リストールの町の南地区には、常に生花が献げられている裏路地があった。そこが鮮やかな色で彩られるようになったのは、つい半月前からだ。毎夜、人目のない頃合いに闇を引き裂く色彩が献げられていた。
すぅ。
今夜も、うら寂しい小路に人の子の影が舞い降りた。
「……貴女は……どこに居るのでしょう……」
ざぱん。ざぱん。
独白が潮騒に紛れた。
港場が光と闇の輪舞により破壊されて遮蔽物が無くなったためだろうか。平素と異なり、海水が波止場を打つ音は大きく響く。
ざぱん。ざぱん。
「……人としての尊厳を奪われ、無残に殺められたこの地に……怨恨の念を残したでのしょうか……」
ざぱん。ざぱん。
波だけが彼の独白を聴く。
現場の直ぐ側が海だった。
ゆえに、悪はここを選んだのだろう。よく知るこの地を、罪を犯す場所として選んだのだろう。
ざぱん。ざぱん。
「……それとも……」
ざぱん。ざぱん。
ぽたり。
ざぱん。ざぱん。
「……ふふふ……はははっ! あーはははははッッ!!」
ばさッ!
突然、闇を狂笑が駆け抜け、月夜を魔が翔けた。
絶望が人界の空を抱いた。
『人は――無様じゃな』
どこからか、只の事実が頑として告げられた。見据える闇の眼は嗤っていた。
『じゃが、それで善い』
可笑しそうに、侵して、犯させる。
月夜はただそれを見守り飲み込んだ。許諾するように、もしくは、看過するように……
人界は常にそう在った。悲しみも苦しみも見て見ぬふりだ。
それが人界という悪だった。