エピローグ
〜マリア=マイクロトフ〜

 人界の町リストールの上空には、青々とした天が広がっていた。青天に浮かぶ白雲が、緩やかな風に乗って南へと向かった。彼らは遥か海の向こうへと向かい、此の地の荒廃と平和を余すところなく伝えて呉れるに違いない。
 リストール猟奇悪魔事件が終焉を迎えてから数日が経っていた。警邏隊のブルタス=ゴムズ隊長は、警邏隊員たちに指示を出し、朝昼晩と、瓦礫の撤去作業と死者の埋葬に注力させていた。
「はああぁあ」
 ブルタスは深いため息をつき、作業の手を止め、視線を上げた。
 町の中央は瓦礫だらけで、まともな建物など一棟すら残っていなかった。名所だった大聖堂は見るも無惨に倒壊しており、町民たちにも多大な被害が出ていた。更に言うなれば、町の南の港もまた、中央ほどではないにしろ被害状況は甚大で、景観が大いに損なわれていた。みごと悪魔に因る残忍な事件が解決したかと思いきや、リストールの町には新たな問題が――今後の観光事業に関わる深刻な問題が浮上してしまったのだ。美しい大聖堂と港が心を惹きつける町、というキャッチコピーには、もはや偽りしかない。
 そして当然ながら、悪魔事件を契機とする町の評判の低下が深刻であった。実質上では悪魔の脅威が去ったとはいえ、他の町の人間からすれば『魔に魅入られた死の町』の悪印象はいまだに健在なのだった。そのような町に、わざわざやって来るような者は、まず居ない。
 先のブルタスのため息はそれゆえであった。悪魔の破壊による滅亡から免れたところで、資本不足による荒廃に晒されてしまっては、元も子もない。
(まあ、とはいっても、悪魔よりはマシかねぇ…… 俺をはじめ、生きてる奴らもまだまだ沢山いるんだ)
 諦めた瞳を天へと向け、彼は強がってみせた。生きてさえいればきっと、かつての町と、その美しさと、ひょっとすれば人の想いもまた、取り戻せるやもしれないと、強がってみせた。
「隊長! こっち、手伝ってくださぁい!」
「おう! 今、行く!」
 ブルタスは隊員の呼びかけに応えてから、小さな十字を立てた土饅頭たちの元を立ち去った。
 十字の一つには下手くそな文字で『パドル=マイクロトフ』と書いてあった。他にも、猟奇悪魔事件の被害者だった者の名や、被害者だった者に命を奪われた者の名など、悲劇の主役だった者たちが並んでいた。
 そして、そこには『マリア=マイクロトフ』という名もまた連なっていた。
 人の命も、想いも、死と共に消え去る。埋葬し、墓標を立てようとも、彼らに救いが訪れることはなく、彼らの無念が癒されるわけもない。そのようなことを理解できぬ程、人は愚かではない。それでも、人はせめてもの救いを求め、そこにひと筋の光明を望む。
「……今度こそ『妹』を護れよ、神父」
「? 何か仰いましたか、隊長」
「いや。何でもない。さぁ、気合入れて働くぞ!」
「はい!」
 人は、希望を信じ、今を懸命に生きていた。