しの日々との影

 魔法学園関係者四名はシャロンの家に集まっていた。ちなみに、ここで言うシャロンは、騎士団に所属しているシャロンのことである。そして、以降の会話に参加しているのは魔法学園所属のシャロンである。家の主であるシャロンは仕事で留守だ。
 四名は主が不在の家(両親はいる)で、今の状況について話し合っている。
「状況から考えて、違う世界に迷い込んだというのが妥当な結論でしょうね」
「違う世界、ねぇ。また突拍子もない――」
 シャロンの言葉に、ランドは呆れ顔で言葉を紡ぐ。しかし、シャロンはそんなランドに鋭い視線を送り口を開く。
「そうは言うけどね。魔法学園が存在しない。それどころか、この世界の私の話だと、魔力の源と言われている封魔石が例の大戦のおりに壊されているらしい。これで同じ世界にいると思う方に無理があるでしょう?」
 彼女がそう言い切ると、コリンが大きく頷いて続いた。
「それに、会った友達が皆わたしのことわからないみたいだったし…… お兄ちゃんもちょっと変だったよ」
「私も知り合い何人かに会ったけど…… まあ、結果はさっぱりだったわ」
 リーンの意見も加わり、ランドはうーんと唸る。そして、ゆっくりと口を開いた。
「確かに、元いた世界と違うのかもしれないが…… それにしても、随分と共通点が多い気がしないか……? 取り敢えず封魔大戦は昔あったようだし、それまではガイアシス王家も健在だった。封魔石も、魔神も確かに存在していた。類推するに、現在俺達を取り巻く環境が違うというだけで、封魔大戦以前の歴史は同じだった」
「そうね。要するにあれじゃない? 口に出すのも恥ずかしいけど、所謂――平行世界」
 ランドの言葉を受けて、シャロンが一同を見回しながら言った。すると、他三名は驚愕し言葉を失う。
 平行世界――いくつかの似通った世界が決して交わることなく存在するという、大昔の幻想作家が作り出した創作である。当然ながら、そのような世界が実在すると豪語するような者はいないし、いたとしても誰にも相手にされないのが関の山だ。
 しばらくすると、リーンたち三名は口を開き――
「理論に傾倒してるシャロンからそんな言葉が出るなんて……」
「昨日の戦闘で頭打ってたの〜?」
「どこの読み物だよ。言うに事欠いて『平行世界』ってお前…… 非常識にも――」
 ばんっ!!
 リーンの言葉から始まって、どんどんと好き勝手言う三名。それにともない、段々目つきを鋭くしていったシャロンであったが、遂にランドの言葉の途中で卓を力いっぱい殴る。突然の物音もさることながら、シャロンの今にも魔法を使いそうな雰囲気に、リーンたちは黙り込む。
「平行世界だなんて馬鹿げた考えだってのはわかってるのよ。だけど、実際に馬鹿げた状況になってるんだから、そういうことも視野に入れて考えるべきでしょう?」
 三名はただ、こくこくと頷く。下手に逆らうと、普段の彼女の行いから考えて、問答無用で火の魔法でも放ちかねないからだ。
 そこでシャロンはため息をひとつ吐いて、
「ただ、何をどう言ってみても今の段階では予想にしかならない。帰る方法がわからないという点だけが確かなことね」
「結局そういう結論か……」
 シャロンの言葉に脱力して呟くランド。リーンもまたため息を吐いているが、コリンは、じゃあこっちの世界を見物できるね〜、と楽しそうに笑った。
 そんな三名を見詰めつつ、シャロンはこれからの行動について考える。
 先ほどは消極的な意見を述べていたが、彼女には帰る手段について少しだけ心当たりのようなものがあった。彼女達がこの世界に入ったと思しき時、そのおりにあった不自然な事象。それを考えると、彼女達の世界とこの世界の接点は――
 とはいえ、これもまたシャロンの予想にしか過ぎないのだ。彼女としては、もう少し確証を持てたなら話そうという心積もりである。希望の後の絶望ほど残酷なことはない。
 がちゃ。
「お茶のおかわりはいかが?」
 そこでこちら側のシャロンの母親――ハミスが、紅茶の入ったポットを持って部屋に入ってきた。
「ああ、いただきます。ありがとうございます」
「いいのよ。カロンのお友達なら、しっかり持て成さないとね」
 そこで、疑問で顔を歪める者が二名。その二名に、シャロンは顰めた声で説明を加える。
「こっちの私は自分の親に、私のことを双子の姉さんだって説明したのよ。それで、その時使った苦し紛れの偽名がカロン」
「いやいや、ちょっと待て!」
 シャロンの言葉に、ランドが待ったをかける。ちなみにやりとりは全て小声で為されている。
「親が何で、双子の姉なんて嘘に騙されるんだよ?」
「別に不思議じゃないでしょ? すごい天然ボケなのよ、夫婦揃って」
「んなわけあるかっ!」
 シャロンの説明にさすがに納得できないランドはきっちり突っ込む。それとは対照的にコリンは、そういうこともあるかな、と納得した。
 そんなそれぞれの反応はともかくとして、現状について少々説明しておく。
 昨日、ソレイユ教団でのひと騒動を終えた一同。魔法学園組はその日泊まる場所にすら困っていた。それで、しばらく話し合った結果、彼らは何とか一時の宿を確保したのだ。
 まず、リーン、シャロンは、現在いる場所――シャロンの家に世話になることにした。これはこの家の主であるシャロンの提案であり、リーンを誘った点においては、予防線的なある思惑が働いていた。
 次にコリンは、カシスの部屋に泊まることになった。彼女が押しかけると、カシスは当初戸惑っていたが、コリンに自分が知っている妹の面影があるから快諾。コリンが言うには、ちょっと違和感があるけど向こうのお兄ちゃんとそう変わらないよ、とのことである。
 最後にランドだが、男の彼がシャロンの家に泊まるわけにもいかず、コリンがいる以上カシスの家も駄目。というわけで、他の唯一頼れる場所ということで、ヴェイルの部屋に世話になることになった。ちなみに、ヴェイル、ランド双方、男同士で同じ部屋なんて気持ち悪い、と文句垂れまくりである。
 と、そこで、お茶菓子も頂戴、とハミスに指示をだしたシャロン。シャロンがカロンとしてそれなりにこの家に馴染んでいることがわかる。中々の順応力である。――図々しいともいうが……
 とはいえ、それに対するハミスの態度も嬉しそうなため、特に問題はないのだろう。
 ちなみに、この家にやってきたコリンとランドに相対した父親――ラガンもまた、シャロンを問題なく受け入れているようであった。
 ハミスに指示を出した後、シャロンはランドとのひそひそ話を再開した。それを見たハミスは――
「シャロンは奥手な方なんだけど、カロンは彼氏がいるみたいで嬉しいわ」
 その言葉はあたりの空気を凍りつかせた。
 話題に上がった当の二名は、思い切り冷めた瞳で相手を見詰める。双方、こいつとかよ、という表情をしていたのだが、見ようによっては熱く見詰め合っていると見えてしまったようで、ハミスは勘違いをしたまま笑み、お邪魔虫はひっこむわね、と去っていった。
 その一連の流れに対するリーン、コリンの反応は――
「どんまいです、ランド先輩」
「そのうちいいことあるよ、ラン先輩」
「炎と電撃どっちがいい? リーン、コリン」
 珍しく笑顔で言葉を紡いだシャロン。
「じょ、冗談よ。シャロン」
 シャロンの笑みにより、安堵よりも寧ろ戦慄を覚えたリーンはどもって答える。一方、コリンは巧みに話題を変える。もっとも、それは計算されたものではない。
「それよりさ。買い物行かない? リーンちゃん。どうせ学園いけないんだし。この前の昼間勤務の後に買い物できなくてふてくされてたでしょ〜?」
「あ、それいいね。シャロンもどう?」
 これ幸いとばかりに、リーンはコリンの意見に激しく同意しシャロンのご機嫌を伺う。
「……私は遠慮しておくわ。ちょっと用事もあるしね」
 わざとらしいリーンを一瞥してから、シャロンは答えた。用事というのは、彼女達の世界に帰る手立てを探すこと。取り敢えずは、見当をつけている箇所に向うことになるのだろう。
「そう。じゃあ、ランド先輩は?」
 シャロンの答えに相槌を打ってから、リーンはランドの方を向く。
「ん? まあ、付き合うのは構わないが―― 俺らの使ってる紙幣とか硬貨って、ガイアシス国王陛下の肖像が入ってるよな?」
「そうですね」
 少し悩んでから言ったランドに、リーンは何を今更という視線を送って応えた。
 ランドはさらに言葉を続ける。
「こっちではもう王制は廃れてるって話だよな?」
「そう……ですね」
 今度は何か思うところがあったようで、リーンは少々沈黙しながらようやく相槌を打った。
 そしてその後に、遠慮ないランドの言葉が紡がれる。
「紙幣も硬貨も一新しているんじゃないか?」
「……………」
 今度は完全に沈黙するリーン。
 そこで――
「その通りよ。昨日、こっちの私に確認したわ。リーンは爆睡してたから聞いてなかっただろうけど」
 シャロンが言った。
「ちょっと待って! それじゃ、私たち――」
 一文無しということになるだろう。
 しかし、だれもリーンの先に言葉を続けない。そんな事実を改めて確認したくないのだろう。
 とはいえ、そのまま沈黙を続けても仕方がないわけで、
「食事はここにいる分には困らないでしょう?」
 シャロンが、フォローになっているようなそうでもないようなことを言った。
「いつまでもお世話になってられないわよ。それに、他にも服とか」
「私は、こっちの私の服を借りるわ」
 何を当然なことを、という感じで言い切るシャロン。根本的に自己中心的な性格らしい。しかし――
「あんたも借りれば? そんなに身長差はないし、何とかなるんじゃない?」
 と、一応リーンに対する気遣いのようなものも見せた。
 それに対してリーンは――
「身長はともかく、無理だよ! シャロンの方が胸小さい――」
 どがっ!
 大きな音を発するリーンの後頭部。――シャロンに殴られたのだ。
「あんたもそんなに大きくないでしょ……」
「シャロンよりは大きいわよ!」
 乙女な会話を始めた二人。
 それを楽しそうに眺めるコリンと、いたたまれずに部屋の隅に移動するランド。しばらくこのような状況は続くこととなり、結局、買い物に向うのは昼ご飯をシャロン宅で頂いてからということになった。

「父も母もすんなり納得しちゃってびっくりしました」
 ヴェイルと共に掃除しながらシャロンが言った。
 ここまでの話題は、突然の不思議な来訪者達に関してのものだった。ゆえに、先のシャロンの言葉もそこにかかっている。もう一人のシャロンを双子の姉だと苦し紛れに紹介した時の、両親の反応に対しての言葉である。
「本気にしたわけじゃなくて、取り敢えず合わせてるだけなんじゃないのか?」
「う〜ん、たぶんそうだとは思うんですけど、それにしたってあっさりしすぎというか……」
 特に害があるわけでもないため、シャロンは苦笑いをしつつもそれほど深刻にはならない。掃除の手を休めることもなく、軽い世間話のように話していた。
「そっちはどうですか?」
 そこで今度はヴェイルに訊く。
「別に特には…… まあ、嫌な奴ってわけではない――というか、普通の常識人だし、魔法の簡単なやつとか見せて貰って…… 結構楽しんでたな、今思うと」
 ランドを泊めることになった時は散々文句を言っていたが、ヴェイル、ランド双方根が悪い人間ではないためか、中々仲良く過していたようである。
 ちなみに、ヴェイルとシャロンの知るところではないが、コリンもカシスの部屋で何の問題もなく過していた。カシスとしては死んだ妹との再会ということになるわけで、やや過保護気味になってはいたが、傍目には仲良し兄妹と映っただろう。
「……悪い人達ではない、と思っていいんでしょうね。けど――」
「そうだな。どっから来たんだって話だよな。魔法なんてのはマジで初耳だし…… 異世界からやって来たとか、どっかの読み物みたいな展開か? っと、掃除終了」
 もっと真剣になってもおかしくない話題を話しながらも、ホウキを懸命に動かしていたヴェイルは、チリトリでまとまっていたゴミを片付け、終了宣言をする。シャロンもまたゴミを処理し、
「何だか慣れてきましたね、掃除。きっと私達、ここを辞めても清掃会社に就職できますよ」
「ははは、言えてら」
 おどけた様子で掃除用具を片し、その部屋を後にする。
 異世界に迷い込んでしまった側の魔法学園組とはえらい違い――と言いたいところだが、あちらはあちらでふざけたような会話を展開させていたので、どっちもどっちである。
「さて、訓練始まる前に飯食うか。シャロンも、いつもの蕎麦屋行くだろ?」
 ヴェイルが言ったいつもの蕎麦屋というのは、騎士団の建物の目の前にある。取り敢えず安いのがウリの、味は二の次という店である。店名を『不味い蕎麦』という。
 名前からして引かれそうではあるのだが、騎士団所属の者はよく利用している。安い、近い、手軽の三拍子が揃っていれば、不味くともそれなりに集まるものなのである。
「ええ、そのつもりです。というより、この辺りだと食べ物屋さんはあそこくらいですし、選択のしようもないですけどね」
「お前は家が近いから、食べに帰れるだろう?」
 ヴェイルのその言葉に、シャロンは、それはそうですけど、と応えてから意味ありげにヴェイルを見た。そこにどんな意味がこもっているかは、比較的鈍感なヴェイルに窺い知ることはできない。
「? よくわからないが、何にしても『まずそば』行くか」
「……はい」
 きょとんとした顔のヴェイルに、シャロンは軽くため息を吐いて応える。
 ちなみに、『まずそば』というのは『不味い蕎麦』の略称。
「ああ、いたいた。ヴェイル、シャロン!」
 そこで突然かかった声は、正規団員のシャギアのものだった。彼は二人の訓練の世話をしている。
「あ、シャギアさんも『まずそば』行きますか? ――って、まさか昼飯無しで訓練始めるとか言い出しませんよね?」
 シャギアの姿を見止めたヴェイルは、まず食事に誘い、それから嬉しくない未来予想図を打ち出した。シャギアはそのどちらにも首を振るい、
「俺はもう飯食ったよ。つーか、訓練は今日なしだ」
『訓練なし?』
「ああ。お前ら昨日、魔物とやりあったんだって? それで副長がゆっくり休めってさ」
 ヴェイル、シャロンは、昨日の内に諸々の事情を副団長のライルに報告していた。それを受けたライルは、何名かを派遣し、魔物の死骸の処理を行わせていたのだが……
「副団長が? だけど、だったら昨日言ってくれればよかったのに…… もう掃除終わっちゃいましたよ。なあ?」
 ヴェイルが口を尖らせながらシャロンに同意を求めると、シャロンは、ええ、と頷いて曖昧に笑った。
「そりゃ、あれだろ?」
「? 何ですか」
 苦笑して言ったシャギアを訝しげに見ながら、ヴェイルは訊く。
「見習いお前らしかいないから、掃除だけはやってもらおうってことじゃないか? 正規団員にやらせたら確実に文句出るからな」
 シャギアの言葉に2人はしばし沈黙。そして、
「……そうですか」
「ま、まあ、たしかに掃除を先輩達にやってもらうのは心苦しいですね」
 肯定的な意見を返しながらも、2人の顔は引きつっている。
 その様子をやはり苦笑して見、シャギアは続けた。
「ま、そういうわけだ。だからもう上がっていいぞ。家でだらけるなり、どっか出かけるなり好きにしろ。ああそれと、明日も訓練はなしだそうだ」
「訓練『は』、ですか……」
「はっはっは、見習いの辛いところだな」
 うんざりと返したヴェイルに、シャギアは大きく笑ってそう言った。そして、明日もきちんと来いよ、と言いながら去っていった。
 ヴェイル、シャロンはしばらく呆気にとられていたが、思いがけず休みを貰えたことを喜ぼう、と頭を切り替え、
「じゃ、『まずそば』じゃないとこ行くか。訓練ないんなら、あんな不味い蕎麦を食うこともないだろ?」
「そ、そうですね。じゃあ、西地区に行きませんか? あそこにパスタのおいしいお店があるって聞いたんですけど……」
「おお、いいねぇ。よし、荷物取りに行くか」
「はい!」
 おいしいパスタに思考を巡らしながら荷物を置いている部屋に向うヴェイルと、小さくガッツポーズを決めてその後に続くシャロン。それぞれの目的は違えど、取り敢えず西地区に向うことが決まった。

 リーン達とは別行動を取り、北地区の公園へとやって来たシャロン。朝方に来た昨日より人の出は多いが、それでも十二分に閑散としている。
 そこで彼女は瞳を閉じて集中し、魔法学園研究開発室のとある人物の魔力を探査する。ここでその人物を選んだのに理由はない。取り敢えず、確実に『あちら側』にいる人間ならば誰でもよかったのである。
 そして、彼女はその気配を微かではあるが感じ取る。
 その元を探して歩き出し、そして、ある木の根元に至る。
 その木のうろから魔力が漏れ出ているようではあったが――
「ここに突っ込めば戻れる、なんていう単純な話じゃないみたいね……」
 シャロンはうろの中に手を突っ込みつつ、そのように呟いた。
 この木のうろに『向こう側』から『こちら側』へ通じる通路があったようであるが、ここは一方通行だったのか、今ここからどこかに行けるという感じを受けることは出来なかった。
 恐らく先日の事象は、、リーンの魔力を目印にフライトデストを使用したため、ここを通って『こちら側』に来ることになってしまったのだろう。そして、『こちら側』の魔力が『向こう側』と比べて少ないために、『こちら側』へ着いた途端、フライトデストの効果が切れ、そのままこの公園に降り立つこととなってしまったのだ。
 そのような事実を瞬時に理解し、そしてシャロンは俯き嘆息する。
 どうでもいい事実だけが分かったことに対し、うんざりとしたのだろう。彼女が知りたいのは元の場所へ帰る方法、ただそれだけであるのだから。
「――!」
 と、そこでシャロンは驚いたように視線を上げ、西方に細めた瞳を向けた。そして、
「闇の魔力…… それもこれは――」
 そう呟いてから、西地区に向けて駆け出した。

 日用雑貨や服、装飾品、食品、土産品。大抵の物が揃う西地区は、地元民のみならず観光客など、多くの者達で賑わっている。
 その賑わいの中、赤が目立つ服装の男女が歩いている。シャロンを除く魔法学園組の面々である。
 リーンとコリンは、自分達が知っている店との微妙な差異を見つけては騒ぎ、更には、好みの装飾品や服などを見つけては騒いでいる。
 そして、唯一の男性ランドはそんな2人を呆れたように見詰めている。買い物といえば、必要なものをぱぱっと買うだけの彼にしてみれば、2人の様子は奇異という以外に評する言葉が見当たらないのだろう。
「あれ〜? このお店って先月つぶれたよね?」
「確か――魔物に壊されて、文字通り潰れたんだっけ? それにご主人が亡くなって……」
「ごほん!」
 店先でとんでもないことを話し出した2人に、店の奥にいた主人が咳払いをした。
 気づいた2人はバツの悪い顔をして、少し先で待っていたランドの元へと足を速めた。
「お前ら…… もうちょっと気を遣えよ……」
 ため息混じりに注意したランド。
「あはは〜。店先であんな話されたら、そりゃ怒るよね〜。失敗失敗」
「ただでさえ3人で同じ服――制服着て目立ってるのに、ちょっと迂闊でしたね……」
 能天気に返したのはコリン。そして、少しだけ神妙に言ったのはリーン。しかし――
「まあそれはともかく……」
「次はあっちのお店にゴ〜♪」
 反省の甲斐もなく、小走りで大通りの角にある装飾品屋に向かう2人。
 再度ため息を吐き、ランドはゆっくりとした足取りで後を追った。
 と、その時――
「あ、シャロンちゃんだ、って、あれどっち?」
 ふと視線を向けた場所に見知った顔を見つけ、コリンが言った。『どっち』というのは、自分たちが知るシャロンとこちら側のシャロンとどちらか、という疑問だろう。
「ん? どこ?」
「あそこ。あっちの食べ物屋さん」
 リーンが訊くと、コリンは右手前方を指差して言った。
 そこには楽しそうに笑うシャロンの姿――
「こっちのシャロンだね、あれは」
「そだね〜。笑ってるし」
 首を上下に動かし言ったリーン、コリン。
「どういう見分け方だよ…… ま、当たってるとは思うがね。ヴェイルが一緒にいるし」
 ランドはみたびため息を吐きつつ、彼女達が見ていた方向に瞳を向けてそう言った。
 それを聞いた女性2人は寸の間沈黙し、その後凄い勢いでシャロンを見つけた食事処に目を向ける。そして――
「うわ、ホントだ! なになに。ハミスさん、こっちのシャロンは男っ気がないみたいなこと言ってなかったっけ?」
「わたし達が知ってるシャロンより全然進んでるっぽいね〜」
 そのようにしばらくはしゃぐ2人。
 そして、やはり呆れたように彼女達を見詰めるランド。女子って恋話好きだよな、というようなことを考えているようだ。
「よ〜し! 予定変更〜! シャロンちゃんの恋を見守ろう大作戦発動〜!」
「おー!」
 元気よく叫んだコリンと、それに合わせて右手を勢いよく上げたリーン。
 それに対し、
「悪趣味だな、おい……」
 ランドは相も変わらず呆れ顔で呟いた。

「俺、パスタ巻くの苦手なんだよなぁ」
 そう言ったヴェイルの手元には、フォークにかろうじて巻きついているパスタがあった。お世辞にも上手く巻けているとはいえない見た目だ。
「あ、スプーンを一緒に使うと上手く巻けますよ。ほら、こうやって……」
 そう言いながら、器用にパスタを巻くシャロン。
 ヴェイルは感心したように声を漏らし、その手元を見た。
「おー、すげー。器用だなぁ、シャロン」
「えへへ」
 頬を軽く染めて笑うシャロン。得意げにパスタを巻き続け、とても一口で食べられないだろうというくらい大きな塊が出来た頃――
「しっかし…… この店美味いけど、カップルだらけなのが何か落ち着かないな。あっちでイチャイチャ、こっちでイチャイチャしてるし」
 シャロンを参考にしながらも、相変わらず不器用にパスタを巻いていたヴェイルは、辺りを見回してそんなことを言った。その顔は、苦笑と呼ばれる類の笑みが刻まれている。
 それを受けたシャロンは軽くため息を吐き、それから何かを決意したかのようにヴェイルを見た。
 そして――
「あの、ヴェイルさん!」
「ん? どした? 何か顔赤いぞ。風邪じゃないのか?」
 大き目の声で発せられたシャロンの言葉に、辺りを見回していたヴェイルは彼女に瞳を向ける。そして、その頬の赤さに気づき、心配そうに言った。
「いえ、そうじゃなくて…… その…… 私達も、その、カップルに……」
「?」
 遠まわしなようで、大分直接的な発言をしたシャロン。しかし当のヴェイルは、その鈍さゆえに疑問符を浮かべている。
 察しの悪いヴェイルを目にし、シャロンは更なる決意を胸に先を続ける。
「だから、何が言いたいかといいますと…… 私はヴェイルさんのことが――」
「きゃあぁああぁぁあぁあ!!」
 身を乗り出し、卓の向かい側に座っているヴェイルに詰め寄って話していたシャロンは、突然の悲鳴を耳にしてつんのめった。
「なんだ!?」
 ヴェイルは完全に頭を切り替えて、右太股に取り付けているナイフの鞘に手をかける。
 先ほどの悲鳴は明らかに店内で発せられたものだった。ヴェイルが店内を素早く見回すと、人々が遠巻きにしている箇所に虫がいた。
 とはいえ、神経質な女性が虫を目にして悲鳴を上げたというオチではない。それは、ヴェイルの視線の先の虫の全長が一般男性と同じくらいであることからも明白だ。
 まず間違いなく、魔物である。
「芋虫に似てるな…… 虫は虫でも、例の飲食店の天敵じゃないだけ良心的か?」
 ヴェイルは少々おどけてそんなことを言った。見た目が好ましくないだけで、動きが鈍く、それほど害もなさそうな魔物であるためだろうか。ちなみに、飲食店の天敵とは恐らく黒い悪魔のことではないかと予想できる。
「さて――って、シャロン!」
 ナイフを抜いて魔物の元へ向かおうとしたヴェイルは、そこで彼よりも先行して駆け出したシャロンを呼び止める。というのも、彼女は武器である槍を持ち合わせていないからだ。いくら鈍そうな相手とはいえ、丸腰で突っ込むのは危険というものだろう。しかし――
「これ借ります!」
「え? あ、はい……」
 シャロンは店員の一人が持っていたモップを手にし、一声かけてから芋虫へ向かう。
 そして、モップを大きく振り上げ――
「いいところで…… もおぉぉお!」
 そんなことを叫びながら振り下ろした。
 普段、モップより大分重い槍を振り回している彼女が、渾身の力を込めて振り下ろした頼りない得物は、芋虫の体を大きくひしゃげさせた。とはいえ、さすがにそれで仕留めるには至らない。
『ぴぎゃあぁあぁああ!』
 甲高い嫌な叫びを上げつつ、シャロンに向き直り奇妙な液体を吐き出す芋虫。
 さして苦労するでもなく、さっと横に跳びそれを避けるシャロン。
 じゅっ。
 床に落ちたその液体は、木製のそれを瞬時に溶かした。
 しかし、それを気にするでもなくシャロンは、モップを横向きに勢いよく振る。芋虫は再度甲高い悲鳴を上げ、床に転がり痛がっているようだが、やはり仕留めるには至らない。
 タタタタタッ!
 そこで駆け寄ってきたヴェイルもまた、芋虫に飛びかかり、
「はあぁあ!」
 ナイフを芋虫の背中と思われる辺りに突き刺し、続けて勢いよく引く。
 緑色の血らしき液体を噴き出し、みたび甲高い叫びを上げる芋虫。そして、しばらくぴくぴくと痙攣していたが、やがてごろりと転がり動かなくなる。
「ふいぃ…… 終わったかぁ。てか、あんま無茶すんなよシャロン」
 手に少しついた緑色の液体を、一連の騒ぎで床に落ちたと思われるナプキンを拾って拭いながらヴェイルが言った。
 声をかけられたシャロンは、がっくりと肩を落としてから、気をつけます……、と呟いた。

 先ほどまでシャロンたちを生暖かい目で見守っていた魔法学園組は、騒ぎが収まったと見えて胸を撫で下ろした。魔物が現れたと分かり助けに入ろうとはしたようだが、その前にぱぱっと片付けられてしまったらしい。
 まあ、何にしても騒ぎは収まったのでよしと考え、リーンが軽く疑問を口にする。
「ああいう虫型の魔物って、普通王都とかより農村に出ますよね?」
 訊かれたランドは、そうだよなぁ、と呟いて首を傾げる。そして、そんな彼とリーン、二人揃って考え込む。
 しかし、残りの1人であるコリンは破顔一笑、能天気に笑い、出ちゃったもんは仕方ないんじゃないかな〜、と言って再びシャロン達の動向に神経を集中させた。大物というよりは、何も考えていないと評するのが相応しいだろう。

「こっちにもそれなりに戦える奴がいるんすね、先輩」
「そりゃそうだろ。こっちにだって少ないとはいえ魔物はいるらしいし」
 路地裏から騒がしい食事処を覗きつつ、そのようなことを話しているのは、二十代後半程に見える赤毛の男性と、三十代も半ばに差し掛かっていそうな面長の男性。その身はどちらも、漆黒の服に包まれていた。どことなく、リーン達の制服を彷彿とさせる見た目だ。
「しっかし先輩。いちゃいちゃカップルがムカつくからなんて理由でってのは……」
 少々呆れ気味で言った赤毛の男性に、面長の男性は、何言ってんだよ、と軽く言った。そして続ける。
「指令は、こちらを混乱させろ、だろ? 充分混乱してたじゃねぇか」
「そりゃそうですけど…… もうちょっと、上層部を揺さぶるような――」
「あんなぁ。そうは言っても、こっちじゃ王城に妙な連中がいるし、何処の誰が上層部のやつなんだかさっぱりじゃねぇか。仕事しようにも……」
 そのように軽く言い合いをする男二人。
 そこに――
「闇部隊にこんな所でお目にかかれるとはね」
 赤い服を着た女性が現れ、声をかけた。
『!』
 黒い服飾の男性達は驚いて跳び退り、身構える。
「誰だ!?」
 そう叫んだのは赤毛の男性。
 その様子を目にし、青い髪をかき上げながら応える女性。
「一応、貴方達の主人の娘よ」
 言われた男二人は、目を細めて女性を見る。そして――
「養女のシャロン嬢か……」
 そのように言われたシャロンは、表情を歪め口を開く。
「年頃の女性に対し嬢だなんて失礼ね。まあ、いいけれど…… それよりも、学園長シンが秘密裏に構成した闇部隊さんが、こんなところで何をしているのかしら?」
 そのように声を発し、男性2人へ向けて歩みを進める。
 それを受け、2人は警戒したように2、3歩下がった。
 シャロンの話の中に出ていた闇部隊というのは、闇の術を行使する者達で構成される部隊のことである。さて、これが何故秘密裏に構成されているかというと、彼らが行使する闇の術の性質がリーンが行使するそれとは異なることに起因する。
 一般には知られていないが、実は闇の術は大きく二種類に分けられる。一つはリーンが使うような現象行使型。闇の刃を生み出したり、闇の力を借りて魔物を探したり、そういう一般的に知られる術が代表的な型だ。そしてもう一つが、魔生産型。簡単に言うと、魔物を生み出してしまう型である。
 前者は素質を持つ者も少ないのだが、後者はそれなりに多くの者が素質を持っている。しかし、その厄介な効果から、魔法学園では魔生産型の素質を持つ者の入学は認めず、本人にもそのような素質があることを教えないのが常だ。本人に意識さえさせなければ、そして訓練さえ積ませなければ、魔物を生み出すまでの力が発現することはない。
 しかし、中には訓練などを受けずとも、自身で意識せずとも、魔物を生み出してしまう者もごく少数ながらいる。そのような者達を集めた部隊が闇部隊なのである。しっかりと修練を積ませれば、自動的に魔物を生み出してしまうという迷惑な能力を抑えることも出来るし、果ては生み出した魔物を操ることすら可能になるのである。
 しかし、イメージとしてはやはりよろしくなく、奇異の目を向けられそうな性質ゆえ、対外的にはおろか、学園の大抵の者に対してさえも秘密にされている。
「貴女が我らのことを知っているとは、驚きだよ。あの方に養女として迎えられたとはいえ、確かまだ三年目の若輩だろう?」
「魔力を調べてみると、偶に妙な闇の性質を感じることがあるわ。そこに疑問を感じて調べれば、貴方達のことなんて直ぐに知れたわよ。そんなことより、貴方達はここに意識的にやって来たのかしら? それとも無意識的にやってきたのかしら?」
 少々焦った様子で声をかけた赤毛の男性にシャロンは軽い口調で答え、そして、最も訊いておきたいことを口にした。
 彼らが意識した上で『こちら側』へとやって来たのなら、その方法を聞き出すことで自分達も帰ることが出来る。
「? 無意識的にどうやって来れるというんだね?」
 面長の男性が訝しげに訊いた。
 それを受けたシャロンは、表情には出さずに快哉を叫んだ。
 彼の言葉は、裏を返せば世界を意識的に行き来しているということに他ならない。その方法を訊き出しさえすれば、無事帰れるというわけだ。
 しかし――
「もっとも、我々も学園長に送り込まれただけゆえ、我々自身が意識的に来たわけではないが……」
 面長の男性はそのように続けた。
「……………」
 そこで目つきを鋭くして黙り込むシャロン。心情的にはがっかりした、といったところだが、様子を見た限りでは機嫌を損ねたようにしか見えない。
 男性二人は、それを受けてうろたえる。
 というのも、彼らは魔生産型闇の素質のみを持つ者達。それも、秘密裏に選出されるギリギリのレベルであるため、魔物を生み出す技術も高が知れている。戦闘技術だけを見ると学園のトップクラスに入っているシャロンが、戦いでも挑んでこようものなら、一瞬でボコボコにされるのは明白なのだ。知らぬ間に彼女の機嫌を損ねてしまったらしい、と勘違いした二人としては戦々恐々といった心持ちなのである。
「……まあ、いいわ。それで? あの男――学園長は貴方達に何をさせているの? 先ほどの貴方達の会話では、『こちらを混乱させる』ことが目的らしいけれど?」
 目つきの鋭いままで訊いたシャロン。
 特別機嫌が悪いというわけでもないのだが、勘違いしている男性2名にとってしてみれば、答えなければ分かってるんでしょうね、と圧力をかけられているように感じられた。
「せ、正確にはこちらで魔物を生み出しまくれというのが指令だ」
 面長の男性はそう答え、更に、操作できるタイプでなくてもいいから兎に角沢山生み出せと言われた、と補足した。
 その後を、赤毛の男性が続ける。
「ただ、なぜそうするかというのはわからない。だから俺らは独断で、こちらを混乱させるのが目的なのじゃないかと判断している」
 恐怖ゆえか、早口で饒舌に語る2名。
 シャロンは、お前ら一応秘密部隊のくせにぺらぺら喋り過ぎだろ、などと考えたが、自分に都合のいい展開であるためか特に言及はしなかった。そして更に訊く。
「こちらを混乱させて、学園長にどんな利益があるのかしらね?」
「そ、それは…… もしかしたらこちらに戦争を仕掛ける前準備じゃないかと思う」
「戦争?」
 面長の男性の言葉を聞いたシャロンは、眉を顰めて聞き返した。そして馬鹿にしたように口を開く。
「こちらを攻めて、それほど得になるとも思えないけどね。あちらとそう差異があるわけでもなし。特別作物が育ちやすい土壌でもない」
 シャロンの言葉はもっともなものだった。確かに、あちらとこちらの差異など微々たるもので、苦労して攻め落とし、支配したとしても利益は少ない。敢えてあげるとすれば、住む土地が増えるくらいか。
 しかし、赤毛の男性は少し得意げに先を続ける。シャロンがそれ程機嫌が悪くないと分かったのか、やや落ち着いた様子である。
「それはそうなんだけど、こっちにしばらくいて、あちらとの大きな違いがあることが分かったんだ。しかも、それを手にすることができれば沢山の人を救うことができる」
 その言葉を聞いたシャロンは、瞬時にあることに気づき、言の葉を紡ぐ。
「癒しの力……」
 彼女の呟きを聞いた男性2人は、ご名答とばかりに手を打って、
「そう! あれを手に入れることが出来れば、魔法学園は火力以外も手にすることになる」
「国王陛下からの信頼も増し、更なる発展を遂げることになる」
 表情を輝かせて交互に語った。
 それを冷たい瞳で見返し、シャロンは更に訊く。
「でも、アレは個人が使う術。行使することが出来る者を、学園に従属させるとでもいうの?」
 目つきの鋭さが増したシャロンに、男性2名は再度怯えたようになる。しかし、何とか口を開く。
「いやそれが…… 癒しの力は、ある石を源にしているらしいことが――うっ! ……がっ」
「先ぱ――あ…… ああぁあ!」
 愛想笑いを浮かべて話していた面長の男性は、紡いだ言葉の途中で苦しそうに胸を押さえた。
 そして、それを心配そうに見た赤毛の男性もまた、同じように胸を押さえて苦しみだす。
 そんな彼らを訝しげに眺めるシャロンだったが、
「!」
 その後に続いた事象に言葉を失った。
『がアあぁアァあアァァア!!』
 大気を揺るがす咆哮を上げる二体の魔物。共にパワー型に分類される、筋骨隆々とした人型の魔物である。片方は『赤毛』が、もう一方は『面長』であることが特徴的だ。
 さっ。
 と、そこで、路地の奥へと足早に消えていく人影があった。もっとも、魔物に意識の全てを向けていたシャロンは気づかなかったが……
「魔生産型の闇の術…… 人間を魔物化だなんて、相当高い素質の奴がやったわね…… 確か闇部隊は今のところ3人しかいないはず。残りの1人――差し詰めこいつらの上司あたりがお喋りすぎる無能な部下を、ってところかしら?」
 だっ。
 呟きながら、シャロンは魔物から離れる方向へ駆ける。まずは距離を取ろうという心積もりのようだ。
 そしてある程度の距離が開くと――
「天より降り来て形ある全ての者に滅びを与えん、ライトニングブレイド!」
 ずがああぁぁあん!
 シャロンが簡単な言葉を紡ぐと、一時的に発生した黒い雲より降り来た光が、赤毛の魔物を貫いた。赤毛は悲鳴を漏らすこともなく絶命する。
 それを見届けたシャロンは――
「妙ね…… 昨日よりも魔法の威力が高い……」
 そう呟いて、もう一匹の魔物の動向を見守る。
 面長の魔物は片割れの最期を目にし興奮したのか、シャロンに向けて駆け出す。
 シャロンはそれから逃げる様子も見せず、魔物が近寄ってくるまでその場に留まる。
 そして魔物が、右腕の一撃をシャロンに向けて打ち出す。
 臆するでもなくシャロンは、その一撃をかいくぐり魔物の懐に入り込み――
「猛き奔流の裁き、エアブレイド!」
 シュシュシュシュシュッ!
 魔物の胸に手を当て力強い言葉を吐くと、鋭い風の刃が数多発生し、魔に支配された者の肉体を切り裂く。
 後に残ったのは、鼻を刺激する鉄の匂いと、血だまりの中の細やかな肉塊だけだ。
 そして血塗れの少女は、特別感慨もなく呟く。
「なるほど…… 闇部隊を送り込んだ理由は多分これね」
 独り納得し、瞳を瞑り考え込むシャロン。
 彼女は、先ほど男性2名が言っていたことを信じてはいなかった。彼らが嘘を吐いているということではなく、彼らが推理した内容と学園長シンの狙うところが異なるはずだという意味で。そう考えた理由として、戦争はやはり実行する意義が薄いからだ。癒しの力の源の石がどうとかと言ってはいたが、それが欲しいのならそれだけをこっそり奪えばいい。そんなことは戦争など起こさなくても容易に可能だ。
 ならばシンが狙っているのが何か。それは――
「けど、だから何? 封魔石の本質である闇の力――魔力を満たして、こちらでそんなことをして、あいつにどんな利益がある?」
 ざわざわざわ。
 そう呟いてから、いつの間にか集まってきていた野次馬に気づき顔を顰めるシャロン。
 面倒を避けるために急いでその場を離れ、こちら側のシャロンの家へ向かった。

 芋虫を倒した後、駆けつけた統政院職員に事情を話したヴェイル達。鬱陶しい形式的な聞き込みが終わり、食事処を出て買い物をすることになった。
 そんな二人を付回す幾つかの影がある。
 その内のひとつが――
「なあ? さっき聞こえたのってやっぱ雷の術だと思うんだが……」
 他の影にそう声をかけた。
 影たちの正体は、赤い制服に身を包む魔法学園組の面々だった。
 そして、今のランドの言葉は、統政院が駆けつける前に聞こえた大気を震わす轟音にかかっていた。しかし――
「別にそんなのど〜でもいいっしょ? きっとシャロンちゃんが、ナンパしてきた人に雷の術を使ったとかだよ」
 コリンはヴェイル達に視線を向けたままでそんなことを言った。リーンもまた、視線を動かさずに頷くだけだ。
「いや…… それはそれで問題だろ? あんなの食らったら下手すりゃ――」
「シャロンだって手加減くらいしますって、ランド先輩」
 眉を顰めて言ったランドに、リーンがやはり瞳を移さずに応えた。
 シャロンの暴走――実際は違うわけだが……――なんかに構うよりも、こちらのシャロンとヴェイルの動向を探ることの方が大事であるようだ。彼らの様子を追いながら、笑ってるシャロンがきもい、とか、照れているシャロンに鳥肌が立つ、などという感想を漏らしては声を殺して笑っている。
 そんな彼女達を眺めつつランドは、
「本気で悪趣味だな……」
 深いため息を吐いて、そう独りごちた。

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