第3話『地を駆け回る者』11

 1年5組の前を通ると、扉が開けっ放しだった。窓も開けっ放しだし、もうちょっと警戒しろよお前ら、と文句を言いたくなる。
 犯人共は教壇に腰掛けていた。岬たちは教室の前方窓際にまとめて座らせられている。位置関係としては、俺と犯人、岬が一直線に並んでいた。
 俺は犯人たちをしばし見つめ、それから、わあ、と叫んで駆け出す。目指すは2階スロープへと続く扉だ。1年5組の後方扉から数メートルのところにあるそれは、辿り着く前に数秒を要する。
「なっ! 捕まえろ! 逃がせば教師に伝わる!」
 がたっがたっ!
 机をかき分けながら犯人どもが動き始めたのだろう。ここで何人が俺を追ってくれるか……
 ばたんッ!
 流石に震えてしまう足を何とか動かして、スロープへと続く扉に至った。両腕に力を込めて開け放ち、秋の気配満ちる外へと飛び出す。
 スロープの長さは数メートル。駆け抜けるのに5秒と要さない。
 ばんッ!
 南棟へと続く扉に手をかけた時、後方で扉の開く音がした。
 そちらを見ることなく、俺は南棟へ体を滑り込ませる。そうしてから、扉をしめつつスロープを見返す。そこには、男女2名の姿があった。慌てた顔でこちらを怒鳴りつける。
 俺は焦ったふりをしながら、内心で笑む。2人がこちらへ来てくれるというなら、尚子が残りの1人を引きつけて、岬たちに見られない場所で鵬塚が相手を掌握するだけだ。
 そして、俺は2人を上手く引きつけながら東棟へと舞い戻り、やはり、彼らを鵬塚の星術で鎮圧すればよい。南棟の3階へ向かい、再びスロープを通って東棟へ向かう。そこで鵬塚が待ち構えてくれている予定だ。
 右へ向かう。階段を上る前に振り返ると、男がこちらへ向かってくるのが見えた。動きが素早く、このままではじきに追いつかれるだろう。
 しかし、ひたすらに逃げる必要はない。東棟へ戻れればいいのだからして、せいぜい30メートルといったところだ。よし!
 階段を上りきった。あとは廊下を数メートル走り、スロープを抜けるだけ――
「っと、そこまでよ」
 3階の廊下には、既に犯人グループの1人がいた。さらに、後方――階段を駆け上がってもう1人もやってきた。
 ちっ。スロープを抜けたあと、女の方が左に曲がって別の階段を上がっていたらしい。
「……ふぅ。大人しくしてくれると助かるな。手荒なまねをする気はないんだ」
 そう言いながらも、彼らは銃をこちらへ向けている。実際に引き金を引く気はなくて、ただの脅しなのだろうが、だからといって、逆らって危険を冒すのはごめん被りたいところだ。
 一旦従うか……
 そのように考えて両手を上げた、その時――
「君は2年生の……富安泰司くん、だったかしら?」
 ばッ!
 全員が視線を声の主へ向ける。声の主は――生徒会長、天満舘佳音先輩だった。
 何でここに?
「それからそちらの方々は、本校の生徒ではございませんね。新任の先生でもないようですし……」
 天満舘先輩は小首を傾げて、にこやかにそんなことを言った。ついには軽く頭を下げて、はじめまして、などと自己紹介を始める。いくら何でもボケすぎだろう。
 犯人共は戸惑いながらも、カチャリと銃を構える。
「……すまないけど、君も一緒に来てくれるかな? しばらくすれば解放するから」
「あら? 申し訳ございませんが、そういうわけにも参りません。午後の創作ダンスの部では放送部から解説を頼まれておりますので。貴方がたの幼稚な逃亡劇にはおつきあいできませんわ。そろそろ馬鹿なことは止めて出て行って下さいません? 正直、邪魔ですわ」
 クスクス。
 にこやかに、機嫌良さそうに、しばしば女神の微笑みと呼ばれる笑顔を浮かべて、生徒会長はそんなことを言い切った。浮かべた表情も、耳朶を刺激する声音も、教師や生徒に評判の優秀な生徒会長のそれなのだが、言っている内容は疑いようもなく喧嘩を売っている。
 かちゃ。
 男の方はぽかんと口を開けて呆けたが、女の方はこめかみに青筋を立てて銃を構えた。同性ということで、より腹が立ったのだろう。
「生意気なお嬢ちゃんね。いいから言うとおりにしなさい」
 クスっ。
 生徒会長は更に笑った。その表情は、まさに嘲笑という言葉がふさわしいものだった。
 緊張の糸が張り詰め、ついに切れた。
 ぱああああぁんッッ!!

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