星空の魔女

 宇宙歴1999年。人類が星の海に進出してから2000年が経とうとしている折、ニンジャという名の偵察艦が、とある星系を目指していた。ようよう星間航法に入り、しばしの休息と相成る。
 ニンジャが向かう先は宇宙の墓場と称される宙域で、バミューダスペースという俗称で通っている。その名は、遙か昔に消滅してしまったチキュウという星にて恐れられていた魔の海域から取ったという。
 バミューダスペースでは、航行中の艦がしばしば行方不明になる。航行管理が雑な民間艦はもとより、管理が徹底されている軍用艦もまた消える。現在では、当該宙域を航行することは暗黙のタブーとなっていた。
 そのような場になぜニンジャが向かうのかという疑問が沸くことだろう。理由は単純である。巡洋艦レザンコンペトンのオート航行に不具合が生じ、当該艦がバミューダスペースにて行方知れずになってしまったのだ。そのレザンコンペトンには宇宙軍のサトル=リチャードソン准将の息子が乗っており、結果、理不尽な上官命令が発動したというわけだった。
 ニンジャの乗組員は皆、これからを思い、不安に満ちたため息をついた。

「艦長。星間航法から抜けます。到着座標289434,157394。本艦出現宙域を浮遊する物質、生物ともに存在しないことを確認」
 オペレーターの言葉を耳にし、艦長は大きく頷く。
「よし。ワープ空間離脱」
「空間離脱」
 オペレーターの復唱に伴い、レバーのひとつがすぅと引かれた。そして、ニンジャが歪んだ空間に飲まれる。モニターにはようよう星々の海原が映った。
「第94星系3084宙域区画です」
「バミューダスペース、か。存外穏やかだな」
 魔の海域の名を冠す空間は、他の宇宙空間と別段変わらないように思えた。凶悪な宇宙生物が跋扈していることもなく、高速の漂流物がひっきりなしに艦を襲うということもない。現状、至って平凡な航行でしかない。
「レザンコンペトンからの信号は?」
「受信波なし。ニンジャから半径20万ベクタルに宇宙軍の艦は存在しません」
「……………そうか」
 宇宙軍籍の艦は毎秒で暗号化された信号を放出するように設計されている。同じ宇宙軍籍の艦であれば当該信号をキャッチし、遭難中、通常航行中などの現状を知ることが可能だ。例外として、艦自体が壊れていた場合は当然、信号が発されない。
 以上の事実を鑑みるに、レザンコンペトン乗組員が生存している望みはまずないだろうと思われた。
 しかし、艦長は苦々しい表情を浮かべながらも、
「……信号を発せないながらも生存している可能性はある。予定通り探査活動に入る。有機レーダーを1万ベクタル四方に展開しろ」
 申し訳程度の希望を口にした。
 オペレーターはタッチパネルに指を走らせ、命令に従う。
「はい。有機レーダー展開。設定範囲、1万ベクタル四方」
 ぴっぴっぴっ。
 規則的な電子音が鳴り始める。そして直ぐさま――
 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!
「れ、レーダーに反応あり! 1時の方向、300ベクタル。有機体の保有温度、人間の平温と同程度。宇宙生物ではあり得ません」
 けたたましい音に慌てながらも、オペレーターの1人が報告した。
「300ベクタルだと? 民間艦か? モニターに映せ」
「座標設定。モニター、映します」
 ぴっ。
 巨大なモニターに星々の光が映り込む。しかし、艦のような巨大な物体は存在しないようだ。
「座標の打ち間違えか? しっかりしろ!」
 叱咤する艦長。
 しかし、オペレーターは戸惑った表情を浮かべて首を振る。
「い、いえ。座標に誤りはありません。有機体の反応は相変わらず現在映っている宙域からです」
「何? 当該有機体の詳細位置を捕捉して拡大しろ。レザンコンペトンからの漂流者かもしれん」
「了解。詳細座標算出。モニター、映します」
 ぴっ。
 モニターの隅にスコープをあて、そこを基点に拡大される。
 そして、モニターには人が映った。
 白銀の髪を肩口で切りそろえた女性。琥珀色の瞳は吸い込まれそうな程に美しかった。しかしそれよりも、ニンジャの乗組員は皆、彼女の装いに目を引かれた。
 女性が身につけるのは漆黒色のワンピース。色白の肌を強調している。それは決して、真空の海で身につけるべきものではなかった。
 彼女は宇宙服を――着ていなかった。
「何だアレは!」
「し、新種の宇宙生物か!?」
「いや、悪魔だ!」
 皆が動揺する中、艦長は瞑目して考え込んだ。そして、直ぐさま結論に達す。
 女性がどのようなモノであれ、まともな生物だとは思えない。不安要素となり得るのであれば撲滅するのみである。幸い、ニンジャには小規模ながら兵器が搭載されている。
「反重力砲発射準備!」
「りょ、了解」
 艦長の力強い言葉を受け、皆が忙しく動き始める。ようよう準備が整った。
「反重力砲発射準備完了」
「よし。目標」
(……うるさい……)
 艦長の言葉が終わるか否かという刹那。アルトの声が、全員の頭に響いた。
 そして――
 ばああぁああぁあんっっ!!
 星の海を光が照らした。

「…………………」
 巨大な光の柱を目障りな艦に突き立ててから、女性――星空の魔女は、表情を変えることもなく沈みゆく艦を見送った。数日前と同様に。
 ひゅっ。
 そして、彼女は星の海を翔け、人々がバミューダスペースと呼ぶ宙域の中心部を目指す。

 バミューダの星の海には魔が潜む。

PREV TOP NEXT