炎や氷、雷など、イーヴェラさんの生み出す様々な魔法が竜の鱗を傷つけるが、古代竜は倒れる気配を見せない。いつしかイーヴェラさんの方が息を切らせ始めて、とうとうジュネスやギリュウ殿と交代した。
「たくぅ…… とんでもないタフネスだこと。これだから竜種の相手はいやなのよ……」
私の隣に腰を下ろして、イーヴェラさんが言った。疲れた表情を浮かべているが、特に絶望している様子は見せない。
一方で、私と村人たちは顔を青くして立ち尽くしてる。あれほどの攻撃を受けても倒れない相手を前にして、なぜ平静でいられようか。
「? どーかした?」
「……いえ、なんというか」
尋ねられ、私は黙りこくってしまった。マイナスな発言をすると、事実そうなってしまいそうで恐ろしいのだ。
ガアアアアァアアアァアっ!
竜が叫んだ。すると、竜の眼前に雷球が生じる。雷球はどんどんと膨らんでいき――こちらへ向けて放たれた。
すく。
イーヴェラさんが立ち上がる。
「R Dzmg Tlw'h Sznnvi Ortsgvmrmt」
彼女は小さな手を前に突き出すと、先頃にジュネスが放ったのと同様の呪を詠唱した。光が空間を翔けて、竜の生み出した雷球を迎え撃つ。二つの雷は、眩い光だけを残して消え去った。
そうして一段落すると、イーヴェラさんは再び足を伸ばして地面に座り込んだ。
「今の、ジュネスがさっき使った魔法だって気づいた?」
「え? は、はい。ジュネスが最初に放った雷の魔法、ですよね?」
「そ。で、不思議に思わなかった?」
そう言われても……
考えてみるが、特にこれといって疑問など覚えない。いや、待てよ。
「ジュネスに比べ、イーヴェラさんの放たれた魔法は範囲が狭かったような……」
イーヴェラさんの雷は竜をまるごと飲み込む程度のものであったが、ジュネスの雷は竜どころか村をまるごと飲み込まんばかりに大きかった。
「はい、正解。さっきも言ったと思うけど、ジュネスの火力はとんでもないの。あたしと比べて二、三倍の威力は出せる」
「は? し、しかし、イーヴェラさんの魔法が古代竜の防御魔法を貫くのとは対象に、ジュネスの魔法は防がれていますよ?」
「それはあの子が威力に依存してるから。あたしの魔法が届くのは『工夫』の結果よ」
工夫…… 魔法にも色々と細やかな技術があるらしい。
しかし、そうなってくると――
「気づいたみたいね。あの子がその『工夫』をすれば……」
イーヴェラさんが視線を遷移させた。
竜の吐いた炎をジュネスが防いでいる。その炎が途切れると、ギリュウ殿が前に出て地面を拳で打ち、その結果として大地を隆起させて攻撃に転じていた。
彼がそうして連続で攻撃を放っている一方で、ジュネスは後退する。そして、詠唱を始めた。
「R Dzmg Tlw'h Sznnvi」
同じ呪文? あれは防がれたはずだが……
「Ortsgvmrmt!!」
轟!!
雷が空間を駆け抜ける。イーヴェラさんが生み出したものよりも大きな、しかし、戦いの初めにジュネス自身が生み出したものよりも小さな閃光。
ジュネスの魔力が尽きかけているのだろうか。これでは『工夫』とやらを実行しても……
絶望的な思いに駆られて立ち尽くす。
グワアアアアアアァアアっっ!!
竜が咆哮を上げて、自身の眼前に不可視の壁を生み出した。それにより、ジュネスの雷はやはり防がれる。
「Yllhg!」
しかし、彼が腕を前に突き出して力強く言葉を放つと、雷は数倍の大きさに膨れあがる。光が竜を飲み込んだ。