ジュネスと話をしていた若者は、最後に彼と握手をしてから去っていった。
私としては愛想の欠片もない男の手に触れて何が楽しいのやら、といったところだが、若者は満足そうに笑んでいた。
まあ自慢にはなるだろう。とはいえ、どうせならばサインでも求めた方が、出会ったことの確たる証明になるだろうに。
……あの仏頂面の男が、いったいどんなサインを書くのかが非常に気になるところだ。
「何をにやついてやがる」
ジュネスが鋭い瞳を携えて尋ねてきた。
普通であればここは狼狽してしまう場面かもしれない。しかし、彼と付き合いの長い私からすればどうということもない。
その目付きゆえに、彼は不機嫌に見える。しかしそんなことはないのだ。彼はへいそ目付きが悪いのである。
だから彼が今もとめているのは、謝罪でも反省でもなく、口にした疑問に対する回答だけなのである。
「今回の報酬は結構でかいんでね。解決の時が楽しみで仕方がないのさ」
いま口にしたことも本音ではあるが、先ほどの問いに対する答えとしては正確ではない。しかし、ジュネスは別に読心術が出来るわけではないからな。私の言葉に納得したようだ。
「たしかに、軍は相変わらず支払いがいいよな。まあ当然だろうが」
そのように呟き、ジュネスは意地悪く笑んだ。
軍からジュネスに事件解決の依頼がくる機会は非常に多い。しかし、事件の解決がジュネスの手によるものだと世間に知れ渡る機会は非常に少ない。
ジュネスの報酬の中に、多額の口止め料が含まれているためだ。軍が面子というものを重視していることが窺える。
正直、くだらないと思う。しかし、それでジュネスの報酬がはねあがり、私の紹介料も増えるのであるからして、文句を口にする気など勿論ない。
「それはともかくジュネス。何を熱心に聴き込んでいるのだ?」
そろそろ本題を思いだそうとして、私は尋ねた。
ジュネスは現場である緑地公園を出てから、被害者たちの自宅周辺で聴き込みを続けている。その主な内容は、彼女たちの容姿と素行について、だ。
今回の事件は怪物退治に近いものがある。犯人を問答無用で倒してしまえば、それで終わりだろう。にもかかわらず、ジュネスは聴き込みに精を出している。やっていることがおかしくはないか。
「暇潰しってやつだ。デルタの犯行は日没後。日没まではまだ数時間あるし、何かしてねぇと流石に退屈過ぎる」
「確かに生前のデルタの犯行は日没後だったが……決めつけていいのか? 気まぐれを起こされれば、誰かが命を落とす上に、軍が意気揚々と君に嫌味を言いに来るぞ?」
軍は自分達の意思でジュネスに依頼をするくせに、彼が事件を解決するのが気に入らないようなのだ。理不尽にもほどがある。
……まあ、彼らがさんざん苦労した事件を、ジュネスはたった独りで軽々と解決するわけだからして、腹が立つ気持ちも分からなくはないのだが。
「大丈夫だ。今のデルタは日没後にしか現れねぇ。信用しろ」
ちゃりん。
ジュネスは銅貨を指ではじき、道端の屋台のおやじに放った。そして、店先に置かれている焼き鳥の串焼きを二串手にした。
「釣りはいらねぇよ」
おやじにそう言い放ってから、彼は無愛想なまま串を一本、こちらへ差し出す。
「食うか?」
そういえば昼御飯を食べていない。肉汁が乾いている様はお世辞にも美味しそうとは言えないが、空腹に逆らってまで拒否しようとは思わない。
「貰うよ。ありがとう」
ぱくり。
受け取り、早速ひと口食べてみる。やはり不味い。冷えて固まった脂が気持ち悪い。別にグルメぶるつもりはないが、ここまで不味いとなると、顔のひとつやふたつしかめてしまうものだ。
実際、私は酷い顔をしていたのだろう。ジュネスはまず私の顔を正面から見つめた。しかしそれも数秒のことで、彼の瞳は更に、上半身、下半身とゆくっり遷移した。その間、つねに無表情である。
「……なんだ? 気色の悪い」
「ああ。すまねぇ」
彼はまったく悪びれた様子もなく謝り、それからよくわからないことを口にした。
「お前も理想を求めるのはいいが、程々にしろよ。少なくとも、デルタの真似だけはするな」
? 何を言っているのやらだ。言われずとも人殺しなどするものか。
まったく。変な奴だ。