世界の中心には軸があり、その軸が成熟したものは大変な珍味なのだとか。芳醇な香りがし、コクの深い味が口いっぱいに広がる。そしてそれは、神様の大好物なのだという。ゆえに、世界はある時がくれば滅びてしまう。その後、あとに残された軸だけを神様が食すのだそうだ。
そして、あたしたちが住む世界は明日、滅ぶ。
あたしたちが稲を収穫するように、神様はあたしたちの世界を収穫する。これもある意味食物連鎖なのだろう。
この事実は1年も前からわかっていたことで、様々な学問の権威たちによって、回避する方法の模索がなされてきた。けれど、結局そのようなものは見つけられず、滅びの日の前日――つまり今日に至っている。
誰もがあきらめ顔で道を行き、刹那の享楽に身を任せている。といっても、略奪が横行しているわけでも、乱暴されている人々がそこかしこにいるというわけでもない。みな、いつも通りに笑い合って、おしゃべりをして、残り少ない時を平平凡凡に過ごしている。平和な世界である。
そんな中、あたしは唯一の例外として鬱屈としていた。強いお酒をがんがんあおり、酒場のマスターに怒鳴り散らす。
「とっとと酒もって来なさいよ! このノロマ!」
「お嬢ちゃん、荒れてるねぇ。そりゃあ明日世界が終るとはいえ、もうちょっと明るく過ごさんかね?」
お酒を運びながら、マスターはなだめるように言った。周りの客たちも、強面の割にはその穏やかな意見に賛同し、口々に優しい穏やかな言葉をかけてくる。
けれど――
「うるさあい! ほっとけっつーのバカ!」
あたしの機嫌がその程度で直るものか。それもこれもあいつのせいだ。1年も無駄に研究しまくっていたあのバカの。
あのバカは、1年前に世界が今日終ると発表された瞬間から、自宅になんだかよくわからない研究所を作り、熱心に雨の日も風の日も雪の日も台風の日も研究し続けた。あたしが遊びに行こうと言っても、大事な研究なんだ、の1点張りで聞きはしない。
そして結局今日までそんな調子だった。ここ1年、あたしはあいつと出かけた覚えはない。あいつの家で食事をつくってやった機会が多く、加えて、うまいと言わしめたことが、唯一いい思い出といえばそうか。
けれども、基本的にいい思い出などなかったに等しい。
友人たちの間では、終末宣言があってから彼氏や夫との仲がよくなって幸せ、という話も少なくない。中には冗談半分で終末さまさまだ、とか言ってる人もいた。
一方であたしときたら先に申し上げたとおりである。
「ちくしょおぉおー!」
ぐびぐびぐびぐび!
叫びながら一升瓶をあおると、そこここからどよめきが生じた。
「すげぇ! どんないやなことがあったんだ、あの嬢ちゃん!」
「かっこいいかも…… ぽっ」
「兄貴になって欲しいぜ」
……ここの客層おかしくない?
まあいいか。そんなことより、飲も飲も。このまま呑んだくれて寝てるうちに最期を迎えちゃお。もおあんな奴のことなんか知らないんだから!
ぐびぐびぐびぐびぐびぐび!
どよどよ!
あたしの一気飲みにともなって、ざわめきが店を占める。何をそんなに驚いているのやら。この程度、あたしの本気には遠く及ばない。本気を出せば1時間でお店のお酒を全て飲みつくして見せる。
さて、そろそろ少し本気をだそうか。
と、マスターに酒樽をまるまる注文しようとしたその時――
ばんっ! からんからん。
誰かが店内に勢いよく入ってきて、小気味のいい鐘の音が響いた。
「居た! 来てくれ!」
がしっ。
そして、突然現れたあいつが、あたしの腕をひっぱって、また勢いよく出て行こうとする。
「いやよバカぁ! はーなーせー!!」
「いいから早く!」
ばんっ! からんからん。
無理やり連れて行かれるあたし。
夜空にちらつく星々。あたしたちの星もそのうちの1つである。今日までは。
輝く星たちは、そのきらめきをいつまで残せるのだろうか。
「で? 何なわけ?」
日が変わろうかという頃合い、あいつの家にたどり着き、不機嫌丸出しでソファに座り、唇を尖らせて問いかける。
するとあいつは嬉々とした表情で長方形の手のひら大の物体を見せつけてきた。
「完成したんだ! ギリギリでついに!」
完成って、何がだ。
「何よそれ? リモコン?」
10年ほど前から販売され用いられている、魔法の波を用いて遠隔から何かを操作するための魔具をリモコンと呼ぶ。確か、リモートコントローラーの略称だ。
あいつが手にしているものはそれに酷似していた。
「ああ。これは世界リモコンだ」
「世界リモコン?」
何だそのバカみたいな名称は。というか、世界のリモコンってどんなリモコンだ。
「じゃあ何? 世界を一時停止して、終末がくるのを遅らせるとか?」
とりあえず思いついたことを言ってみた。そんなこと出来るわけないけど。
「そうだ!」
「へ?」
肯定されてしまった。
「え、ちょ、ホントなの?」
「ああ」
「す、凄いじゃない! あんた、英雄よ英雄! 国王陛下に称号貰え――」
「ただし、一時停止できるのは1日だけだ」
あたしの言葉をさえぎり、あいつが言った。
その内容に、あたしは開いた口がふさがらない。
「はぁ?」
「明日1日、世界を一時停止するための魔具なんだ」
「1日だけ? これからずっとではなくて?」
「そうだ」
満足そうにうなずく目の前のバカ。
終末を1日遅らせる魔具を、こいつは1年かけて作っていたというのだ。
「あ…あ…あ……」
「どうした?」
「あほかあぁああぁあ!」
ふぅふぅ!
興奮から冷めやらず、鼻息荒く息をしていると、バカがよくわからないという表情でこちらを見た。
そんな顔をしたいのはあたしの方だ!
ひゅっ! ひゅっ!
周りにあるものを手当たり次第に手に取り、あいつに投げつける。
「それで1年間も引きこもってたわけ? みんなが今日に向けて仲良く後悔のないように過ごしているなか、あんたは1人で研究ばっかして、あたしのことなんてどうでもよかったんでしょ! バカぁ!」
ひゅっ! ひゅっ! ひゅっ!
部屋のものが順調に壊れていく。ガラス片が床に散らばってしまったから、歩くときは気を付けないと。
そんな場違いなことを考えていると――
がしっ!
腕をつかまれた。目の前には、額から血を流しているあいつがいた。投げたものが当たったのだろう。
「あ…… ご、ごめ――」
「ごめん!」
ばっ!
深々と頭をさげるあいつ。あたしは呆気にとられ、意味もなく慌ててしまった。
「え、ちょ、な?」
「おれ、明日が最期にならなきゃいいなって、そのことだけ考えてた。でも、おまえにとってはそうじゃなかったってことなんだよな。ごめん」
「明日が最期にならなきゃって…… それで1日だけ終末を遅らせる魔具? でも何で?」
「大切な日を最期の日にしたくなかったんだ」
大切な日…… 明日、何の日だろ?
明日…… 明日…… あし――あ!
「あたしの誕生日?」
「ああ。そろそろ、あと2分くらいでね」
言われ、あたしは壁の時計に瞳を向ける。時を刻む針は長短針両方、あと少しで頂点をさす。
そうだった。1年前に明日のことを公表されたときには、自分の誕生日が終末であることにとても驚いたことを覚えている。けれど、あたしは日を追うごとにそのことを忘れていった。
そのわけは言わずもがな。こいつに対するイライラの為せるわざだ。
「……だから、ずっとその魔具を作ってたっていうの? 当のあたしのことはほったらかしにして」
「ごめん」
「旅行とか行きたかったし、食事にも出かけたかったし、レジャーとかアウトドアとか、年末年始のバーゲンの荷物持ちとか」
「ごめん」
「……いいよ。あたしのために1年間がんばってくれたんでしょ? 正直ずれてるなぁって思っちゃったけど、嬉しい」
つい本音を口にすると、あいつはがくっと肩を落として苦笑した。けどしょうがないよね。実際問題、ずれまくってるもん。
たしかに誕生日が終末の日っていうのは最悪だけど、あたしとしてはそこまで悲観してなかった。なのに、要らぬ心配して貴重な1年間を無駄にしてたなんて、まったく。
「バカ」
「ごめん」
ごーんごーん……
その時、鐘の音が響いた。壁にかかる時計から鳴っている。
深夜0時。
終末の日が、そして、あたしの誕生日が始まるのだ。
「……世界崩壊の予定時間は0:34だっけ?」
「ああ。だから、一時停止ボタンは30分になったら押そう。そして、今日は出かけよう」
「出かけるって、何処へ?」
「ちょっと待って」
そう言うと、あいつは自室へ向かった。そして、直ぐに紙片を手に戻ってきた。
「遊園地。動物園。駅前にできたケーキのおいしい喫茶店。南にあるディクトア湖畔のキャンプ場。オスカー古城。ポートリアの街の海水浴場」
「……………」
場所の羅列を続けるあいつ。その場所は、あたしがかつてあいつが研究している横で行きたいと騒いだものばかりだった。
くすり。
「ちゃんと、聞いてたんだ」
「いち段落ついたら行こうと思って、全部メモしてたんだ。結局、こんなギリギリになっちゃったから、行けるとこは限られるかもしれないけどね。さあ、準備して」
「うん!」
深夜2時。
ざぱあぁあん。
暗闇の中、海はうるさくない程度に波立っていた。岩辺に打ち付ける海水が、遠慮がちに水しぶきをあげている。
「今冬だし、夜だし、海ってびみょーね」
「まあ、趣があってよくない?」
「そーゆーことにしときましょーか」
嘆息しながら一応同意すると、あいつは苦笑した。
あたしもつられて苦笑し――
「にしても、ポートリアの街中の方が騒がしくない?」
「それはあれじゃないか? ほら、終るはずの世界がまだ終らないもんだから、世界は救われたって感じで歓喜の宴会」
「ああ。なるほど」
そう納得し、あたしは再度苦笑する。
「明日には結局終るのにね」
「まあ、いいじゃない。1日長く騒げるんだから」
深夜3時。
ポートリアの街へ行ってみると、案の定、大人から子供までが路上で騒いでいた。そこここの定食屋や料亭がただで料理やお酒をふるまっており、あたしたちも折角なのでご相伴に預かることにした。
「おぉ、うまい。さすがにプロは違うなぁ」
引きこもっていた奴が感嘆した。
「……あたしの料理とは違う、と?」
「そうそう。お前のは味が大雑把…… あ。えと、なーんちゃって」
ばしっ。
ごまかそうとしたあいつの頭を思いっきり叩く。
誰がごまかされるか。
ぶわああぁああ!
と、そこで突然、夜天に赤き光がさした。
「わぁ! 魔法サーカスだ! あれも見たかったのよ!」
各町を巡業している魔法サーカスがちょうどポートリアへ来ていたのだろう。『終末回避』を記念して路上でパフォーマンスしているようだ。
目玉の空中ブランコは出来ないだろうけれど、ピエロや火吹き男、一輪車乗りが活躍している。
「そーいえば、行きたい場所リストの中に魔法サーカスもあったよね。ちょうどよかった」
「うん! 嬉しいわ! あそこ空いてるから、2人で座って見ましょ!」
誘うと、あいつは楽しそうに笑った。
「ああ、いいね」
早朝5時。
ポートミスでおいしいと評判の、海鮮定食のお店にやってきた。港でとれたばかりの魚介類をさばいて出してくれるそうだ。
こちらの店も『終末回避』を記念して無料で料理を提供していた。
「ラッキーね。みんなタダ」
「今日まで待って正解だったかもしれないな」
冗談めかした様子であいつが言う。
「調子にのるな。結果論でしょ、そんなの」
「ばれたか」
にやりと笑うその顔を睨みつける――が、我慢できずに笑い出してしまった。
「あはははは」
6時30分。
オスカー古城にやってきた。かつて栄華を誇ったドリキャサバス=オスカー伯爵の居城だったのだが、彼の子供がギャンブル狂いで、彼の死後数年と経たずに没落したらしい。
しかし、たくさんお金をかけた無駄に豪奢な城は、今でも有志の努力によって景観を維持され、観光スポットとなっている。
「城の荘厳さと庭の優美さがぱないわね。下手すれば国王陛下の居城よりも凄いんじゃない?」
「たしかになぁ。世界と一緒にこれもなくなると思うと、なんだか勿体ないな」
あたしたちは咲き誇る冬の花々と、朝陽に光る流水を目にし、ため息をついた。
9時。
遊園地にやってきた。ここも大サービス中のようで、フリーパスが無料で配られている。何でもタダで乗り放題らしい。
「わぁ! 凄い! 高い! おもしろそー!」
あたしは目的の乗り物へと走り、その目の前で叫んだ。
はぁはぁ。
ようやくあたしに追いついたあいつは、肩で息をしながら呆れた目をした。
「そういう感想でいいの? この乗り物」
あたしたちの目の前にあるのは『ジェットコースター』と呼ばれる乗り物だ。魔法を駆動源とし、人の乗った箱を時速300キロメートルまでの速度を出して直立に打ち出すらしい。その後、箱は飛翔の魔法で空を自由にランダムに飛び回り、数分後にゆっくりと安全に降りてくるのだそうだ。
ちょうど箱が打ち出されたところで、青空には悲鳴が響いている。
「え? 楽しそーでしょ?」
「……ノーコメント」
12時。
遊園地内で昼食を食べている。
ジェットコースターに乗ってあいつが気分を悪くしたので、あのあとはゆったりした乗り物で楽しんだ。
歩くのと同じくらいの速度で川を下りつつ、とある冒険ストーリーに沿った参加型の劇を楽しむ乗り物が特に楽しめた気がする。普段であれば、どちらかといえば苦笑しつつ乗るのだが、今日が本当の最期なのだと思うとテンションが上がった。
「毎回思うんだけど、あの乗り物の添乗員って不思議なテンションしてるよねー。まあ、今日に限って言えばおれたちも似たようなもんだったけど」
同じことを考えていたらしい。あいつは向かいで飲み物を口にしながら苦笑した。
「最期くらいは、ね」
「だな」
にこり。
13時。
動物園にやってきた。
「かあぁあわああぁあいいいいぃいいぃいぃいいい!」
叫んだ。思わず。
目の前には、外国から連れてきたという小動物がいた。ぴんと立った耳、まん丸の黒い瞳、ちょっと膨らんだおなか。どこをとってもかわいいとしかいいようがない。
「落ち着け。動物がおびえてる。さらに言えば、他の客がドン引きしてる」
あいつだけでなく、他の人々――子供にでさえ呆れた目で見られていた。
……あはは。
15時。
ディクトリア湖畔のキャンプ場へやってきた。ここもあらゆるものをタダで貸してくれるようだった。
あたしたちはテントとバーベキューの道具、それと釣り道具を借りて湖のほとりへ向かった。
テントを組み終わり、バーベキューの道具をテントから少し離れた場所に設置する。火の魔法が暴走した場合、テントが燃えてしまうこともあるらしい。先ほど、ここの職員さんから聞いた。
そうしてから、釣り道具をもって2人で湖へ向かう。
空高く昇っている太陽から降りてくる陽の光を受けて、湖はきらきらと光っている。その中に、魚の鱗が反射する光も混ざっているようだ。
「わぁ! 結構いっぱいいるんだ! 街中の川なんてドブと大差ないのにねー」
「さて、釣れればいいけど」
そう言って、あいつは貰ってきたエサを釣り針につけ始まる。エサはそこら辺の土の中を蠢いている虫らしい。
「がんばってね」
「……お前はやらないの?」
「釣りはやる。でも、そのエサは無理」
笑顔で言い切ってやると、あいつは苦笑した。
「ほれ。これ使って」
そう言って、もうエサを付けた釣竿をこちらへ渡した。
あたしは、エサの付いている箇所が体に近づかないように注意しながら受け取った。
「よし! 準備万端! 釣ろー!」
「はいはい」
21時。
思っていた通り、普段ならば20時で閉まるはずの駅前の喫茶店は、この時間になっても営業をしたままであった。やはり『終末回避』記念らしい。
あたしたちは窓際の席を取り、それぞれミルフィーユとチーズケーキを注文した。
「1個でいいの? せっかくだから10個くらい頼めば?」
「あちこちでタダだから食べ過ぎちゃって…… もお無理。あ、でも、そっちのやつも1口ちょうだいね」
はいはい、と笑いながら返事して、あいつは窓の外へと瞳を向けた。
「あと数時間で本当に終りか…… こうしてみると、今日1日、あっという間だったな。全然足りないや」
そう言って、こちらをすまなそうに見る。
「ごめん。やっぱもっと――」
「すとっぷ」
ぴと。
あいつの唇に人差し指をつきつける。体温が心地よかった。
「もおいいのよ、それは。あたしは、最高の誕生日を過ごせて嬉しかったんだから」
破顔一笑し、言い放つ。
すると、あいつも顔を崩して笑った。
「お待たせいたしました。ミルフィーユとココアのお客様」
「あ、はい。あたしです」
かたっ。
感じのいい女性店員さんが静かにお皿とカップを、あたしの目の前に置く。
続けて、チーズケーキとコーヒーをあいつの前に置いて、一礼して去って行った。
さて、どんなもんなのかなー。
ぱくっ。
「む。おいしー。評判になるだけはあるわー」
「ああ、しつこすぎず甘すぎずで食いやすいね。ほら、一口」
「あ、ありがとー。あーん」
23時30分。
あいつの家に戻ってきた。その際、途中でお酒をしこたま買ってきた。
がちゃがちゃ。
ワインやらビールやらを床に置き、おつまみも床に広げ、準備は万端だ。
「さぁー、のもーのもー!」
「呑兵衛め」
そう呟くあいつの手には、オレンジジュースの入ったカップが握られている。下戸なのだ。
「こーんなおいしいものが飲めないなんてかわいそー」
ビールをカップに注ぎながら、あたしは泣くふりをしつつ言う。
「別に。オレンジジュースもおいしいし」
「あはは。お子様ー。かわいいでちゅねー」
「もう酔ってるの?」
呆れた様子で、あいつは言った。
確かに、テンションのおかしさ的には酔ってると言われてもおかしくないかも。
「まさかそんな。あたしの本領はここからです。さぁ、かんぱーい!」
「乾杯」
かんっ。
カップとカップを打ち付け、それから2人同時に一気にあおる。
飲み終わったのは同時だった。
『ぷはぁ!』
それから、飲み物を注ぎなおし、思い思いにつまみに手を伸ばす。
がさがさ。
「でもよかったの? 最期がここで」
「いいの。なんだかんだで、最期は落ち着いて迎えたいの」
「そっか」
ぐび。
一口飲んでから、時計に目を向ける。
23時50分。
あと10分で、あたしの最高の日が終り、世界が終る。
「みんな、死ぬんだねー」
「ああ」
ぐびぐび。
ぽりぽり。
「今日、楽しかったね。誕生日はやっぱ楽しくなくちゃね。ありがと」
「喜んでもらえて何より。おれの1年は無駄じゃなかったな」
「またそーゆーこと掘り返す。もおいいって言ったでしょー?」
また、時計を見る。
23時55分。
ぐびぐび。
ぽりぽり。
「なんかさー。エンドデイの気分に似てるね」
「そーいえばそうだね。『どうせ1年の最後だし』って刹那的な気分になるのまでそっくりだ」
1年で最後の日――エンドデイに、あたしたちはよくこうして小宴会をしながら深夜0時を迎える。
そして、日が変わった瞬間にキスをして1年を始める。
「1年の最後、どころか、世界の最期、なんだねー」
「ああ。最期、なんだよな」
時計は――23時59分。
そしてあたしたちは、唇を重ねた。
いったい何分経っただろうか。3分くらいだろうか。少なくとも1分以上は経った。
あたしたちはゆっくりと離れた。
「……終らない」
「え?」
「世界、終ってないよ! あんたの魔具、実はずっと一時停止できるんじゃ――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何よ? これはもぉ、また外に繰り出して騒がないと!」
嬉々として言うと、あいつは困ったように頬をかいた。
そして、
「言い方が悪かったかなぁ」
と、何やら煮え切らない様子で苦笑している。
「何よ?」
尋ねると、あいつは苦笑したままで例の魔具を手に取った。
「これ、1日だけ一時停止するっていったけど、それはつまり、24時間だけ一時停止するんだ」
「同じ意味じゃん?」
「そうだけど、1日っていったから、その日1日を停止させとく、とかそういう意味で取らなかった?」
何を言ってるのかよく…… あ。
「……もしかして、0時30分に止めたら、次の日の0時30分まで止まりっぱなし?」
「うん」
「で、本当の終末は――今日の0時34分ということに?」
「そう」
…………………………………
ぷっ。
『あははははははは』
とんでもない勘違いをしていたものだ。もっともそれはあたしだけ。
あいつはきちんと、0時34分までは猶予があることを分かっていた。
なのに、あたしだけは0時ちょうどで世界が終ると思って、もったいぶった風にキスを求めたのだ。ものすごくバカみたい。
すっ。
「どうした?」
立ち上がると、あいつはいぶかしげに言った。
あたしはそちらを見ずに、上着を羽織る。
何だか気恥ずかしくて見られなかったのだ。顔も赤らんでいると思う。初めてキスした生娘でもあるまいに。
苦笑しつつ、あたしは口を開く。
「やっぱり外いこ。終るあたしたちの世界を見たい」
あいつも立ちあがった気配がした。あたしの隣へ来る。
そして、コートに手をかけながら、耳元で囁いた。
「何処に行きたい? 終末デートだ」