五章:人の世の罪
〜ミチル=アズマヤ〜

 ミチル=アズマヤは国営塾の同級生、サトル=イリキミに恋をしていた。
 けれど、サトルは共通の友人であるアマンダ=ムーランと恋仲にあった。朝は手を繋いで街路を歩み、休み時間には笑顔で語り合い、帰宅を共にして買い物や食事に興じ、青春を謳歌していた。
 ミチルとサトルが出会ったのは国営塾の初等科に入塾した時だった。入塾時期が近く、家が近所だったことから、自然と仲良くなった。
 サトルとアマンダが出会ったのは国営塾の高等科に進んでからだった。高等科から学ぶことができる魔術実践学で席を同じくしたのがきっかけだった。
 ミチルは中等科に進級した頃から、サトルに対して淡い恋心を募らせていた。彼女は、心地よい関係を壊しかねない激しい感情に戸惑い、必死で友人のままで在ろうとした。
 アマンダは高等科に進んでからまもなく、感情を押さえつけ続けるミチルの前から、一切の遠慮なくサトルを奪い去った。しかし、そこに悪意は一切なかった。単純にサトルに惹かれたがゆえであり、順当に愛を告げ、順当に受け入れられた結果だった。
 ミチルには後悔の念が募った。なぜもっと早く想いを告げなかったのだろう。自分の方が先にサトルと知り合い、先にサトルを好きになっていたのに。
 仮に早く想いを告げていたとしても、彼女が受け入れられていたかはまた別の問題だ。しかし少なくとも、彼女の心が真っ黒な感情のみで塗りつぶされてしまうことは無かっただろう。アマンダの素直な感情や笑顔を疑い、彼女に嗤われていると疑い、彼女の存在そのものを憎み、彼女の全てを憎悪したりはしなかっただろう。
 正当に、彼女が彼に選ばれたのだと、そう諦めて、ほろ苦い思い出に変えていくことが出来ただろう。
 けれど、彼女はそうは出来なかった。
 ミチル=アズマヤの前にはアマンダ=ムーランだった物が在った。有毒の木の実を食べてしまった少女の死体が在った。不幸な事故の末に天国へと旅立った憐れな乙女の亡骸が大地に横たわっていた。
 ソレを見下ろしながらミチルは笑った。微かに微かに嗤った。
 そして、ごく少量の木の実の欠片を口に含んだ。
 国営塾の講義を終えてから野原へとでかけた二人の少女は、不幸にも毒の実を口にしてしまい、一方は一命を取り留め、一方は残念ながら死に絶えた。
 とても不幸な、とても悲しい、人の世には有り触れた、只の事故だった。