五章:人の世の罪
〜ソルゾード=コルヴェント〜

 コルヴェント家において使用人は物と同等だった。壊れれば代わりを。先々代や先代の主も、当代の主も、そう考えていた。
 それゆえ、使用人の一人、アリア=カルエもまた消耗品のように扱われた。毎夜、当主ソルゾード=コルヴェントの夜伽を命じられていた。ただ体を重ねるだけならばまだいい。避妊などに頓着しないのは当たり前で、それどころか、強い媚薬を嗅がせたり、殴ったり、足蹴にしたり、鞭で叩いたり。ソルゾードの寝室は肉欲と暴力に満ちていた。
 その日もアリアは当主の寝室に呼び出された。彼女はふわふわのベッドに腰掛けながら思う。
(アタシたちの部屋のベッドは硬くて冷たくて…… こんな上等の羽毛布団にくるまって横になれる機会は、普通ならきっと一生ない。アタシは幸運なんだ)
 間違いなく強がりだった。十六歳のアリアが四十過ぎの脂ぎった中年に毎夜抱かれて、幸せだなどと心の底から信じられるはずがなかった。
 けれど、そうとでも思わなければ生きていられなかった。全てを恨んで自ら命を絶つしかなかった。だから、どんなことがあっても明るく前向きに生きると誓った。彼女は前を向いて人の世を恨むことなどなかった。戦争で死んでいった両親の分も生きると誓った。
「アリア」
 しゃがれた声が部屋に響いた。前髪の禿げ上がった眼つきの悪い中年男性が、だらしのない裸を隠すこともなくベッドに歩み寄って来た。
「ご当主さま……」
 嫌な顔はしない。本心はどうあれ笑顔で迎える。喜んでいるように。心待ちにしていたかのように。
 ソルゾードは最近、アリアのそのような態度が気に入らなかった。破瓜の時にはあれ程嫌がっていた。それ以降も同様だった。しかし、何時からかいっそ楽しそうに身体を差し出した。快楽に堕ちたわけではない。そういう眼ではない。そういう表情ではない。性欲のはけ口である使用人のくせに――只の物のくせに、希望を信じるかのように瞳を光らせている。
 コルヴェント家当主はそのことが全くもって気に入らなかった。
 だから――
 ぐっ!
「――ッ! ――ッ!」
 声にならない声を上げ、アリアが瞳を見開いた。ソルゾードの背に爪を立ててもがく。瞳も表情も苦しみに歪んでいた。絶望に染まっていた。一抹の輝きさえも陰った。
「その顔、いいぞぉ! 苦しいか! 辛いか! 貴様らは俺の所有物なのだ! 俺の許可なく笑うな! 望むな!」
「――――――――――ッ!」
 アリアは必死で酸素を求める。しかし、絞められた気道から漏れ入るのは極々薄い空気でしかない。
「いい! 締りだなぁ! まるで生娘のようではないかッ!」
 腕に力を込めて、涎を垂らして、腰を豚のように醜く振って、振って、振って、振って、振って……
 いつの間にかソルゾードの下には冷たい骸があった。ベッドの縁に白い腕がだらりと下がっていた。
 冷たくなってしまった物の中に欲望をぶちまけて、ソルゾード=コルヴェントはゆっくりと腰を引いた。
「ふん。壊れたか」
 コルヴェント家において使用人は物と同等だった。壊れれば地下に捨てられた。その日もひとつ……
 それは珍しいことでは決してなく、少女の悲劇は、只の消耗でしかなかった。