龍ヶ崎町(りゅうがさきちょう)は朝から雨だった。
そのため、天笠柚紀(あまがさゆずき)はサボタージュを決め込んだ。大学には行かずに、家で机に腰掛けてぼんやりとすごしている。
彼女の視線の先で、雨粒が窓の外をひっきりなしに流れていく。
「……柚紀(ゆずき)。どうしたの?」
「んー」
「お腹いたい?」
「んー」
双子の鬼、阿鬼都(あきと)と鬼沙羅(きさら)が何を尋ねても、ひたすらに生返事ばかりしていた。
彼女がそのような調子であったから、双子は、荒療治しかない、と顔を見合わせて頷きあう。陰気は損気である。
「柚紀(ゆずき)にせんちめんたるなんて似合わないなー」
「そうそう。いくら雨降りのせいで6月の某イベント、かっこ花婿に逃げられてしまったの巻かっことじ、を思い出さずにはいられないとはいってもねー」
ざーざー。
「いい加減にして欲しいよなー」
「ほんとほんとー。陰気がうっとうしすぎてキノコ生えちゃいそう」
「こう暗くちゃ、他の男だって寄り付かないって」
「陰気オブザイヤーって感じだもんねー」
ざーざー。
「正直鬼の目から見ても願い下げだよー。女好きの酒呑(しゅてん)のやつでも倦厭しそう」
「いばちゃんは物好きだから意外とおーけーかもね」
「茨木(いばらき)か? どうかなー。それよりあれは? 昔お坊さんにフラれて鬼になった――」
「あー清(きよ)ちゃん?」
「そー。清姫(きよひめ)。あいつ今、女が好きだろ? 柚紀も一応女だし、あれなら……」
「んー。たぶん無理じゃない? こんなに陰気じゃー」
「そっかー。やっぱ陰気じゃなー。ついでに乱暴だし」
「陰気じゃねー。ついでに目つき悪いし」
がたっ。
そこで、柚紀(ゆずき)が勢いよく立ち上がった。
双子は怒声に備えて身構える。
しかし――
「……ちょっと出かけてくる」
柚紀(ゆずき)は無表情で歩みを進め、玄関先にかけてある茶色の雨傘を手にした。玄関扉を潜る。
がちゃ。
物音とともに閉まった扉を、阿鬼都(あきと)と鬼沙羅(きさら)は呆然として見守っていた。
ざーざー。
雨音だけが、部屋に響いていた。
ばちゃばちゃ。
雨の中を陰気な女が歩いてゆく。
ざーざー。
降り続く雨は、心の陰りを深くしていった。