。私などは、礼はさっき言ったからいいじゃないかとか思ってしまう性質だ。
「なぁに。あんな話でそんなに感謝されちゃ、少しむず痒いよ。とにかく、あんたらの探し物が見つかることを祈っているよ」
 そう言って、男性は今度こそ去っていった。
 ……アリシアに対する態度から嫌な印象を持っていたが、結構いい人だったみたいだ。つい何気ないことで、ほんの些細なことで、よく知らない相手を嫌っていた自分を恥じた。これでは、先ほど話題にのぼった反ルビスの者達と変わらない。まったく…… 私もまだまだ未熟なようだ。いわゆる、人間が出来ていない、というやつだね。
 そんなことを考えながら、アリシアと共に訊き込みを開始。しかし、この街では先ほど男性から訊いた程度の話しか関連するものは得られなかった。ただ、聞けた話の中で少々珍しいものでは、魔力で出来た結界なら強力なものであっても打ち消すことが出来るという道具の話などが挙げられるが、それは今回知りたいものと全く関係ない。個人的には仕組みなどに興味を惹かれるが…… それを詳しく訊くのは当然後回しにしなければならない。それに、辺りにそろそろお昼御飯時だという空気が流れていたため、そろそろラダトームに帰ろうとも思ったし。
 訊き込みがひと段落着いたらしいアリシアの手をとってルーラを唱える。向かうはラダトーム。お昼は朝ラリィ君に誘われた高級レストランになるはずだ。それなりに楽しみだね、さすがに。

 ふぅ、今日の昼はまいったぜ…… 完璧リッツァの入れ知恵だろうが、ラリィの奴が、高級レストランで食事をしましょう、だもんなぁ。いやまあ、優勝すれば例え五倍になったって今までの出費分は払えると思うが…… だからって高級レストランなんかで食事しちまって胃が痛まないはずもない。
 子供の提案を無下に断るのも何なので了解しはしたが、緊張っつーか不安で、食ってるもんの味がいまいちわからなかったから大分損した気分だ。つか、ケイティとメルがばかすか食ってたから、実際値段も相当なもんになってたんだろうなぁ。怖くて訊けなかったが……
 まあ、そんなことはいい――ことはないのだが、それでも気にしている場合ではない。次の次の試合は俺の出番なのだ。意識を試合に向けておかなければいけないだろう。
 ちなみに、現在準々決勝第一試合が始まろうとしているところ。
 一回戦で貴族対貴族の試合に勝利を収めたサリシアスと、一回戦、二回戦を見る限りでは、対戦カードに恵まれたとしか思えないメイバンという男の戦いだ。十中八九サリシアスの勝利だろうが、メイバンが今まで実力を隠していた可能性だってないとも言い切れない。実際、彼は偶にではあるがいい動きをすることがあった。
 ま、これから始まる試合を見ればはっきりすることなんだから、色々考えても仕方ないがな。
「では、準々決勝の一試合目、開始!」
 わあああぁぁああぁあああ!!
 試合開始の合図を聞いた観客が歓声を上げた。今日の一試合目だからなのか、いきなりテンションが高い。
 さて、試合の当事者の二人はというと…… サリシアスは距離を取って相手の様子を慎重に伺っていっていて格好がついているのだが、メイバンは剣を構えつつも小刻みにぷるぷる震えていたりしてかなり頼りない。やっぱ、サリシアスの勝利で決まりなのかね……
 だっ!
 そこで、何時までもプルプル震えるばかりで動かないメイバンに業を煮やしたのか、サリシアスが一気にダッシュをかけて詰め寄る。その掌中には炎が生み出され、メイバンに向けて投げ出される。
 それほどスピードが速いわけではなく、大きい炎でもないためメイバンは苦もなく避けているが…… 彼の注意がそちらに向いている間にサリシアスが剣の間合いに入り込んでいた。
 それに驚いたメイバンは足をもつれさせて転ぶ。
 好機と見たサリシアスは、剣をメイバンの首筋に突きつけようとして――
 ばんっ!
 そこで立ち上がろうともがいていたメイバンの足が、うまい具合にサリシアスの剣を弾き飛ばした。
 いや、つか、うまい具合にも程があるぞ。これはやっぱ、メイバンは今まで本気を出していないと判断すべきかね? ま、注意を向けるのはこの試合に勝ってからでも遅くはないが。サリシアスがこの試合に勝てば、メイバンを気にする必要はなくなるからな。
 そのサリシアスは、剣を弾かれても冷静だった。自分の得物を焦って取りに行こうとはせず、剣を握っているメイバンの手を右足で蹴り上げ、メイバンの武器もまた弾き飛ばしてしまったのだ。これでまた、拳と拳の五分の戦いになる。
 まず、サリシアスが正拳突きを叩き込んだ。それをメイバンは大げさな動作で避け、やはり素人臭い蹴りを打ち出した。この期に及んでこうということは、やっぱたいしたことがないのかねぇ?
 いや、そんなこともねぇか…… 本当に大したことがないのなら、サリシアスの攻撃を何度もかわせるもんじゃない。双方の剣が弾かれてから、既に数分の攻防だ。全てメイバンがみっともなくかわしているような現状だが、こうもかわし続けているのなら、それもまた実力なのだろう。
 勿論、全部が全部偶然の産物だなんていう意見は却下。偶然もここまで続けば必然だ。
 そこで、サリシアスの動きが鈍くなってくる。疲れてきたのかもしれない。しかし、その疲れを押して力強い突きを打ち出した。
 メイバンはそれを避けようとして、再び派手に転んだ。
 そうして地に伏せる『二つ』の影。
 その内、一つの影が立ち上がった。
 実況は倒れこんだままの一方の影に駆け寄って様子を見てから、
「しょ、勝者! メイバン選手です!」
 ざわざわざわざわ。
 突然の終幕にざわめく観衆。まあ、遠目ではじっくり見えないだろうし、よくわからずに騒ぎたくなるのもわからないでもない。軽く説明すると次のような感じだ。
 転んだときに大げさに足を投げ出したメイバン。そんな彼の右足が『偶然』サリシアスの足を払い、彼の左足が、よろめいて下がってきたサリシアスの頭を『偶然』強打したのだ。それで『偶然』打ち所の悪かったサリシアスが昏倒して決着。
 まさに『偶然』の勝利ってわけだ。
 ……ふぅ。要注意人物、一人発見、と。
 ま、俺と当たる前にレイルと当たるから、そこでやられてくれる可能性もあるわけだがね。
 何にしても、気にしとかにゃならんわな。

 レイルさん以降の三試合はどれも、素人目には同じように見えた。
 まずレイルさんの試合。相手が魔法を使ったと思ったら、次の瞬間にはレイルさんが相手を殴っていた。
 バーニィさんの試合は、彼が相手と二人で切り合っているうち、相手が急に転んで、そこで相手のみぞおちにバーニィさんの拳が叩き込まれ終わった。少し酷い気がした。
 最後に『ウォントゥ=ライス』さん――まあ、こっちの名前を使っておこう――の試合は、無防備に突っ立っていたライスさんに、一貴族ラブラドル家の嫡男さんが突っ込み、それをかわしたライスさんが蹴りを入れて終了。
 この通り、三つの試合は素人の私から見たら、速攻で一撃で終わったという点から同じようにしか見えなかった。まあ別に、勝ち進んでさえくれれば過程はどうでもいいけれど…… 今のところ、確実に私に入る賞金は七万五千ゴールドかしら? 全員四位以上が確定したし、三位は十万ゴールド、四位は五万ゴールドだからね。
 と、専ら私は試合の様子に興味がないので、これ以降はアマンダさんが解説してくれた内容をそのままお伝えしている。
 レイルさんの試合は、相手が使った魔法を着弾ぎりぎりまで引き寄せてから、マジックキャンセルという魔法で打ち消していた。これは、相手に魔法がぶつかったのだと錯覚させるためだったという。そうして魔法を打ち消した瞬間に、レイルさんは瞬間移動みたいな魔法を使って相手の眼前に現れ、そのままお腹を殴って気絶させたのだ。単純な試合に見えても、色々と攻防がなされているものである。
 続いてバーニィさんの試合は、どうも相手の人は結構な剣の腕前だったようだ。しかし、足元への注意が疎かだったらしく、そこをバーニィさんが軽く足をかけることで奇襲した。相手は急なことにバランスを崩すどころか完全に転んでしまい、後は私が見たとおりである。
 最後にライスさんの試合。まず、『彼』が無防備に立っていたのは誘いだったらしい。それに乗せられた貴族さんが、突っ込んで行って鋭い一撃を打ち込んだのだが、それを本当にぎりぎりのところでライスさんにかわされたそうだ。その後も――私には分からなかったが――攻撃をしていて、それをかわしたライスさんがその際の勢いを利用した回し蹴りを叩き込んで終了したという。ここでの攻防はそれなりにレベルが高かったらしい。
 一試合毎に大きな歓声を出している人達はそこまで分かっているのだろうか。それとも、私と同じくらいの認識しか持っていないのだろうか。前者なのなら観衆のレベルが相当高いということになろうが、後者なのならノリで騒いでいるだけということになり、レベルが高いとはお世辞にも言えない。別にどうでもいいことではあるけれど……
 さてさて、これから準決勝である。まずはレイルさんの試合だ。アマンダさんいわく、ドジ人間ぽい相手の人は結構実力がある方とのことだが、是非頑張ってもらいたいものだ。ここで負ければ最低で五万――四位――だが、ここで勝てば最低でも二十万――二位――になるのだから。
 手に汗握る試合というのはまさにこのことだろう。もっとも、まだ始まってはいないのだけど……

「では、レイル選手とメイバン選手は所定の位置について下さい!」
 司会の言葉に従ってステージに上がっていく。
 ちらほらと聞こえてくる歓声。うんうん、女の子の声が多いのはいいことだ。野郎の声も聞こえるのは余計だが……
 そんなことを考えていると、相手であるメイバンも少し遅れてやって来た。
 こいつの実力はいまいち分からん。今までの試合でのへっぽこぶりは演技だと思うんだが、それがわかったところでどれくらいの実力なのかが不明なんだったら分からないのと同じことだ。あの貴族のお坊ちゃんに、演技を続けたままの状態で勝ったんだから結構な実力だとは思うんだが……
 ま、今更あれこれ考えても仕方ないんだけどよ。この試合、手探りでやっていくしかないってこった。
 そんなにいい結論とはいえない考えに集約したが、戦いなんて大抵がこんなもんだぁな。
「まず決勝に駒を進めるのはどちらなのか! 準決勝第一試合、始め!!」
 さて、まずは小手調べ。
「メラ!」
 ざわっ!
 俺が魔法を使ったら生まれたどよめき。たぶん炎が『複数』発生したことによるものだろう。メラっていうと炎の塊を単一で出す魔法って意見が一般的だしな。ま、アレンジすれば俺みたいに複数出すことも可能なわけだ。ちなみに、今回は数十を一気に出してみました。
 さて、これをそのまま食らうわけにはいかねぇだろ。どう出るか……
 ふわっ。
 ざわざわざわっ!
 先ほどよりも強いざわめきが生まれた。今度のは相手の行動によるもの。ま、今まで弱々なキャラを演じてた奴が、大量の炎を一気に消しやがったんだから無理もない。随分と強力なマジックキャンセルですこと。
「弱い振りは止めたのか?」
 思わず訊いてみた。
「ここからは手加減して勝てるほど甘くないようだから…… あまり目立ちたくはなかったけど、君や決勝に出てくるどちらかと戦うのであれば仕方がない」
 無表情で長文を口にしたメイバン。準々決勝までの印象はオドオドおとなし系だったんだが、それも演技だったみたいだな。どうやら実際は、無表情淡々系だ。
 しっかし、なめた口利いてくれるぜ。
「へ、安心しな! 決勝に出てくる奴とはどうせ戦えやしねぇよ! これ以上は目立たねぇさ!」
 俺に勝つなんざ百年早ぇってな!
「残念だけど……」
「あ?」
「勝つのは僕だ」
 きっぱりと言い切るメイバン。強い何かを感じ取れる真剣な表情をしている。しかし、その何かは意思というよりは――義務感?
「言ってろ!」
 とはいえ、相手の心情なんかを気にしている時でもない。俺は叫びながら走り出す。向かう先は何のひねりもなくメイバンのいる場所。
「イオ!」
 極小の光弾を百単位で生み出し、辺りの地面にぶつける。
 ぶわっ!
 爆発というよりは、ただ土ぼこりを上げるだけの効果しか生まなかった。が、これでいい。狙いは、ベタだが目くらまし!
 そして――
「ルーラ」
 ぼそりと唱え、メイバンの後ろの空間を意識する。飛翔魔法で一気に距離を詰める試みだ。アマンダさんが使っているような空間移動をできればベストなんだが、練習してみたけど俺にはできないみたいなんでね。空間移動とは違ってルーラでは光の軌跡が視覚で捉えられてしまうが、それに瞬時に対応できる人間なんてそうはいない。
 まあ、メイバンがそれほどの実力を有していた場合も考えて、攻撃に全意識を集中しないで、攻撃三割、防御七割くらいの比率で意識を保っているが……
 びゅっ!
「……」
「おっと」
 背後に移動した俺に、メイバンは即座に反応して――ルーラの軌跡が見えたのか、それとも予想していたのかはわからんが――無言のまま回し蹴りを叩き込んだ。俺はあっさり避け、そのまま距離を取らずに拳を振るう。
 向こうもそれはさっと避け、しかしこちらとは違い、後ろに跳んで距離をあけた。その跳んでいる最中、彼の手には魔法の光が宿る。何かが来る!
「マヒャド……」
 ぽむっ。
 その言葉に伴い生まれたのは小さな氷塊。それがゆっくりとこちらににじり寄ってくる。
 ヒャドの間違いじゃなかろうか? とか考えながら、一応持っておいたナイフで弾こうとする――が、止めた。たぶんまずい。
 ひょい。
 避けると――
「よく……気づいた」
 メイバンの呟きが、俺の嫌な予感を肯定していた。
 ぶわあぁあっっ!!
 氷塊がステージの中央辺りにぽとっと落ちたら、そこを中心に凍てつく空気が発生する。
 咄嗟に跳んで、着地したその場所はカチカチに凍っていた。す、すべる。
「メラ」
 そこでメイバンが魔法を使った。こちらへの追い討ちかとも思ったのだが、
 じゅわっ。
「ステージから降りていた方がいい」
「は、はい」
 彼の魔法は、実況をしていた男の足をステージにくっつけていた氷を溶かすためのものだった。避け損ねたらしい。ちなみに、観客までは効果が及んでいないようだ。その辺の微調整までしっかりできるとは…… こりゃ、大分強いな。
「てか、お前! さっきのマヒャド避けてなかったら、俺死んでたかもしれねぇぞ! 失格になるとか気にしろ!」
 あれをナイフで受けてさっきの冷気を直で受けていたら、まじで死んじまう可能性は大分高かったと思う。
 俺の言葉に少し考え込んだメイバンは、心持ち姿勢を正して、
「……ご忠告痛み入る」
 などと言った。
 よ、よくわからん反応だな…… 無表情だから冗談なんだか本気なんだか判別しづらいし……
 まあ何にしても、油断できないくらいの実力があることはわかった。

 先ほど凍りついたステージをレイルがベギラマで溶かしている。その炎が渦巻く中、両者駆け出した。
 メイバンという男がメラミを放てば、レイルがそれをヒャダルコで相殺する。続けて、レイルがバギとイオを一緒に使って光弾をかなりのスピードで飛ばすと、メイバンはマホカンタで光弾全てを跳ね返す。レイルはそれにも焦ることなく対応し、マジックキャンセルで全てを無効化した。
 このように魔法合戦が展開していたかと思うと――
 ひゅっ!
 レイルの投げたナイフがメイバンを襲う。しかし、ただ飛んできたナイフを避けられない道理もなく、メイバンは横にすっと移動し避けた……はずだったが、
「おっと! どういうことだ!? 避けたはずのナイフが方向転換し、再びメイバン選手を襲う!!」
 実況の言うとおりの光景が観衆の目に映る。メイバンはそれもあっさり避けているけど、ナイフは更に方向転換してひたすらメイバンを襲っている。
 これはたぶん……
「どういうことですか? あれ」
 これはリッツァさんの声。先ほどから彼女は、隣に座っているアマンダに解説をしてもらっている。ちなみに私はそのアマンダのリッツァさん側でない隣に陣取ってる。
「あのレイルは、武器に一時的に魔力を込めるっていう特技があってね。あれはナイフにバギ系を込めて自由自在に飛ばしてるってとこだと思うわ」
 やっぱそうなんだ。私の予想とアマンダの意見は一緒だった。
「はぁ…… 何というか、使われる側からするとえらい鬱陶しい攻撃ですね」
「そうねぇ。ま、術者が鬱陶しいんだから、使ってる魔法が鬱陶しくなるのも仕方ないんじゃない?」
「それもそうですね」
 うわ。酷い人達がいる…… まあ、確かにレイルは鬱陶しいけど……
 そんなことを考えていると、レイルがメイバンに駆け寄っていった。ナイフと一緒に同時攻撃をするつもりなのだろう。
 ナイフがメイバンの左足を狙う一方で、レイル自身が相手の顔面左に右フックを打ち込む。メイバンは体を沈めて拳を避け、ナイフは腰に挿していた剣を少しだけ抜いて器用に弾く。そして、その剣を完全に抜き去ってレイルの足元に向けて振るう。しかしそれは空を斬った。レイルは跳んで剣の襲撃を避け、その際にメイバンの顎を蹴り上げる。
 それはさすがに避け切れなかったようで、メイバンは仰け反って倒れる。そこをナイフが更に襲うが、直ぐに体勢を立て直したメイバンは再度剣で弾く。そこで効果が切れたのか、ナイフは地に転がって再度メイバンに向かうことはなかった。
 しかしその代わりに、レイルの使ったベギラマがメイバンを襲う。ナイフがまた動き出さないか気にしていたのか、メイバンは炎に対する反応が遅れる。右手が炎に飲まれた。
 が、直ぐに飛び退って他への被害は避ける。右手も直ぐに治癒の光を当てることでことなきを得ているようである。しかし、その治療の隙にもレイルの攻撃が襲いくる。
 実は結構強かったメイバンに驚いたものだけど、今のところレイルがやや優勢のようだ。これなら安心して見ていていいだろうか?
 そんなことを考えて、集中し通しだったことに疲れたので少し周りを見回してみた。
 そして気づく。
「あれ? ねえ、アランさん」
 気づいたことを確認するためにアランさんに声をかけた。そのアランさんは私の隣――アマンダがいるのとは逆側の隣――にいる。
「どうした?」
「ほら、予選のときの筒くわえた女の人がいます」
 私の指差す先には、あの時見た女の人――たしかこの国の王女だったはずの人がいた。こういうイベント事なら特別席で踏ん反り返ってるべきなんじゃないかな? ちなみに今日も筒をくわえている。しかも、なんだか必死なご様子だ。
「本当だ…… あれ?」
「どうしたんですか?」
 王女様に目を向けたアランさんは訝しげに呟いた。何だろ?
「やっぱりあれ吹き矢じゃないか?」
 と、真剣な表情で言ったアランさん。
「あはは、まっさかぁ〜」
 いくらなんでも王女様が吹き矢を選手に打ち込むことはないだろう、と常識的な判断をして、アランさんの発言も冗談と考え、笑いつつ適当に反応。しかし、アランさんは表情を崩さない。そして言の葉を紡ぐ。
「よく見ると何か飛ばしているのが見えるぞ」
「えっ? 本当ですか?」
「あ〜、確かに何か飛ばしてるわね」
 私がアランさんの言葉に驚いて目を凝らすと、横目で適当に見ただけのアマンダもアランさんの意見を支持した。何でそんなんで見えるのよ…… どんな動体視力?
 しかし、二人が支持した意見をただ無視するというわけにもいかないだろう。それに、かなり気合入れて、集中して見ると、確かに何か細い針状のものが飛んでいるのが見えた。その向かう先はたぶんだけど――レイル。
「え〜と…… 審判の人に言っとくべき?」

 キン。
 またかよ……
 メイバンの相手をしながら、さっきから何度も飛んでくる針を弾いてこっそりとうんざりする。
 ただの針なら問題ないが…… 十中八九ただの針ではないだろう。痺れ薬か眠り薬か、はたまた竜をも殺す毒薬か。とにかく何かが塗られているのは間違いがないと思う。
 この針、最初はメイバンの仲間か何かがやっているのかとも思ったが、打ち込まれるタイミングがメイバンにとって有利ということはまずないし、全く関係ない第三者の仕業としか思えないのだ。まあ、タイミングすら合わせられない弱っちい仲間という可能性もあるが……
 まあいいか。深く考えないでおこう。この程度の攻撃があっても何とかいけそうではあるし。
 メイバンの魔法は強力だし使いどころも悪くはない。肉弾戦もそつなくこなしている。ただ、ある程度のパターンにはまっている節があるのだ。これなら――
 キン。
 そんなことを考えながら、何度目になるか分からない針の襲撃を弾く。ふと、それが向かい来た方向に目を向けると……

「カイン。彼らのどちらがお強いのかしら?」
 貴賓席で観覧なさっていた姫様は、お傍に仕えていた俺にそんなことをお訊きになられた。
 どちらが、か…… どちらも驚異的な強さであるが、レイルという選手の方が戦略のバリエーションがあるように思える。ともすると、このまま戦いが長引けば有利なのはレイル選手の方か?
 というわけで、姫様にもそうご進言しようか。
「レイルという者です」
「そう…… じゃあ、行きますわよ。わたくしの腕の見せ所ですわ」
 そう言って、姫様は幼少の頃より愛用されている吹き矢を懐中より出された。そうして、一般席へと歩みを進められる。
 ……俺は姫様に仕える者として後に続くだけだ。

 俺の視線の先では一人の美少女が吹き矢を構えていた。
 そして再度放たれる凶針。いや、美少女が放っている以上、これは吉針!
 これを避けるのは俺のポリシーに反する。しかし、これを受けてしまえば優勝はおそらく叶わない。いやそれでも――
 ぷす。
 と、色々考えていたら首筋にばっちり食らった。
 こ、これは……
「し、しひれぐすいでひた〜」

「やりましたわ!! これで…… うふふ」
 レイルが急に倒れると、吹き矢を懸命に吹いていた王女様が歓声を上げた。そして嬉しそうに微笑む。あれでは周りの人達に限らず、審判も絶対に気づくだろう。
「審判も他の人も何で気にしてなさげなんだろう?」
 思わず口にすると――
「ケイティさん、忘れましたか? この大会はある意味姫様が主役。姫様が勝ち進んで欲しくないとお考えになられているのなら、審判や私達がどうこう言えるものではありませんよ」
 と、リッツァさん。
 そっか…… 優勝者が手に入れられるあの権利を考えれば、王女様が妨害してもどうこう言えないか…… 王女様も選ぶ権利はあるしねぇ。
 てか、知り合った状態でレイルが嫌われるのはわからなくもないけど、よく知り合ってもいない今の状態でこんな扱いを受けるのって意外。見た目だけならそれほど悪くないし、こういう戦いの場なら結構人気の出そうな活躍具合だし。
「はーい! 決着です! メイバン選手決勝進出ですよー!!」
 空ろな瞳で、棒読みの実況をする司会。
 はは、本当に何事もなかったみたいに進んでるし……
 ま、これも運命と思って諦めるしかないわね。どんまい、レイル。

 レイルというのがどういう奴か知ってるから、先の針を受けたのもあいつがあほなせいだって分かりはするが…… それでも、先ほどのことがなかったかのように大会が続くのは不思議以外のなんでもない。他の奴らはにとっちゃ、あの女の吹き矢のせいでレイルが負けたように見えるだろうに、なぜか誰もあの女のことを問い詰めないし……
 つか、あの女、俺が一昨日助けた奴じゃねぇか? それにあいつの後ろに控えてるのって、あいつのことを追いかけてた奴の内のひとりだし…… ああ、そうか。追いかけてた方はあいつの家の奴で、連れ戻そうとしてただけってことか。無理に結婚させられそうで逃げてるって話だったし。
「では、バーニィ選手とウォントゥ選手はステージに上がってください!」
 審判ですらあの女を無視か…… まさか、堂々と吹き矢を吹き、目的を達成した際に大声で喜んだ女に気づいてないわけでもあるまいに……
 まあ、いいがね。レイルが負けたのはあの女のせいというよりは、あいつがあほすぎたせいだし、俺が気にすることじゃないさ。次の試合でも何かするようなら黙っちゃいないが……
「では、準決勝第二試合始め!」
「て、ちょっと待てーいっ!!」
 思わず叫ぶ。
 その際、対戦相手に向かってきた針をダガーで叩き落すことも忘れない。
「へ? 何か問題でも?」
 審判がきょどっているが無視。
 床に転がった針を人差し指と親指でつまんで手に取る。そして、
「ちょっとタイムな」
 そう審判に声をかけてからステージを降りて、観客席の一角に歩み寄る。
「御機嫌よう、バーニィ様」
 言うに事欠いて御機嫌ようときたかい。
「挨拶なんざいい。それよりこれだ!」
 言って、針を手に詰め寄ると、女の後ろに控えている男が露骨に嫌そうな顔をした。そんな顔をしたいのはこっちだっつーの。
「あら、申し訳御座いません。わたくし、吹き矢の腕には自信がございましたのに、誤ってバーニィ様に向けて吹いてしまいました?」
 丁寧な口調で何を言っとるんだ、こいつは!
「違ぇ! 俺に吹こうが誰に吹こうが関係ねぇ! 勝負の邪魔するんじゃねぇ!」
「え?」
 俺の叫びに、女は戸惑ったように声を上げた。
「この間の礼のつもりか知らねぇけどなっ! 俺は実力で優勝すんだ! あんたにこんなことして貰う必要なんかねぇ!」
 そうきっぱり宣言すると、女はなぜか満面の笑みでこちらを見た。
 そして両手で手を握られる。
「わかりましたわ! わたくし、バーニィ様を信じて大人しくしています!」
「お、おお」
 なんか知らんが、えらく素直な奴だな…… てか、いまいち会話がかみ合ってない気がするぞ。
「と、とにかく、もう邪魔すんなよ!」
「はぁい」
 最後にもう一度念を押し、ステージに戻ろうとすると、女は間延びした返事をしてひらひらと手を振った。
 なんつーか、調子狂うな……

「こんな公衆の面前で『君を実力で手に入れてみせる!』だなんて、バーニィ様ったら大胆ですわ。うふふっ」
 と、これは姫様が、あのバーニィという者が去った後に呟かれた言葉だ。
 俺にはそうは聞こえなかったが、姫様のお耳にそう聞こえなさったのなら、きっとあの男はそう言っていたのだろう。

 ステージに戻ると、改めて試合が開始された。さてと……
 すっ。
 瞬時に懐に踏み込んできた相手の右手の一撃を流し、続けてきた左手の一撃を――
 ばしっ。
 右手で受ける。
 おー、いて。まあ、右に比べてしっかり打ち込まれていないのがわかったから受けたわけだが、それでこの威力じゃ、本気で打ってきたのなんて下手に受けられねぇな。
「別にあんなの放っておいてもよかったのに〜」
 そこで一旦動きを止めて、対戦相手が言った。あんなのというのは吹き矢のことだろうな。
「あれが原因で負けたとか思われたらうざいからな」
「む〜、そんなこと思わないもん!」
 蹴りを打ち込みながら返すと、相手はそれを横っ飛びして避け、続けてこちらにダッシュをかけながら言った。
 ひゅっ!
 鋭い突きがこちらを襲う。これは間違っても受けちゃいけない威力だな。
 それをぎりぎりで避けてから、軽く拳を振るいつつ足元を狙う。ということをしつつ、小声でちょいと注意。
「素のしゃべり方になってるぞ、メル」
「へ?」
 間抜けな声を上げたメルは、一瞬隙を見せた。あえてその隙はつかないようにして、後ろに跳んで距離をとる。
 だっ!
 一呼吸おいてから、今度はこちらから向こうに突っ込む。
「気づいてたの〜?」
 俺の、右足の後に左足、続けて右足での回し蹴り、という蹴り三連発を避けながらメルが訊いた。
「普段から戦い方見てるパーティの面々なら気づいてると思うぜ、大体」
 その後、メルが打ち込んできた拳と蹴りによる連撃を避けつつさばきつつ、俺は長文による返答に成功。
「レイルは気づいてない感じだったけどね」
 先ほどの連撃ほどではないが、左の蹴りと右の回し蹴りを続けざまに打ち込みながら、声を途切れさせないで言ったメル。たいした肺活量だな……
「あれは餌を与えられた猫くらいに周りが見えてなかったからな。まともだったのは自分の試合中くらいだ、ろっ!!」
 連続で軽く拳を振るい、たまに蹴りを織り交ぜての連撃。そんなことをしつつ再び長文返答に成功。そして、その長文返答の終わりとともに、俺が足をかけたことでよろめいたメルの横っ腹目掛けて強い蹴りを打ち出す。さすがにそれは避けることができないのか、メルは左の腕でガードし――
「おわっ」
 そのまま俺の脚を掴もうとしたので、慌てて下がる。
 油断できねぇな、まったく……
「ちぇっ。おしいな〜」
「体術だけだと、中々決着がつきそうにねぇな」
 楽しそうに言ったメルに、俺も思わず笑顔で返す。いいねぇ、強い奴と戦うってのはさ。
「そうだね〜」
 こんな風に間延びした喋りをする少女メルには、大分危ない特技がある。気功と呼ばれる戦闘技術だ。その気になれば大岩を余裕で砕く威力らしい。
 メルが気功を使った場合、その威力を考えると攻撃を一つも受けないで流さないといけなくなる。そうなったら勝てる気があまりしないが…… まあ、そんな事態が現実になることはないだろ。人相手じゃ危なくて使えないと自分で言っていたらしいし。前のアリアハンでの大会でだって使ってなかったしな。
 そんなことを考えていると――
「というわけで〜、わたしの特技の出番かな〜?」
 と、小声で言ったメルの手に光が宿った。
 予・想・不・的・中!!
「ちょい待て! お前、俺を殺す気満々か!」
 情けないかな思わず抗議するとメルは、
「あ、安心して? こっちは威力が抑えられることにこの前気づいたんだ〜」
 と言ってから、光が宿った右手を振るった。
 そこから生まれ出るは人の頭程度の光球。スピードはないみたいだが、一直線で床にぶち当たったそれは、土のステージに数ミリのへこみを作り出した。直接叩き込む気功ではなく、放出系の気功ってことか?
 確かに威力はないみたいだが、それでもこれだけの攻撃力があるんなら痛がる程度では済まなそうだぞ。取り敢えず、試合続行不可能になるくらいの一撃にはなるだろう。だが――
「それくらいなら、マントのハンデに丁度いいかもな。動きづらいだろ、それ」
 動揺は見せないようにして、軽口を叩いておく。
「強がりも今のうち、だよ!!」
 メルの言葉と同時に光球がこちらを襲う。先ほどよりも小さいものが数個同時に向かってきた。
 その小ささの分、威力が小さくなっているのか、などということが気になったが…… 勿論、そんなことを確かめたりはしない。
 大部分は避けて、どうしても避けられなかった一つはダガーで受けようとする。しかし――
「ぐっ!」
 鈍い痛みが右腕を襲った。
 たぶんだが、メルの打った光球はダガーをすり抜けて俺の腕に直撃した。
 ……人体以外に影響がないのか? いや、さっき土のステージに穴を穿っていたじゃないか。とすると――
 そんなことを考えていると、先ほどとは打って変わって、特大の光球がこちらに向かってくる。これ単体なら当然難なく避けられる。
 ひょい。
 そして、避けてから思った。観客に当たるんじゃね?
 ざわっ!
 観客もそう思ったのか、一気にざわめく。
 しかし、光球はスピード的にもう観客席に到達していておかしくない。その割に地獄絵図的な叫びは聞こえてこない。
 そこで、今度は普通にメルが突っ込んできた。
「なんだ? すり抜けたぞ」
 普通の攻撃をさばきつつ、気功でのたまの攻撃を必死で避けつつしていると、観客席からそんな声がちらほらと聞こえてきた。
 あちこち痛む――気功に気を取られたせいで普通の攻撃を何度か食らったりした――のを気にせず、考えを巡らしてみる。
 もしかしたら、メルが意識した着弾点でしか威力を発揮しないのかもしれないな…… そう考えれば、ダガーに影響を及ぼさないですり抜けたのも、その後俺の腕にばっちり当たったのも、観客をすり抜けたのも説明がつく。ただ、メルもその特性はしっかり認識しているな、この場合。じゃなきゃ、観客席に当たる可能性を考えないで打ち込む、なんていうとち狂ったことをするはずがない。そうなると、その隙をついてっていうのは……
 いや、待てよ。
「いけるかもしんねぇ」

 ウサネコっちはさすがに強い。もう慣れてきたのか、普通の攻撃に気弾を織り交ぜた連撃を完璧にかわしはじめている。
 でも、避けているだけでは勝てないってね! よ〜し、このまま一気にいっちゃうよ〜! レイルを負かした――とは言えない感があったけど――相手との戦いも楽しみだし! わくわく。
 さて、お次は特大気弾を打ち込んでその後ろにぴったりくっついていってみよう! これで決着がつくなんて甘いことは考えてないけど、油断は誘えるよね〜。
 ぶわっ!
 なるべく威力を上げないように、そして、大きさがわたしをすっぽり包むくらいになるようにした光弾は、わたしが意識すると同時に、こちらに走って向かってきていたウサネコっちに充分なスピードで突っ込んでいった。向こうが走っていても、本能でなんとな〜く着弾する位置が分かる自分はちょっとすごいとうぬぼれてみたり〜。
 さて、続けてわたしも走り出す。
 ただま〜、向こうも着弾点云々の事情には気づいているだろうから、自分に着弾しないように少し走るスピードを落としたり、なんていうことはするかもね。そうじゃなくても普通に避けるとか。しかし、何にしてもこちらが後手に回ることはないだろう。向こうがわたしが後ろについてきていることを予測していたとしても、それをこちらが想定の内にいれていれば対処できるわけだし、寧ろ向こうが油断していて……という可能性のほうが高い。
 ま〜、一番可能性が低いのは、この一撃をウサネコっちが食らってダウン! 終了! ていう展開だろうけど――
 どんっ!
 そこで響いた爆音。
 気弾の向かった先では爆煙が立ち込めている。
 あ、あれ? もしかして普通に食らった?
 え〜、じゃ〜終わり〜? 威力は抑えたけど、まともに食らったらしばらく動けなくなるとは思うし〜。
 ぶ〜、これで決着ってつまんな――
 すちゃっ。
 ふてくされていると突きつけられたダガー。その持ち主は――
「俺の二戦二勝だな」
 爆煙の中から飛び出してきただろうウサネコっちがそう言った。そんな彼の体には、さっきの光弾を食らったような跡はまったくない。
 そっか…… これはやられたなぁ。
「ありゃ〜、残念。わたしの負け〜」
「す、すさまじい戦いとなった準決勝第二試合! ここで決着です! 勝者、バーニィ選手っっ!!」
 うわああぁぁぁああぁあぁああぁああぁあぁぁああ!!
 司会の人が叫ぶと、大歓声が巻き起こった。さっきウサネコっちと話していた女の人の声が特にすごいみたい。ま、それはともかく……
「ね、さっきは何を投げたの?」
「ああ、針だよ。さっき拾ったやつをまだもってたからな。あれをぶつけた」
 と、ウサネコっち。
 なるほど…… ていうか、あれをずっと持ってたんだ。物持ちよすぎ。いや、それより――
「着弾点がピンポイントになってるのは気づいてたみたいだけど、あれ、ホントのホントにピンポイントなんだよ〜? よくうまくぶつけられたね〜?」
「そこは本能で何となくってとこか…… つか、そこまでピンポイントだっていうのは気づいてなかったがな」
 そう言ってからウサネコっちは、念のため俺が走ってたスピードのまんまで針をぶつけてみて正解だったんだな、と笑いながら言った。
 ありゃりゃ、わたし以外に本能ですごいことをやってのけちゃう人がここにも約一名。実はうぬぼれるようなことでも何でもなかったんだね。いい気になりすぎてたな〜、反省、反省。

 ふぅ、光球を一度と普通の一撃を何度か食らったが、深刻ってほどのダメージは残らなかったな。まあ、意識すると右腕が痛んだり、息を吸うと胸にちょっとした痛みが走ったりはするが、その程度なら問題なく決勝を戦える。
 優勝し、手にして見せるさ、五十万、ってな!
 さて、次の相手のメイバンはっと……
 ん、どこ見てんだ、あいつ。
 選手用の席に座り、どっかを見ているメイバン。その視線の先には――
「きゃーーーっ! やりましたわっ! バーニィ様ぁーーーっ!! 素敵ですわぁーーーっ!!」
 絶叫するあの女がいた。
 うん、ありゃ見るわな。
「落ち着いて下さい! はしたないですよ!」
 それとともに御付きの男の叫び声も聞こえてくる。女が大声過ぎるため、それを止めようとする彼の声も大きくなるのは当然だろう。大変だな、雇い主の娘――もしくは孫?――が変だと……
「いい加減にしてくださいませ! 姫様!!」
 うんうん、まったくいい加減にしろだよな――って、
「姫様ぁ!?」
 思わず叫んだ。
 あ、あれがこの国の王女か…… いやまあ、さっきまで俺と戦っていた奴とか、アリアハンのあれとか、ロマリアのあれとか…… 例を挙げればたくさん妙な『姫様』がいるわけだから今更ではあるが……
 そんなことを考えつつ、再度王女さんに目を向けると――
「なっ!!」
 ばあぁあぁああっ!!
 幾百の炎の弾丸がその王女さんに向かっていく。それが放たれた元は――
 いや、今はそんなことより姫さんか! だが、俺が向かっても間にあわねぇ! 周りの奴らや姫さん自身も炎に気づいてるみたいだが…… くそっ!
 だっっ!!
 無駄だと分かりつつも駆け出した俺の視線の先で、炎の凶弾が――

「貴方、メイバンといいましたわね? この程度の魔法でわたくし、リシティアート=ラダトームを亡き者にしようなど、随分と嘗められたものですわ!」
 向かってこられた炎の弾丸を全て御自身で防がれた姫様は、それを放ったメイバンにそう宣言された。
 民草にも被害が出ないようにマジックキャンセルをお使いになられたその強大な魔力には、普段よりお仕えさせて頂いている俺でさえほれぼれしてしまう。
 魔法の腕に関して言うなら、この国で姫様の右に出る者などいない。唯一、姫様のお母様にあらせられるお后様、ルクセファール様が肩をお並べになられるくらいだろうか? また、国王様は専ら武術に秀でておられて、魔法はたしなみ程度と聞く。しかし、国王様と対照的に、姫様は幼少よりあらゆる武芸の稽古を嫌われ、魔法以外での戦いになられれば分が悪すぎるくらいに悪い。
 そこで、姫様の身辺警護を任されているのが俺と同僚のアルクだ。武術の腕でなら、勿体無くも国王様の御次に名を連ねると自負していたのだが…… 今回の準決勝に出ている奴らとなら良くて差し違え、悪くすれば完敗する。
 だが、メイバンが魔法攻撃だけでなく、接近戦で姫様を亡き者にしようとするのなら、俺は命に代えても姫様をお守りせねばなるまい! というか、アルクはどこに行きやがった、あの野郎!!

 あら、姫様が襲われるところなんて久しぶりに見たわね。
「ちょっ! あれ一大事じゃないですか? 加勢した方が……」
「そ、そうだな…… あの姫様も強いみたいだが、万が一ということもあるだろうし」
 私にとってはそれほど大変そうにも見えない光景も、初めて見る人の瞳には緊急事態と映るらしい。
 しかし、昔から誘拐犯、暗殺犯をことごとく撃退していた姫様のことだし、今回も安心していていいのではないかと思うけれど……
「大丈夫ですよ、ケイティさん、アランさん。姫様がああいう輩に遅れを取るところなんて、私一度も見たことがありませんし、今回も御自分で解決なさると思いますよ?」
「いや、しかし……」
 私が一声かけても、ケイティさんもアランさんも納得しかねるという表情。まあ、無理もない。
「ていうか、リッツァ。あんた、お姫さんと知り合い?」
 と、アマンダさん。
 ああ、そう言えば話していなかったかしら? もっとも、話す必要もなかったのだけれどね。
「……お姉ちゃんはお城で働いていたこともあるんだよ」
 自分で話そうとしたその時、ラリィが代わりに応えた。
 皆さんに大分慣れてきたみたいね。この勢いで人見知りも直ってくれると嬉しいな。
 さて、ついでに自身で補足を――
「姫様付きの侍女を数年ほどいたしまして。三、四年前に辞めましたが」
「ふぅん…… まあ、そんなあんたが言うくらいだから、あのお姫様が不貞の輩を撃退しまくってるのは事実なんだろうけど…… あのメイバン、結構強いわよ?」
 私の経歴にさほど興味もなさそうに相槌を打ったアマンダさんは、メイバンという方を顎で指して言った。結構強いというのが、私にはどの程度か分からないだけに、姫様が危ないのかどうかはやはりよく分からない。
「その結構強いというのは、まあ魔法方面では姫様に全幅の信頼をおき考慮しないとしても、武術方面ではどの程度強いのでしょう? リーデンス家やロードスター家のご子息様たちと比べてどのくらいですか?」
「誰だっけ、それ?」
 ……まあ、予想通りの反応を示したアマンダさんに、噛み砕いた表現で言い直す。
「途中で出てきていた貴族のぼんぼん連中と比べてどのくらい強いか? ということです」
「ああ、あれ」
 通じたようだ。よかった、よかった。
「あれと比べれば、そうねぇ…… 十倍くらいの強さと言えるんじゃないかしら? ねえ、アラン?」
「ん? まあ、そうだな。レイルとの試合を見る限りでは、そのくらいに見積もるのが妥当かもな…… っていうか、話し込んでる場合じゃないんじゃないか!? お姫様とメイバンはまだ魔法合戦やってるけど、メイバンの奴ちょっとずつ距離つめてるぞ」
 あらあら、本当…… それに――
「ぼんぼん連中の十倍ですか…… 姫様の護衛についている阿呆は、貴族の御子息から一歩抜きん出ている程度というのが、城に仕えている者たちの間での定評でした。一歩抜きん出ている程度では、接近戦になった時に姫様をしっかり守ってくれるかどうか…… 何より、あの男は阿呆な上にクソみたいな奴ですし」
 ………………
 なぜか落ちた沈黙。私、何か変なこと言ったかしら?
「えーと…… リッツァさんは、リシティアート様の護衛さんに恨みでもあるのですか?」
 アリシアさんが訊いた。
 なぜそんなことを訊くのかしら? それは、あまりいい感情を持っていないのも確かだけれど…… と、まあ、ここは別に正直に言わずとも――
「いいえ。そのようなことはありませんよ? 客観的事実を述べているだけのことです。姫様の護衛とはそういう人物なのです。それよりも、私はこれから交渉に行ってきますね」
 そう言って腰を上げると、当然ともいえる疑問があがる。
「交渉ってなんだよ?」
 騒ぎが起こってからもマイペースにエミリアさんと世間話を展開させていたジェイさんが言った。一応話は聞いていたのね。
「姫様に皆さんの加勢料金の交渉に…… 話を聞く限りで、皆さんが出張る事態になりそうですから」
「いや、別にただで手伝うけど……」
 甘いことを言うのはアランさん。ケイティさんやアリシアさんなども似たような見解を持っているようだが、他の面々は私の言葉に納得しているように見える。この三人を説得できれば、何の問題もなく大金を手に入れることができそうだ。
「この国では、何か手助けをした場合に報酬を受け取ることが義務化されているのです。というわけで、加勢の際に料金を頂かないというのは、姫様に対して礼を失する行為に他なりません。以上を踏まえた上で何か意見は?」
 全て嘘だけれど、今までの皆さんの様子から考えて、この国に来たばかりと見て間違いないだろう。ならば、こうやってこの国では当たり前なんだと言い張ってしまえば、嘘かどうかなどと言うのは判別できるものではないだろう。
 狙い通りそれ以上誰も口を挟まない。
 よし。では、いざ姫様の元へ!

「姫様。お久しぶりです」
「あら、その声はリッツァですわね。貴女が侍女頭と大喧嘩して辞めて以来になるのかしら?」
 姫様は向こうからの光弾数百を防がれながら、声をかけて来た女にそう応えた。
 というか……
「リッツァ! お前はもう宮中の人間ではないんだ! 気安く姫様に声をかけるな! それに今は取り込み中だ!」
 怒鳴りつつ久しく見ていなかったその顔に目を向けると、そこには相変わらず何を考えているのか分からない笑みが張り付いていた。今声をかけてきたのも、何かを企んでいるに違いない。
「私は姫様に大事なお話があって参上致しました。何卒、話をする猶予くらいはお与え下さい、カイン殿」
「ぐっ」
 この女…… 気味の悪い喋り方しやがって…… 相変わらず性格悪ぃな、オイ。
「カイン、およしなさい。宮中の人間であろうと、そうでなかろうと、わたくしは喜んでその言葉に耳を傾けますわよ」
「……承知致しました」
 姫様の言葉とあれば聞かぬわけにもいくまい。
「リッツァ、どのような御用?」
「御厚意痛み入ります。話とは、あのメイバンという者についてです」
 一度、リッツァの言葉に伴って視線をメイバンに向けてみると、姫様が放たれる魔法をかわしながら、じりじりとこちらに歩み寄っているようだ。衛兵連中が剣や槍を手にちょっかいを出そうとして、簡単にやられているのもちらほら見える。
「失礼ながら、かの者の実力は私の知人の見解から言うと、魔力は姫様が勝っていると見ましても、武術の腕に関して言えば、カイン殿ごときではどうにもできないほどの手熟れ。アルク殿ならばともかく、カイン殿ごときでは――」
「リッツァああぁあ!! 何だ! その言い様は! 俺だってあのメイバンに敵わないことくらい自覚してるがな! お前にごとき呼ばわりされるいわれはねぇんだよ」
「あら、私も貴方にお前などと呼ばれるいわれはありません」
 こ、このアマ…… むかつき具合がグレードアップしてやがる。そもそも、この一連の会話において常に笑顔な時点で胡散臭さが臨界点を突破している。
「もう…… 二人の仲の悪さは相変わらずですわね。貴方達だって久しく会っていなかったでしょうに…… その時間の隔たりが、関係の改善に少しは役立ちませんの?」
 向こうから迫ってきた魔法をマホカンタで跳ね返し、更に冷気を放出なされた姫様は、そのようなことを仰られた。しかし、いくら姫様のお言葉とはいえ、こればかりはお聞き致しかねる。
「こいつとの関係を改善するくらいならば俺は、毎日城中をくまなく掃除しますよ」
「私もカイン殿と仲良くするくらいなら、月に一度姫様に高価な宝石をご進呈いたします」
 くっ…… 人のことを言えたもんじゃないが、それほど俺と仲良くするのが嫌か。
「ふぅん、変ですわね。わたくし、貴方達二人がお付き合いしていたことがあると聞きましたのに…… どうしてそのように仲が悪いんですの?」
 どがしゃあぁぁんっっっ!!
 辺りに設置されていた簡易椅子を吹き飛ばしながら、思わずこける。見るとリッツァも同じ反応をしていた。
『どうして知って――』
 つい姫様に向けて大声を上げてしまうと、リッツァと声が重なって何となく言葉を中断した。それも揃ったのがまた気に食わない。
 そんなことを考えてリッツァを睨んでやると、リッツァは常態の笑顔に戻って――
「そのようなデマゴギーを信じられてはいけません、姫様。民の上に立つ御立場にあらせられる方は、正しい情報の選別が大事ですわ。さあ、そのような嘘八百の風聞はお忘れになって」
「いま『どうして知ってる』という風なことを―― まあ、いいですわ。それよりも、あのメイバンという者を撃退する算段がつきますの? どうにも、わたくしの魔法だけでどうにかできそうな相手ではなさそうですわ」
 普段であったなら、姫様が先の話題を根掘り葉掘りお聞きになられるのは確実であっただろう。このような状況と、不本意ながらリッツァの機転の利いた行動にも感謝するとしよう。それに、姫様の仰られるように、今はあのメイバンをどうにかしなくてはなるまい。
「先ほども少し触れました私の知人に、あのメイバンに負けず劣らずの強者どもがおります。その者たちの手助けを――」
 そこで一度言葉をためるリッツァ。なにやら嫌な予感がするが……
「百万ゴールドでどうでしょう?」
「リッッッッツァアァアアアァァ!! 手前ぇ! この緊急事態に金の算段か!!」
 力いっぱい叫ぶと、リッツァが相変わらずの笑みで、しかし不機嫌が感じ取れる表情でこちらを見た。
「カイン殿、少々お五月蝿いですよ。姫様のお耳にそのような雑言を入れるようなことを、護衛である貴方がするのは如何なものかと」
「やかましいわ! 民の血税からなる国家資金からそう易々と百万ゴールドも出せるかぁ!!」
「あら、姫様のお命が掛かっているんですよ? それに、私もラダトームの民の一人。私が出したお金が私の懐に還ってくるだけのことではありませんか?」
 くぅ…… 前半は痛いところを突く。確かに姫様のお命を救うためとなれば、民の納得も誘えないこともなく、出せないこともない。しかし――
「ひ、姫様のお命が掛かっていようと、できんものはできん! それから後半の理屈は却下だっ!!」
「落ち着きなさいな、カイン」
 俺の叫びに、姫様の穏やかなお声が続いた。そして、わたくしの命が掛かっていても無理だと言い切る辺りは、一応冷静なようですけど…… と仰られる。そして更に続けて、
「貴女だって、わたくしの命ごときで百万ゴールドも国の金銭が動くとは思っていないでしょう? どのような隠しカードがあるのかしら?」
 そうリッツァに声をおかけになった。
 どんっ!
 そこで、観客席に光弾が一つ着弾した。もっとも、その辺りの観客が全員避難を終えていたために、姫様が対処する必要がないと判断なさってそうしたのであろうが…… もしかしたらではあるが、姫様に相手の攻撃の全てを防ぐ余力がなくなってきているということなのかもしれない。実際、メイバンとの距離が詰まっているために、発射から着弾までの時間が短くなっているという、厄介な事実もある。
「そうですね。もったいぶっている場合ではないようですし…… もし、百万ゴールドをお支払い頂けるのであれば――」
 ふん! どんな話を持ってこようと、俺が却下してやる。そもそも、姫様をお助けするのに報酬を求めるなんぞふざけているとしか……
「バーニィさんが自主的に姫様を助けるように仕向けてみせましょう」
「払いますわ!!」
 ………………俺にとって、姫様の決定は絶対だ。困ったことに。
「安心なさいな。カイン。わたくしのお小遣いから払います」
 露骨に落胆していたのだろう俺に、姫様はそうお声をかけられた。その後で、本当はそれも国のお金から出ているので自分の命のために払いたくはないと、謙虚なことを仰られていた。が、更にその後で、愛のためであれば仕方がない、とか仰られているのも聞こえてどっと疲れを感じた。
 しかし、姫様にご心配をおかけしないように、そんな心情は表に出さない。その甲斐あって、相変わらずメイバンの魔法を懸命に防がれている姫様は、その最中でリッツァに明るい声をおかけになる。
「バーニィ様もリッツァのお友達でしたのね。それで、どうすればそのような素敵な状況になりますの?」
「それ自体は簡単に引き起こせます。それをお教えする前に、一つだけお聞かせ下さい」
「まだ、何か企んでるんじゃないだろうな?」
 思わず声をかけると、
「……姫様、カイン殿にお暇を出された方が賢明かと存知ますわ。この方はその内、国のお金をカジノにつぎ込んでトンズラ致しますから」
「んなことしねぇよ!」
 笑顔でとんでもないことを口走りやがった、この女。誰がんなことするかってんだ!
「路地裏で倒れてた俺を兵士に登用して下さった陛下に仇なすようなことを誰がするか!」
 カジノでの借金から逃げ出してあちこちを放浪し、結局この街に戻ってきて路地裏に転がっていたのを救ってくれたのが、国王陛下ラルス様だ。そのご恩に報いるために懸命に兵士として仕えていたところ、さらなる大抜擢にて姫様の護衛という名誉ある任につくことができた。こんな幸福な現状で、昔踏んだ轍を再び踏んだりは、絶対にしない。
「……そんなことは分かっています。カイン殿が五月蝿いからふざけただけです。お気になさったのなら謝ります」
 リッツァは俺から視線をそらし、沈黙してからそんな殊勝なことを言った。
 けっ…… また何かの前触れか?
 そんなことを思いはしたが、それは違うことを俺は知っている。リッツァの表情に動きがなくとも、こいつの言葉が本気かどうか判別がつくというのは、何だか気に食わない事実だ。
「それから、貴方から毎月送られてくる意図不明の金銭も手付かずのまま保管していますから、いつか取りにいらして下さい」
 ………………ふん。いつでも、こんな時でもいつも通りの笑顔で、むかつく女だ。
「知らねぇよ。何のことだか」
「そうですか…… では、姫様。あのメイバンがどのような意図で襲っているか、見当は?」
「寧ろ貴方達二人について色々聞きたいところだけど…… まあ、そういう場合ではないですわね」
 苦笑なさって話題を大人しく変えて下さる姫様。そのお気遣いは本当に助かります……
「メイバンという方はおそらく人間側が送り込んだ者です。現状対抗している貴族の手の者ならば、このような舞台でことをおこすようなことは致しませんわ。カインがわたくしを『姫様』と大声で呼んだ折に、メイバンは攻撃を開始しました。元々わたくしの顔を知らなかったのでしょう。人間側がこちらの権力者の暗殺を目的に送り込んだと考えるのが妥当ですわ。わたくしが倒れた場合は、続けてお母様やお父様にも類が及ぶでしょう。まあ、わたくしごときならばともかく、お母様やお父様があの者に遅れを取るということはないでしょうけれど」
 それ以前に、姫様が本当の本当に危なくなられたなら、ラルス様やルクセファール様も加勢なさる――とは限らないか。あの方達は、自分の戦いに介入されることを嫌うゆえに、他人の戦いにも介入されたりはしない。姫様のお命を守ることはなさるだろうが……
「それで? バーニィ様に助けられるという状況にはどうしたらなりますの?」
 それまでの真剣な物言いとは打って変わって、姫様が浮ついた声でそうリッツァに訊かれた。どうにも疲れる…… そもそも、あのバーニィという者は信用していいのか?
「先ほども申しましたが、それ自体は簡単に引き起こせますわ。まずは――」
 そこでリッツァがした提案は何というか――
「ちょっと待て! バーニィという者が絶対に助けに入るという保証はあるのか!?」
 危険と判断せざるを得なかった。
「十中八九助けに入ります。加えて、私が他の皆さんの場所まで戻って交渉がうまくいったことを伝えてしまってから――つまり他の方の助けという保険をかけてしまってからでは、『バーニィさんに確実に助けてもらう』ということは保証できません」
「まず保証すべきは姫様のお命だ! 誰に助けてもらうかなど問題ではない!」
 俺が当然の意見を主張すると、
「しかし、それを姫様はお望みではありません」
 と、リッツァ。
 ……そうなんだよな。姫様がお望みになられるものが優先されるのは確実だ。そうすると――
「アルク殿はどちらに?」
「アルクはある調査で街に向かわせていますわ」
 ふむ。そうだったのか。アルクの野郎、サボってるのかと思ったら、姫様の命で調査に…… 多分、この前報告のあったアレの調査だろうが――
「ということは、本当にもしもの時はカイン殿が頼りですね。……お気をつけになって下さい」
「ああ」
 俺が応えると――
「きゃあぁああぁああ!! 魔力が尽きてしまいましたわぁ! 助けてぇえ!! バーニィ様ぁあ!!」
 と、先ほどリッツァが提案したお芝居を大絶叫なさる姫様。てか、突然すぎです。
「では、私はこれで」
 と、笑顔で去っていくリッツァ。逃げるの早いな、おい!
 ぶあぁあ!!
 そこで馬鹿正直に好機と見たのか、メイバンが特大の炎の塊をこちらに放る。
 そ、そういえば、バーニィという奴は魔法にも対処できるのか? 肉弾戦オンリーとかだった場合、姫様をお助けするとかいう以前の問題なのでは?
 そんなことを考えている間に炎がこちらを襲う。
 いざとなれば姫様御自身がマジックキャンセルをお使いになるだろうが――いや、どうだろうか? バーニィという者の助けを心待ちにして瞳を輝かせておられる我が主が、御自分でお防ぎになるということを実行されるだろうか? 可能性は薄い気がする……
 こ、これも俺が防がにゃならんのか? い、いや、姫様の御ためとあらば、この程度の魔法を全身で受けるくらいのことは――
 しゃああぁああ!!
「!?」
 覚悟を決めて姫様の前に飛び出そうとした時、突風が炎を吹き飛ばした。その突風を生み出した者は――
「バーニィ様ぁ!!」
「ふう、キースに造って貰った武器。この状況でなら使っても卑怯ではないよな」
 よく分からないことをぼやきながら俺と姫様の前に立つ男。バーニィ=キャットウォーク。
「リシティアートとかって名前だったか? 俺が手を出さなくてもよさそうと思って、近くで見物決め込んでたからよかったが…… 自分の魔力の限界くらい把握しといて早めに助け呼べよ」
 な、こいつ姫様を呼び捨てに……! その上、なんと偉そうな!!
「助けてくださって有難う御座います! そ、それから、わたくしのことはティアでかまいませんわ……」
 く、姫様がお喜びになるのなら俺は何も言えん……
「……なんつーか、そっちの男は不機嫌そうだし、あんたは――ティアは妙に機嫌よさげだし、変な奴らだよな。王族ってのはどこもこうなのかねぇ」
 今のは確実に馬鹿にしているな! 断然抗議――
「わたくしが変なのはバーニィ様が狂わせているからですわ〜」
 姫様が嬉しそうにされていては俺は(以下略)。
「? よお分からんが…… メイバン! ここからは俺が相手だ! 闘技大会決勝戦の始まりだぜ!!」

――メイバンよ…… お前は我らが希望だ。たった一匹で我ら人間を壊滅せんほどの力を持った化け物どもを屠れるのは、我らが最新の技術によって意図的に魔法の力を植えつけられたお前だけ。日々精進するのだぞ。我が自慢の息子よ
――はい! 父上!

「え〜と、つまり基本的に手出しはしないように、ということですよね?」
 私の端的な説明を聞いたケイティさんは、喜ばしいことに一発で理解してくれたらしい。
「そういうことです。あくまで『バーニィさんに助けられる』ということを姫様はお望みですから」
「けど、バーニィが弱いとは言わないですけど、さっきまでの魔法合戦の様子を見ていると、あれを彼が全部対処してくれるとは思えませんよ?」
 それは、そうだろう。
「まあ、そこは頑張って避けたり――」
「そりゃ、間違いなく避けはするだろうけど…… ケイティが言ってるのは、あの姫さんがやってたみたいに、周りへの配慮ってのまでできるかどうかってことよ」
 と、アマンダさん。
 間違いなく避けるだなんて、意外と信頼があるのね、バーニィさんは。というか、実際、先ほどからメイバンさんの魔法を避けつつ近寄っていっているのが見えるし、信頼をおかれるだけの実力はあるらしい。ただ、周りへの配慮ができていないという点までアマンダさんの言うとおりなのだから、そこは褒められやしない。
「あら、確かに周りの設備が壊れまくってますね。先ほどの姫様とメイバンの攻防の折に、大部分の人たちは避難を終えていたようですから、そういう意味ではあまり心配いらないようですけど……」
「い、いえ、それでも――」
 しゅっ!
 言葉の途中で突然消えたのはアリシアさんだ。
 空間転移――宮中の魔術部隊の者でも使える者が少ないと聞いたけれど、一般人である私に比較的近いと思われたアリシアさんもまた、このとんでもないパーティの一員だったということか……
 どこに消えたのかと視線を巡らしてみると、アリシアさんは魔法が着弾しそうになっている場所で右手をかざしていた。その着弾しそうになっていた炎弾はもう消えている。十中八九アリシアさんが消したのだろう。わざわざ消しに行った因となったのは――
 しゅ!
「おじいさん。さあ、あちらへ」
「おお、ありがとうよ。どうだね、お嬢さん。わしの孫の嫁に?」
「え、いえ、あの……」
 逃げ遅れたお爺さんを炎から救って、さらにこちらに連れてきたというわけのようだ。そこで、老人に構うと決まって食らう攻撃を上手く受け流せないでいるアリシアさん。この人は少し要領が悪い感があるわね。
「はい、はい。さっさと行く」
「つれないのぉ。ほっほっほっ」
 そこで『孫の嫁に』攻撃を簡単に撃退したのはアマンダさんだ。まあ、簡単に撃退できたのは、お爺さんが冗談半分だったからと言う理由もあるだろうけれど……
「ど、どうやら逃げ遅れている方も少しは見受けられますし――」
「皆さんには直接戦闘に参加して頂かないで、流れ弾を処理して頂くのがベスト――といったところですか」
 少し動揺しているように見受けられるアリシアさんの言葉を継いで私が言うと、
「ふん…… 一気にメイバンをぼこった方が早くて面倒がないとはいえ、ここで努力しておいて、あの姫様からバーニィへのラブ度を上げておいた方が後々面白そうではあるよな?」
 これはジェイさん。
「それは言えてるわね。あの姫さんが熱を上げれば上げるほどウサネコちゃんは逃げ場がなくなっていくわけだし」
 これはアマンダさん。
「? よくは分かりませんけれど…… マジックキャンセルを使える者が四方へ散って対処、ということでよろしいんでしょうか?」
 これはアリシアさん。少し状況が分かっていないとはいえ、今のところ一番まともな意見だ。
「そうね…… 一番魔法が向かいそうなウサネコの後方辺りは私とアマンダが向かって、それ以外を他の奴で処理するということでどうかしら?」
「そうだな。頼むぞ、エミリア」
「うん。ウサネコの未来のためだものね」
 と、ジェイさん、エミリアさんの会話。仲間想いのセリフとも取れてしまうのが困りものだ。
「じゃあ行きましょう! ウサネコちゃんのために!」
『おう!』
 アマンダさんの号令に伴って、何名かが腕を振り上げて応えた。
 ……何とも仲間想いな人たちである。それに――
「意外とチームワークがいいですね」
「……こういう時だけですけどね」
 疲れた様子でそう応えてくれたのはケイティさん。
「それはそれで素晴らしいことです」
「……リッツァさんもきっと仲間に入れますよ」
 それは――そうかもしれないわね、ふふ。

――父上! 父上ぇ!
――……メイバン。今は基本戦術を学ぶ時間のはずだろう。こんなところで何をしている?
――その…… このところ父上とお話しておりませんでしたゆえ、少々お時間を頂けないかと……
――話すことなどない。それよりも、報告では戦術の習得も魔法の威力も成果が芳しくないというではないか。あまり父を失望させてくれるな
――は、はい…… 申し訳御座いません……
――わかったのなら行け。時間を無駄にするな
――……はい

 成果さえ出せば…… 父上の望む通りに結果さえ出せば、父上も認めてくれる。 ……褒めてくれる。
 きっと! 笑いかけてくれる……はずだ。

 たくっ! とんでもない魔法の連発だな。避けるのも一苦労だぜ。
 とはいえ、あと少しでメイバンの元まで到達できるな。接近戦になりゃあ、どうとでもできる。レイルとの試合を見ていた限りじゃ、接近戦での動きは頭でっかちな感じがあったし、ありゃあきっと実戦慣れしてない。ぱぱっとこんな魔法の嵐とはおさらばしてぇぜ。
 と、体さばきで避けることが不可能な、冷気の奔流が押し寄せる。こういうのはキース特製の武器で……
「はあぁあっ!」
 びゃあぁああぁぁあああ!!
 激しい突風が巻き起こり、メイバンの放った冷気を拡散させる。ちょいと寒さが残っているが、ダメージを受けるような凍てつきはない。
 さて、続けてきた炎の弾丸は避けまくり、更に続けてきた光弾もまた避けまくり……
 あとちょっとでメイバンに到達――って、何か辛そうだな、あいつ。
 さすがに魔法使い過ぎたのか?

――陛下。メイバンの魔力の上昇はこれが限界値かと…… これではラダトームの化け物どもには到底……
――ふむ。まあ、実験体一号ではこの程度でも結果が出て上等と考えるべきであろうよ。そうさな、また浮浪者どもの中からよさそうなのを養子に迎えるとするか
――では、メイバンは如何様に?
――せっかくだ。ラダトームの化け物にぶつけるだけぶつけておけ。運がよければ娘くらいは仕留めるやも知れん
――御意に
――父上……
――いたのか、メイバン。聞いたとおりだ。これからラダトームへ向かえ
――父上! ラダトームで!
――何だ?
――ラダトームで化け物を退治致しましたら、僕を認めていただけますか? 褒めて……いただけますか?
――……ふっ、無論だ。お前は我の愛しい息子なのだからな
――必ず、ご期待に沿ってみせます!

 僕は勝たなければいけない。
 僕は――化け物を殺すために生み出された。
 その目的さえ果たせば――この国の化け物どもを殺しさえすれば、認めてもらえる。
 褒めてもらえる。
 愛してもらえる!
 それこそが僕が生まれた理由。
 僕が存在する理由……

「――なのに……」
「は?」
 接近戦に持ち込んで、メイバンを速攻で押さえ込んだら、そのメイバンが何やら呟いた。
 ――っ! つか、こいつ泣いてんだけど!
「それなのに負けてしまっては…… 僕は――」

――化け物の相手は化け物にさせる、当然の対応であろう?
――陛下。気をつけませんとメイバンに聞こえます
――構うものか。所詮は捨て駒の化け物だ

「僕はただの――」

――ただの化け物だ

「ただの化け物になってしまった……」

「バーニィ様ぁ! 守って頂けてわたくし感動ですわ!」
「いや、つかな…… ちょいと深刻な雰囲気なんだが……」
 バーニィ様の元に駆け寄ってお声をおかけしますと、困ったことにメイバンという者のせいで少々雰囲気が暗くなってしまっているようで…… まったく! せっかくのバーニィ様に助けていただいた余韻が台無しですわ!
 取り敢えず、この雰囲気をどうにか致しませんと…… あら、この方の魔力は――人間側も随分と倫理に反することをするようになりましたわね……
「……メイバンでしたわね。貴方のその特異な魔力から、ちょっとは察して差し上げないこともありませんけど――」
「何を察すると言うんだ、ラダトームの化け物」
 あら、ストレートですこと。
「貴様! 姫様に向かって――」
「構いませんことよ。カイン。……わたくしが化け物というなら、わたくしに負けず劣らない魔力をお持ちの貴方もまた、化け物ということになりますわね」
 カインの言葉を止めは致しましたけど、それでもちょっとくらいは言い返しておかなくてはいけませんわよね。何だか負けた気分になりますし。
 ただ、軽い反論のつもりで言ったその言葉は、メイバンにとって深刻なダメージたり得るようでしたわ。
「そうだな…… 僕は、お前ら化け物に勝てなかったためにただの化け物になりさがった。存在する――生きている理由を全て失った」
 あらまあ、バーニィ様の仰るとおり、随分と深刻な雰囲気ですわね。まあ、この男が根暗過ぎるようでもありますけれど―― 
 とにかく、この雰囲気さえどうにかすれば、先ほどの続きと相成りますし、早くバーニィ様に助けていただいた余韻に浸りたいですわ。それに、放っておくと有耶無耶になってしまいそうな闘技大会の結果を、司会を見つけ出して宣言させなくてはいけませんわね。それから――うふふっ。
 それにはまず、メイバンの暗い雰囲気をどうにかしないと、とてもではありませんけど祝賀ムードになんてなれませんわ!
「わたくしに勝つ――わたくしを殺すことが貴方の存在価値たり得るのなら、どうぞわたくしを狙い続けなさいな」
「……何だと?」
「わたくしの権限で貴方がラダトームに住まうことを認めます。この街に住み、お好きな時にわたくしの命を狙うといいですわ」
 そうしたら、バーニィ様に守ってもらいましょう。うふふ、素敵ですわぁ。
「姫様! 何を――」
「あら、面白そう。メイバンとやら。わらわを狙うことも許可しましょう。ラルスもどうです?」
「そうであるな。朕も興味がある。しかし、もう少し修行をつんでもらわんことには…… あれでは朕の足元にも及ばぬわ。暇な時にでも稽古をつけてやろうか」
 カインの言葉を遮られたのは…… お二人ともいつの間に貴賓席から下りてこられたのかしら。
「お父様もお母様も、物好きですわねぇ」
「人のことを言えるのか」
 それも……そうですわね。バーニィ様に守ってもらうのが楽しみと言うのも本音ではありますけれど、先ほどのような魔法戦をまたやってみたいと思ったのも事実ですし、これでは確かに、わたくしもお父様やお母様のことは言えませんわ。
「お前たちは……」
「挨拶が遅れたな。朕はラルス=ラダトーム。そして――」
「わらわの名はルクセファール=ラダトーム。ティアが化け物なら、わらわとラルスはどう呼ばれるのかしら? 魔王とか大魔王とか、そういうのがいいわねぇ」
 お母様は少々変わっておいでですわね。わたくしでしたら、そのような呼称はまっぴらですわ。
「化け物は……全員化け物だ」
「あら、残念」
 メイバンの言葉に、お母様はさほど残念でもなさそうに仰いましたわ。そして、そんなお母様を一瞥してからメイバンはバーニィ様に声をおかけになりましたの。
「バーニィ=キャットウォーク…… 放してくれ」
 まあ、バーニィ様をフルネームで呼び捨てだなんて……礼儀知らずも甚だしいですわ!
「ん、いや…… この状況で放せってもなあ」
「大丈夫だ。逃げはしないし、他者に危害を加える気もない」
 例えそんなことをしようと致しましても、わたくしがさせませんけれどもね。まあ、ご自分の国に逃げ帰るというのなら止めは致しませんけれど……
 そのようなことを考えていますと、バーニィ様はメイバンを解放なさいました。そして、
「ま、何かするようなら俺が直ぐ止めるが……」
 まあ! わたくしも先ほど似たようなことを考えましたし、気が合いますわ〜。
 すちゃ!
 そこで、メイバンが腰にさした剣をおもむろに抜き放ちましたの。
 あら、他者に危害を加える気満々ではございませんこと――いえ、これは…… その向かう先が……

 キィン!
 俺より早く、国王さんの剣がメイバンの剣を弾いた。
 俺が解放するや否や剣を抜き、自殺を図りやがったメイバンは、ラルス国王の顔を無表情に見つめる。
「死ぬことすら許してくれないのか、化け物」
「どのような理由や事情にかかわらず、生命を脅かす行為を見過ごす気はない。それが他者に向かおうと、自己に向かおうと」
 ま、そりゃそうだな。
 ん、でも…… 人間の密航者を即日処刑にしているんじゃなかったか? 仕事としてそういうことをする奴が存在する以上、国王であるこいつもそのことは知って――るとも限らないのか? まあ、この国の政策に興味なぞないが……
「姫様、只今戻りまして御座います」
「アルク!」
「おまっ! 肝心な時にいないで、タイミングよく、ちょうど終わった時に現れるなよ」
「仕方がないでしょう、カイン殿。そうなってしまったものは」
 おー、ありゃあ確か、一昨日ティアを追いかけてた内の一人だな。早い話、口の悪い男――カインの他のもう一人の護衛だろう。それにしても本当にタイミングのいい…… 騒ぎが収まるまでどっかでこそこそしてたとかいうオチもあり得るな。
「そんなことはよろしいですわ。それよりもアルク、どうでした?」
「はい。成果は上々です。実行犯は全て捕らえ、首謀者であるガルジアン家の屋敷も衛兵で取り囲み済みです。姫様のご許可で今すぐにでも踏み込めますよ」
「そうですか…… では、わたくしも参りましょう。ガルジアンは魔力の強い者が多い家系ですし、衛兵だけでは少々不安ですわ」
「そう仰られると思っておりました。さ、外に足を用意して御座います」
「ありがとう」
 アルクという奴にそう声をかけてから、ティアはこちらを向いて瞳を潤ませ出した。
 唐突な上に、ここで俺にそんな目を向ける意味が分からん。
「名残惜しいですけれど、しばしのお別れですわ、バーニィ様…… わたくしはこれから一仕事迎えなければなりませんの。ですが大丈夫ですわ! 面倒な雑事はアルクに全て任せて直ぐに帰って参ります。そうしたら――きゃあ! 恥ずかしいですわっ!」
 本気で意味が分からん。何が恥ずかしいんだ。
「あ、カイン。街で、先ほどのメイバンの暴走は、わたくしとメイバンで演出した行き過ぎた余興だったと報じなさい。そうして、あの後バーニィ様がメイバンとの決勝戦に勝たれたこともまた報じ、ステージの周りに集まるようにと。表彰の儀と――うふふっ」
 だから、なぜそこで笑う。今笑うところがあったのか? こっちの奴らの感性が向こうから来た俺と違うのか?
「そうそう。それと、メイバンさん」
 突然話題を変えることの多い女だな…… てか、メイバン『さん』って。敵対関係が解けた瞬間に呼称まで変えるとは器用な……
「何だ? 化け物」
「化け物はお互い様なのでしょう? それよりも、少し予想が入っていて悪いですけれど、貴方、これまで用意された場で用意された道を歩み、用意されたご褒美を尻尾を振って求めていた口ではありませんこと?」
「…………」
 メイバンの長い沈黙は肯定の印か? てか、『尻尾を振って』の辺りに口の悪さを感じるのは気のせいか?
「ですけれど、このラダトームではそうはいきませんわ。わたくしたちは貴方が目指すものを手にするための手助けをするだけ。場を与えるのみですわ。その場で貴方が望むもの――わたくしの命を奪うのか、そのようにふぬけて無為に過ごすのかは知りませんけれど……」
 言葉の感じをなぞると、どちらかというと挑発しているようにしか聞こえないが…… おそらくこれは――
「それはともかくとして、貴方の存在をわたくしが認めます。わたくしは――わたくしたちは貴方を歓迎いたしますわ」
 そこでティアは、瞳を細め、口元を笑みの形に歪め、
「ようこそ、わたくしたちの祖国ラダトームへ」
 ………………
 はっ! 思わず見とれちまった。
 今までの変な挙動や言動から忘れてたが、この姫さん、顔悪くないしな。その上で、満面の笑みで先のセリフじゃあ、見とれるのも仕方ないと思うんだが……どうだろう?
 たっ。
 そんなことを考えていたら、ティアはアルクがいる方へ歩みを進めながら、こちらに視線を向けた。
「では、今度こそ参りますわ。バーニィ様、直ぐに戻ってまいりますから、その間詰まらないでしょうけれど、お父様やお母様のお話でも聞いていて下さい。これから一緒に過ごすことも多くなりますし、なんとか仲良くしていただけると嬉しいですわ。では」
 今度こそアルクとともに去っていったティア。
 ついでにカインも、それに伴って街中へと向かって行った。その際に、騒ぎが収まったためか様子を見に来た連中にも、先ほどティアが言っていた内容の旨を大声で伝えているようであった。ご苦労さんだな。
「どうして……」
 ん? メイバンはどうしたんだ? また落ち込んでいるようにも見えるが…… まあ、今は剣も弾かれたままだし、自ら死を選ぶなんていう心配もない。
「誰も…… 父上でさえも…… なのに、殺そうとした僕を、どうして……」
「力というのは厄介なものよ」
 メイバンの言葉に続いて、ラルス国王が口を開いた。なんつーか、会話が繋がっているのか、いないのか、さっぱり分からん話し方をする奴しかいないな、おい。
「時に護りの盾となり、時に破壊の刃となる。強すぎる力は忌むべきものとされ、排斥される」
 そして、ラルス国王に続いて、その配偶者である后も言葉を紡ぐ。
「わらわ達は王族というフィルタを得ることで、表立って忌み事とされることはなかった。しかし、それも『表立って』というだけのこと」
「ま、陰口叩く奴なんぞいくらでもいるだろうな」
 つい口を挟むと、ラルス国王とその妻がうなずいた。
 しかし所詮陰口。そうそう聞こえてくるものでもなし。聞こえてきたとしても、そんな阿呆な手合いは無視していればいいだろう。
「まあ、そのような輩は放っておけばいいのだが、一時期ティアの周りにそういう輩が集中していたことがあってな。それもあれが幼い時のことだ。既に陰口どころか、露骨な嫌がらせすら頻発しているような状況であった。朕もこのルクスも気づいてやるのが遅れてな」
 幼少時にねぇ。軽く心の傷になりそうなコースだな。
「随分と傷ついただろうと心配したものであったのだが……」
 だが……?

――お父様やお母様は、わたくしを愛して、認めてくださっておりますのでしょう? それなら何の問題もありませんわ。世界中全ての方々がわたくしを罵ろうと、たった一人でもわたくしを信じ、認めてくださる方がいるのでしたら、わたくしは決して何者にも屈しません。お父様、お母様がわたくしの生きている証、存在の証明となってくださるのなら、これ以上心強いことは御座いませんわ

「まさか朕も、幼子があのようなことを言うとは思わなんだわ」
「戦う強さでいうなら、ラルスやわらわに敵うことはないあの子ではあるけれど、この国で一番の強さを有しているのは、きっとあの子でしょう」
 軽く微笑んで、遠い目をしながら言う夫婦。
 確かに子供のティアの成熟した思考回路には驚かされるものがあるが――
「というか、この話の趣旨は子供自慢なのか?」
「八割方はな」
 ……そんなに割合が多いとは、予想外だった。ただ、残りの二割がどこに向かうか――は、まあ予想できるがね。
「つまりそういうことだ。メイバン」
「……」
 声をかけたラルス国王を、メイバンは黙って見つめただけだった。
「あの子は言ったのだよ。自分が君の強さの礎になろう、と。君が生きていること、君が今そこに存在していること。それの確たる証となろう、と」
 それは、人によっては要らぬお世話であるかもしれない。だが、少なくともメイバンにとっては、救いとなったように感じられた。表情も顔色も変えない男の何から判断してそう思ったのかは、俺自身分からなかったが……
「僕はこのままルーラで帰ることにする。僕を捕らえずともいいのか? 化け物ども」
 ずっと沈黙していたメイバンは、ようやく口を開いたかと思ったら、あまり好意的とは思えない言葉を吐いた。しかし、それに対して当の化け物は軽く微笑み、
「あの子に貰った強さで君が何を目指すか…… それを選ぶのは君だ」
 そう言った。
「……バーニィ=キャットウォーク」
「何だ?」
 少しだけ沈黙して、メイバンは突然俺に矛先を変える。ちょいとびびった。
「あの化け物に、リシティアートという女に伝えてくれ」
 彼はそう言ってから、微かに、本当に微かに笑みを浮かべた。そして――
「『感謝する』と」
 ひゅっっ!!
 用件だけを伝えたメイバンは、光の奇跡を中空に生み出してこの地を去った。転移呪文ルーラ。その魔法にて、生まれた国に戻ったのだろう。何をしにいったのかは…… ま、俺には関係のないことだ。
 ん? そういや……
「ティアは――いや、リシティアート様は何をしにいったんです?」
「別に『ティア』のままでよい。それから、口調も改めずとも気にせん」
 あ、そ。
「じゃあ、ティアは何をしに行ったんで?」
「貴族の中には人間を根絶やしにするべきだという、物騒な意見を持っているもの達もいる。そしてこのところ、そういう輩が人間の密航者を処刑しているという情報が入ったのだ」
「その情報の確認と、それが事実だった場合の対処をティアには任せていたのよ。先程の話しぶりでは全容を掴んだのでしょうね。ガルジアン家といえばまさに、今言った物騒な意見を持っている貴族のうちの一家だもの」
 ふぅん…… 人間の処刑ってのは国でやってることじゃなかったのか。まあ、先程からの王族連中の様子から考えて、そんなことを許可しそうな奴らじゃないなとは思っていたが……
 それにしても、王女自ら調査をするなんて、何というかアグレッシブな国だよな。そういうのは下の、例えばカインとかに全部任せて自分は優雅にティータイム、ってのが王族! というイメージだったんだが…… あのティアが特別そういうことに首を突っ込むタイプなのか、それともどこの国でもこういう傾向はあるのか…… ただ、取り敢えずメルなんかは、自分の国のことをしている風ではない。旅してるし。まあ、旅先で色々首を突っ込んでいるようではあるが……
「まあそんな話はよいだろう。ティアが向かったのならじき解決する。それよりも、そうだな…… これまではティアのよいところばかり話したしな。少し悪いところも話しておこうか」
 ……なんでだよ。
「そうねぇ…… 朝が弱いわよね」
「それから、魚が嫌いだな」
 まじで悪いところ羅列しだしたし…… この一家はまじでわけが分からん。
「少しだけ我がままだし」
「そうか?」
「ほら、この闘技大会のことでだってひと悶着あって…… 大会の前日までごねてて、実際に家出までしたでしょう?」
「ああ…… だが、今回のことはへそを曲げても仕方がないと思うが……」
「何を言っているのよ。まったく、甘い父親ねぇ。わらわだって昔…… それでそなたと出会ったのではない?」
「そうであったなぁ。だが、必ずしも望む者とというわけにはいかぬだろう?」
 また意味の分からん会話が…… どうにもさっきから置いていかれっ放しだ。
「そこは仕方がないでしょう? しかしまあ、その気になれば思い通りに勝者を選ぶことも可能と言えば可能ですよ。あの子も吹き矢片手に頑張っていたではないの。まあ、途中で婿殿に止められていたようでしたけどね。それでも結果的に、公平で素晴らしい婿殿をむかえられることになって…… 大会は成功だったわね」
「そうよな。あの子を助けに入る様子と、あの状況でメイバンを殺さずにただ取り押さえるというお人よし振り。強さは勿論申し分なく、何よりあの子に好かれているときている」
 ん? 何か話が変だぞ。
「お人よし過ぎるのは政治を行う上で問題となり得るであろうが…… そこは慣れでどうにかなる。朕も昔苦労したものだが、時間が経てば大丈夫であるぞ、婿殿」
 俺の背中を叩きながら言った国王さん。つまり『婿殿』っていうのはやっぱり俺のことなわけで……
 いや、ティアが俺のことを気に入っているのはさすがに分かってはいるが…… こっちの意見無視で婿殿とか呼ばれてもな。
「あんな? 俺は別に、ティアとそんな関係になるつもりはだな――」
「ラルス陛下、ルクセファール様。覚えておいででしょうか? 姫様の侍女をしておりました、リッツァにございます」
 ちょいと抗議をしようと思った俺の言葉を遮り、いつの間に近寄ってきたのかリッツァが国王さん達に声をかけた。
「おお、覚えているぞ。お主のことはティアが気に入っていたからな」
「恐悦至極に存じます」
 リッツァは、そんな風に適当な挨拶やらをしつつ会話を続けていた。俺の抗議を遮って、その上で社交辞令的な挨拶を展開されるとちょいとイラっとくるな。
「おい、リッツァ。国王さんに文句言いたいことがあるんだ。そういう挨拶は後にしてくれねぇか?」
 と小声で耳打ちしてみた。
 ずいっ。
 すると、リッツァは国王さんと話をしたままで、こちらに向かって一枚の紙を差し出した。そしてさらに、その紙面の一点を指差す。
 そこには――
『本大会にて優勝せし者に、リシティアート=ラダトームとの婚姻を許可する』
 ……………………
 でかでかと書かれていた。
 もう一度読んでみた。
 先程見たとおりのことしか書かれていなかった。
 少し落ち着いて考えてみた。
 しかし、文字通りの意図しか読み取れないことがわかった。
 つまり――そういうことだ。
 次に考えてみた。俺はなぜこの一文に気づかなかったか。
 大会前に確認事項がないか確かめようとすると、ジェイが、読んでやるよ、といって俺から紙を奪って注意事項を読み上げた。
 街中で何気なく目に入った広告を見ていると、リッツァがその間に立ちどうでもいい世間話を始めた。
 地面に落ちていた紙を屑篭に捨てようとして拾うと、エミリアがその紙を俺の手ごと魔法で焼いた。
 これ以外にも我らがパーティは、今思うと意図的としか思えない方法で大会関連の紙を俺から遠ざけた。つまり――
 そこでリッツァがこちらをちらりと見た。そこに浮かぶ笑みからは、心持ち意地の悪さしか感じ取れない。

 その、なんだな…… 今のこの状況は俗に言うところの――
 嵌められたってやつだ……

「ではこれより、表彰の儀に移ります」
 何やらお偉方らしき爺さんどもの挨拶を一通り終えると、漸く表彰が始まった。十位まで賞金が出るという話であったが、三位から十位がトーナメントで明確に決まることはない。どうするのかとずっと思っていたのだが、どうやら王様とお后様が戦いぶりを評価して決めるらしい。
 まあ、俺らの関係者にとってはそこはあまり気にする必要がないけどな。バーニィは文句なしの一位だし、レイルとメルのどちらが三位でどちらが四位でも、賞金総額としては何の差異もない。唯一メルが、レイルより上になるかどうか気にしていそうなのが問題なくらいかね。レイルは一位でないんだったら、何位だろうがどうでもいいだろうし。
「そして六位は――」
 十位から順番にされている発表。聞いても、大抵の選手の名前は覚えていないため、何の感想も持てやしない。賞金を受け取る奴の顔を見て、あー、そういえばこんな奴いたなぁ、という適当な感想を持つくらいだ。
 それにしても、きちんと打ち合わせどおりにことが進むだろうか…… まず、王女さんには即行でバーニィを押さえにかかって欲しいものだな。あの男は、賞金を受け取った瞬間に逃げ出す危険性がある。賞金を渡した次の瞬間には抱きつくくらいのアグレッシブさを持っていて欲しい。まあ、そうでなかったとしても、アマンダ辺りが止めに入って王女さんに引き渡せばいいわけだが、面白さとしては王女さんが頑張った方が、なあ?
 レイルは今も医務室で痺れているが、賞金は前倒しでもう貰っているというから、あいつはただ拾っていけばいいだけだ。メルとは先程打ち合わせしておいたし、そこも問題はない。リッツァに払う金は、それも一旦リッツァの元に戻ってから行けばいいから問題ない。
 一番の問題はバーニィの賞金をどうやって奪うか、か…… まあ、アマンダ辺りが問答無用で剥いでくるってのが現実的な感じかねぇ。
「続けて第四位! この場にはいらっしゃいませんが、メイバン選手との濃厚な攻防を繰り広げたレイル選手! 医務室で休まれているレイル選手に向けて盛大な拍手をどうぞ!!」
 ぴー! ぴー!
 わああぁああ!!
 ぱちぱちぱちぱちぱち!!
 レイルが医務室に行くことになった本当の経緯を知ったら、大抵の奴はこんな風に拍手する気にもならないだろうがねぇ…… たぶんあいつのことだから、女が放った針を避けるわけにはいかん! とか、そんなアホな理由で食らったに違いないし。
「というわけで、第三位は――魔法のような、それでいて違うような攻撃でバーニィ選手を苦しめたダークホース! 誰がこんな小柄な人物がここまで健闘すると予想できたか! ウォントゥ選手!!」
 わあああぁあぁぁあああああぁぁあ!!
 ぴーっ! ぴーっ! ぴーっ!
 おー、すごい歓声でやんの。まあ、メルの攻撃は派手だったからなぁ。見た目派手な戦闘が一番分かりやすくて人気出るのは当然か。
 あ、何か金一封を貰ってるな。その場で現金ニコニコキャッシュ、と。三位のは十万ゴールドだったか?
「そして第二位! 姫様とともに見せた壮絶なパフォーマンスに、私ですら騙されて逃げ出してしまいました! 魔法も肉弾戦も超一級! メイバン選手!!」
 わああぁぁああ――
「と、勢いよく紹介させていただきましたが、メイバン選手は諸事情により賞金を辞退し、表彰式も欠席しています」
 えええぇぇええぇええええぇぇぇえ!!
 ぶー、ぶーー、ぶーーーっっ!!
 歓声を遮ってメイバンがいないことを伝えた司会。それに続いて大ブーイングが巻き起こる。
 なんつーか、司会が変に盛り上げてから、その上でいないことを伝えたのが悪いよな。普通にいないって言やあ、そりゃあちょっとは文句も上がっただろうが、ここまで大ブーイングにはならなかっただろうよ。つか、賞金はどこに行くんだろうな。
「静粛に! 静粛にお願いします! なお、メイバン選手に渡す予定だった二十万ゴールドは、ルビス信仰の総本山、マイラ西方の『ルビスの塔』に寄付いたします」
 ルビス信仰――こっちにもあるのは、アリシアさんやキースから聞いてたが、そんなところに二十万ゴールドも…… もったいね。
 そういや、その『ルビスの塔』ってのが次の目的地だとかって話だったっけ? ルビス信仰の総本山の塔に目的の金属があるかもしれないから行こう、って言ってたような気が…… つか、その目的の金属ってのもよくわかってないんだがな、俺は。あんま興味なかったからなぁ。とはいえ、向かう場所に関してここまでわかっていないというのもどうかと思うしな。後で訊いとこう。
 そうそう、メイバンの攻撃を食らったりしていた衛兵もいたらしいんだが、深刻な怪我ではなかったみたいだ。それなりのダメージを負った奴はいたみたいだが、そいつらもアリシアさんがぱぱっと治したそうだし、メイバンのあれを余興という風に報じるのはそれほど無茶ではないようだ。最初に聞いたときは、あれだけやっといてちょっと無理があるだろうとは思ったが、被害が出てるってほどの状況ではない以上、問題はないんだろうよ。器物破損は――気にすんな、うん。
 と、やっと一位の発表だな。さて、賞金を受け取った瞬間にバーニィがどう動くか、見ものだな。
「栄えある第一位は! 強敵難敵をばったばったとなぎ倒し、いよいよ勝ち取った頂点の座! バーニィ=キャットウォーク選手です!!」
 わあああああああぁぁあああああぁああああぁぁぁああ!!!!!
 ぴー! ぴー! ぴー! ぴー! ぴー!
 うっわ。すげえ声援。
 まあ、結構活躍してたしなぁ、あいつ。それに派手な試合も多かったし。メルとの試合はもとより、最初の方で一回、魔法を避けまくって勝つっていうのもあったよな。それに、超派手に魔法使ってたメイバンにも勝ったわけだし、そりゃあ盛り上がりもするか……
「では、これは賞金の五十万ゴールドです。そして、この後はさっそく姫様との――」
 だっ!!
 おー、予想通り、金を受け取った瞬間に走り出しやがった。ははは、司会はあっけに取られてやがるな。
 と、まあ、そんな風に逃げ出したところで――
 しゅっ!
「バーニィ様ぁ! そのように照れて逃げ出さなくても宜しいではないですかぁ!」
 あれだけ魔法使い放題の王女さんが、空間転移を使えないのも道理に合わんし、こういうことになるんじゃないかとは思った。しっかし、まじで空間転移ができるとなると、バーニィが王女さんから逃げるのは十中八九無理だな。あっはっはっはっ!
「はーなーせー!! ティアーーーっっ!!」
「人前だからといってそのように照れなくても! さ、バーニィ様、婚礼の準備ですわよ!」
「うおぉっと! 未来の国王陛下はさっそく姫様と仲良くなられているようです! うらやましいぞ、こんちくしょおぉ!」
 司会が微妙に暴走しているのが気になるが、それよりもさっさと賞金を回収しないといけないだろう。
「アマンダ」
「おっけ。行ってくるわ」
 しゅっ!
 アマンダに声をかけると、彼女はすばやく空間転移を実行した。そうして、バーニィと王女さんの目の前に出現する。何やら話しかけているのが見えるが、声までは聞こえない。だがおそらく、しばらくは金属の探索になるだろうからあいつは置いていくこと、シドーとの決戦に臨む際に迎えに来ることなどを伝えているのだろう。そうして、ウォントゥことメルを呼び寄せてから引き寄せ、
「さようなら! あたしはこの人と幸せになるから、貴方は姫様と幸せになってね!!」
 などということを叫んでからこちらに戻ってきた。
 しゅっ!
 いつの間に奪っていたのか、その手の中には結構な太さの金一封が収まっていた。
「なんとぉ! 未来の国王陛下は女性関係の整理ができていなかったぁ!! これは、雑誌はしばらくこの記事で埋まりそうな予感だあ!! つか、姫様を二股にかけようとしてたんじゃねぇだろぉなあ!!」
 何やら私情を挟みまくってそうな司会だな。王女さんのファンか何かじゃねぇの?
「わたくしはバーニィ様を信じておりますわ! さあ、ともに幸せな家庭を築きましょう!!」
 おお、あの王女さんもしぶといなぁ…… と、こんなドタバタ劇を鑑賞している場合じゃなかったな。
「はい。確かに。賞金総額の五割ということで三十万――まあ、二万五千ゴールドはおまけしておいてあげます。さて、これでお別れになりますね。皆さん」
「ま、近くに寄ったときは顔見せに行くわよ。ウサネコちゃんを迎えに来る時とかね」
 すっかり清算を済ませた(バーニィから奪った金一封から済ませた)二人は、お別れムードでそんなことを話す。俺も一応挨拶しとこうか。
「世話になったな、リッツァ。それからラリィも――ってお前、次会う時までに、少しはその人見知りを直しとけよな」
 声かけたらいつもどおりリッツァの後ろに隠れたラリィに言う。最近は今みたいに隠れなくなってたんだがなぁ……
「あら、違いますよ、ジェイさん。ラリィは寂しいのよね?」
 こくっ。
 リッツァの言葉に口を尖らせてうなずくラリィ。なるほど、その表情が寂しくていじけているようにも見えなくはない。
 ただなあ、それで隠れるってのは意味が分からん。人それぞれと言っちまえばそれまでだが……
 ま、何はともあれ――
「それじゃ、レイルを拾ってから、キースのルーラで、えっとマイラだったか? そこに行くか」
 全員が一通りリッツァ、ラリィと挨拶を済ませたようなので、そう提案した。
 ちょいと微妙な表情をしている者が何名かいたが、元気に、おっけ! と返した者も何名か。まあ、誰がどんな顔しても、これからマイラに行くのは決定事項だがね。ついでに、バーニィをおいていくのもまた超決定事項だ。やっぱ急造のカップルさんには、しばらく一緒に過ごして仲良くなってもらいたいしねぇ。俺って仲間想いだよな!
「じゃ、まずは医務室に!」
「さようなら」
「さよおならぁ」
「手前えぇらああぁあぁ!! 次会った時、覚えてやがれよおぉおぉぉぉお!!!」
 しゅっ!
 リッツァとラリィの別れの言葉。そして、誰がどういう意図で叫んだのか、よく分からない内容の絶叫をBGMに、俺達は表彰の場を後にした。
 いやあ、それにしても、あの叫び声は誰だったんだろうなぁ。あっはっはっはっ。