血肉の魔女

 ある世界では、神を信じる者たちの対立が続いていた。
 一方は、自分たちの正当性を主張し、対する者を魔女と罵った。
 一方は、ただ神を信じ、神を冒涜する者との対立を望んだ。
 世はその対立を神子と魔女の夜と囃し、神子と魔女の定義は一意のものとはされなかった。

 わああぁああぁあ!
 草原を駆けるは甲冑に身を包んだ騎士たち。
 2派の教義に賛同する武人が、それぞれの信念の為に刃をとった。その結果、戦いが生じる。
 きぃん! きぃん!
 ざくぅ!
 ひゅうぅっ!
 かんっかんっ!
 剣と剣の交わる音。
 肉の断たれる音。
 矢が風を切る音。
 杖と体術で争う音。
 騎士のみならず、僧侶と思しき者たちも総出で争う。幾千の血が流れ、幾百の命が失われた。
 そんな中――
 ひゅぅんっ。
 戦場に闇が生じ、闇から人が生じた。
 赤黒い長髪。金の瞳。表情の乏しい女性だった。
「……あ、悪魔、か?」
 女性にもっとも近い位置にいた僧侶が呟いた。
 すると、女性は無機質な瞳をその者へ向ける。
「………………………………魔女は?」
 端的な質問。
 思わず僧侶は、対立する者たちを見やる。
「魔女は――異端は、あそこに……」
 がっ!
「ぐあっ! ぐぅ……」
 唐突に、女性が僧侶の首を鷲掴みにした。細腕にそぐわぬ豪力が僧侶の首を締め上げる。そして――
 ぶしゃあっ。
 女性の腰から抜かれた短剣が、僧侶の首筋を傷つけた。勢いよく噴き出す血潮。
 僧侶はようよう崩れ堕ち、唯の血肉と成った。
「あちらが魔女だとすると、討伐対象は――」
 抑揚のない声で呟くと、女性は振り向く。
 そちらには、僧侶が示した者たちとは異なる服装の人々がいた。
「……血よ、肉よ。荒ぶるがよい」
 女性の呟きに伴い、血が、肉が躍る。隆起し、四方へ散った。濃い鉄の臭いを放ち、液体は、物体は、戦場を翔けた。
 あるいは鋭き刃と化し、あるいは醜き獣と化す。血肉は寸の間にて戦場を更なる血肉で埋める。
「戦は血と肉に溢るる。妾の独擅場よ」
 新たに生じた血肉が更なる悲劇を生む。1派はことごとく死に逝く。
 それを受け――
 わああぁあああぁああっ!
 歓声が上がった。
 自分たちを殺すことなく敵のみを屠る女性。その所業はとても常人のそれでなく、どこか悪魔的である。それでも、彼らは勝利を喜び、勝鬨を上げた。彼女は救世主なのだ、と。
 しかし――
 びゅっびゅっびゅっ!
 血の弾丸が流星のように戦場に立つ全ての者に襲い掛かった。
 ばたっ。ばたっ。
 倒れ伏す人々。それにて息を引き取ったものもいれば、いまだ命有る者もいる。
 運よく――いや、運悪く生き残った者は、戸惑った様子で、涙の光る瞳を女性に向ける。
 女性は瞳を鋭く細め、言葉を吐き出す。
「人の死を喜ぶ心。不幸を望む願い。魔女を生み出すのは、貴公らのその醜き想い。妾は裁かねばならん。醜き人の世を」
 すっ。
 静かに1歩を踏み出し、女性は――血肉の魔女は、血と肉と相成った人であったモノを掴みあげる。
 そのモノの傷口をなぞり、血を掬う。そして――

 争いは終った。あとには、血と肉と、ただ荒野だけが残った。
 そこで何が起こったのか、知る者は唯1人。

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