第3章 School Wars
剣と魔法と少女

 王国祭も3日目の午後となるが、首都マグナカルタを満たす熱気は収まりを見せなかった。青空市場の出店状況は日々変わり、品物も何もかも、異なる様子で人々を出迎えた。1日見て回っただけでは、かの市場を語ることは出来ないといっても過言ではない。それは闘技場で催されている学園対抗戦もまた同様だった。出場校は8校から4校まで絞られ、ますますの激戦が予想された。
 ハイドロウ学院とマグナカルタ女学院。共にマグナカルタの中央街にある学舎である。良家の子女が通う学校としてまっさきに名が上がるのが、かの2校であろう。ハイドロウ学院は、かつて、ハイドロウ1世が建立した学院であり、歴史が最も古い学舎だ。一方で、マグナカルタ女学院は比較的新しい学舎であるが、高水準で実践的な授業内容と授業料免除の制度が革新的と評判になっている。
 ゆえに、歴史と伝統ならば前者、革新を求めるならば後者と、マグナカルタ市民は認識している。そして、歴史と伝統に重きを置くハイドロウ学院は、学園対抗戦のような実力本位の時には分が悪いとも考えられている。
 しかし、今年は違った。
 前日の1回戦で、ハイドロウ学院の代表であるブックマン一族は、たった一人で対戦相手のゴードン学園を下して見せた。例年になく期待が高まっていた。
 リリカ=カルデシアがちょこんと座る最前列の席でも、ブックマン一族、とりわけ、ラドクリフ=ブックマンへの好意的な世評がよく聞こえた。女性からの支持が多い点に、リリカは思わず苦笑した。
「D(ディー)はラドンよりもラディを推すの。みんな分かっていないの」
 突然、リリカの隣に座る女性が主張した。誰に語りかけるでもなく、不満げに頬を膨らませて独白している。伸び放題の銀髪は所々外にはねているが、不思議と不潔な印象を与えない。顔立ちはあどけなく、ひょっとすればリリカと同い年にも見えるが、豊満な胸囲と大きなお尻は高等部生か、それ以上の年頃を思わせる。
(でかい独り言、でいいんだよね?)
「……Dはリリカンに無視されたの。もう元気なくなったから、やっぱり帰って不貞寝するの」
 銀の髪で遮られた紅色の瞳には涙が浮かび、悲しそうに伏せられた。そして、女性は言葉の通り帰ろうと腰を上げた。
 リリカは大いに戸惑いながらも、『リリカン』というのが自分だと判断し、思い切って声をかけることにした。
「あ、あの…… 以前何処かでお目にかかりましたか?」
「ノーなの。リリカンとDは初対面なの。でも、リリカンはサクラをくれたの。だからお礼しにきたの」
 女性は慌てて視線をそらし、もごもごとそのようなことを言った。
 リリカはようやく状況を把握した。彼女がサクラを渡した相手といえば、昨日話題に上っていたカルディーナ=ブックマンしかいない。慌てて立ち上がり、手を差し出す。
「ランドル――じゃなくて、ラディアムのお姉さんのカルディーナさんですか? 初めまして!」
「なの。Dはカルディーナ。よろしく、なの」
 視線を明後日の方向へ逸らして、カルディーナはおずおずとリリカの手を緩く握った。彼女は先の言葉通り、リリカにお礼をするために、普段引きこもっている自室を出て、はるばる闘技場までやってきたという。
「すみません。わざわざ」
「いいの。Dもたまには息抜きが必要なの。人が多すぎて死にそうだけど、ホント死にたいけど、だいじょぶなの」
 カルディーナの顔色は土気色をしており、朗らかに笑う他者に対して怯えていた。明らかに無理をしていた。
 どこかラディアムに似ていると、リリカはそう思いつつ、心配そうにまなじりを下げた。
「ご自宅までお送りしましょうか?」
「も、問題ないの。Dはつよい子なの。それに、アルマンの試合も興味があるの」
 本人がそう主張するならば、リリカとしてもそれ以上は言葉のかけようがなかった。仕方が無いので、少しでも不安が消えればと、彼女の手を優しく握った。
 カルディーナは一度びくりと肩を跳ね上げたが、拒否をするでもなく、涙の浮かぶ紅眼で上目遣いにリリカを見た。
(……なんかかわいい)
 リリカは微笑ましい気持ちになって、にへらと笑った。

 マグナカルタ女学院の先鋒は、昨日同様にボタン=ユリカワだった。そして、ハイドロウ学院の先鋒も変わりなく、アルマリータ=ブックマンであった。彼女たちはお互いに開始位置へつき、丁寧に礼をした。
「始め」
 兵士の号令を受けても、2人はしばらく動かなかった。互いの出方を窺っていた。
 しかし、そうしてばかりもいられないと腹をくくり、アルマリータが飛び出した。勢いを殺すこと無く、ボタンの真正面からレイピアを突き出した。
 ボタンは半歩動いてその一撃を躱し、アルマリータの細い腕を掴みにかかる。
 アルマリータは直ぐに身を引いて小さく後ろに跳んだ。続けてボタンの側面へと最小限の動きで移動し、再びレイピアを突き出した。
 身体を反らして、やはり躱すボタン。
 彼女たちは地味な動きで攻防を繰り返す。その最中、アルマリータのレイピアはボタンの腕や身体を浅く傷つけ、ボタンの拳や蹴りによる鋭い一撃もまた、アルマリータの身体にアザや裂傷を生んでいた。
(打撃はそれほど問題じゃないみたい。投げとかが主体の武術なのかも。とすると、掴まったらまずいわね、やっぱり)
 昨日の試合でボタンは、彼女よりも大柄の少年を軽々と投げ、果ては、持ち上げていた。腕を一度でも取られてしまえば、アルマリータの小さな身体などは木の葉のように吹き飛ばされることだろう。
 そのように予め考察していたアルマリータは、既に対策を講じていた。
(あ、あれ、なんか……)
 ボタンは身体に違和感を覚えた。腕や足がだるい。全身が冷えて、眠気が襲ってきた。
 そこに、アルマリータの追撃が来た。
 レイピアはボタンの右肩を浅く傷つけ――その傷を中心に冷気がボタンの身体を襲った。
(まさか、これまでの小さい傷が全部……!)
 そのことにボタンが気づいた時には、遅かった。彼女の身体は極端に冷えてしまい、日常生活ならばまだしも、戦闘行為に及ぶには致命的な程、反応速度が落ちていた。せめて次のマールやアリアに繋げるため、悪あがきの一撃を放とうとした彼女の足は、既にまともに動かずにもつれてしまった。
 よろめいたボタンを瞳に入れ、アルマリータは小さく1語を呟く。
「アンフ」
 伴って、レイピアが鋭く振るわれた。鞭のように白き軌跡が生じ、軌跡はボタンへと迫った。
 レイピアから解き放たれた冷気は、ボタンの全身を襲い、身体の自由を奪った。
「こ、ここうさささんですうぅう」
 凍えながらボタンが負けを宣言した。
 すると、直ぐにアルマリータは彼女に近寄り、口の中で小さく短縮詠唱を口にした。彼女を中心に暖気が生じ、ボタンの身体が温められた。
 ボタンがほっとひと息ついた時、マグナカルタ女学院の次鋒マール=ディアラヴが、開始位置に陣取った。
「ボタン。ご苦労さま。あとは任せて」
「は、はい。副会長。よろしくお願いします!」
 敗者が去り、怜悧な碧の瞳がアルマリータを射貫いた。
 アルマリータもまた開始位置につき、兵士の号令に伴って、アルマリータとマールの試合が始まった。

 爆煙が上がった。マールに向けて炎弾がいくつも放たれ、大地に着弾したのだが、それらが土煙を上げたのだ。
 アルマリータは炎を生み出し、観察していた。マールの周囲に向けて放った炎は着弾し、爆発する。しかし、マール自身に向けて放った炎は、やはり彼女の身体に吸収される。
(魔吸姫とはよく言ったものだわ。しかも生まれつきだっていうんだから、驚きよ)
 マール=ディアラヴは有名人だった。少なくとも、魔法の道に携わる者にとっては。
 彼女は生まれつき魔法を吸収する体質だという噂があった。実際、昨日の試合では雷を、先程は炎を吸収していた。ただの噂ではないらしい。
 マールは爆煙が立ち上る中を駆け出した。彼女の拳は心なし、陽炎のように揺らいで見えた。
 アルマリータは彼女から逃れるように走り出した。炎が宿っているだろう拳を受ける気は、流石に起きなかった。マールの動きを遮るため、風の短縮詠唱を紡ぎ、放った。
 風が向かった先で、爆音が響く。
 マールが拳を大地に突き立て、爆発を生み出していた。爆発は魔法の風を吹き飛ばし、無に帰していた。
(あれ? もしかして)
 疑問を憶え、アルマリータは急ぎ詠唱を始める。
「トネール・カルラ!」
 雷を生み出す短縮詠唱は、当然ながらマールへと向かった。
 マールは雷を脚で受け止め、俊足を得る。
 アルマリータは続けざまに別の詠唱を始めた。
 一方で、マールもまた急いで駆ける。次の魔法が発動する前に、俊足を生かして勝負を付けてしまう心づもりだった。即時、アルマリータの背後まで至り、彼女の口を塞いで腕を捻りあげようと手を伸ばした。
「ウィドォ・へロス・アロウダ!」
 マールの手がアルマリータを捉えようとした直前、狂風がアルマリータを中心として吹き荒れた。
 それに巻き込まれ、マールが吹き飛ばされた。しかし、彼女は空中で器用に反転し、体勢を立て直すと力強い蹴りを放った。伴って、先程吸収した雷が解き放たれ、アルマリータへと向けて一直線に迫った。
 大地をえぐりながら向かった紫電は、再び生じた爆炎で吹き飛ばされた。そして、爆炎により生じた土煙を散らしつつ、風もまた再び生じ、マールへと迫った。
 今度は魔吸姫としての能力が発動したのか、土煙を吹き飛ばしながら進撃していた風は、マールへ迫ると突如消え去った。
 その時、アルマリータは軽く俯いた。そして、マールに気取られないよう、小さくほくそ笑んだ。
「ディーレ」
 そう呟くと、アルマリータは短縮詠唱を1つ完成させた。しかし、何も起こらない。
 昨日にアリアが行使していた遅延詠唱である。
 1つ、2つ、3つ、4つと、遅延詠唱で複数の魔法を止め置く。数が増える程に制御は難しくなるのだが、アルマリータは苦労する様子もなく続ける。複数魔法の同時発動を狙っているのは明白だった。
 マールは表情に焦りの色を見せ、駆け出した。しかし、アルマリータに迫るには時間がかかる。彼女は、先に吸収した風を放ち、アルマリータの詠唱を妨害しようと試みる。
 暴風が空間を駆け抜けた。
 しかし、アルマリータは遅延させていたうちの1つの魔法を発動させる。
「ゴットゥ!」
 炎は風を吹き飛ばし、マールまで至った。
 マールは炎を取り込もうと手を伸ばし――
「カンス!」
 しかし、アルマリータの言葉に呼応して、炎はすぅとかき消えてしまった。
 中断詠唱と呼ばれる技術で、発動後の魔法をキャンセルしたのだ。
「ゴットゥ!!」
 続いて、炎と氷の矢が、それぞれ左と右から曲線を描いてマールへと迫った。
 マールは焦った様子で寸の間立ち尽くしたが、直ぐに炎の矢へと突進した。矢に手を伸ばす。
「リ・ディーレ」
 氷炎の矢が共に進撃を止めた。マールの手は矢にわずかばかり届かない。
 そこに更に、遅延詠唱の解除が続く。
「ゴットゥ!」
 真正面から急速度で雷の矢が、放電を伴って進んだ。
 更には――
「リ・ゴットゥ!!」
 とどまっていた氷炎もまた進撃を再開した。
 氷炎雷の3種の矢が同時にマールを襲う。
 マールの魔吸姫としての能力は、微妙な差で1番に着弾した炎を吸収したのみだった。氷と雷はそのままマールへと着弾した。そして、それらはそれぞれに、彼女の身体の自由を奪った。
(くっ。吸収可能な魔法は1つのみ。ああも複数魔法で翻弄されては…… あとは頼みます、会長)
 マールは意識を手放し、大地に伏した。
 その様子を確認した兵士が、アルマリータの勝利を宣告した。

 アリア=スフィールは驚嘆していた。ボタンとの接近戦に耐えるだけの身体能力に加えて、マールを翻弄する程の魔法センス、更には、あれだけの試合を続けざまに為したにもかかわらず未だ余裕のある体力と魔力。アルマリータ=ブックマンの実力は目を瞠るものであった。
「ふふ。面白いですわね」
 それゆえに、これからの闘いが楽しみで仕方がなかった。
 アリアはボタンを伴って開始位置へ向かい、倒れているマールの柔らかな金髪を撫でて労苦をねぎらう。そして、ボタンにマールを自陣まで運ばせ、改めてアルマリータを見つめた。
 小さい身体にあどけない顔立ち。どこからどう見ても、中等部1年の幼く可愛らしい少女でしかない。しかし、その内には、才能も自信も満ち満ちているのだ。
「何?」
 凝視され続けて居心地の悪さを感じたアルマリータが、弱冠不機嫌そうに尋ねた。
「いえ、失礼いたしました。始めましょうか」
 アリアの言葉を受け、兵士が開始の合図を口にした。
 即座にアルマリータが動く。右足を大きく前に踏み出して、レイピアをアリアの身体へ向けて突きだす。
 アリアは後ろに跳んで躱し、相手のレイピアを自身のレイピアで払った。
 レイピアを取り落とすには至らないまでも、アルマリータは小さくよろめいた。
 そこに、アリアのレイピアが追撃をかけた。
「っなくそ!」
 悪態をつきながら、アルマリータは小さい身体を器用にひねり、何とか身を躱す。そして、強く大地を蹴って、ほとんど転ぶようにアリアから離れた。土で制服が汚れることなど恐れずに、彼女はそのまま転がって更に距離を取った。
 アリアは口元を左手で隠し、くすくすと笑みを零した。
「まあ、お行儀が悪いですわね」
「お行儀とかそういうのは姉様が担当しているもので」
 軽口で応じて、アルマリータはレイピアを顔の前に掲げた。
「カ・リ・ザフラ・ル・ソルドゥ!」
 力強い言葉に応じて、炎がレイピアに宿る。数日前にやっと会得した魔法剣の技術である。
 アリアは感心した様子で微笑んだ。
「ボタンとの試合でも冷気を宿しておりましたわね。その年で魔法剣を扱えるだなんて、流石はブックマンといったところ。シエスタ先輩のご活躍を思い出しますわ」
「姉様と比べると拙い魔法だけど、ね!」
 熱気を帯びたレイピアで、連続の突きをアルマリータが放つ。
 アリアは、左肩への一撃を半身を逸らして避け、続く右肩への一撃を身体を沈めて避けた。しかし、更に襲い来た横薙ぎの一撃は、レイピアの腹で受けてしまう。すると、アルマリータのレイピアに宿る熱が伝わり、アリアの右手の平を焼く。
 レイピアが乾いた音を立てて大地に転がった。
 そこへアルマリータの追撃が襲う。
「アンフ!」
 解呪の言葉に伴って、熱が空間を駆け抜ける。炎がアリアを襲った。
 しかし、彼女の肌が無残に焼けることは無かった。
 アリアが数語を呟くと、炎は彼女の身体にすぅと吸い込まれていった。
「……魔吸姫と同じ力……!」
「そういうわけではございませんわ。あの子の能力は生まれつきのものですもの。わたくしのこれは、貴女の魔法剣と似たような技術ですわ」
 魔法を剣に宿らせることが出来るのであれば、身体に宿らせることも出来る。発想としては飛躍したものでなく、ごく自然なものだ。事実、アルマリータが知らないだけで、シエスタを筆頭とした世の魔法学者は何年も前に技術として確立させている。
「時に、貴女。シエスタ先輩のことを『姉様』とお呼びですけれど、実の妹さんでいらっしゃいますの?」
「……そうだけど?」
 アルマリータの返答に、アリアは大げさに頭を抱えて嘆いてみせた。
「まあ! シエスタ先輩の優美さに比べ、貴女ときたら……! まるで野生児ではございませんの!」
「自覚しているから否定はしないけど、ほとんど初対面で言われると超むかつく」
「言葉遣いもなっておりませんし、シエスタ先輩の妹として全く相応しくございませんわ」
 言いたい放題だった。
「そう。あの御方の妹にはわたくしこそが相応しいのですわ」
「ん?」
 アルマリータ批判が、突然おかしな具合に変遷した。
「シエスタ先輩に初めてお目にかかってから6年。わたくしの心は常にあの御方に捧げておりますの。マグナカルタ女学院を卒業後は、シエスタ先輩のあとを追って研究職に就き、初めての共同作業。手に手を取り合って魔法学の発展に寄与し、果ては――結婚…… きゃっ! 恥ずかしいですわ!」
(……同性愛を否定する気はないけど、身内のそういう話はちょっとなぁ)
 昨日のショタコンに続き、特殊な性癖の人間が多いものだと、アルマリータは頭を抱えた。
「っていうか、結婚したら妹じゃないよ?」
「妹にも妻にもなりたいのですわ。乙女心が分かっておりませんのね」
「姉様、夫なんだ」
 軽く突っ込んでから、アルマリータが素早く数語を呟く。すると、彼女のレイピアに今度は冷気が宿る。
 無駄話に熱を入れていても仕方がないと、努めて真剣な気持ちを取り戻して、レイピアを構えた。
「ふふ。その魔法センスだけは、シエスタ先輩譲りですわね」
「それはどうも!」
 ボタン戦同様に、アリアの四肢を狙って傷をつけようと試みるアルマリータ。
 しかし、レイピアが冷気を帯びていることを把握している以上、アリアも慎重に1撃を避ける。大きく後ろに跳んだ彼女は、解呪の言葉と共に右手を突き出す。
 弱々しい炎が放たれた。
 アルマリータは身体を左に逸らして躱し、右足を大きく踏み出してレイピアで更に突く。
 やはり後ろに跳んだアリア。
「アンフ!」
 冷気が飛び出し、アリアを襲った。
「カ・リ・ザフラ・エンアウア」
 アリアの生み出した炎の熱気が冷気を遮り、続いて――
「トネール・カルラ・グランドゥ!」
 紫電が炎を突き破って、大地を掘りながらアルマリータへと向かった。
 アルマリータは咄嗟にレイピアを突き出した。
「なっ! そのまま受けるなど無茶――」
「ル・ソルドゥ!」
 アリアの焦燥を遮り、アルマリータが鋭く叫んだ。
 すると、雷が、炎が、彼女のレイピアに吸い込まれた。
「た、他人の放った魔法を!?」
「アンフ!」
 直ぐさま、アルマリータは炎のみを解呪し、アリアへと放った。
 炎はアリアの足元の大地を穿ち、土煙を上げた。
 その煙幕に紛れて、アルマリータは雷の剣を突きだした。
 アリアは何とかそれを躱すが、雷剣はかすっただけで強い衝撃を生んだ。彼女の身体が勢いよく横に吹き飛んだ。
「きゃっ!」
 少女が大地に転がり、悲鳴を上げた。
 そこに追撃が飛ぶ。
「アンフ!」
 解呪された雷が、アリアを中心とした一帯を襲った。
 アリアはなすすべも無くそれを受け、声にならない声を上げる。
「――っ!」
 彼女は意識は保ちつつも、身体は痺れ、動くことも、言葉を放つこともできなかった。
 勝敗は決した。
 アルマリータは満足げに息をつき、破顔した。

 マグナカルタ女学院に勝利を収めたラディアムたちは、明日の対戦相手がどこの学舎になるかを確認しておくために、あとの試合を観戦していくことにした。
 休憩時間のうちに観客席に移動し、リリカと合流した。
「次の試合、クレ学とソル学だっけ?」
「と、聞いているな。ソレイユ家ゆかりのイル・ソル学園とルーン家ゆかりのクレセント学園の対戦とは、何やら運命的だな」
 アルマリータとラドクリフの会話を耳にしてラディアムは、カテリーナ=ルーンとアンドリュー=ソレイユのことを思い出した。彼らの、そして、彼らのように過去を懸命に生きた者たちの誇りを穢しかねない力が、対抗戦の賞品には宿っているのかもしれない。しかし、彼には対抗戦に寄与する力がないのだ。今さらながらに、落ち込んでしまう。
「どしたの、ランドル。急に暗くなって」
「う、ううん。何でもない」
 そう返答しながらも、ランドルは大きなため息をついた。
 尋ねたリリカは訝しげに首を傾げる。
「リリカン、心配いらないの。Dは知ってるの。ラディはやさしいから、哀しいシエル戦争を思い出して落ち込んでるの。Dはお姉ちゃんだから何だって知ってるの」
 大きな胸を張って、自信満々にカルディーナが言う。
 もっともらしい言葉に、リリカがすんなり納得した。実際、それほど間違ってはいない。
「歴史好きだもんね、ランドル」
「というか、カルさん。珍しいですね。こんな人混みに出てくるなんて」
「Dはリリカンにお礼を言いに来たの。さすがラディのお友だち。とってもいい子なの」
 手放しで褒められ、リリカが照れた。
「あと、噂のすけこましラドンもちょっとみてみたかったの」
 付け足された言葉に、ラドクリフが固まった。そして、リリカに疑惑の目を向ける。
 リリカは慌てて手を振った。
「ち、違う違う。私じゃないよ」
「そうなの。リリカンに聞いたわけじゃないの。あちこちでみんなが噂してたの。Dは、同じブックマンとして、ちょっと恥ずかしいの」
 頬に手を当て、カルディーナは小さくため息をついた。
 ラドクリフが大いに慌てる。
「ど、どんな噂を聞いたんですか?! たぶん事実無根ですよ!」
「だといいの。Dはちょっとラドンに不信感を抱いたの」
「いやいやいや!」
 珍しく慌てふためくラドクリフを瞳に入れて、ラディアムが小さく笑う。
「ラディも元気出たみたいだし、カルディーナ姉様もラドもその辺にしといたら。そろそろ試合、始まりそうだし」
 同じくアルマリータも可笑しそうにしながら、そう声をかけた。
 カルディーナは素直に返事し、ラドクリフは不満げに口を噤んだ。
 その時、開始位置に両陣営から先鋒が進み出た。
 イル・ソル学園からは栗色の髪に碧の瞳の少年が、クレセント学園からは鮮やかな赤毛の少女が、その姿を見せた。少年の顔つきが険しいのに対し、少女は柔和な表情を浮かべて、無警戒に佇んでいた。
 そちらへ視線を向けたラディアムとリリカは、息を呑んで立ち上がる。
「? どうしたの、2人とも」
 アルマリータが訝り尋ねたが、ラディアムとリリカは見開いた瞳をクレセント学園の生徒へ向けたままで、何も応えない。
 小声でお互いだけが認識できるように会話する。
「ら、ランドル。あの人……」
「うん。トゥーダにいた――」
 本狩り(コレクター)と呼ばれるらしい者たちの1人である、レスティアという名の少女だった。
「では、レスティア=ルナティックとロレンツ=ソレイユの試合を始める」
 兵士の宣言のあと直ぐ、巨大な爆炎が上がった。
 そして、ロレンツが盛大に吹き飛ばされた。
 爆発の物音が消え去ると、闘技場中が静まりかえる。
 そんな中、レティシアはロレンツに近寄り、既に気絶している彼の顔を何度も足蹴にして、笑った。
 兵士が慌ててそれを止め、レティシアの勝利を宣言した。
「さあ、続けましょう」
 炎を放った少女が何も無かったかのように、柔和な笑みを浮かべたまま、朗らかに言った。
 笑みの形に細められた瞳は、しかし、他者の心をほぐしはしない。どこか異様な雰囲気を周囲に漂わせ、ひょっとすれば、明確な狂気に満ちていた。
 ロレンツに続く2名は、同じくソレイユ家の者であったが、共に怯えて震えていた。彼らはやはり、試合開始直後に氷雪に、雷電に曝され、容易く地に伏せた。
 そうして、あっさりと決着した。シエル戦争とは逆の勝敗であった。
「……別に詠唱が早いわけでもないし、発動後の魔法も対処の余地はあった気がするけど」
「ソル学の奴らに根性が足りないというわけでないなら、何かあるってことか」
 アルマリータとラドクリフが真剣な面持ちで呟いた。
「レスT(ティー)の秘密はあまり秘密じゃないの。Dでも知ってるくらいなの」
『え?』
 思わぬ所から情報があがり、2人は間の抜けた声を上げた。
 一方、ラディアムは青い顔で頭を抱えている。トゥーダ村の恐怖と目の前の恐怖で、耐えられなくなったのだろう。加えて、かつてカテリーナ=ルーンの日記にインサイドして、ルーン家やソレイユ家に深く関わっているために、全く他人事と思えずに心を痛めている節もある。
 そんなラディアムを、リリカがカルディーナの言葉に耳を傾けながら元気づけている。
 カルディーナは銀髪の間から紅眼をのぞかせ、上目遣いに言の葉を繰る。
「統制眼(コントロール・アイズ)っていうの。視線が合うだけで人間の身体の自由を奪えるって聞いてるの。マルマルの魔吸姫と同じで生まれつきだって、Dは噂を小耳に挟んだの」
「え? それ、目を合わさなければいいだけじゃない?」
「知らなきゃふつーに合わせるの。Dはブックマンにいるから、ふつーの人たちよりは情報通なだけなの。それに、知っててもまったく視線を合わせないなんて、Dみたいなプロでもないと無理なの」
 そこで何故か自慢げに胸を張るカルディーナ。豊満な胸が強調される。
「……目を合わせないプロって何ですか。確かに、いつも微妙に違う方向見てますけど、カルさんって」
「引きこもりのプロと呼んでくれていいの。Dはプロヒッキーなの」
 妙な自信を持つ従姉妹の年上女性の扱いに、アルマリータとラドクリフが困っている一方で、ラディアムは相変わらず青い顔で震えていた。
 リリカは友の様子を見て、目を合わさないセミプロくらいではありそうだなぁ、などという感想を抱きつつ、背中をさすったり元気に声をかけたりしていたのだった。