家を飛び出したあと、俺と鵬塚は家が数件建つ地域を抜け、昨日ひと悶着あった林を左に見ながら駆ける。そして、途中で右に折れて畦道に入る。毎朝顔を合わせている爺ちゃんが挨拶してきたのでそれに適当に返し、適度な速さで駆け続ける。畦道が終わりを告げ、続けてコンクリートの道を行く。コンビニのある角を通り過ぎ、大きめの道路に出て、漸く通学中と思しき連中がちらほら見え始めた。
「ふぅ。そろそろ歩いても間に合うか」
コクコク。
駆け足を止めて隣を見ると、意外にも平然とした様子の鵬塚が頷いていた。こいつ、何となく体力なさそうなイメージがあったんだけど、そうでもないのな。
「……みや……くん……お……ね……」
「ん? ああ、昨日の金か。悪いな」
鵬塚の掌には硬貨が五枚。百円玉が三枚と十円玉が二枚で合計三百二十円があった。
「……って、百四十円多いぞ。あ、もしかしてペットボトルのお茶の分か?」
コンビニで買ってやったやつだ。
コクコク。
「あれはいいよ。別にお前に頼まれたわけじゃなかったし」
フルフル!
力強く首を横に振る鵬塚。……意外と頑固な奴だな。
まあ、そこまで払いたいというなら、それを辞退する理由はない。
「分かった。サンキュ」
コクコク。
「ところで、お前小遣いなんて貰ってるのか?」
コクコク。
「いやな。お前のものって何でも永冶さんが買ってくれそうなイメージあるからさ」
コクコク。
「あ。やっぱそうなん? すると、小遣いなんていらねんじゃねぇの?」
フルフル。
「……いぐい……とか……てみた……から……」
今のは、買い食いとかしてみたいから、と言ったのだろう。なるほど、引きこもってたんじゃ決してできんことだし、意外と憧れるのかもしれんな。それに実際、買い食いして食うものは不思議と美味い。
「おおおおぉおおぉおおぉお!」
と、いきなり聞こえた大声。
何だ?
「泰司が女を連れているっ!」
「何だ、太郎か」
「何だぢゃねぇよ! お前いつの間に……って転校生じゃん。な、何て手の早い……」
ああ。そういう勘違いか。何とも迷惑な……
「あのなぁ。俺と鵬塚は友達。席も隣同士なんだし、そんなに不自然じゃ――」
フルフル。
そこでなぜか首を振る鵬塚。そして――
「……友達……じゃない……」
「はぁ?」
こいつ、珍しくはっきり聞き取れる声量で話したと思ったら、何を…… は! そうか。今朝の鵬塚兄の――
「ほら、お前が照れ隠しで友達なんて言うから転校生がご立腹だぞ! この野郎、上手いことやりやがって!」
「ばっ、違――って、首絞めん……な…… ちょ、まじ止め」
俺と太郎がじゃれている一方で、鵬塚は俯いて楽しそうに笑み、口を動かす。
「……んゆう……」
おま! そっちの言葉こそはっきり言え!
「このプレイボーイが! このこの!」
「く、苦し……」
こ、これはマジでやべぇ…… き、気を失う前に先ほどの鵬塚語だけ翻訳しておくとしよう…… あれは恐らく――