五章:人の世の罪
〜光輝の休息〜

 ちゅんちゅん。
 朝陽が地平線から顔を出して窓から差し込む頃合い、小鳥たちのさえずりもまた耳朶に届いた。
「うーん」
 セレネ=アントニウスは差し込む陽の光から逃れるように、頭から布団に潜り込んだ。そうしながら、頬を緩めてだらしなく笑んでいた。
(初めてヴァン先生と会った時の夢だなんて、幸せ…… 今のヴァン先生は勿論かっこいいけど、あの頃のヴァン先生もニヒルで素敵…… もっかい……)
 彼女はベッドの上で身体を丸めて、まぶたをトロンと落とし、再び夢の世界へと旅立とうと努めた。懸命に、朝への反逆を試みた。
 心地良い枕と布団の感触を手放す気は全くないらしい。
 ようよう、彼女は寝息をすやすやと立て始める。けだるい朝の怠惰をむさぼる。
 しかし、そのような暴挙を許さぬ者がいた。
「とっとと起きろです!」
 げしっ!
 精霊さまが声を荒げて、横たわる人の子の身体を勢いよく足蹴にした。
 そこまでされると、さすがにセレネも起きざるを得なかった。
「んー? アリスちゃん?」
「目ぇ覚めたですか?」
「……うん。覚めた。覚めさせられた。おはようございます」
「おはようですよ」
 むっくと身を起こしたセレネの身体から、ティアリスは無情にも布団をはぎ取った。
「あ、ああ…… もう寝ないので、せめてもう少しお布団の素晴らしい感触を……」
 往生際の悪い言葉が紡がれた。
 しかし、憐れな人の子に慈悲が与えられることはなかった。
「ちっ。やかましいです。とっととそっから下りやがれですよ、このクソ虫」
 ティアリスは、朝の幸福な時を邪魔された人の子よりもなお不機嫌な顔を携え、ベッドに腰掛けているセレネを睥睨した。その様子は、世界の全てを呪っているかの如くであった。
 少女はねぼけ眼をぱちくりと瞬かせ、寝癖のついた髪を梳いた。ここまで恨みがましい視線を投げられては抵抗する気も起きない。素直にベッドから下りた。
 すると、代わって精霊さまがささっとベッドに横たわった。
「じゃ、おやすみなさいです」
「えっ、あの……」
 すぅすぅ。
 一秒と経たず直ぐに、可愛らしい寝息が部屋を満たした。
 そこでようやくセレネは思い出した。ティアリスが夜の闇からこの屋敷を守っていてくれたことを。
 光が溢れる朝を迎え、闇の出番は減るという。それゆえの戦士の休息なのだろう。
 少なくとも見た目はとても幼い精霊さまが、夜通し頑張ってくれていた事実は、目頭を熱くさせた。
 セレネは目尻の涙を人差し指で払い、思わず祈りの姿勢をとった。
「ありがとうございます、アリスちゃん。本当に本当に、ご苦労さま」