六章:罪と罰の星
〜迷い子〜

 とっ。
 妻と使用人を背に庇い、マルクァスが一歩前に出た。
「おや。自己犠牲とは、偽善でございますね。卿」
 パドルの顔に嘲りの笑みが広がった。
 対するマルクァスは、肩を軽く竦めて自嘲した。
「そのようなつもりはない」
 そう口にして、彼はキッと厳しい視線を、悪魔と共に歩むことを望んだ人の子に注いだ。
「私は君を止めたいのだ、神父」
 その願いは間違いなく心からの想いであって、そして、実現不可能な愚行だった。しかし、それでも願わずにはいられないとき、人は神を呪い、悪魔を求めるのだ。
 だからこそのサタニテイル術であり、今のパドル=マイクロトフがおり、かつてのルーヴァンス=グレイが居たのだろう。
 なれば、今の彼は、誰もが辿り着き得る姿とも言えた。
「止まる必要が、ありますか? 罪人は滅さねばなりません」
 それは、ある意味では正しい願いなのだろう。
 しかし、今の彼はきっと、苦しみの中で罪人を呪った当時の彼とは違う。大切だと想えた者を失い、神に、信仰に絶望し、力を欲した彼とは違う。
 悪魔の言葉に惑わされ、望まぬ願いを望み、彼は迷子になってしまっていた。
「さあ、愚かなイルハードに祈りましょう。今度こそ、人界を正しき姿へ!」
 パドルが祈りの姿勢をとると、神ではなく悪魔が力を奮った。
 魔の風が巻き起こり、自然の刃と成した。
 ひゅっ!
 刃は空間を引き裂きながら、人の子へと迫った。
「くっ」
 マルクァスは目を閉じて、腕で顔を庇った。
 しかし当然ながら、人の腕が真空によって生じる凶刃を防ぐ理屈はなかった。
 次の瞬間には血が流れ、床に首が転がる――はずだった。
 ぱぁんッ!
「なっ!」
 しかし、場には破裂音が駆け抜け、パドル神父の驚愕の声が響いた。
 彼が放った力の波は、願いを果たすことなく霧散したのだ。
「無事ですか!?」
 ちょうどその時、ルーヴァンスが姿を見せた。
 彼は場の状況を瞬時に察して――
「助かりました! あとはお任せを!」
 某かに対して感謝を口にした。
 ヴン。
 そして彼は、応えぬ筈の神――イルハードの力を受け、両の手に刃を生み出した。
「神刀・双(イルハーズ・ブレイド・ツヴァイ)!」