私達が居るここは、常日頃なれば、牧歌的な光景が特徴の村である。
しかし――
「いやああぁあ!」
十四、五の少女が悲鳴をあげた。古代竜の生み出した氷の杭が、彼女がいる辺りに降り注ごうとしている。
「Uoznv Dzoo!」
ぶわああぁあ!
イーヴェラさんの言葉に伴い、炎が立ち昇った。そして、竜の生み出した氷塊が消え去った。
「あ……ありがとうございます……」
「いーえ。にしても、随分やられたわねぇ」
そう口にしながらイーヴェラさんが目にしているのは、傭兵達の成れの果てである。
勇敢に立ち向かった彼らは、あるいは竜の口から放たれた炎の息に、あるいは竜の魔法にて倒れた。残っている傭兵は、村人達同様にイーヴェラさんの側で震えている者ばかりだ。
勿論、戦わないことが悪いとは言わない。死んでしまうよりは生きている方がいいに決まっている。
「さて。そろそろジュネスと交代した方がいいかな」
軽く体を伸ばしつつ、イーヴェラさんがそのように言った。しかし、私の瞳には元気に派手な魔法を使い続けているジュネスしか映らない。交代が必要だとは思えないのだが……
そんなことを考えている間に、イーヴェラさんが朗々と呪を紡いだ。そして、ひと抱えはある雷球を生み出して、放った。
「Vovxgil Yzoo!」
雷球は空を翔け抜けながら肥大していき、竜よりもひと回りほど大きくなった。
バチバチバチバチッッ!
激しく放電する音が村中にこだまする。しかし、雷の触手は古代竜には届かない。不可視の壁がその進撃を遮っている。
イーヴェラさんの一撃は、素人目には大層強力に映った。にもかかわらず、易々と防がれてしまうとは……
古代竜の操る魔法が半端なものではないことが窺える。
「ジュネス! 攻守交代よ!」
たッ!
イーヴェラさんが叫んだ。
ジュネスは牽制のために巨大な氷柱を生み出し、竜に打ち落とす。
グオオオオオオオオォオオオ!
竜はいななき、炎の壁を自身の前に作り出した。氷柱は一瞬のうちに溶けて消え去る。
「ちぃ。いい加減、魔力切れしろや。糞がっ!」
悪態をついてジュネスが後退する。
「ギリュウ! あんたも下がりなさい!」
「しかしイーヴェラ様、いくら貴女でも独りでは……!」
竜の動向を気にしながら言葉を連ねたギリュウ殿は、イーヴェラさんの微笑みを瞳に映して寸の間呆ける。しかし、直ぐに苦笑してジュネスに続く。
「お頼み申す!」
独り竜の前に残ったイーヴェラさんは、両の手に炎と氷を生み出した。
「あの子たちの攻勢に耐えたくらいで調子に乗ってるんじゃないわよ、トカゲちゃん。今度はあたしが相手をしてあげる」
得意げに笑みを浮かべ、イーヴェラさんが朗々と呪を紡ぐ。
「Tzgsvi Rm Ylgs Lu Szmwh, Yirtsg Ivw Uoznvh Zmw Uilavm Hmldhglin. Hsllg Gdl Zggiryfgvh!」
ギィンッッ!!
イーヴェラさんの手に宿っていた轟炎と吹雪が直線を描き、凄まじい速さで竜へと向かう。
「Wvozb!」
しかし、力強い言葉にともない、凍える息吹がすぅと進撃を止めた。炎の触手のみが竜を目指して進む。
竜は瞬時に氷の壁を生み出して焔の攻勢を防ごうとする――が……
「Yllhg!」
続いたイーヴェラさんの力強い言葉に伴い、炎は更なる進撃を見せた。
じゅッ!
炎が氷の壁を砕き――
ぱりぃんッッッッ!!!!
ギュアアアアアァアアアァアアっっ!!
悲鳴が響いた。
続いて、
「Ivhfnkgrlm!」
肌を刺すような冷気が空間を翔け抜け、焔にて傷ついた竜の鱗に追い打ちをかける。
ガアアアァアアアアアアァアアっっっっ!!!!
ついに、ついに竜に攻撃が届いたのだ。
「す、凄い……! 彼女はジュネスより強いのか……!」
思わず呟くと、ジュネスはしかめ面を浮かべた。
「ちっ」