支配より逃れるとき

 魔物による被害が痛ましいガイアシスの街を、ヴェイル達は行く。その向かう先は、ソレイユ教団本部である。
 先頭をきびきびとした動作で歩くレイラに、ヴェイルが声をかける。
「ミーティアさん…… 大人しく石を渡してくれますかね……?」
 レイラは一度だけヴェイルに視線を送り、それから、再び進行方向を真っ直ぐと見つめ、応える。
「そのようなことはあり得ませんね。当然、抵抗するでしょう。もっとも、彼女単独であれば無理やり奪うことなど、恐らくは容易いでしょうが」
「無理やりって、あまり気が進まないんですけど……」
 シャロンの反応にレイラは息を吐き、今度は立ち止まり、振り返る。
「シャロンさん。そのようなことを言っている場合ではないでしょう。管理者の権限をヴェイルさんに移すためには、神聖石を手中に収める必要があります。そうしなければ、世界が消え、当然貴方やヴェイルさん、カシスさんも消えます。それでも……いいと?」
 問われたシャロンは、それはよくないですけど、と呟き、そして、黙る。
 それを確認したレイラは、歩き出す。
 しばし無言で歩き――
「……ところで、レイラさん。先ほど、ミーティアさんから神聖石を奪うのが『恐らくは』容易いと言っていましたが、彼女が厄介な抵抗を試みる可能性があるのですか?」
 訊いたのはカシスだった。
 レイラは足を動かしたままで、答える。
「ソレイユ様が仰られることには、神聖石には癒しの力の他にも、攻撃となり得る力があるそうなのです。彼女がその力も引き出せるようであれば、厄介かもしれませんね」
「その場合、僕は邪魔になりそうな…… 生憎、戦闘手段のない一般人なのですが……」
 苦笑してカシスが呟く。
 すると、レイラは無言で何かを投げ渡した。
「これは……確か『じゅう』とか言う……」
「お貸しします。それは魔法とは違い、使い方さえ知っていれば誰でも扱えますから。扱い方も剣や槍よりは簡単で、強力です」
 言われると、カシスは、はぁ、と相槌を打ち、銃を物珍しそうに眺めた。そして、顔を上げて、苦笑する。
「有難う御座います。けどまあ、使わずに済めば一番ですけど……」
「そりゃ確かに」
 ヴェイルもまた苦笑して反応し――
 そんな彼らに、レイラが鋭い瞳を向ける。
「その通りではありますが、いざという時はしっかりとした対処をお願いします。場合によっては、躊躇せずに――殺してください」
 直球過ぎる彼女の言葉に、他三名は顔を見合わせ、ごくりと喉を鳴らした。

 ガイアシス王都の街並みを眺めながら、リーン達は王城がある中央地区を目指す。目的地は、魔法学園である。
 シャロンが先頭を小走りで行くおかげでせわしないが、それでもリーンやコリンは商店や何やを眺めて、街並みを懐かしんでいる。
「そんなに長く向こうにいたわけじゃないけど、何か久し振りな感じね」
「ほんとだね〜。やっぱり向こうは微妙に違うところがあったし、しっくり来るのは自分達の世界だよね〜」
 急ぎながらものんびりとしている二名に、ランドが声をかける。
「お前ら…… もうちょっと緊張感持てよ。これから学園長と戦うかもしれないんだぞ?」
「かもしれないっていうか、絶対戦うことになるでしょうけどね」
 シャロンが補足した。
 それらの言葉に、リーン、コリンは不満顔で口を開く。
「そういう現実をなるべく忘れていられるように、のん気なことを言ってたんじゃないですか」
「そうそう。二人とも空気読めてないんだから」
 言われると、シャロン、ランドは、そりゃ失礼、と適当な反応をし、そして、言葉を交わす。
「ところで、勝算は?」
「さて、どうかしらね。こっちは四人いるけれど、それでもボコボコに……とはならないでしょうね。あの男は五つの属性全て使いこなす上に、それぞれの素質が高いわ。屋外のひらけたところで対したら、まず勝てないでしょうね」
 シャロンの分析を聞き、コリンが小首を傾げる。
「屋外ではって…… 何で?」
 彼女のそんな様子にシャロンは息を吐き、応える。
「強力な魔法を使い放題の状況じゃ、あっちが好き勝手できちゃうじゃないの。こっちも同様に好き勝手できはするけど、あっちの素質はこっちの誰の素質も上回るはずよ。がちで魔法対決した場合、負けるの確定ね」
「学園長先生が入学式で見せる演目、凄いもんね」
 リーンが呟くと、コリンはその式当時のシンが作り出した炎の大きさや、水でできた龍を思い出し、納得した。
 そして、絶望的な結論に至り、唇を尖らせる。
「てゆ〜か、それじゃ、わたしたち勝てないじゃん」
 はぁ。
 そのような分析を耳に入れると、シャロンは再三のため息を吐いた。
「あんたは短絡的にも程があるわよ。まだ、屋外で勝てないことが確定しただけでしょ」
「じゃあ、屋内でってこと?」
 リーンが訊く。
「そういうことね。向こうも使う魔法が制限されるし、屋外で好き勝手されるよりは何とかなるでしょ」
 シャロンが肯き、そのように応える。
 すると、二名ほどがそれぞれ頷いた。
「俺のアイシクルソードなんかは小回りが利くからな。屋内戦の魔法制限状況でもいけるだろ」
「あたしも、屋内なら影ができる場所が多いし、闇の術使い易いかも。ダークアレスト……は使いどころ悪いと、シン先生なら無効化しそうではあるけど」
 一方、約一名は小首を傾げて唸る。
「うーん…… わたしはちょっと不利? 炎系って屋内で使えるの少ない気がするよ。火事になるの無視していいなら使いまくるけど……」
「そこは自粛して」
 リーンがそのように声をかけたところで、魔法学園の門が見えてきた。

「さて、忍び込んだはいいけど…… ここまで人の気配がないのも不気味だな」
「ここって、ミーティアさんと、あとは子供が結構住んでいるはずですよね? もう少し声とか聞こえてもいいのに……」
 ソレイユ教団本部は一般に開放されているため、扉は無造作に開いていた。そこから一行は内部へ侵入したのであるが、いまヴェイルとシャロンが口にしたように、人の気配が全くしないのである。
 本部が先の魔物の襲撃で破損しているのであったら別の場所に避難している、という状況が思い浮かぶであろうが、そのようなことはない。本部の建物は健在で、寧ろ避難場所となっていてもおかしくはなかった。
 にもかかわらず、人の気配がないとなると……
「あの女性のことです。余計な被害を出さないように、関係のない者達は理由をつけて他の場所へやったのかもしれませんね。そろそろ向こうの願いが叶おうかどうかの正念場です。ソレイユ様や私の何らかの妨害があるかもしれない、と彼女も予想はしているでしょう」
 レイラが言うと、他の者達は、なるほど、と納得した。
 そうして、全員が黙り込み、建物内部の探索を始める。しかし――
「てか、ミーティアさんが俺らを迎えようとしているとしても、俺らは一体何処に向かえばいいんだろうな。例の神聖石ってどこにあっか判んねぇし」
 ヴェイルの言うとおり、彼らは向かうべき場所が判らなかった。
 そこで皆、一様にレイラを見やる。
 レイラは涼しい目元で三名を見回し、淡々と言の葉を紡ぐ。
「私にも全てが判るわけではありません。期待されても困りますね」
 皆、一様に脱力した。
 がたっ。
 と、そこで何やら物音がした。
 ヴェイル達は顔を見合わせ、音がした方向へと歩みを進める。そちらには、部屋があった。音はその部屋の内部からしたようであった。
 きぃ。
 ヴェイルがゆっくりと扉を開くと、内部はごく普通の部屋であった。一部を除いて。
「……ミーティアさん。親切ですね」
 カシスが呟く。
 その視線の先には、普段は床に隠されているのであろう階段があった。階段は下へと深く深く続いており、いかにもな様子である。
「明らかに誘っているところが、寧ろ不気味ですが…… この先にあると考えていいのでしょうね」
「ですね」
 レイラとシャロンが言った。
 一行は顔を見合わせて頷きあい、下を目指す。先頭はヴェイルが務め、カシス、レイラと続き、しんがりで後方を警戒しつつ、シャロンが進む。
 そうして、下へ至ると――
「ミーティアさん!」
 赤い髪をした女性が優しく微笑んでいた。
「ようこそいらっしゃいました。ヴェイルさん。シャロンさん。そちらは、以前お会いした統制院のカシスさんでしたね。そして、ソレイユ様の御使い――レイラさん。貴方がたが求めるものは、これでしょう?」
 ミーティアは手の中の丸い石を示す。
 石は白く輝き、どこか暖かさを放っていた。癒しの力の源泉たる神聖石である。
「用意がいいことですね。では、大人しく渡していただけますか?」
 レイラが訊くと、ミーティアはゆっくりと首を振るった。
 彼女に対する一同が、一様に表情を暗くする。
 ミーティアが、口を開く。
「申し訳ありませんが、そうはまいりません。私が管理者でなくなることでどのようなことになるのかは存じませんが、彼と――シンと会える機会が損なわれない保障はありません。それは、防がせていただきましょう」
「では、戦いですか……」
 カシスに渡したのとは別の銃を構え、レイラが呟く。
 しかし、そこでシャロンが遮る。いざ戦いとなると、そして、知り合いであるミーティアが目の前にいると、踏ん切りがつかないのであろう。
「ちょ、ちょっと待って下さい。少し疑問に思ったのですけど、今回、シンさんが居られる世界から何名かがこちらへ来ました。同じように、ミーティアさんがあちらへ、もしくは、シンさんがこちらへ来るということはできないのですか?」
 今更の疑問に男二人が、あ、と呟く。
 しかし、即座にレイラが否定の言葉を紡ぐ。
「無理です。管理者は他の世界への侵入を行えません。管理者となった瞬間から、存在できるのは自分が管理する世界のみです」
 ため息が漏れる。
 しかし、またもやシャロンが直ぐに声を上げる。
「あ、ですけど、これからヴェイルさんとリーンさんが管理者になろうとしてます。そうなってから、ミーティアさんかシンさんが……」
「それも無理でしょう。現状で貴女達が目指しているのは、管理者の交代だけではありません。管理者を交代した後、直ぐに世界を解放するという作業を為す必要があります。こちらの女性が向こうへ行く暇などありませんし、同様に、向こうにいるシンさんがこちらへ来る暇もありません。さらに言うなれば、解放され、ソレイユ様のワールズから独立した個々の世界は行き来ができません。」
 再度、ため息が漏れる。
 そして、今度こそシャロンは完全に沈黙した。
 静寂が続き、そして、ミーティアが口を開く。
「戦いは不本意ですが…… 私には譲れない想いがあり、貴方達には失うわけにはいかない世界がある。互いに、譲れないもののために、悔いの残らない時を過ごすと致しましょう……」
 その言葉が地下の空間に響いた。それからしばらくして、レイラが銃を持った手を持ち上げる。銃口をミーティアへと向け、凶弾を撃ち出すために指を動かす。
 だああぁあんっ!

 一行が堂々と正面から入ると、迎えたのは古参のガーランド教育指導官であった。彼はリーン達を見つけると驚き、しかし、直ぐに案内をした。
「シンが、お前らが来るだろうから封魔石のところに通せ、と言っていたのだが、まさか本当に来るとはな…… 奴は予言までできるようになったというのかね」
 苦笑して言うガーランドを無視し、一同は顔を見合す。
 封魔石の元へ通されるということはどういうことなのか、と疑問の瞳を互いに浮かべる。
「ガーランド教育指導官」
 そこで、シャロンが口を開く。
 声をかけられたガーランドは、訝しげに少女を見やる。
「何かね?」
「封魔石がある部屋でしたら私が存じております。指導官のお手を煩わせずとも、私どもで向かいますので……」
 シャロンが慇懃に言葉を紡ぐと、ガーランドは、ふむ、と寸の間考え込み、そして、頷いた。
「そうか。それは有り難いな。これから、魔法習得状況の芳しくない者に対する基礎教習があるゆえ、時間があまりなかったのだ。助かるぞ」
 そう応えてから、踵を返す。
 そして去り際、リーンに対して、基礎教習の補習をあとでやるからな、と声をかけてから、ガーランドは去った。
 リーンは闇の術以外の習得状況はあまりよくはない。にもかかわらず、彼女はここ数日行方知れずであった。そのため、ガーランドとしては今すぐにでも補習を受けさせたいところであったのだ。しかし、彼女にはこれから学園長シンの元へ向かわねばならない、という用事がある。それゆえ、先の言葉であった。
 はぁ……
 彼の置き台詞を耳にし、リーンはため息を吐き、しかし、直ぐにきっと表情を引き締める。
「さて。封魔石がある部屋に来いとのお達しだけど、学園長先生、どういうつもりだと思う?」
「偶然にしちゃ出来すぎてるよね〜。学園長、わたし達がどういうつもりで帰ってくるか判ってるってこと?」
「それは間違いがないんじゃないか? 問題は罠かどうか、だな」
 そこで、一同の視線がシャロンに集中する。というのも、シンとの付き合いが一番長いのが彼女だからである。
 シャロンがシンに引き取られて養女になったのは、十年前のことだ。それ以来、仲が良くもなく、悪くもなく、同じ住居で寝食を共にしてきた。親密であったかはともかく、付き合いだけは長いのである。
 それゆえ、こういった状況で罠を張るような人物かどうか彼女が一番判るだろう、というのが一同の考えなのである。
 シャロンは肩をすくめ、口を開く。
「罠が待ち受けてるってことはない気がするわね。あの男は愚直だし、ただ単に、決戦の地にご招待ってことだと思うわ。それで、いざ勝負、ね」
「ふぅん…… なら、素直にご招待に預かっていいのかな」
「ぽいね」
 少女二名がそのように相槌を打つ一方で、ランドは少し考え込み、シャロンに近寄る。そして、耳打ちする。
「ところで、今更なんだが…… お前大丈夫なのか?」
「何がよ?」
「いや…… 場合によっては学園長を、その、殺すようなことにもなるわけだぞ。義理だって――」
 べしっ。
 ランドの額に、チョップが叩き込まれた。
「……何をする」
「本当に今更ね、あんた。つか、あんな男どうなろうが、知ったこっちゃないわよ。独身のくせに八歳の幼女を養女にする奴よ。どうせ変態よ。とっとと死んでくれた方が世のため人のためよ」
「変態ってな…… まあ、いいか。お前がいいってんなら、これ以上は言わんよ」
「それでよし」
 唇の端だけを上げて、シャロンが笑う。
「てか、シャロンちゃん。ラン先輩といちゃついてないで、封魔石のある部屋ってどこ?」
「そうそう。甘い語らいはそのくらいにして下さいな。あたし達知らないから、ちゃんと案内して欲しいわ」
 他二名の言葉に、シャロン、ランドは共に憮然とした表情になり――
『不吉なこと言うな』
 声を揃えて抗議した。
 それからひと悶着を経て、一行は封魔石があるという部屋を目指す。
 かの部屋は研究棟にあるらしかった。研究棟の地下部分に封魔石が保管されているというのだが……
「おい、シャロン。上に行くのか?」
 シャロンは迷うことなく階段を上っていった。
 彼女は、不思議そうにしている他三名を見下ろし、肩をすくめて見せる。
「そりゃそうでしょ。訊くけど、あんた達。この棟で地下への階段とか見たことある?」
「そういや……」
「ない気がしますね」
「う〜ん。確かに」
 肯き、それから考え込む三名に、シャロンがあっさり答えを開示する。
「上の階に入り口があるのよ。二階にある部屋のクローゼットの中に、下へ向かう階段がある」
 その言葉を受け、一行は階段に足をかける。しばしの後、二階へと至り、シャロンの先導でとある一室の前へと向かった。
 先頭のシャロンがおもむろにそこの扉を開けるも、中には誰もいない。
「……なるほど。罠はなさそう、か」
「ま、下でわんさか待ち構えてるとか、まだあり得るけれど」
 口にしながら、シャロンはクローゼットを開き、その床に敷き詰められていた布を引っぺがす。すると、そこには彼女が言っていたとおり、下へと続く長い長い階段があった。
 一同は顔を見合わせて頷きあい、それから、ランド、リーン、コリン、シャロンの順で下りていく。
 三分ほどかかり、漸く階段の終わりが見えてきた。それぞれ、いきなり何が飛び出してきてもいい様に心の準備を決め、そして、目的の階へと至る。
 目的の場所は随分と広かった。研究棟の地下と言うよりは、魔法学園全体の地下と言った方がしっくり来るだろう。屋外並みに広い。とはいえ、それでも屋内であるため魔法の制限はしなければならないだろう。特に、あまり激しい術を使ったのでは、天井が落ちて生き埋め、などということになりかねない。
「よく来たな。待っていたぞ」
 広い空間の奥にいる男性が言った。魔法学園学園長シンである。
 シンが立っている場所の陰には、黒く照った石が在った。それが封魔石であろう。
「そいつは恐悦至極に存じますわ、糞お義父様。それで、それを大人しく渡してくれるの?」
「渡すと思うのかな?」
「まさか」
 冷笑を浮かべ、構えをとるシャロン。戦う気は満々のようである。
 一方、他の者はなんとか説得を試みてみる。
「が、学園長! このままだと世界自体が消滅してしまうかもしれないんですよ!?」
「ランド先輩の言うとおりです! ミーティアさんにお会いしたいというのはわかりますけど――」
「世界がなくなったら、アイスも食べられないよ〜」
 ばし。
 リーンが無言でコリンを叩く。
 シンはそんな少女二名を、くくく、と小さく笑いながら見つめ、言葉を返す。
「そのようなことは百も承知だ。しかし、世界が消滅しない可能性も万に一つはある。君達こそ、その可能性を信じて静観する気はないのかな?」
「あると思うの?」
 肩をすくめて首を振るシン。そして、目つきが変わった。
 リーン達はそれを見て取ると、覚悟を決めて、散った。

「あり得ない動体視力をしていますね、騎士団団長殿」
「お褒めに預かり光栄です」
 レイラの言葉に反応したのは、騎士団の団長であるアースだった。彼は、ミーティアへと向かっていた銃弾を剣で弾き、雄雄しく立っていた。
 ヴェイル、シャロンは目を見張る。
「だ、団長?」
「どうして……ここに……?」
 問われると、アースは彼らを見やる……が、何も応えずに無言で剣を構える。
 そして、駆けた。
 呆気に取られているヴェイル、シャロン、カシスは反応できず、アースの剣が一番近くにいたヴェイルを襲おうとした、その時――
 だんっ! だんっ!
 レイラが弾丸をアースに向けて二発撃ち込む。
 アースは後ろに跳んで一発を避け、一発を再び剣で弾いた。
「何をぼーっとしているのですか! こちらの団長さんは私がお相手します! 貴方がたで一気にミーティアさんを制圧しなさい!」
「させな――くっ!」
 レイラの言葉を聞きアースが動くが、レイラの両手に構えられた二丁の拳銃から銃弾が降り注ぐ。
「護るべきものを護りなさい! それが例え、この男性の護る者を損なう結果を招こうと!」
「……けど」
 三名は戸惑ったように立ち尽くす。
 それを目にしたレイラは舌打ちをしつつ、アースに対す。
 そんな中で、動いたのはミーティアだった。ゆっくりとした歩調で三名に近づき――
「つっ!」
 突然、隠していたナイフでカシスに斬りかかった。
 ナイフはカシスの腕をかすり、小さな、本当に小さな傷を作り出す。
「ミーティアさん!」
「これで、私に敵対しやすくなりましたか?」
「どうしても敵対しないといけないのですか…… 私は貴女が、世界が消滅するかもしれない道を進みたいと思っているとは――」
 シャロンが声をかけると、ミーティアは微笑む。
「いいえ。私はその道を望みます。シンに会いたいの。それだけが望みなの」
「けど、その可能性はとても低い」
 ヴェイルが言うと、ミーティアは首を振る。
「それでも、とても小さな望みでも、すがりたいの。私はこの道を駆けることを決め、二十年生きてきました。貴方がたも――世界を護ると決めたのならば、私を阻むと決めたのならば、迷わず、その道を駆けなさい。悔いなきように」
 静かな彼女の言葉に、三名は沈黙する。
 レイラとアースが争う音だけが響く。
 しかし、直ぐに動きがあった。カシスが腕を持ち上げる。その手には、レイラから渡された銃が握られていた。
「ミーティアさん。動かないで下さい。動けば撃ちます」
 そう宣言すると、彼はヴェイルに目配せをする。その意図は、血を流すことなく神聖石を手に入れる、というものであろう。
 その意図を汲み取ったヴェイルが動きだそうとした、その時――
「ぐあっ!」
 からんっ!
 カシスが銃を落とし、腕を押さえる。そこからは、血が大量に流れていた。
「な、何が――つっ!」
「いたっ!」
 そこで、ミーティアが再度ナイフを振るい、ヴェイルのわき腹に、シャロンの太腿に小さな傷を作る。
「勿論、私もその道を、全力で阻ませてもらいますが」
 そう呟くと、ミーティアは二人から離れ、充分な距離をとる。
 そして――
「いけない! 神聖石の力というのは――くっ!」
 レイラが声を上げるが、アースが猛攻を加え、阻む。レイラはアースの剣撃を銃でうまく処理し、しかし、それに手一杯となり、それ以上の言葉は続かない。
 ヴェイル、シャロンは、戸惑いながらも覚悟を決め、ミーティアの元へと迫り、
「はっ!」
 ヴェイルが振るったナイフを、ミーティアは愚鈍な動きで危なげに避ける。
 そのままいけば、ヴェイル達は労せずしてミーティアを制圧できるかと思われたが……
「……フロ・マン・トゥ・スト」
 ミーティアが呟くと、ヴェイル、シャロンはそれぞれ、わき腹、ふとももに違和感を覚えた。
 そして、気付いた時には、先ほど受けた傷口から大量の血液を噴射していた。傷口が、どんどんと開いていた。
 がくっ。
 二名とも膝から崩れ、倒れる。
「……こ、これは?」
「神聖石が齎す力は人の治癒能力の操作。その能力を活性化させることで傷を癒すことも出来れば、今のように、治癒の力を逆転させて、傷を拡大させることも出来ます。その身に傷を作ってしまった時点で、貴方達は私に勝てない」
 ミーティアに対していた三名は床で血を流し、立ち上がることができない。死を享受するほどの傷でも出血でもないようだが、満足に動くことは能わないだろう。
 一方、アースに対しているレイラは舌打ちをする。形勢が一気に不利になったためだろう。
 彼女自身は未だ傷を受けていないため、神聖石の力による反則的な攻撃を受ける心配はない。しかし、今の状況が続くのであれば、それも時間の問題と思えた。
 たっ!
 アースの剣撃を跳んで避け、レイラは銃を構える。
 だあんっ!
 ミーティアを狙ってみるが、やはりアースに防がれた。状況は芳しくないようだ。
 一方で、好ましい状況に立っている側であるはずのミーティアは、なぜか苦しげに顔を顰めていた。

「アイシクルソード!」
 ランドが氷の剣を生み出し、駆ける。
 しかし、
「フレイムソード」
 シンが生み出した炎の剣によって氷の剣は溶かされ、ランドは丸腰になる。何とか炎の剣の一撃を避け、彼は大きく後ろに跳んだ。
 そして、その後にコリンが続く。
 手の中に炎を溜め、それから勢いよく腕を突き出す。
「ファイアレーザ!」
 炎が凄まじい速度で空間を突き抜ける。一直線にシンへと向かい、しかし、
「アイスシールド」
 シンが手を翳すと、そこに氷の壁が出来上がり、炎は阻まれた。
「うわ。さすが学園長先生…… 防がれまくり」
「感心してる場合じゃないわよ。あんたも行きなさい」
 シャロンが促すと、リーンはしぶしぶながら進み出る。
 そして、闇を生み出すための呪を紡ぎ、
「シャドウエッジ!」
 空間に闇が生まれ、そこから錐が生じる。錐はシンへと突き進み…… しかし、シンはそれをただ単に横に跳んで避けた。
「あ、やっぱ駄目」
「……あんた追尾型とかにできないの、あれ」
「えへへ。何ぶん新人なもので」
 リーンが照れたように言うと、シャロンは舌打ちし、使えねぇ、と呟く。
 そして、軽くショックを受けているリーンを無視して、今度は自身が駆ける。
 その間、コリン、ランドもまた攻撃の手を再開している。コリンは比較的無差別に炎を生み出し、ランドは燃え移った火を消火しつつ、氷の杭を打ち出している。
 それらの攻撃すらシンは楽に防ぎ、なおかつ、炎、水、風、雷、闇と、全ての属性の攻撃魔法をふんだんに使用しているのだから始末が悪い。
 シャロンは駆けつつ、各属性ごとの術を使用しているだけでは駄目か、と考えて一工夫こころみる。
「風水火雷の力よ。四方より迫りて我が敵を討たん。フォーウェイカタストロフ!」
 シャロンの力強い言葉を因として、シンへと様々な自然現象が不規則に押し寄せる。言葉の中に『四方』とあったにもかかわらず、シンの周りが全包囲されている点も特筆しておくべきことだろう。とにかくこれでは、シンは逃げ場もなく、また、炎を防ぐために水を、といったような防ぎ方もできないように思えた。
 しかし……
「全ての属性よ、我に従え。オールキャンセル」
 シンが呟くと、彼を覆っていた現象は全て消えうせた。
『なっ!』
 驚愕のあとに静けさが落ちる。
 沈黙は一瞬のことではあった。しかし、魔法学園の長であり、魔法の全属性を修めているシンと相対している若者達にとって、その一瞬は致命的なものとなった。
 まずシンは両手に炎と水を生み出す。炎をランドに、水をコリンに向けて打ち出した。それぞれ手のひら大の大きさでしかないそれらは、瞬く間に目標に到達する。
 コリン、ランドは急ぎ、得意な属性を駆使して防ごうと試みる。しかし、小さな炎は水の盾を蒸発させ、頼りなくみえた雫は炎の壁を飲み込んだ。そして、それに留まらず術者らをも襲う。
「コリン! ランド先輩!」
 勢いのある水弾に撃たれた同輩と、激しく燃え盛る炎に包まれた先輩に駆けよろうと、リーンは叫びつつ足を踏み出した。しかし、そんな彼女にもまた魔の手が迫る。
「闇よ。彼の者を貫け。シャドウスピア」
 静かに紡がれた言葉に伴って闇が突き進む。リーンは速度に乗ったそれを避けることも、制すことも能わず、立ち尽くした。

 だんっ! だんっ! だんっ!
 レイラは立て続けに弾丸を放った。一発目をアースの心の臓、二発目をミーティアの頭部、そして、三発目をアースの右足めがけて。
 しかし、そのいずれもアースによって防がれる。彼は、大きな剣を自在に操り、凄まじい速度の弾丸をことごとく防いでみせた。
「くっ」
 小さく呻くレイラ。
 アースはそのような彼女を瞳に入れ、小さく笑む。半ば勝利を確信して。しかし、直ぐに表情を引き締める。彼と、彼の大切な者が敗れる可能性を微塵も残さないために。
 だんっ! だんっ!
 懲りずにレイラが発砲する。それはミーティアを目標としたものであったが、やはりアースが間に入りはじいた。
 たっ!
 レイラはアースよりもミーティアを狙うこととしたのか、アースとミーティアが直線に並ばない方角へと駆ける。しかし、アースもミーティアもそれを大人しく待っているはずもない。レイラが移動するたびに、あるいはアースが、あるいはミーティアが移動して、レイラとミーティアの間には常にアースがいる状況が続いた。
 そうしているうちにレイラの体力が尽きてきたのか、動きが鈍る。それを目にしたアースはじりじりと距離をつめ――
「?」
 そこで、アースは訝しげに眉をひそめた。
 レイラが視線を落として足を止め、口の端を持ち上げている。その姿は諦めたというにはあまりに堂々としたもので、違和感を覚えさせた。
 そして、アースは気づく。現在の位置関係に。
 アースの前方にレイラ、そして十歩ほど後方にミーティア。更に、ミーティアの後方には――
「甘いのがこちらだけでなくて幸いでした」
 レイラの言葉の一言一句をかみ締め、焦燥と共に振り返ったアース。その瞳に映し出された光景は――

「……?」
 リーンの目の前には赤が広がっていた。見慣れた、魔法学園の制服である。赤を背負った背中は堂々と目の前にあり、リーンを護ってくれているのだとわかった。そして、彼女の側にいたのがシャロンのみであったことから、背中の主は容易に予想できる。シンが放った闇を、防御魔法で防いでくれたのだろう。
「あぶなー。ありがと、シャロン」
 リーンが言った。
 しかし、目の前の人物が言葉を返すことはない。普段から愛想が悪いとはいえ、こういう時であれば嫌味の一つも飛んできそうなものである。リーンは違和感を覚えた。
 そして、もう一つ違和感を抱く。赤の中に紅を見出し、目を瞠る。
「シャ……ロン……?」
 がはっ!
 リーンの力ない呼びかけに続いて、シャロンが崩れ落ちながら咳き込む。それにより、彼女の口からも紅が流れ出る。
 闇が彼女を――貫いていた。
「シャロンちゃん!?」
「シャロン!」
 コリンが倒れたまま、ランドが辛うじて立ち上がりつつ叫んだ。リーンは倒れこんだシャロンを青い顔で覗き込んでいる。
 そんな中――
「ランド!!」
 叫んだ。傷ついたシャロン自身が、視線をとある人物に向けながら。
 呼びかけられたランドは彼女の意図を瞬時に理解し、力を操る。
「アイシクルソード!」
 生み出された刃は風を切り、対象へ向けて伸びていく。一瞬、ほんの一瞬呆けて立ち尽くした者へ向けて。
 ずさっ!
 紅が再び床を染めた。

「……ミーティアさん」
 紅を生み出した刃を携え、ヴェイルが膝に手をついて辛うじて立っている。彼の視線は下を向いており、その先には赤い髪の女性が横たわっていた。
「……そのような、顔を……なさらないで下さい……ヴェイル、さん」
 ミーティアは途切れ途切れに言った。
 ヴェイルは顔を顰めたままで、歯をかみ締めたままでそれを聞く。
「……望みの、ためならば、覚悟はできると……非情になれると……そう思っていた、のですが……無理だったようです」
 笑った。ミーティアは血を吐きながら、微笑んだ。
「……すみません」
 沈痛な面持ちで、ヴェイルは呟いた。
「くすくす……何を、謝ることが……あるのです? 貴方は……勝手を通して世界を……滅ぼそうとした悪を、滅ぼしたのです。神の……太陽の祝福は、貴方と共に――」
 瞳に影を宿し、ヴェイルは口の中で舌を打つ。祝福が共に在るというのなら、神がいるというのなら、結末はもっと…… そのように苦悶し、顔を顰めた。
 一方で、放心した様子でアースがミーティアに近づいてくる。
「母さん」
「アース…… 手伝ってくれたのに、御免ね。……貴方を巻き込んだ、というのに、中途、半端な、覚悟だっ……たから……」
「……………」
 瞳の力をどんどんと失っていくミーティアにすがりつき、アースは強く強く彼女の手を握る。
 そんな中、レイラがミーティアの手の内から零れ落ちた神聖石に歩み寄り、ゆっくりとした動作で輝く石を手に取る。そうしてから、ヴェイルのもとへ向かう。
「ヴェイルさん。ソレイユ様のもとへ」
「……はい」
 返事をしたヴェイルは、ミーティアとアースを瞳に入れ、深く深く頭を下げる。しかし、その姿は突然レイラと共にかき消え、悲劇の場には心身ともに傷ついた者達が残された。

「……ヤキが回ったわね、シン……義理の娘が、死に掛けた、程度で……動きが止まる、なんて……」
「……お前こそ……後輩をかばって、などと、らしくないな……」
「……ふん」
 ランドに抱き起こされつつ、義父に瞳を向けてシャロンが、そして、胸に穿たれた傷から紅を湧き出しながら、シンが言った。
「おい! 喋るな、シャロン!」
「……うるさい、わね……ランド……」
「……しゃ、シャロンちゃん」
「シャロ――」
「リーン。封魔石を」
 リーンが泣き出しそうな顔で呟くと、倒れし者は鋭い瞳を携えて口を開いた。その口から発せられた言葉は、強い力が宿っていた。
 ゆえに、言葉を向けられた者は諾と従い、動く。そして、彼女が全ての魔の源である石を手に取ると――
 しゅっ。
 リーンの姿が消えた。
 コリンが、ランドが、瞠目している中――
「……ミーティア……」
 シンは愛しき名を口にし、瞳を閉じた。
 そして、シャロンは小さく笑み、誰にも聞き取ること能わぬ言葉を紡ぎ、同じく目蓋を下げた。

 ヴェイルとリーンが部屋に佇んでいる。そこは扉ばかりが多数ある不可思議な部屋だ。戦いに赴く前、世界のことを――過去、現在、そして未来のことを識った部屋。彼らは今、そこに戻ってきた。
「石を奪ったんだね。彼らに止めを刺した方が、少しの違いとはいえ早かっただろうに」
 少女が――ソレイユが空間に突然現れ、言った。
 彼女はヴェイル達に教えていた。管理者の資質のある者が石を手にすること、もしくは、現在の管理者――シンとミーティアに止めを刺すこと。それこそが管理者の交代を促すファクターである、と。
 しかし、ヴェイルもリーンも、他の誰もが、前者によって目的を成すことを選択した。結果として、シンもミーティアも傷つけることとなっていまったけれど……
 その時の光景を思い出し、管理者の資質ある者達は顔を歪める。
 さて、管理者の資質がある者とは即ち、その世界を象徴する石の力を引き出せる者、そして、その世界にのみ存在している者をいう。
 闇の力を行使でき、神聖石の世界に存在していなかった、リーン。そして、封魔石の世界に存在せず、神聖石の加護を少なからず受けていた、ヴェイル。彼らがそうである。
 ヴェイルがミーティアの神聖石による攻撃の中、一人だけ動くことがかなったのはそのような背景があったためだ。彼だけは、神聖石による治癒力の逆転作用を緩和できたのである。勿論、ミーティア自身が非情になりきれていなかったという事情もある。
「ん?」
 ソレイユが何かに気づいたように小さく声を漏らした。そして、冷たい瞳を携え、口を開く。
「今、前任の管理者二名が亡くなった。嫌が応にも新たなる管理者が必要となった」
 ヴェイル、リーンの瞳に影が落ちる。
 しかし、ソレイユは特に気にした風もなく右手を持ち上げ、指を鳴らす。それに伴い、ヴェイル、リーンの手に収まっていた神聖石が、封魔石が光を放つ。
「な、何だ?」
「管理者権限の譲渡が為されたのです」
 ヴェイル達の背後から言葉が放たれる。そこにはレイラがいる。
「これで世界の解放が可能となりました」
 レイラの言を受け、ヴェイルとリーンは顔を見合わせ、頷く。
 世界の解放。それは、ソレイユが哀れな人の子に差し伸べた救いの手。
 ソレイユが管理する平行世界群――ワールズ。それに含まれる世界の数は幾千、幾万にのぼる。それらは全てソレイユの支配を受け、成り立っている。ソレイユの力なく存在すること能わぬ因果律なのだ。
 しかし、世界は彼女の管理から脱却できる。各世界の管理者の意志によって平行世界群から外れ、ただの世界――ワールドと成ることができるのである。それにより、神聖なる世界と魔なる世界は並び立つことがなくなり、結果として、接近して双方消滅するという未来を避けられる。
 と、そこまでが、ソレイユが魔なる世界、神聖なる世界の住人達全てに語った救い。ただし、それで全てが語られたわけではない。救いを享受するには、失せねばならないものがあった。そしてそれは、新たなる管理者と成り得る二名にのみ語られた。
 それを耳にした彼らは動揺した。心を乱し、しばし放心した。しかし、決意したのだ。彼らと共に在った者達、そしてそれだけでなく、彼らが生を受けた世界、その世界と共に生きている全てのために……
「石をこちらに」
 ソレイユが両手を差し出した。
 ヴェイルは彼女の左手に神聖石を、リーンは右手に封魔石を乗せる。
 ソレイユが手の平に乗せられた石を真上に放り投げ、そして、石達はソレイユの周りを回り始めた。封魔石の作り出す黒の軌跡と、神聖石が作り出す白の軌跡。双方を瞳に入れながら、神の如き少女は口を開く。
「それじゃ――」
「……その前に、ねぇ?」
 リーンが遮り、真剣な瞳をソレイユへ向ける。
「シャロンは――」
「それは尋ねない方がよいでしょう。仮に事実が貴女の意向に沿わぬものだったとして、いらぬ動揺をする結果を招くだけです。これから為すことだけに集中なさい」
 レイラが言った。
 ヴェイルはリーンの隣で何か言いかけたが、自粛した。リーンの口ぶりから、シャロンがどんな状態にあるかは予想ができた。そして、レイラの言がもっともだと納得もした。だからこそ、黙ったのだ。
 リーンもまた、黙り込む。
 そんな中、ソレイユは苦笑してレイラを見やる。
「仮に悪い結末が彼女に訪れていたとして、わたしが嘘をつけばいいだけなんだけどね。貴女は糞真面目というか何というか。まあ、今ばかりは仕方がないと思うけど……」
 レイラは視線をソレイユから逸らす。一方で、ヴェイルとリーンは、ソレイユ、レイラを交互に瞳に入れて首を傾げる。
 そんな者達を瞳に入れ、ソレイユは小さく息をつく。そして、それからヴェイル、リーンの名を呼んだ。
 呼ばれた二名は、いよいよ決行の時であることを認識し、表情を硬くする。
 それを見てとると、ソレイユは笑った。意識して、でき得る限り明るく笑った。
「ま、そう緊張しないで。確かにあなた達は消滅する。でも、それは世界自身として生きるということ。死ぬのとは、ほんの少しだけ違う。だからそれほど悲劇的でもない、と少なくともわたしは思うよ」
 そう声をかけられ、やはりヴェイルとリーンも笑う。ソレイユほどではないけれど、明るく笑ったのだ。
 ……そう。失せねばならぬものとは、管理者自身。ヴェイルとリーンの人としての生である。
 ワールズから脱却する世界は、存在するためのエネルギーを充分に備えていない。それゆえに、それを補うために外部からエネルギーを補充する必要があるのである。それこそが、管理者の生命力。管理者の命の灯火を対価として莫大なエネルギーを生み、世界は独立することがかなうのである。
 しかし、この方法は諸刃の剣でもあるのだ。というのも、管理者に少しでも心の乱れがあれば、自身の消滅を恐れ、惑う弱さがあれば、世界こそが消滅してしまうのである。そして、世界を独立させることに失敗した管理者は、二度と朽ちることなき肉体を手に入れ、悔恨の苦しみと共に永久に近き時を生きることとなる。
「俺は、それはもう納得したつもりだ。怖がっているとか、そういうこともない……と思う。でも、心の奥底では、自分でも気づかないくらい無意識のうちに迷っていたりしたら…… そう思うと、やっぱり……」
 ヴェイルが言った。
 リーンも隣で頷いている。
「ま。その不安は当然だと思うけどね。そうやって悩んでるせいで……ってこともあるんだから、割り切らないと、だよ」
 明るく言ったソレイユは、レイラに一度目配せをする。すると、レイラは頷いて移動した。ソレイユの近くに寄り、神聖石、封魔石に手を触れる。すると――
 ぴかあぁああ。
「さあ、もう時間がない。いくよ」
「……ああ」
「……うん」
 声をかけられると、ヴェイル、リーンはそれぞれ頷いた。
 そして、世界が生まれる。

PREV TOP NEXT