三章:疑いと惑いの夜
〜被害の状況〜

 キィ。
 メイドが軋む扉を開けて姿を見せ、マルクァスのつく席へと寄った。
「お話中に失礼いたします。旦那さま、警邏隊のゴムズさまがいらっしゃいました」
 報告を受けて、マルクァスが頷いた。
「通してくれ」
「かしこまりました」
 一礼して、メイドが広間を出て行く。そして、しばしの時間が過ぎ、扉が再び開いた。
 疲労した様子のブルタス=ゴムズ警邏隊長が姿を見せた。
「町の被害状況の報告に上がりました、アントニウス卿」
「ああ。よく来てくれた、ブルタス隊長。まずは掛けてくれ」
 マルクァスの勧めに伴い、メイドの一人がルーヴァンスの隣の椅子をすうっと引く。
 ブルタスは一礼してからその椅子に浅く腰掛けた。
「して、どうだ?」
「はい。死者二十三名。負傷者八十一名。うち十八名が重体となっており今も命の危険があります。残りの六十三名は軽傷で、特に問題はないかと。家屋は四棟が全壊、あとは奇跡的に少々の損壊で済んだ十九棟が確認できています」
「船の被害は?」
「大型船六隻、小型船八隻が全壊。また、航行不可能なほどの被害を受けた船が、大小あわせて三十七隻。以上のように船舶への被害が大きく、漁業や運搬への影響が懸念されますが、人的被害が予想外に少ないのが何よりでした」
 リストールの町には二千人弱の民が暮らしている。そのうちの数十名が命を落としたとして、なるほどパーセンテージはさほど高くない。そのことは不幸中の幸いだろう。
 しかし、だからといって手放しで喜べる結果でもない。開示された被害状況を言い換えれば、百人に一人以上の町民が亡くなったのだからして、どちらかといえば被害が大きいとも考えられる。そもそも、仮に死者が一人だけだったとしても、それは喜ばれざる悲劇だ。
 ゆえに、ブルタスの表情は暗い。それは、ルーヴァンスと、アントニウス家の四名についても――今度ばかりはミッシェルについても同様だった。
 一方で、人間たちとは対照的に精霊さまは相も変わらず平然としている。紅茶をひとすすりして飲み干し、ことりと音を立てて空のティーカップを置いた。
 すかさずに使用人の一人が、香り立つ淡い色合いの液体をティアリスの手元のカップへと注いだ。
 既に四杯目の紅茶であった。
 ティアリスは新たに注がれた液体をコクリと少量だけ飲み下して、それから肩を竦めた。
「まあ、先の戦闘の結果がそんくれーなら、上々じゃねーですかね。んなことより、パドルっつークソ虫の所在確認と、この屋敷の警備強化、っつー話の方に移りやがるのが先じゃねーです? 辛気くせー顔を並べて反省すんのなんて後でもできんじゃねーですか?」
 ごもっともではある精霊さまのご意見に、マルクァスが頷いた。ブルタスへと向き直り、真摯な表情を浮かべて口を開いた。
「ブルタス隊長。ひとつ聞きたい。パドル神父が何処におられるか、知っているかね?」
「パドル神父ですか? いいえ。大聖堂にはいらっしゃらないご様子でした。この状況ですので、所在確認は町民名簿をもとにして詳らかに行っております。当然、パドル神父についても、信徒やシスターのみならず他の者たちにも聞き込みましたが、誰も行き先を知らないようでして…… 皆、心配そうにしておりました」
 その応えに、場に集う者たちの表情が曇る。
 神に仕える者が無事であるのなら、姿を隠す理由はやはり悪魔と通じているためである可能性が現状では濃厚だった。そして、もしそうでない場合は、先の騒動のさなかに命を落としている可能性が浮上してくる。
 どちらにしても喜ばしい未来はみえず、心安らかに居られるわけもなかった。
「……そうか。すまないが、安否と所在の確認を頼めるか?」
「かしこまりました。夜間パトロール中と平行して確認するよう、隊員たちに指示を出しておきましょう」
 ビシッと姿勢を正してブルタスが返答した。
 マルクァスは一度頷いて、言葉を続ける。
「それと、こちらは手が空いていればでよいが、この屋敷の警備をお願いできるだろうか? ティアリスさまやルーヴァンスくんとの議論の結果、次の犠牲者はこの屋敷で生まれる可能性が高いようなのだ」
 ブルタスの表情が曇った。