東方紅魔郷 STAGE 04 : 暗闇の館

 鬱陶しい霧も、門の内部に至ると有用だった。というのも、霧の深さに紛れての侵入が可能であったからだ。門内部にも見張りが少しはいるようであったが、霧に紛れ物陰に隠れることでやり過ごすことが出来た。
 そのようにして、霊夢、魔理沙は屋敷付近まで近寄る。そして、正面玄関と思しき扉が右手方向に確認できたため、その反対方向――左手に向けて歩みを進める。
 しばらく進むと――
「おっ。裏口っぽいとこ発見だぜ」
「どれどれ? んー、裏口にしちゃでかくない?」
 魔理沙が指差し示した先には、霊夢の言うとおり少しばかり大きすぎる『裏口』があった。
 しかし、その程度の違和感を享受するような魔理沙ではない。
「こんだけでかい屋敷なんだし、裏口だってでかいんだろ。さっさと入ろうぜ」
 そのように宣言してさっさと進んでいく。
 霊夢は軽く息をつき、
「ま、いいけどね。いざというときも、今までどおり暴れればいいわけだし」
 独白しつつ、魔理沙のあとを追った。

 がちゃ……
 極力音を立てないように扉を開けた魔理沙。隙間から顔を突きいれ、そこで嬉しそうに口笛を吹く。
 霊夢は訝しげに、そんな魔理沙の後姿を見詰める。
「どうかした? 魔理沙」
「ん? ああ。ほれ、見てみろよ」
 魔理沙が先行して侵入し、内部を示す。続いて、霊夢も扉をくぐった。すると、彼女の眼前には数え切れないほどの書物が納められている書棚がいくつも現れた。その光景はまるで図書館――それも並ではない、特大規模の図書館である。
「うっわぁ…… 壮観」
「だろ? それにしても、魔法の書物が結構多いな」
 霊夢に向けて得意げに笑んでから、魔理沙は近くの書棚に納められていた数冊を抜き取る。ぱらぱらと捲り、中身をざっと確認した。
 そして満足げに笑い、拳を握り締めて、あることを決意した。
「よーし。帰りにたっぷり持ってこー」
「持ってかないでー」
 そこで、どこかから聞こえたかぼそい声。
 魔理沙はきょろきょろと視線を巡らし、それから霊夢を見た。
「? 何か言ったか?」
「私じゃないわよ」
「そか。じゃー今のは――」
「私よ。勝手に入って来て、その上、本まで盗んでいこうなんてとんでもない奴らね」
 本棚の陰から、ゆったりとしたローブを身に纏い、ナイトキャップのような帽子をかぶっっている少女が現れた。紫の髪は長く伸ばされており、床についてしまいそうなほどである。
 少女は魔理沙を睨みつけ、びしっと指差す。
「やっつけてしまいなさい、小悪魔」
 その言葉に呼応し、暗闇から赤髪の女性が出現する。
 そして――

「なあ、お嬢ちゃん。低級悪魔くらいでわたし達をどうにかしようなんて無理だぜ」
 少女がけしかけた悪魔をあっさりくだし、魔理沙が言った。
 霊夢も後ろで頷いている。
 声をかけられた少女は、軽く笑んでから口を開く。
「ふふ。そのようね。なら仕方ない。私が直々にお相手するわ」
「おいおい。無理すんな、お嬢ちゃ――」
「魔理沙…… 油断しない方がいいわ」
 苦笑いしつつ少女に近寄ろうとした魔理沙を、霊夢が止める。
 少女は、そんな霊夢をおかしそうに見詰める。
「あら。白黒よりもそっちの紅白の方が勘がいいみたいね」
「……いや、紅白って」
「……白黒かよ」
「自己紹介もしてない人の名前なんて呼べないわよ」
 少女が肩をすくめて言った。
 もっともだと納得し、霊夢、魔理沙は戦闘態勢を整えながら口を開く。
「博麗霊夢」
「霧雨魔理沙だ」
 霊夢と魔理沙をゆっくりと見比べ、少女は微笑む。それから徐に口を開く。
「霊夢に魔理沙ね。私はパチュリー・ノーレッジ。百年ほど前から魔女をやっているわ。それじゃあ、さようなら」
 そう声を発した少女――パチュリーの手には、炎が集っていた。

「火符、アグニシャイン」
 大量の炎が霊夢、魔理沙に迫る。炎はくねりくねりと動き回り、彼女達がパチュリーに近づく隙を残してくれない。
 そして更に――
「水符、プリンセスウンディネ」
 水の槍が打ち出された。槍は霊夢、魔理沙を目指して凄まじい速さで直進してくる。その上、避けた先には水の弾丸が多数ちりばめられている。その息もつかせぬ攻勢により、
「くっ!」
「霊夢!?」
 呻き声を上げた霊夢。どうやら、水の槍が肩をかすめたようである。大した怪我はしていないようだが、痛みはあるようで顔を顰めている。
 しかし、百年を生きる魔女はそんな彼女に休む暇を与えない。
「木符、シルフィホルン」
 鋭く尖った弾が縦横無尽に飛び交う。軌道の読み辛いその攻勢は、手負いの霊夢は元より、魔理沙をも苦しめる。
 その弾の幕を漸く防ぎきると――
「土符、レイジィトリリトン」
 無数の光弾が不規則に動き、ジリジリと迫ってくる。段々と追いつめられていくその状況に、ひたすら受け手でいる二名は神経をすり減らした。
 そして、比較的こらえ性のない魔理沙が……
「つぅっ!」
 光弾のひとつに接触し、軽く右手の甲を赤くした。
「大丈夫!? 魔理沙!」
「ああ。何とか大丈夫だぜ!」
 声を掛け合う二名だったが、直ぐに沈黙を余儀なくされる。
 パチュリーが新たに魔法を使用したためだ。言葉を発する余裕などなかった。
 二名はひたすら避け、避け、偶に反撃を試みるも、その全てが軽くいなされる。
 このままでは埒が明かないと判断した霊夢は――
「夢符、封魔陣!!」
 御札を勢いよく打ち出した。御札は激しく発光し、パチュリーを襲う。
 しかし――
「術を込める時間が足りないのではない? 威力がないようよ」
 魔女にあっさりと防がれた。
 霊夢は舌打ちし、再び御札を構える。そして、攻勢が止んだのを幸いとばかりに口を開く。
「集中させる時間をくれない張本人が言ってくれるじゃない」
「あら。時間は自分で作るものよ」
 くすくすと笑うパチュリーを見据えたまま、霊夢は魔理沙に合図を送る。
 魔理沙は頷き、両手をパチュリーにむけ構えた。
「魔符、スターダストレヴァリエ!!」
 星が生まれ、魔女を貫かんと突き進む。
 しかし、星もまた魔女を墜とす光とはなり得なかった。
「たかが十数年魔女をやっている人間にしては、いい威力ね」
 パチュリーはやはり、余裕の笑みを浮かべて言った。
 霊夢、魔理沙は表情を引きつらせ、お互いに寄る。そして、小さな声で会話を展開させる。
「魔理沙。あいつに効きそうな魔法、使えないの?」
「あるにはあるが……ちょいと時間をかけて集中しないと駄目だぜ?」
「私も同じく、よ。まったくもって厄介ね」
 そのように言葉を交わした二名。その後、短い打ち合わせで、霊夢が時間を稼いで魔理沙が止めをさす計画が立てられた。
 そして、その終了を待つかのように、パチュリーの攻勢が再開される。おそらくは、余裕を見せて、作戦会議が終わるのを待っていたのだろう。さすがは百年の時を生きてきた魔女といったところか……
「金符、メタルファティーグ」
 大型の光弾が幾重にも重なり、霊夢と魔理沙を襲う。
 霊夢は御札と陰陽玉を駆使して、何とか魔理沙へ向う光弾の軌道を逸らそうと試みる……が――
「くっ! 弾数が多すぎる……!」
 全てを処理することは適わなかった。
 魔理沙も上手く集中できないようで、大技の準備が整わない。
 このままではジリジリと追いつめられるだけである。そして、その先に待つ未来は……

「ごふっ! ごふごふ!」
 そこで激しく咳き込んだのは霊夢――ではなく、魔理沙――でもなく、なぜかパチュリーだった。ちなみに、霊夢も魔理沙も攻撃していない。
「ごほごほっ! くっ、あっ、はぁはぁ…… ぐ、ごほごほごほごほ!」
「……何、あれ?」
「わたしが知るかよ。てか、辛そうだな」
 床に突っ伏して咳き込み出したパチュリーを瞳に入れ、魔理沙が素早く動く。その向う先は――
「大丈夫か?」
 魔女の体を支え、優しく背を撫でる魔女。
 しばらくは、咳き込み続けたパチュリーだったが、数分経つと落ち着きを見せた。未だ魔理沙の腕の中でぐったりしていたが、それでも咳き込んではいない。
「病気かなんかなのか?」
「……喘息持ちなのよ。他にも、よく貧血を起こすし、偏頭痛持ちだし、最近腰痛も酷いし、胃腸も弱い。体の弱さにかけては自信があるわ」
「そいつはすげぇぜ」
 凄まじいまでの遍歴に感嘆の声を上げる魔理沙。それから、はははと明るく笑う。
 パチュリーはそんな魔理沙に弱弱しい視線を送り――
「私は敵よ」
「そうだったな」
 とぼけた様子で応えた魔理沙。口もとには笑みが浮かんでいる。
 パチュリーが更に続ける。
「なら…… 何で助けるのよ」
「さあな。よく判んねぇや。ただ、霊夢が言うには、わたしは本来売るべき魂を悪魔に売ってないから、だそうだぜ」
 二名から離れた場所で、霊夢が小さく笑う。
 そして、支えられている魔女もまた、
「くすくす、変な人ね…… ま、いいわ。助けてもらったし、今回に限って、本を何冊か持って行ってもいいわよ、魔理沙」
 微笑み、言った。
「お、マジか? やっりー! じゃー、あれとあっちのとそれから……」
 はしゃぎ出す魔理沙を霊夢が呆れた様子で見詰める。そして、徐に移動し、
 ばしっ。
「痛っ!」
 魔理沙の頭頂部に掌を叩き込む。
「あのねー、魔理沙。今の目的は本じゃないでしょ?」
「そ、そうだったな。てか、それにしても叩くなよ」
「えーと、パチュリー?」
 霊夢は、魔理沙の文句を適当に流し、パチュリーに向き直る。
 不思議そうに霊夢を見返すパチュリー。
「貴女達、ただの本泥棒ってわけじゃないみたいね」
「ええ。実は私達、外に出てる霧をどうにかしたいのよ。それで、貴女が原因なのであれば――」
 その言葉は最後まで続かなかった。
 パチュリーが、みなまで言うな、とばかりに手を突き出したからだ。
「残念だけど、私がやったわけじゃないわ。ただ――」
「ただ?」
 頭をさすりながら、魔理沙が繰り返す。
 パチュリーは続ける。
「この霧はおそらく、ここ紅魔館の主――私の友人の仕業でしょうね」
「貴女が主では、ないのね」
「私はただの居候よ」
 霊夢はしばし考え込み、質問をする。
「ここの主がやってるってことは、確かなの?」
「ここしばらくレミィは――ここの主は、何やら準備をしていたわ。それで今日、急にこの深い霧だもの。関係ないということはないでしょう。咲夜も――実質的な総責任者であるメイド長も、忙しく何かやっていたしね」
 応えを聞き、魔理沙は頷く。
「色々な状況証拠がその主を指し示しているわけだな。確かに怪しいぜ」
「とすると、とっととその主をぶっ飛ばして、霧を引っ込めて貰いましょーか」
「そだな」
 方針が決まったところで、二名は勢いよく駆け出そうとする。
 しかし、魔理沙のスカートの裾を何者かが掴んだことで、出立はしばし遅れることとなる。
「ん? 何だよ、パチュリー。あ、そっか! 主がお前の友達ってことは、また邪魔――」
「しないわよ。そこまでレミィに義理立てする気もないし、そもそも、私がどうにかできる相手ならレミィの敵じゃないわ」
「じゃー何だよ?」
 問われたパチュリーは、頬を軽く掻いて、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「私が魔法使いまくった騒ぎを聞きつけて、使用人達が集まってきてると思うから、まー気をつけて」

 図書館を抜け出すと、果たしてパチュリーの言うとおりの状況となっていた。
 辺りにはこの館の使用人が跋扈しており、こっそりと侵入をし続けることは不可能であった。それでいて、この館の広さといったら気が遠くなるほどである。
 それゆえ、霊夢、魔理沙は決心した。
「じゃー、私はここを左ね」
「なら、わたしはは右だぜ」
 分かれ道で一度立ち止まり、二人は笑い合う。そして、
「油断しないようにね」
「はっ、それはこっちのセリフだぜ」
 それぞれ軽口を叩き、それから二手に別れ――勢いよく駆け出した。

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