第2話『友を欲する者』02

 鵬塚が転校してきて一週間が経とうとしていた。しかし、どれだけ時間が経とうとも、相変わらず彼女は社会不適合者のままである。
 女子の中でも親切な子らが、独りポツンと座っているあいつを見かねて声をかけたりしてはいるのだけれども、まあ十中八九の確率でコクコク、フルフルの二つの選択肢でしか対応しやがらない。たまに言葉らしきものを発していることがありはするが、聞き取ってもらえることはまずない。そういう時に毎回、隣の席から翻訳作業をしてやっていたおかげか、今では俺は『真依ちゃん専属通訳さん』などと呼ばれていたりする。もしくは、それだと長いので『真依通』と呼ばれたりする。正直うぜえ。
 くいくい。
 ここ一週間のうざい状況を思い出しつつイライラしていると、横から学生服を引っ張られた。そちらへ顔を向けずとも、それを為している人物の正体は判り切っている。
「なんだよ、鵬塚」
 頬杖をついて、ぼけっと黒板を見つめたままで尋ねる。
「……えらな……の……」
 今のは、帰らないの、と問いかけられたようだ。
 そう。今は既に放課後。部活に行く奴はもはや教室におらず、帰宅部の奴らもたいがい帰ったあとだ。そのような中、俺がこうして残っているのにはわけがある。大して深くもないわけがあるのだ。
 まあ、その話を引っ張ったところでいいことなどないため、あっさり情報開示といこうか。
 昨日のことだ。俺のケータイに鵬塚兄から電話が入った。番号を教えた覚えなどなかったが、そこは彼の――内閣総理大臣殿の御力というやつだろう。
「昨日、永治さんから電話があってな。実は――」
 知らない番号からかかってきたわけだから、当然のごとく誰からの着信か判らなかった。で、戸惑いつつ電話を取ると、受話器から聞こえるのは若干胡散臭く聞こえる総理大臣殿の御声だ。何事かと思ったね。で、彼から聞かされたのは――
「……かつ……?」
 そう。部活に関してだった。あ、念のため、今の鵬塚語は『部活』と訳される。
 鵬塚兄は、真依にあった部活を見つけてやってくれないか、と俺に頼んできたのだ。おそらく、友人の少なさを心配して、過保護兼シスコン症候群が発作を起こしたのだろう。
 現状で鵬塚がまともに話せるのは俺くらいだ。クラスの連中も、鵬塚のおかしさになれてきたため、返事がまともになくても話しかけはする。けれどもやはり、会話が続かない現状では、腰を据えてじっくり、という仲までは至れていない。決して仲は悪くないけれど、やはり友達とまで呼ぶに足る仲ではない、と見ざるを得ない。鵬塚兄が心配する気持ちも判らなくもない。
 もっとも、鵬塚自身としては充分満足している節があるんだがな。この社会不適合者、コミュニケーションに飢えまくってるからちょっと話しかけたりすると大喜びなんだわ。
 そういう意味じゃ、友達作ろう大作戦は成功しているとも言えなくもないんだが、当の兄としてはもう少し何とかしてやりたいらしい。そしてそれゆえ、部活に入ったらどうだろう、という意見がでてきたわけだ。
 クラスとは違う環境で育まれる友情。青春の汗と涙を流して苦楽を共にすることで、友達、更には親友となれるに違いない、というやや古臭い内容の頼まれごとを電話口でされた。
 正直うんざりしたが、鵬塚が部活に精を出してくれれば、俺が彼女を世話することも少なくなるだろう、と考えて尽力してやることにした。
 あの小動物は見た目だけなら麗しいと評するに足る外見をしているため、一緒にいる分には気分がいい。しかし、それも適度ならばの話だ。懐かれてしまい、登校、昼食、下校と、ひたすら世話させられている現状はマジうざい。あんなじゃ、俺にこっそり想いを寄せている子がいても、誤解されて青春さようならとなってしまうではないか。今回のミッションが成功すれば、それも少しは改善されることだろう。
「そう。部活だ。せっかく学校に通うようになったんだから、何かやってみるのもいいんじゃないか?」
「……も……みや……んも……くぶ……」
 でも富安くんも帰宅部、と言っている。今更だが、俺もよく理解できるものだ。
「俺のことはいいんだよ。それより、何かやってみたいことはないのか?」
 尋ねると、鵬塚は頬に手を当てて考え込んだ。長いまつげに飾られた大きな瞳を瞬かせている。
「……どうぶ……いい……」
「は?」
「……うんど……ぶが……い……」
 聞き取れなかったために聞き返したわけではなかったのだが、鵬塚は律儀に言い直した。まあ、それでも聞き取りづらかったけどな。
 いや、そんなことはどうでもいい。もっと大事なことに意識を向けようじゃないか。
「……本気か?」
 コクコク。
 思わず訊くと、鵬塚は首を大きく縦に振った。
 ふぅ。あいつらへの仲間入りを果たす権利ってのが大声を出せない奴にもあるのかどうか、俺も所属したことはないから判らないが…… どうなんだろうな。
 さて、先ほどの鵬塚語を訳そう。彼女はこう言ったのだ。
 ――運動部がいい、と。

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