東棟の非常口から建物内に入り、俺と尚子は二階空き教室へ戻ってきた。
それにしても、非常口を通る際に、口うるさい生徒指導の先公に見つかったのは誤算だった。うわ履きで外に出てたことを見咎められ、五分ほど説教されたのだ。ちょいと、いや、かなりテンションが下がった。
で。そのテンションの下がった状態で帰ってきたら、少し落ち着きを取り戻した尚子の目にようやく鵬塚が留まり、この子は誰ぞ、という話になったのだ。俺が軽く鵬塚を紹介し、そのあと、鵬塚自身がしっかり自分の口で尚子に入部したい旨を伝え、現在に至る、と。
ちなみに、尚子は俺の通訳がなくとも鵬塚の言うことを概ね理解した。おそらくは、口の動きから大方の内容を読み、あとは妄想力で補完しているのだろう。こいつの妄想力は昔から半端ないのだ。
「ふむふむ。つまり、我が文芸部に是非とも入部したいと、そういうことね?」
コクコク。
真剣な表情で頷く鵬塚。そして、真剣な表情で考え込む尚子。
そんな彼女達を横目に見つつ、俺と岬は暇つぶしのためのポーカーの真最中だ。岬の奴、妙に運がいいから気が抜けやしねぇ。ただ今の俺の手札はエース三枚のスリーカードだが、これでも負ける可能性は高い。……ええい、ままよ!
ばっ!
岬の手から放たれたのは――ストレートフラッシュ。
「また僕の勝ちっスね。いやあ、輝かんばかりの才能が怖い」
「……イカサマしてんじゃないだろうな?」
「いやだなぁ、富安先輩。何も賭けてないのにイカサマしても仕方ないじゃないスか」
それもそうだ。
「入部は大歓迎よ。ただ――」
今のは尚子だ。その口調に嫌な感じを受けたため、俺はカードを切る手を止めてそちらに瞳をやる。
そしてその時、尚子もまた、なぜか不適な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
もの凄く嫌な予感がするんだが……
「一つ条件があるわ。それは、泰司も一緒に入ること」
……なるほど。そうやって無理やり俺を引き込む作戦か。しかし、正直な話、ごめんだ。
是が非でも阻止させてもらうとしよう。
「ま――」
コクコク。
俺が文句を紡ごうとしたちょうどその時、例によって鵬塚が一生懸命首肯した。
「って、待て! お前勝手に!」
「はいはい。うるさいわよ、泰司。さて、真依。それでファイナルアンサー?」
コクコク。
嬉しそうに頷く鵬塚。どうにも、真依と呼び捨てにされるのが嬉しいらしい。
確かに、クラスの女子でも、鵬塚さん、真依ちゃん、と呼ぶのが大多数である。そんな中で同級生に真依と呼び捨てにされたら、より親しくしているような気になって、気分がいいことだろう。
って、そんな分析はどうでもいい!
「だから待て! 俺自身の意見も聞けよ!」
「だからうるさいって。真依がファイナルアンサーだって言ってるんだから、これで決定。いい男は女の子の望みを聞くものよ?」
「悪い男でいい。とにかく俺は入らん」
俺が言い切ると、鵬塚はたいそうショックを受けた様子でこちらを見た。
いや、ショックを受けたいのは俺の方だっつーの。勝手に入部を決められて、それに文句を言ったらなぜか責められるような目で見られてる俺の心情を少しは慮ってくれ。
「……いら……いの……?」
ぷるぷる震えながら、涙目で鵬塚が尋ねた。
……このショックの受け具合はまずいのか? この星のどっかで自然災害が大発生しちまうレベルなのか? どうなんだ? 俺はもはや屈するしかないのか?
プルルルルルル。
その時、俺のケータイがけたたましい音を響かせた。電話の着信だ。
嫌な予感がするぞ。
電話は鵬塚兄からでした。彼に尋ねたところ、今回は災害発生とはならなかったようです。けれど、彼のシスコンっぷりが存分に発揮され――
本日から俺こと富安泰司は、文芸部員と成ります。
……畜生め。