26番通り魔女集会

 人の世とは隔絶した空間に、世界と世界の重なる集会所があった。

 にゃー。
 茶色い建物の真ん前で、黒猫が可愛らしく鳴いた。
 26番通りと呼ばれる異界の通り道にある建物――魔女集会所。その建物に入ろうとしていた女性は微笑み、しゃがみ込む。
「あら、ジャンヌ。お出迎え? うふふ、嬉しい」
 すっ。
 腕を伸ばし、女性は黒猫を抱く。そうしてから立ち上がり、扉を開けた。
 がちゃ。
「戻ったわよ、イライザ」
「言霊ねーさまっ!」
 扉を開けるなり、女性に飛びつく影があった。
 影の正体は、まだあどけなさの残る顔立ちの少女。ある世界では、紅涙の魔女と呼ばれる者である。
「あら、ルイちゃん。早かったのね。イライザから連絡があったのはついさっきだったのに」
「言霊ねーさまにお会いできると思ったら居ても立ってもいられなくなりました。お久しぶりです!」
「ええ。しばらく見ない間に一層可愛くなったのでない?」
「ねーさまもますますお綺麗になられて…… さすがワタシの憧れのねーさまです!」
 頬を紅潮させ、紅涙の魔女は興奮した口調でまくしたてる。
 そんな彼女の様子を、集会所の隅に腰掛けた男が呆れた様子で見ている。
「ぐえー。レズ女きもー」
 小さな呟きだった。通常であれば、彼の真ん前に座っている赤毛の女性にしか聞こえないだろう声量であった。
 しかし、話題の当人である少女は、悪口に関しては耳ざとかった。
「……オカマ魔女が何か言った?」
「きもいっつったんだよ。つか誰がオカマだ。燃やすぞこら」
「じゃあシスコン魔女。お姉ちゃんの同伴がないとトイレにも行けないんでちゅよねー?」
 がたりっ。
 男が勢いこんで立ち上がる。そして、つかつかと少女に近づき、ゼロ距離で睨みあった。
 くすくす。
「相変わらず仲がいいわね、あなた方は」
「よくねぇっ!」
「よくありませんっ!」
 声を揃えて文句を紡ぐ2名。
 彼らを適当にあしらい、言霊の魔女は赤毛の女性へと歩み寄る。
「お久しぶり。紅蓮くんは無茶していない?」
 ふるふる。
 問いかけに、女性は苦笑して首を横に振った。つまり、無茶しているのだろう。
「うふふ。では心配の種が尽きないわね。姉泣かせな弟くんだこと」
 ふるふる。
 再び首を横に振るう女性。
「そう。貴女がそれでよいのなら、それが最良なのでしょう」
 にゃー。ひゅっ。
 その時、黒猫のジャンヌが言霊の魔女の腕から飛び出した。床にすたっと降り立ち、トットッと駆けてゆく。
 彼女が向かう先には、白いドレスに身を包んだ隻眼の女性がいた。
「ジャンヌったら。私よりもイライザがいいのね。妬けちゃうわ」
「言霊の魔女ともあろう方が戯言をおっしゃらないで。さて、これで全員ね」
 イライザと呼ばれた女性は、小さく微笑んでから、言霊の魔女、紅涙の魔女、紅蓮の魔女を順番に見据えた。
「全員? これだけなんですか、イライザ様。まあ、いけすかない血肉の魔女とか、星空の魔女とかがいないのは嬉しいけど」
 ついでにオカマ魔女もいなければもっとよかったのに、と言って紅涙の魔女は意地悪く笑った。
 紅蓮の魔女は眼光を鋭くするが、イライザが話している手前、騒ぎ立てはしない。
「他の皆は気がのらないそうよ。まあ皆、魔女と呼ばれるくらいなのだから、信仰を持つ者には良い感情は持っていないのでしょう」
 イライザが言った。
 その言葉に、各々言葉を飲み込む。皆、信奉者とは憎み憎まれる関係であることが多い。
 しかしそれでも――
「信仰の魔女。彼女はこれから単独で国ひとつを相手にしようとしている。彼女の能力では荷が勝ちすぎていると言わざるを得ない」
「噂は聞いてる。僕の隣の世界で騒がれてる奴だろ? 治癒力の操作がメインらしいな。対集団向けじゃない」
 話題の中心である神に愛された魔女は、つい先日に破壊の力に目覚めたばかりだという。彼女の能力が仮に強きものだったとしても、経験の浅い状態ではどうにもなるまい。
 にゃー。
 ジャンヌがイライザの足元で鳴いた。
 すっ。
 しゃがみ、イライザは漆黒の獣の喉をなでる。
 ごろごろ。
「けどなんで、そんなよわよわなお嬢様が、国相手に喧嘩しようとしてるんですか? おとなしく引きこもってればいいじゃん」
 紅涙の魔女が言った。もっともな意見だった。
 しかし、イライザは小さくかぶりを振る。
「彼女としてはそうも言ってられない状況にあるようね。彼女は先日、ある国の王子を殺した。その国の王は既に当の王子に殺されており、残りの王位継承者は彼の妹君のみ。その御方は、信仰の魔女をかくまっていた聖堂を異端と認定し、その聖堂の教徒を全て火刑に処そうと思し召しよ」
 火刑という残忍な言葉があっさりと紡がれる。
 そして落ちる長い長い沈黙。
 …………………………………………………………
 すっ。
 その沈黙のあと、集会所をするりと風が抜けた。流れるような足取りで、言霊の魔女が扉へ向かう。
 にゃー。
 黒猫はひと鳴きし、彼女のあとを追う。しなやかな体がすっと部屋を横切る。
「ジャンヌ。イライザと遊んでおいでなさい」
 にこり。
 微笑んだ言霊の魔女。
 ジャンヌは止まり、素直に引き返した。
「イライザ。その子のことは任せて。なるべく意向に沿うようにするわ。ここにも連れてくる。けど、その国がどうなるかまでは責任は持てないわよ?」
 彼女の携えた漆黒の瞳は、吸い込まれそうな程に昏い。
「構わないわ。国の行く末なんて魔女(わたしたち)が気にする方がおかしい」
「うふふ。そうね。それじゃあ――」
 楽しそうに紡がれた言葉。続けて、
『その国、消してくるわ』
 言霊の魔女の魔法が力を紡ぐ。
 その魔言を受け、紅涙の魔女と紅蓮の魔女は不敵に笑み、立ち上がった。
「ねーさまの言霊はいつも素敵。腐った国を消すだなんて、わくわくしちゃう」
 楽しそうに両の手を組み、紅涙の魔女は無邪気に笑った。
 紅蓮の魔女もまたニヤリと笑う。
「言霊の魔女とご一緒できるとは光栄だ。さあ、姉さん。行こう」
 こくり。
 彼の呼びかけに伴い、彼の姉が頷き、すっと寄り添う。
 にゃー。
 ジャンヌが鳴き、笑んだ。
 イライザもまた微笑む。
「いってらっしゃい、皆。闇の加護が共にありますように」

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