黒く輝く光が海上の空を過ぎ去った時、そこには変わらずティアリスとセレネの無事な姿があった。
「し、死ん――でない? それどころか全く痛くありません…… あ、そっか。トリニテイル術の『神楯』でしたっけ? あれのおかげで…… アリスちゃん?」
安堵のため息をついているセレネの横で、ティアリスが難しい顔をしている。
(今の威力はセレネとの術で防げるレベルじゃねーです。クソ神の力が引き出される感覚がありやがったですが、このバカ丸出しのコメントからして、セレネが何かしたわけじゃねーみてーですし……)
「ティア! 今のうちに!」
黒の軌跡によって生じた衝撃波が、海上に巨大な波を生み出していた。その波に翻弄されながら、小舟の上のルーヴァンスが叫ぶ。
ティアリスが我に返って白翼を操る。闇の攻勢が止んだ隙を縫って、海面へと向かった。
そして、波に呑まれないように飛行しながら、彼女はニヤリと笑った。
(なるほど…… 接触なしでクソ神の力を操りやがるですか。うっぜー性癖はともかく、想像以上に使える野郎みてーですね)
精霊と人の子の距離が縮まる。
手を伸ばせば届く距離にまで至った。
「ティア!」
「ヴァン! 手を伸ばしやがるです!」
パシっ!
精霊と人が手を取り合った結果、陽の落ちた空をまばゆい光が満たした。
夜天に光が満ち、リストール港へと突風が吹き込んだ。
風は、港で身を低くしていたヘリオスの髪を撫で、町中へと向かって行く。
「……どうなったんだ?」
ヘリオスが呟いて、天を仰ぐ。
天には光り輝く巨大な剣が煌々と輝き、集った闇を裂いていった。
その結果、黒き光が晴れ、天を白が染める。
かっ!
人々の視線が集まる晴天にて、黒翼を背にした男が、あがきとばかりに黒い光弾を数発放った。
『神刀ッッ!!』
ぐおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおぉお!
大音声にともなって振り下ろされた神の刀が黒の弾を切断し、そのまま、闇自身をも斬り裂く。
町に断末魔が木霊し、ようよう安寧が訪れた。
「……くっ」
町中に潜んでいた魔が夕の闇に溶け果て、気配を消す。それを契機としたかのように、人界には夜が満ちていく。
月の明るい夜に静寂が訪れた。