第3章 School Wars
少年と武器

 シエスタ=ブックマンは闘技場の最前列で学園対抗戦を観覧していた。彼女の左隣にはラスター=ブックマンが、後列にはアルヴェルト=ブックマンとミランダ=ブックマンが座っていた。他のブックマン一族の姿はない。気心の知れた従姉妹同士とその婚約者だけで、ラディアムたちの応援に駆けつけていた。
 いよいよ彼らの弟や妹の試合が始まったが、シエスタの妹の出番は即座に終わりを告げた。代わりに、ラドクリフが開始位置へと向かい、慇懃に礼をしていた。
「もうっ! 何なんですの、アルマリータは。あれではお相手の方にも失礼では御座いませんこと」
 アルマリータ=ブックマンは、1回戦第2試合が開始されると直ぐに、青色の大きな瞳に涙を溜めて棄権した。理由は、先の第1試合を見ていて怖くなったから、とのことだった。当然ながら、アルマリータはそのように少女らしい少女では無い。少なくとも、この場に集ったブックマン家の者は皆、そのことを承知している。
「あの気持ち悪い演技は、一応相手を気遣った結果だろ」
 憤慨しているシエスタの隣で、ラスターが苦笑いを浮かべつつ言った。
 彼らの後ろではミランダが、不思議そうに首を傾げた。
「そもそも、リタちゃんはどうして棄権なんてしたのでしょうか?」
「あの子のことですもの。明日の試合でマグナカルタ女学院を3人抜きしたいからと言って、本日はラドクリフくんに譲ったのですわ。まったくもう……」
 頭を抱えて嘆くシエスタからは、怒りと共に悲しみが見て取れた。
「妹の活躍は明日に持ち越しか。残念だったな、シエスタ。さて、ラドクリフの試合が始まるようだ。応援しようじゃないか」
 アルヴェルトの言葉通り、闘技場の中央では、ラドクリフとゴードン学園の先鋒がにらみ合いを始めていた。

 ゴードン学園先鋒エドガー=ステファンは動けば負けることを悟った。対戦相手のラドクリフ=ブックマンは微動だにせず、エドガーの様子を窺っている。腰を落として、鞘に収められた東国の武器――刀に手をかけている。隙を見せたが最後、刀は放たれ、エドガーを切りつけるだろう。
 呼吸をする音さえ響くような静寂が続き、エドガーは遂に耐えられなくなった。一歩を踏み出してしまった。
 瞬間、旋風が巻き起こり、エドガーの手にしていた剣が折れた。
 ラドクリフ=ブックマンはというと、素早く刀を鞘に収め、構えの姿勢に戻っていた。勝利はほとんど確定したというのに、油断など微塵も無かった。
「……オレの負けだ」
 エドガーは悪あがきをする気持ちすら萎え、大人しく白旗を上げた。赤毛の間から覗く鈍色の瞳には、どこか清々しさすら窺えた。
 彼が相手と握手をしてから陣営に戻ると、控えていた次鋒のミリー=ノクターンが前に出た。
 ミリーはすれ違いざまに、口元に右手を当てて可笑しそうに吹き出して見せた。年下にあっさり負けてみっともないと、からかっているのだ。
 エドガーとしても異論はないのだが、試合を目にしていたのならば、相手が年下などというのは何の優位にもならないと、ミリーも理解している筈だった。ともすれば、軽い冗談と受け取るべきだろう。それでも、腹立たしいのは間違いなかったが。
 ミリーは開始位置へと至り、寸の間呆けた。遠目には分からなかったが、彼女の対戦相手は中等部1年という割には凛々しく、それでいて未だに可愛らしさの残る顔つきをしていた。
(ちょっと好みかな)
 明るい茶の髪を手ぐしで整えながら、頬を桜色に染める。ミリーの紅い瞳は、照れくささのためか更に深みを増したように見えた。
 彼女の挙動不審な様子に、ラドクリフが訝しげに瞳を細める。
「……ラドの特技炸裂ね」
「……特技っていうか、うーん」
 ハイドロウ学院の陣営で、アルマリータとラディアムが苦笑を浮かべ、佇んでいた。
 一方、ゴードン学園の陣営からは、野次が飛ぶ。
「おい! ショタコン! 試合中くらいは抑えろ!」
「ちょ! エドガーくん?! 人聞きの悪いこと言わないでくれないかな! かな!」
 その応酬で闘技場に笑いが起こった。
 ミリーは一層頬を染め、エドガーを睨み付けた。
 ラドクリフは困ったように頬をかき、しかし、直ぐに表情を引き締める。
 闘いが始まった。
「いくら君がカッコかわいくても、負けてあげるわけにはいかないかな」
「それには及びません」
 ミリーの軽口に端的に応えて、ラドクリフは肩にかけていた大剣を抜いた。
 先程腰に差していた刀は自陣に置いてきたらしく、どこにも見当たらなかった。
(試合ごとに武器をかえるのかな? でも何で……)
 訝るミリーだったが、実のところ、理由は無い。ラドクリフの武器好きが高じた結果というだけだった。
 先程の試合で刀の練度に満足がいったラドクリフは、続けて、最近兄から譲り受けた大剣を試してみようと、いそいそと準備したのだ。ある意味、可愛らしい。
(何にしても、有利かな。あの大きな剣なら小回りは利かないはず。それに動きも鈍くなる――)
 ミリーの思索を遮って、ラドクリフが動いた。大剣を手にしているとは思えない、素早い動きだった。
 彼は瞬時にミリーの間合いへと入り、腰を落として重心を安定させ、大剣を振るう。
 耳をつんざく轟音が響き、空間が刃の軌跡で割ける。
 ミリーは大きく飛び退き、何とかその一撃を躱した。そのまま何度も飛び退いて、ラドクリフから充分に離れると、彼女の背中に冷や汗がどっと流れた。
(何であんな軽々と大剣を振れるかな! 怖い!)
 心の中で頭を抱え、恐怖に怯え、しかし――
 ミリーの視線の先では、大剣を正眼に構えたラドクリフが睨みを利かせていた。直ぐに間合いを詰めてくる様子はなく、小休止といったところだろう。試合開始前よりも目つきは鋭く、ともすると、凛々しさが増したように見えた。
(やっぱかっこいい! あと、微妙にかわいさものこってるかな? かな!)
 余裕は無いが、余裕だった。
 長い付き合いのゴードン学園側の他2名は、彼女の考えていることを悟り、頭を抱えた。
 一方で、ラドクリフは彼らの様子に頓着せず、駆け出す。その速度は変わらず素早く、息切れもしていない。その体力は底などないかのようである。
 息をつく間もなく距離をつめられ、ミリーは慌てた。鋭い横薙ぎを何とか避けて、初めて反撃に移る。彼女の手から放たれた球体が、不規則な動きで上下左右に揺れ、直ぐさま、ラドクリフの頭部を襲った。
 たまらず、ラドクリフが後退する。
(魔法か? それとも、最新の武器か?)
 武器だとしたら使ってみたいと、ラドクリフは試合を忘れてほんの少しだけ笑みをこぼした。

「あれ、何だ?」
 観覧席でラスターが疑問を口にした。
「魔力親和性の高い宝玉――スフィアですわね。魔力に呼応してある程度自由に動かすことができるとか。魔法で操る武器といったところでしょうか」
 魔法学会の若き天才シエスタが応えた。
「そうか。なら、ラドは使えんな」
 ラドクリフ=ブックマンには全く魔力が備わっていないのだった。
 ブックマン家の面々は、残念がるラドクリフを思い浮かべて、苦笑した。

 スフィアの動作は変幻自在で、ラドクリフを苦しめた。頭部への一撃を剣の腹で受け、転じて、足元へ向かってくる一撃を跳んで躱す。跳んだことで生じた隙を見逃さず、今度は背後からスフィアが襲い来る。
(面白いな。これ、俺にも使えるのか?)
 絶え間ぬ攻勢にもかかわらず、少年は胸を高鳴らせてスフィアを目で追っていた。しかし、彼の期待は裏切られると決まっている。悲しい恋だった。
 ミリーの操るスフィアと、ラドクリフの身体捌きの攻防はしばし続いた。
 しかし、ラドクリフの息が乱れることはない。彼は大剣を振り回しながら動き続けている。それにもかかわらず、汗すらかいていない。
 一方で、ミリーが息を弾ませて、苦しそうにあえぎ始めた。
(な、なんて体力なの、かな)
 その隙を見逃す程、ラドクリフは人が好くなかった。まずは、ミリーの不調に伴って動きの鈍くなったスフィアを見据える。そして、腰を落としてずっしりと構え、大剣を強く握り直す。口を真一文字に結び、腰を回転させる。すると、自然と大剣を手にした腕も回転し、大剣の腹がスフィアに強くぶつかる。
 鋭い金属音が響き渡り、スフィアが一直線にミリーの元へと飛んでいった。
「きゃふっ!」
 小さく悲鳴を上げて、ミリーが尻餅をついた。紅い瞳は大きく見開かれ、雫がこぼれ落ちそうだった。視線は足元へと向き、スフィアが地面にめり込んでいる様子を捉えた。
 スフィアを操る魔力が不足し始めたのに加え、スフィア自体も傷がついて欠陥が生じていそうだった。勝敗は決した。
「ま、負けました……」
 ミリーは降参して、涙目のままゆっくりと立ち上がった。
「あの、すみません。当てる気はありませんでしたけど、怖がらせてしまったみたいで」
「う、ううん。大丈夫、かな」
 女性を泣かせてしまった気まずさで、ラドクリフが困惑の表情を浮かべて頭を下げた。
 ミリーは慌てて目元を拭い、手を差し出す。
 ラドクリフはその手を握ると、にこりと眩い笑みを浮かべた。
「お姉さんの綺麗なお顔が傷つかなくてよかったです」
「……ふあ?! そ、そう、かな?」
 突然の言葉に、ミリーは体中が熱くなるのを感じた。頬は元より、耳や首、四肢までをも、血が巡り、大暴走を遂げていた。
 それゆえに、彼女は現在何をしているのか、忘れてしまった。
「ね、ねえ? 今度帰りに食事でも、どう、かな……」
 ゴードン学園の陣営では、他の2名が再度頭を抱えた。
「おーい! ショタコンのミリーさーん! とっとと戻ってきやがれー!」
「だ、だから! 誤解が生まれそうなこと大声で言わないでくれないかな! かな!」
 誤解ではないだろうと、闘技場中の者が苦笑を浮かべた。

 ショタコンがゴードン学園の陣営に戻ると、代わりに、長身の筋肉質な少年が、ゆっくりとした足取りで開始位置までやって来た。彼は無骨な見た目とは裏腹に、ラドクリフへ優しく微笑み、ミリーの非礼を詫びた。
 特に気分を害していなかったラドクリフは、曖昧に返答し、少しの中座を申し入れた。ハイドロウ学院の陣営へ戻ると、大剣を下ろし、丁字型の2本の棍棒を手にして踵を返した。
「トンファーか。武器を毎回変えるんだな」
「好きなんですよ」
 簡単なやり取りが為され、直ぐに睨み合う。
「ガンツくん頑張って! でもラドクリフくんも超頑張って!!」
「お前はどっちの味方だよ」
 自陣営から聞こえてきた声に、ガンツ=シュバリエは思わず苦笑した。
「ら、ラド! 頑張って!」
「このすこけましが−!」
 従姉妹たちの声を受けて、ラドクリフもまた小さく含み笑いをした。
 そうして、3戦目が始まった。
 ラドクリフはまず距離を取った。ガンツの巨体からは膂力の強さを窺えたためだ。ひとまずは様子見と決め、軽く両手のトンファーを回す。鋭い回転音が響いた。
 しかし、直ぐにラドクリフは間合いを詰める。ガンツの口元が素早く動いたためだった。
 あと数歩でガンツに届くという頃合い、彼は突然、横に跳んで受け身を取った。
 その横跳びの残像を吹き飛ばすように、大きな火炎が通り過ぎた。
(ちっ。あの見た目で魔法か。まあ、接近戦メインだろうっていうのは、こちらが勝手に思い込んだだけだがな)
 心の内で毒づきながら、ラドクリフは駆ける。彼は魔法へ対抗する術をあまり持たない。基本的には避けるしかない。相性としては最悪だった。
 対して、ガンツとしても、ラドクリフは相性のよくない相手と言えた。彼は筋肉質な巨体にもかかわらず、接近戦を不得手としていた。対抗戦の代表となるだけあって、人並みの実力は備えているものの、ラドクリフの相手は荷が重かった。ラドクリフが距離を取ったのは彼にとって幸運だったのだ。
(あの少年。魔法が発動する前に気づいて、距離を詰めて来た。こちらの唇の動きを見て察したか。知識はあるようだな)
 ラドクリフがシエスタ=ブックマンから教授されたのが、それだった。訓練の最中、彼はシエスタの唇の動きを終始気にするよう指導され、結果、唇の動きを読むことでどのような魔法が発動するか、ある程度察せられるようになっていた。勿論、知識の無い魔法も数多くあり、全てに対処できるわけではない。それでも、初歩的な炎や雷などの魔法であれば事前に察知できるようになっていた。
 ガンツの腕から雷が広範囲へ向けて放たれた。稲光が四方へ飛び散り、耳障りな音を響かせた。
 一帯を覆う雷から、しかし、ラドクリフは無事に逃げおおせた。そして、放電がなりを潜めると、即座に駆け出して間合いを詰めた。
 ガンツとラドクリフの距離はまだまだある。それほどに、先の雷は広範囲を襲っており、ラドクリフも距離を取らざるを得なかったのだ。
 距離が詰まりきる前にガンツの短縮詠唱が終わる。
「――アルア!」
 最後の単語に伴って、十数本の氷の矢が放たれた。結晶は陽を受けて光り輝いていた。迫り行く速度も充分にあり、常人であれば、なすすべ無く串刺しにされてしまうところだっただろう。
 しかし、ラドクリフは落ち着いた様子で迫り来る氷の矢を観察し、ごくわずかな隙間を縫って駆け続け、矢の雨を抜けた。
 2人の距離は大分縮まっており、ラドクリフの足であれば数秒で攻撃の間合いに入るだろう。
 距離が詰まってしまえばガンツに勝算はほぼ無い。彼が取るべき行動は、ラドクリフの進撃を止めること、ただその1点に尽きる。
 ガンツは急ぎ短縮詠唱を紡ぎ――
「カ・リ・ザフラ・エンアウア!」
 巨大な炎弾が生じた。炎弾はガンツとラドクリフの間で視界を遮った。
 この炎弾の熱量は然程ではない。ただ大きなだけの炎だ。しかし、勿論熱くないわけではない。真っ正面から突っ込んで、熱さを無視して進むことは決して出来ない。ガンツの意図としては、炎の壁でラドクリフを阻もうという腹だろう。
(今のうちにまた距離を――)
 ガンツが踵を返してその場を離れようとした時、突如、炎の真ん中に道が出来た。
 その道をラドクリフが駆け抜ける。
 そして、ガンツは顎をトンファーで打たれ、意識を失った。

 闘技場を歓声が埋める。シエスタの後ろでも、ミランダが無邪気に喜んでいる。
「……ラスター。あのトンファーは魔法の武器ですの?」
「は? いや、違うが」
 シエスタの疑問を受けて、ラスターは不思議そうに眉を潜めた。
 対するシエスタも首を傾げている。
「では、何故炎を退けたのでしょう?」
 面前に炎が横たわった時、ラドクリフは迷うこと無くトンファーを力いっぱい振るった。右腕を振るって一歩進み、左腕を振るって一歩進み、それを繰り返して、対岸のガンツまで至った。
 どう見ても、トンファーが炎を裂いたようだった。
 シエスタの言葉に、しかし、ラスターは大きな声を立てて笑う。
「何がおかしいのですか?」
「シィは難しく考えすぎなんだよ。別に魔法がどうとかいう話じゃねえ」
 ラスターの応えに、シエスタは一層訳が分からなくなった。
 彼女の目の前で、ラスターが突如拳を振り回した。
「こうすれば風が起きるだろ?」
 突然のことに目を瞠っていたシエスタは、やはり不思議そうに眉を潜めて、頷いた。
「そうですわね」
「だろ。んで、炎は風で吹き飛ぶ。魔法で出来た炎の壁を、トンファーで生んだ風が消した。それだけのことだ」
 単純明快だった。
 シエスタは何だか疲れを覚え、頭を抱えた。
「さすがアトルナ棟ですわ」
「脳筋というやつだね」
 アルヴェルトがくすくすと笑みを零した。

 その後、休憩をはさんで半刻後に試合を再開する旨を、兵士が宣告した。イル・ソル学園とヨークシャー学院の対戦が第3試合、クレセント学園とラブラドール女学院の対戦が第4試合とのことだった。
 ラディアム達は闘技場を出て、青空市場へと向かうことにした。先日はラディアムとリリカとで本を見て回ったが、今日はアルマリータとラドクリフが主となって見回ることになった。
「ラドクリフくんって強いんだね」
「そうか?」
「明日はあたしがいいとこ見せるからね、リリカ」
「アルマもすっごく強いんだよ」
「へえ。楽しみだなぁ。頑張ってね、アルちゃん」
「うん!」
 お喋りに興じながら、ラディアム、アルマリータ、ラドクリフ、リリカの4人は、大広場へ向かっていた。
 ゴードン学園のミリーがついてきたそうにしていたが、流石に遠慮したようである。中等部1年4人組の中に高等部の人間が1人で乱入するなど、流石に空気が読めていなさすぎる。
 大広場の青空市場に辿り着くと、アルマリータが他国の魔法道具が売られている店を冷やかし、ラドクリフは武器の店を訪れて1つ1つ手にとってじっくり眺めた。
 1日目に比べると人通りは幾分少なくなっており、多少ながら歩きやすい。
「うーん! やっぱり王国祭はいいわね。他の国の物を王都で見られるなんて。さっきの店の魔法道具、使い勝手はメチャクチャ悪そうだったけど、面白かったー。あとで姉様にも教えてあげよ」
「武器もよかったぞ。見たこと無いのがいくつかあったが、ラス兄、買ってくれないかな。刀もいいのがあったし、買い換えたいよなぁ」
 楽しみ方は違うが、それぞれ、大いに楽しんでいた。
 リリカは初日同様、南国果実の1口売りを購い、歩きながら食べていた。その隣では、ラディアムが何かを見つけ、店主におどおどと品物を差し出していた。
「ランドル。何買ったの?」
「あ、えっと、姉さんにお土産。たぶん、今年も外出ないと思うし」
「姉さん? あ、ミラさん?」
 リリカの問いに、アルマリータが顔だけで振り返って否定した。
「ミラ姉様――ミランダさんは、ラディの兄のアルヴェルト兄様の婚約者よ。ラディが姉さんっていうと、実の姉のカルディーナ姉様のことね」
 カルディーナ=ブックマンはラディアムの姉、そして、アルヴェルトの妹にあたる。
「カルディーナ姉さんは、何て言うか、変わり者で、基本、外に出ないんだ。ずっと1人で植物の研究をしていて……」
「あ。それで鉢花なんだ」
 ラディアムが購入したのはアジサイという花の小さな鉢だった。紫を帯びた青色の花弁が目を惹く。
 カルディーナは青をよく好むため、その選択となった。
「カルさんはブックマン内でも特殊だよなぁ。極端な社交性の無さもそうだけど、色んな人に変なあだ名つけるのがちょっとなぁ。ラドンって呼ばれると未だに驚く」
「アルマはアルマンだっけ? 僕は普通にラディだし、アルヴェルト兄さんのアル兄も普通かな。シエスタさんのシエシエとラスターさんのラスタンも面白いよね」
「ふーん。何か面白そうな人だね。私ならリリカンとかリカリカとかになるのかな? ……ちょっと可愛いかも」
 楽しそうに声を立てて笑ってから、リリカはラディアムがアジサイを購入した店先へと向かった。店主と数語を交わして、サクラの鉢花を購入して戻って来た。
「はい。これも渡しておいてよ。せっかくだし」
「え? でも、悪いよ」
「もう買っちゃったし、受け取らない方がアレってことで諦めて。私の趣味で買ったからカルディーナさんの好みに合うか分からないけど」
 そう言われても、ラディアムはまだ受け取りかねていたが、ラドクリフが代わりに手を伸ばした。
「ありがとう、リリカ。ラディ。せっかくの気持ちなんだから。な?」
「う、うん。そうだよね。リリカ、ありがとう」
「どういたしまして。ラドクリフくんは爽やか少年だね」
 ラディアムとは違う様子に、本当に同じ血が流れているのだろうか、と苦笑交じりで、リリカが言った。
 すると、アルマリータがいつの間にか手に入れていた南国果実を頬張りつつ、にやりと笑う。
「ミリーさんもその爽やかさにやられたわけね、このすけこまし」
「ったく。からかうなよな」
 大きくため息をついたラドクリフに、他3名は大口を開けて笑った。
 彼らは時を忘れて遊び回り、第3試合と第4試合は観戦せずに一日を終えた。
 幸せな午後のひととき。まさに、戦士の休息だった。