すっ。
「無事ですか、セレネくん?」
「は、はい。ヴァン先生……」
ルーヴァンスが、腰を抜かしている女生徒に駆け寄って声をかけた。優しく彼女の背に手を回す。
しかし、そうしながらも、彼の意識はセレネではなく、セレネの直ぐ側に佇む女児に向けられていた。
悪魔は彼女のことを『精霊』と呼んでいた。真実ならば、彼女は『神の代行者』と言っていい。
当然ながら、ルーヴァンスでなくとも彼女に注目を浴びせる。
「精霊さまだって?」
「あぁ。神は我らをお見捨てになっていなかったのね」
「これでようやく事件は……」
悪魔は彼らの目の前で、女児の――精霊の生み出した光の槍で胸を穿たれ、消滅した。
なれば、リストール猟奇悪魔事件も、これで終焉を迎えたことを期待できる。人々は歓喜した。
しかし――
「事件はまだ終わっていやがりませんよ。まったく、クソ人間どもはどうしようもねーバカ野郎ですね」
精霊――女児自身が言い切った。
ざわっ。
にわかに騒々しくなる。
伝播するざわつきを押しのけるように、よく通る声で精霊さまが言葉を連ねる。
「さっきの下級悪魔は、どっかのバカ野郎が使役しているうちの一匹にすぎねーです。サタニテイル術士をぶっとばさねーことには、事件は解決しねーですよ」
「? サタニテイル術士?」
町民の一人が疑問を呈したが、女児は応える様子を見せない。わざわざ教授する義理も責任もないと、無関心を決め込んだ。
その代わり、足元に――セレネの背を支えるルーヴァンスへと視線を向ける。
(……ふーん。このクソ虫は術士、いや、元術士といったところでいやがりますか? この野郎が一番役に立ちそーですね。それに――)
にこっ。
女児が満面の笑みを浮かべた。
(顔がモロに好みでいやがるです。ふふふ)
すこぶる機嫌が良さそうだった。
俗っぽい精霊さまである。
一方で――
(精霊、ですか…… 九歳? 十歳? 年齢は見た目通りでないのでしょうが……)
すこし考え込んでから、ルーヴァンスはセレネを支えたままで微笑む。
雨上がりの青空のように、爽やかな笑みであった。
「僕の名はルーヴァンス=グレイ。貴女のお名前を伺ってもよろしいですか? 素敵なお嬢さん」
生き生きとした表情で、俗っぽさの代表選手とでも呼ぶべき人の子が尋ねた。
精霊は人の子の性癖など存じ上げずに、にっこりと微笑む。
「ティアリスというです。よろしくお願いするのですよ、クソ虫」
人の世の大地に小さな光が齎された。