Dead Fancy

 幼い時分、私は病で生と死の狭間を漂った。
 そして、そこで1人の少女に出会った。
 彼女は私の手を引き、白い扉の前まで連れて行ってくれた。
 私の手を握っていた細長い指先、華奢な体、艶やかな黒髪、そして、大きな鴉色の瞳。動く人形のような少女は、ぴくりとも表情を動かすことなく、一言だけ口にした。
「さあ。入りなさい」
 次の瞬間、私は病院のベッドの上で目を覚ました。

 それから20年が経ち、私は再び少女に手をひかれている。
 既に私の方が遥かに大きく成長し、腰を少々屈めねばならない。
「君には以前あったことがある。覚えていないか?」
 尋ねるが、少女はこちらを一瞥もしない。
 が――
「覚えています」
 平坦な口調で言った。
「生と死の管理がボクの仕事。その狭間を漂うあらゆる者の顔を、名を、ボクは覚えています」
「……私は、死ぬのか。それとも、まだ生きるのか」
「死にます。今度はこちらの扉に入っていただきます」
 やはり淡々と、少女が黒い扉を指し示す。
 そちらを一瞥してから、私は少女に瞳を戻す。
 生か死か。そのようなことは実際、どうでもいい。
 私は『ここ』に居たい。
「ここに、狭間に居ることはできないのだろうか?」
「できません。さあ――」
 そのあとに続く言葉を、以前も耳にした事務的な言葉を聞きたくなくて、私は腰を屈めた。
 数秒、そのままでいた。そして、唇を離す。
 少女は何を思うでもなく、相変わらず淡々と、開けるようになった唇を開く。
「さあ。入りなさい」
「私は君を愛している。あの時から、ずっと!」
 幼い折に出会った美しい少女。小さな恋は消えることなく燃え続け、生にも死にも情熱を捧げること能わなかった。
 情熱を捧ぐ相手は、生にも死にも依らぬ者。そして――恋にも愛にも、決して溺れぬ者。
「そのような感情は無意味です。恋も、愛も、生の中でのみ意味を成すのです。さあ――」
 ぎぃ。
 黒い扉が開かれた。
「入りなさい」
 恋も愛も、生でのみ意味を成すというのなら、これから私は、恋に焦がれることもなければ、愛に苦しむこともないのだろう。少女の言葉が真実であればよいと、苦しかった20年を思い出しながら、私は願った。
 さあ。入ろう。

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