二章:光と闇
〜いざ戦場へ〜

「セリィ!」
 リストール港の端で空中戦を見守っていたヘリオスが叫んだ。空中の爆煙に黒い光が突き刺さって直ぐに、彼の姉の悲鳴が響いたのだから、心配するなという方が無理というものだ。
「……ティアとセレネくんの気配は消えていません。無事のようです」
「ほ、ほんとう?」
 悲痛な表情の少年の隣では、ルーヴァンスが町中へと目を走らせている。
(遠距離からの攻撃であの威力…… 同化術(どうかじゅつ)か)
 現在、ティアリスたちが相対している男は、サタニテイル術の魔化術を施された結果で生じた『魔人』である。
 魔化術では多くの場合、力を与えられる人間側の意思は存在しない。大抵は、注入された力の源である悪魔が人の身体を支配する。このとき、悪魔の力が半減してしまうというデメリットはあるが、サタニテイル術士自身でない普通の人間を強化できる点がメリットとなる。今回の場合も、魔人と化したのは憐れなただの町民だろう。
 一方で、同化術は人間――サタニテイル術士自身が意識して悪魔の力を受け入れる。原則として悪魔は従となり、人間が主となる。主導権はサタニテイル術士にあり、術士が悪魔の力を全て受け入れられる器なのであれば、従たる悪魔の力の一切を人間界で振るうことが可能となる。術士は心を有したままで悪魔を従えることが可能となるのが通常だ。つまり、今回の攻撃が同化術によるものであるならば、その元にはサタニテイル術士――リストール猟奇悪魔事件の首謀者が存在していることを意味する。
 黒き光の元へ向かえば事件を解決できる可能性が高い。
 しかし、ティアリスとセレネが劣勢に置かれている現状、彼女たちを捨て置いて町中の探索へ向かうのは得策ではない。
(まあ、『誰が』という見当はついていることだし……)
 とッ!
 ルーヴァンスは主犯の現行犯捕縛を諦めて、戦いの余波で生じた荒波に揺られている一隻の小舟へと飛び乗った。
「る、ルーせんせえ?」
「ヘリオスくんはそこで身を低くしていてくださいね」
 そうとだけ言い残して、彼は櫂をこぎ、リストール港の沖へと――精霊と魔人が戦う海上へと向けて、ゆっくりと確実に進み出でた。