あぁ。やっと時代<Treat>が終わり<Trick>を迎えたんだね。
驚いたかい? 仕方がないね。光<Treat>から闇<Trick>へ突然に堕ちたのだから。
ここは何処か? 他の人たちは? 僕が誰か?
君は質問が多いね。
まあ落ち着こうよ。そうだね。まずは昔話をしよう。
<Trick>と<Treat>の昔話を。
ハロウィンがケルト民族の行事を起源としているのは知っているかな?
ケルトの人々は一年の終わりを十月三十一日と定めていた。そして、その日は収穫期の終わりであり、一年の始まりであり、長い長い冬の始まりでもあった。ハロウィンの晩は時間の境界だったんだ。
扉にどうしても隙間があるように、時の境界にもやはり隙間がある。時の隙間は空間に歪みを生み、結果、境界の晩には様々な霊魂が本来在るべき空間から出でる。かの地には聖邪問わず魂が溢れた。
精霊しかり。悪魔しかり。魔女しかり。
ケルトの人々は、そのような魂たちの誘惑から自らを護るため、現在のハロウィンで行うような仮装を始めたんだ。自分たちは精霊、悪魔、もしくは魔女なのだと主張し、魂らの聖なる心や邪なる心を刺激しないようにしたのさ。
とはいえ、仮面を被ったりボロ布をまとったり、その程度でだまされる程、人ならざる魂たちもまぬけじゃない。彼らは戯れる相手を見つけ出し、歓喜した。
そしてこう尋ねたのさ。
<Trick> or <Treat>、とね。
ここで注意すべき点として、この<Trick>と<Treat>はどちらも現在のハロウィンと違って、魂が人間に与えるものなんだ。魂は人間の答えを受け、<Trick>あるいは<Treat>を授けていた。
さて。<Trick>とは何か。<Treat>とは何か。これは一概に言えるものじゃない。
魂たちの性質によって変わるんだ。
所謂、邪悪な魂として分類される悪魔や魔女であれば、<Trick>と<Treat>はほぼ同義と言っていい。彼らにとっては、悪戯<Trick>もまたご褒美<Treat>のようなものだからね。
それゆえ古代のケルトでは、悪魔や魔女に目をつけられた気の毒な者はあまねく酷い目にあった。命が助かればめっけものだったよ。
けどね。彼らはきっと幸福だった。死した彼らは、天国あるいは地獄と呼ばれる死者の国へ旅立つことが出来たのだから。
一方で、精霊にとっての<Trick>と<Treat>は言葉の通りと言っていい。
<Trick>はまさに<Trick>であり、<Treat>はまさに<Treat>なんだ。きっと誰も文句をつけない。
いや。少し違うな。
言葉の意味としては誰も文句をつけない、と言うのが正しいかな。
君は<Jack-o-lantern>というものを知ってる? 知ってるよね。
これはジャックのランタンという意味だね。
ジャックはね。遙かな昔、ケルトの民として生きていた実在の人物なんだ。
彼<Jack>はある年の十月三十一日の晩、ひとつの魂に出会った。聖なる心を持った立派な魂。そう。精霊さ。
そして精霊は尋ねた。例に漏れず、<Trick> or <Treat>とね。
今でもそうかもしれないけど、当時のケルトでは、必ず皆、<Treat>と答えていたんだ。なぜかは明白だよね。いずれの魂が相手だろうと、<Trick>よりは<Treat>の方がマシに決まってるもの。
けどね。その時に彼<Jack>はふと思ってしまったんだ。
精霊の<Trick>とは何なのだろう、とね。
ねえ? ここまで聞けばわかるんじゃない? 君ならさ。
<Trick>とは何か。そして、ここが何なのか。
君が生まれた時代<Treat>は平和だったかい? それとも混乱していたかい?
でもどちらだとしても関係ないよね。
これからはこの闇<Trick>の中、和<Treat>も乱<Treat>もなく、ただこのランタンを掲げて生きるのだもの。僕ら<Jack>のランタンをさ。
そう。精霊の<Trick>とは、この闇さ。
精霊のご褒美<Treat>は精霊の悪戯<Trick>によって終わりを告げる。
人々の紡いだ歴史<Treat>は、たったひとりの人間<Jack>の好奇心によって終わり<Trick>を迎え、罪人<Jack>は次の愚者<Jack>が登場するまで闇<Trick>と共にさまよい続ける。
そうだ。初めの質問に答えようか。
ここは生という束縛<Treat>とも、死という安寧<Treat>とも違う惰性<Trick>の空間。精霊の世だ。
君<Jack>の時代<Treat>を生きた者たちは皆、死<Treat>すらも与えられず消滅<Trick>した。
そして僕<Jack>は――君<Jack>だ。
君<Jack>の選択によりこの闇<Trick>が生まれ、更には新たな時代<Treat>が生まれた。時代<Treat>は数多のジャックを生み、いずれは愚者<Jack>が次なる闇<Trick>を生む。
それまでは君<Jack>がこの闇<Trick>を照らし、彷徨うんだ。
百年。千年。時には、万年。
さあ、餞別だよ。受け取ってくれ。
僕ら<Jack>のランタン<Lantern>だ。