31.願いの魔法
あの時――
「姉さんが言ったんじゃないか! がつんとやれって!」
「やりすぎなのよ! なんで魔法なんて使ったの! 殺しちゃうなんて!」
「だって! ……だって」
違う…… この子を責めるのはお門違いだ……
あたしのせいだ。
あれは、あたしのせいだった。
あたしの無責任な言葉のせいだったんだ。
「姉さん。逃がした分は殺しておいたよ」
ヒトを焼いた紅蓮の炎を背にしたあの子。
その口から漏れた言葉にあたしは恐怖した。
何があっても側に、たとえあの子を責めたとしても側にいるべきだったあたしは、それから――あちらの世界へいってから、あの子に一線を引いていた気がする。無意識にそんなことをしてしまっていた気がする。
あの子は孤独を感じていただろう。
だから、絶望を独りで迎え、希望をも独りで迎えた。
現状はあたしが招いたのだ。
無茶な方法で独り、ただただ一つの道を無理やり信じて進むあの子。
「明日はガツンとやったりなさい!」
あの言葉――あの間違いだけだったなら、その後あたしがしっかりとあの子を支えていたなら、悲しい過去を抱えながらも、あたし達は共にいられたのかもしれない。
辛い気持ちを抱えながらも、それを消すことはできないながらも、共にいて、不器用なりに笑顔で生きられたのかもしれない。
それが叶わなかったのはあたしのせい……
けど、もしまだ間に合うのなら――
お願いします…… 神様……
BGM is 「天空」 曲配布元:光闇世界−モノクロ−(管理人:六道 迅様)
シドーが去ってしまってから、私とアランさんは壁際に座り込んで適当に話をしている。
シドーの言った『しっかりとした準備』の中には、アマンダ達との合流も含まれるだろう。こちらから迎えに行ってもいいのだけど、行き違いになったら嫌だし…… それに私じゃ島の周りの結界は解けない。シドーに結界解いてって頼むのも間抜けだよねってことで、大人しくここで待つことにした。
偶に魔物が出るのが鬱陶しいけど、然したる苦労もなく倒せるのでよしとしよう。
「ところで、もうルビス……様に体を乗っ取られることはないのか? というか、今はケイティなんだよな?」
そこで、今までの世間話的な話題から一転し、そのようなことを訊くアランさん。
今までの、昔の思い出とか最近あったこととかを交えた話題は、本当に私かどうか見極めるための確認作業を兼ねていたらしい。
どうりで最初の方にちょっとだけ表情を険しくしていたわけだ。まあ、直ぐにいつもの調子に戻っていたから、今乗っ取られていないことは殆ど確信しているんだろう。
「ええ。百パーセント私です。ルビス様に変わってしまう可能性はゼロではないですけど、多分大丈夫ですよ」
肩をすくめてそう答えるとアランさんは、多分かよ、と呟いて苦笑した。
先刻のように乗っ取られる可能性に関して言えば、これは絶対にゼロと言っていい。私がルビス様に、彼女が本当に望む時には体を貸すと約束しているからだ。ただ、その時にはルビス様に変わってしまうのだから、『乗っ取られる可能性』ではなく『変わってしまう可能性』はやはりゼロではない。というより、百パーセントか…… 彼女がそれを望む時は、とても短い間かもしれないけど、確実に来るから。
「それでアランさん。本当に帰らなくてもいいんですか?」
そこで、今度は私から話題を振る。
さっきの世間話の中で彼は、こっちに来る前に漸くお母さんと再会したと言っていた。しかし、こっちに残ればお母さんにまた会えなくなる。それも二度と……
「私に気を使ってるんならいいんですよ? アマンダとかアリシアさんとかはこっちに残るだろうし、特別寂しいってことも――」
『ケイティちゃん…… 本気で言ってる?』
私の口が勝手に動いた。
……口だけ、というか声帯だけ乗っ取られた。
「勝手に喋らないで下さいよ」
『だって…… 黙って聞いていられなかったんですもの』
言ったそばからまた声帯乗っ取るし……
アランさんは変な顔をしてこちらを見ている。
はたから見ると独り芝居してる変な女だしね……
『貴女の中でずっと見てきたから、アラン君がいい子だっていうのは分かるし、誰かのことを気の毒だと思ったら自分を犠牲にする子だというのも分かるわ。でもね』
彼女はここで私をびしっと指差したがっているのではないか、という気がする。なんとなく。
『今回に関して言えば、アラン君は私事でこちらに残ることを決めたのよ! 彼自身が望んでこっちにいるの! その意味が分かる?』
そこまで言って、黙り込むルビス様。
私に疑問を投げかけ、その答えを待っているのだろう。
分かる? と言われても……
「つまり――こっちが気に入った……とか?」
がくっ……
そこで、突然強い脱力感を覚える。もしかしたらルビス様の影響だろうか。
というか、アランさんがすぐ側で、床に両手をついて脱力している。なんなのだろう…… 二人揃って。
「どうしたんですか? アランさん。それにルビス様も――」
『愚問だったわね…… 貴女の鈍さは、生まれた時からずっと一緒の私が、一番よく知っているというのに……』
う〜ん…… あっさり声帯乗っ取られまくりだなぁ。体全体じゃないからあっさり乗っ取られるのか、それとも現状でもルビス様の魔力の方が高いから乗っ取られるのか。どっちにしても、ちょっと前までみたいに完全に乗っ取られることはないんだからいいけど…… ちょっとウザいよね。
いや、それよりも――
「何言ってるんですか。私、そんなに言うほど鈍くないですよ」
ここは抗議させてもらおう。寧ろ鋭い方ではないかと自分では思ってるくらいだもの。
「いやいやいや」
『本気でそれを言っているのなら、貴女は一度人生を見詰めなおす旅に出るべきよ』
手を激しく振りながら否定を繰り返すアランさんと、真剣な口調で失礼なことを言うルビス様。
いや…… ちょっと、まじで酷くないっすか? 人生を見詰めなおせとまで……
「ルビス様が自分の中じゃなくて目の前にいたら、たぶん私、今殴ってます……」
『あら、御免ね。つい…… まあそれは置いといて――』
置いとくのかよ、とかって抗議しようと思ったけど、ルビス様が声帯を乗っ取っているからか、喋ることができなかった。
この女…… 案外いい性格ね。
『答えを言っちゃうと、アラン君は――』
「ちょっと待ったあぁあ!」
びくっ。
突然アランさんが大きな声を出したのでとっても驚いた。声帯以外は乗っ取られていないので、思わず飛びのいてしまったくらいだ。
そんな私の動きは気にせず、ルビス様はアランさんに向けて言葉を放る。
『じゃあアラン君が自分で言ってね? じゃなきゃ問答無用で言うから』
「うっ」
ルビス様が意味不明なことを言うと、アランさんは顔を顰めて呻いた。何がなにやらだわ。
逡巡していたアランさんは、しばらくしてこちらに向き直る。
「どうかしましたか? アランさん。何か顔赤いですよ?」
何があったのか、彼は耳まで真っ赤だった。こちらへ残る理由に、そんなに恥ずかしい何かがあるのだろうか。
「その…… なんだ。えーと、ケイティ」
「はい?」
アランさんが何故か正座しているので、私も正座してから訊き返す。
すると、そこから数秒、アランさんが沈黙した。
『つまりアラン君は――』
「だから待って下さいって!」
私の口から『アラン君』と出た瞬間にルビス様だと分かったようで、アランさんは慌てて止めに入る。
言っちゃ悪いけど、慌てている様子が少し可愛い。ルビス様もそういう理由でからかっている節があるかもしれないなぁ。
「ケイティ…… 俺はな」
おっと。アランさんは真剣な様子だし、可愛いとか思ってるのも失礼よね。
「はい」
返事をしてから姿勢を正すと、アランさんはまた少し黙ってから深呼吸をした。そして――
「俺がこっちに残るのは、その…… ケイティと一緒にいたいからなんだよ」
「へぇ。そうなんですか」
そう相槌を打ってから次の言葉を待つ。
あんなに赤くなってたくらいだし、この先に何か恥ずかしい事情が続くんだろう。今の言葉に恥ずかしさは欠片も見当たらないし、どちらかというと思いやりに満ちた感動話だ。
『へぇって――それだけ?』
もう、また……
「話の途中で割り込まないで下さいよ、ルビス様」
『話の途中……ね。どうやら伝わってないわよ、アラン君。もっと直接的に言わないと駄目みたいね。まさかここまでとはねぇ』
懲りずに声帯を乗っ取りまくってくれるルビス様。
ていうか、何だか含むところがありまくりの発言なんですけど。彼女の言葉からすると、先の発言でアランさんがこちらに残る理由の全てが語られていたっぽいわよね。でも、その内容から、彼が恥ずかしがるような何かは感じられない、と。
んー?
「だからな、ケイティ……」
考え込んでいると、アランさんが脱力した様子でこちらに声をかけた。
「何ですか?」
「かいつまんで言うと、俺はお前のことが――その、好きなんだがな」
ああ、なるほど――ん?
んーーーーー?
……えっ!?
「えーーーっっっ!!!」
「えーって……」
ちょっ、え! だって、いや、でも……
「い、今までそんな素振りなんて、その…… な、なかったじゃないですか」
『ありまくったと思うけれど……』
こんな時まで遠慮なく声帯乗っ取るし。ていうか、ありまくってないよ!
『私はアラン君と貴女が会った瞬間に察したわ』
会った瞬間…… いつ頃かよく覚えてないや……
いや、そんなことよりも……
アランさんの方をちらりと見ると――
ばっ!
こちらを真っ直ぐに見ていたので、思わず急いで目をそらす。
うー、やばいって。恥ずかしいって。聞かなかったことにするとか駄目ですか?
いや、分かってます。勿論、駄目だよね。
あー、でも…… どう応えたら――
「あの…… えと……」
ひたすらどもっていると、
「あ、いや。別に無理に返事しなくてもいいぞ」
アランさんが曖昧な笑みを浮かべてそんなことを言った。
「え?」
なんだろ? 胸がもやもやする……
「困らせて悪かったな。えー、その気がないならすっぱり言ってくれていいからな? そうすればきっぱり諦めて戦いに集中――」
「駄目!」
……何が駄目? 今のは、『私の声』だよね。
アランさんは驚いた様子でこちらを見ている。
あーもー! なんか頭ごちゃごちゃしてよく分かんない!
耳まで熱い顔を両手で押さえて、脳みそをフル回転させていると、
――後悔のないように、ただ正直に伝えればいいのよ
突然頭の中に声が響いた。
……たぶんルビス様だよね? こういうことできるんならいちいち声帯乗っ取らなくてもいいんじゃ、ということを考える一方、彼女が言ったことを反芻する。
正直に…… 正直に……
……うんまあ、考えるまでもなく――なんだけど。うぅ、照れくさ過ぎる。
でも、アランさんだって同じように恥ずかしくても、きちんと言ってくれたんだもんね。
すぅ〜…… はぁ〜……
取り敢えず深呼吸をして――
「あの……」
「ああ……」
顔が物凄く熱いから、たぶん私の顔は今真っ赤だと思う。うぅ、やっぱりどうしょうもなく恥ずかしい。
でも、先延ばしにしても仕方ないし……
よし! 男も女も度胸が大事よ!
「私は! その、私も…… アランさんのことが……好き……です」
最初は威勢よく言ったけど、途中から途切れ途切れに俯いて言葉を紡ぐ。
うわ。どこら辺が度胸?
でも……言ったぁ。
「え? 本当か?」
そこで、信じられない、という風に目を見開いてこちらを見詰め、言うアランさん。
「もう…… 本当ですよ。こんなに顔赤くして、冗談言うと思います?」
たぶん顔の赤さは、未だ消えていないと思う。熱いし。
「それもそうか。……えと、そうか。はは」
「あ、あははは」
そこでお互い無意味に笑い出す。はたから見ると何とも間抜けな二人だろう。
――ていうかもどかしいわね。……ごめんね、ちょっと約束破るわ
ん? 今のルビス様……よね? 約束破るって――
すっ。
あ、あれ? 体が勝手に動く…… もしかして――乗っ取られた!?
私の体を再度乗っ取ったルビス様は、アランさんへと歩み寄り、目の前に至ると、ゆっくりと顔を上向きにして目を閉じた。
……って、このポーズは! ちょっ! 勝手に!
――まあ勝手に悪いとは思うけれど、貴女達に任せておくとお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、現状維持してそうだし
頭の中で響くルビス様の可笑しそうな声。
だからって無理に展開を早めるのはどうかと思うんですけれど!
――ふーん…… まあ、もう体の制御はそっちに移すから、どうしても嫌なら跳び退けばいいと思うわよ
そんな風な言葉とともに、体に自由が戻る。
ただ、既にアランさんは私の肩に手をかけ、所謂――その…… き、キスの体勢に入っているわけで……
いや、そりゃ別に、どうしても嫌ってわけじゃないよ? でもさ、こんな他人の意思を元にってのは…… それにちょっと早急すぎる気も――
そんな風に色々考えている間にアランさんの顔が近づいてくる。
あ…… その…… んっ……
そこで、覚悟を決めて目を閉じる。
と――
「いやあー! お待たせしました! ケイティ君! アラン君!」
ばっ!
突然聞こえた聞き覚えのある声に、私達は一瞬で離れる。
視線を声の聞こえた方へ向けると、そこには満面の笑みでこちらへ寄って来るキースさんの姿。
なんて間の悪い――いや、いいのかな?
ていうか、声をかける前に私達の体勢を目にしただろうに、よく普通に声をかける気になったものだと思う。……彼は気を使うという言葉を知らないのだろうか。
うーん…… ちょっとだけ、残念だったかも……
キースさんにちょっと遅れて角を曲がりこちらへと来たアリシアさん、バーニィ、そしてアマンダに手を上げて応えながら、そんなことを思った。
びゅうぅぅうぅううぅうっ!
現在私達は、お父様の背に乗って、風を切り目的の島を目指している。
お父様は竜族の血が濃いので、その気になれば竜の形態をとることができる。これはドラゴラムという魔法だ。普段は滅多にこの魔法を使わないお父様だけれど、今回は急ぎたいという理由と、アマンダ様が疲れるから自分で魔法を使いたくないと仰られたことから、久しぶりにその効果の程を目にすることとなった。
何というか…… 壮大な見た目だと思う。私なんかは、お母さんの――人間の血が濃いためお父様のようにはいかないから、何となく憧れる。まあ、言っても仕方ないことだけれど……
「そろそろ結界にぶつかるわね」
そこでアマンダ様が独白した。そして虹の雫に手をかける。
「さて……」
軽く呟き、虹の雫を胸の前に掲げて瞳を閉じる。
すると――
特別見た目が変わることはなかったが、島の回りにあった魔力の壁のようなものが消え去った。
びゅうぅうっ!
そしてその直後、お父様の竜の体が、『壁』のあった辺りを抜ける。そして島にある城の手前まで至り、ゆっくりと降り立つ。
「ふぇー。速かったなぁ、おい。見直したぜ、キース」
『有り難うございます。数少ない取り柄でして』
お父様の背中から降り、笑顔で言ったバーニィさんに、お父様は竜形態のままでそのように応えた。
現在のいかつい見た目と謙虚すぎる発言がそぐわないと思う。
「ほら、キース! さっさと元に戻る! 速攻でケイティ達に追いつくわよ」
『あ、はい!」
直ぐそこの城に足を向けているアマンダ様に叱咤され、応えつつ慌てて人の姿に戻るお父様。そして同じく城へと進む。
私とバーニィさんもその後に続き、扉を潜る。すると――
「イオナズン」
どがあぁあぁぁああぁあんっっ!!
入り口の辺りにいた魔物に向けて光弾を放つアマンダ様。
ひゅっ! ざしゅっ!
アマンダ様の魔法で倒し損ねた魔物は、バーニィさんがナイフを投げて絶命させる。
瞬間の出来事だったため、私とお父様はぼけっと見ていることしかできなかった。
まあ、私は攻撃する手段を持たないのだから、彼らが補助魔法を全く必要としないほど強いことを考えると、結局何もすることがないのだけれど……
「エミリアは三階下まで下りたと言ってたわよね?」
そう呟いたアマンダ様は、視線を下に向け――
「イオラ」
どがあぁん!
先程よりも威力の低い光弾が床をぶち抜く。ぽっかりと開いた穴からは下の階が見える。
「と、突然何してんだよ!」
床に穴が開いた際に落ちそうになったバーニィさんが、語気荒く抗議している。
「階段探すのたるいから、こうやって直線で下りてこうと思って」
アマンダ様は適当な口調で言った後、魔法で浮かび上がり下の階へと下りて行った。
少々乱暴な方法だけれど、速さを求めるなら最良の選択かと思う。まあ、しっかりした造りの城のようだし、そうそう倒壊したりはしないだろう。
「てか俺浮けねぇんだけど……」
と、バーニィさん。
そういえばそうか。彼は魔法を使えないわけだし……
「では私が――」
「いや! 私が連れて行こう! さあ、バーニィ君」
バーニィさんに手を差し伸べようとしたその時。お父様が突然大きな声を上げて、バーニィさんを攫うように飛んだ。
まさか……バーニィさんが新しいお母さんに…… って、そんなわけはないか……
「男と二人でぷかぷか浮かぶってのはぞっとしないが……」
「では例のお姫様をお呼びしましょうか?」
「是非頼むよ! キース君!」
そんな風に騒ぎながら、アマンダ様に続いて下へ向かうお父様とバーニィさん。
さて、私も行くとしよう。
どがあぁん!
アマンダ様が床をぶち抜くこと三度目。
その床に開いた穴から見える階が、ケイティ君とアラン君が待っている階のはずである。
では……
ひゅっ!
全員で同時に穴から飛び立つ。数メートルほど下り、回廊の一角に立つ。
「あとはケイティ達を見つけるまでは普通に進むしかないわけね…… めんどいわ〜」
「さすがに壁を全て壊して進むというわけにもいきませんからね」
アリシアが苦笑してそのように声をかけると、アマンダ様はぽんっと手を打って、
「あ、その手が」
などと嬉しそうに呟いた。
「いやいやいや! 待てよ、おい! さすがにそれは建物倒壊の恐れがあるだろ!」
しかし、そこはすかさず、突っ込み隊長のバーニィ君が即座に突っ込みを入れる。さすがに早い対応である。
「ちっ。細かいこと気にしやがって」
「細かくねえっ!」
うむ。私とアリシアでは、アマンダ様にあのように強気で抗議することはできないし、かなり助かるね。あの方は何かと無茶なことを言うし、対応を誤るとその無茶を実行するというのが困りものだ。バーニィ君の存在はかなり貴重だよ。
「エミリアが階段から割と直ぐの所でルビスやシドーと会ったって言ってただろ。あっちに上る階段があるし、そっちの角でも曲がりゃあ、アラン達が待ってるんじゃないのか?」
私の後ろを指差した後、そちらとは真逆の方向を指差したバーニィ君。振り返ると確かに上へ向かう階段があった。そうなると、バーニィ君の言うとおり、ケイティ君、アラン君が先の角を曲がった所にいる可能性は高い。
「ふーん。ま、確かにねぇ。取り敢えずあの角曲がってみましょっか。そこにあいつらいなきゃ、そんときゃ壁をぶち――」
「だあぁら! それは止めろっつーの!」
言い合いながら曲がり角へと向かう二人。私とアリシアもその後に続き――
『あ』
先行していた二人が、角を曲がった辺りで何やら声を上げた。
「どうしました?」
二人に追いついて、その視線の先に瞳を向けると――まずい……
「あ、アリシア! 後ろに!」
「え? 何ですか?」
アリシアは私の言葉に反応し、こちらへ向けていた足を止めて後ろを振り返る。
よし! これで足止めは成功。あとは――
「いやあー! お待たせしました! ケイティ君! アラン君!」
大きめの音量で声をかけながら彼らに近づいていく。
すると、狙い通りに慌てて離れる二人。
よし、一安心。
「……どうも。キースさん」
赤い顔のアラン君が、微妙な表情でこちらに声をかけてきた。
……気の毒なことをしたけれど、アリシアにあんな場面を見せるわけにもいかなかったからね。
「案外鋭いわね。あんた」
「……さて、何のことでしょう」
横で呟いたアマンダ様に適当に応えると、彼女は軽く肩をすくめ、口の端を上げて笑った。
「お父様。さっきの何だったんですか? 後ろには何もいませんで――あ! アランさん! ケイティさん! ご無事で何よりです!」
少し不満げに私に向かってきたアリシアは、アラン君とケイティ君を見つけて嬉しそうにそちらへ駆け寄った。
うん、よかった。先に騙したわけを訊かれずに済みそうだ。アリシアもいつかは知ることだろうけれど、それでも今は笑顔のままでいて欲しいものだよ。少なくとも、今回の件が落ち着くくらいまではね。
というか…… アリシアには悪いと思いながらも、確実に実らないというのはある意味安心できる。勿論、口には出せないけれど……
「はいはい。再会を喜ぶのはその辺りにして――」
何やら話しているアリシア達の間に割って入り、アマンダ様はそのように言った。意味ありげに途中で言葉を止め、全員を見回す。そして、
「作戦会議よ」
悪戯を提案する子供のような笑顔を浮かべ、そのように言の葉を紡ぎだした。
私の作った道具も漸く出番か。ここまできてやっぱり動かないなどということにならなければいいがね……
たっ。
上の階から下の階へふわふわと降りてくること数回。今度の階は、今までの入り組んだ感じの階とは違ってだだっ広かった。
こいつは……最下層まで来たのか?
「なんだか今までの階と雰囲気が違うな…… 一番下に着いたとかか?」
アランも俺と同じように考えたらしく、辺りを見ながらそのようなことを言った。
「ま、そんなところね」
アマンダは適当な口調ながらも、真剣な瞳で広間の奥――闇が色濃く漂う空間を見詰めていた。
ぼっ!
そこで、突然燭台に火がともる。俺らの側から奥へ向けて順に闇が打ち消されていく。
一方で、順にともる炎とは逆に歩み来る影が一つ。
『来たか…… よもやそのような方法で下りてくるとは思わなかったぞ』
「行儀の悪い客で悪いわね」
アマンダだけが、意地の悪い笑みを浮かべて軽口を叩いた。俺も含め他の面々は、戦いの体勢をとる。
『おいおい。会って早速戦闘準備とは、物騒な連中だな』
こちらを見て呆れたような目つきで言うシドー。
てか、戦う以外に対する用がないだろうが。
「お茶でも用意してくれるってか?」
適当なことを言ってみると――
『お望みとあらばそうしようじゃないか。カードゲームもあるぞ』
笑顔でそのように返された。
なんだかなぁ……
「残念ながらそんな気はないわね」
そう応えながらキースから球状の輝く物体を受け取るアマンダ。それからゆっくりとシドーに近寄っていく。
『何用かな?』
目を細めてアマンダを見やり、軽い口調で言うシドー。
そんな彼を無視して――
すっ。
シドーの目の前で彼女が球を前に突き出すと、球が一瞬強く光った。
思わず瞳を閉じる。
再び目蓋を押し上げた時、そこにあったのは何も変わらぬ光景だった。キースの道具が成功したのかどうか、さっぱり分からない。
『ふむ。ラーミアの魔力は全てその球体へ移ってしまったか。いい腕だな、キース』
と、シドーは特に焦るでもなく言った。
すると第一段階は成功はしたみたいだな。シドーが全く堪えていないのが気になりはするが……
「お褒めに預かり光栄ですよ。もっとも、ラーミアの魔力を除いても余裕で私達を倒せそうな貴方を前にしては、単純に喜んでもいられない気もしますが」
珍しく目つきの鋭いキースがそのようなことを言った。
なるほど。ラーミアの魔力を取り除いても、シドー自身の強さはさほど変わりがないってわけか。何というか、上手く動いたはいいけどありがたみがないな、あの球。
『なに。少しは堪えたさ』
「少しは、ね…… 可愛げのない奴」
『ホントだよねー』
ん? 今の会話、シドーとアマンダと、もう一人誰が話してた?
「あら、ラーミア。喋れるのね」
『ちょっとくらいなら。疲れるけどさ』
ラーミアかよ!? あいつの魔力はあの球に移ったって話だし、つーことは、球が喋ってるってか? きも。
ん? そういや……
「なあなあ、お前ずっとあいつの中にいたんだろ?」
『うん。そうだよ。ウサネコ』
こいつもウサネコ呼ばわりかよ。いや、別にいいけど。
「それじゃあよ。あいつの弱点とか分かんねぇか?」
シドーに聞こえないように、球に顔を近づけて声をかけたが、何だか変な感じだな。
『弱点ねぇ…… あ、なんかルビスに終始おされ気味だったけど』
「へ? 母さんとあいつ、戦ってたの?」
アマンダが意外そうに訊いた。
ケイティは特にそんなことは話していなかったし、意外に思うのも分かる気がする。
『あー、そうじゃなくて。えと…… 何て言うんだっけ。ああ、そうそう。尻にしかれてるって感じだったんだよね』
『……へぇ』
何気ないラーミアの言葉は、この場にいる大抵の者に対して脱力感を与えるのに充分な威力を持っていた。これから戦うことになる強敵が尻にしかれてたって、おい……
「まあ確かに。そんな感じはあったわね」
更にケイティの後押しが入った。
完全に面目丸つぶれって感じの状況だが、シドーは余裕の表情で、確かにそうだったかもしれんな、などと呟いている。うわ、認めちゃったよ。
「えと、まあ、その話は置いといて……よ」
そこでアマンダは顔を引きつらせながらも、話題を変えようと試みる。
「あんたは大人しく引っ込んで、ぱぱっと私にゾーマとの決着をつけさせてくれる気はないのかしら?」
? 変なことを言うな、アマンダの奴。そんなの否定を含む応えしか返らないに決まってるじゃないか。
『ない。困ったことに、ヒトの悪いところも参考にしてしまっているものでな』
予想通り否定的な返答をするシドー。
ただ、後半の言葉の意味がよく分からない。
「そこを何とかできないのかしら?」
アマンダは分かっているのか。普通に受け答えをした。
『それが中々な。長年信じ続けてきたことを捨てることが容易でないことは、ヒトである貴様らの方がよく分かるのではないのか?』
「ま、そうなんだけどね。正直あんたの相手をするのは相当迷惑なのよ。どうにか他人巻き込まないで、独りで納得してくれないかしら?」
『悪いが――付き合ってもらうぞ』
何やら分かるような分からないような会話をしている二名。
うーん…… ようするに……
「貴方は遥か昔より世界を滅ぼすことを目指してきたけれど、もはやそれを心より望んでいるわけではないようですね。しかし、長年目指し続けた道を捨てることも易々とできはしない。だから、私達と戦って倒されることで踏ん切りをつけようとしている――そんなところですか?」
俺が四苦八苦しながら考えをまとめていると、アリシアがすらすらとシドーの心情を推理した。頭が良く回る女だよな。
『まあ、そういうことだ』
「へぇ。そういう話だったのか」
シドーが応えるのを目にし、アランが意外そうに独白した。
ま、確かに意外だ。
「というかさぁ。激しくはた迷惑だよね。アマンダの言うとおり、気持ちの整理くらい独りでして欲しいんだけど?」
と、これはケイティ。
これ以上ないくらいもっともな意見だな。
『それで独りで整理して、やはり世界など壊してしまおう、と決意したらそちらも困るのではないか? そちらにも選択権を与えようという意味もあるのだがね』
「他人任せにしてるだけじゃん」
シドーの一見もっともらしい言葉に、しかしアマンダは容赦なく言い放った。
『まあ…… そうとも言うな』
あっさり認めるシドー。
そこはさらにもっともらしいことを言って、一応でも納得させてくれた方が嬉しいんだがな…… ある意味、ただのこいつのわがままにつき合わされると思うと、激しく戦う気が失せるよな。そうも言ってられないが……
「てか、その場合、やっぱりそっちも全力で俺らに対するわけだよな?」
当たり前のことだが、俺は一応訊いてみた。
『そうしなければ有効な区切りにならないしな。まあ、建物内ということで、そういう点では手加減が必要ではあるが』
少し眺めの髪を指先でいじりながら、適当な感じで応えるシドー。
まあ、そう答えるだろうとは思った。問題はその先だ。
「それで…… 俺らがお前に勝てなきゃ、やっぱ世界をぼかーんと壊しちまうわけか?」
意識してふざけた口調をとりながらも、思い切って訊いてみる。
すると、シドーはこちらを見詰め、口の端を上げてごく普通に笑った。特別邪悪でもなく、特別意地が悪くも見えない。だからこそ、そら恐ろしいと思った。
『そんなこと当たり前だろう。そうなって欲しくないのなら、きっちりと私を封じてくれ』
……ふぅ。こいつは責任重大だぁな。でも、ま、やったるか。
ぴかっ! があぁあん!
ケイティが放った不意打ちの雷魔法を合図として、俺たちは動き出した。
さて…… まずは私を封じる道具が何であるかを特定しなくてはなるまい。ラーミアの時同様に球状物質、ということはないだろう。幾らなんでも、同じような外見ではこちらに警戒して下さいと主張しているようなものだ。
「はあぁ!」
こちらへ大きく踏み込み剣を振るう男。
こいつは確かアランという名だな。叢雲を所持している者であったはず。まったく…… 精霊神も厄介な武器を作り出したもの――そうか…… 武器が私の封印のための道具である可能性はあるか。
確証は一切ないため、ただの可能性でしかないが、武具による攻撃は全て避けるようにした方がよさそうだな。
そのようなことを考えつつ、アランの剣撃を避ける。
彼は続けて数度剣を振るうが、それらも難なく避ける。
「全然動き鈍ってないし…… やっぱさっきのライディンは防いだくさいわね」
微かに聞こえたその声は、精霊神を中に飼うケイティという女のものだった。そういえば、戦いの口火となった雷を放ったのも彼女だったな。
『防いではいないがな。食らったが然程効かなかったというだけだよ』
多少は痛みを感じたものの、あの程度ならばまともに食らっても特に問題はない。ギガディン級の雷ならばそうもいかないだろうが……
ひゅっ!
そこで大き目のダガーがこちらに襲い来る。グレイの髪の男――確かウサネコという名だ――が投げ放ったらしい。
それに併せて、アランがダガーとは違う方向から剣を構えて駆け寄る。
同時攻撃をしてこちらのミスを誘おうというのだろう。
しかし――
だっ!
駆け出す。向かう先は、ウサネコが投げたダガーが向かい来る方向。
勿論それを馬鹿正直に食らう気などない。飛び来たダガーを掴み取り――
キィン!
アランの剣をそれで受ける。
そのような行動を取るとは思っておらず焦ったのか、アランは急に動きが鈍った。そこを見逃す手はなく――
どがっ!
「ぐっ!」
彼の剣をダガーで受けたまま、彼の腹に蹴りを放った。アランは苦しそうに呻き、剣を手放して後ろへ倒れる。
武器が怪しい以上、手元に残ったダガーと剣を放置しておく道理もなく――
『はっ』
バギィッ!
少し気合を入れると、手の中の武具は直ぐに鈍い悲鳴を上げて壊れた。
? おかしいな。鉄だろうと鋼だろうと破壊するのが容易なのは確かだが、それにしても簡単に壊れすぎだ。
などということを考えていると、壊した武具二つが折れた木の棒に変化する。正確には木の棒に変化していたのが戻っただけだろうが……
モシャスで作ったフェイクということか。わざわざこんなものを使う意味は――どれが本物の武器か迷わせてこちらの気をもませる作戦という感じか? いや、ただ単に武器を沢山確保したいがゆえの苦肉の策かもしれんな。私が警戒して武器を壊すことを予測していたのだろう。
「わりぃ! さっそく一本壊した!」
「いいえ。木の棒やら紙を丸めてできた棒やら、予備は沢山作ってあるわけですからどんどん壊してしまって下さい」
「すみません!」
私が木の棒を見つめて少し考え込んでいると、アランとウサネコがキースの元へ駆け寄って新しい武器を手にした。
あれも口で言っている通り元が木の棒やら何やらなのか。それとも私を封印するためのものなのか。どちらにしても、全てのことに対して警戒するのを基本方針にしておけば問題はないだろう。
――と、この魔力の動きは…… さて。
「ギガディン!」
魔なる子の姉――アマンダの呪文により視界が白に染まる。直前でディン系の魔法が発動することには気づいたゆえ、それに特化したマジックキャンセルをつかっていた。そのおかげで、眩しいこと以外には何の支障もきたさなかった。
しかし、一瞬でも視界が奪われたのは少々心もとないな。直前の位置関係的に、アランとウサネコは直ぐに攻撃できないだろう。キースも同様だ。しかし、他の三名がどの位置にいたのか、いまいち定かではない。
視界はぼやけているが、兎に角動くか……
しゅっ!
そこで、何かが風を切ってこちらへ向かってくるのを感じた。恐らくナイフのようなものだろう。
ばっ!
少し動くだけで避けることはできるが、念のため大きく避けておく。
そして、避けた先では更に何某かの気配が。既に視界も良好になったため、そちらに視線を向けて確認する。
そこにいたのはケイティだった。不思議な魔力を感じる剣を構えている。
ふむ…… あの魔力は――あれが私を封じる武具か。それとも、これもまたブラフか。
いずれにしても――
「はっ!」
ひょい。
斬りかかられたら避けておくのが賢明というものだろう。
たったったっ!
ケイティの一撃を避けた直後、駆け寄ってくる何者かがいた。
「せいっ!」
そして気合と共に一撃がきた。
膝を上手く使い体を動かし避けると、その後を追って更に斬撃がくる。
それほど大振りしないで細かい連撃をくわえてくるのはアランだった。キースから受け取っていたことを考えると、この剣もまた先程と同じモシャスで変化させたものなのか。はたまた、そういうふりをしておいて、私を封じるための武器なのか。
考え事をしながら避けたりスカラで防いだりしていると、連撃に隙ができた。
? 特別疲れているようでもないし、この隙を補う攻撃をするだけの余裕はあるように思えるが、アランは一旦剣を振るう腕を止めた。
と――
ばっ!
そこでケイティが後ろから斬りかかってきた。
わざわざこいつに一撃をくわえさせるということは、やはりこいつの持っているものがそうなのか……
まあ、事実はどうあれ――
きぃん!
取り敢えず防いでおこう。スカラを使ってケイティの剣を弾く。
ひゅっ!
そこでさらにナイフが飛んでくる。
上体をそらして避けてからそれが来た方向を見ると、少々離れた位置にウサネコがいるのが見えた。器用にもナイフを十本ほど指に挟んだりして持っている。
ひゅっ! ひゅっ! ひゅっ!
それらが間をおかずにこちらに襲い来る。
ここまで量産しているということは、モシャスで作られた武器なのだろうが…… そう思わせておいて本命を一本混ぜている可能性も否定はできまい。
ひょいっ。ひょいっ。キィン!
避けつつ防ぎつつし、ウサネコが持つナイフが少なくなり始めた時――
ひゅっ!
別の方向から刃が放たれた。
横目でちらりと見ると、ケイティが持っていた剣がこちらへ真っ直ぐ飛んでくる。可能性としてこれが今のところ一番危険だろうことを考慮すると、是が非でも防ぐ必要がある。そしてそのまま壊してしまいたいところだ。
「ベギラゴン!」
そこで更に、アマンダの魔法がこちらを襲う。アランが巻き込まれるのではないか、などと思ったのだが、彼はいつの間にやら私から離れていたようだ。
それにしても忙しい。魔法を二つ――スカラとマジックキャンセルを同時に使うことはできないし、武器攻撃と魔法攻撃をない交ぜにして防ぎづらくしたというわけだろうが……
ひょいっ。きぃん! ひょいっ。ぱしっ。きん!
ウサネコのナイフはその殆どを避け、幾つかを弾き、一本だけを空中で手に取る。そのナイフを用いてケイティの放った剣を叩き落し、アマンダの閃光系魔法はそのまま食らう。
『なっ!』
驚愕の声がところどころで漏れ出た。その因は、私が大人しく魔法を食らったことか、それとも魔法を食らって平然としていたことか。
あの程度の魔法ならまともに食らったところで然したる被害もない。今はどちらかといえば武器攻撃を防ぐことを優先したいのだから、魔法を防ぐことに時間をかける必要もないと判断したのだ。
さて…… 床に転がった本命と思しき武器を――
「イオっ!」
そこでケイティの放った光弾がこちらを襲う。
このような初級魔法で私をどうにかしようなどと考えるわけもないゆえ、目標は私ではなく――
ばっ!
床にぶち当たった光弾が爆風を生み、床に落ちていた例の武器を吹き飛ばす。
からからから。
甲高い音を立てて床を転がる剣。
「アランさん!」
「おう!」
ケイティに声をかけられ、アランが剣を回収する。
ウサネコが放ったナイフは、今もなお私の周りに転がっているか、少し離れた位置に転がっているかしている。このように他の武器は放っておき、あの武器だけを回収するということは――そういうことなのだろうか? まあ、この行動さえもブラフである可能性はあるが……
……このように可能性ばかりを考慮しているのも面倒だな。一番面倒でないのは、早々に彼らを行動不能に陥らせるという選択だ。これは、単純で楽な選択でもある。戦闘開始直後に実行してもよさそうなものだが――
ふっ。ここまでそうしなかったのは、何だかんだで私が、彼らに敗れることを期待しているからなのだろうな。
しかし――
だっ!
こちらからケイティに向けて駆け出す。すると、彼女をフォローするためか、アランがこちらへ向かってくる。
そこで私は方向転換を図り、アランに向けて、
『マヒャド』
「くっ!」
上級氷結魔法を放つと、アランは持っていた剣を構えて、その剣に炎を宿す。
しかし、その程度で上級魔法をどうにかできるわけもなく、吹雪をまともに食らい膝をつく。
「アランさん!」
ケイティは何とかその場に留まったようだが、それでも大きく動揺し、隙だらけとなる。
私は再度ケイティに向けて駆け――
しゅっ!
そこで私の目の前にアマンダが現れる。
彼女の持っているナイフがこちらを襲った。それを寸でのところで避けると、続けて炎が迫り来る。今度は用心のためマジックキャンセルで打ち消す。先程無駄だと分かったはずであるのに、わざわざ炎を放ったのだから何か思惑がないとも限らない。
そして、アマンダは更に拳をこちらに打ち出す。どうやら気功を込めた拳らしい。永く生きているだけあって、一通りの技術は修めているようだ。
というか、この女相手なら、手加減する必要はそれほどないな……
打ち出された右の拳を右手で受け流してから掴み、左手を相手の右肩に添える。その右肩を支点として、相手の右腕を普段曲がらない方向に曲げる。
「つっ!」
アマンダが小さく悲鳴を上げた。
そこで――
『イオナズン』
押さえつけた彼女の背に向けて上級爆発魔法を打ち込む。自分も少し巻き込まれたが、そこは仕方がない。空間転移を使う彼女は、しっかり捕まえた状態で攻撃しないと逃げられる可能性があったためだ。今のようにすれば――
私の下でぐったりしているアマンダ。死んではいないだろうが、それでもしばらくは動けないだろう。
さて、止めは――刺さずともよいか。場合によっては、放っておいても皆死ぬわけだから。
続けて――
ぐわああぁあぁああぁぁあ!!
腹の底から響く咆哮と共に、一匹の竜がこちらへ突っ込んできた。
……キースか。
開かれた口は、私を丸呑みにできるだけの大きさであった。さすがに避ける。
がぎぃいいぃぃい!
上下の歯が合わさる鋭い音が聞こえた。
キースは私が口の中にいないことに気づくと、その場で羽ばたき二メートル程宙に浮かび、こちらへと向き直る。そして今度は、大きく息を吸って炎を吐き出した。
「フバーハ!」
他の奴も巻き込まれる位置関係だったのだが、そこはアリシアが回りこんで防ぐことに成功した模様。ウサネコがアマンダを運び、アランが倒れている辺りに集合することでフバーハの恩恵を受けたようだ。
一方私は、そのまま食らうこととなってしまった。防御系の魔法はそれほど得意ではなく、咄嗟に唱えられなかったのだ。とはいえ、この体――魔なる子の体も精霊の血が流れる特別なもの。このくらいの炎で深刻なダメージを負うほどやわではない。私が中にいる影響もあるしな。
とはいえ、さすがにドラゴラムを使った状態でのキースの牙に襲われるのはまずいだろう。勿論、私自身は死なないが、魔なる子の肉体が耐えられる保証はない。それはさすがにまずい。
再びあのあぎとが襲い来る前に、手加減なしでいかせて貰おうか。
『ギガディン』
ずがああぁあぁああぁぁあ!!
があぁあぁあああぁぁあ!!
大音量の衝撃音と、大音量の叫びが響き渡った。
叫びの残響とともに竜が墜ちる。
床に落ちた竜は、寸の間輝いたと思ったら青い髪の男――キースに戻った。全く動かないところを見ると、気を失っているらしい。
ふむ。竜相手だとどれくらい手加減すればいいかなどわからなかったゆえ全力で放ったが、割と丁度いい具合だったようだな。生かさず殺さずといった状態にさせられたようだ。
さて、残りは……三人か。
このままでは――私としても不本意な結果になりそうだな…… わざと負けるというような器用さを持ちあわせたいたいものだ。
……相当危ない現状だと思うのは私だけではないはずだ。
アランさんとお父様、アマンダ様までもが沈黙してしまったとなると、私も含めた残りの三名でシドーの相手をしないといけない。加えて私は攻撃面において劣等生もいいところ。
アマンダ様に任されたあの大役だって、上手くこなせるかどうか怪しいものだ。確かにマジックキャンセルくらい使えはするけれど……
しかし、上手くできなければ世界が滅んでしまう以上、弱音を吐いている場合ではない。時期を見計らってきちんとこなさないと……
それは兎も角、今できることは――
ケイティさんが連続で使用している様々な魔法をシドーが難なく防ぎ、所々でバーニィさんがお父様の用意しておいた偽ナイフを投げてシドーに攻撃したりしている、というのが現状。非常に目まぐるしく、戦闘面で素人の私が下手に手を出せる状況ではない。
人体強化の魔法はこの階へ下りてくる前に一通りかけておいたため、今更かける必要もない。そうなると、シドーが魔法を使った時に、マジックキャンセルでフォローするくらいしかやることはないのだが…… ただ、シドーはなぜか魔法をあまり使わないため、そのような出番はほとんどないと言ってもいい。偶に魔法攻撃がきても、ケイティさんが対処している。
そのような状況なため、本当にやることが――と待てよ。別に戦闘に参加しなくてもやることはあるか。
まずはアランさんの元へ駆け寄る。シドーに気づかれないように気をつけて……
「アランさん」
「がっ…… くっ……」
完全に凍り付いてしまっているようでぴくりとも動かないが、呻きだけは口から漏れた。
ふぅ。取り敢えず生きているらしい。
しかし、これでは回復魔法をかけるだけでは…… どうにか暖めないと。炎の魔法は――使えないし……
いやでも、誰かを攻撃するわけではない。誰かを助けるためなら炎を出すことくらいできる――だろうか?
「つっ……」
そこでアランさんが再び苦しそうに呻く。
考えていても仕方がない。兎に角やってみよう。
回復魔法と同じ要領で、助けたいと願う心で。
大切な人を救うために、優しさと強さを秘めた真っ赤な炎を……!
ぼっ!
手のひらの上に小さな、本当に小さなともし火が生まれる。
……やった!
しかし、このままだと火が小さすぎる。調整して――
ぼわあぁあ!
そこで突然、激しく膨れ上がった炎。その炎が広がった空間には、アランさんが。
「あ」
「どわっちっちっち!」
え、えと…… 彼を縛り付けていた氷は解けたようで、先程のように呻きだけでなく、明確な声を上げて床に倒れこんで熱がるアランさん。炎自体は瞬間彼を包んだだけで、直ぐに消えてしまったため火傷などはないだろう。そういう意味では、私が願った内容の結果として遜色のないものではある。
ただ、それにしたってもう少し穏便にいきたかった。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「い、今の炎は大丈夫だったが…… なにやら全身が痛い」
床に転がったままで起き上がることもできずに、そのように言葉を搾り出すアランさん。
マヒャドをまともに受けたわけだし、全身凍傷になっているのだろう。今度は回復魔法が活躍する番だ。
「ベホマ」
ぽわあぁあ。
アランさんの体に手をかざして意識すると、慣れ親しんだ柔らかな光が生まれ出る。やはりこちらの方が私はしっくりくる。
「……ふぅ。助かった。さて――」
すっかり治療を終えると、アランさんは立ち上がって二、三度屈伸し、戦っているケイティさん達の方に足を向ける。
「少し休んではどうですか?」
「そうしたいところだが、そうも言ってられないだろう?」
急に動いては少し心配だったので声をかけてみたが、アランさんは肩をすくめて笑い、そのように返した。そしてそこらに落ちていた剣を手に取り、足を速める。
「あの――!」
「ん?」
思わず声をかけてから、なぜそんなことをしたのか理由を探す。明らかに順番がおかしいが、そうなってしまったものは仕方がない。
そして、一つ用件を思いついたので続ける。
「いっそ、これはアランさんが使うというのはどうでしょう?」
そう言ってお父様から受け取った小さなロザリオを取り出す。
「俺は警戒されてる。それは一番攻撃に加わりそうにないお前が使うからこそ、油断を誘えていいだろう?」
それは……わかっていたこと。でも――
「私は……自信がありません。そもそも彼の強さを考えれば近寄ることだって…… 失敗すれば彼は世界を滅ぼすというのに――」
「分からなくはないが…… 心配し過ぎ」
俯いて話していると、アランさんがあっけらかんとした口調でそう言ったので、少し驚いて視線を上げる。その視線の先では、アランさんが力強く笑っていた。
「よく考えて動くのがお前のいい所だとは思うが、取り敢えずその慎重さは今は置いとけ。アマンダとかジェイとか、あの辺のいい加減さをほんの少しだけ見習えばいいさ」
思いっきり参考にされてもそれは困るがな、と続けて、アランさんは苦笑する。
……ふぅ。何というか、自分がこんなにげんきんだとは思わなかった。こうして笑いかけられるだけで不安が消えるのだから。
相手の途方もない強さも変わらない。そして相手に近づく術もやはりない。実質何も解決していないというのに。
そんなことを考えていると、アランさんは再度戦いの場へ足を向ける。
「なるべく向こうを押さえつけるなりして隙を作ってみようとは思うが、可能性としてはアマンダが示した状況になるのが一番あり得るってのは覚悟してろよ」
去り際に彼が言ったことは確かだろう。皆が戦闘不能となり、独り残った私の元へシドーが油断と共に近寄ってくる、という可能性が一番高い。そしてだからこそ、この手の中のものは私が持っているべきなのだ。
先程、アランが再度戦いに加わった。おそらくアリシアに回復して貰ったのだろう。
そうなれば、アマンダやキースもまた復活してくるのだろうと思ったのだが、なぜかそうはならなかった。彼らを回復するだけの魔力をアリシアが残していないのか。もしくは――
何にしても、いい加減だらだらと戦闘を続けるのもどうかと思えてきた。どうにか負けたいと思う心があるのか、つけようと思えば一瞬でつけられる決着をどんどん先延ばしにしている。
しかし、いい加減――
「はあぁあ!」
剣を振るうアラン。
ひゅっ!
彼とは逆の方向からナイフを投げるバーニィ。
「ライディン!」
そして魔法でこちらを――ん?
がああぁあん!
ケイティの魔法がある空間を貫く。そこにいたのは私ではなく、アラン。
なんだ? うっかり間違えたか?
そのようなことを考えながら――
がっ! からんっ!
取り敢えずバーニィが投げたナイフは落としておく。
と、その時。
「やあぁあ!」
味方の魔法でうっかりやられたかと思われたアランは、特別異常もなくこちらを襲撃する。
アランがマジックキャンセルを使えるのか知らないが、発動から着弾の誤差がほぼないライディンをあのタイミングで防げるとは思えない。事前に打ち合わせしていればできるだろうが、そのようなことをする意味を見出せない。とすると、アランに異常なタフネスがあるという非常識な結論しか出せないが……
いや、それよりも向かってきたアランに対するのが先か。まあ、そろそろ残り少なくなってきた剣――本物の剣なのか、キースが作った一時的な武器なのかはしらんが――の一撃を避けるか受けるかするだけゆえ、考え事をしながらでも――っな!
ひゅっ! ひゅっっ!! ひゅひゅっっ!!
今までよりも鋭い剣さばきがこちらを襲う。剣速が著しく上がった、ということだろう。何とか避けてはいるが、ちょっとでも気を抜けば……
がっ!
『ぐっ……』
そこで肩にナイフが突き刺さる。ウサネコの投げたもののようだ。
このように、他からの攻撃に気が回らない程に、アランの攻勢は激しかった。
……そうか。ライディンを食らったと思えたあの時に、アランは雷を剣に吸収していたのかもしれないな。そうして、どういう理屈かは知らないが、雷の影響か何かで剣速が上がった。
厄介だな…… ここで、これ幸いとキースが用意したもの――未だ判別はついていないが、ケイティが持っていた武器が怪しいだろう――を使われれば、晴れて封じられることとなるわけだ。それは悪くない結末ではあるが、それでもここで全く対処しないでいては、後に少しも悔いを残さないとは言い切れない心持ちであるのも確かだ。
ならば――
ざしゅっ!
アランの剣が私の腹に突き刺さる。さすがに痛みを覚えるが――
「ぐわっ!」
気功を込めた拳をアランの顔面に叩き込むと、彼は壁際まで吹き飛んで動かなくなった。先程アマンダが使っていたのを見て真似てみただけゆえ、それほどの威力はなかったはずだ。アランも気絶した程度ではないかと思う。
剣速が上がったのなら、私自身の肉体で止めてしまえば手っ取り早いというものだ。少々痛むが、直ぐに回復できるわけであるしな。
さて、幸い……というか何というか、アランの剣は例のものではなかったようで、私は未だ健在だ。
では続けて――
ぶわっ!
バギ系を唱えて風を起こしウサネコに放つ。すると、今までしていたようにケイティがフォローに入った。見捨てるわけにもいかないだろうが、毎回同じ動きをしていたのでは先読みが容易すぎて呆れる。
ひゅっ!
フォローに入ったケイティの足元――まあ言ってみれば、ケイティとウサネコがいる辺りの足元に向けてイオ系を放つ。ケイティが対処する間もなく……
ばあぁんっ!
派手な音を立てて床がはじける。その際に生まれたつぶてが二人を襲い、彼らがそれに気を取られている隙に近づく。後は――
ぱぱんっ!
「うっ!」
「がっ!」
アランと同様に気功を込めた拳を二名に連続で叩き込む。やはり派手に壁際まで吹き飛んだが、一応意識はあるようで健在なようだ。
二人とも殴られた拍子に武器を取り落としたらしく、私の足元には例のものと思われる剣と、いかにもやっつけ仕事で作られたようなナイフが転がっていた。念のためどちらも……
ばぎぃ!
ふむ…… ウサネコが使っていたものはともかく、ケイティの使っていた武器までやけに簡単に壊れるな…… これもまたダミーだったか。
とすると――
残り一名に瞳を向ける。
彼女を武力をもって制することは、当然容易だ。だが、そのような火を見るよりも明らかな過程をなぞったのでは、私は納得できないだろう。ならば――
すっ……
ぴくっ。
アリシアが微かに反応を示すのが見えた。
彼女が強い武力を有さないのならば、私が納得して彼女を倒すためには彼女の強い心を折る必要がある。そして、そのために有力な手は既に私の中にある。
『アリシア』
「……お母さん」
以前も言ったように、私は彼女の母ではないのだがな…… とはいえ、彼女としてはそうそう割り切れるものでもないか。まあ、だからこそ、私も今このタイミングで姿を変えさせてもらったわけだが……
ふむ…… ぱっと見た限り、右手に握られているロザリオ辺りが――
すちゃ。
アリシアはきつく唇を結び、右手をこちらへ真っ直ぐと向ける。
「…………マジックキャンセル」
どすっ!
ロザリオの形状が一気に変化し、彼女の手の中には大振りの剣が握られていた。その切っ先は、見えはしないが私の背中から生えているはずだ。魔力を吸われる感覚に襲われる。
ふん…… 少しの迷いを持ったのみで、直ぐさま封じにかかるとは…… この女の強さ、少々見くびっていたようだな。
「お、お母さ――」
『私はお前の母ではない。姿形が同じであるだけ。同じ記憶を有しているだけ。それだけだ』
彼女は私に強さを示した。これ以上無用な辛さを与えることはない。
だから――
『だから、泣くな』
リサの指で彼女の涙を拭った直後、私の意識は途切れた。
しばらく彼の中で過ごしたことで、わかったことがある……
彼はずっと答を求めていた。いや、随分昔から彼の中では答が出ていたのだろう。だから実のところ、悩んでいたというのが正しい。
彼は悩んでいた。
絶望の後に希望を知り、希望を信じたいのに、絶望を深く知っているために信じ切れない。そんな日々を永く、本当に永く過ごした。
世界は希望なのだと思いたくて、しかし思えなくて、世界は絶望に溢れていて……
絶望しかない。そのように思えてしまう世界など、壊れてしまえばいいと。ソレを壊すことを望んだこともあった。
しかし、人の中を巡る折に知った。
絶望しかない世界も、希望しかない世界もないと。世界が絶望自身であったり、希望自身であったり、そのようなことはあり得ないのだと。
世界には希望も絶望もあって、複雑で…… 世界は世界でしか在り得ないのだと。
けれど、それでも、世界に絶望が溢れているのもまた事実で……
彼は気づかない振りを続け、偽悪であり続け、相変わらず世界の、絶望の滅びを望んだ。でも……
きっと、僕と再びまみえた時、あの時に決めたんだろう。僕の馬鹿な願いを、悪あがきでしかない想いを遂げることを。一抹の希望を信じることを。
彼なりの優しさと愚直さで、魔力を手に入れるために多くの人を傷付けた。ただ僕の願いを叶えるために動いた。グレリアビスを殺し、僕から制御を奪うことで、僕では幾年も要するような処理を手早くこなした。
そして、今最高の状態で僕に制御を戻した。
人によっては――いや、誰であっても、彼の、そして僕の行動は愚かなことであったと、そう評するだろう。けれど、それでいい。
僕らが求めたものは、人々からの賛美でも、後の世で讃えられるような栄光でもない。
世界をほんの少しだけ修正し、そして、僕らだけの心を満たす。そんな自己満足な願いの実現。
そんな魔法……
僕はまず、目の前にいた少女を眠らせた。この子は回復魔法を得意とするゆえ、自由にさせていては姉さん達を回復されかねない。
まあ、例え姉さん達が立ち向かってきたとしても、そのための準備もまたされているのだけれど。
……さて、全てを終わりにする前に――
僕は彼が腰にくくりつけていた、メルが渡していった袋に手をかける。口を縛っていた紐を外すと、その中にいたのは僕の友人であり、家族……
こいつが消えることになった原因は僕だ。彼が為した結果ではあるが、僕の願いこそが原因だった。
だから、あの世というものがあって、僕らがそこで会えるのならば――
「甘んじてあらゆる責め苦を受けよう。小言の得意なお前のことだ。さぞかし溜まっていることだろうさ」
…………………………
ここで声が聞こえた気がしたのは、きっと僕の幻聴だ。きっと……
さあ…… 僕が生み出した悲劇を、終わらせる時だ。
ぶわああぁぁあぁああ!!
激しい炎が押し寄せる。それに続けて、氷に閃光、旋風が絶え間なくこちらを襲った。
「姉さん。死んだ振りだなんて、随分と似合わないことをしたものだね」
全ての攻撃を防ぎつつ、それを放った者――姉さんに声をかける。
「シドーの相手をしてからあんたの相手なんて、さすがのあたしもできやしないからね!」
それはそうだろうね。でも――
「悪いけど姉さんでは――いや、ここにいる者達全てまとめてかかって来たって、僕には勝てない。もっとも、面倒だし、力を使ってしまうから、出来ればそんなことにはならないで欲しいけど……」
「へぇ…… そいつは随分思い上がったものね。シドーの魔力が抜けた今、あんたはあたしと互角かそれ以下」
確かに姉さんの言うとおりだ。今のままなら……ね。
「シドーは本当に万全の準備を整えてくれた。きっと……願いは満たされる」
何万年も生きているからか、何かと手先が器用な奴だ。この部屋の玉座の裏にある、魔力蓄積装置。そこに溜められた彼自身の魔力の幾ばくかと、この世界の上級精霊どもの魔力――その全てを、僕の元に!
「なっ!」
だっ!!
驚愕の声と共に駆け出した姉さん。
僕に向けて集まりだした魔力に気づいたのだろう。
けれど、もう彼女にはどうにもできない。
「ベギラゴン」
カッ!!
閃光が姉さんへ向けて走る。
着弾に備えて姉さんは、足を止めて全力のマジックキャンセルを張る。そうしなければ防げないレベルだと気づいているから。
そして――
「ギガディン」
すがあぁぁああぁあ!!
足の止まった彼女に向けて、神の槌を打ち込む。あのタイミングで、閃光魔法に対するマジックキャンセルを張った状態で、こちらを防げるはずもない。
妨げられることなく、光の筋は姉さんを貫いた。
「……ゾー……マ…………」
……気絶したか。あとは――
「わ、悪いんだけど」
がらっ。
シドーも、きっと無意識のうちに彼女には手加減したんだろう。瓦礫をのけて、影が動く。
「私の相手も、して貰おう……か」
ケイティ=グランディア。精霊神と共にある者。
「私はルビス様と少し記憶を共有したから……貴方の目的も知っているつもり」
こちらへよろめきながら近づき、ケイティは弱々しく語りかける。
「気の遠くなるような時間、自分の罪の形を見てきた貴方の辛さを分かるなんて、図々しいことは言わない」
実際、彼女に体力は残っていないだろう。魔力もどれほど残っているか。
「でも。貴方のしようとしていることが馬鹿なことだってのは分かる…… きっと、もっと違う道が――」
「知ってるよ」
言葉を遮り言うと、彼女は驚いたようにこちらを見た。
僕は繰り返す。
「知ってるんだ。僕がしようとしていることが馬鹿なことだということは。僕の気が紛れるだけ。少しだけ矛先が変わるだけ」
僕の言葉を受け、ケイティは苦しそうに顔を顰める。
「……分かっているなら――」
「でも僕は」
再度彼女の言葉を遮る。
そう…… それでも僕は――
「もう進むと決めたから。もう止まらないと決めたから」
それは意思なのか、意地なのか。どちらだとしても――
「なら……」
ケイティは呟く。
「力ずくで止めます」
そして言い切る。真っ直ぐな瞳。強い意志の宿る瞳で。
「なぜ?」
思わず尋ねる。
「え?」
「なぜ君がそこまでする? 姉さんなら分かる。母さ……精霊神なら分かる。けれど、なぜ君が」
極端な話をすれば、彼女は偶々ここにいただけだ。なのに――
「正直、よく分かりません…… でも」
「でも?」
訊くと、彼女はこちらを真摯な瞳で貫く。
「悲しい心の人がいるから。そして、貴方自身が迷っているから、どうにかしたいと想うんだと思います」
お行儀のいい答だな…… けれど――
「悲しい想いの人達を見るのは、とても辛いことだったから…… だから、どうにかしたい。きっと、そういうことなんです」
心からの想いだ。
ならば――
「僕に……お前を止める権利はない。だが、どうにもできないことはある!」
「それは……やってみないと、わかりません」
「イオナズン!」
ずががががんっっ!!
「きゃっ」
僕の放った光弾の一つを避け、一つを防ぎ、その他の十数を食らうケイティ。それで終わり――のはずだったのだが……
「シドーの攻撃もそれ程ぬるいものではなかった。にもかかわらず起き上がれたのは、なるほど…… その鎧か。魔力鎧のようだな……」
だっ!
ケイティは僕の問いには答えずに駆け出す。向かう先は、僕ではない。逃げ出した――というには、向かった先が妙だが……
まあ、あの鎧でも耐えられない、それでいて彼女に致命的なダメージを与えない程度の攻撃をすればいいだけの話か。とにかく手早く――
「ライディン」
どがあぁあ!
駆けながら、彼女はこちらへ低級の雷を放つ。いきなりであったため防ぐことはできなかったが、直撃でも然程ダメージはない。
その後も続けて炎や氷を放るが、そちらは着弾までに防ぐか避けるかした。この程度に対処するくらいでならば、魔力もそう減りはしないが…… 少しであっても減るのは惜しい。
ゆえに、遠慮なく彼女の想いを妨げる一撃を――
ちゃっ!
「!」
そこで、ケイティはある物を手に取った。
なるほど…… あれを得ることこそ目的だったのか……
確かに戦力を充実させるには、この場にある中で一番的確な物だ。そして、どう動くのか……
もっとも、それを待っている気はない。
「ギガディン」
すがあぁぁあ!!
姉さんに放ったよりも少し劣る威力の雷を落とす。
「っ」
しかし、ケイティはそれでも立ち上がった。
威力が少しばかり低すぎたか。ただ、もはや満足に動けないくらいには、効果があったらしい。あとは――
「……ルーラ」
ひゅっ!
自身の足が動かないからか、転移魔法でこちらへ向かい来るケイティ。そして――
「はあぁあ!」
こちらへ飛び来た勢いに乗って剣を振るう。シドーの魔力を封じた、つまり、シドーの魔力が込められた剣を。魔力で切れ味は随分と上がっていることだろう。しかし勿論、確認するつもりはない。
がっ!
僕が一撃を避けると、ケイティは剣を床に打ちつけたままの格好で動かなくなった。限界が来たのだろう。あとは眠りの魔法でも――
「落ちて……」
しかしケイティは、いまだ悪あがきを続けるつもりらしい。魔力が集まり……
「……雷……」
すがああぁあぁぁあああぁあ!!
僕の体を白い光が貫いた。
鋭い閃光によって奪われた視力が戻ると、ケイティは気絶し倒れていた。体力の限界か、魔力の限界か。どちらにしてもよくやったものだろう。
しかし、僕の道を妨げるには及ばなかったわけだ。
それにしても、剣に宿ったシドーの魔力を使って雷を打つとは考えたものだ。彼の魔力を使ってギガディン以上の雷を生む。さすがの僕も――
「くっ……」
ダメージが酷い。痛む腕を押さえ呻く。
けれど、それでも、止まるわけにはいかない。あと少し……
「お手伝い、しましょうか?」
「……精霊神」
懐かしい顔を見止めて呟くと、彼女は弱々しく笑ってこちらへ来た。
「きっと、貴方の力だけじゃもう足りない。手伝わせて」
「勝手に……したら」
「……ええ」
彼女は嬉しそうに笑って、僕の体に入ってくる。意識を生み出している魔力をも解放して……
「か、母さん……」
「姉さん、気がついたんだ」
姉さんは倒れたままで、顔だけをこちらへ向ける。
「駄目よ…… どうしてそんな」
「罪滅ぼし……かしら。ずっと、一緒にいてあげられなかったから」
「そんなの」
気にしてない。僕も姉さんも、気にしてやいない。
でも僕は、この人のその願いを、優しさを、受け止めてあげたい。僕こそ、何もしてあげられなかったから……
「じゃあね、アマンダ、ゾーマ。先に父さんに会いに行くわ」
それが、彼女の最期の言葉だった。
「さて、愈々大詰めだ」
僕はそう呟いてから魔力を操作する。分かっていたことだが、まるっきり魔力量が足りやしない。しかし勿論、その分は補完できる。
「止め……なさい」
倒れ伏したままで姉さんが言う。
「止めないよ。もう止まらないと決めた」
人の命は強い力を秘めている。何者も、上位の精霊達すらも凌ぐ力。人の命は、そんな強い力で支えられている。
その全てを魔力へ変換する魔法――
「メガンテ」
ある時は変換された魔力を元に破壊を生み出し、ある時は命と共に魔力をただ拡散する。そして今回は――
「くっ」
幾万の時を生きる僕の、魔族の命だ。生み出される魔力も相当なものになる。これで……足りる。
「姉さん」
「……何?」
「ご長寿仲間がいなくなるのが嫌なら、大丈夫。まだラーミアがいるだろう? 僕らのせいで魔力が減っているから、今みたいにだんまりでいる時間が長いだろうけど、きっとずっと一緒にいる」
姉さんの悲しみが、それで全て癒えないことは知っているけれど……
「……そうね。ラーミアの方が、あんたよりも素直で可愛いしね」
これから辛さを背負って生きていくことになるのも知っているけれど……
「そうそう。僕はいい弟じゃなかったしね」
それでも僕は――だから……
「御免ね」
魔力が、世界に満ちた。
たぶんだが、先程の感じは――そういうことなんだろう。
一応……メルのやつにも知らせといたるか。
ガダルに頼まれた兵士どもの訓練もひと段落着いたので、珍しく城に留まって書類の処理なんてやっているメルの元へ向かう。どういう風の吹き回しか、判子押しくらいは出来るから、とライラスのオッサンの仕事を少し手伝っている。
しかしまあ、そろそろ飽きている頃だとは思うがね……
がちゃ。
「よお……って、やっぱ早々に飽きやがったか……」
「……うるさいな〜。ただ判子を押すだけなんてこんなつまんないこと、飽きずにできるわけないじゃん!」
俺が部屋に入って一声かけると、メルは不機嫌そうにそう応えた。
……つか、お前が自分でやるっつったんだろうが。
ふぅ。ま、それはともかく――
「そんなこたぁ別にいいが……」
「い〜んなら言わないでよ」
「へいへい。で、それよりも、だ」
少しもったいぶって言葉を切ると、メルはこちらを軽く睨んで、なによ? と訊いた。
さっき俺が感じたのは、一瞬大きな魔力が押し寄せ、それから何かが遮断されるような、そんな気配。前半の大きな魔力が何だったのかは分からないが――
「おそらく、あちら側への通路が断たれた」
簡単に言うと、メルは一度目を見開いてから、笑った。
「そっか。ケイティたち、上手くやったんだ。うん! よかった、よかった〜」
……へっ。確かに。
「そうだな」
「じゃ〜、わたしはお祝いに厨房でつまみ食いしてくるから、判子押し頑張ってね〜」
「……はあぁあ!?」
メルのふざけた発言をしっかりと理解するのに少し時間をかけてから、不満をふんだんに込めて訊き返した――が、馬鹿王女は既に部屋から飛び出た後だった。
あ、あのアホめ!
窓から差し込む陽の光が眩しい。
そんなごくありきたりな感想を久し振りに抱きながら、勲章を首にかけてくれた王女様に礼をする。
「皆様、大変ご苦労様でした。この国を代表して御礼申し上げます」
私達が顔を上げると、リシティアート王女様はにこやかに言葉を紡いだ。
色々と終わった後、アマンダやアリシアさんに治療してもらい、少し休んでから外へ出ると、天からは黄金色の輝きが降り注いでいた。アマンダ曰く、どんな形にせよ個人から世界へ魔力が戻ったのだから昼が戻るのも必然だ、とのこと。
彼女の話で、よく分からないところは多々あったけど、訊いてみても、取り敢えず一度ラダトームに戻って落ち着こう、と言われたのでそれに従った。
そして現在に至る。
で、現在がどういう状況なのかと言うと――
「大魔王ゾーマと破壊神シドー…… 陽の光が奪われることとなった元凶であり、世界を亡きものにしようとした者達…… それを見事降して世界の危機を救われるだなんて、さすがはわたくしの夫となる御方……」
紅く染まった頬に手を当て、うっとりとした目つきでバーニィを見詰めるリシティアート王女。ちなみにバーニィは、縄でぐるぐる巻きにされてアマンダの横に転がっている。
ラダトームへ向かうことに決まった際に、彼が全力で逃げようとしたためアマンダが縛ったのだ。
……嫌がるのを無理に連れて来る必要もないと私は思ったんだけど、まあ、あまり気にしないでそのままにしといた。そしたら、相変わらず縛られたまんまなわけ。
やっぱり止めてあげた方がよかったのだろうか……
「ああ、そうですわ。お約束どおり、皆様のお住まいは手配させて頂きました。直ぐ用意できるのが少し郊外にある大きめの一軒家だけでしたが、仰ってくだされば、時間はかかりますが個別に一軒ずつ建てることもできますわ」
リシティアート王女はこちらへにこやかに語りかけてから、勿論バーニィ様はわたくしと共にお城で暮らして頂きますけれど、と付け加えて、バーニィの元へと歩み寄り彼の手を取る。バーニィは実のところ猿ぐつわまでされているため、むーむーと何事かを口にしながら必死でもがいている。
彼の扱いが酷いのは見慣れてはきたが、それでも気の毒ではある。
とまあ、それはともかく、ちょっと周囲の兵士さんやその他の従者さん達に目を向けてみる。皆さん畏まって控えているけど、私達への破格の待遇について文句があったりはしないのかな?
突然来た輩が大魔王やら破壊神やら胡散臭いことを言ってのけた上に、勲章やら土地やら建物やらをお姫様から賜っている、なんて、とても納得できない状況だと思うんだけど……
まあ、皆さん、リシティアート王女に全幅の信頼を置いているのかもしれないけど、少しくらい不満に思う人がいてもおかしくはないんじゃないかと…… あ、でも、一応昼が戻ったっていう事実があるわけだし、そこで納得した人も――いや、それでも、昼が戻ったことに便乗した詐欺集団と思われないとも……
って、そんなこと考えてても仕方ないか……
なんにしてもよ。
とにもかくにも、一件落着……ってわけよね……
ふぅ……
「あ、そうですわ。この国では真の勇者にロトの称号を与えるのですけれど…… 残念ながら王となられるバーニィ様はロトを名乗れませんの。というわけで、どなたかよろしければ」
少し考え事をしてセンチメンタルになっていると、急にリシティアート王女がこちらに瞳を向けてそのようなことを言った。
いや…… てか、急すぎなんですけど……
「あたしは柄じゃないしパス。てか、『勇者』だし、ケイティでいいっしょ」
「え!」
アマンダのやる気なさげな発言に驚いている間に、リシティアート王女はこちらに歩み寄る。そして――
「では、ケイティさんがロトですわね。まあ、名乗ったからと言って特別いいこともありませんけれど、きっと後世の方々には受けがいいですわよ」
そのようなことを言った。
うわ。有り難み全くないし。ただまあ……
「あ、有り難う御座います」
いちおー、お礼くらい言っとこー……
目を覚ますと、ベッドの脇には母さんと爺ちゃん、父さん、それからエミリアがいた。母さん達は目を覚ました俺を見て安心したのか、それとも気を使ったのか、二、三言葉をかけて部屋から出て行った。
「ジェイ……」
辛そうに言葉を紡ぐエミリア。
ふぅ。どうやら起き抜けに気づいたことは、事実みたいだな。
「向こうの世界への通路は無くなって、それで馬鹿女とアランさんはあっちに残ったんだな?」
俺が声をかけると、エミリアは驚いたようにこちらを見た。それからゆっくりと頷く。
双子だからかなにか知らないが、いつもそれとなく感じるあいつの気配が消えている。なら、もうこちらの世界にはおらず、あちらとの通路もないのだろう。それと、あいつがあっちに残ったのなら、アランさんも当然そうするだろうことは予想できる。
「悪かったな」
「え?」
「あいつのせいで、アランさんまであっちに残ることになっちまった」
瞳を伏せてそう言うと、エミリアは慌ててこちらの手を取り、声をかけてくる。
「そんなの、ジェイが謝ることじゃないよ! それに、兄さんがいなくたって私は別に――ん」
微妙に無理が見える彼女の頭に手を置く。そうしてしばらく撫でていると……
すっ。
倒れこむようにこちらへ寄るエミリア。
「……御免ね」
「いいさ」
簡単に応えてから、窓の外を見た。
物凄く、いい天気だった。
「ねえ、アマンダ。色々と分からないことだらけではあるんだけど、取り敢えず一つだけ訊かせて」
城の廊下を侍女の一人に先導され進んでいると、ケイティが急に声をかけてきた。そして――
「……結局ゾーマは、何を望んだの?」
少し訊きづらそうにそう訊いた。
ちなみに今は、郊外にある一軒家とやらまで案内してもらうところである。
「彼と戦う前まで、私もそのことには気づいていたはずなんだけど、なぜか今は思い出せなくて……」
あたしが応えずに進んでいると、ケイティはそのように続けた。
……まあそりゃあ、それを彼女が覚えていたら、あいつの願いは水泡に帰したってことになるしねぇ。
さて、どう答えたものやら。
「ねえ、ケイティ。アリシアとキースは何ていう種族だったかしら?」
「へ?」
「何ですか、突然」
あたしが訊くと、ケイティは間の抜けた声を上げ、アリシアは不思議そうに発言した。
「いいから。何?」
そんな彼女達を無視して、更に促す。
ケイティは戸惑いながらも口を開き――
「竜族――でしたよね?」
「ええ」
「そうですね」
自信無さげにアリシアを見て、続けてキースを見て、ケイティは訊いた。訊かれた二人は素直に頷く。
この補完は当然か…… なら――
「それなら、あたしは?」
「え? ……さっきから何なの?」
「いいから」
訝しげに訊いたケイティを再び促す。
彼女は、よく分からない、という顔をしながらも律儀に答える。
「精霊でしょ?」
彼女の言葉に、あたしは一瞬足を止める。
でも、よくよく考えるとこれまた当然の補完だ、という考えに至り、苦笑しつつ足を動かす。
それにしても、あたしが精霊とはね。母さんに倣って精霊神とでも名乗ろうかしら。
「何笑ってるんだ?」
「別に」
眉を顰めて訊いてきたアランに簡単に応え、
「ていうか、結局私の質問の答えは?」
ケイティの問には――
「さっきまでの問答が答えよ」
そう答えた。
『?』
あたしの言葉に、誰もが首を傾げる。
せめて、そのことを喜んでおこうと、そう思った。