セレネは、迫り来る真っ黒い手から視線を逸らし、きつく目を瞑る。
もはや、恐怖で身体が動かなかった。
(……いや……怖いよ……!)
「せ、セレネくん!」
「――っ! ヴァン先生!」
想い人の声に少女が瞳を開いたその時、黒き魔が大きな腕を振り上げた。
惨劇が繰り広げられようという、その刹那――
カッ!
光が瞬いた。
希望の光は人を照らし、闇の存在をも照らし出す。
「ったく。下級悪魔の分際で好き勝手やってくれやがりましたね」
(え? この子……)
光を放っていたのは、先ほど人垣に阻まれて半べそをかいていた女児だった。
女児は薄く笑みを浮かべて、悪魔を睨み付けている。
一方で、悪魔は顔を引きつらせて固まっている。
『ま、まさか……精霊……だと……?』
「正解ぴんぽーんでいやがります」
過剰に機嫌よく、女児が小首を傾げる。
しかし直ぐに、にぃっと邪悪に笑む。
「さあ、ご褒美をその身に刻んでやるですよ!」
叫んで手を振り上げた。
ヴン!
辺りに拡散していた光が、女児へと集う。
曙を圧倒するように黄金色の輝きが地表を満たした。
光の輪が一定の間隔で広がっていく。
眩さが人を癒して闇を駆逐する。
「第五精霊術『聖槍(せいそう)』ッッ!」
一切の輝きが手の内に収まり、瞬時に力と成る。
女児が金色(こんじき)の槍を、重量という概念が消え去ったかのように軽やかに、くるりと回した。
そして、ヒュンッと突き出す。
ざしゅ。
光は何の抵抗もなく闇に吸い込まれた。
『ぐ…… ぎがああああああああああぁあ!!』
断末魔が響いた。
闇の者は灰塵と消え、ざああぁあと音を立てて風に攫われていった。
静寂がシンと朝を満たす。
ヴン……
静かな音を立てて、輝きが四散した。光の槍もまた消え去った。
場には、黒き髪の女児と、金の髪の少女と、物見高い町民の姿だけが残っている。
さわさわ。
小気味のいい葉擦れの音がどこかから聞こえてくる。
精霊は真剣な表情を崩して、ふぅ、と息を吐く。
「いっちょあがり、でいやがるですね」
嘲りの表情を浮かべた女児は、腰に左手を当てて、右手で肩にかかる長い黒髪をはらう。
塵となった魔も呆然とする人も皆、彼女にとっては愚か者でしかない。
「第一級トリニテイル術士ともなれば精霊術も完璧でないといけねーのです。覚えておきやがれです」
胸を張り、闇を滅した者は笑みを浮かべて誰にでもなくそう言った。
光と共に、神々しくそこに在った。