30.永住の地

 既に他所の書物は調べ終わった。残りは――ダーマ神殿だ。
 ダーマ神殿の蔵書の多さには舌を巻く。うんざりする程の書物が視界いっぱいに広がっている。はっきり言って、この中から探すなど冗談ではない。
 とはいえ、長くあちらを留守にするわけにもいかぬゆえ、気合を入れて調べるしかないないだろう。彼らが訪れた際に、私が留守でした、では格好がつかない。

 …………

 ふぅ、これで後は――あちらの棚で最後だな。
 視線を右前方の本棚に向け、そちらへ向かおうとした時――
 かちゃっ。
 書庫の出入り口が開け放たれた。
 おっと。誰か来たか……
 やっていることがことであるし、そもそも不法侵入であるから、他者が来るたびに隠れる必要があるのは面倒だな。殺してしまってもいいといえばいいのだが……
「順調かな?」
 入ってきた者は、突然そのように言葉を発した。
 私が隠れたため、この部屋に誰かがいるようには見えないはずである。にもかかわらず、独り言ではあり得ない、相手を必要とする疑問形を口にするということは――私がここにいることが分かっているのだろう。
 身を隠していた本棚の裏から出ると、その身を上等な礼服で包んだ中年男性を目にすることができた。
 一瞬誰なのか分からなかった。しかし、その身より感じる魔力は――
『ガイア――だな?』
「ご名答。よく分かったな? あそこで会った時とは違う見た目だというのに」
 さほど驚いた風もなく、そう返すガイア。
『何だかんだで数万年の付き合いだ。お前の魔力の感じは嫌でも覚える』
 そう答えるとガイアは、それは光栄だ、と言って肩をすくめた。
 それにしても、魔なる子の中で以前見た、ダーマでのこいつの外見はもっと年寄りだった気がするが……
『前の老人の格好はどうした?』
「あれはゾーマに引き裂かれたからな。同じ外見で現れたのではまずかろう?」
 苦笑してガイアが言う。
 それはまあ、そうか…… 人間はあの程度の傷で命を落とすのが普通だからな。実は助かっていたなどという都合のいい言い訳は通じないだろう。そもそも葬儀も済まされているだろうから、それと同じ姿で現れればヒトが言うところの幽霊である。
「ところで、あとどのくらいで終わるかな? シドー」
 こちらを見やり、そのように訊くガイア。
 やはり、こちらがしていることはお見通しか。
『そこの棚で終わりだ。暇なら手伝え、ガイア』
 私が最後の本棚を指差し言うと、ガイアは瞳を見開いて驚いているようだった。
『なんだ?』
 そう訊くと、彼は苦笑し口を開く。
「いや…… お前には敵として認識されていると思っていたからな」
 妙なことを言う。
『向こう側にすんなり行かせてくれる奴を敵と認識するのは無理だ』
「……それもそうか」
 私が本を一冊取り出しつつ答えると、ガイアは小さく笑って言った。
 あの時――私が向こうへの通路を開く際、この世界そのものと言ってもいいこいつは、当然抵抗するのだろうと思っていた。しかし、そのような抵抗など一切なく、私は容易に向こうへと行くことができた。
 ならば、そういうことなのだろう。
 まあ、こいつが抵抗などしない状態でも、無防備な状態でも、穴を無理に開けるなんていうのは――いや、そんなことはいいか。
 ちなみに、先のように判断した理由はもうひとつある。
『それにお前は、他国の書庫から目的の書物を処分してくれているだろう?』
 ポルトガ国の書庫を訪れると妙に蔵書が少なかった。調べてみると、残っていた書物は目的の記述がなかった。つまり、私の代わりに誰かがやってくれたということだ。
 そして、他にもいくつかの国で、そういうことがあった。
 そんなことをしてくれる奴は限られる。というより、一人しかいない。
 それが――こいつだ。
『そんな奴を敵だとは思わん。もっとも、魔なる子にとって敵でないというだけのことなのだろうが……』
 書物のページを繰りつつそう言うと、ガイアは大きく笑った。そしてこちらに近寄り、私と同じように書物の一冊を手に取る。
「ゾーマに協力するような行動を取っているのなら君は、世界が絶望であるという考えを捨てたのだろう? なら、君とて敵ではない」
 こちらを真っ直ぐと見詰め言うガイア。
 ……甘い考えの奴だ。
『ならば未だ私は敵だ。世界は絶望そのものであると考えているし、魔なる子の姉が私に敗れれば、その時あちらもこちらも破壊する気でいる』
 目つきを鋭くしそのように答えると、ガイアは不適に笑って書物を閉じた。そして、
「ふっ…… ならば、アマンダ達には頑張って貰いたいものだな」
 そう言って本を棚に戻し、出入り口に向かった。
 かちゃ。
 扉をゆっくりと開け、出て行く直前に――
「そこはもう私が調べた棚だ。他のところを探すといい。それから、ルビスに宜しく言っておいてくれ」
 と言い残した。
 ……どうも目的の書物が少ないと思ったら、幾つかの棚は既にあいつが調べておいてくれたようだな。ならばさっさとそう言えばいいものを、私と話をするために黙っていたか…… まったく、食えない奴だ。
 何にしても、これでこちらに用はない。調べ漏らしがないとも限らんが、あったとしてもガイアが処理してくれるだろう。
 ならば後は――

 ドムドーラ――広い砂漠の中にぽつんとある街である。そして、特徴はそれだけと言ってもいいかもしれない。そういう、特に何も見当たらないような街なのだ。
 そんなことはともかくとして、あたし達はドルーガの後ろについて歩いている。例の金属を手に入れるためだが……
「ドルーガ。本当にそっちなの? 一直線で馬小屋方面に向かってるみたいだけど?」
 彼はわき目も振らずに、馬が何匹かいる建物に足を向けている。
 あんな所にあるとも思えないのだが…… いや、あれの更に向こうにあるのかもしれない。砂漠の地中奥深くに埋もれているとか……
「距離的にあの馬小屋だな。そこらの草むらにでも落ちてんじゃねぇの?」
 しかし、ドルーガはあたしの言葉に頷き、馬小屋を指差しながらそんな風に答えた。
 ……そこら辺に落ちているようなものなの? いやまあ、知らない人にしてみればただの石ころと然程変わらないのかもしれないし、そういう意味ではそこらに放置されていても不思議ではないけど。
 そんなことを考えていたら、当の馬小屋へと至る。柵で囲まれた箇所ではいい体格の馬が三頭、草を一生懸命に食べている。
 ドルーガはその柵を飛び越え、丈の高い草むらへとスタスタ歩いていった。
 そして――
「ほら、あった」
 そう言って、大人の頭の四倍はありそうな岩の塊を軽々と持ち上げた。
 つか、岩じゃん……
「いや…… それただの岩でしょ?」
「は? いや、これ岩じゃないぞ。まあ、見た目は確かに岩っぽいが…… えっと、そうだな。えい!」
 ドルーガが、岩を一旦地面に置き、それから気合とともに拳を振り下ろした。すると、岩は真っ二つに割れ、中には――
「ほら。割るとよく分かるだろ? キース兄が持ってる玉の材料と同じ魔力だ。外っかわの岩みたいに見えたのは、多分昔の奴が作った魔力遮断材だな。トレースから避けるための措置だったんだろうが、俺様にかかればあの程度屁でもねぇ」
「下品ですよ、ドルーガ様」
 得意げに話していたドルーガはモルに注意され、そうか? すまん、と素直に謝った。それから再度得意げに胸をそらし、彼女に、どうだ俺様は凄いだろ? と語った。モルは笑顔で手を叩いて、ええ素晴らしいです、などと誉めそやしている。それを受け、やはり得意げに大きく笑うドルーガ。
 ……ふぅ、モルも大変ねぇ。
 それはとにかく――
「キース、これでいいのね?」
「ええ。確かにこれです。量も申し分ないでしょう」
 キースにも確認すると、肯定が返された。量も足りているというのなら後は――
「加工はどこでやるの?」
「マイラでマツナさんの工房を貸してもらおうと思っています。彼はご先祖様に倣って刀鍛冶もやられるようでして……」
 マツナというのは、現在マイラに住んでいるというジパングの人間だっただろうか。昨夜道具屋から帰ってきた後、アリシアが話していた気がする。そいつのご先祖様というのが誰なのかは知らないが、刀鍛冶の工房があるのならうってつけだろう。キースは前に、シドー用の道具は剣の形態を取らせようと思う、などと言っていたし。
「直ぐに終わるの?」
「魔法で火力などを操ればそれ程時間をかけずとも。それに、武器としてそれ程優秀である必要は、切れ味がある必要はありませんから、そういう意味でも時間はかからないだろうと思います」
 ふむ…… まあ、そう言うのならそうなのだろう。あたしには剣を打つのにどのくらい時間がかかるのかはわからない。キースの意見を鵜呑みにするしかない。
 まあ何にしても……
「じゃ、全員集まって。そっちのエルフと竜族も、褒めて育てる親子劇場みたいなことやってないで早く来る」
 そう声をかけるとモルは苦笑ながら、ドルーガは、親子関係じゃなくて主従関係だぞ、と偉そうな口調で言いながら、こちらへやって来た。
 ま、相手にするのも鬱陶しいし、適当に無視して――
「ルーラ」
 まずはマイラへ。そこでキース達を置いてきて、次は独りでウサネコちゃんを迎えにラダトーム、か。
 文字通り、飛び回るわけね…… だる。

『結界だわ…… 参ったわねぇ』
 魔道生物S――シドーがいると思しき城まで行こうとしていたのだけれど、途中結界に阻まれてしまった。解こうとすれば解けないこともないのだが、それほど魔力が戻っているとは言えない以上、ここで無理をしては本末転倒という結果になりかねない。
『どうしようかしら』
 困り果てて独り呟くと――
『何だ。また主導権をもぎ取ったのか? やはり恐ろしい女だな』
 私の背後でそのようなことを言う者がいた。振り返らずとも、その主は分かるけれど……
『……今回は私の意志で表に出ているし、その言葉を否定はできないわね』
 そう応えつつ振り返ると、そこには予想していた通りの人物がいた。
 外見だけなら私の息子。しかしその実、中には魔道生物。
『ふんっ…… 何をしに来た?』
 シドーは不機嫌そうに言ったが、私はそれがポーズだけであると知っている。そもそも彼自身、私の訪問を望んでいたはずなのだから。
 この娘の――ケイティちゃんの中で聞いていた。彼女がどうなったのか教えてくれ、そう訊いたのは彼だ。
『貴方の頼みに応えるために。そして、貴方と同じことをするために』
 答えると、彼はしばらくつまらなそうに眉根を寄せていた。
 しかし、直ぐに表情を崩し、視線を私からそらした。
『暇つぶしに話を聞こうか。しかし、私と同じことを――というくだりは訳が分からん』
『うふふ』
 表情から察する限り理解したはずの彼が、とぼけているのが可笑しかった。それで思わず声を漏らす。そうして、
『あら、そう? なら、適当に流してくれる?』
 と声をかけた。
『そうさせて貰う。兎に角――』
 そのように応えてから、彼は結界のある方向に右手をかざす。
 すると、彼自身が作っただろう結界は、一部分が一時的に消えた。そして、彼はそこから中へと入り、
『ほら、来い。一時的なものだから直ぐに閉じるぞ』
 そう言って、こちらに手を差し出した。
『ありがとう』
 私はその手を取って後に続く。
 ふふ…… 本人に言えば力強く否定するだろうけれど、すっかり丸くなってるわね。

 三人を抱えて飛ぶというのは、さすがに少し疲れる。
 そもそも、ルーラを応用した、目的地もなくただ飛ぶこの魔法は、先ほどモルというエルフから教えてもらったばかりだ。それでいきなり三人も抱えて飛んだら、心もとない軌跡を描くのも仕方がないというものだろう。
 兄さんとメルを海に放り投げたいわ……
 などと考えていたら、アマンダが言っていた結界が目前に迫っていた。
「着いたわ」
 さて――
「兄さん。あのジジイに貰ったやつ出して」
「呼び方にもうちょい気を遣えよ…… えーと、ほら」
 虹色の光を発するネックレスを差し出す兄さん。それを右手で受け取り――
「使い方分かるの〜?」
 まさに使おうとした時にそんなことを訊いたのはメル。
 集中途切れたし。うざい……
「こういうのは大抵、効果を心の中で強く願えば使えるようになってるわ」
 適当にそう答えながら、心の中で結界が打ち消される様を強く思い描く。すると――
「上手くいったわ。突っ込むわよ」
 上手い具合に消えてくれた結界。そこで中に滑り込む。
 そして、猛スピードで陸地を目指し、海に沿った断崖の上に――
「どわっ!」
「いった〜!」
 兄さんとメルを落とした。
 ふぅ…… 重かった。疲れたし。
「何すんだー!」
「ひっど〜い、エミりゃん!」
 ジェイだけを抱えて幸せな飛行をしていると、兄さんとメルが先のように文句たらたらで叫んだ。
 まったく、煩いわね……
「まあまあ、アランさん、メル。海に落とされないだけマシだろう?」
 その通り。さすがジェイは分かっている。
「そりゃマシだが――」
「それにしたって――」
 眼下でこちらを見上げている二名が、なおも文句を紡ごうとしたその時……
「うおりゃああぁあああぁぁああ!!」
 ざぱあぁあぁぁあん!
 大気を震わす叫びとともに、水しぶきを上げて断崖の上まで跳んで来た者がいた。そして――
 すたっ!
 見事着地。
 何事かと身構え、全員そちらに注目する。そこには……
「オルテガおじ様!」
 叫んだのはメル。
 そう。そこにいたのはオルテガお義父様だった。体をブルブルと震わせて、水から上がった犬がするように水しぶきを撒き散らしている。
「なんだ。ジェイにメル、それにアロガンところの倅と嬢ちゃんまで。奇遇だな」
 そして私達全員を見回し、そのようなことを言った。
 ジェイの後に私ではなくメルの名前を言ったのが少々気に食わないが――というか、そもそも私の名前を口にしないのが気に食わないが、今後長らくお付き合いしていくことになるお義父様に、あまり表立って魔法をぶつけるのもどうかと…… 後でばれないように何かしよう。
「奇遇だなって父さん。家で大人しくしてるんじゃなかったのか?」
 私の腕の中でジェイがそのように訊いた。
 アマンダの話だと、彼は今無理をするとシドーから受けた傷を因として、後遺症が残ってしまう危険があるとのことだった。だから、あのゾーマという奴のことは私達に任せて、アリアハンで大人しく引きこもっている予定だったはずだが……
「我慢できなかったんで、来ちゃった」
 少々おどけた様子でそのように言ったお義父様。
 ごついオッサンが…… 何と言うか……
「妙な言葉遣いすんな。きしょいっつーの」
 と、ジェイ。
 そう! その通り!
「そっかな〜。わたしは可愛いと思うよ〜、おじ様」
「だよなー? さすがメル」
 私が心の中で激しくジェイに同意していると、メルとお義父様は楽しそうにそんな遣り取り。
 ……変な奴ら。
「それよりもオルテガさん。貴方は無理をすると――」
「後遺症のことか? そんなの気にすることじゃないさ」
 兄さんが心配そうに声をかけると、お義父様はそのように言い切った。
「気にすることじゃないって……」
 呆気に取られたように呟く兄さん。
 それを見て取ったお義父様は、大きく笑ってから言葉を紡ぐ。
「何も死ぬわけじゃないだろう? いや、例え来れば死ぬと言われようと、友人が――ゾーマが大変な時に家でのんびりしていては、心に後遺症が残るってものさ」
 そして彼は、お前らが何とかしてくれるとわかってはいてもな、と付け加えて、私達を見回した。
 そのようなお義父様の態度にまず反応したのはメル。
「おじ様、かっこい〜! 名言だ〜! おじ様名言語録にまた一つ新たに刻まれたね〜!」
「だろー? メルとは気が合うなー。どうだ? うちの子にならないか? ジェイもケイティも妹ができれば嬉しいだろうしな」
 …………うわ。よくわかんねぇテンションだわ……
「俺は、馬鹿な妹が二人になるのはごめんだね」
 ジェイも私と同じように感じているようで、呆れた様子でそのように言った。
「大丈夫だよ、ジェイ! わたしは養女よりも後妻を目指すから!」
 そこで、メルがよく分からないフォローを口走る。
 毎度のことながら、こいつの頭にはうじが湧いているとしか思えない。
「後妻になるには、まず母さん達が離婚するか、もしくは母さんが死なないといけないな」
 ジェイが冷静に突っ込んだ。
「う〜ん…… 人死には嫌だから、おじ様離婚する予定ある?」
「はっはっはっ! 残念ながらそりゃないな! 俺は母さんを愛している!」
「じゃ〜、わたし愛人〜!」
 そう言ってから、二人揃って大きく笑う。
 …………ついてけないわ。
 いや、ていうか、お義父様が無理して来ようがどうしようが、ジェイのために最低限死なないでいてくれればいいけど、いったいどうやって来たのかが気になる。こちらへ来るための大穴が、確かにこちらにつながっているのだと判別できるほど、彼は魔力に聡くないはずだ。
「ところでオルテガお義父様。こちらにはどうやって?」
 訊くと、彼は笑うのを止め、一瞬考えてから次のように答えた。
「ん? 勘かな」
 ………………
 何気なく非常識な返答をしたお義父様に、しばしの沈黙。
『は?』
 そして、間の抜けた声が三つ揃った。
 当然ジェイと私、ついでに兄さんだ。残りのメルはお義父様に向けて、尊敬の眼差しという類の瞳を向けている。お前は今のどこを尊敬しているのだ、と問い詰めたい気分だ。
 そんなことを考えていると、お義父様が考え込みつつ続けた。
 また、常識はずれな告白が始まるのだろう……
「何となくここに落ちればゾーマがいそうだなぁ、と適当に穴に落ちてみたらそのまま海に真っ逆さま。放り出されたところでは右にも左にも陸地が見えん。仕方ないから本能に任せて泳ぎ続けていたら、陸地に何とか着いてな。そこから更に、勘に頼って歩き続け、昨日ラダトームとかって街に行き着いた」
 そこで彼は、一度咳払いをした。
 そして、続ける。
「数分座り込んで休み、それから道行く人に片っ端から聞き込んでみたのだが、その内の一人、身なりのいいお嬢さんが、向こう岸のお城から最近物騒な感じの魔力を感じますわ、とかと言っていたんでな。怪しそうだからきっとその城だろう、と見当をつけて一直線に泳いだ。ただなぜか途中で壁のようなものに阻まれて進まなくなったな」
 それは……結界のせいなのだろう。
 にしても、それなりの距離があるっていうのに泳いでなんて…… 無駄に元気ね。
「だが、そんなんで諦めるはずもなく、半日ほどその壁に向かってめげずに泳ぎ続けていたら――」
 は? 半日?
「ついさっき急にその壁がなくなったのだ。好機と思い再び一直線に全力で泳ぎ、島が見えてきたので海底まで一旦潜水して――」
 ……いや、なんで?
「そんで海底に足をついて力いっぱい跳んだ」
 …………
「そして一気に海上まで跳び、さらに断崖を越えて無事着地すると――そこでお前達がいたのさ」
 ……………………
 やばい。こいつアホだ。
 飛翔魔法を解除して大地に降り立ちながら、そんなことを思った。

『その体から感じる魔力が少なめだと思ったら、体から切り離してこの城に保管してたのね…… それにしても器用ね。魔力を保管する魔法具――自分で作ったのでしょう?』
『強すぎる魔力を有したままで外に出ては、魔物発生率がアホらしい程に上昇するのは目に見えているからな。急ごしらえだが、こちらに来てこの城を根城に決め、直ぐに作った』
 適当に応えながら椅子にどかっと座る。
 精霊神の視線の先にある魔力蓄積装置には、魔なる子に取って代わられない程度の魔力をこの体に残し、それ以外の他の全ての魔力を貯めこんでいる。
『これがあったから、貴方がこの城にいなくても、ここから貴方の魔力を感じられたのね。そして結界は――』
『くだらない話はいい。それよりも……彼女はどうなったのか、まだ聞いていない』
 妙な目つきで色々と話す精霊神にうんざりし、その言葉を遮って例の話を話すよう促す。
 あの目つき、また私が『丸くなった』とか、『希望を信じられるようになった』というような勘違いをしているな…… どうにもこの女はいけ好かない。
『はいはい。せっかちね。実はあの娘だけれど――残念だけど……』
 目線をそらし、表情に影を落として呟く精霊神。
 ……ふん。
『結局あのままであったか…… 所詮人間。絶望に一度負ければ、そのまま消え行く――』
『くすくす』
 そこで、なぜか精霊神は笑う。
『……何だ?』
『私はまだ、残念だけど、としか言っていないわ』
 精霊神は含み笑いをしつつ、こちらを見てそう言う。
 ……何が言いたいのだ、こいつは。
『だから何だと――』
『続きはこうよ。残念だけど、彼女は貴方の大好きな絶望に打ち勝ち、私を押しのけて表に出るようになったわ』
 未だに可笑しそうに笑っている精霊神。
 ……………………
『彼女があのままでいたことは、絶望に負けたままでいたことは、今の貴方にとって残念なことなのね?』
『ち、違う! お前が暗い顔をして残念などというから、お前にとって残念な結果だったのだと判断しただけだ』
 なおも笑い続けている精霊神に向けてそのように返す。
 しかし、精霊神は笑みを浮かべたままこちらを向き、
『そういうことにしときましょうか』
 適当な感じでそのように言った。
 ちっ…… 癪に障る奴だ。

「ウサネコちゃんはどこにいるかしら? 大人しく城にはいないだろうし……」
 キース達をマイラに送り届け、休む間もなくラダトーム城下町へやって来た。適当に街中をぷらぷらしつつ探しているのだが、こんなことをしていてはいつ見つかるのか分かったものではない。
 城へ行ってリシティアートとかって姫さんに訊く――のは無駄か…… どうせあの姫さんからは逃げ回ってるのだろうし。とすると、あと身を寄せていそうな場所は……
「ルーラ」
 取り敢えず思いついた場所へ向かってみることにしよう。というわけで、光の軌跡を残しラダトーム城下町をあとにする。そして向かう先は――
 すたっ。
 無事到着、と。
 こんこん。
 扉をノックし数秒。
 がちゃ。
「はい――あら、アマンダさん」
「おっす、リッツァ。ウサネコちゃんがどこにいるのか知らない?」
 適当に挨拶をし、世間話をするでもなく用件のみを訊くと、リッツァは一瞬呆け、それから含み笑いをした。
「……? どうしたのよ?」
「ああ、失礼しました。このところ、来る人の大半がバーニィさんのことを訊かれるので、つい」
 そう応え、姫様や姫様に頼まれた者、何処から嗅ぎつけたのか雑誌記者なども来ました、と続けてまた笑った。しかし、今度のは苦笑というものに分類されるたぐいの笑みだった。正直迷惑しているのかもしれない。
 ま、それが分かったところであたしにできることと言えば、彼女がやって来た鬱陶しい人間達に対して陰険な嫌がらせをしないといいなぁ、と祈ることくらいだ。いや、彼女の自由だし、別にやってもいいけど……あたしに対してでなきゃ。
 と、そんなことはさておき――
「それで?」
「はいはい、バーニィさんの居場所でしたね。一応伝言を預かってます。誰にでも言っていいと仰っていたので、姫様にも嘘を吐かなくてすんで助かってます。え〜と、確かこの辺にメモした紙が……」
 そう言いながら、奥へと向かい棚の引き出しを開けて探っているリッツァ。
 彼女をずっと見ていても仕方ないので、適当に視線を巡らすと――
「よっ、ラリィ」
 ラリィが壁から左半身だけ出してこちらを見ていたので、片手を挙げて声をかけてみた。
 怯えたようにすっと体を引っ込めるんだろうなぁ、と予想していたのだが、それに反してラリィは、首だけを軽く傾けて礼のような仕草をした。ただ、その後はやっぱりぱっと引っ込んで出てこなくなってしまった。
 ただまあ、ああやって挨拶らしきものを返すんだし、ちょっとは人見知りが直っているらしい。
「ああ、ありました」
 と、そこでリッツァが一枚の紙片を手にしてこちらへ来た。
 それに合わせて、ラリィも壁の陰から飛び出して、リッツァの陰に滑り込む。
 直接相対するのは恥ずかしいけど、リッツァの陰に入っていれば安心するということだろう。将来シスコン確実って感じね。
「ええと、バーニィさんはここに行くと言ってましたよ」
 あたしの勝手な思索を遮り、リッツァが紙片の文字が書かれている面をこちらに向ける。そこに在った文字列は――
 なるほど…… これなら姫さんどころか、こっちの奴らは誰も行けんわな。ウサネコちゃんのくせに中々考えたじゃない。
「わかったわ。サンキュ、リッツァ」
「いいえ、どういたしまして」
 リッツァはそう簡単に言ってから、あっと小さく声を漏らす。そして、こちらに近寄り耳打ちをしてくる。
「たぶん、姫様本人か姫様に頼まれた誰かが家をはってます。その紙に書かれているところが何処なのか知りませんが、向かう際は少し注意されるといいですよ」
 そこまで囁いて、あたしから離れて微笑む。
 ……あの姫さんはアグレッシブっつーか、なんつーか。
 リッツァはリッツァで、家をはられている状況に動じていないし。何かこっちの奴ら、一癖も二癖もありすぎ……
 ま、いいけどさ。だからこそ面白いわけだし。
 今、姫さんにウサネコちゃんを差し出すわけにはいかないけど、用事が済んだら心置きなく差し出したいわよね。あれは眺めている分には十二分に面白いし。ウサネコちゃん本人はいい迷惑だろうけど……っていうか、よくよく考えると彼はそれほど嫌がる必要があるかしら? 逆玉で顔もいい。性格がちょっとアレだけどって、そこか……?
 と、そんなことを考察していても仕方ないか。
 さて、まずはカモフラージュのためにマイラに一旦ルーラで向かってみて、様子見といきましょうか。ウサネコちゃんのことがなくても、こっちの奴を向こうに連れて行くのもどうかって感じだし。
「んじゃ、行くわ。忠告どうもね」
「いいえ。私としましては姫様を応援したいのですが、もしかしたら今あとをつけられるとアマンダさんが困るかなと思いまして」
 そのようににっこり笑顔で言うリッツァ。
 ……この娘は勘がいいのか、何がいいのか。とにかくちょいと怖いわ。
 まあ、有り難いのは確かだけど。
「重ね重ねどうも。それじゃ、邪魔したわ」
「またいらして下さいね」
「……あ、えと――ばいばい」
 真っ直ぐとこちらを見て微笑みながら言ったリッツァと、彼女の陰から顔だけ出して、かろうじて聞こえる声量で言ったラリィ。
 極度の人見知りは直したほうがいいだろうけど、それはともかくとして、ラリィがリッツァに似て育たないといいなぁ、と思うのは自然なことよね?
「ルーラ」
 妙なことを考えながら飛び立つと、なるほど確かに一緒に飛び立つ者がいた。
 ただ、いまいちスピードが出ていないよう。ルーラではなく、ただ飛ぶだけの魔法を使っているっぽいけど、慣れていないのかこちらのスピードについて来れていない。
 段々と距離が開いていくが、向こうが完全に見失ってしまうほど開く前に、あたしはマイラの町の入り口に降り立つ。
 向こうもそう離されていたわけではないため、こちらがこの辺りに降り立ったのは見えただろう。現在向かってきている所ではないかと予想される。
 というわけで、今直ぐ飛び立てば鉢合わせるかもしれない。
 それを避けるために――
 しゅっ!
 ざわざわ。
 閑静な森の静けさとは打って変わり、繁華な街路のざわめきに包まれる。
 ふぅ…… 長距離空間転移はちょい疲れるわ。でも、空間転移で移動しないと見咎められちゃうかもしれなかったしね。
 ちなみにここはラダトーム城下町。繁華街に突然現れた形になるため、何人かが驚いた顔をこちらに向けていたが、直ぐに何でもないかのように過ぎ去って行った。
 こんな風にあまり驚かないでくれるのは、『魔族』の国の首都であるゆえかしら?
 ま、そんなことはともかく、あとは目的の場所に――
「ルーラ」
 本日何度目になるか分からない飛翔魔法を唱える。
 目的地は――ノアニールの近くの農村。ウサネコちゃんの家があるところ。

『ところで、気づいてた?』
 そのように訊くと、シドーは訝しげにこちらを見た。
 この表情は、何のことだか分からないというよりは、どちらのことを言っているんだというようなことを考えているのだろう。まあ、私の疑問はどちらに対しても適用されるのだけれど……
『訪問者がいることには?』
『気づいているぞ。放っておいているだけだ』
 そう答えてから彼は、肝心の魔なる子の姉がおらぬようだしな、と続けた。
 確かに、この城に今来ている者達の中にアマンダはいない。恐らくだけれど来ているのは、ジェイ君とエミリアちゃん、アラン君、メルちゃん、それからオルテガ君といったところか?
 十中八九、『私』を追って来たのだろう。ケイティちゃんを取り戻すために。
 オルテガ君は少し事情が違いそうではあるけれど、彼らからその話を聞いたら同じ目的を持つだろうから、今のところは敵対してしまうことになりそうだ。
 まあ、それは私の事情。シドーには関係ない。訪問者の存在を認知しているのなら、後は私が口出しすることはない。
 というわけで、もう一つ……
『なら、結界が消えたことには?』
『そちらにも気づいていた。しかし、もう張りなおしている。お前こそ気づいていないのか?』
 私の疑問に簡単に答え、彼は可笑しそうにそう訊き返してきた。
 張りなおしている? 結界を?
 …………
 あら、本当……
 意識して調べてみると、確かに外の結界は元通りになっている。
 まあ確かに、彼の魔力が齎す外への影響を軽減するための結界なのに、解かれてそのままにしていては仕方がないというものだ。ただ、それにしても仕事が速い。さすがというか、何というか。
 そんなことを思いながら、積まれているカードに手を伸ばす。
 すっ。
 おっと…… これはちょっとまずいわね。仕方がない…… 少し心苦しいけれど、指摘させて貰おう。
『私はフォーカード――』
『あら。ちゃんと交換する前の――袖の中のカードを見せて貰えるかしら?』
 涼しい顔でインチキをしたシドーの言葉を遮り、そのように言う。
 すると彼は、渋い顔をして舌打ちをし、袖の中の五枚のカードをばら撒いた。役はなし。
『私はツーペアよ。インチキ前のカードよりも弱かったらどうしようかと思っていたけれど、よかったわ』
 安心して笑いながら声をかけると、シドーはこちらをつまらなそうに見詰めた後そっぽを向き、
『罰ゲームは何だ?』
 と訊いた。
 予め、負けた方は勝った方が指定する罰ゲームをこなさなければいけない、と決めていたのだ。
 そうねぇ…… 何がいいかしら。
『じゃあ、腕立て伏せ千回』
『なんだ…… 易しいな……』
 私の提案に、シドーは拍子抜けしたように言った。
 どんな無理難題をさせられると思っていたのだろうか?
『これでも人の間で神と祀り上げられているものですから』
 苦笑して言うと、シドーは口元だけで笑って、
『なるほど、慈悲深い女神様だな……』
 そう応えてから、腕の力のみで体重を支え、上下運動を始めた。

「はあぁあ!」
 気合と共に父さんが振るった剣は、たてがみの生えた有翼の獣を真っ二つに切り裂いた。そして、息つく間もなく次の相手に向かう。
 アランさんやメルもまた、人骨に似ているが手が六本ある時点で人骨ではあり得ない剣を六本構えた魔物たちや、紫色のローブを身にまとった魔法使い然とした魔物たちを相手に奮闘している。
 かく言う俺も、マイラの近くで見かけたエルフの出来損ないっぽい奴によく似た魔物を切り伏せまくっている最中だ。
 弱いんだが、数が数なんでちょいときつい。
 ひゅっ!
 うちの一匹が手にしている鞭を振るった。
 それを半歩後ろに下がり避け、その先端を剣で切る。鞭はその役目を果たせなくなり、魔物がそれに戸惑っている隙に詰め寄って、斬る。
 そして左前方、『紫ローブ』が複数いたので、駆け寄っていって片っ端から斬り捨てていく。こいつは、瀕死の奴まで回復するザオリクを使うため性質が悪い。さっさと全滅させて――
「おりゃ!」
「ていっ!」
 俺が『紫ローブ』一体を斬るとほぼ同時に、メルがやはり『紫ローブ』を気功を込めた拳で殴った。それで周りにいる『紫ローブ』は倒しきったよう。
 さて残るは……
 アランさんと父さんがいる方向へ瞳を向けると、それぞれ『人骨もどき』を相手にしていた。アランさんが一体、父さんが二体を相手にしている。ざっと見回して他にはいないので、俺はエミリアの元へ駆け寄って休むことにした。
「お疲れ様、ジェイ」
「おう、サンキュ」
 微笑んで言ったエミリアに返し、隣に腰掛ける。
 すると彼女は、俺の腕を取って、肘に治療の光をあてがう。気づかなかったが、いつの間にか傷を作っていたらしい。しばらくすると、これでよし、と言って俺の腕を下げるエミリア。再度礼を言うと、嬉しそうに笑って俺の手を握った。
 あ、そうそう。ちなみに、俺が戦っている間エミリアは魔物を避けて隅で座り込んでいたのだが、彼女は別にサボっていた訳ではない。どこでシドーに出くわすか分からないし、その時にエミリアの魔力が尽きていてはことだからと、俺が休んでいるように言ったんだ。まあ、エミリアの魔力が尽きることなんてまずないとは思うけど、万が一ということもあるし、間違ってシドーに相対してしまったなら、力をいくら温存していても、しすぎということはないだろう。
 それはともかく、アランさんと父さんの戦いぶりでも見るか。
 しかし、そう思って瞳を向けた時には、父さんは二体の『人骨もどき』を片付けてしまっていた。彼の周りに砕けた剣や骨が落ちていることから、例の豪快さで相手の剣もろとも本体をも砕いたとか、そんなところだろう。
 一方アランさんは、まだ『人骨もどき』と戦っていた。とはいえ善戦しているようなので、父さんもメルも加勢するそぶりは見せない。俺と同じように観戦を決め込んでいる感じだ。
 剣六本を操る『人骨もどき』は、剣一本で相手をしているアランさんよりも有利に思える。しかし、そもそも剣の腕自体が然程よろしくないようで、剣六本が襲い来てもアランさんは余裕でさばいている。
 彼は剣を上手く使って『人骨もどき』の得物三本をさばき、一本を体を沈めて避ける。そして残りの二本は、一本を左手で奪い取り、奪い取った得物でもう一本をを受けるということをしていた。そうして、隙を見て自身の得物を振るい、風をまとわせているそれで頭蓋骨を両断した。
 父さんとは違って、力任せではなくて見ていて楽しい勝ち方だ。まあ、父さんがどうやって勝ったかは見逃したわけだけど、さっき予想したように力任せに吹っ飛ばしたりとか、そういう勝ち方だったんだろうよ。
 ま、そんなことはいいか……
 これで今この場にいた魔物は倒し切ったわけだし――
「よし。じゃ、あっちのいかにもな扉を開けるとするか」
 そう言って指差した先には、明らかにこんな大きさはいらないだろ、と突っ込みたくなるような大扉。大人が縦に三人くらい重なっても余裕で通れるくらいの大きさがある。あそこを開ければシドーがいるなんてことにはならないだろうが、それでも何かがありそうな予感は漂う。
「そうだな…… よしっ!」
 俺の言葉に相槌を打って、父さんが扉に駆け寄る。そして、その扉に対して全体重をかけて押す。
 いくら人間離れした行動を見せまくっている父さんでも、これだけ大きい扉を独りで開けるのは無理だろう、と思ったんだけど――
 きぃ……
 高い音をさせながらゆっくりと開いていく扉。
 案外すんなり開くのな…… ま、いいけど。
「んじゃ、入るか」
 そう言って警戒心まるでなしで扉を潜る父さん。
 罠があったとしても独りで害を被ってくれるんなら、別に文句はない。まあ、何も起きないみたいだし、特に罠らしきものはないみたいだけど……
 父さんに続けてメルもスタスタと奥へ進み行く。更に続けてアランさん。
 俺とエミリアはその更に後に続き――
 ばたんっ!
「げっ!」
 俺らが奥へ進んだ瞬間に、背後で扉が音を立てて閉まったため、思わず声を上げる。
 それで振り返ろうとした時――
『我らはここより続く部屋を護るもの…… 先に進みたくば我らを倒して行くがよい……』
 そのような声が響いた。その声の主を求めて視線を巡らすと、部屋の中に建っていた人をかたどった石像六体がゆっくりと動き出した。それぞれ先ほどの扉と同じくらいの高さをしており、まさに巨人といった感じ。
 ……なんか、ベタなのが出てきたな。
「うわぁ〜。すご〜い! 何あれ、カッコいい〜!!」
 と、瞳を輝かせて馬鹿な反応をしたのはメル。
「確かに…… 一家に一体欲しいな。連れて帰るか」
 同様に瞳を輝かせて言ったのは、うちの父親。
 いや…… あんなの家にいたらちょっとなぁ……
「メルもオルテガさんも、妙なこと口走ってないで!」
 まともな意見を叫びながら、剣を構えるのはアランさん。その視線の先では、動き始めの時とは違い素早い動きでこちらに向かってくる石像達。
 アランさんが右側に移動し、そのうち二体を引きつける。
 残り四体はこちらを目指してくるが――
「う〜ん、残念だけど、倒すしかないか……」
 どがあぁあ!
 そう呟いてから、メルは向かってきた一体の右足に気功を投げつけた。それにより石像の右足は大破し、石像はバランスを崩して倒れる。そして、石像との間を瞬時に詰め、気功を込めた蹴りを体に叩き込み、一体が沈黙。
 それを見届けてからアランさんに目を向けると、一体は既に沈黙したようで二体目を相手にしていた。
 相手の右腕による攻撃を避け、その攻撃が床を砕く中、相手の足元へ踏み込んで剣を一閃。すると、それだけで石像は沈黙してしまう。
 ……?
 一瞬、なぜそうなったのか分からなかったが、そういえば彼が持っている武器は、斬った相手の魔力を抜き去る力があると聞いた覚えがある。だから、先の攻撃だけで石像が内に含んでいる魔力が抜き去られ、それで沈黙してしまったのではないか。
 ま、そういう細かいことはどうでもいいと言えばどうでもいいけど…… 倒せたんだし、それほど気にしなくてもいい。
「ま、持ち帰っても置く場所に困るか……」
 と、そこでやはり、うちの父親もメルのように残念そうに呟いて、瞬時に残っている石像の一体に詰め寄る。そして剣を一閃すると――
 しゅっ!
 剣のきっさきが描く軌道を見ることが出来ないほどの鋭い一撃が、石像の両足を斬り崩す。そんなで動けるはずもなく、石像は手をジタバタさせてもがいていたが、直ぐに父さんがその手と頭をも斬り裂き、四体目沈黙。
 俺も見物しているだけではつまらないので――
 だっ!
 メルと父さんを避けてこちらへやって来た残りの二体に、こちらからも駆け寄る。
 タイミングを合わせて、二体同時にこちらへ殴りかかってきたが……
「とっ」
 前方へ倒れこむ形でそれを避け、二体の足元を抜けて後ろへ回り込む。そこで、剣を力の限り振るい――
 どがっ!
 斬るというよりは砕くという風に、一方の右足と他方の左足を破壊する。メルや父さんと同じ攻略法でいまいち新鮮味がないけど、これだけでかい奴を相手にするならまずは足を攻めるしかない。かぶるのも仕方がないというものだ。
 そして――
「メル。そっち殺ってくれ」
 比較的近くにいたメルに片方の退治を頼みつつ、他方の、床に転がった石像の上半身を駆ける。取り敢えず、気分的に頭を潰せばよさそうだよな。
 ひゅっ! ひゅっ!
 なおも残った両手でこちらへ攻撃を仕掛けてくる石像。その二撃を寸でのところで避けつつ、なおも駆け――
「はあぁあ!」
 気合と共に剣を石像の頭に振り下ろす。
 ばきいぃい!
 すると、派手な音と共に頭は砕け散り、期待通り石像は動かなくなった。
 メルももう一方の頭を気功を込めた拳で砕く。
 結果、全ての石像が沈黙した。
 すると、入ってきた扉と、石像が遮っていた側にあった扉がいっせいに開いた。どういう仕掛けなのか知らんけど、中々に凝っている。
 この奥にルビスやシドーがいるってのは、いくらなんでも都合よすぎだよな。更に奥があると思っとく方が妥当か?
 そのようなことを考えつつ、奥へ行ってみると――
「玉座だな。それも二つ」
 奥の部屋には見事な装飾の玉座があった。着飾った王とその奥方が座していたとしたなら、いかにもしっくり来そうな雰囲気だった。
 この城も今やシドーが居を構えてはいるが、昔はそういう立場の人がいたのだろう。というか、そうでなければこんな城があるわけがない。もしかしたら、今のラダトーム城ができる以前の大昔、こちらの城こそがラダトームの城だったのかもしれないな。
 ……と、そんなことより、気にしないといけないことがある。
「行き止まり、かな〜?」
 間延びした調子のメルの声。
 そう。ここには玉座があるだけで、他へと続く通路などはなかった。
「そのようだな。とすると、入り口から入って右に進めばよかったのかもな」
 アランさんがそのように応えて踵を返し、入ったばかりの部屋を辞そうとする。
 けど――
「待った。わざわざ石像が護っていたような部屋ですよ? 隠し通路がないか調べてから戻ってもバチは当たりませんって」
 そう声をかけると、アランさんは少し考えてから、それもそうか、と呟いてこちらへ戻ってきた。
 メルと父さんも、なるほど、と呟いて、そこら辺を壊し――もとい、探り始めた。
 そうしてしばらく経ち、父さんが玉座の後ろの辺りの床を蹴りでぶち破ると、そこには下へと続く階段があった。
「ここじゃないか?」
「お〜。隠し階段! いかにもって感じ〜。おじ様すご〜い! かっこい〜」
 父さんが得意げに言うと、メルは大げさにリアクションして、鬱陶しいくらいに褒めそやした。
 それを受けた父さんも、やはり大げさに対応し、そして二人で高笑い。
 うぜ。寧ろお前らが親子になれよって感じ?
 うんざりして深くため息を吐いてから、見つかった隠し階段へと近寄る。奥が暗くなっているので何とも言えないが……
「どうだ? エミリア」
 訊いてみると、エミリアは少しの間沈黙し、答える。
「奥から強い魔力を感じるし、ここで間違いないと思う」
 そう言って、右手の人差し指を立てて、その指先に炎を灯す。それを光源にして奥へ行こうというのだろう。しかし――
「ちょい待て、エミリア」
 エミリアを止めてから、俺はアランさんの方を向く。
「アランさん。剣にメラ系付加させて」
 そのように声をかけると、彼は直ぐに得心が行ったようで、抜き身の剣を構えて瞳を閉じ集中を始めた。
 ぼっ。
 直ぐに剣は炎に包まれ光を発す。
「これはしばらく保つんですよね?」
 そう訊くとアランさんは一度頷いて、隠し階段の一段目に足をかけた。
 エミリアは必要のなくなった炎を指先から消し、少し不満そうにアランさんを見る。活躍の場を取られた気分なのだろうけど、魔力の温存はしておきたいのだし、仕方がない。
 さて…… できればシドーに会わずにルビスだけに会って、馬鹿女奪取といきたいもんだな。
 ……たくっ。あの女、面倒かけやがって。

 インチキを許さず真っ向勝負をさせると、彼はとんでもなく弱かった。運というものを欠片も持ち合わせていないのではないかと思わせる。そんなわけで、罰ゲームは彼ばかりが受けることになっている。今や、罰ゲームを出す側が何をやらせればいいか深く悩まなければいけないほど大抵のことをさせてしまっており、寧ろこれも罰ゲームよね、などと考えている。
 先ほどの勝負も、私の役がストレート、彼の役はワンペアで私の勝ちであった。それで罰ゲームを何にしようか悩んでいる真っ最中だ。既にやらせたものをもう一度、というようにしてもいいのではあるが、なんとはなしに毎回違うことをさせたくなるのだ。
『まだか? さっさと決めろ』
 悩みだして数分経つと、シドーは苛立った様子でそう言った。
 確かに、私も少々悩みすぎだとは思うが、このように急かされると焦ってしまう。実際、益々深く悩みこんでしまった。どうしたものかしら……?
 そうだ!
『この後の質問に正直に答えなさい』
『? それが罰ゲームか?』
 私が彼を指差し言うと、彼は眉根を寄せて訝しげに訊き返した。
 彼が妙な顔をするのも分からなくはないが、敗者にこちらを訝しむ権利なんてないのよ。
『どうして向こうとの間の穴を開いたままにするのかしら?』
 そのように訊くと、シドーは元々不機嫌そうだった表情を更に険しくした。
 彼がこちらに来るために、無理に『穴』を開けたのはまあ当然だ。そうしなければ来られないのだから。そして、百歩譲って、アマンダ達がこちらに来るまで『穴』をあけつづけていたのもまた当然だとしよう。しかし、彼女たちまでもがこちらに来た以上、彼が『穴』をあけつづける理由などない。
 あの『穴』は、一度あけてしまえばいつまでもあいているという類のものではない。あけつづけるためには常にそのための魔力を使っていなければならない。それなのにあけつづけているというのは、どういうことなのか。私なりの推論は持っているものの、やはり本人の口から聞きたいものだ。
『答えることを拒否する』
 シドーは簡単に応え、次のゲームに向けてカードを切り始める。
 しかし、そうは問屋が卸さない。
『駄目よ。敗者は絶対服従』
 笑って声をかけると、彼は瞳を細めてこちらを見詰める。しばらくすると、観念したように深く息を吐き、口を開く。
『……奴らが怖気づいて帰りたくなった時に帰れるように、あのままにしている。弱い奴の相手をするのは鬱陶しいからな』
 適当な口調でそう答え、再度カードを切り出すシドー。
 やっぱりそういうことだったのね……
 ところで、シドーは憎まれ口を叩いたが、実際はアマンダ達のことを想っての行動ではないかと私は踏んでいる。口にすれば、彼は即座に否定するだろうけど。
『次は負けんぞ』
 カードを切り終え、自分と私に五枚ずつ配り、シドーは真剣な表情でそう言った。
 ……ふぅ。私としても一回くらい負けてあげたいのだけれど、有利なカードまで捨てて五枚総替えしてみても、強い役が出てしまうのだからどうしようもない。
 彼の運が悪いのか、私の運が良いのか。それは神のみぞ知るという奴かしらね。

 日が傾きかけた頃、近所で飼われている牛がひと鳴きしたと思ったら、突然走り出した。
 えらく必死な様子であり、牛の表情を判別することはできないが、それでも何かに怯えているのではないかという予想が立てられた。牛が向かう先とは真逆の方向に何かがいるのかと視線を向けると――
「…………何やってんだ? あいつ」
 体躯のしっかりし過ぎた男を瞳に映し、思わず呟く。
 そして、気を取り直して、大またで歩いているその男に近寄る。
「カンダタ……だろ?」
「ん? おお、バーニィ! よく分かったな。マスクしてねぇってのに」
 短く刈った黒髪。そして、こちらを見詰める黒い瞳。平たい鼻の下には大きな口。初めて見る顔だが、その口から発せられる声には聞き覚えがある。一部で変態との異名をつけられている、大盗賊カンダタ。
「マスクなくても、相変わらずパンツ一丁なら分かるっつーの。てか、何の用だよ? ここにゃ金目のものなんてないぞ」
 あるとすれば、野菜や穀物くらいだ。まあ、これだって売れば小銭は稼げるだろうが……
「ちげぇよ。仕事ならマスク外さねぇって」
 目じりを下げ、両端を持ち上げた口から歯をむき出し、可笑しそうに笑うカンダタ。
 ……それもそうか。けど、だったら何をしに来たんだって話だよな。
「ここにゃ俺の家があるんだよ」
 ……は?
 簡単に答えたカンダタの言葉に、俺の時間は凍りつく。
 いい加減つき合いも長くなったし、こいつの奇抜な格好にも慣れてはきたが、それにしたってこんな変態的な格好の奴と、同業な上に同郷ってのはちょっと……
「あら。珍しい人が来たわね」
 そこで、鍬を引きずりながら俺の母親がやってきた。
 口ぶりから察するに、カンダタと知り合いのようだが…… とすると、やはりこいつと同郷か。何かヘコむな……
「おう。久し振りだな」
「急にどうしたのよ。迷惑がかかるから来ない、とか言ってたのは何処の誰だったかしらね」
「なぁに。今帰ってこないと一生後悔しそうな予感がしてな」
「何よ、それ」
 俺が頭を抱えてしゃがみ込んでいると、何やら仲良さげに会話している二人。
 まあ、カンダタがここの出身なら、二人が知り合いで仲良かろうと不思議はないわけだが、母親があれと仲良くしていると、まるで自分がますますあれと親密になっているみたいに錯覚して更にヘコむわ。
「なあ?」
「何だ?」
「なあに?」
 声をかけると、二人は同時に訊き返した。
 仲のよろしいこって……
「どういう知り合いだ?」
 取り敢えず、まずはそこを訊いとこう。まあ、幼馴染とかそれ系だろうが――
『夫婦』
 ばきどがばしゃああぁあぁぁあん!!
 二人同時に紡いだ言葉に対し、俺は倒れこむ。そして、その倒れこんだ先にあった看板を破壊し、その上地面に置いてあった水入り桶に顔を突っ込んだ。
 直ぐに起き直り、右手で両目を覆う。落ち着けー。
「何だって?」
 もう一度訊いてみた。
『だから夫婦』
 …………
 聞き間違えじゃないでやんの…… てーと、あれか? カンダタが……
 塗れた髪がでこにかかって邪魔だったので、右手でかきあげて後ろに撫で付ける。そうして再度考えてみる。
 ……ただ、どう考えても、答えは二つに絞られる。
 変態仮面の実子か、そうじゃないか……
 ただまあ、俺がカンダタの変態っぷりを引き継いでいないことを考えると、だ。
「なるほど。俺はお袋の連れ子で、カンダタは俺の義理の父親と――」
『んーや。実子、実子』
 がくっ。
 膝から崩れ落ち、地に両手をつき、うな垂れる。
 かつてこれ程の衝撃があっただろうか?
「この世には、神も仏もないのか……」
「大げさねぇ」
 思わず呟くと、お袋が呆れ顔で言った。
 いや、こんな時ほど先の台詞がしっくりくる状況もまずないと思うぞ……
「是非パパと呼んでいいぞ」
「……『パパ』はあり得ねぇから」
 『親父』辺りが妥当だろ。俺的にも、こいつの外見的にも。
「つか、今まで散々帰って来ねぇで、よく顔出せたよな」
 つい口に出してから、少し嫌味っぽかったかとも思ったが、向こうは気にした風も見せずに返す。
「さっきも言ったろ? 今帰らないと後悔しそうな気がしてな」
「……勘ってやつか?」
「ま、そうだろ。根拠ねぇんだし」
 肩をすくめて言ったカンダタの後ろで近所のガキが、変なのがいる〜、と言いながら彼を指し、小走りで家に向かっていった。親に、外にパンツ一丁の人がいるよ、とでも話に行ったのだろう。
 このままだと近所から、しばらく好奇の目を向けられることになってしまう。しかし! 今ならまだ、子供の見間違いとして処理することが可能だ。
「た、立ち話もなんだし、家に入ろうぜ」
 そう言ってカンダタを引っ張って家まで超特急で向かう。お袋も少し遅れてついて来る。
 そして、カンダタを家にすべり込ませてから振り返り、子供が入って行った家の方を見ると……
 目を向けた時に、丁度親が出てきたところだった。
 よし! このタイミングならカンダタは見られてないだろ。
 向こうがお袋に、変な人を見かけませんでしたか、などと問うているが、お袋は適当にはぐらかしている。グッジョブ、マザー!
 そうしてしばらくして、お袋が家に入ってきて話が再開する。
「ここにきて急に帰ってくるとなると、相当凄い予感みたいね」
「まあなぁ。つっても、何がどうでどうと説明できねぇぞ。それから、具体的にいつどの時に対しての予感なのかもわかんねぇから、しばらくは滞在する予定だ」
 うちの団の次期頭領まで決めてくる周到さだ、と言って胸を張るカンダタ。
 そんなん自慢されてもな…… つか、滞在するんならまともな服を着て欲しいぜ……
 コンコン。
 そこで、扉を叩く音が響いた。
 ……近所の奴がカンダタを確認に来たとかじゃないだろうな。
「はぁい」
 お袋が返事をしながら扉を開くと、そこには――
「どうも。この間も来たけど、息子さんの知り合いですよ……って、変態がいるし」
 アマンダがいた。お袋に対して適当に挨拶してから、こちらを見てカンダタを見咎める。ただ、それ程驚いていないようだった。なぜだろうか?
 ま、それはともかく、こいつが来たってことは愈々シドーと対決か…… しばらくはカンダタとの共同生活に頭を悩ませなくて済むな。帰ってきてから、近所の目がどうなっているかが気になるが…… あ、そだ。
「お前、この間はよくも――」
「ちょい来て」
 ラダトームで嵌められ、その上置き去りにされたことについて文句を言おうとしたら、アマンダが珍しく真剣な面持ちで腕を引っ張った。そして、お袋とカンダタから少し離れたところに落ち着く。
 そして――
「これから話すことを聞いて、その上で選んで」
 そのように切り出した。

『そろそろここまで来てしまいそうだな』
 予想よりも早くここへ近づいてくる侵入者の気配に、思わず声を漏らす。
 すると、精霊神はしなやかに上げていた両腕を下ろして、そうね、と呟いた。
 彼女は今、罰ゲームとして舞を披露している最中だ。先ほど漸く私が、記念すべき一勝を打ち出したのだ。見事なまでのスリーカードだった。
『このままここに踏み込まれるのも嫌でしょう? 私が行ってくるわ』
『私は別に構わんが……』
 鬱陶しいことは確かだが、軽くのして外に叩き出すくらいわけはない。
 そのように正直に答えた。
 それを受けた精霊神は、ゆっくりと私の後ろ――魔力蓄積装置を指差し、口を開く。
『万が一壊されでもしたらことじゃない。そうじゃなくても、魔力を拡散されかねないわよ』
 彼女はその後に、ジェイ君やエミリアちゃんは侮れないわよ、と続けたが、それがどの人間のことなのか分からない。まあ、どうでもいいが……
『……ふん。まあ、行かせる理由もないが、行こうとしているのを止める理由もない。好きにしろ』
 暇つぶしの相手がいなくなるのはある意味困るが、そんな理由で止める気は起きない。
 手持ち無沙汰でカードを切りつつ言うと、精霊神は、有り難う、と言って空間転移の準備に入った。
 ……
『貴様が消えようがどうなろうが、私にとってはどうでもいいことだが……』
 そのように切り出すと、精霊神はこちらを訝しげに見た。
 このようなこと、言わずともいいのだが……
『まあ、一応気をつけろ』
 音を口から放つと、精霊神は寸の間呆けた。
 しかし直ぐに笑い出し、途切れ途切れに、行ってくるわ、と口にし、行った。

 ぎゃああぁぁあおおぉぉお!!
 一階で地下への通路を見つけてから数時間。わたし達は魔物を倒しつつさまよい、二回ほど階段を下り、そして今、地下水路の上に建った橋の上で、数本の首を生やした龍が咆哮を上げるのを目の前にしている。ジパングで戦ったヤマタノオロチに似てるけど、微妙に色が違うかな〜?
「取り敢えず散ろう! ブレス攻撃――をするか知らないが、もしする場合、一塊になっていたら一網打尽にされる!」
 アランさんのその呼びかけに全員従い、それぞれオロチもどきの四方に散る。ちなみに、エミりゃんはジェイと一緒。
 ぶわああぁあぁぁああ!!
 やはりというかなんというか、オロチもどきはその口から炎を吐き出した。ただ、全員散っていたのが功を奏し、それぞれ首一つ、ないしは二つからのブレスを受けるだけで済んだ。そのためか比較的避けやすかった。あれが全部の首からこっちに吐き出されたら、ちょっと避けらんないよね〜。アリシアさんいないから防げないし。
「どりゃあぁあ!」
 そこでおじ様が、気合と共に首の一本を斬り落とす。
 ヤマタノオロチみたいに直ぐに再生したりするのかな〜と思ったんだけど、特にそういうこともないようで、オロチもどきは苦しそうに叫んでいる。
 あの再生力がないんなら、楽勝〜?
 アランさんやジェイも、オロチの攻撃を避けつつ、順調に首を斬り落としている。エミりゃんだけは、ジェイの言いつけを守って魔法を使わず、少し下がってジェイを応援している。まあ、偶に攻撃の矛先にされ、それを防ぐために魔法を使ってはいるみたいだけど、そこは許容範囲っしょ。
 と、他の人を観察してる場合じゃなくて……
 たたたっ!
 わたしもオロチもどきに駆け寄る。幾つかの首が体当たりをしてくるけど、それ程鋭くもないその動きは容易に見切れる。体当たりの悉くを避け、かの者の足元に至る。そして――
「てやあぁあっ!」
 気を込めた一撃を体に叩き込む。
 どがあぁあ!
 オロチもどきは吹き飛んで、橋の向こう岸の壁にぶち当たった。
 それで仕留めていてもおかしくはないけど、念のため追い討ちをかける。特大の気弾を作り出し――
「はああぁあ!」
 気合と共に打ち出すと、壁際で愚鈍に起き上がろうとしていたオロチもどきに瞬時に至る。
 ぼがあぁあんっ!
 派手な爆音が響き、オロチもどきの体は四散した。肉片や血が飛び散っている。
 ……うわ。ちょっとグロい〜。手加減すればよかったかも。
 そんなことを考え、少し鬱になっていると――
 ぱちぱちぱち。
 突然、手を叩くような音が聞こえ、わたし達は急ぎ振り返る。そこには……
『ここは魔力があり得ないほどに満ちているから、困ったことに魔物も強くなりがちなのに、貴方達にかかると大した手間にもならないのね』
 笑顔でそのように声をかける知った顔。でも、彼女は彼女ではない。
「ケイティ、ではないな?」
 そう訊いたのはおじ様だった。
 彼女がケイティでないことは皆知っていることだから、このように訊くのは胡乱に感じる。でも、おじ様にはそのことを教えていなかったし、そういう意味ではおじ様が凄く鋭いということになる。ケイティの中の人もそのように感じたのか、感心したようにおじ様を見詰めた。
『鋭いのね、オルテガ君は。魔法の素質はそれ程なさそうなのに、魔力の感じでわかったのかしら?』
「細かいことは知らん。勘だ」
 おじ様はそう答えてから、君づけは止めてくれ、と言った。
 確かに、おじ様の子供であるケイティの口から『オルテガ君』なんて呼ばれるのはちょっと気になるかもね。
『ではオルテガね――』
 すっ。
 がっ!
 ルビちんの言葉の途中で、ジェイが彼女に切りかかった。
 でも、ルビちんは大きく跳んでその一撃を避け、わたし達との距離をあける。
 彼女は避けたけれど、剣の軌跡を見た限りでは、ジェイの剣は彼女にかすり傷をつけただけだったろうと思う。ルビちんがいた場所と、剣の軌跡から得た想像だから、確実ではないけど……
『いきなり攻撃だなんて物騒ね。嫁入り前の大事な妹さんでしょう?』
「別に大事じゃねぇよ。それに、殺る気もないさ。ちょいと痛めつけてあんたがそこから出て行きたくなるようにするだけだ」
 苦笑して声をかけたルビちんに、ジェイは口元だけで笑い、少し機嫌の悪そうな低い声で応えた。
 ケイティのことを『大事な』と評されたために不機嫌なのか、ルビちんがケイティを盾にしているから不機嫌なのか。いずれにしても、抜き身の剣で相手をしてたら危ない気がするな〜。ジェイって大雑把そうだし、手元狂った、とか言って大怪我させそうじゃない?
『その前に話くらい聞いてくれないかしら?』
「お断りだ」
 友好的な態度で言ったルビちんに、ジェイは問答無用で言い放って間を詰めた。そして、彼女の足元を剣で薙ぐ。ただ、それもやはり、彼女にギリギリ傷をつけるかどうかという軌跡を取っていた。あれじゃ、ジェイ自身が言っていた痛めつけることにもならない気がするけど……
 ルビちんはジェイの剣を跳んで避けた。当然、宙にいる間は自由に動けないわけで、そこに再び剣を振るうジェイ。
 小さく振るわれた剣は、ルビちん――というか、ケイティの腕に浅く傷を刻む。
『えっ!』
 そこでルビちんは、驚愕の声を上げて再び大きく後ろに跳ぶ。また距離が開いた。
 それにしても、何に対して驚いてたんだろ〜?
『……魔法剣ね。アラン君にニフラムが使えるとも思えないし、エミリアちゃんかしら?』
 そう呟いたルビちんは少し焦っているように見えた。
 ていうか、魔法剣ってアランさんとか馬鹿レイルが使えるやつだよね。エミりゃんも使えるんだっけ?
「まあね。兄さんにできて私にできないはずもないし。もっとも、初めての試みだったからか、ニフラムの効果がそれ程残らなかったみたいだけど」
 わたしの思考を遮り、エミりゃんはルビちんに鋭い視線を向けて、言った。
 効果が残らなかったとかどういうことかよくわからないけど、期待していた効果が得られなかったってことかな〜? そもそもニフラムっていうのはどういう魔法だったっけ?
『それでも、結構魔力が拡散されてしまったわよ? 参ったわねぇ……』
 ルビちんは、エミりゃんに困ったような笑顔を向けてそのように言った。けど、まだ余裕が感じられる気がする。
「ジェイ戻ってきて。それから兄さんと、お義父様も」
 エミりゃんはルビちんを一瞥してから、ジェイ、アランさん、おじ様と視線を巡らして声をかけた。
 て、わたしは〜?
「わたし仲間外れ?」
「あんたは武器使わないじゃない」
 文句をたれると、エミりゃんは冷めた表情をこちらに向けて簡潔に言った。
 武器使わないからって何なのさ〜。
『今みたいに魔法剣をたくさん作ろうってことでしょうねぇ。大丈夫、メルちゃんもいざ戦闘になれば役に立てるわよ』
 頬を膨らませてふてくされていると、いつの間に来たのか、隣でルビちんが言った。
「不利になっちゃうんじゃないの〜? 止めなくていいの、ルビちん?」
 彼女は余裕綽々でエミりゃん達を見ているので、気になって思わず訊いてみた。
『ルビちん…… まあ、いいけれどもね』
 わたしの呼び方が気に入らなかったのか、少し沈黙するルビちん。
 可愛いと思うけどな〜、ルビちんって。
 そんなことを考えていると、ルビちんは更に続ける。
『仮に私がこの体から追い出されても、望むことへの影響は微々たるもの…… だから、彼らを止める必要はないわ』
 優しさを含んだ笑みで、そんなことを言った。
 わたしの勘が悪いのか、彼女が望むこととやらが何か、見当もつかない。そして、シドーが望んでいることも、やはり分かっていないのだろうと思う。
 シドーが何のためにキンちゃんを殺したのか。その答えは当人に訊けば分かる。
 でも、まだ疑問は残る。
 キンちゃんを殺したことが許せないという理由だけで彼を邪魔していいのか。この問いに対する答えは、人によって分かれるんだろう。肯定と否定に。そして目の前の女性は、否定をするんじゃないかな。
 彼女は、ジェイ達を止めなくても、例え自分がケイティの中から追い出されても、望むことへの影響は少ないと言った。それは言い換えれば、影響は少なくても確かにあるということだ。それなら念のために止めておくのが当然だと思う。それでも止めないのは、他人が持つ想いを閉ざしてまで通すことではないのだとわきまえているからじゃないだろうか?
 それが正しいことなのか。それとも、何があっても我を通すことが正しいのか。これだって、わたしには分からない。けど、彼女の決意に心を動かされている。
 わたしは……
「準備完了! よし、行くぞ!」
 わたしの考え事を遮って、こちらを――隣のルビちんを指差し叫ぶジェイ。
 準備完了ということは、おじ様達の剣には全部、エミりゃんがニフラムとかって魔法をかけたのかな〜? わたしは素手で攻撃しかできないし、やれることといえばルビちんに隙を作って皆が攻撃しやすいようにすることくらい?
 でも、ちょっと考え事続けたいし……
「わたしちょっと見学してるね〜」
 そう言ってみると、アランさんがちょっと反対しそうな気配を見せたけど、ジェイやおじ様がいいぞー、と声を揃えて言ってくれたために、そのまま承諾の流れになった。
 よし、これで戦いを適当に眺めながら、考え事を再開できるね。
 今は、さっきオロチもどきを相手にしていた橋を渡りきっており、通路の一角でルビちんと相対している。私はその通路の壁際へと進んで、壁を背にして座る。
 だっ!
 まずアランさんが走り出した。向かう先は当然ルビちん。
 ルビちんは他の面々に注意を向けながらも、アランさんの動きに合わせて移動する。
 ひゅっ!
 そこでアランさんがまず一撃。様子見のようなものだったのか、ルビちんが難なく避けた後に二撃目が続くことはなかった。
 また、その間おじ様とジェイも走り出していた。アランさんを軸として、おじ様が右側、ジェイが左側を駆ける。
 一方、エミりゃんは後ろで全体を見渡していた。わたしと同じで見学かな〜?
「はっ!」
「てやっ!」
 そこでおじ様とジェイが、ルビちんに左右同時に切りかかる。
 ルビちんは手をかざすだけでそれを弾く――多分スカラって魔法かな――。
 そこで更に、おじ様達の攻撃と少しタイミングをずらして、アランさんが正面から攻撃した。それゆえに、防ぐのも避けるのも難しいと判断したのだろう、ルビちんは空間転移でその場から消えた。
「左前方!」
 と、そこでエミりゃんが突然叫んだ。すると、おじ様達三人が一斉に走り出す。エミりゃんから見て左前方にあたる方向に。
 そして、ルビちんがその方向に現れた。おじ様達が既に近寄ってきていることを知ると、彼女は多少動揺したように見えた。そんな彼女がいるところまでおじ様達が至り、先ほどと同じような攻防が繰り広げられる。
 つまり、エミりゃんの役目はさっきみたいに皆を誘導することかな。ルビちんが現れる箇所をどうやって突き止めているか知らないけど、何か凄いよね〜。
 おじ様、ジェイが軽く攻撃を入れ、そこでルビちんに生まれた隙をついてアランさんが攻撃。再度、空間転移。エミリアが叫ぶ。
 途中ルビちんが魔法を使って応戦したりしているけど、何だか単調になってきたし、見てるのもダルいから、考え事再開しよう。
 キンちゃんのことは大事だった。とても好きだった。それは確か。でも、彼の復讐のためにシドーの邪魔をするのは正しいことなのかな?
 勿論、世界を滅ぼそうとしているのなら邪魔をするべきだと思う。彼がどんなにもっともらしい理由を掲げても、そんなことをさせるわけにはいかない。
 だけど、そうじゃなかったら? 本当に望むことが、もっと善良で、寧ろ世界のためになるようなことだったら?
 わたしはその想いを邪魔してまで、仇を討つべきではないんじゃないかな。
 いや、そもそも、そんな事情がなくたって、仇討ちなんてしてはいけないのかもしれない。誰かを失った悲しみは当然大きいけど、その悲しみが誰かを殺すことで消えるわけもなく、死んでしまった者が生き返るわけでもない。
 なら――
 でも――それでも、こんな風に、ただ頭の中で考えているだけでシドーを完全に許してしまえるわけもない。せめて、会って、それで――
 止めた! 疲れた! 考えるの疲れた!
 いつかキンちゃんにも言われたっけ。わたしは考えるよりも前に動いた方がいいって。
 さっき休んでるって言っちゃった手前、今更戦いに加わるのもちょっとだし、体操でもしながら見物を決め込もう。
 まずは腕を前から上に上げて、背伸びの運動〜。いっちにさんっし……
「はっ!」
 しゅっ!
「私のいる所!」
 体操をしながら眺めていると、またアランさんの一撃を空間転移で避けてルビちんが消えた。そしてエミりゃんが叫んでから走り出す。
 そして他三名はやはり指定の場所へと走る。
 しゅっ!
 現れたルビちんは――
「ベギラゴン」
 紅蓮の炎を生み出しておじ様達に放る。その触手が彼らを包み込もうというところで――
 しゅっ!
 エミりゃんが突然炎の前に現れて右手をかざした。そして炎が掻き消える。
 障害がなくなり、おじ様達がエミりゃんを避けてルビちんに向かおうとしたけど……
 しゅっ!
 ルビちんの姿は彼らの視線の先にはなかった。彼女はエミりゃんの、背後に現れた。
「く――」
『ラリホー』
 エミりゃんが何か行動を起こす前に、ルビちんが彼女の目の前に右手をもっていき、眠りの魔法を唱えた。
 エミりゃんはそのまま崩れ落ちる。
 離れて見ていたからよく分かるけど、ルビちんは、エミりゃんがおじ様達の元に向けて空間転移するのとほぼ同時に、やはり空間転移をしていた。最初からエミりゃんが移動してくると見越して、炎を放ったっぽい。エミりゃんが移動中なら、さっきみたいにどこに現れるとか指摘されないし、炎が視界を遮っているから、ルビちんが元いた場所はおじ様達から見えない。その時を利用してエミりゃんの背後を取って眠らしたんだろ〜と思う。
「くそっ!」
 しゅっ!
 悔しそうにジェイが剣を振るったが、ルビちんはやはり空間を転移して消えた。
 そこでちょっとはへこみムードになるのかとも思ったんだけど――
「アランさん」
 ルビちんが姿を消した瞬間、特に気にした様子もなくジェイが、アランさんに素早く近づき声をかけた。
 と、そこで変な行動をジェイとアランさんが取った。それが何のためなのかは、わたしにはよく分からない。
 そしてその直ぐ後に、ルビちんが彼らから少し離れたところに出現する。
 たたたっ!
 彼女の元へ向けて男三人が駆け寄る。その様子は少し妙で、おじ様を先頭にジェイ、アランさんが縦に一直線になって駆けていく。まるで、後ろの人を隠そうとしているかのように。だけど、それが理由ってことはないだろう。確かにオルテガおじ様はしっかりした体躯の持ち主だけど、止まっているのならいざ知らず、走っている成人男性をまるまる隠せるわけもない。
 とすると、彼らは何のためにあんな風に駆けているのかな? さっきのジェイとアランさんの行動も関係があったりするのかな?

 オルテガ君を先頭にし、並んで駆けて来る三人を見ながら、考える。
 エミリアちゃんが眠ってしまった以上、後は一人一人順に眠らせていけばいいだけだな、と。
 彼女がいなければ、私がどこに現れようと彼らは予測できない。今までのように少し離れた所に移動して油断させつつ、偶に彼らの背後に移動して、同じく眠らせていけばいい。もう一人くらい眠らせることに成功すれば、後は終わったも同然ではないかと……
 それにしても――
 直ぐに迫ってくるだろうオルテガ君の剣筋を読みながら思考を働かせる。
 それにしても、どうにも彼らの戦い方が単調すぎるような気がする。三人一緒に駆け寄り、時間差の攻撃を繰り返す。
 まあ、それを言ったらこっちの動きも決まっていて、二人の攻撃をスカラで弾き、残り一人の攻撃が避けられそうなら避ける。避けられなさそうなら、空間を渡る。そして、攻撃をかわした後は、相手を傷つけない程度の簡単な魔法を放つ。
 単調すぎて飽き飽きしてきたが、多分それが向こうの狙いだ。
 私が、どうせまた同じような展開だろう、と高をくくり始めた時、漸くアラン君が『一撃目』ないしは『二撃目』を担当することになるのだろう。
 今までは必ず、アラン君が『三撃目』要員だった。それは私に、『一撃目、二撃目は問題なくスカラで防げる』ということを意識させるためではないかと考えている。先程のことを踏まえ、ジェイ君とオルテガ君の剣にはニフラムの効果が付加されているのだろう。しかし、アラン君の剣は少し事情が違うのではないか。
 彼の剣は天叢雲の剣。わざわざニフラムを付加させずとも、私を――ケイティちゃんを切れば、私の魔力が全て外に漏れ出すだけの効果がある。天目一箇神に剣を打って貰い、私が魔力を込めて造り出したのだから、その効果の程は知っている。
 では、彼の剣にエミリアちゃんは、更に何を付加させたか?
 おそらくはマジックキャンセル。
 こちらがスカラで剣を防ごうとするのは予想がつくだろう。もしそのスカラを、マジックキャンセルで無効化されたとしたら?
 戦いが始まった当初ならば注意力を保っていられるため、いきなりスカラが無効化されたとしても対処することは可能かと思う。しかし、中だるみしつつある現状で、幾度も『一撃目』『二撃目』をスカラで防いだ後で、いきなり『一撃目』ないしは『二撃目』でのスカラ無効化などされようものなら…… 対処が遅れ、私の魔力が大気中に放逐されてしまうことになる可能性は否めない。
 ただ、そのことを私が認識しているのなら、当然アラン君への注意を疎かにするはずもなく、全員を眠らせ、誰も傷つけずにこの戦いに勝利することも可能だろう。更に、エミリアちゃんが眠りに落ちた今、その可能性は格段に高まったと言える。
 覚悟を決めて来はしたけれど、まだ望みは残りそうだ。
 私の魔力が『あの子』のために費やされずとも、シドーがいてくれるのなら、『結果』に然程影響はない。一番の望みは叶う。けど、私自身が持つ小さな望みは、私が大気中に放逐されて消滅する時をただ待つことになれば、絶対に叶わない。それを避けることが出来るのは、やはり嬉しい。
 そのようなことを考えながら、オルテガ君の剣をスカラを使用した右手で受け、弾く。
 そして、オルテガ君の陰からジェイ君が飛び出す。アラン君でないのだから、やはり左手でスカラを使って――えっ!
 彼の一撃を――『二撃目』を受ける寸前、もう避けることが叶わない時点で気づく。
 ジェイ君が握っている剣は……
 すっ。
 私の腕に真新しい、赤い線が引かれる。
 かつて、五千年程前の私達との戦いでシドーも感じたのだろう感覚――どこかへ吸い出されてしまうような感覚の中で、気づく。『三撃目』のために控えていたアラン君、彼の手にしている剣が何処ででも買えそうな普通の大剣であることに。そして、ジェイ君の手にした得物こそが、天叢雲の剣であることに……

 俺達は引き止めるべきだっただろうか?
 いや、そんなことはないだろう。
 ――今行けば、二度とここへは戻ってこられないらしい……
 そう言ったあいつは少しすまなそうで、けれど強い意志を感じさせる顔をしていた。並々ならぬ決意を持って、ここへ帰れなくても、どこへかは判らないが、行くつもりなのだと、俺もこいつも理解した。
 あいつはもう子供ではない。会わない間が長かったから判じがたいが、だからと言って子供のままだなどという理屈があるはずはない。
 いい大人を相手に、親がどうこう言うのは馬鹿らしい。あいつの好きにさせてやるべきだと、そう思った。
 そして、空に光の軌跡を残して、あいつは行った。
 殆ど初めてと言っていい程久しく家族三人が揃った家は、また二人だけになった。家に意思のようなものがあったなら、いつもと顔ぶれが異なっていることに驚いているだろう。
 けれど、早めに慣れて貰いたいものだ。これからは、この顔ぶれが平常なのだから。
 いい加減、ご近所に顔向けできない家業からは足の洗い時なのだと、隣で嗚咽も漏らさずに頬を濡らす女を見て、思った。

 現在俺は座って休憩中。
 さっきまでは忙しくしてたんだけどな。
 俺がメラ系でオリハルコンという金属の温度を極限まで上げ、いい感じに軟くなったところで、マツナという奴が槌で力いっぱいそれを打つ。そしてマツナの指示があったら今度はヒャド系で冷やす。それがさっきまでやっていたこと。そのような過程を何度か繰り返していく内に、ただの塊だったオリハルコンは剣の形状を取っていった。そうして、剣身ができたのが数分前。
 あとは、俺らとは違うところで剣格、剣柄を加工しているキースやドルーガの作業が終われば完成――なのか? まだ魔力を込めたりとかするのかもしんねぇなぁ。
 まあ暇だし、あっちの作業を見学にでも行くか……
「……こっちも直したいな。それにこっちも。しかし時間をかけられないというし……」
 出来上がったばかりの剣身を睨みつけるように見て、なにやらぶつぶつ言っているマツナ。出来にいまいち満足いっていない様子だ。とはいえ、刃を見詰めながらぶつぶつ言っても仕方ないだろう、と思う。
「なあ、向こうの様子をちょっと見に行かね?」
 そう誘ってみたら、マツナは突然声をかけられたためか少し驚いたようだった。しかし、断ることもなく一緒についてきた。
 さて、どんな感じなのかね?
 キースの後ろに立ち、覘きこんでみると――
「ほぉ…… 中々面白い細工だな。そりゃ、鳥を象ってるのか?」
 マツナがそう声をかけると、キースは肩越しに振り返って曖昧に笑った。
「まあ、おそらく」
 えらく頼りない答えだが、実際そういう答え方しか出来ないだろう。なぜなら、彼が原案ではないわけだから。
「よりによってなんでそのデザインだよ」
 思わず呆れたように言うと、キースは困ったようにドルーガに瞳を向け、
「ドルーガが気にいったらしくて、こうしようと言って譲らなかったもので……」
 当のドルーガを見ると、出来上がりつつあるそれを見詰めて満足そうだった。あの『光の鎧』の胸の辺りにあった、鳥を象ったらしき印の形をした剣柄を。
「別に悪かないけどよ…… 何か印象良くねぇよな」
「ま、まあ、そこは気づかない振りで」
 俺の素直な感想に、キースは苦笑してそんなことを言った。
 気づかない振り、ねぇ…… ま、別にいいけどよ。
「何だよ、キース兄もレイル兄も! カッコいいじゃん!」
 唇を尖らせて言うお子様。適当なことを言って対していると――
「ただいま戻りました」
「アリシアさん! モルさん!」
 アマンダさんがバーニィを迎えに行っているため、唯一、いや唯二の癒しである女性二人が戻ってきた。簡単な食べ物などを買出しに行っていたのだ。とはいっても、残金が下手したら二桁という財政事情なので、本当に『簡単な』食べ物だろう。
 まあ、そんなことは兎に角…… 癒しを求めてアリシアさんに駆け寄り――
 ばちぃん!
「アリシア様に気安く近づかないで下さい」
 モルさんの意外に重い一撃を食らって床に転がる俺。
 痛い…… けど、ちょっとだけ新しい道に目覚めてしまいそうな自分が怖い……
 そんなアホなことを考えていると――
「これに懲りたら、アリシア様の半径二メートル以内には近づかないことですね」
 自分で叩いておきながら、モルさんは俺に癒しの光を当ててくれた。
 厳しい上に優しい。素敵な方だ……
 すっ。
 何か声をかけようとしたのだが、モルさんは直ぐに立ち上がりドルーガの元へ向かう。
「いかがです? ドルーガ様?」
「おう! 上手くできたぞ! どうだ、カッコいいだろう!」
 柔和な笑みで優しく声をかけたモルさんに、ドルーガはガキらしく無駄に元気な叫びで応えた。
 それを受け、モルさんはやはり優しく微笑みかけ、
「そうですね。さすがドルーガ様」
 と言った。
 ドルーガは得意そうに胸を張り、まあな! と叫ぶ。
 くっ! あのガキ。うらやましいポジションにいやがる!
「あ、どうぞお入りになって下さい」
 と、そこでアリシアさんが扉の外に声をかけた。
 誰かいるのか?
「お邪魔致しますわ」
 しずしずと工房に足を踏み入れたのは――
「リシティアート様!」
 だっ!
 先程アリシアさんにしたように駆け寄り、手を取ろうとしたら――
 ばぎぃ!
 モルさんよりは軽い一撃が入る。
「姫様に近寄るんじゃねぇ、色魔!」
 リシティアート様に続いて入ってきて、俺を殴り、叫んだのは、見覚えはあるが誰だか判らない男。
「初対面の野郎に色魔呼ばわりされる謂れはねぇぞ!」
「さっきそっちの女性にも同じように尻尾ふってた分際でよくほざいたな、ああ!?」
 即行で立ち直って叫び返し、向こうも更に叫び返し、しばし睨み合い。しかし――
「お止めなさい、カイン。貴方は……闘技大会で四位になられた方でしたわね? お怪我はありませんか?」
 ムカつく野郎――カインを止め、こちらに手を差し伸べてくださるリシティアート様。
 可愛い上に優しい。まさにパーフェクトエンジェル!
 感動しつつ手を取る――
「うわっ!」
「何だその反応は! せっかく手を貸してやってるんだろうがっ!」
 いつの間にかリシティアート様を押しのけて俺に手を出していたのはカインだった。こんな野郎の手を握っちまった…… 天国から地獄とはまさにこのこと……
「姫様のお手を取るなぞ、十年早い!」
 くっ! 偉そうな! この脱力感から抜け出したら一発殴っちゃる!
「それで姫様はなぜこちらへ?」
 と、俺がカインを殴る前に、キースがそのように訊いた。
 そういや確かに、何でこんなところ――こう言っちゃマツナに悪いか……――に来たのだろう、だよな。はっ、もしや俺を追って……
「バーニィ様を探しておりますの。それで、そちらのアリシアさんがこちらで待っていれば会えると仰られたものですから……」
 そこで頬を桜色に染めるリシティアート様。
 ……そうだった。バーニィがいたよ。くっそ〜!
 それにしてもあの野郎、こんな可愛い子から逃げ回るとは何事だっての!
「でも…… まだ、来ておりませんのね……」
 そこで表情に陰を落とすリシティアート様。
 んぬおぉれぇえ! バーニィの野郎おぉお!
 悔しさなどで心を満たし、はらわたが煮えくり返りそうな程に憤っていると、ふと目を向けたカインの野郎も似たような心持ちなのだと分かった。
 ほぉ、つまり……
 ぽんっ。
「ああ!?」
 彼の肩に手を乗せると、彼は思い切り不機嫌な声でこちらを威嚇してきた。
 しかし、今の俺は彼に対する共感百パーセントで出来ている。そのように対されても暖かい目を向け――
「成る程なぁ…… お前もリシティアート様が好きなのな」
「? 勿論だ」
「ぽっと出の野郎にかっ攫われたんじゃ、長年想いを寄せた身としては辛いよな。ちょっと夢見てた俺でも辛いし」
「はあぁ!?」
 そこで何やら驚くカイン。
 ほぼ初対面の俺に気持ちを察せられたのに驚いているのだろうか?
「あら? そうでしたの、カイン?」
「いえ。こいつの勘違いです」
 きっぱりと否定するカイン。
「あんだよー。照れなくてもいいじゃん」
「違うっつーの! 俺のは敬愛だ! そもそも俺はそろそろ三十路、姫様は十七になられたばかりだぞ!」
 それほど差もないと思うが…… まあ、これでリシティアート様が十二とかなら、俺でも子供を可愛がるように接するのが限界だけどよ。
 そこで一層力を込めてカインが叫ぶ。
「俺にロリコンの気はない!」
 …………
 ぽんっ。
 今度カインの肩を叩いたのは、俺ではなかった。
「カイン」
 ゆっくりと振り返ったカインの目には、満面の笑みのリシティアート様。しかし、そこから伺える感情は決して好意的なものではあり得ない。
「ひ、姫様。今のは貴女様に対して、決して邪な想いなど持っていないという意味を持つ俗語でして、姫様がお怒りになられるような要素は何も――」
「嘘を仰い! 貴方も知っての通りわたくしは城を良く抜け出すから、世俗の言葉にはそれなりに詳しいんですのよ! 誰が幼女ですの!」
 そう叫んでカインの頭をはたくリシティアート様。
「よ、幼女とまでは…… ただ、歳の差が大きな場合も――」
「言い訳しない! まったく……」
 もう二、三度カインを叩いて、リシティアート様は漸く落ち着かれる。
「レイル君」
 そこでキースの声が聞こえた。瞳を向けると、彼だけでなくアリシアさんやモルさん、ドルーガなども集まっており、その中心には剣身、剣格、剣柄などを合わせ、見た目だけなら完成した武器があった。後は――
「次は何すんだっけか?」
 駆け寄って訊くと、キースが答えた。
「全員で魔力を込めて下さい。私がその魔力を加工して特定の効果を付加します」
 その特定の効果ってのが、シドーを封じるためのものってことになるわけだ。
 加工ってどうやるんだ、とかって疑問が浮かんだりもするが、ゆっくり訊いている場合でもないし、聞いても多分理解できないだろうなぁとも思う。そんなわけで、愚鈍に言われたことだけをやっときましょうかね。
「よろしければ、わたくしもお手伝いしますわ」
 出来たばかりの武器に手をかざして、いざやろうとしたその時、リシティアート様がこちらへ歩み来られ、そのようにご提案なさった。
「よろしいのですか?」
 アリシアさんが訊いた。
「ええ。バーニィ様のお仲間のお役に立てますのなら、わたくしといたしましても喜ばしいですし」
 リシティアート様はそう答えて、照れたように頬を染める。
 くっ! バーニィめ……
「では、こちらへ」
 キースが手招きすると、リシティアート様は小走りでこちらに寄って来た。そして無名の剣に手をかざし――
「皆さん、始めて下さい」
 キースの号令を合図に、全員で魔力を注ぎ込んでいく。普段魔法を使う時は、こんな風に生――表現として正しいのかは知らん――の魔力を放つことはない。普段やらないことをやるから失敗したりしないかとも思ったが、案外簡単だな、こりゃ。
 俺達が注いだ魔力を、キースが上手い具合に剣に定着させていっている、らしい。そこまで詳しいことは、俺には分からない。だから、最終的に上手くいっているのかどうかと訊かれると、何ともいえない、とでも答えるしかない。
「皆さん、そこまでで結構です」
「もういいのか?」
「ええ」
 あっさり終わったので思わず訊くと、キースは軽く笑んで応え、剣を持ち上げた。
「トラマナ……に似ていますけれど、少し違いますわね」
 リシティアート様はキースの手の中の武器を見て、言った。
 そういうことも判断できるのか…… 才能も充分とは、魅力が無限大だな!
「ところで銘はどうすんだ?」
 と、そこでマツナが訊いた。
 確かに無名のままじゃ味気ないって気もするな。
「剣身を打ったのはマツナさんですし、マツナさんが――」
「王者の剣がいい!」
 キースの言葉を遮って、突然ドルーガが叫んだ。
 またえらい唐突だな。
「王者の……剣ですか? ドルーガ、なぜその名に?」
「何となくカッコよくねぇ?」
 ……何となくかよ。
「ドルーガ様。そこは嘘でも尤もらしいことを言うところです」
「嘘はいけないと思うぞ」
「残酷な真実もあれば優しい嘘もあるのですよ」
 鹿爪らしい会話をする二人。モルさんも言っていることは間違っていないと思うが、それにしてもこの場面で使う台詞だろうか?
「……ま、いいんじゃないか? 俺は王者の剣でいいと思うぞ」
「おっ! だよなぁ! おっさん話せるじゃん!」
 マツナが肯定したことで、そのまま『王者の剣』で決定になった。俺としてはどんな名前でも文句はないし、好きにしてくれって感じだ。
 バタンッ!
 そこで突然、大きな音を立てて扉が開いた。
「おっす! ここでいいの? ああ、いたいた。今帰ったわよ」
 アマンダさんが帰ってきた。ということは、だ――
「よお、お前……ら――」
 だっ!
 扉から入ってきたかと思ったら、即行で踵を返して走り出したバーニィ。
 ワンパターンな奴……
 しゅっ!
 リシティアート様は突然消える。空間転移だろう。
 そして――
「バーニィ様ぁ! お会いしたかったですわ〜!」
「だあぁあ! 離れろ、ティアーーー!!」
 工房の外から叫び声が聞こえた。
 何で嫌がるのか、さっぱり分かんねぇよ。けっ!
「ま、ウサネコちゃんはあのままにしといていいとして…… 出来たわけ?」
「ええ」
 肩をすくめて悪戯っぽく笑ったアマンダ様が、キースに目を向けて訊くと、彼はしっかりと頷いて応えた。そして、先程完成したばかりの剣を持つ。
「なるほど…… それなら、これから話すことを聞いて貰って、それで決めてもらいましょう」
 剣を一瞥すると、アマンダさんは心持ち寂しそうに笑って、そのように言った。
 決める、というのは何を決めるのだろうか? そんな疑問がまず浮かぶが、そんなことを気にしている間もなく、彼女が続ける。
「シドーを倒すと、おそらく向こうへ帰れなくなるわ」
 ……え?
 え〜と、ちょっと待てよ。向こうっていうのはつまり……
「向こうとは、私達が元いた世界――ということですか?」
 俺が訊こうとしたことを、アリシアさんが訊いた。
「そう。こちらと向こうを繋いでいる穴は、おそらくだけど、シドーの魔力によって無理にあけられているもの」
「け、けど、一旦開いたものなら、シドーがいなくなったって開き続けているのが普通なんじゃ――」
 俺は動揺しながらも口を挟む。
 しかし、その言葉はアマンダさんに即否定された。
「あれは、一旦あけたらずっとあいている、なんて良心的なものではないみたいよ。シドーはどういうわけか、あの穴をあけ続けるために魔力を使い続けているっぽいわ」
「つまり、そのあけ続けている魔力――その大元であるシドーを倒したら、向こう側へ帰るための穴は消え去る。そして、私達はこちらに残るしかなくなる、というわけですか……」
 丁寧なキースの要約を聞かずとも、アマンダさんの言葉の全てと現状は理解できていた。
 しかし、その要約を改めて聞くことで、そういう現実があるのだということ。このまま道を進んでいけば、大切なものを、最も大切なものを失わなくてはいけないこと。そのことを更に強く、強く理解することになってしまった。
 そんな理由でキースを恨むのは、当然お門違いだ。でも、少しだけ、ほんの少しだけ、恨めしく思ってしまった。そのくらい、混乱しているんだと、思う。
「だから、訊くわ。本当にこちらに残って、そして、シドーと対するのかを」
 ……………………
 相当時間の沈黙が続いた。
 そして、まず口を開いたのは、アリシアさん、キースの親子だった。
「私は、こちらでシドーと――お母さんの中にいた彼と対することで、漸く先に進めるのだと、そう信じています。そしてそれは、向こうにいたのでは、このまま帰ってしまったのでは、二度と先に進めなくなるということです」
 そこまで言ってから、アリシアさんは再度沈黙し、そして――
「そんなのは真っ平です」
 そう言葉を紡いで、笑った。清々しい、強い笑みだった。
「アリシアが残るのに、私だけが帰る道理はありませんね」
 キースはそうとだけ言って、アリシアさんの肩に手をかけた。
「俺様はこっちの方が面白そうだし、こっちで」
「ならば、私もまたこちらに」
 適当な口調で言ったドルーガと、その後ろに控えて丁寧に言ったモルさん。
 ……となると、残りは俺か。
 アマンダさんと一緒に来た時点で、バーニィはこっちに残るんだろうしな。
 ふぅ、言い出しづらい流れ……
「俺は、向こうに帰ります」
「レイル兄! なんで――」
 きっぱり言うと、ドルーガが不満そうに反応した。それをモルさんが手で制しているのが見える。
 苦笑しつつ、皆が彼みたいに責めるような反応をしてくれればいっそ楽なのに、と思う。
「俺にとって大事なのは、サマンオサだ。こっちに来たのだって実際のところ、サマンオサの未来を担うメルを守って、きちんと国に帰すためだ。だから、俺はこっちには残れない。自分勝手だとは思うけど……メルも連れて、帰る」
 渋い表情になっていくのを自覚しながら、何とか思いのたけを搾り出した。すると、アマンダさんはあっけらかんとした様子で口を開く。
「それでいいのよ」
「へ?」
 間の抜けた返しだと思う。
「自分勝手大いに結構。あたしだって一番の願いは、弟が馬鹿なことをしないように。それだけ。シドーが世界を滅ぼそうとしていたとしても、実際のところどうでもいいっちゃいいのよ。ただ、あいつがゾーマの手伝いをしている節があるから、ついでにどうにかしようってだけ」
 そうなのか? そいつは初耳だ。精力的に世界を救おうとしているのかと思っていたけど……
「それに、ちゃんと聞いてた? アリシアだって、シドーがいると母親が生きているんだか死んでいるんだかよく分からないし、とっとと決着つけてすっきりしたいって言ってただけよ? 自分の心の整理のために他人巻き込んで、自分勝手極まれりよ」
 そういうことを話していたのだったか……? いや、確かに要約するとそうとも言えそうだが。
「キースなんて親馬鹿が高じて、だし。ウサネコちゃんはただ、あたし達がシドーを相手にしている時に一緒に戦わなきゃ寝覚めが悪い、なんて理由よ? こっちとしちゃ知ったこっちゃないってのにね」
 キースは親馬鹿が高じただけというわけではないだろうし、バーニィの決意はとても凄いことのように感じた。ただ――
「まあ、それぞれ理由は違うけど、全員少なからず自分勝手なのよ。自分の想いを通すことの出来る場所が、あたし達はこっちで、あんたがあっちだってだけのこと。だから――」
 アマンダさんは適当な口調で、しかし温かな笑みで、次の言葉を紡ぐ。
「あんたは胸を張って帰っていいのよ」
 しばし彼女に見とれ、俺は意識して軽薄そうな笑みを浮かべる。
「そんな顔見せられたら、こっちに残りたくなっちゃうなぁ。アマンダさんだけじゃなく、アリシアさん、モルさん、魅力的な女性は皆こっちに残るんだもんなぁ」
 おどけた口調でそう言ったら、アマンダさんが肩をすくめて苦笑した。
 がちゃ。
 と、そこでバーニィとリシティアート様がくっついて――バーニィがくっつかれてと言う方が正しいかもしれない――、工房に入ってきた。
 そして、その後に続いて更に、見覚えのある顔もやって来た。
「よっ。そっちも、穴のことは知ったみたいね。それで、貴方達は帰る組かしら?」
 訊かれると、二人は確かに頷いた。

 まったく、あの女は…… 気をつけろと言っただろうに……
 仕方がない。
 しゅっ!
 目的の場所に来た。やや離れた場所に出現したためか、オルテガどもは気づいていない。
 拡散し始めていた魔力を集め、そこに、更に私の魔力を一部渡し――
「……あら? えっと――」
 充分な魔力を与えると、見覚えのある赤毛の女性が出現する。純粋な精霊としての彼女と相対するのは五千年ぶりだな。もっとも、以前と比べると力は格段に劣り、物理的な体を保てるだけの魔力をぎりぎり持っている、といった程度か。
 しかし、その魔力も私が外から与えたもの。直ぐに霧散し、数刻も経てば、彼女はやはり消滅してしまうだろう。よくよく考えると、わざわざ魔力を与えた甲斐がないな。ちっ。
「助けて……くれたみたいね。有り難う」
「……ふん」

 今兄さんに起こされたばかりなので、少し意識がはっきりしない。眠い目をこすりながら周りを見渡すと、ジェイが屈みこんでいるのが見えた。
「おい! 馬鹿女!」
 彼は、ケイティの切り傷をホイミで癒しながら、一方で乱暴に彼女を揺さぶり、声をかけていた。
 そうしてしばらくすると、ケイティがゆっくりと目を開ける。
 私が眠っている間に、ルビスは彼女の中から出されたみたいね。
「……ジェイ」
 その瞬間、ジェイは明らかに安堵した。しかし、そのことを悟られるのを嫌ったのだろう、ケイティのおでこに向けて指を弾き、いつものように憎まれ口を叩く。
「けっ! 面倒かけやがって! とんだ手間だったぜ!」
 勢いよく立ち上がり、そのように叫んだジェイ。
 いつもならケイティは、そんな態度のジェイにつっかかるのだが――
「うん…… ごめん」
 何やら殊勝な態度を取る。
 当然、その様子にはジェイも面食らう。
 こちらを見て、目で問うてきた。
 ――まだルビスが中に入っているんじゃないのか?
 と。
 しかし、その気配はない――少なくとも私は感じないので、首を振るう。
 するとジェイは、困ったように眉を八の字にして、座り込んでいる妹を見る。
「取り敢えず、立ったらどうだ? 立てるか?」
 差し出されたジェイの手を、ケイティは少し躊躇ってから取った。
「……ありがとう」
「……おう」
 ……何か面白くない。
 というか、ケイティの態度はおかし過ぎる。どうしたことだろう。
「アランさんも、エミリアも、メルに、父さんも、助けてくれてありがとう」
 こちらや他の連中の方をも向いて、礼を言うケイティ。まあ、これはいつも通りと言えばそうで、奇異ということもないが……
「ジェイ」
 このように彼女が自発的にジェイに語りかけるというのは、いや、そもそもジェイと名前で呼ぶこと自体、奇妙過ぎる。何かの前兆なのではないかと勘ぐりたくなる。それに――
「……何だよ」
 不機嫌な顔を作りながらも、どこか嬉しそうなジェイがムカつくし……
 呼びかけたケイティはそこでしばし逡巡し、しかし意を決したように前に飛び出す。
『なっ!』
 驚きの声を上げたのは誰と誰だったか。取り敢えず、私が含まれることだけは分かる。
 誰それがどうした、ということを気に出来ないほど、私は目の前の光景にむかっ腹が立っていた。
 すなわち、ケイティがジェイに抱きついている光景に……
「ちょっとケイティ! 何を――」
 乱暴な足取りで彼らの元へ向かうと、ケイティがジェイの耳元で何かを言っているのに気づいた。唇の動きを読むと……
 ――ごめんなさい、さようなら……
 たぶん、そう言っていた。そしてその後には――
「ラリホー」
「なっ!」
 眠りの魔法を放つための呪がケイティの口から発せられ、ジェイの体は沈む。
 まさか、私は感じないけど、やはりまだルビスが――
 そのような危惧を覚えた私に、というより私達全員に対して向き直り、ケイティは口を開く。
「全てが終われば、あちら側へは帰れなくなるわ。帰りたい人は今のうちに帰って」
 ? それはどういう――
「こちらへ来る時に通った穴。あれはシドーが無理にあけているもの。だから、この後シドーを私達が倒すことになれば、向こうへ戻る通路は、消える」
「ちょ、ちょっと待てよ、ケイティ。何でそんなことが――」
 何で分かったのかと問おうとした兄さんの言葉は、途中で遮られる。
「ケイティちゃんの中で私が考えていたことは、彼女も共有していたわ。だから、その子には私の考えていたことが記憶としてある。その結果よ」
 赤毛の女性が突然現れた。話している内容からしてルビスであると予想できる。
 そして、彼女と一緒に現れたのは――
「ゾーマ!」
『残念ながら、相変わらず中身は違うがね』
 お義父様の叫びに、シドーはそのように答えつつ歩みを進める。その向かう先は――メル?
『何を望む?』
 シドーはゆっくりと口を開き、そのように訊いた。
 メルは珍しく真面目な表情でそれを受ける。ただ、特に何も返さなかった。
『あの武器の仇を討つか?』
「そんなこと、しない」
 再び訊いたシドーに、メルは、今度はきっぱりと返した。
『ならば、何をしに来た。娘』
「何かを確かめに」
『何かとは、また曖昧だな』
 まったくシドーの言うとおりだろう。
「ルビちんを助けたのは貴方?」
『魔力を与えただけだ』
 シドーの凄いところは、ルビちんという呼び名に全く反応しない点だろう。
「こうして出てきたのは、わたしが心置きなく帰れるように?」
『私が出てきたところでお前が帰る気になるとは思わんが』
 特別感情を動かさずシドーが応える。
 それに対し、メルは中空に目を向け、考え込むようにしてしばらく黙った。そして――
「殴っていい?」
 またえらい唐突な……
『構わん』
 いいのかよ……
 シドーの返事を受けると、メルは右の拳を固めて振り上げる。
 ぱし。
 そして、腹の辺りに軽い一撃が入った。
『……それでいいのか? 気功を使ってもいいのだぞ?』
 全く痛みを感じなかったのだろう。シドーは寧ろ拍子抜けしたような顔で声をかけた。
「いいの。ただの気持ちの整理だから」
 対し、メルは笑顔でそのように答え、
「わたし、帰るね」
 すっきりした表情で言い切った。そしてシドーの側から離れ――
「あ、そだ。これ、ゾーさんに渡しといて〜」
 常に腰に下げていた袋をシドーに向かって放る。
 それに何が入っているのか私は知らないけれど、シドーは知っているのか、中身も見ずに得心して頷いた。まあ、あの袋の中身なんて、私にとってはどうでもいいことだ。
 それよりも――
「ケイティ。どうしてジェイを眠らせたの?」
 予想は、できているけれど……
「馬鹿兄貴は母さんやじいちゃんがいないと、こっちじゃ駄目でしょう?」
 苦笑気味で言ったケイティ。
 つまり、そういうことなのだろう。
「一応、貴女がこっちに残る理由を聞いとこうかしら?」
「――っ! ケイティ、お前こっちに残るのか!?」
 私の言葉を聞いて兄さんが訊くと、ケイティはゆっくり頷いた。
「ルビス様にまた体を貸して、それで最後まで見届けます」
「えっ?」
 ケイティの発言を聞いて一番驚いたのはルビスだった。
 そんなことは無視して、続きを聞こう。
「なぜそんなことを?」
「彼女が本当に望むものを知ってしまったから。そして、このままでは彼女は望みが叶う前に消えてしまうから」
 ルビスの望むものというのが何かは知らない。しかし、それにケイティが心を動かし、ジェイ達と別れる決意までしたというのなら、無理やり連れて帰ってもまた、それはジェイが悲しむ結果だろう。
 でも――
「ジェイは、貴女も側にいて欲しいと望むわ。それは貴女も分かっているはず」
「……そうね」
「それで、私が貴女を連れ帰そうとしないと思う? ジェイが悲しむことをすると思う?」
 この言葉で騙されてくれるくらいケイティが愚鈍ならいいのに、と願っている時点で、彼女が譲らないことを私は知っているのだろう。
「今無理やり連れて行かれたら、私は貴女を、そして貴女がそういう選択をする因となったジェイを憎むと思う。今までみたいな表面上の憎しみじゃなくて、相手の存在すら許せないくらいの強い憎しみを持つと思う。それもまた、ジェイが望まないこと、でしょ?」
 ……ふぅ。そこまで分かった上で言っているのなら――
「分かったわ。なら、私達だけで帰りましょう。メル、お義父様」
「待ってくれ。俺はゾーマを救いに来たんだ。このまま――」
「ヒャダルコ」
 どがっ!
 何やら言っているお義父様の頭上に、いつもよりも大き目の氷塊を生み出す。そして自由落下で彼の頭に落下。これをやるのも久しぶりね。ウサネコも最近いじめてなかったし。
 床につっぷしてぴくぴくしているお義父様。上手い具合に気絶してくれたらしい。
「おじ様の話は聞く余地もなし〜?」
 苦笑してメルが訊いた。
「こいつは最低限帰ってくれればいいわ。何を願って何を望んでいるかなんてどうでもいい」
 取り敢えず、彼が再度いなくなることで、ジェイのお母さんやお爺さんが悲しまなければ、後は私が憎まれようが、ジェイが憎まれようがどうでもいい。ジェイはこの人に対して、気の合うおっさんくらいの印象しか持っていないから。
「ていうか、アランさんは?」
 と、これはケイティ。
 ……まったく。この女は。
「兄さんは残るに決まってるじゃない。鈍いのも大概にしないと、いくら兄さんでも愛想つかすわよ」
「エミリア!」
「?」
 少しきわどい発言をすると、焦った様子の兄さんに叱咤され、ケイティには疑問が多分にこもった瞳を向けられた。
 ジェイに関してはそれなりに鋭いのに、まったく…… まあ、そこは双子ゆえ、いや、兄妹ゆえというやつなのかもしれないわね。
 そのようなことを考えながら、メルにお義父様を運ぶよう指示をする。私自身は――
「バイキルト」
 筋力強化呪文を唱えてから、ジェイを背負う。
 そして――
「じゃね〜、ケイティ、アランさん。あとルビちんと、ゾーさん……は聞こえないだろうけど。あ、それから一応シドーも!」
 明るく別れを言うメル。こいつのこういうところは評価してやってもいいな。
「兄さん、ケイティ。じゃあ」
「ああ。親父と母さんに宜しく言っといてくれ」
「じゃあね。エミリア」
 母さんやじいちゃんには適当に言っといてよ、と続けて、ケイティは笑った。
 私は軽く笑い返してから――
「リレミト」
 取り敢えず城を出た。
 一応、アマンダ達にも知らせてから、帰ろう。

「さ。ルビス様。私の中へどうぞ。できれば今度は私を表に出したままでいてくれると嬉しいんですけど……」
 彼女はそう言いながら、こちらを見た。
「……本当にいいの?」
 訊くと、笑顔で頷く。そして続けた。
「私が貴女の立場だったら、やっぱり会いたいって願うと思うから」
「……有り難う」
 その言葉以外、何を口にするべきか思いつかなかった。
 彼女に近づいていき、手を伸ばすと――
 すっ。
 すんなりと中へ入ることができた。元々入っていた体だからだと思う。全然関係ない人に入ってみようとしたことなんてないから、そうした場合との差異がどうなのかは何とも言えないけれど……
『私は奥で待つ。お前らは他の奴らが来て、万全の状態になったら挑みに来い』
 私がケイティちゃんの中へ入ったのを見届けると、シドーはそう言って消えようとした。
 と、その前にアラン君が剣を構える。
「今ここで戦うという選択肢もあるぞ」
『その叢雲の剣で私を切れば、私の魔力が大気中に放出されお前らでは捕まえられなくなるぞ。余計不利にしてどうする』
 呆れた様子でそう返してからシドーは、少し笑って続ける。
『焦るな。しっかりと準備をして、私に対しろ』
 そう言って――
 しゅっ!
 彼は姿を消した。
 そう…… まず彼らは、彼の迷いを断ち切るために、彼を敗らなくてはいけない。そして、その先こそが――

 アマンダ様の話や、その後のエミリアさん達の別れの挨拶をして去っていく場に居合わせた以上、何も説明しないのでは据わりが悪く、私達はリシティアート様やカインさん、マツナさんに大まかな事情を説明した。そして、私達が別の世界からやって来ていることを話し終えた時――
「では皆様には、ラダトームに家屋を用意いたしますわ」
 勿論バーニィ様はわたくしの部屋ですけど、と付け加えて、リシティアート様は恥ずかしそうに微笑んだ。バーニィさんが疲れた様子で抗議しているが、それにもめげずに、照れちゃって可愛いですわ〜、などとペースを崩すことがない。
 ……あの積極性は少し見習うべきところがあるかもしれない。
 いや、兎に角――
「荒唐無稽に感じたとは思いますが、私達を取り巻く事情はそんなところです」
 そう結ぶと、バーニィさんとじゃれているリシティアート様以外――カインさんとマツナさんは何やら呆けていた。
「どうかしましたか?」
「いや、その…… ちょっと脳がついていけてなかっただけだ」
「俺は向こうのことは知っていたわけだが、それでも無理やりこちらに穴をあけた奴がいたとか聞くと……」
 まあ、戸惑うのも無理はないか。
 しかし、そんな彼らのために、一から十まで詳細を語り続けている時間はない――ことはないだろうが、例の武器が出来、アマンダ様達が合流し、ケイティさんとアランさんが城で待っている以上、気持ちが急くのは当然だろう。
「まあ、よく理解できないのなら、あまり気にせず適当に流せばいいわよ」
 アマンダ様が答えた。
 少々無責任だとは思うが、私としてもそうしてもらった方が楽でいい。
「じゃ、それでいいわね? さて、あたし達はそろそろ出発しましょう」
 マツナさん達に問いかけながらも、アマンダ様は返事を待たずにそう言って私達を見た。
 私とお父様とバーニィさんを。
 ドルくんとモルさんは先刻、向こうで彼らが住んでいた城に向かった。自分たちと一緒にこちらに来る意思のある者がいないか訊きに行ったのだ。何も知らせずに、主だけで異世界に移住するわけにもいくまい。
「ところで、バーニィ様達はこれから何をしに行かれますの?」
 この質問をしたのはリシティアート様。
 先程の説明の中では、向こうの世界についてと、膨大な魔力を持ったなにがしかがこちら側へと穴をあけているなどという話しかしていなかった。となれば、バーニィさんの動向を気にする乙女としては、これからどこに行って何をするのか、というのは当然浮かぶ疑問だろう。
「大魔王と破壊神を倒しに行くのよ」
 と、これはアマンダ様の答え。
 大魔王と破壊神…… それはまた、随分と仰々しい呼び名をつけたものである。
「まぁ! 物語みたいで格好いいですわ! わたくしも行きます!」
「それは駄目です!」
 そこはさすがに、カインさんのストップがかかった。
 一応護衛であるのだから、そこは当然止めるべきところだろう。
「絶対に駄目です! そもそも、リッツァの家を見張っている時間であっても、仕事の合間にどうしてもというから許可しましたが、あまつさえマイラくんだりまでやって来て…… その上、大魔王だか邪神だかよく分からんものを倒しに――」
「ああ、もお! もう分かりましてよ! その辺で止めて!」
 目を吊り上げてカインさんが言葉を延々連ねると、リシティアート様は両耳を押さえて観念したように叫んだ。
 ふぅ。リシティアート様がついてくるなんていう、ややこしい事態になるのは避けられたみたいだ。
「バーニィ様…… そういうわけですので、意地悪小姑のようなカインのせいで――」
「何ですか、その言いようは」
 リシティアート様の評し方に、カインさんが素早く突っ込みを入れる。しかし、当のリシティアート様はそんな彼を無視して、バーニィさんに熱い視線を送り、先を続ける。
「一緒には参れませんが、用事が済みましたら、きっとわたくしの元へいらして下さいね」
「ははは、勿論サ。きっと君の元を訪れよう」
 …………
 客観的に見て、絶対に約束を破りそうな棒読み具合だった。しかし――
「嬉しいですわ!」
 リシティアート様は本当に嬉しそうに、バーニィさんの胸に飛び込む。
 バーニィさんは、抱きつかれることにはもう慣れたのか、抵抗を見せず、適当な感じで乾いた笑い声を上げている。顔には、出発するまでの辛抱だ、といったような文字列が書かれていた。
 ぱんぱん!
「はい。いちゃいちゃはそのくらいにして――」
 騒ぎを収めるためか、アマンダ様は大きく手を二度打ち、それからそのように言った。彼女の腕には、先程帰る前にエミリアさんから渡されたネックレスが巻きついている。コルネリウスさんから頂いた、結界を消し去る道具、虹の雫だ。
 目的の城へ行くためには、まだあれが必要になるらしい。一度解いた後でも、出てくる際には結界が張りなおされていた、とエミリアさんが言っていた。それが何のために為されたのかは、たぶん……
 しかしそうなると、シドーは何を望んでいるのだろうか? 世界の滅亡では恐らくあり得ない。さて?
 と、考え込んでいると、アマンダ様が続けて言葉を紡いだ。
「大魔王ゾーマと、破壊神シドーに、お仕置きしに行くわよ!」
 ……え〜と、『大魔王』と『破壊神』がお仕置きされている様を想像すると、シュールだなぁと思うのは私だけだろうか?