東方紅魔郷 STAGE 03 : 虹色の境
濃い霧の中、二つの影は未だに湖上を翔けていた。霧の濃さは愈々深くなり、既に月明かりが湖上を照らすこともない。
霊夢、魔理沙は真っ直ぐと前だけを見て、注意深く進んでいる。
「たぶんそろそろだと思うんだけど……」
目を凝らして前方を見据え、霊夢が呟いた。
その呟きに続き、魔理沙が、ん、と声を上げる。そして、急に翔ける速度を増して霊夢よりも先行する。
「どうしたの? 魔理沙」
「いや、今…… おっ! やっぱそうだぜ! 霊夢、島だ!」
満面の笑みを浮かべて前方を指さす魔理沙。
霊夢はそんな彼女の隣まで飛び行き、その示す先に瞳を向ける。確かに、水が支配する領域が終わり、陸地が見えていた。
「ふぅ、やっとねー。例のお屋敷は島の中央部辺りだったわよね?」
「のはずだぜ。また、妙な妖精が出てきて迷わされない限りは、な」
「そろそろ霧の中を飛ぶのも疲れたし、鬱陶しいのが出たら今度は遊ばないようにしましょう」
「そだな。瞬殺でいこうぜ」
二名は固く誓ってから、島の奥地へ進む。
「はっ!」
がすっ!
少女が垂直に跳び、打ち出した拳は、大型妖怪の顎を砕いた。
妖怪は痛みで倒れ伏し、しかし、それでも何とか再び立ち上がろうと試みる。
そこに少女が――紅美鈴が詰め寄る。息つく間もない瞬時の歩により、妖怪の元へ寄る。そして――
がっっ!!
再び打ち出された拳が妖怪の体を激しく打ち据えた。
もはや、妖怪は動かない。
「よし、終わり。こんな霧でも侵入しようとするんだから、まったく、門番も楽じゃないわよねー」
手をぱんぱんと叩き、埃を払って美鈴は言った。
美鈴は門番をしている。紅魔館と呼ばれる屋敷の門――それこそが、彼女が護るべき全てであった。
「それにしても、今日は霧が凄いなー。咲夜さんが、今日は誰が来ても通すな、って言ってたけど、何か関係あるのかな?」
細かい水の粒子が支配する中空を見回してから腕を組み、考え込む美鈴。
しかし、彼女は直ぐに思索の旅路から帰還することとなった。というのも――
「あ、また…… ふぅ、忙しいなー、もー。居眠りする暇もないじゃない」
美鈴が仰いだ天には、二つの影が悠々と舞っていた。その影達は未だ遠方にいはするが、真っ直ぐと彼女が護る門の上空を目指している。そうである以上、その影達の目的は屋敷への侵入だろう。
普段であれば客人であるかどうかの確認くらいするのだが、今日は誰も通すなと仰せつかっている。ならば、問答無用で追い返すのみである。
「では……」
呟いた美鈴は、一度深く息を吸ってから構える。そして――
「華符、芳華絢爛!」
霊夢と魔理沙は屋敷を遠方から確認し、迷うことなくそちらを一直線に目指す。
しかし、そこに凶弾が襲い来る……が――
「おっと」
「何だこりゃ」
ひょい。
彼女達は、自身を目指して飛び来た鋭い弾をあっさりと避けた。その後も、幾段にも構えた弾の幕が続いたが、難なく避ける。
「何かいるな」
「ま、これで終わるようなら無視しましょう。面倒だし」
「だな」
二名は襲撃者の存在を全く問題視せず、変わらぬ速度で先を目指す。
「え、なっ! あれをそんなあっさり……」
美鈴は、こちらを目指して来る影が尚も速度を変えず、真っ直ぐに進行して来るのを目にし、言葉を失う。
しかし直ぐに、呆然としている場合ではないと奮起し、集中を始める。
右腕を二つの影に向けて突き出し――
「虹符、彩虹の風鈴!」
魔理沙よりも先行していた霊夢の眼前に、色彩豊かな多数の弾が迫り来た。その鋭い弾の数々は、霊夢の進行を微妙なズレをもって妨害する。その様子は一見すると、さながら虹のようでもあった。
「……ああ、もう! 鬱陶しいわね! しかも舐めてんの!? 規則性が判り易くて避けて下さいって感じじゃない!」
「こうも邪魔されるんじゃうざいな。とっととぶっ飛ばすか?」
「そうね。面倒だけど……」
二名は迫り来た弾を、そのように言葉を紡ぎながら避けきった。そして、弾が向ってきた方向へ瞳を向け――
「即行で制圧よ!」
「行くぜ!」
急降下した。
「ちょ、あれも駄目なの、っていうか来たし!」
今までは門上空を目指していた影達が、方向転換を図り門自体、即ち美鈴自体を目指しだした。
美鈴は焦りながらも、次の攻撃の態勢に入る。
「なら、これで――」
構えられた美鈴の両手が、発光した。
「彩符、彩雨!!」
「おっ! 今度のは結構――」
「そうね。今までのよりは速さがあって手ごたえがあるわね。けど……」
霊夢、魔理沙は好評価を与えながらも――右に左に少しずつ動き、あっさりと避けた。
「直線的過ぎて見切り易いわね」
「だな」
一瞬止まりはしたが、二名は直ぐに進行を再開した。
「くぅ……!」
美鈴は背中に冷たいものを感じた。
攻勢を防いでいたこれまでの様子から察するに、現在美鈴に迫っている者達は相当の手熟である。ならば、あの影達がこの門に到達してしまえば、彼女は無惨に敗れ、その上、主が座する紅魔館への侵入を許してしまう結果を招くだろう。それだけは避けなければならなかった。なぜなら――
「これでまた咲夜さんに怒られたら――お給料が……!」
生死に関わる問題だった。
「はあぁああぁあ!」
美鈴が声を上げた。今まで以上に集中を始め、彼女が有す強い妖気が辺りを支配する。
空気が、変わった。
「……彩符、極彩颱風っ!!」
霊夢と魔理沙を、鋭い弾の幕が襲う。斜めより吹き荒ぶそれらは、さながら台風のようであった。
「おー。こいつは軌道が判り辛いぜ」
「そーねー。ただ……」
二名は評価しつつも、世間話をするかのようなトーンで話を展開し――
ひょいひょいっ。
やはり隙間を縫って飛び、避けた。
「軌道が斜めになっただけで、結局直線的なのは変わらないのよね。興醒め」
全て避けきると、霊夢は御札を構える。
同時に、魔理沙も右手をを突き出した。
自身に迫り来る紙切れと光弾を瞳に映しつつ、紅美鈴は覚悟した。
次目覚めた時には、給金の額が著しく減っているだろうことを、覚悟した。
どんっ!
「あ。いきなり攻撃してくるなんて妙だし、手加減しといて、この霧にこいつが関係しているか――いや寧ろ、この屋敷が関係しているかどうか訊けばよかったわね」
「おー、それもそうだなー。……けどまあ、門番なんかより、中にいる奴らに訊いた方が手っ取り早いだろ?」
「それもそうね」
門の前で気を失っている赤毛の少女を見下ろしつつ、霊夢、魔理沙が立ち話をしていた。
「うーん…… お給料がー……」
「何言ってんだ? こいつ」
「私が知るわけないでしょ」
気絶している少女の寝言に、気絶させた少女二名は首をかしげる。しかし、直ぐに気を取り直し視線を巡らした。
その視線は、徐に門の向こうへと向う。
「それにしても大きなお屋敷ねー。どこから這入る? 玄関から堂々とお邪魔する?」
「いやいや、ここは侵入者として正しい道をいこうぜ?」
にやりと笑う魔理沙。
霊夢は苦笑を浮かべ、先を促す。
「つまり?」
「こっそりと目立たなそうなとこからお邪魔だぜ!」
そう宣言した魔理沙は、箒にまたがり飛び上がる。そして、門を越えて侵入を開始した。
「貴女のその騒々しさからしてもう、侵入者として正しくない気もするけどね」
霊夢もまたふわりと飛び上がり、魔理沙を追った。