ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアっっっっっ!!!!!
ずうぅんっ!
凄まじい叫び。続いて重苦しい音が響き、大地が震える。これまで大きな翼を羽ばたかせて中空を漂っていた古代竜が、大地に落ちたのだ。
「竜みたいな獣が魔法を使う場合、その力は本能に伴って行使されるわ」
イーヴェラさんが言った。
「魔力の無駄遣いは死に直結すると彼らは知っているの。だから、着弾する攻撃の属性や威力を瞬時に読み取り、最低限の防壁で生き残ろうとする」
それゆえに、炎や氷などの複数の属性を間断なく放ったり、着弾後に魔法の威力を増したり、そうする『工夫』を為すことによって古代竜の生み出した防壁を貫いたのか。そして、ジュネスの生み出す常識外れともいえる威力で『工夫』をすることにより、竜は堕ちた。
古代竜の見せた隙を逃さずに、ギリュウ殿が大地を駆ける。傷ついて弱っている竜に向けて、拳を突き出した。すると、堅牢な鱗も限界を迎えたのか、砕けた。続いた蹴りもまた、黄土色の鱗にひびを走らせる。
「うおおおぉおおぉおッッ!!」
ドスっ! ドスっ! ドスっ!
彼が地面を力強く殴ると、いくつもの杭が勢いよく隆起して竜を貫いた。
「い、いける……!」
「勝てるぞ!!」
集った村人や傭兵たちから希望の声が漏れ始めた。
彼らの言うとおり、あの様子であれば古代竜が力尽きるのも時間の問題と思えた。
たっ。
ギリュウ殿が後退してジュネスへ瞳を向ける。すると、ジュネスは小さく頷いて、朗々と詠唱を始めた。
「Xlnv Rm Z Yozxp Xfigzrm. Dizk Nb Vmvnb. Wzip Hksviv!」
ヴンっ!
闇が生じた。全身に怖気を走らせるそれは、古代竜を丸々と包み込んだ。黄土色の鱗が黒に塗りつぶされ、獣のいななきもどんどんと弱くなっていく。暗黒が命を飲み込むかの如くであった。
そして――
ひゅッッ!
地面が隆起して漆黒の錐を生み出した。錐は息絶えかけていた竜を貫く。
ぽた…… ぽた……
緑色の液体が地面を濡らした。古代竜の血液だろう。竜はびくびくと数度痙攣して、息絶えた。
鬨の声が村中を駆け抜けた。村人も傭兵も抱き合って喜んでいる。
一方で、イーヴェラさんやギリュウ殿、そしてジュネスは目つきを鋭くして佇んでいた。
「どうかしましたか? イーヴェラさん」
手近にいるイーヴェラさんに尋ねると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「止めを指した錐はジュネスの魔法じゃない。どうしても血が――力強きモノの血が必要な奴がいるみたいね」
「え? それはどういう……」
疑問を覚えて先を促す。しかし、それ以上の説明は為されなかった。
既に日が傾き始めた夕刻。希望を取り戻した村にて、私は漠然とした不安を感じていた。
何はともあれ、古代竜は死んだ。グラディアス国領内を覆っていた不安のヴェールは取り除かれたのだ。宮廷でもパーティが開かれて、ジュネスやジュネスを雇ったレウニオン卿、イーヴェラさんが出席した。かくいう私も同行させて貰っている。ギリュウ殿はガラではないと言って辞退したらしいが。
「おぉ、レウニオンよ。よくやったな。予は感激したぞ」
グラディアス王がレウニオン卿に機嫌良く声をかけている。一方でジュネスやイーヴェラさんには目もくれない。実際に活躍したのは彼らであるのだが、陛下としては、雇い主で身分の高いレウニオンの手柄、ということなのだろう。
ジュネスもイーヴェラさんも気にしてないようではあるが、私は少し腹が立った。死ぬ思いをして戦ったのは彼らだというのに……
「なに仏頂面かましてんだ、お前」
鳥の脚の唐揚げをしゃぶりながら、ジュネスがやって来た。イーヴェラさんはお酒を美味しそうに飲み下しつつ、料理をテーブルの端から端まで口に運んでいる。
「いや、なに。君らは気にしてないようだが、陛下があまりに君らをないがしろにしているようでね」
「んな下らねぇこと気にすんなよ。それよりもタダ飯をたっぷり食え。お前だって不定給の雑文書きなんだからよ」
……自覚はしているが、人に言われるとイライラするな。特にジュネスは口が悪い。
「それによ。たぶん、これから俺らは事件に巻き込まれる。今のうちに骨休めと行こうぜ」
「?」
何気なく紡がれた友の言葉に、私は首を傾げる。いったい何が起きるというのだろうか。イェーメの村で感じた不安がまたぶり返してくる。
宮廷の広場を彩る音楽と人々の楽しげな声が、心持ち遠くに聞こえた。